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南䌞坊 『オレっお老人』  匱きを助け 匷きを挫け。


     曞評
    南䌞坊『オレっお老人』ちくた文庫

    ひさしぶりの南䌞坊である。初期の著䜜はたいがい買っおおり、そのあずもテヌマによっお買ったり買わなかったりしお、たぶん新刊で最埌に買ったのは『仙人の壷』1999幎のはずだ。だから、それからでもすでに四半䞖玀が過ぎおいるこずになる。

    今回読んだ『オレっお老人』も、初版の刊行は「2013幎」で、私が今回読んだ「ちくた文庫」版も「2016幎」の刊行。぀たり、本曞の初版を刊行した頃収録文を曞いたのは、圓然その前の10幎間くらいからしおも、すでに10幎ほど経っおいるし、その頃の南䌞坊は、すでに60代も半ば。今幎、77歳になられたそうだから、今や完璧な老人で、私よりもひず回り以䞊の幎寄りだ。本曞に収められた文章にも、たしか「埌期高霢者になった」ずいうような文章もあるから、本曞刊行圓時は、すでに「老人」だずいう自芚は、十分にお持ちだったのであろう。

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    そんなわけで、本曞には、著者50代半ばから60代半ばたでの「老人」関係の文章ず、それに関連する「老埌生掻」関係の文章が収められおいる。
    そしお、タむトルは『オレっお老人』ずいう疑問質問圢になっおいるものの、著者は、著者が「老人か吊か」の刀断を読者に委ねる぀もりはなく、あくたでも「こんな私を老人ず思いたすか」ず問うおいるように芋える。

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    南䌞坊には、おじいさん本が䜕冊かある

    蚀い換えれば、著者の基本的なスタンスは「歳をずったんだから、老人らしい老人になろう」ずいう「積極的」なものであっお、「老人は老人らしくしおいる方が良いだろう」的に消極的なものではない。「せっかく老人になったんだから、老人を満喫しなければ損だ」ずいうような感じなのである。
    だから、そんな著者のスタンスを、著者は「読者の皆さんは、老人らしいず思いたすか それずも老人らしくないずお感じですか」ず、そのように、挑発的に問うおいるのである。

    そしお、以䞊のような読解においお私は、「少なくずも本曞収録文執筆圓時の南䌞坊は、少しも老人らしくない」ず評䟡する。「老人ぶろうずするような奎が、老人らしいわけがないだろう」ずいうこずであり、䞀䞀なんだ、私自身のこずではないかず、ハタず気付かされるのであった。

    なにしろ私は、還暊を迎えた途端に、自身のこずを「老人」だずか「汚い幎寄り」だずか曞いおいるのだから、これは䞀皮の「自慢」なのである。
    「老人」ぶりたくおしょうがないから、最近では、昔は興味のなかった「老人・隠居」関連の本を読んだりしおいるのだ。

    そんな私は、若い頃は、よく幎長者に噛み぀いたものだが、これは「歳をずっおるからっお嚁匵んなよ。こっちが若いからずいっお舐めんなよ」ずいう意識があったからに違いない。「若いからずいっお、お前たちみたいに無駄に銬霢をかさねたや぀らになど負けはしない」ず、そういう察抗意識があったのだ。

    もっずも、私が噛み぀いたのは、䜕も幎䞊ばかりではない、党方䜍で幎霢性別関係なく噛み぀いたのだが、こちらから積極的に噛み぀いたのは、幎長者や有名人や䞊叞ずいう、胜力がなくおもそうした属性だけで尊重されおいるような「暩嚁者」だけである。
    ぀たり「女・子䟛幎䞋」は、向こうから突っかかっおこないかぎり、こちらから仕掛けるこずはなかった。なぜならば、それをするず「男だからず嚁匵っおいる」ずか「幎䞊だず思っお嚁匵っおいる」などず、䞍本意なこずを蚀われかねないからである。
    芁は「匱い者のむゞメ」をしおいるような構図になっおしたうので、向こうから仕掛けおこないかぎりは、こちらからは仕掛けなかったのだ。
    差別的に聞こえようが「女・子䟛の䞀般人」など、私の「敵ではない」ず蚀うか「敵にも倀しない」ず、そう思っおいたのである。

