メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

倏目挱石 『挱石曞簡集』  挱石ず䌌た者同士なるは恐悊至極なり。

    幎間読曞人

    曞評䞉奜行雄線『挱石曞簡集』岩波文庫

    私が、掻字の面癜さを知ったのは、倏目挱石の『こころ』『こゝろ』によっおである。高校生時のこずだ。

    それ以前に最埌たで読んだ掻字本ず蚀えば、石接嵐によるアニメ『宇宙戊艊ダマト』のノベラむズ本ず、叀文の授業で課せられた『叀文入門』ずいう入門曞の冊だけだった。

    前者の小説『宇宙戊艊ダマト』は、アニメのファンでストヌリヌを知っおいたから、なんずか読めたようなもので、特に面癜いずも思わなかった。だが、ひずたず掻字の本を初めお最埌たで読めたずいう達成感はあったはずだ。
    たしかこのノベラむズ版では、䞻人公の叀代進の戊争で死んだはずの兄・守が、むスカンダルのスタヌシャに救われお生きおいたずいうアニメの展開ではなく、キャプテンハヌロックのなっお生きたいずいう改倉がなされおいお、䜕だかなあずは思ったものだ。ちなみに、叀代守のハヌロックが乗っおいたのは、アルカディア号の前のデスシャドゥ号で、それなりにマニア向けの趣向だったのだろう。

    なお、石接嵐はその昔、手塚治虫の「虫プロ」でアニメ制䜜の「進行」をやっおいた人だが、Wikipediaによるず、本名は「磐 玀䞀郎」。虫プロ時代の愛称は「アオちゃん」だったのだが、この「アオ」の出所は䞍明。元劻の石接節子は、アニメ『マルコ・ポヌロの冒険』で矎術監督を務めた人で、本名は川厎節子だそうだ。
    アニメのスタッフは、耇数のペンネヌムを䜿い分ける人がけっこう倚い。

    䞀方の『叀文入門』の方は、ただ読んだだけなので、䞭身などたったく蚘憶にないし、たぶん、ほずんど圹に立たなかったず思う。レ点や返り点の䜿い方くらいしか蚘憶にない。

    䞀䞀そんなわけで、掻字の本の凄さを私に教えおくれたのは、挱石の『こころ』だった。

    それたでの私は、挫画やアニメの人であり、芁はビゞュアル掟だったから、絵の無い掻字の本が面癜いなどずは、ずうおい思えなかった。

    ずころがこれも、囜語の授業の課題ずしお課され『こころ』にハマっおしたった。
    私も若かったから、䜜品の䞖界にのめり蟌むようにしお読んだ挙句「掻字には、こんなこずができるのか」ず、豁然倧悟したのである。

    なお、ここで蚀う「こんなこず」ずは、耇雑埮劙な「心理描写」のこずだ。
    倧した事件も起こらず、無論アクションも䜕もないのに、心理を描くだけで、これほどのドラマを成立されおしたう「小説」ずいうものの凄さを、私は『こころ』によっお初めお教えられたのである。

    そしお私がいただに、アクション系の小説には興味がなく、心理偏重なのは、『こころ』の圱響もあるだろうし、たた、もずもず私はそっち向きの人間だったずいうこずなのでもあろう。
    自身では気づかなかった特性を、挱石が私に教えおくれたのである。

    そんなわけで、挱石の䜜品はあらかた高校生の頃に読んだ。
    読たなかったのは、短線ず『草枕』『坑倫』『明暗』ずいったずころで、先幎退職しおからは、そのあたりをがちがちず読んでいる。挱石の評論や、本曞『挱石曞簡集』もその䞀環だ。

    さお、先日、挱石初期の䞭線「野分」を読んだ時にも倚少は感じたこずだが、今回『曞簡集』を読んで驚いたのは、挱石は、小説から感じられた以䞊に、私ず䌌たずころがある、ずいうこずだ。
    私が日頃曞いおるのず、そっくりなこずを曞いおいる。
    蚀い換えれば、今どきの文筆家なら決しお曞かないようなこずを、呆れるほど率盎に曞いおいるのだ。

    挱石を集䞭的に読んだ高校生の頃には、たさか挱石がこんなに率盎な人だずは思いもしなかった。
    もっずこう、䜕か深いこずを考えおおり、あたりそれを口にはしないずいうような、重い感じの人をむメヌゞしおいたのだが、この『曞簡集』を読めば、挱石が、率盎・熱血・反骚の理想䞻矩者だったずいうのが、ずおもよくわかるのだ無論それだけではないが。

    それで今回は「私ず同じようなこずを蚀っおいるな」ず思った蚀葉の数々を玹介するこずにした。
    私の文章を読んでくれおいる危節な方ならば、必ずや「なるほど」ず、感心したり呆れたりしおいただけるこずだろう。

    したがっお、私自身の蚀葉は、できるかぎりコメント皋床に短く止めたいず思う。

    ○ ○ ○

    画像

    01
    『総お文章の劙は胞䞭の思想を食り気なく平たく造䜜なく盎叙するが劙味ず被圚候。さればこそ瓶氎を倒しお頭䞊よりあびる劂き感情も起るなく、胞䞭に䞀点の思想なくただ文字のみを匄する茩は勿論いふに足らず、思想あるも埒らに章句の末に拘泥しお倩真爛挫の芋るべきなければ人を感動せしむるこず芚束なからんかず存候。今、䞖の小説家を以お自称する茩は少しもオリヂナルの思想なく、ただ文字の末をのみ研鑜批評しお自ら倧家なりず自負する者にお、北海道の土人に郜人の衣裳をきせたる心地のせられ候。なるほど頭の食り衣の暡様仕立の具合寞分の隙間なきかは知らねど、その人の䟡倀はず問はば䞉文にも圓せず、その思想はず問はば䞀顧の䟡なきのみならず錻を぀たんで华走せざるを埗ざる者のみのやうに被思候。』

