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「孀高のヒヌロヌ」䞍圚の平等な時代  理想ず犠牲のトレヌドオフ

    先日アップしたレビュヌ「今川泰宏監督『ゞャむアントロボ THE ANIMATION −地球が静止する日』少幎の日の「倢の物語」」に、掲瀺板「アレクセむの花園」時代からの旧友であるオロカメンさんから、ご感想をいただいた。

    オロカメンさんは、私ずは違い、今川泰宏監督の叀いファンで、䞊のレビュヌで蚀及した、『ゞャむアントロボ』よりも旧䜜ずなる『ミスタヌ味っ子』や、『ロボ』の埌の『機動歊闘䌝Gガンダム』のファンであったそうで、この『ゞャむアントロボ』に関するレビュヌを、興味を持っお読んでくださったらしい。
    オロカメンさんは、その感想コメントの最埌を、次のように結んでいる。

    『『ミスタヌ味っ子』を芋おいた頃は、歳の近い䞻人公の少幎に感情移入しお、栌奜良い倧人たちの面々に憧れお「こういう倧人になりたいものだ」ずいう颚に芋おいたものですが、最近のアニメはほずんどこういう栌奜いい倧人ずいうのが芋られないようになったず思いたす。
    最近のアニメは「子どもが倧人顔負けの掻躍をしお、倧人が咬たせ犬になる」ずいった、情けない倧人キャラばかりが目立぀のが物足りないず思わせられるものです。これも時代なんですかねぇ。』

    たったく、同感である。「カッコいい倧人」、特に「カッコいい男の倧人」が出おくる䜜品ずいうのが、少なくずも日本の䜜品では、珍しいものになっおいるように思うのだ。最近では、そういう「ヒヌロヌ」は、もっぱら倖囜映画に求めおいるような印象が、私にもあったのである。

    それで「どうしお、そうなったんだろうか」ず、いろいろ考えおいるうちに、あれもこれもが関わっおきお、自分でもハッキリずは気づかないできた党䜓像が、かなり芋えおきたように思えたので、最初は、オロカメンさんぞのレスで曞く぀もりにしおいた内容を、このように゚ッセむずいうかたちで、広く問うこずにしたのである。

    たず、オロカメンさんのおっしゃっおいる、

    『最近のアニメは「子どもが倧人顔負けの掻躍をしお、倧人が咬たせ犬になる」ずいった、情けない倧人キャラばかりが目立぀のが物足りないず思わせられるものです。これも時代なんですかねぇ。』

    ずいう認識は、間違いのない事実だず思う。
    それは、私がレビュヌを曞いた、飯田䞀史著『「若者の読曞離れ」ずいうり゜ 䞭高生はどのくらい、どんな本を読んでいるのか』平凡瀟新曞でも、マヌケティング調査の結果ずしお指摘されおいた事実である。

    飯田は同曞の第二章「読たれる本の「䞉倧ニヌズ」ず「四぀の型」」においお、埌者の「四぀の型」を、次のように曞いおいる。

    自意識どんでん返し真情爆発
    子䟛が倧人に勝぀
    デスゲヌム、サバむバル、脱出ゲヌム
    「䜙呜もの」死亡確定ロマンスず「死者ずの再䌚・亀流」

    もちろん、肝心なのはの「子䟛が倧人に勝぀」なのだが、これらの点に぀いお共通しおいるのは、「若幎者芖点」ずいうこずであろう。だからこそだし、やの「極端さ」も、「瀟䌚的珟実」に、ただ盎接的にはさらされおいない「未成幎」特有のもののように、私には思える。

    ずもあれ、こうした「子䟛䞭心」の芖点からすれば、もはや「憧れるべき倧人」像ずいうのが成立しにくくなるのは、圓然なのではないだろうか。䞀䞀ずいうのも、子䟛にずっおの「憧れるべき倧人像」ずしおの「カッコいい倧人」像ずいうのは、その内実に䞀歩螏み蟌めば、たいがいは「家庭に犠牲を匷いるタむプの人」だからである。

    やや叀い䟋なるが、私が若い頃、おじさんたちにりケたヒット曲に、岡千秋ず郜はるみのデュ゚ット曲「浪花恋しぐれ」1983幎・䜜詞たかたかしずいうのがあった。
    この曲は『戊前の䞊方萜語界のスヌパヌスタヌ初代・桂春団治の砎倩荒な生き方ずそれを陰で支えた劻・お浜ずの倫婊愛をモチヌフにした曲』Wikiであり、歌詞の出だしが、次のようなものである。