    で、実際に還暊をすぎお、䜕の肩曞きもない「無暩嚁」の「老人」になったからには、もう「女・子䟛」に遠慮するこずはない。
    なぜずいっお、私より幎䞋の「女・子䟛」が瀟䌚の䞭心にいお、自分たちが瀟䌚を回しおいるみたいな顔をしおいるのだから、そういう嚁匵った奎らは「女・子䟛」であろうず、遠慮なく容赊なく批刀しおも、決しお「むゞメ」にはならないからである。
    若い頃は「女・子䟛幎䞋・埌茩盞手では、遠慮なくビシビシやりづらいよなあ」ず思っおいたのが、今ではそうした遠慮をする必芁が無くなっお、やりたい攟題やれるようになったのだ。だから、これを存分に楜したない手はないのである。
    ちなみに、ネットの良いずころは、普通は盞手の「幎霢性別」が䞍明なずころであろう。そのあたりでの無甚の気遣いなしに、同じような扱えばいいからだ。

    ずころで先日、「歊蔵倧孊の教授」で「フェミニスト」の千田有玀が、『LGBT異論 キャンセル・カルチャヌ、トランスゞェンダヌ論争、巚倧利暩の行方』鹿砊瀟所収の論文「フェミニズムの再生を求めお」の䞭で、次のようなこずを曞いおいた。

    『䜕か曞くたびに、男性研究者が女性研究者に難癖を぀けるのは、蚀いたくないが「暩力募配」を考えおもハラスメントなのではないか。』P72

    端的に蚀っお『䜕か曞くたびに、男性研究者が女性研究者に難癖を぀けるのは〜ハラスメント』ではない。自意識過剰なだけだ。

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    理論的な闘争においおは、「男女」は関係なく、その「女性研究者」の曞いおいるのが「批刀すべきこずか吊か」が問題なのだ。
    ぀たり、「くだらないこずばかり曞く女性研究者」なのであれば、男女の別なく、圓然「研究者か吊か」にも関わりなく、そい぀が「䜕か曞くたび」に、批刀すべきなのである。

    もちろん、批刀された圓人は、自分の非を認めずに『難癖』だず蚀うこずもあるだろうが、そんな奎だからこそ、培底的に批刀しなければならないのだし、千田有玀の堎合も、その疑いが濃厚なのだ。
    なにしろ、この文章でも曞いおいるように、自身が、ある「女性研究者」からし぀こく批刀されたら『反論や批刀を嫌がらせずしお䜿うこず』P71は、よろしくない、などず曞いおいるのだから、芁は、「男女を問わず」、自分のこずを培底的に批刀するのは「反論や批刀」であろうず、それは『嫌がらせ』なのだず、そんな自分勝手なこずを蚀っおいるだけなのである。

    蚀うたでもないこずだが、「反論や批刀」をされお気持ちが良いずいうような人間など滅倚にいない。
    ぀たり、「反論や批刀」をされれば、「男女を問わず」たいがいの者は「䞍愉快」なものであり「難癖」だず蚀いたくもなろう。
    だが、みずからが、無反省の「独善」に陥らず、「真理」を探究しようず思う気持ちがあるのならば、「他者の批刀」は必芁䞍可欠なものず考えるべきで、それが、自分の望むずころより「倚い」からずいっお、それが「ハラスメント」だなどずいう理屈にはならない。女ぶっお甘えるな、である。

    そんな䞍平䞍満を口にする前に、自分の方が「問題だらけなのではないか」ずいう自己懐疑を抱いお然るべきなのだが、この「歊蔵倧孊の教授」で「フェミニスト」である千田有玀には、それがたったく理解できないようなのだから、こんな銬鹿ぞの批刀は、䞀床で枈たせずに培底的にやっお然るべきこずなのだ。
    こんな銬鹿が、「倧孊教授です」「フェミニストです」などず嚁匵っおいるこずを蚱すのは、䞖のため人のためにもならないのである。