    P18、1889幎・正岡子芏宛

    最初なので、少し詳しく曞いおおこう。
    挱石がここで曞いおいるのは、文孊者だずか蚀っお嚁匵っおる者の倧半は、字句を现かく匄っお満足しおるだけの、䞭身のない気取り屋のクズだ、いうこずだ。
    文食ばかりで䞭身がない。䞭身が無いから、率盎に曞けないのだず、そう批刀しおいるのである。

    ここで挱石の蚀う『北海道の土人』ずは、今で蚀う「アむヌ」の人たちのこずで、圓然のこずながら、今ではこんな比喩衚珟は、きっず誀解を受けるから、蚱されない。

    䜕が「誀解」なのかず蚀えば、それは「挱石がアむヌを差別しおいる」ずいう理解は、誀解だずいうこずだ。

    明治の人である挱石が、ここで『北海道の土人』ず衚珟するこずで䜕が蚀いたかったのかず蚀えば、それは「知的に文明化されおいない人たち」぀たりは「知的では無い人たち」ずいうこずであり、蚀い換えれば「䞖間が狭く、自分たちの〈ムラの論理〉だけで生きおいる人」たちのこずを、それではダメだず批刀しおいるのである。
    ぀たり、「アむヌ」を差別しおしおいるのではなく、「田舎者」的な人のすべおを、公平に批刀しおいる。

    田舎に䜏んでいる人も、郜䌚に䜏んでいる人も、文壇人文孊者もアむヌも、分け隔おなく、向こう䞉軒䞡隣的な「狭い了芋」に自足しおいる奎はダメだず、そう批刀しおいるのだ。

    無論、その意味するずころはそうであっおも、「誀解される衚珟」には、十分な泚意ず配慮が必芁だろう。
    しかしながら、だからず蚀っお「誀解される怖れのある蚀葉」は、すべお自粛する自粛せよずいう「蚀葉狩り」は間違いであり、それはそれで、「觊らぬ神に祟りなし」ずいう、臆病で無責任な思考停止でしかない。

    なぜなら、蚀葉ずいうのは、もずもず完党なコミュニケヌションの道具などではなく、い぀でも「誀解」の怖れは付きたずうものなのだから、誀解をれロにするこずなど、原理的に䞍可胜なものだからである。
    だから、必芁ずあらば、誀解を怖れずに、その「リスクを䌎う蚀葉」を䜿う勇気も必芁なのだ。
    その蚀葉でしか、自分の気持ちを䌝えられないずいうのであれば、その蚀葉を䜿うべきなのである。

    そしお、それで誀解されたのなら、それは誀解であるず説明すれば良いし、説明しなければならない。
    そうした䞁寧な意味のすり合わせこそが、健党なコミュニケヌションずいうものなのである。

    したがっお、ここで挱石の蚀う『北海道の土人』ずは、私がしばしば䜿う「田舎者」ずいう蚀葉ず同じものを意味しおいる。
    珟実に「地方に䜏んでいる人」のこずではなく「知的に芖野の狭い人」のこずを指しお批刀する蚀葉なのだ。

    蚀い換えれば『北海道の土人』ずいう蚀葉の字面だけを芋お「差別だ」などず、䜕も考えずに脊髄反射的な蚀う人は、たさに挱石の蚀うずころの、

    『胞䞭に䞀点の思想なくただ文字のみを匄する茩』

    ぀たり、䞭身のない銬鹿野郎だずいうこずになるのである。

    02
    『䌏しお願はくは雑談にあらず埡前少しく手習をやめお䜙暇を以お読曞に力を費し絊ぞよ。埡前は病人也。病人に責むるに病人の奜たぬこずを以おするは苛酷のやうなりずいぞども手習をしお生きおみおも別段銚しきこずはなし。knowledgeを埗お死ぬ方がたしならずや。塵の䞖にはかなき呜ながらぞお今日ず過ぎ昚日ず暮すも人䞖にhappiness あるがため也。されど十倍のhappinessをすおお十分の䞀の happinessを貪りそれにお事足り絊ふず思ひ絊ふや。しかしこのIdeaを埗るより手習するが面癜しず個意遊ばさばそれたでなり。䞀蚀の埡答もなし。ただ䞀片の赀心を吐露しお歳暮幎始の瀌に代る事しかり。穎賢。
     埡前この曞を読み冷笑しながら「銬鹿な奎だ」ずいはんかね。ずかく個前のcoldnessには恐入りやす。』

    P19〜20、前同

    画像
    挱石ず正岡子芏

    挱石が、敬愛する正岡子芏に圓おた助蚀であり、忠蚀である。
    芁は、たずえ病人であったずしおも、趣味に淫しお珟実逃避するのではなく、少しでもこの䞖のこずを知ろうずしなければならない。その方が䟡倀のある生き方だず、おおよそそのようなこずを蚀っおいる。

    挱石は、子芏に芋られた、䞖間を突き攟したような態床を是認せず、人間や瀟䌚に、もっず熱情関心を持おず蚀いたかったのであろう。

    03
    『ああ正岡君、生をればこそ根もなき毀誉に心を劎し、無実の耒貶に気を揉んで錠糞梁䞊より萜぀るも目を消す、ず犅坊に笑はれるではござらぬか。埡文様の文句ではなけれどニッ※ ふた぀の県氞く閉ぢ、䞀぀の息氞く絶ゆるずきは君臣もなく父子もなく、道埳も暩利も矩務もやかたしい者は滅茶々々にお真の空々真の寂々に盞成べく、それを楜しみにながらぞをり候。棺を蓋ぞば䞇事䌑す。わが癜骚の鍬の先に匕きかかる時分には誰か倏目挱石の生時を知らんや。穎麗。』

    P24、1890幎・正岡子芏宛

    生きおいるからこそ、あれこれに腹も立぀けれど、死んでしたえば、だれも私のこずなんか気にもしないのだから、気楜にやれば良いようなものだが、たあ、生きおいおはそうもいかないのだ、くらいの意味であろう。

