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倏目挱石 『二癟十日・野分』  倏目挱石の初志

    幎間読曞人

    曞評倏目挱石『二癟十日・野分』新朮文庫

    じ぀に䞀幎半ちかくをかけお読んだ。䞀䞀ず蚀うか、読みはじおから読了たでに䞀幎半かかっおしたった。

    なんでそんなこずになったのかずいうず、本曞は「倖出時のおずも」ずしお、倖出時甚カバンのポケットに攟り蟌んでいたからで、倖出時の隙間時間にしか読たなかったからである。
    䟋えば、映画を芋に出かけた際の映画ず次の映画の埅ち時間、病院ぞ薬をもらいに行った際の埅ち時間。そんな感じだ。

    しかしながら、䞀幎前は、新刊のチェックを兌ねお、月に䞀床ほどの頻床で映画を芋に出かけもしたのだけれど、最近はそれも面倒になっお、数ヶ月に䞀床ずいう感じになっおいる。たしおや通院はおおよそヶ月おきなので、本曞を手に取るのは、せいぜい月に䞀床あるかないかであり、そうした際でも、実際に読んでいる時間は、せいぜい30分ほどだったのだ。
    ぀たり、かなり間隔をあけながら、现切れに読んだのである。

    もちろん、普通ならそんな読み方はしないのだが、どうしおそれができたのかずいうず、挱石のめがしい䜜品はだいたい読んでいるから、そのような読み方をしおも差し支えないずいう安心感があったからである。
    ヶ月おきであろうず、前に読んだずころを思い出せるずいう自信があったのだ。

    そしおその確信は、間違っおいなかった。
    読み終えた今ずなっおは、普通に続けお読んだ時ず倧差のない、手応えを感じおいる。
    これはたぶん、挱石の䜜品が、「ストヌリヌ」自䜓はさほど重芁ではない、玔文孊的な䜜りになっおいるからなのであろう。ある意味では、どこから読んでも「挱石の息吹」を感じるこずはできるのだ。拟い読みしたっお楜しめる、ずいうこずである。

    本曞の前に読んだ挱石は、1幎半ほど前にレビュヌを曞いた『草枕』である。

    このレビュヌにも曞いたこずだが、挱石のめがしい䜜品を読んではいるものの、党郚読んでいるずいうわけではない。その際たるものが、未完の絶筆『明暗』だろう。

    挱石は若い頃に、あるおいど集䞭的に読んだのだが、この時『明暗』を読たなかったのは、未完でありながら䞊䞋巻の長倧な䜜品だったからだ。
    たた、挱石の堎合、埌のものほど、どんどん䜜颚が暗くなっおいったから、この『明暗』などはその最たるものだろうずいう予枬もあったためである。

    もずもず私は、挱石の『こゝろ』を読んで、掻字の䞖界に開県したような人間だから、暗いのが嫌いだずいうわけではない。むしろ奜きだず蚀っおも良い。
    だから、挱石の䞭でも、初期䜜品の『吟茩は猫である』ずか『坊っちゃん』では物足りない。もずもずコメディ的な芁玠の匷いものは奜かないのだ。

    そんなわけで、絶筆『明暗』を残しお、めがしい長線䜜品は高校生の頃に読んでいたのだが、それでも読み残しおいたのが、私が挱石を読んでいた新朮文庫で蚀うず長線では『草枕』ず『坑倫』、非長線では本曞『二癟十日・野分』、『倫敊塔・幻圱の盟』、『文鳥・倢十倜』で、『倫敊塔・幻圱の盟』、『文鳥・倢十倜』の冊はその埌に読み、『草枕』も前述のずおりで読んだから、残すは、本曞『二癟十日・野分』、『坑倫』、『明暗』ずいうこずになっおいたのである。

    ○ ○ ○

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    本曞『二癟十日・野分』には、曞名に挙げられた本の䜜品が収められおいる。
    珟行の新朮文庫版で蚀うず、「二癟十日」は100ペヌゞほどの䞭線、「野分」は200ペヌゞほどの、長めの䞭線、たたは短めの長線である。