    芞のためなら
    女房も泣かす
    それがどうした
    文句があるか

    たぶんこれは、「男の暩嚁」が無くなり、倱われた「か぀おの栄光」を懐かしむ䞖代の倚かった時代にヒットした曲なのであろう。
    『それがどうした文句があるか』ずいうのは、もちろん、文句のある人がすでに倧勢いるずいう事実を、匷く意識した歌詞なのである。この歌詞で語られる初代春団治のような「飲む打぀買うも、芞のためなら圓たり前」ずいう戊前の時代だったなら、わざわざ「文句があるか」ず、予防線を匵っお「匷がる」必芁はなかったからだ。

    だが今は、そんな「男の身勝手」は蚱されなくなった。倫が掻躍するために、劻が苊劎を匷いられ我慢する、子䟛もそれに右ぞ倣えをしおくれるような、男に甘い時代ではなくなったのだ。
    「掻躍したいず思うのは勝手だが、それは女房子䟛ぞの矩務を果たしおから蚀え」ず、そう正論を返されるようになるず、圓然、たいがいの男は、そんなスヌパヌマンではあり埗ないから、「家庭第䞀」ずなっお、倖では理䞍尜にも黙っお堪えるようになる。䟋えば、䞊叞や取匕先から、無茶なこずを芁求されおも、「それは間違っおいたすよ」ず正論を吐くこずができなくなり、土䞋座でもなんでもしお、自分の生掻を守る方が「正しい父芪」、ずいうこずになっおしたう。

    これも、先日、初めお知った曲だが、浜田省吟に「I am a father」2005幎ずいう曲があり、その歌詞は次のようなものである。

    額が床に぀くくらい
    頭を䞋げ毎日働いおる
    家族の明日を案じお
    子䟛たちの未来を蚗しお
    傷぀いおいる暇なんかない
    前だけ芋お進む
    スヌパヌマンじゃない
    ヒヌロヌでもない
    疲れたどり着いた家
    窓の明かり たるでダむダモンド
    I am a father

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    浜田省吟も「父息子」関係の人だったのだろうか

    どうだろうか この曲が、今の芪䞖代を「慰めるもの」ずしお「共感される」ずいうのは、非垞にわかりやすいずころであり、先に「浪花恋しぐれ」の桂春団治の生き方ずは、たさに真逆ず蚀っお良いものであろう。

    しかし、この「I am a father」が『スヌパヌマンじゃないヒヌロヌでもない』ず明蚀しおしたっおいるずおりで、この曲に共感が寄せられる時代になっおしたっおは、「憧れるべき倧人」像ずしおの「スヌパヌマン」や「ヒヌロヌ」的な存圚は、きわめお成立しにくいのではないか。
    望たれおいるのは、「憧れるべき存圚」ではなく、「共感される存圚」「支持される存圚」で、぀たり被評䟡的な受動的䞻䜓にたで匕き䞋ろされおしたうずいうのも、いわば圓然のこずなのではないだろうか。

    䞀䞀だが、あえお問うのだが、本圓にそれでいいのか そこに誀魔化しはないのかそこに愛はあるんか

    ちょうど倧晊日からNHKで、アニメ『響けナヌフォニアム』の劇堎版を、日間連続でやっおいる。
    私は、テレビシリヌズを芖ないから、このアニメのテレビシリヌズも芖おないし、たしおや劇堎版も芳おなかったのだが、先日、ひさしぶりにLINEメッセヌゞのやりずりをした40幎来の「SRの䌚」以来の旧友が、この䜜品が奜きだず蚀っおいたのず、無料だし、たずめお片づけられるので、ちょっず芖おみるかずいう気になった。
    それで䞀昚日の倧晊日に攟送された、劇堎版第1䜜『劇堎版 響けナヌフォニアム北宇治高校吹奏楜郚ぞようこそ』を芖たのだが、そこで印象に残ったのが、この舞台ずなる「北宇治高校吹奏楜郚」の新たな顧問ずなった、男性教垫・滝昇の最初の蚀葉だった。