    それはちょうど、千田有玀ず同じく「歊蔵倧孊の教授」で「フェミニスト批評家」を自認する北村玗衣を、私が培底的に批刀するのず同じこずだ。
    こういう銬鹿は、決しお反省するこずはないのだから、䞖のため人のために培底的に批刀しお、その銬鹿ぶりを呚知培底すべきなのである。

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    ちなみに、北村玗衣がどれくらい銬鹿なのかに぀いおは、私は「北村玗衣研究家」ずしおたくさん「研究論文」を曞いおいるから、本皿末尟に付した「北村玗衣批刀関連レビュヌ」のリンクをご利甚いただきたい。
    だが、ここでは、北村玗衣の、兞型的な「物蚀い」を瀺すものずしお、わかりやすい実䟋を挙げおおこう。

    『北村玗衣
    2024幎8月27日 09:36

    須藀にわかさん、あなたは私が「お姫様になるこずが女性の暩利向䞊ず考えおいるフシがある」などず私が思っおもいないこずを蚀っお人栌攻撃を行いたした。それが匁護できるこずだずでも思っおいるのでしょうか。フェミニズム芳の違いに逃げようずしおも無駄です。
    幎間読曞人さんの、私の本を切り刻むずいうコメントは通報いたしたした。』

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    この「䞊から目線の物蚀い」は、どうだろうか。自分を䜕様だず思っおいるのだろう

    須藀氏に察しおは、ただ「問答無甚だ」ず蚀っおいるだけだし、私幎間読曞人に぀いおの、

    『幎間読曞人さんの、私の本を切り刻むずいうコメント』

    ずいうのは、完党に「事実無根の誹謗䞭傷」でしかなく、䞊のように、もずもず北村玗衣の方から私に絡んできたくせに、この「嘘」を培底的に远求するようになっおからは、完党にダンマリを決め蟌んでいる。
    北村玗衣ずは、そんな蚀行䞍䞀臎の「卑怯者」なのだ。だから、容赊しない。

    それにしおも、「歊蔵倧孊」っお、どういうのを「教授」ずしお雇っおいるのかず、そう疑われお然るべきであろう。なにしろ、「歊蔵倧孊の看板教授」が北村玗衣なんだから、その氎準や掚しお知るべしなのだ。

    たた、䞊野千鶎子門䞋生の「東倧」出のフェミニストっお「こんなや぀ばかりか」ず疑われる原因にもなろう。
    この点は、千田有玀が批刀しおいる、枅氎晶子東倧教授も含めお、系統的に怜蚎すべき問題であろう。

    ずもあれ、「北村玗衣による誣告」の件に぀いおは、䞋のレビュヌだけでも読んでほしい。
    私は、北村玗衣の、䞊のような誣告事実に反する内容での管理者通報によっお、せっかく曞いた、北村玗衣批刀のレビュヌを「閲芧停止」状態にキャンセルされおしたったのである。

    だから、北村玗衣が「謝眪」しないかぎり、私は培底的に北村玗衣を批刀し、この銬鹿女がいかに蚱すたじき存圚であるかを呚知培底するのであり、このこずは、同じく北村玗衣を批刀しおるはずの千田有玀の䞻匵に反しお、「ハラスメント」でも䜕でもないのである。

    それに、千田有玀が蚀うずおりに「暩力募配」ずいうものを問題にするのなら、「歊蔵倧孊の教授」である北村玗衣や千田有玀ず、「無名の無職老人男性」でしかない私の堎合、どちらに「暩力」があっお、どちらが「嚁匵っおいる」かは明らかだろう。
    そもそも、こっちが公然ず批刀しおいるのに、それを無芖しおいるこず自䜓が、「倧孊教授」ずいう「暩嚁」にあぐらをかいお、私を無芖しお「嚁匵っおいる」ずいうこずにしかならない。反論の盞手を「肩曞き」で遞ぶこずが「暩嚁䞻矩」でなくおなんであろう。
    男が「女なんお感情の動物。アホらしくお盞手にしない」ず蚀うのず、これは同じこずではないか。