    䞡者のおおたかな内容に぀いおは、Amazonの本曞玹介ペヌゞの「本の抂芁」の匕甚で代えおおこう。

    『『草枕』ず『虞矎人草』の間に曞かれた䞭線小説二線。
    俗な䞖盞を痛烈に批刀し、非人情の䞖界から人情の䞖界ぞの転機を瀺す「二癟十日」、その思想をさらに深く発展させた「野分」を収録。


    〝豆腐屋䞻矩〟の圭さんず奔攟な性栌の碌さん。江戞っ子二人の軜劙な䌚話を通じお、金持が幅をきかす瀟䌚を痛烈に批刀する『二癟十日』。理想䞻矩が高じお倱職した元䞭孊教垫の文筆家・癜井道也ず二人の青幎・高橋※ 高柳ず䞭野。孊問、金、恋、人生の葛藀を描く『野分』。挱石の思想や哲孊をもっずも鮮やかに䜓珟する二䜜品。
    甚語、時代背景などに぀いおの詳现な泚解、解説を付す。

    本曞収録「野分」より
    酔興を䞉たび重ねお、東京ぞ出お来た道也は、もう田舎ぞは行かぬず蚀い出した。教垫ももうやらぬず劻君に打ち明けた。孊校に愛想を぀かした圌は、愛想を぀かした瀟䌚状態を矯正するには筆の力によらねばならぬず悟ったのである。今たではいずこの果(はお)で、どんな職業をしようずも、己(おの)れさえ真盎(たっすぐ)であれば曲がったものは苧殻(おがら)の様に向うで折れべきものず心埗おいた。盛名はわが望む所ではない。嚁望もわが欲する所ではない。  (本曞99ペヌゞ)』

    たず「二癟十日」だが、これは䞊の玹介文に『江戞っ子二人の軜劙な䌚話を通じお、金持が幅をきかす瀟䌚を痛烈に批刀する『二癟十日』』ずあるように、ドタバタの入った、コミカルな「議論小説」だず蚀えるだろう。぀たり『坊っちゃん』系の䜜品であり、坊っちゃんず山嵐の察話を抜き出しお、俗䞖間批刀をさせた䜜品だず蚀っお良い。
    だから、そうした意味では、いかにも倏目挱石らしい䜜品ではあるのだが、埌期の䜜品に芋られる「葛藀」が無く、その点では、いかにも物足りなくはあった。

    次の「野分」は、「二癟十日」に続いお翌幎に発衚された䜜品だが、明らかに埌期の䜜品に通ずる「浮䞖のたたならなさ」や「葛藀」などが前景化しおおり、ぐっず私の奜みに近づいおいる。
    ぀たり、䞻人公の䞀人である癜井道也は、倏目挱石その人の「理想䞻矩ず実人生でのたたならなさずの葛藀」をかなり率盎に反映しおおり、「二癟十日」たでの滑皜味は、完党に圱を朜めおいるのである。

    蚀い換えれば、『猫』や『坊っちゃん』「二癟十日」ずいった䜜品は、挱石の内面的な葛藀は衚に出されるこずはなく、その「瀟䌚批評」性だけを前面に立おた䜜品だったず蚀えるだろう。

    『坊っちゃん』ず「二癟十日」の間に䜍眮する『草枕』は、そうした系統からは少しずれおいお、語り手は䞀歩匕いお「人間」を芳察する人物画家に蚭定されおいたが、その意味では、『草枕』は、挱石の埌期ぞの倉化を予告する䜜品だったず蚀えるのかもしれない。

    そうした意味では、「野分」は、挱石の「埌期の始たり」を告げる䜜品だず蚀っお良いだろう。
    䞻人公の癜井道也は、金銭的な䞍遇の䞭にも、その理想を貫こうずする理想䞻矩的な人物ずしお描かれおおり、その点では「初期」の「わかりやすさ」を残しおはいる。
    だが、その生掻ぶりは、ひず぀転べは『こころ』の「先生」にもなっおしたいかねない、危うさを持った人物であるのは明らかだ。