    挱石は、自分の倫理芳を盞察化しながらも、だからずいっお、䜕もかも無意味だ、ずはなれない自分を肯定しおいたのだ。

    04
    『䞀は※ 䞀方は堪忍※ 我慢を倧事ずなし䞀は任意盎情※ やりたい攟題を朔しずせるなり。堪忍の方が気節※ 意気ず節操。気骚あらば任意の方気節なきなり。䜆し䞡方共に気節ありずいふや職を高官に奉じお座睡犁ぜず※ いいご身分での知的怠惰であるこずを吊定できない。これ耄碌なり、気節にあらず。栌闘を挑たれお敢おせずこれを酒に誘぀お逃る、これ卑法なり。昔しの歊士道より芋れば気節にあらず。故に仮什ひ※ 仮に気節をしお片蚀隻行の間にあらはるるものずするも線䞭※ 子芏が挱石に送っおくれた曞の䞭の事悉く気節的の件りのみずはいひ難からんず存候。君もし以䞊の論議に䞍同意ならば再び方針を転じお総抂的に気節の䜕物たるを説明臎さんず存候。』

    P34、1891幎・正岡子芏宛

    芁は「どっちもあり的な、君の気骚論には䞍同意だ。それが間違いだず蚀うのなら、きちんず反論しお説明しおほしい」ずいうこずである。

    05
    『小生元来倧兄を以おわが朋友䞭䞀芋識を有し自己の定芋に由぀お人生の航路に舵をずる
    ものず信じをり候。その信じきりたる友がかかる小䟛だたしの小冊子を以お気節の手本にせよずおわざわざ恵投せられたるは぀や぀やその意を埗ず※ 玍埗できない。小生䞍肖ずいぞどもたた人生に぀いお䞀個の定芋なきにあらず。この幎頃日頃詩を誊し曞を読むも読むに埓ひ誊するに埓っおこの定芋の自然ず発達しお長倧になるがためのみ。埒らに圫琢の末技に斜しお䞀字䞀句の是非を論ずるは愉快なきにあらず※ 愉快ではないずいうこずもない。然れども遂に小生が心を満足せしむるに足らざるなり。されど小生ずお我が芋識こそ絶倧なれ最高なれずいふにあらず。もしわが䞻矩の卑野ならんか、倧兄の高説を拝聎しおその愚を癒するも可なり。前賢の遺曞に出おこれを啓発するも可なり。䜕を苊んでこの蕞爟※ 小さい・぀たらないたる䞀俗冊を甚いん。君この曞を読んで自ら思ぞらく、日本男子の区域倖に攟逐せられお饕逮※ 䞭囜叀代の神話の怪物飜くなきの蛮倷ずするに至らざるを喜ぶなりず。然れども君の目しお蛮倷ずなすもの饕逮飜くなきの茩ずなすもの、実に䜙に誚ゆるに人生の倧思想を以おせり。僕をしおもし䞀点の節操あらしめばその節操の䞀半は鎃舌※ 意味の通じない野蛮人の蚀葉の曞䞭より脱化し来぀お䜙が脳䞭にあり。この脳䞭にあるの秀量を以おこの曞の貫目をはかるにその軜き事秋毫の劂し。君䜕を以おこの曞を䜙に掚挙するや。䜙殆んど君の䜙を愚匄するを怪しむなり。君の手翰※ 手玙を通芳するに字矩共に真面目にしお通䟋滑皜的の文字にあらず。か぀結末に僕がこれを莈るの埮意を察せよずあり、小子翻読再䞉に及んでなほその埮意の圚る所を知るに苊しむ。䞍敏の眪逃るるに由なきは是非なし。䜆し小子は賢愚無差別、高䞋平等の䞻矩を奉持するものにあらず。己より賢なるものを賢ずし己より高きものを高しずするにおいおは敢お人に遜らずずいぞども、この線䞭の人、われより賢なる人われより高き人われの取お以お厇拝せんず欲するもの果しお幟人かある。由しやこれありずするも君の䜙に勧めんず欲するものは抜象的の気節にしお実䜓的の片蚀隻行にあらず。䜙も䞉尺の童子にあらさればこの片蚀隻行を誊しお気節ここにありず歎賞する胜はず。故に聊か疑を曞しお机䞋に呈す。』

    P36〜37、前同

    「君が私をおちょくっおいるのではないずいうのはわかっおいるが、こんな本に、孊べるものがあるずは到底おもえないので、こうしお倧真面目に問うおいるのだから、その意のあるずころ汲んでもらいたい」ずいうこずだ。

    ぀たり、挱石は、いくら芪しい人や尊敬する人からのものであろうず、玍埗できないものは玍埗できないから、玍埗可胜なものなら玍埗させおくれず、そう蚀っおいるのである。
    ここたで蚀う面倒くさい人ずいうのは、私は、私自身以倖には思い぀かない。

    06
    『士人の子匟におも埡鬚の塵を払ひおべ぀か専䞀にお䞖に時めく者幟千䞇なるを知らず※ 士族の子匟でも、ゎマスリばかり成り䞊がっおいるや぀が幟千䞇いるかわからない。
    たた気節※ 気骚の点に至぀おも商工の子無䞋に意気地なしず思ひ絊ふべからず。身分々々に応じお盞応の意地はあるものなり。䜆し無孊なる工商に望むに絶倧の芋識を以おするは赀子をしお郵䟿配達倫たらしめんずするが劂し。いはずずも分り切た話しなり。これに反しお士人の子ずいぞどもあながち気節ある人倚しずはいふべからず。方今玳士ずもいはるる茩青萍ずも浮草ずも評すべき行為あるもの枚挙すべからず。その身元を尋ねたらば倧方は士族なるべし。ずにかく気節の有無などは教育次第にお工商の子なりずお盞応の教育を為し䞀個の芋識を逊生せしめば敢お士家の子匟に劣らんずも芚えず。』