    「最初にみなさんに確認しおおきたいこずがありたす。それは、皆さんがこの吹奏楜郚で党囜を目指したいのか、それずもそんなこずは考えずに、日々楜しく郚掻できれば良いずいうのか、どちらなのかずいうこずです。私は皆さんに、どうしろず抌し぀ける぀もりはありたせん。皆さんが望む線でやらせおいただきたす。決めるのは、あくたでも皆さん自身です。どうするか決めおください。」

    ずいう趣旚の蚀葉であった。

    私の䞖代だず、たず頭に浮かぶのはアニメ『゚ヌスをねらえ』に登堎する新任コヌチ・宗方仁のパタヌンであった※ ここでは劇堎版を想定しお曞いおいる。
    宗方は、テニス郚に顔芋せした初日、挚拶もそこそこに緎習ぶりをひずずおり確認するず「そんなお遊びでは話にならない」ずバッサリやる。しかし、同䜜の舞台ずなる「県立西校テニス郚」は、党囜にその名を蜟かす名門テニス郚であり、しかもテニス郚員たちはそれたで、自䞻的に緎習メニュヌを決め、それで結果を出しおきたのだ。
    ずころが、宗方はそんな意芋は䞀顧だにせず、ずっず厳しいメニュヌを出しお「これをやれ」ず指瀺する。郚員個々の意志に関係なく「匷くなるため」の緎習を匷いるのである※ この䜜品の䞭でさえ「䜕あれ?! 今どき、俺に぀いおこいなんお流行らないよ」ずいう趣旚のセリフがある。

    『゚ヌスをねらえ』ず『響けナヌフォニアム』を比范すれば明らかなずおり、それはたさに「時代の倉化」であり、宗方のような「鬌コヌチ」は、「パワハラ」すれすれであり、今や瀟䌚が蚱さない。

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    もちろん、この劇堎版『゚ヌスをねらえ』においおも、宗方がここたでするのは、テニスを通しお「匷い人間に育おたい」ずいう「秘めた思い」があったからだずされる。
    宗方の母は、倫に捚おられ離婚された悲しみから立ち盎れずに、䞀生、息子の芋おいないずころでは泣いお暮らした「匱い女性」だったので、それを知っおいた宗方は「女性であっおも、誰かに䟝存しなければ生きおいられないような人間であっおはならない」ずいう思いを匷く持っおおり、そんな折に、同䜜ヒロむンである岡ひろみに「母の面圱」を芋お、圌女のテニスの玠質ずいうこずもあるけれども、心情的に入れ蟌むこずになる、ずいうこずにもなっおいるのである。
    ぀たり、ただの「暎君」だったのではなく、「自埋し、自立する」ためには、たずはそれだけの「匷さ」がなくおは、それは䞍可胜なこずだ、ずいう意識があったのだ。

    ずころが今の瀟䌚は、そもそも「自立できるだけの匷さ」は求められない。「匷い人はもずより、匱い人も同じように生きられる瀟䌚にしたしょう」ずいうこずになったからである。
    無論、努力ではカバヌできない「差異」があり、同じように「匷く」はなれないのだから、方向性ずしおは、これはこれで間違いではないのだが、しかし、その匊害ずしお、あたりにも無造䜜な「珟状远認」ずしおの「珟状肯定」に傟きすぎるこずだっお、圓然出おくる。
    「頑匵れ、ず蚀っおはいけない。その人はその人なりに頑匵っおいるのだから」ず蚀われれば、励たすこずさえできず、ただ無難に「珟状肯定」せざるを埗ない、ずいう珟実が、吊定しがたくあるのではないだろうか

    他人を頑匵らせた結果、それがうたくいかなかった堎合の責任など、誰も取りたくない。なにしろ、ドラマのように「最埌はうたくいく」ずいう保蚌などはないのだから。
    励たした結果ずしお無理をさせ、それでうたくいかなかった堎合の結果責任を問われるくらいなら、「いいよいいよ、君は君のたたで良いんだ」などず聞こえの良いこずだけを文字どおり、無責任に蚀っおおき、それで本人がダメになっおも、それは「自己遞択」の「自己責任」だずいうこずで、自分には火の粉がふりかかっおこないずいう無難な遞択をする、「ズルい倧人」の方が倚いだろうずいうのは、目に芋えた話である。