    「野分」では、圌を慕う青幎・高柳が、最埌には癜井の危機を救っおハッピヌ゚ンドずなるのだが、『こころ』では逆に、「先生」を慕う「私」が、「先生」を自殺させおしたうこずになるのである。

    だが、そこたで先走っお論じるこずはないだろう。
    本䜜「野分」では、挱石の初志たる、真っ盎ぐな瀟䌚批刀が、文字どおり「挔説」のかたちで語られおいる。本䜜の癜眉たる、癜井道也の「挔説シヌン」である。

    だからここでは、その挔説シヌンをそのたた匕甚しお玹介したいず思う。

    これを読めば、倏目挱石がどういう人で、䞖の䞭をどのように芋お、どのような理想を抱きながら葛藀しおいたのかが、ハッキリずわかるはずだからだ。

    『 ひょろながい道也先生は綿服※ 着食らずに平服のたた壇䞊にあらわれた。かれはこの颚の䞭を金釘の劂く盎立しお来たのである。から颚に吹き曝されたる圌は、からからの叀瓢箪の劂くに芋える。聎衆は䞀床に手をたたく。手をたたくのは必ずしも喝采の意ず解すべからざる堎合がある。独り高柳君のみは粛然ずしお襟を正した。
    「自己は過去ず未来の連鎖である」
     道也先生の冒頭は突劂ずしお来た。聎衆は䞀寞䞍意撃を食った。こんな挔説の始め方は※ 前䟋がない。
    「過去を未来に送り蟌むものを旧掟※ 保守ず云い、未来を過去より救うものを新掟※ 革新ず云うのでありたす」
     聎衆は愈惑いよいよ ずたどった。䞉癟の聎衆のうちには、道也先生をひやかす目的を以お入堎しおいるものがある。圌等に䞀寞の隙でも䞎えれば道也先生は壇䞊に嘲殺されねばならぬ。角力すもうは呌吞である。呌吞を蚈らんでひやかせば反かえっお自分が攟り出されるばかりである。圌等は蛇の劂く鎌銖を持ち䞊げお埅構えおいる。道也先生の県䞭には道の䞀字がある。
    「自己のうちに過去なしず云うものは、われに父母なしず云うが劂く、自己のうちに未来なしず云うものは、われに子を生む胜力なしずいうず䞀般である。わが立脚地はここに斌お明瞭である。われは父母の為めに存圚するか、われは子の為めに存圚するか、或あるいはわれその物を暹立せんが為めに存圚するか、吟人生存の意矩はこの䞉者の䞀を離るる事が出来んのである」
     聎衆は䟝然ずしお、だたっおいる。或は烟けむに捲かれたのかも知れない。高柳君は成皋ず聎いおいる。
    「文芞埩興※ ルネサンスは倧なる意味に斌お父母の為めに存圚したる倧時期である。十八䞖玀末のゎシック埩掻もたた倧なる意味に斌お父母の為めに存圚したる小時期である。同時に※ りォルタヌ・スコット䞀掟の浪挫掟を生たんが為めに存圚した時期である。即ち子孫の為めに存圚したる時期である。自己暹立せんが為めに存圚したる時期の奜䟋ぱリザベス朝の文孊である。個人に就お云えばむブセン※ ヘンリック・むプセンである。メレヂス※  ゞョヌゞ・メレディスである。ニむチェ※ ニヌチェである。※ ロバヌト・ブラりニングである。耶蘇教埒は基督キリストの為めに存圚しおいる。基督は叀いにしえの人である。だから耶蘇教埒は父の為めに存圚しおいる。儒者は孔子の為めに生きおいる。孔子も昔いにしえの人である。だから儒者は父の為めに生きおいる。‥‥‥」
    「もうわかった」ず叫ぶものがある。
    「䞭々わかりたせん」ず道也先生が云う。聎衆はどっず笑った。
    「袷あわせは単衣ひずえの為めに存圚するですか、綿入の為めに存圚するですか。又は自身の為めに存圚するですか」ず云っお、䞀応聎衆を芋廻した。笑うにはあたり、奇譊である。慎しむにはあたり瓢ひょうきんである。聎衆は迷うた。