    P38、前同

    正岡子芏には「さすが士族の子は違う」ずいう思想があったようだ。
    挱石はそれに迎合するこずなく反論を加えおいる。

    07
    『先にいふ凊のものは単に壮蚀倧語僕を驚かせしなれば僕向埌決しお君を信ずたじ。たた冗談ならば真面目の手玙の返事にかかる冗談は廢しおもらはんず存ず。たた先幎の䞻矩を倉じ今日の䞻矩ずなしたりずいはばそれでよし。人間の䞻矩終始倉化する事なければ発達するの期なし。倉じたるは賀すべし。しかし倉じ方の悪きは驚かざるを埗ず。高より䞋に䞊り倧人より小児に成長したるやうな心地するなり。僕決しお君を誹謗するにあらず。ただ君が善悪の暙準を以お僕が蚀の善か悪かを量れ。
     実は黙々貰ひ攟しにしおおかん※ 黙っお攟眮しおおこうず存じたれど、かくおは朋友切磋の道にあらず、君が真面目に出掛たものを冷県に看過しおは枈たぬ事ず再考の䞊奜んで忌諱に觊る。狂劄倚眪。』

    P40〜41、1891幎・正岡子芏宛

    このように、「正論」をそのたんた貫いおしたうずころが、若き挱石の倩才であり、『坊぀ちゃん』に描かれた坊っちゃんそのものの、䞀本気であり「無鉄砲」ぶりでなのである。

    08
    『換蚀すれば文孊䞉昧にお消光したきなり。月々五、六十の収入あれば今にも東京ぞ垰りお勝手な颚流を出る芚悟なれど、遊んでを぀お金が懐䞭に舞ひ蟌むずいふ蚳にもゆかねば衣食だけは少々堪忍蟛防しお䜕かの皮を探し䜆し教垫を陀く、その䜙暇を以お自由な曞を読み自由な事を蚀ひ自由な事を曞かん事を垌望臎候。然るに小生は䞍具の人間なれば行政官事務官などは到底しおくれる人もなく、あ぀おも二、䞉月で愛想を尜かすにきた぀おをれば倧抵な口では間に合はず。』

    P58、1897幎・正岡子芏宛

    むギリスぞの官費留孊䞭の手玙である。

    「そこそこの収入があれば、すぐさた東京に垰っお奜き勝手するのだが、金がないからそうもいかない。自分は、奜きな本が読めお奜きなこずを曞けるのなら莅沢を蚀う぀もりはない。だがたあ、自分は倉わり者だから圹所勀めは無理に決たっおるしなあ」ずいうほどの意味である。

    その点、私は圹所を40幎勀め䞊げお、今は挱石の憧れた「奜きな本を読んで、奜きなこずを曞く」だけの毎日である。
    これは私が、けっこう垞識人なればこそ叶ったこずだず、挱石に自慢できるのではないだろうか。
    「そのぶん小物なんだ」ずは蚀われるだろうが 。

    09
    『倫さん※ 挱石の友人倧塚保治の劻、倧塚楠緒子のこずず考えられるの日蚘も筆※ 挱石の嚘の日蚘も面癜か぀たからひたがあ぀たらたた埡぀かはし可被成候※ こちらむギリスぞ送っお䞋さい。倫さんは近頃倧改良倧奮発のよし至極結構に存候。家の䞭に出入りしおヘヌヘヌピョコピョコしおゐる者などを盞手にしおみおはいけない。それから叀人の曞を読むずむやみに叀人の蚀行が真䌌たくなる。自分で小説的な人間にな぀おしたふ。若い内はこんな匊がよくあるからよく考ぞお衚面䞊の圹者的人物にならないやうにしなければいけない。良質は深蔵あるなきが劂しず蚀ふからむやみに人を凌いだり出過ぎたりしおはいけない。孊問は智識を増すだけの道具ではない。性を矯めお真の倧䞈倫になるのが倧䞻県である。真の倧䞈倫ずは自分の事はかり考ぞないで人のため䞖のために働くずいふ倧な志のある人をいふ。しかし志ばかりあ぀おも䜕が人のためになるか日本の珟圚ではどんな事が急務かそれぞれ熟考しお深思せねば容易にわからない。これが智識の必芁なる点である。倧䞈倫の人栌を備くおたた智識より埗たる倧掻県を有する底の男にならなければ人に向っお嚁匵れない。よくよく现心に今からその方向ぞ進行あらん事を垌望したす。』

    P104、1902幎・劻 倏目鏡子宛

    小説家や孊者、あるいは人間䞀般の心埗であろう。
    目先のこずにずらわれるこずなく、真に倧切なこずを芋定めお励むべし、ずいったずころか。

    倧塚楠緒子は、小説家・歌人。

    10
    『手玙を頂戎ありがたく拝芋したした。その埌君は倧分勉匷の由結構です。䜕もする事がないずか倖に面癜い事がないず勉匷するものだから、孊者になるには君のような境界※ 境涯が䞀番よいず思う。亀際が倚かったり女に惚れられたりしお倧孊者になったものはない。』

    P124、1905幎・䞭川芳倪郎宛

    私が倧孊者になれなかったのは、これが理由だろう。やりたいこずが倚すぎ、気が倚すぎお、専門家には到底なれない。

    11
    『 あれだけ長く僕の事をかいおおり、たたあれだけ僕の事をほめおいるが少しも埡䞖蟞らしい所がない。昔の文章家のようにり゜らしい文句がない。誇匵も䜕もない。どうしおも真摯な感じずしか受取れん。これが僕の䞉重吉君に尀も深く謝する所である。
     あの手玙は僕がこの手玙ず同じくなぐりがきにかき攟したものであるらしいが頗る達筆で写生的でり゜がなくお文孊的である。䞉重叀も文章をかいお文章䌚ぞでも出垭したら面癜いず思う。』

    P129、1905幎・䞭川芳倪郎宛

    無名の若者だった鈎朚䞉重吉の、その玠盎な人間性に察する、挱石の愛情がよく䌝わる文章だ。
    こういう人なればこそ、お䞖蟞には極めお敏感であり、それを激しく嫌ったのである。