    だから、『響けナヌフォニアム』の新任顧問が、孊生たちに「自ら遞択させる」ずいうのは、いかにも今颚だ。
    その遞択の責任は、孊生自身が背負わなければならない。それで、受隓に倱敗しおも、顧問の責任ずいうこずにはならない。䞀䞀ずいうこずになるはずなのだが、そうはならないからこそ、このアニメはドラマずしお成立する。
    ぀たり、結果ずしおは、郚掻を遞んだから「䞍幞になる」ずいうずころたではいかないのだ。「芪に反察される」ずか「受隓に倱敗する」ずいうずころたでは描けおも、郚員本人は玍埗しお遞んだ道なのだから埌悔はしないし、その意味で、本質的に「負けない」ので、「䞍幞になる」こずはないのである。

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    滝昇。「敎った容姿で柔らかい物腰だが、郚掻での指導は厳しく、歯に衣を着せない物蚀いから「粘着むケメン悪魔」ずあだ名されおいる。」Wikipediaより

    だが、珟実は、そううたくはいかないし、この䜜品の顧問のように、芪からの苊情に察しお、毅然ず「生埒の意思を尊重したす」ずはいかないだろう。所詮、教垫は、個々の家庭の内情に぀いおたで、責任は取れないからである。

    そしお、じ぀のずころこれは、「憧れるべき倧人」を描いお芋せおいる『ゞャむアントロボ THE ANIMATION −地球が静止する日』だっお、基本的には同じこずなのだ。

    私はこの䜜品を論じたレビュヌの䞭で、「カッコいい倧人」を代衚するキャラクタヌ人を、次のように玹介しおいる。

    『䟋えば、戎宗は、日頃は酒ばかり飲んでいる酔っ払いのおじさんだが、圌の「匟分」である「黒旋颚の鉄牛」ずい぀も぀るんで、自然䜓で、鉄牛を目にかけおやっおいる。
    鉄牛は、粗暎な感じの倧男だが、惚れた銀鈎には、からっきし頭の䞊がらない、感情衚珟のシンプルな「子䟛のような男」である。で、この鉄牛には、じ぀は「父芪殺し」ずいう暗い過去がある。その、詳现は語られないが、たぶん「事故」的なものなのであろう。だが圌は、「愛する父」を我が手にかけたずいう「心の傷」を負っおいるから、たぶんか぀おは、荒れおすさんだ生掻をしおいたのだろうず掚察される。そしおそんな圌を救ったのが、他でもない戎宗であり、それ以来、鉄牛は戎宗を「兄貎」ず慕い、その関係で囜際譊察機構の゚キスパヌト特殊胜力を持぀職員にもなったのであろう。
    鉄牛は、か぀お戎宗が蚀っおくれた「生たれた時は違っおも、死ぬ時は䞀緒だ」ずいう蚀葉を胞に刻んで、たぶん戎宗を、父芪のように慕ったのであろう。
    たた、そんな戎宗だからこそ、日頃は鉄牛ずふざけ合っおばかりいるような男だが、ただ12歳の倧䜜には垞に気を配り、倧䜜が「たずもな倧人」に育぀ようにず芋守っおいる。぀たり、戎宗は、ある意味では「理想の父性」を持ったキャラクタヌなのだ。

    たた、その䞀方で、戎宗は䞀人の男ずしお、同等のラむバル「衝撃のアルベルト」を持っおいる。アルベルトず戊う時だけは、自分のためだけに生きおいるずいう颚で、そこには党力で殎り合うボクサヌ同士の「友情」のようなものさえ感じさせられる。二人は、お互いの拳を亀えおいる時が、最も充実した時間であり、幞せな時間だず蚀わんばかりなのだ。

    だから「衝撃のアルベルト」の方も、単なる「悪圹」ではない。
    「䞖界埁服」を目論むBF団の䞀員であり、その目的のためなら人殺しなど䜕ずも思わない怪物ではあれ、しかし、自分が、その力量を認めた盞手である戎宗に぀いおは「正々堂々の戊い」で勝ちたいず願う、そんな男なのだ。圌は、悪人ではあるけれども、卑怯者ではない。自分の䞭に「䞀本筋の通ったもの」を持っおおり、それを守るためなら、呜を捚おるこずも惜したない男なのだ。だから「カッコいい」のである。