    「むずかしい問題じゃ、わたしにもわからん」ず枈たした顔で云っおしたう。聎衆は又笑った。
    「それはわからんでも差支さし぀かえない。然し吟々は䜕の為めに存圚しおいるか これは知らなくおはならん。明治は四十幎立った。四十幎は短かくはない。明治の事業はこれで䞀段萜を告げた‥‥‥」
    「ノヌ、ノヌ」ず云うものがある。
    「どこかでノヌ、ノヌず云う声がする。わたしはその人に賛成である。そう云う人があるだろうず思うお埅っおいたのである」
     聎衆は又笑った。
    「いや本圓に埅っおいたのである」
     聎衆は䞉たび関ずきを揚げた。
    「私は四十幎の歳月を短かくはないず申した。成皋䜏んでみれば長い。然し明治以倖の人から芋たらやはり長いだろうか。望遠鏡の県鏡は䞀寞の盎埄である。然し愛宕山から芋るず品川の沖がこの䞀寞のなかに這入っおしたう。明治の四十幎を長いず云うものは明治のなかに霷霪あくせくしおいるものの云う事である。埌䞖から芋ればずっず瞮たっおしたう。ずっず遠くから芋るず䞀匟指の間に過ぎん。䞀䞀 䞀匟指の間に䜕が出来る」ず道也はテヌブルの䞊をずんず敲いた。聎衆は䞀寞驚ろいた。
    「政治家は䞀倧事業をした積りでいる。孊者も䞀倧事業をした積でいる。実業家も軍人もみんな䞀倧事業をした積でいる。した積でいるがそれは自分の積りである。明治四十幎の倩地に銖を突き蟌んでいるから、した積りになるのである。䞀䞀 䞀匟指の間に䜕が出来る」
     今床は誰も笑わなかった。
    「䞖の䞭の人は云うおいる。明治も四十幎になる、ただ沙翁※ シェむクスピアが出ない、ただゲヌテが出ない。四十幎を長いず思えばこそ、そんな愚痎が出る。䞀匟指の間に䜕が出る」
    「もうでるぞ」ず叫んだものがある。
    「もうでるかも知れん。然し今たでに出おおらん事は確かである。䞀䞀 䞀蚀にしお云えば」ず句を切った。満堎はしんずしおいる。
    「明治四十幎の日月は、明治開化の初期である。曎に話を換えおこれを説明すれば今日の吟人※ われわれは過去を有もたぬ開化のうちに生息しおいる。埓っお吟人は過去を䌝うべき為めに生れたのではない。䞀䞀時は昌倜を舎すおず流れる。過去のない時代はない。諞君誀解しおはなりたせん。吟人は無論過去を有しおいる。熱しその過去は耄碌もうろくした過去か、幌皚な過去である。則のっずるに足るべき過去は䜕にもない。明治の四十幎は先䟋のない四十幎である」
     聎衆のうちにそうかなあず云う顔をしおいる者がある。
    「先䟋のない瀟䌚に生れたもの皋自由なものはない。䜙※ わたしは諞君がこの先䟋のない瀟䌚に生れたのを深く賀する※  祝賀するものである」
    「ひや、ひゃ」ず云う声が所々に起る。
    「そう早合点に賛成されおは困る。先䟋のない瀟䌚に生れたものは、自から先䟋を䜜らねばならぬ。東瞛のない自由を享けるものは、既に自由の為めに束瞛されおいる。この自由を劂䜕に䜿いこなすかは諞君の暩利であるず同時に倧なる責任である。諞君。偉倧なる理想を有せざる人の自由は堕萜でありたす」
     蚀い切った道也先生は、䞡手を机の䞊に眮いお満堎を芋廻した。雷が萜ちた様な気
    合けはいである。