    12
    『 小生は人より物しりなりずいはるる事を奜たず孊者なりずいはるるを奜たず。これらは
    皆䞭らざる※ あたっおいない事に候ぞばただ赀面臎すのみに候。しかし著述はよかれあしかれ著述に盞違無之、このはきずしたる曞物に぀いおの批評は善悪ずもに悊こんで甘受する芚悟に埡座候。就䞭公平にしお県識ある人の賞賛は満腔の感謝を以お拝受臎候。既に確然たる䞀冊の曞物ありおの䞊の事、これに察する批評は空挠たる賛蟞や虚名ずは異なるものずの自信有之候故に埡座候。
     小生は挠然ずしお孊者なり節孊なりなどいはるるを欲せざるず同時に、拙皿たりずも䞖に公に投げ出したるものに぀いおの耒蟞は倧にありがたくアクセプトする※ 受け入れる䞻矩に候。しかもそのありがた味は博士に掚挙されたり勲章を貰぀たりするよりも遥かに優るありがた味に候。』

    P133〜134、1905幎・内田魯庵宛

    平たく蚀えば「自分は、䞖間䞊みのお䞖蟞や肩曞きなんおいらないが、あなたのような目もあれば正盎でもある人の批刀なら喜んで受けるし、たしおや耒めおもらえたのならこんなに嬉しいこずはない」ず、そういうこずである。
    私も、挱石にこう蚀われるような人間になりたい。

    13
    『『野菊の墓』の評をかいお䞋さる由、定めし本人から即ち牛乳屋の䞻人※ であった䌊藀巊千倫はよろこぶだろう。どうかかいおやっお䞋さい。巊千倫なんお聞いた事もない人だから誰も盞手にしおはくれん。切角出色の文字でも誰も盞手にせんでは甚だ気の毒である。君が評をしおやれば僕も䜕だか愉快な気がする。しかも君の評は十䞭八、九たで僕ず同様であるず思うからなおさら愉快である。しかしわるいず感じた所は遠慮なくいうおやっお䞋さい。本人の参考になりたす。
    牛乳屋が気に入ったずいうのは芋䞊げたものです。牛乳屋の䞻人の方が倧孊の講垫よりも気韻があるず思う。顔も願る雅な顔ですよ。』

    P142、1906幎・森田草平宛

    鈎朚䞉重吉の堎合ず同様で、無名の人が適切に評䟡されるこずを、我がこずのように喜ぶ挱石の優しさ。
    いささか刀官莔屓の気はあるずしおも、これは滅倚にない、人ずしおの矎質であろう。

    14
    『 僕もそれだから倧に聡明な人になりたい。孊問読曞がしたい。埓っおどうか倧孊をやめたいずばかり思っおいたす。先達晩翠が幎始状をよこしおただ教授にならんかずいうから人間も教授や博士を名誉ず思うようでは駄目だね。『倱楜園』の蚳者土井晩翠ずもあるべきものがそんな事を真面目にいうのはよくない。挱石は乞食になっおも挱石だ‥‥‥」ずいうような事をかいおやりたした。あずでなるほど小䟛らしい気焔だず気が぀いた。
     君が人の䜜を読む態床は甚だよろしいず思う。それでなければクリチシズム※ 批評は出来ない。ただ人の長所を傷けないだけの公平県は是非ずも埡互に逊成しなければならん。僕は人の䜜に察しおただ面癜く読みたい。よんでやりたいずいう気が先ぞ起る。しかし読んでしたっおこれは敬服したずいうようなものはあたり少ない。』
    P143、1906幎・前同

    たったく同感。私の曞くものは批刀が倚いが、䜕も貶そうず思っお読んでいるわけではない。ただ、読めば期埅倖れが倚いだけなのだ。

    もちろん、私が批刀しおいる「歊蔵倧孊の教授」である北村玗衣の堎合のように、「どうせダメだろう」ず思いながらも、必芁があっお読む本もある。だがそれだっお、良ければ良いず曞くのだが、期埅したものでさえ滅倚に満足できないのに、期埅しおいなかったのに、意倖にも良かったなんおこずは、䜙蚈にないのが圓然だろう。
    残念ながら、やっぱり駄䜜だから、駄䜜だず曞かざるを埗ないだけなのだ。

    15
    『 ※ 島厎藀村の『砎戒』読了。明治の小説ずしお埌䞖に䌝ふべき名篇也。『金色倜叉』の劂きは二、䞉十幎の埌は忘れられお然るべきものなり。『砎戒』は然らず。僕倚く小説を読たず。しかし明治の代に小説らしき小説が出たずすれば『砎戒』ならんず思ふ。君四月の『芞苑』においお倧に藀村先生を※ 䞖に玹介すべし。』

    P158、1906幎・森田草平宛

    児童文孊者の鈎朚䞉重吉、䌊藀巊千倫の『野菊の墓』、島厎藀村の『砎戒』ずくれば、挱石が「䜜者の誠実な心情の衚れた䜜品を奜む」ずいうのがよくわかる。

    16
    『鈎朚䞉重吉君
     先日来卒業論文を挞く読み了った。䞭川のが䞀番えらい。あの人は勉匷するず今に倧孊の教垫ずしお僕などよりも遥かに適任者になる。しかも生意気な所がもない。たこずにゆかしい人である。ただ気が匱いのが匱点である。』

    P159〜160、1906幎・鈎朚䞉重吉宛

    これは「䞭川」の話に蚀寄せおの、鈎朚䞉重吉ぞの励たしであろう。「君も䞭川同様にゆかしい、性情の矎しい男だが、気の匱いずころが匱点だ」ずいうような。

    挱石は「闘う人」であり「善人が負けお良いわけがない」ず思う情の人だから、ただ善人であるだけではなく、匷くなれず蚀いたかったのであろう。

    「䞭川」は、䞭川芳倪郎のこずず思われる。

    17
    『 君は九月䞊京の事ず思う。神経衰匱は党快の事なるべく結構に候。しかし珟䞋の劂き愚なる間違ったる䞖の䞭には正しき人でありさえすれば必ず神経衰匱になる事ず存候。これから人に逢う床に君は神経衰匱かずきいお然りず答えたら普通の埳矩心ある人間ず定める事に臎そうず思っおいる。
     今の䞖に神経衰匱に眹らぬ奎は金持ちの魯鈍ものか、無教育の無良心の埒か、さらずば二十䞖玀の軜薄に満足するひょうろく玉に候。
     もし死ぬならば神経衰匱で死んだら名誉だろうず思う。時があったら神経衰匱論を草しお倩䞋の犬どもに犬である事を自芚させおやりたいず思う。』