    そんなわけで、北村玗衣ず千田有玀の二人は、「キャンセルカルチャヌ」の是非ずいう問題においおは「立堎」を異にしおおり、千田有玀の方が北村玗衣の「オヌプンレタヌによる呉座勇䞀に察する袋叩き」事件を批刀しおはいるものの、䞡者は「女性ずいう被害者性」を嵩に着た「暩嚁䞻矩者」であるずいう点では、たったく同じこずなのである。

    そんなわけで、私は「老人」になったおかげで、頭の悪い女からの「男だからずいっお嚁匵っおいる」などずいう「誹謗䞭傷」に察するガヌドが硬くなった。
    もずもず私は、スヌパヌマン匏に「叀いフェミニスト女性尊重論者」であるし、昔、友人の女性のブログが「ネトりペ」の集䞭攻撃に晒された際には、救揎に駆け぀けお、私が前面に立っお倧暎れしたものだから、それを評しお『癜銬の階士のような人』ず、圓時、東浩玀が䞭心ずなっお行われおいた、ネットに関する「孊際的研究」の䞭で、私をそう圢容した蚀葉も、ちゃんず掻字になっお蚘録されおいるのである。

    そんなわけで、私は「男は、自分が矢面に立っおでも、匱い女性を守るべき」だずいう「叀い倫理ず矎意識」を持っおいる人間であり、だからこそ、ロむス・レむンを守る「スヌパヌマン」匏だず、そう蚀うのである。

    だが、私が女性を守るのは、女性が、男よりは「腕力的に匱い」からであり、さらに、その腕力的な匱さもあっお「瀟䌚的に劣䜍に眮かれお、䞍利益を被っおきた」からである。぀たり、長らく「男性優䜍瀟䌚」であったからこそ、男は女性を守るべきだし、その䞍平等の是正もなされおきたのだが、圓然のこずながら、男ず同皋床に、女性の䞭にも銬鹿は少なくないから、女であれば、男に䜕を蚀っおもかたわないず勘違いしお「嚁匵り」始める者も出おきた。
    圓然、こんな「勘違い野郎」は、男であろうず女であろうず「差別なく」批刀しお、その「勘違い」を正すべきなのだ。

    具䜓的に蚀えば、北村玗衣や千田有玀のような茩は、培底的にその「勘違い」を正すべきで、こういう茩も「匱い女のうち」だからず蚀っお看過攟眮すべきではない。

    なぜなら、こういう茩の存圚こそが「女は甘やかすず぀け䞊がっお、ろくなこずにならない」ずいう「男性偎の女性蔑芖を助長する」芁因にもなっお、「圓たり前の女性たち」に䞍利益をもたらすこずになる蓋然性も、決しお䜎くはないからである。

    実際、叀い「男性優䜍瀟䌚」に懐かしさを感じおいるような、ネトりペ などの「ヘタレ男」たちは、こうした䞀郚の「頭の悪いフェミニスト」の䟋をもっお、「フェミニスト党䜓」を敵芖し、それを理由に開き盎っお「やっぱり女は男に埓っおいればいいのだ」などずいう、男ずしお恥ずべきこずを䞻匵するようにもなっおきおいる。
    したがっお、こうした珟象には、「䞀郚フェミニストによる、謙虚さを欠いたやりすぎ」ぞの「反動」ずいう偎面のあるこずも、私たちはハッキリず認識しお、正すべきは、男女ずもに正すべきなのである。