    「個人に就お論じおもわかる。過去を顧みる人は半癜の老人である。少壮の人※ 若者に顧みるべき過去はない筈である。前途に倧なる垌望を抱くものは過去を顧みお恋々たる※ 執着する必芁がないのである。䞀䞀吟人が今日生きおいる時代は少壮の時代である。過去を顧みる皋に老い蟌んだ時代ではない。政治に䌊藀䟯※ 䌊藀博文䟯爵や山県候※  山瞣有朋䟯爵を顧みる時代ではない。実業に枋沢男※ 枋沢栄䞀男爵や岩厎男※ 岩厎匥倪郎男爵を顧みる時代ではい。」
    「倧気焔」ず評したのは高柳君の隣りに居た薩摩絣※ を着た男である。高柳君はむっずした。
    「文孊に玅葉氏※ 尟厎玅葉䞀葉氏※ 暋口䞀葉を顧みる時代ではない。これ等の人々は諞君の先䟋になるが為めに生きたのではない。諞君を生む為めに生きたのである。最前の蚀葉を甚いればこれ等の人々は未来の為めに生きたのである。子の為めに存圚したのである。しかしお諞君は自己の為めに存圚するのである。䞀䞀凡およそ䞀時代にあっお初期の人は子の為めに生きる芚悟をせねばならぬ。䞭期の人は自己の為めに生きる決心が出来ねばならぬ。埌期の人は父の為めに生きるあきらめを぀けなければならぬ。明治は四十幎立った。たず初期ず芋お差支なかろう。するず珟代の青幎たる諞君は倧おおいに自己を発展しお䞭期をかたちづくらねばならぬ。埌を顧みる必芁なく、前を気遣う必芁もなく、只自我を思おもいのたたに発展し埗る地䜍に立぀諞君は、人生の最倧愉快を極むるものである」
     満堎は䜕ずなくどよめき枡った。
    「なぜ初期のものが先䟋にならん 初期は最も䞍秩序の時代である。偶然の跋扈する時代である。僥倖の勢を埗る※ 幞運に恵たれる時代である。初期の時代に斌お名を揚げたるもの、家を起したるもの、財を積みたるもの、事業をなしたるものは必ずしも自己の力量に由っお成功したずは云われぬ。自己の力量によらずしお成功するは士しの尀もっずも耻蟱ずする所である。䞭期のものはこの点に斌お遥かに初期の人々よりも幞犏である。事を成すのが困難であるから幞犏である。困難にも拘わらず僥倖が少ないから幞犏である。困難にも拘わらず力量次第で思う所ぞ行ける皋の䜙裕があり、発展の道があるから幞犏である。埌期に至るずかたたっおしたう。只前代を祖述するより倖に身動きがずれぬ。身動きがずれなくなっお、人間が腐った時、又波瀟が起る。起らねば化石するより倖に仕様がない。化石するのがいやだから、自から波瀟を起すのである。これを革呜ず云うのである。
    「以䞊は明治の倩䞋にあっお諞君の地䜍を説明したのである。かかる愉快な地䜍に立぀諞君はこの愉快に盞圓する理想を逊わねばならん」
     道也先生はここに斌お䞀転語を䞋した。聎衆は別にひやかす気もなくなったずみえる。黙っおいる。
    「理想は魂である。魂は圢がないからわからない。只ただ人の魂の、行為に発珟する所を芋お髣髎ほうふ぀するに過ぎん。惜しいかな珟代の青幎はこれを髣髎する事が出来ん。これを過去に求めおもない、これを珟代に求めおは猶曎ない。諞君は家庭に圚っお父母を理想ずする事が出来たすか」
     あるものは䞍平な顔をした。然しだたっおいる。
    「孊校に圚っお教垫を理想ずする事が出来たすか」
    「ノヌ、ノヌ」
    「瀟䌚に圚っお玳士を理想ずする事が出来たすか」
    「ノヌ、ノヌ」
    「事実䞊諞君は理想を以おおらん。家に圚っおは父母を軜蔑し、孊校に圚っおは教垫を軜蔑し、瀟䌚に出でおは玳士を軜蔑しおいる。これ等を軜蔑し埗るのは芋識である。然しこれ等を軜蔑し埗る為めには自己により倧なる理想がなくおはならん。自己に䜕等の理想なくしお他を軜蔑するのは堕萜である。珟代の青幎は滔々ずしお日に堕萜し぀぀ある」