    P160、1906幎・鈎朚䞉重吉宛

    これも、神経衰匱※ う぀気味の鈎朚䞉重吉に察する励たしの手玙だ。

    私の堎合は、神経衰匱ずは真逆なので『二十䞖玀の軜薄に満足するひょうろく玉』ずいうこずになっおしたう。
    たしかに、よく腹を立おはすれども、けっこう満足しおいる郚分もあるから、反論はできない。

    18
    『 小生は䜕をしおも自分は自分流にするのが自分に察する矩務であり、か぀倩ず芪ずに察する矩務だず思いたす。倩ず芪がコンナ人間を生み぀けた以䞊はコンナ人間で生きおおれれずいう意味より倖に解釈しようがない。コンナ人間以䞊にも以䞋にもどうする事も出来ないのを匷いおどうかしようず思うのは圓然倩の責任を自分が脊負っお苊劎するようなものだず思いたす。この論法からいうず芪ず喧嘩をしおも充分自己の矩務を尜しおおるのでありたす。倩に背いおも自分の矩務を尜しおおるのでありたす。いわんや隣り近所や東京垂民や、日本人民や乃至䞖界党䜓の人の意思に背いおも自分には立掟に矩理が立぀蚳でありたす。これではちず気焔が高過ぎたしたね。少々ひたになったから䜙蚈な事を曞きたす。
     昔はコンナ事を考えた時期がありたす。正しい人が汚名をきお眪に凊せられるほど悲惚な事はあるたいず。今の考は党く別でありたす。どうかそんな人になっお芋たい。䞖界総䜓を盞手にしおハリツケにでもなっおハリツケの䞊から䞋を芋おこの銬鹿野郎ず心のうちで軜蔑しお死んで芋たい。尀も僕は臆病だから、本圓のハリツケは少々恐れ入る。絞眪䜍な所でいいなら進んで願いたい。』

    P162〜163、1906幎・高浜虚子宛

    たったく同感で、じ぀のずころ私も䌌たようなこずを考えたこずがある。

    最近、この郚分を䜕かのレビュヌに匕甚したが、どのレビュヌだったか、すでに倱念。

    19
    『 孊校を卒業しお䞀日のうちに䞖の䞭が恐ろしくな぀たからこれからよほど泚意を呚密※ 呚到緻密にする由結構に候。
     しかし呚密ずいふ意味に䞊等ず䞋等あり。自己の智力にお出来埗る限り考ぞ、自己の感情にお出来埗る限り感じ、しかしお盞手ず自己ずに䞍郜合の砎綻なきやうにするを䞊等ずいひ、ただ人を芋お泥棒の劂く疑ひ䜕でもコ゜コンに先を制するやうな事を埗意にする、
    これを䞋等の呚密ずいふ。
     君の感じたるは劂䜕なる方面においおの意味なるやを知らず。もし前者ならば賢の方ぞ䞀歩進みたるなり。もし埌者ならば悪の方ぞ䞀歩進みたるなり。䞖䞊幟倚の才子は愚に近づき぀぀自ら賢に進むず思ぞり。利害の関係なき䞉者※ 第䞉者より忌なくこれらの人を評しお芋よ。孊校にあるうちの方が遥かに䞊等にしお卒業しお䞖の䞭にある時の方がよほど䞋等なり。しかも自らは頗るワむズにな぀た※ 賢くなったず考ふる人倚し。これほどいやな珟象なし。』

    P164、1906幎・䞭川芳倪郎宛

    これも、その資質を高く評䟡するがゆえに「䞋らない俗物になんかなるなよ。その気質のたたで匷くなれ」ずいう励たしであろう。

    芁は、昔はあんなに謙虚そうだったのに「い぀のたにか、先生気取りで偉そうになりやがっお」ずいうそんな人物が少なくない、ずいうこずだろう。
    挱石に、先生先生ず擊り寄っおきた者の䞭にも、圓然そうした人物が少なくなくお、倱望させられるこずも、たたあったのであろう。

    20
    『功業は癟歳の埌に䟡倀が定たる。癟幎の埌誰かこの䞀事を以お君が煩ずする者ぞ。君もし倧業をなさばこの䞀事かえっお君がために䞀光圩を反照し来らん。ただ県前に汲々たるが故に進む胜わず。かくの劂きは博士にならざるを苊にし、教授にならざるを苊にするず䞀般なり※ 同様のこずだ。癟幎の埌癟の博士は土ず化し千の教授も泥ず倉ずべし。䜙はわが文を以お癟代の埌に䌝えんず欲するの野心家なり。近所合壁ず喧嘩をするは圌らを県䞭に眮かねばなり。圌らを県䞭に眮けばもっず慎んで評刀をよくする事を工倫すべし。䜙はその䜍な事がわからぬ愚人にあらず。ただ䞀幎二幎もしくは十幎二十幎の評刀や狂名や悪評は毫も厭わざるなり。劂䜕ずなれば䜙は尀も光茝ある未来を想像し぀぀あればなり。圌らを県䞭に眮くほどの小心者にはあらざるなり。圌らに䜙が本䜓を瀺すほどの愚物にはあらざるなり。圌らが正䜓を芋あらわし埗るほどな浅薄なものにあらざる也。䜙は隣り近所の賞賛を求めず。倩䞋の仰を求む。倩䞋の仰を求めず。埌䞖の厇拝を期す。この垌望あるずき䜙は始めお䜙の偉倧なるを感ず。君も䜙ず同じ人なり。君の偉倧なるを切実に感じ埗るずき這般の因果は玅炉䞊の雪ず消え去るべし。勉梅々々。』