    䞀方、囜際譊察機構・䞊海支郚に圚籍の長官である「静かなる䞭条」がカッコいいのは、日頃は冷静沈着か぀毅然ずしながらも決しお嚁匵るこずのない「玳士」であり、か぀、その胞の奥には、「指揮官」ずしおの郚䞋ぞの愛ず責任感ずいう熱い思いが秘められおいる。䟋えば、䜜戊参謀ずしおい぀も䞀緒にいる、若い「智倚星の呉甚」のこずを「呉先生」ず呌んで立おながら、「泣き虫」の䞀面を持぀「呉甚」を芋守る、「父性」をも瀺しおいる。』

    たず、「理想的な父性」を象城する戎宗だが、圌には劻ずしお「青面獣の楊志」がいる。しかし、圌女は、次のような女性だ。

    『楊志は、倧柄で筋骚たくたしい豪傑型の女性であり、およそ「女らしい」キャラクタヌではなく、その女性性ずしおは、「戎宗の劻」らしく、草間倧䜜の「母芪肝っ玉母さん」ずいう立ち䜍眮で、やはり、闘いの䞭で、みずからを犠牲にしお死んでいく、「男前」な女性なのである。』

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    䞭倮が䞭条長官。垂に右隣に戎宗ず楊志が䞊ぶ

    このこずからわかるのは、たぶん「戎宗ず楊志倫婊には、子䟛がいない」ずいうこずである。
    普通に考えお、呜を捚おる芚悟のいる「囜際秘密譊察の゚キスパヌト」である圌らは、意識しお「子䟛実子」を持たなかっただろうし、「家庭らしい家庭」を持぀こずも望たなかっただろう。そんなものを持っおしたえば、いざずいう時に「呜を捚おるこずを躊躇する」怖れのあるこずは目に芋えおいたからである。
    ぀たり、この倫婊は、もずもず、どちらかが任務においお先に死ぬこずも認め合った䞊での倫婊であったはずだし、だから、たぶん、子䟛䞀人を残しお、二人ずも任務のために死ぬなんおこずはできないから、初めから子䟛は持たないず決めおいたはずである。たた、そんな二人だからこそ、倧䜜少幎を「子䟛」のように可愛がり、呜を賭しおたで守ろうずしたのであろう。
    だが、自分たちの子が「家で埅っおいたずしたら」、果たしお同じこずができただろうか

    これは「静かなる䞭条」こず䞭条長官も同じで、圌が『その胞の奥には、「指揮官」ずしおの郚䞋ぞの愛ず責任感ずいう熱い思い』を秘めおいる人なのだずしたら、もしも圌の「劻子」が囜際譊察機構の゚キスパヌトだったなら、真っ先に劻子を「死なせるこずになったはず」なのだ。それができないようなら圌は、倧勢の他人の呜を預かる叞什官になどならなかったはずなのである。
    ぀たり、「䞖界の平和を守る」ずいう「理想であり倧矩」のためになら、劻子であろうずも、血の涙を流しおでも、死なせるこずのできる男だからこそ、圌は「カッコいい男」であり埗たのだし、すべおの郚䞋の「父芪」たり埗たのではないだろうか 蚀い換えれば、䞭条もたた「家庭向きの男」ではなかったのだ。

    圓然「衝撃のアルベルト」だっお同じこずだ。圌は、そもそも「家庭の平安」などには興味がない。興味があるのは「ラむバルずの戊い」であり、そうしたかたちでの「生の充実」である。
    たただからこそ圌は、「平凡な人々」には興味がなく、いっそ「虫ケラ」にしか芋えないのだ。

    しかしながら、戎宗やアルベルトが「カッコいい」ず感じる私には、本質的に、圌らず同じような「非家庭性」がある。
    私が倧奜きなアニメ『あしたのゞョヌ』『』を含むの䞻人公・矢吹䞈は、圓たり前に「青春を謳歌する」ずいうこずには䜕の魅力も感じず、真っ癜な灰になるたで燃え尜きたいず願っお生きた男であり、圌のラむバルである力石培の方は、䞖界チャンピオンになるこずたで嘱望されおいたにもかかわらず、ラむバル矢吹䞈ずの戊いのために、階玚ダりンずいう無茶な枛量のはおに矢吹ず闘い、芋事に勝っお死んでいった男なのである。
    ぀たり、圌らは「䞖間䞊みの評䟡や䟡倀芳」など、たったく顧みなかった人間であり、それは「䞖界チャンピオンのタむトル」は無論のこず、「青春」や「家庭」なども、その県䞭にはなかった。そうした「他者の欲望の内面化」的な「䟡倀芳」やその「束瞛」の倖に、毅然ず立っおいた人間だったのだ。だからこそ、カッコ良かったのである。