     聎衆は少しく色めいた。「倱敬な」ず぀ぶやくものがある。道也先生は昂然ずしお壇䞋を睥睚ぞいげいしおいる。
    「英囜颚を錓吹しお憚からぬものがある。気の毒な事である。己れに理想のないのを明かに暎露しおいる。日本の青幎は滔々ずしお日に堕萜するにも拘わらず、未だ歀所たでは堕萜せんず思う。凡おの理想は自己の魂である。うちより出ねばならぬ。奎隷の頭脳に雄倧な理想の宿りようがない。西掋の理想に圧倒せられお県がくらむ日本人はある皋床に斌お皆奎隷である。奎隷を以お甘んずるのみならず、争っお奎隷たらんずするものに䜕等の理想が脳裏に酞酵し埗る道理があろう。
    「諞君。理想は諞君の内郚から湧き出なければならぬ。諞君の孊問芋識が諞君の血ずなり肉ずなり遂に諞君の魂ずなった時に諞君の理想は出来䞊るのである。付焌刃は䜕にもならない」
     道也先生はひやかされるなら、ひやかしおみろず云わぬばかりに片手の拳骚をテヌブルの䞊に乗せお、立っおいる。汚ない黒朚綿の矜織に、べんべらの襟ば最前皋に目立たぬ。颚の音がごうず鳎る。
    「理想のあるものは歩く可べき道を知っおいる。倧なる理想のあるものは倧なる道をあるく。迷子ずは違う。どうあっおもこの道をあるかねば巳やたぬ。迷いたくおも迷えんのである。魂がこちらこちらず教えるからである。
    「諞君のうちには、どこたで歩く積りだず聞くものがあるかも知れぬ。知れた事である。行ける所たで行くのが人生である。誰しも自分の寿呜を知っおるものはない。自分に知れない寿呜は他人には猶曎わからない。医者を家業にする専門家でも人間の寿呜を勘定する蚳には行かね。自分が䜕歳たで生きるかは、生きたあずで始めお蚀う可き事である。八十歳たで生きたず云う事は八十歳たで生きた事実が蚌拠立おおくれねはならん。仮定たずい八十歳たで生きる自信があっお、その自信通りになる事が明瞭であるにしおも、珟に生きたず云う事実がない以䞊は誰も信ずるものはない。埓っお蚀うべきものでない。理想の黙瀺を受けお行くべき道を行くのもその通りである。自己がどれ皋に自己の理想を珟実にし埗るかは自己自身にさえ蚈られん。過去がこうであるから、未来もこうであろうぞず臆枬するのは、今たで生きおいたから、これからも生きるだろうず速断する様なものである。䞀皮の山である。成功を目的にしお人生の街頭に立぀ものは凡お山垫である」
     高柳君の隣りに居た薩摩絣は劙な顔をした。
    「瀟䌚は修矅堎である。文明の瀟䌚は血を芋ぬ修矅堎である。四十幎前の志士は生死の間に出入しお維新の倧業を成就した。諞君の冒すべき危険は圌等の危険より恐ろしいかも知れぬ。血を芋ぬ修矅堎は砲声劔光の修矅堎よりも、より深刻に、より悲惚である。諞君は芚悟をせねばならぬ。勀王の志士以䞊の芚悟をせねばならぬ。斃たおるる芚悟をせねばならぬ。倪平の倩地だず安心しお、拱手しお成功を冀こいねがう茩は、行くべき道に躓いお非業に死したる倱敗の児よりも、人間の䟡倀は遥かに乏しいのである。
    「諞君は道を行かんが為めに、道を遮ぎるものを远わねばならん。圌等ず戊うずきに始めお、わが生涯の内生呜に、勀王の諞士が敢おしたる以䞊の頃悶ず蟛惚ずを芋出し埗るのである。䞀䞀今日は颚が吹く。昚日も颚が吹いた。この頃の倩候は䞍穏である。然し胞裏の䞍穏はこんなものではない」
     道也先生は、がた぀く硝子窓を通しお、埀来の方を芋た。折から䞀陣の颚が、䌚釈なく埀来の砂を捲き䞊げお、屋の棟に突き圓っお、虚空を高く逃れお行った。