    P171〜172、1906幎・森田草平宛

    「目先の栄達に捉われお、぀たらない奎に気を遣い、蚀うべきこずも蚀えないような人間は、生前はそれなりに栄達しおも、すぐに忘れ去られる小物にしかならない。
    我々は、もっず欲を持っお高いずころを目指そうではないか」
    ず、倧芁そのような叱咀である。

    21
    『 京ぞは参り候。京の人圢所望なれば埡芋やげに買぀お参るべく候。どんなのが京人圢やら実は知らぬにお候。京郜には狩野※ 狩野亚吉ずいふ友人有之候。あれは孊長なれども孊長や教授や博士などよりも皮類の違ふた゚ラむ人に候。あの人に逢ふために候。わざわざ京ぞ参り候。䞀力は劂䜕盞成るやわかりかね候。倧坂ぞも参りお新聞瀟の人々ず近付になる぀もりに候。昚倜はおそく盞成、今日はひる寐をしお暮し候。孊校をやめたら気が楜になり候。春雚は心地よく。以䞊』

    P194、1907幎・野䞊豊䞀郎宛

    『あれは孊長なれども孊長や教授や博士などよりも皮類の違ふた゚ラむ人に候。あの人に逢ふために候。わざわざ京ぞ参り候。』なんお蚀っおもらえれば、それは挱石が蚀ったのでなくおも、嬉しい蚀葉だ。

    『孊校をやめたら気が楜になり候。春雚は心地よく。』ずいう蚀葉は、私も仕事を退いお、よく実感するずころである。
    でも、よく職堎の倢を芋るこずはあっお、それは嫌だ。

    22
    『※ 私挱石が君の事を心配したからずいうお感涙などを出すべからず。僕はむやみに感涙などを流すものを嫌う。感涙などを云々するは新聞屋が〇〇の埳をし奉る時に甚いるべき蚀語なり。』

    P197、1907幎・野間真綱宛

    すぐに「感動した」「泣きたした」ずか蚀う人は、マスコミの実なき決たり文句である「感動䜜」ずいう評蚀を鵜呑みにした阿呆である。

    ○○ずは「倩皇」か

    23
    『 僕が掋行しお垰ったらみんなが博士になれ博士になれずいった。新聞屋※ 朝日新聞の瀟員になっおからそんな銬鹿をいうものがなくなっお近来晎々した。䞖の䞭の奎は垞識のない奎ばかり揃っおいる。そうしお人を぀らたぞお※ 孊䜍や名誉称号を断るなんお奇人だの倉人だの垞識がないのず申す。埡難の至である。ちず手前ども※ テメ゚らの事を考えたらよかろうず思うがね。あんな埡目出床奎は倏の蛍同様尻が光っおすぐ死ぬばかりだ。そうしお分りもしないのに『虞矎人草』の批評なんかしやがる。『虞矎人草』はそんな凡人のために曞いおるんじゃない。博士以䞊の※ 真に優れたる人物即ちわが党の士のために曞いおいるんだ。なあ君。そうじゃないか。』
    P198、1907幎・小宮豊隆宛

    博士博士ず「肩曞き」ありがたがるような銬鹿のために、俺は小説を曞いおるんじゃないし、あんな奎らに䜕がわかるものかず、そういう意味である。

    件の北村玗衣は、自分の映画評が貶された時に、「私は貎方ずは違っお、著䜜が冊もあるんだぞ」などず嚁匵っお芋せおいた。䞀䞀たさに、銬鹿䞞出しである。

    画像

    24
    『 现民※ 貧しい庶民はナマ芋を薄く切っお、それに敷割※ 玍豆などを食っおいる由。芋の薄切は猿ず択ぶ所なし。残忍なる䞖の䞭なり。しかしお圌らは朝から晩たで真面目に働いおいる。
     岩厎の埒※ 岩厎匥倪郎ら財閥の金持ちを芋よ‌!
     終日人の事業の劚害をしお吊䌁おおそうしお䞉食に米を食っおいる奎らもある。挱石子の事業はこれらの敗埳挢を筆誅するにあり。
     倩候䞍良也。脳癲異状を呈しおこの激語あり。蓊先生願くは加逐せよ。以䞊。』

    P200、1907幎・䞭村蓊宛

    財閥の埡曹叞だから、いくら銬鹿な発蚀をしおも、い぀たでも「自民党の領袖」でいられる麻生倪郎を、私が憎むのずたったく同じ調子だ。

    25
    『 文壇に立぀ものはあらゆる競争排擠に䌎ふ堕萜的行動に察しお埓容事を匁ぜざるべからず。もし枅きを以お自らをり高きを以お自から凊せんずせば䞀日も留たるべからず。

     文壇の諞公皆賢なるにあらず。たた正なるにあらず。しかしお賢の劂く正の劂くに芋せる術を日倜に講じ぀぀あり。憀るべからず。瀟䌚が胡魔化される皋床にあるがためなり。
    傍芳すべからず。瀟䌚は進む期なし。

     今の文壇に立぀ものより生掻難を匕き去れ。圌らの十䞭䞃、八は喜んで文壇を匕き䞊ぐべし。圌らは文壇に立ちながら苊悶し぀぀あり。

     君もし以䞊の諞件を承知の䞊ならば筆を執るも可なり。ただ䞀時虚子※ 高浜虚子の䟝頌にお出来心よりするは人魂のふわ぀く姿なり。それにおもよし人魂を以お任ずるがいやならば始めからその芚悟をせざるべからず。

     今の自然掟※ 自然䞻矩文孊掟ずは自然の二字に意味なき団䜓なり。花袋・藀村・癜鳥の䜜をありがたがる団䜓をいふに倖ならず。しかしお皆恐露病に眹る連䞭に倖ならず。人品をいぞば倧抵君より䞋等なり、理窟をいぞば君よりも分らずや倚し。生掻をいぞば君よりも甚しく困難なり。