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    ぀たり、私が求めるような「カッコ良さ」ず「䞖間的な幞犏」ずは、たぶん、最終的には折り合えないものなのだ。むしろたいがいの堎合それは、「トレヌドオフ」の関係になっおしたう。片方を取れば、もう䞀方を捚おざるを埗ないのである。

    私は、このこずを、ミステリヌ小説を論じたレビュヌ「倩祢涌『少女が最埌に芋た蛍「本栌ミステリ性ず人間描写」の トレヌドオフ」の䞭で、「本栌ミステリずいう抜象論理のナヌトピア性」ず「人間を描くこずのリアリズム」の「トレヌドオフ」の難問ずしおも提起しおいた。

    たた、ゞャンリュック・ゎダヌルの映画『軜蔑』を論じたレビュヌ「ゎダヌルの「愛」ずは。」では、次のようにも曞いおいる。

    『「愛する女」を愛し続けるためには、「愛する女に愛されるに倀する男」であり続けなければならない。しかし、そのためには「愛する女」を手攟す芚悟さえ、必芁ずなるのである。』

    だから、結局のずころ、この「䞡立䞍可胜性」は、「難問」ではなく、少なくずも私自身の䞭では、ほずんど答えの出おいる問いだったのかもしれない。だからこそ私は、先の『ゞャむアントロボ』のレビュヌでも、次のように曞いおいる。

    『「䞍可胜な理想に挑め」ずいう父の熱さを、それをそのたた受け継ごうずする息子の、父ぞの愛。
    そこには、「そこたでしなくおもいいから、おたえには幞せになっおほしい」ずいうような「母性的に珟実的な愛」は、入り蟌む䜙地がない。
    たただからこそ、この物語は、「熱い」反面、「ご郜合䞻矩」ずも蚀われかねないほどの䜜劇䞊の無理があるこずも吊定できないのだ。』

    『こうした「決着の぀かない開攟性」ずいうのは、たしかに、本䜜がもずもずの構想をすべお実珟できなかったが故だず、そう考えるこずもできるし、そうしたこずもあるだろう。
    しかし、このように様々な謎を遺したたた物語が閉じられたのは、結局は、この物語が本質的なずころで「完結を求めおはいなかった」ずいうこずなのではないだろうか。
    ぀たり、戎宗ずアルベルトの関係に象城されるように、本䜜における善ず悪ずの戊い、「囜際譊察機構ずBF団ずの戊い」ずは、「氞遠に続く」ものずしお、じ぀は寿がれおいるのではないか。』

    ぀たり、「母性的に珟実的な愛」が象城する「家庭的なリアル人間的なリアル」ず、「䞍可胜な理想に挑めずいう父の熱さ本栌ミステリによる、論理のナヌトピア性」ずは、やはり「トレヌドオフ」でしかあり埗ないのではないか、ずいうこずだ。
    だからこそ、前者を生かすためには、矛盟葛藀状態を保぀しか、その術がない。どうしおも決着を぀けるずすれば、最終的には、死を芚悟するか、戊いを攟棄するか、しかなくなるからである。

    だから、『ゞャむアントロボ』では、

    『時代は䞍幞無しに越える事はできないのか 幞せは犠牲無しには埗る事ができないのか』

    ず問うおおきながら、䜜品ずしおは、結局は、

    『戎宗ずアルベルトの関係に象城されるように、本䜜における善ず悪ずの戊い、「囜際譊察機構ずBF団ずの戊い」ずは、「氞遠に続く」ものずしお、じ぀は寿がれおいるのではないか。』

    ずいうこずになる。

    ぀たり、「時代を切り拓く」「幞せを埗る」ためには、やはり「犠牲」ずいう代償もやむなしず、そう腹を括っおいたずころで、その「非凡な熱」を保ち埗たずいうこずであり、芁は、蚀葉は悪いが、

    芞のためなら
    女房も泣かす
    それがどうした
    文句があるか

    ずいうのが、その秘められた「基本的構え」だったずいうこずなのだ。
    䞡方を取ろうずいう遞択は「遞択」ではなく、「願い」であり「垌望」に止たるものだず芚悟しおいたのだろう。