    「諞君。諞君のどれ皋に剛健なるかは、わたしには分らん。諞君自身にも知れぬ。只倩䞋埌䞖が蚌拠だおるのみである。理想の倧道を行き尜しお、途䞊に斃るる刹那に、わが過去を䞀瞥いちべ぀のうちに瞮め埗お始めお合点が行くのである。諞君は諞君の事業そのものに由よっお䌝えられねばならぬ。単に諞君の名に由っお䌝えられんずするは軜薄である」
     高柳君は䜕ずなく局きたりがわるかった。道也の茝やく県が自分の方に泚いでいる様に思おもわれる。
    「理想は人によっお違う。吟々は孊問をする。孊問をするものの理想は䜕であろう」
     聎衆は黙然ずしお応ずるものがない。
    「孊問をするものの理想は䜕であろうずも䞀䞀金でない事だけは慥たしかである」
     五六カ所に笑声が起る。道也先生の裕犏ならぬ事はその服装を芋たものの心から取り陀けられぬ事実である。道也先生は矜織のゆきを巊右の手に匕っ匵りながら、たず埐おもむろにわが右の袖を芋た。光に県を転じお又埐ろにわが巊の袖を芋た。黒朚綿の織目のなかに砂が䞀杯たたっおいる。
    「随分きたない」ず萜ち付き払っお云った。
     笑声が満堎に起る。これはひやかしの笑声ではない。道也先生はひやかしの笑声を奜意の笑声で揉み朰したのである。
    「先達せんだっお孊問を専門にする人が来お、私も劻をもろうお子が出来た。これから金を溜めねばならね。是非ずも子䟛に立掟な教育をさせるだけは今のうちに貯蓄しお眮かねばならん。然しどうしたら貯蓄が出来るでしょうかず聞いた。
    「どうしたら孊問で金がずれるだろうず云う質問皋銬鹿気た事はない。孊問は孊者になる※ ためのものである。金になるものではない。孊問をしお金をずる工倫を考えるのは北極ぞ行っお虎狩をする様なものである」
     満堎は又䞀寞どよめいた。
    「䞀般の䞖人は劎力ず金の関係に就お倧なる誀認を有しおいる。圌等は盞応の孊問をすれば盞応の金がずれる芋蟌のあるものだず思う。そんな条理は成立する蚳がない。孊問は金に遠ざかる噚械である。金がほしければ金を目的にする実業家ずか商買人になるがいい。孊者ず町人ずはたるで別途の人間であっお、孊者が金を予期しお孊問をするのは、町人が孊問を目的にしお䞁皚に䜏み蟌む様なものである」
    「そうかなあ」ず突飛な声を出す奎がいる。聎来はどっず笑った。道也先生は平然ずしお笑わらいのしずたるのを埅っおいる。
    「だから孊問のこずは孊者に聞かなければならん。金が欲しければ町人の所ぞ持っお行くより倖に臎し方はない」
    「金が欲しい」ずたぜ返えす奎が出る。誰だかわからない。道也先生は「欲しいでしよう」ず云ったぎり進行する。
    「孊問即ち物の理がわかるず云う事ず生掻の自由即ち金があるず云う事ずは独立しお関係のないのみならず、反かえっお反察のものである。孊者であればこそ金がないのである。金を取る※ 金儲けをしようず思うから孊者にはなれないのである。孊者は金がない代りに物の理がわかるので、町人は理窟がわからないから、その代りに金を儲ける」
     䜕か云うだろうず思っお道也先生は二十秒皋絶句しお埅っおいる。誰も䜕も云わない。
    「それを心埗んで金のある所には理窟※ 道理もあるず考えおいるのは愚の極である。しかも䞖間䞀般はそう誀認しおいる。あの人は金持ちで䞖間が尊敬しおいるからしお理窟もわかっおいるに違ない、カルチュアヌ※ 教逊もあるに極きたっおいるず䞀䞀こう考える。ずころがその実はカルチュアヌを受ける暇がなければこそ金をもうける時間が出来たのである。自然は公平なもので䞀人の男に金ももうけさせる、同時にカルチュアヌも授けるず云う皋莔屓にはせんのである。この芋やすき道理も匁ぜずしお、かの金持ち共は己惚れお‥‥‥」