     さるが故に君の敢お為し胜はざる所いひ胜はざる所を為す。君これらの諞公を盞手にしお戊ふの勇気ありや。君をこの枊䞭に匕き入るるに忍びざるが故にこの蚀あり。以䞊。』

    P207〜208、1908幎・小宮豊隆宛

    挱石の文孊芳や人物評䟡が必ずしも正しいずは思わないが、しかし、文孊者だず蚀っおも、基本的には「ただの人」なのだから、いろいろ間違いもあれば、嫌らしいずころもあっただろう。
    私の堎合は、日本のミステリ小説界で、これを経隓したし、それが私を「笠井朔葬送掟」にもしたのである。

    ずもあれ、「スタヌゞョンの法則」からすれば、文孊者の割もクズなのだから、それに迎合し、ただ順応するようでは、間違いなく己がクズの蚌明にしかならない、ずいうこずである。

    26
    『 趣味は幎に埓぀お倉ず。氞き幎を通じお融通の利く趣味を有するものはその人の幞犏に候。二十五の時は二十五の趣味、䞉十の時は䞉十の趣味だけならばあたりいき苊しく候。』

    P238、1911幎・阿郚次郎宛

    私の堎合、若い頃から、あたり趣味や考えが倉わらないように思う。

    譊察官をやっおいた圓時、私は若い頃から「生涯䞀巡査」でいくず公蚀しお、先茩方から「悪いこずは蚀わないから、ちょっず勉匷しお、ひず぀くらい階玚をあげおおけ。そうでないず埌悔するこずになるぞ」ず蚀われ続け、もしかするず歳をずったらそうなるかもなず思い぀぀も、その時はその気がないから昇任詊隓の勉匷を䞀切しなかった。
    そしお、結局は退職するたでそれで抌し通したし、それで埌悔するこずもなかった。

    アニメ奜きも読曞の趣味も䞀生もので、十代の頃からたったく倉化なし。
    歳をずったら、草花を愛し自然を愛でるようになるずか、旅行を楜しめるようになるものかず思いきや、これもたったく倉わらなかった。

    こうしたこずから、自分はある意味で、䞀生子䟛のたたの発達障害なんじゃないかず思わないでもなかったが、それでなんの䞍郜合もないのだから、これで良かったのだず思っおいる。

    『氞き幎を通じお融通の利く趣味を有するものはその人の幞犏に候。』

    そんなわけで、私の趣味の倉わらなさは、挱石をも矚たしがらせおいるずの自信がある。

    27
    『 拝啓。孊䜍蟞退の儀は既に発什埌の申出にかかる故、小生の垌望通り取蚈いかねる旚の埡返曞を領し再応の埡答を臎したす。
     小生は孊䜍※ 文孊博士号授䞎の埡通知に接したる故に、蟞退の儀を申し出でたのでありたす。それより以前に蟞退する必芁もなく、たた蟞退する胜力もないものず考えにならん事を垌望臎したす。孊䜍什の解釈䞊、孊䜍は蟞退し埗べしずの刀断を䞋すべき䜙地あるにもかかわらず、毫も小生の※ 孊䜍はいらないずいう意志を県䞭に眮く事なく、䞀図に蟞退し埗ず※ 蟞退できないず定められたる文郚倧臣に察し、小生は䞍快の念を抱くものなる事を茲※ ここに蚀明臎したす。
     文郚倧臣が文郚倧臣の意芋ずしお小生を孊䜍あるものず埡認めになるのはやむをえぬ事ずするも、小生は孊䜍什の解釈䞊、小生の意思に逆っお、埡受けをする矩務を有せざる事を茲に蚀明臎したす。
     最埌に小生は目䞋我邊における孊問文芞の䞡界に通ずる超勢に鑑みお、珟今の博士制床功少くしお匊倚き事を信ずる䞀人なる事を茲に蚀明臎したす。
     右倧臣に䌝えを願いたす。孊䜍蚘は再応埡手元たで返付臎したす。敬具。』
    P244〜245、1911幎・犏原鐐二郎宛

    「前にハッキリず断っおおいたのに、たた、教授になれ、などず蚀っおくるずは、䞀䜓どういう了芋だ。しかも、文郚倧臣が、断る暩利など無いずか蚀っおるそうだが、ふざけるな。二床ず、こんな舐めたこずを蚀っおくるんじゃないぞ」ずいう、怒り心頭に発した返曞である。

    『孊問文芞の䞡界に通ずる超勢に鑑みお、珟今の博士制床功少くしお匊倚き事』

    ずいう蚀葉は、北村玗衣なんかの存圚が、そのわかりやすい蚌拠ずなるだろう。

    ※ 䞊のブログ蚘事で北村玗衣は、自分の映画評を批刀した須藀にわか氏に察しお「私は専門の研究者だから」あなたずは違うず䞻匵しおいる、わかりやすい「肩曞き」䞻矩者だ

    実際のずころ挱石の時代にも、北村玗衣みたいなのが倧勢いたのだ。
    たあ、「スタヌゞョンの法則」によれば、「教授の割もクズ」なのだから、それは圓然のこず。

    孊䜍なんおものは、昔から、半分は「孊内党掟䜜り」などの道具だったのだから。クズが増えるのも圓然だし、倚くの人は「人を芋る目がない」からこそ、人を「肩曞き」でしか刀断できないのである。

    もちろん、割の「クズではない教授」なら、恥ずかしいから嚁匵ったりはしないのだが、恥知らずほど「肩曞き」をひけらかしお嚁匵りたがるものなのである。

    䞀䞀癟幎ず蚀わず、十幎ず持たない目先の評刀を信じお。


    2025幎11月24日


     ○ ○ ○






     ○ ○ ○


     ● ● ●

    ・


     ○ ○ ○

    ・

     ○ ○ ○

    ・

    ・


     ○ ○ ○

    ・

     ○ ○ ○

    ・

     ○ ○ ○


     
     
     
    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

    あなたぞのおすすめ