    ぀たり、ただただ「男性優䜍瀟䌚」の匊害が残っおいるずは蚀え、男ず芋れば盞手かたわず「女性蔑芖」だ「ミ゜ゞニヌ」だなどず、お埗意の「印籠」を振り回しおは決め぀け、男を誹謗䞭傷するような女や、「被害者アピヌルしなきゃ損だ」みたいな「アむデンティティ政治」に明け暮れるような類の人間の存圚は、結局のずころ、瀟䌚の健党な「平等実珟」に益するものはない、ずいうこずなのである。

    か぀おの「りヌマンリブの女性たち」や「フェミニスト」たちは、圧倒的な「男性優䜍瀟䌚」の逆颚の䞭で、女性の暩利獲埗のために闘っおきた。

    それに比べれば、倧孊で「フェミニズムを研究したした」ずいうような「フェミニスト」ずは、蚀うなれば「乳母日傘で育おられたフェミニストみたいなもの」でしかないのだから、「虐げられおいる」ず感じる男たちが増えお、本気で「暎力」に蚎えるようになれば、その時にはすでに遅いずいうこずも考えなければならない。「男は怖い」ず口で蚀っおいるだけでは、枈たされなくなるのだ。

    ぀たり「男女平等」は、これたでのような、やむを埗ない「女性䞻導」ではなく、これからは「男女が協力」しお進めなければならないものなのである。そうでなければ「分断」しかもたらさないし、最埌は「力づく」の勝負になる恐れだっおあるのである。

    だから、「人間同士の、圓たり前の瀌儀」くらいは、男女ずもに匁えなければならず、「男瀟䌚の被害者である女だから、男に察しおは䜕を蚀っおも良い」ずいうこずには、圓然ならない。
    か぀おの被害者が、過剰報埩によっお「加害者」になっおしたうこずなど、いくらでもある。そしお、その堎合、眰せられるのは、加害者の方なのだ。

     ○ ○ ○

    さお、ここで、本曞の収録の゚ッセむ「ケンカに匱い考え方」を、短いものなので、党文匕甚しお玹介しよう。

    『 ケンカに匱い考えかた

     私はいたたでケンカで人をぶったこずがなくお正盎にいうず䞭孊䞀幎生のころ、ケンカになっお盞手を机にねじ䌏せ、グヌでぶちそうになったこずはあるが、パンチを入れようずしたずころで私はひるんで、最埌は結局、盞手の顔をグヌでそおっず抌すような圢になっお、その子に笑われおしたった。
     あ、いた思い出したが、小孊校の六幎生くらいの時に、クラスメヌトの女の子の匟二幎䞋がナマむキな目でこっちを芋たので、「のやろう  」ず思っおちょっずおどかしおやれ、ず思い、
    「なんだそのツラは」
    ずいっおグッず近づいた途端、逆手に捩り䞊げられちゃっお、おおおおおっおもんのすごくカッコワルむこずになっちゃったこずがある。
     私は、党然ケンカのセンスがないのだ。けれどもケンカの匷そうなダツがえばっおお、みんながそのいいなりにならなきゃいけないっおいう状態がダメだ。
     たしかに、ケンカが匷くお、どうかしお実力を行䜿したいず思っおる人間がそこにいるずしたら、なるべく刺激しないで、堎合によったらちょっずご機嫌もずっお、あばれないようにしおおく、ずいうのが賢いやりかただずは思うんだけど、そうしおる間がものすごくむダだ。
     それで、぀い぀い「なんでみんな、コむツに遠慮しおんだ」みたいなこずを蚀いたくなっおしたう。
     ケンカが匱いくせにそうなのだ。どういうこずなんだろう 本圓の自分は、ケンカも匷いし、正矩の味方だず思いたいのだろうか
     それずも、本圓にケンカが匷くなっお゚バリたいのだろうか たア、けっきょくのずころケンカが匷くなったこずは、これたでただの䞀床もないんだから、本圓のずころはわからない。
     ずころで、䞖の䞭の人の倧郚分は私のように、実力行䜿をしない人であるず思う。぀たりケンカの匱い人々だ。
     それから、孊校の先生や、マスコミの人や、䞖の䞭の垞識をリヌドしおいるような人々も、たいがいケンカの匱い人々が倧郚分なのではあるたいか
     こんなこずを蚀い出したのは䞖の䞭の垞識が、いた、ケンカの匱い人の理屈になっおいはしたいかず思うからだ。
     私はコドモの頃から、ケンカの匷い人は、匷きを挫き、匱きを助ける、そういう人が本圓なのだずマンガや映画でおそわったのである。
     ケンカが匷いず思っおいい気になっおいるようなダツは、い぀か、もっず匷い人にこらしめられるのだ、ずいう颚に習った。
     これはずおもいい教育であったず私は思う。
    「そんなこずいったっお、珟実はそうじゃない」
    ずいう人がいるず思う。たくさんいるず思う。それは、ケンカの匱い人の意芋なのである。ケンカの匱い人は、しばしば賢い人が倚いので、そのように蚀うこずが賢いこずのようになっおしたったが違う。
     どんなにバカっぜくおも、昔の少幎挫画や、剣術映画のように、カッコむむのは、気はやさしくお力持ち、匷きを挫き匱きを助ける、ケンカが匷くおも゚バラない、これが本圓のカッコむむ人だ。ずいうのを呚知培底しないずいけない。
     ず私は思う。
     ケンカに匱いず「ケンカに匱くおどこが悪い」ずいう颚にゎヌれンずできない。
     それで、考えがひねくれおしたうのだ。そんなこずを、自衛隊ず倧盞撲のカワむガリ問題に぀いお考えおいお思ったのだった。』P61〜64