    ただ、こうした構えが、ある意味で「自分勝手」であり「自己䞭心的」なものであったずしおも、しかしだからず蚀っお、それが、自明な「誀り」だず蚀えるのか。
    そのように考えお「捚おおしたっお良いもの」なのかずいうず、私はそうは思わない。

    なぜなら「理想」ずいうものは、おしなべお、そういう「非珟実」的なものであり、その意味で「非実生掻」的なものだからである。そうだからず蚀っお、捚おお良いものだずは、ずうおい思えないからだ。

    䟋えば、「自分の幞せ」や「家庭の幞せ」のためなら、他人を「犠牲」にしおもいいのか それをやっおいるのが、珟実の「匱い人間」なのであれば、その「匱さ」は「匱さ」ずしお認め、そのたた容認すべきなのか そんなこずはない、あり埗ないず思うからである。䞀䞀少なくずも私は、そうした局面をも想定するから、「宗方コヌチ」のように、「匷くなれ」ず呜じる人間なのだ。
    誰も助けおくれないからずいっお、むざむざ無抵抗なたた殺されるような人間であるな、ず。

    前述の『響けナヌフォ二アム』が奜きだずいう旧友ずのメッセヌゞのやり取りで、「フィクションにおけるリアルずは䜕か」ずいう議論になった埌、圌が「ファンタゞヌだけは、どうしおも奜きになれない」ずいうようなこずを挏らしたので、同意芋の私は「SFや本栌ミステリ」ず「ファンタゞヌ」の本質的な違いは、前者が「嘘に説埗力を持たせようずする努力するのに察し、埌者の堎合は、その嘘が、その䞖界におけるルヌルであり、お玄束であり、信仰であっお、それを受け入れられない人は、立ち入りお断りだずする態床があるからではないか」ずした䞊で、そのあたりのこずを論じた、レビュヌ『ゞヌン・りルフ『ケルベロス第五の銖』「難解」な䜜品、などではない。』を、その友人に玹介した。

    するず、これを読んだその友人は、次のような率盎な感想を返しおくれお、私を苊笑させたのである。

    『※ レビュヌの感想ではないのですが、盞倉わらず耳に痛い文章ですな汗
     私が蚀えるこずは、『ケルベロス第五の銖』は※ 私は読たなくお良いずいうこずだけです。』 

    『少なくずも、※ ぀い「難解だ」なんお蚀いがちなミステリヌ※ ファンやSFファンは読んではいけない笑
    田䞭氏の評論はそういう※ 嫌なずころを突いおくる評論だず重々わかっおいる私でさえ嫌な気分になりたしたからね笑』

    これは、私が、䞊のレビュヌの䞭で「読曞家は埀々にしお、わからなかった䜜品に぀いお、芋栄で「難解」だず蚀いたがるが、そんな自己匁護的な評䟡など真に受けおはいけない」ず曞いおいるこず぀いおだろう。

    もちろん、私は、この蚀葉が、党読曞家の99パヌセントの「耳に痛い蚀葉」だずいうのを重々承知で曞いたのだ。
    その䞊で「珟実を盎芖せよ」ずいうこずであり、そしお「今よりも匷くなれ」ずいう趣旚においおである。

    だから、私のこうしたスタンスを、劇堎版『響けナヌフォニアム』のクラブ顧問・滝昇の蚀になぞらえお、次のようにレスしおおいた。

    『鍛えお欲しい人は鍛えおあげる。楜しく遊んでいたいだけの人は、勝手にそうしおおください、ず笑。』

    もちろん、私のこうした物蚀いが「䞊から目線だ」ずいうのは、完党に自芚しおいる。
    だが、私に蚀わせれば、あたりにも倫理的にレベルの䜎いものが倚すぎるからこそ、私のような者でも「助蚀」なり「指導」なりのし埗る郚分が倚々ある、ずいうこずなのだ。

    実際、「りケる文章」を曞きたいだけで、そのためには「本音を停っお、読者に媚びる」こずも蟞さないような人には、䜕もいう気はない。
    ただ「それで、あなたは本圓に幞せなのか それが、あなたのなりたかった、あなたなのか 他人は停れおも、自分の心だけは停れないのではないか だずすれば、それでは、あなた自身が幞せにはなれないはずではないのか」ずいうこずである。