    たったく同感である。

    私は、子䟛の頃はケンカに匱かった。すぐ泣かされお家に垰っおくる子䟛だった。
    なぜ自分はケンカが匱いのか、その理由に気づいたのは、小孊校も䞭孊幎になったころで、クラスメヌトずケンカになった時に、私はたたたた尻逅を぀いた䜓勢になり、盞手が正面からかかっおきたので、その腹郚に正面から蹎りを入れようずしお、䞊の南䌞坊ず同じように、怯んでしたい、蹎るこずができなかった。

    で、このこずを埌で「あの時、なぜ蹎れなかったのか」ず考えおみるず、その答えは「もしもお腹を蹎っお、盞手が死んでしたっおは困る」ずいう「恐れ」があったからなのだ。
    そんなこず、滅倚にないこずだずはいえ、あったら取り返しの぀かないこずになるずいう盎感が働くため、私は「本気で」「無我倢䞭で」「キチガむのようになっお」ケンカをするこずができなかったのだ。だから、ケンカが匱いずいう以前に、ケンカができないから、結局のずころ䞀方的にやられ、それを我慢するから、泣かされるしかなかったのである。

    だが、譊察官になっおしたうず、「ケンカに負けたした」ずいうわけにはいかなくなったので、どうやっお盞手を負かすかを考えなければならなくなった。
    その結果、たずは「口で負かす」ずいうこずになる。殎り合いのケンカになれば、盞手によっおは負けるこずにもなるが、譊察官がケンカに負けたしたでは枈たない。その結果、拳銃を奪われたした、ずいうこずになりかねないからである。

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    私も、吹田譊察眲・千里山亀番で勀務したこずがある。この新しい亀番になる、ずっず前の話ではあるが、この事件で殺されかけたのは、蚀うなれば埌茩だ

    だから、たずは「口で負かす」。
    その第䞀段階は「理屈で負かす」。たず「これこれこうだから、お前が悪い。したがっお、俺の指瀺に埓え」ず論砎するこずで、盞手を埓わせる。時には、理屈だけではなく、情に蚎える。぀たり、情理を尜くす。
    しかし、こうした「理屈」に埓わない者も倧勢いお、その堎合には「私の指瀺に埓わないず、逮捕する」ず、「暩力」の正圓行䜿の範囲内で「嚁嚇」するこずにより、こちらに埓わさせる。

    しかし、これでも蚀うこずを聞かない粗暎な人間を盞手にするのが譊察官でもあるから、いざずいう時は取っ組み合いをする芚悟がなくおはならないし、やるのなら決しお負けるわけにはいかない。
    なぜなら、前述のずおり、䞇が䞀にも拳銃を奪われたりしおはならないからである。

    ずなればだ、やる時は、手加枛をしおはならない。確実に勝たなければならないからだ。だから、盞手が匷ければ、譊棒でも拳銃でも䜿わなければならないし、堎合によっおは殺さなくおはならない。
    そうしなければならないような凶暎な盞手に、むざむざ負けるわけにはいかないからだ。

    しかしながら、盞手が玠手なのに、こちらが譊棒だの拳銃だのを䜿えば、それは「過剰防衛」や「過剰執行」ずいうこずで、こちらが眪に問われかねないから、そこたでやる堎合には、盞手が耇数だずか、歊噚を持っおいるずか、プロレスラヌだずかいった、明らかに玠手では勝おない盞手である必芁がある。そうなっお初めお、譊棒などの䜿甚は適法だったず䞻匵するこずも出来るのである。

    だから、玠手で勝おそうにない盞手を盞手にする時は、やはり「口」が必芁だ。ケンカになったら負けそうだが、負けるわけにはいかないから歊噚を䜿うずしおも、それで眪に問われおのでは元も子もないから、こういう堎合は、ケンカにならないように仕向け、か぀盞手をこちらに埓わせるように仕向けなければならない。このあたりが「珟堎譊察官の力量」なのである。

    だから、いくら生意気で、こちらの蚀うこずを聞かない盞手であっおも、匱い盞手に察しおは、本気になっおはならない。
    頭に血が登っお、やりすぎた結果、盞手が死んでしたい、「特別公務員暎行陵虐眪」の被疑者だなどずいうこずになっおしたうからである。

    したがっお、暎力を振るうにあたっおも「冷静に、盞手に怪我をさせないように」しなければならない。
    これは、盞手を守るためではなく、自分の身を守るために必芁なこずなのだ。

    だから私は、暎れる被疑者だの泥酔者だのを制圧した堎合、逆関節を取るずいうような、高床なテクニックを必芁ずするものではなく、䜓重を生かしお盞手の背䞭に銬乗りになり「キャメルクラッチ」を仕掛けるのを垞ずした。芁は、私の「埗意技」だ。
    逆関節は、䞋手をするず、盞手を骚折させおしたうが、「キャメルクラッチ」なら、盞手は䞡腕をロックされお䜿えなくなるし、顎を捉えられお海老反りになるから、苊しくお抵抗できなくなる。
    無論、これもやりすぎるず窒息するこずになるから、ずきどき緩めおやるこずが必芁なのだが、それをやるためには、やはり「冷静な刀断胜力」が必芁なのである。

    そんなわけで、ケンカずいうのは、やる時には培底的にやらなければならない。䞭途半端にやるべきではない。
    しかし、盞手を殺しおしたっおは、「やりすぎ」だずいう䞖間からの凊断は免れないから、
    北村玗衣のような「キャンセル」では、ダメなのだ。
    「やりすぎ」だから、い぀たでも非難されるのだし、圓人も「オヌプンレタヌには觊れるな」などず、人に蚀わなければならなくなるのである。

    そんなわけで、肝心なこずは、ケンカずは、やるからには勝たなければならないけれど、しかし、やりすぎおもいけないし、たしおや、北村玗衣のように「卑怯な手」を䜿っおはならない。
    それを䜿えば、自分が悪者にしかならないからである。

    ぀たり、ケンカずいうのは、あくたでも「正矩の味方」ずしお「匱き者」の立堎に立っお、フェアに戊わなければならない。
    ちょっず䞍利な立堎でやるくらいの方が、かえっお、気兌ねなく「党力が出せる」ずいうものなのである。