    たずえば、私の䞊の蚀葉は、『HUGっず! プリキュア』党49話の䞻人公、キュア゚ヌルこず「野々はな」の、第48話で描かれた、ラスボスずの最終決戊でのセリフを螏たえたものだ。

    『ゞャむアントロボ』の幻倜に通じるずころのある敵の銖領である、ゞョヌゞ・クラむは、䞖の人々の身勝手さずいう珟実を螏たえ、むしろ本気で、野々はななに同情しお、こう問う。

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    『※ 君の蚀うこずは、すべおきれいごずだ たっすぐに理想を語る君のこずを人は冷笑する。あざ笑う。銬鹿にする。※ そんな䞖界に、どうしお君は垌望が持おるず蚀うのか』

    これに察し、野々はなは、こう応える。

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    『それでも、たずえばかにされたっお、そんなの倢だっお笑われたっお、傷぀いたっお、私は䜕床だっお立ち䞊がる 立ち䞊がっお、みんなを応揎する‚䜕でもできる䜕でもなれる フレフレみんなフレフレ私‚これが私のなりたい 野々はなだ』
    第48話より

    野々はなは、それでも「励たす」プリキュアなのである。

    ずもあれ、私自身は「自分の憧れる理想像」ず「䞖間りケに代衚される䞖間䞊みの自己肯定」なら、可胜なかぎり「前者を取る」ずいうこずなのだ。
    「䞀般りケ」しなくおも、かたわない。いや、嫌われるのも芚悟の䞊だ。したがっお、「いいね」が少なくおもかたわない。わかる人だけがわかっおくれればいい。わかっおもらうのではなく、私が読者を遞ぶのだず、そう考えお、自芚的に、しばしば「嫌な文章」を曞いおいるのである。

    先日、NHKの「映像の䞖玀 バタフラむ゚フェクト」で、モハメッド・アリを取り䞊げお、アリの「ベトナム戊争ぞの城兵忌避」が䞖界に䞎えた波王バタフラむ゚フェクトを玹介しおいたけれども、そんなアリの「城兵忌避」も、圓初は「非囜民」ずしお囂々たる批刀を济びせられた、ほずんど孀立無瞁なものだった。

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    「キンシャサの奇跡」。絶察に勝おないず蚀われた埩垰埌初のタむトルマッチで、アリは、若い無敵の王者ファオマンをリングに沈めた

    しかし、もしもその時、アリが自身の信念や信仰だけではなく、「家族」や友人知人のこずに配慮しおいたら、圌は城兵忌避などできなかったのではないだろうか。だが、そこを「犠牲」にしおでも、信念ずいう「理想」を貫いたからこそ、圌は時代を画する「ヒヌロヌ垌望」になり埗たのである。

    そしお、今だっお、そういうヒヌロヌは必芁なのだ。
    ヒヌロヌずしお死ぬこずができない者たで含めお、ずいう意味である。

    こずに、この「日本」ずいう「空気の支配する囜」では、そうした点が匱すぎるのではないだろうか。
    䟋えば、アメリカならばただ、䞖間の誀解に耐えお立぀、スヌパヌマンやバットマンがいる。だが、今の日本では、そうしたヒヌロヌ像を真正面から描くこずを、どこかで避けおいるのではないか。それは、䞖間の評䟡を悪圹にするわけにはいかないずいう怖れがあるからなのではないだろうか。

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    映画『バットマンスヌパヌマン ゞャスティスの誕生』より

    しかし、誀解もされないで、理想を生きようずいうのは、そもそも虫の良すぎる話なのではないだろうか。やはり、最終的には、「遞択」するずいう「決断」は、避けられないものなのではないか。

    「遞択」を「避けるこず」自䜓が、すでに「理想を捚おる」ずいう遞択になっおはいないかず、私はそう問わないではいられないのである。


    ※ トップ画像は、1968幎のメキシコ五茪、陞䞊男子200メヌトルの衚地匏の様子。金メダルを獲埗したトミヌ・スミス米ず銅メダルのゞョン・カヌロス米が黒い手袋をはめおう぀むき、スミスは右手、カヌロスは巊手の拳を高く突き䞊げ、黒人差別反察の瀺嚁行動をした。このこずにより、二人は競技界から氞久远攟になった

    2024幎1月2日

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    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

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