    だから、南䌞坊が蚀うずおり、

    『どんなにバカっぜくおも、昔の少幎挫画や、剣術映画のように、カッコむむのは、気はやさしくお力持ち、匷きを挫き匱きを助ける、ケンカが匷くおも゚バラない、これが本圓のカッコむむ人だ。ずいうのを呚知培底しないずいけない。』

    ずいうこずになる。
    そうでなければ、勝っおも意味がない。

    その時はそれで良くおも、きっず埌䞖に「悪名」を残すこずになるだろうし、死んでからならそれでもかたわないずひらき盎る者もいるかもしれないが、そういう人は、歳をずっお、暩力の座から降りるこずになったら、確実に埩讐されるだろう。自業自埗なんだから、埩讐されればよいのである。

    そんなわけで、人間は『気はやさしくお力持ち、匷きを挫き匱きを助ける、ケンカが匷くおも゚バラない』人でなければならない。
    だからこそ私も、性別幎霢肩曞きを問わず、基本的には誰にも同じように䞁寧に、しかし過剰に遜るこずもなく、フランクに話す。やりずりをする。
    しかし、いったん、盞手を批刀察象認定したら、ネトりペでもAmazonでも倧孊教授でも、男でも女でも幎䞊でも幎䞋でも、そうした属性に関係なく、培底的に、遠慮なくやるし、やっおきた。
    それは、私ずやりずりをした人なら、誰でも知っおいるこずであり、私はこれでネットの30幎をやり通しおきたのである。

    しかし、南䌞坊の蚀うずおり、『䞖の䞭の垞識が、いた、ケンカの匱い人の理屈になっおい』る。
    だから、北村玗衣や千田有玀のような、頭の悪い女が、「女性」であるこずを振り翳し、やたらに「ミ゜ゞニヌ」だ「暩力募配」だず、たたたた性別が女であるこずを盟に「被害者アピヌル」をしお、気の匱い男たちを、恫喝する。

    だが、すでに曞いたずおり、そんな態床は、自分で自分の仲間である女性の銖を絞めるようなものなのだ。
    日頃はヘタレのくせに、制服を着た途端に匷くなる譊察官ず同じようなもの。
    たた、そんなや぀は、盞手がその「制服」に頭を䞋げおいるずいうこずにも気づかないでふんぞりかえり、おだおられお勘違いしたあげく、匱みをキンタマを握られお、良いように利甚されるなんお䜓たらくにもなるのである。

    だから、南䌞坊の蚀うずおり、人間は、男女を問わず、『どんなにバカっぜくおも、昔の少幎挫画や、剣術映画のように、カッコむむのは、気はやさしくお力持ち、匷きを挫き匱きを助ける、ケンカが匷くおも゚バラない』そんな人間であるように、努めなくおはならないのだ。

    私が「スヌパヌマン」のように、ず蚀うのは、そういうこずであり、今どきは、女性に察しおも、「ヒロむン」ではなく「ヒヌロヌ」ずいう蚀葉が䜿われるのだから、女性に察しおも、「スヌパヌりヌマン」や「スヌパヌガヌル」ではなく、匱きを助け匷きを挫く、玳士的な「スヌパヌマン」たれず、そう求めるべきなのだ。「玳士的」ずいう圢容さえ、女性に䜿っおもかたわないのである。

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    2024幎11月25日


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    ※ 北村玗衣は、Twitterの過去ログを削陀するだけではなく、それを収めた「Togetter」もすべお削陀させおいる。䞊の「たずめのたずめ」にも90本以䞊が収録されおいたが、すべお「削陀」された。そしお、そんな北村玗衣が「Wikipedia」の管理に関わっお入るこずも呚知の事実であり、北村玗衣の関わった「オヌプンレタヌ」のWikipediaは、関係者名が䞀切曞かれおいないずいうず異様なものずなっおいる。無論、北村玗衣が「手をを加えた」Wikipediaの項目は、倚数にのがるだろう。


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    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

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