    「ひや、ひゃ」「焌くな」「しっ、しっ」倧分賑やかになる。
    「自分達は瀟䌚の䞊流に䜍しお䞀般から尊敬されおいるからしお、䞖の䞭に自分皋理窟に通じたものはない。孊者だろうが、䜕だろうが己おれに頭をさげねばならんず思うのは憫然の次第で、圌等がこんな考かんがえを起す事自身がカルチュアヌのないず云う事実を蚌明しおいる」
     高柳君の県は茝やいた。血が双頬に䞊っおくる。
    「蚳のわからぬ圌等が己惚うぬがれは到底枈床すべからざる※ 救いようがない事ずするも、倩䞋瀟䌚から、圌等の己惚を尀もっずもだず是認するに至っおは愛想の尜きた䞍芋識ず云わねばならぬ。よく云う事だが、あの男もあの䜍な瀟䌚䞊の地䜍にあっお盞応の財産も所有しおいる事だから䞇曎そんな蚳のわからない事もなかろう。豈蚈らんやある堎合には、そんな瀟䌚䞊の地䜍を埗お盞圓の財産を有しおおればこそ蚳がわからないのである」
     高柳君は※ 結栞による胞の苊しみを忘れお、ひやひやず手を打った。隣の薩摩絣はえぞんず嘲匄的な咳払せきばらいをする。
    「瀟䌚䞊の地䜍は䜕できたるず云えば䞀䞀色々ある。第䞀カルチュアヌで極る堎合もある。第二門閥で極たる堎合もある。第䞉には芞胜で極る堎合もある。最埌に金できたる堎合もある。しかしおこれは尀も倚い。かように色々の暙準があるのを混同しお、金で盞堎がきたった男を孊問で盞堎がきたった男ず盞互に通甚し埗る様に考えおいる。ほずんど盲目同然である」
     ゚ヘン、゚ヘンず云う声が散らばっお五六カ所に起る。高柳君は口を結んで、錻から呌吞をはずたせおいる。
    「金で盞堎の極たった男は金以倖に融通は利かぬ筈である。金はある意味に斌お貎重かも知れぬ。圌等はこの貎重なものを擁しおいるから䞖の尊敬を受ける。よろしい。そこたでは誰も異存はない。然し金以倖の領分に斌お圌等は幅を利かし埗る人間ではない、金以倖の暙準を以お瀟䌚䞊の地䜍を埗る人の仲間入は出来ない。もしそれが出来るず云えば孊者も金持ちの領分ぞ乗り蟌んで金銭本䜍の区域内で嚁匵っおも奜い蚳になる。圌等はそうはさせね。然し自分だけは自分の領分内に倧人しくしおいる事を忘れお他の領分たでのさばり出ようずする。それが物のわからない、奜い蚌拠である」
     高柳君は腰を半分浮かしお拍手をした。人間は真䌌が奜である。高柳君に誘い出されお、ぱちぱちの声が四方に起る。冷笑党は勢いきおいの䞍可なるを知っお黙した。
    「金は劎力の報酬である。だから劎力を䜙蚈にすれば金は䜙蚈にずれる。ここたでは䞖間も公平である。吊これすらも䞍公平な事がある。盞堎垫などは劎力なしに金を攫぀かんでいる然し䞀歩進めお考えおみるが奜い。高等な劎力に高等な報酬が䌎うであろうか䞀䞀諞君どう思いたす䞀䞀返事がなければ説明しなければならん。報酬なるものは県前の利害に尀も圱響の倚い事情だけで極められるのである。だから今の䞖でも教垫の報酬は小商人の報酬よりも少ないのである。県前以䞊の遠い所高い所に劎力を費やすものは、いかに将来の為めになろうずも、囜家の為めになろうずも、人類の為めになろうずも報酬は、愈いよいよ滅ずるのである。だによっお劎力の高䞋では報酬の倚寡はきたらない。金銭の分配は支配されおおらん。埓っお金のあるものが高尚な劎力をしたずは限らない。換蚀すれば金があるから人間が高尚だずは云えない。金を目安にしお人物の䟡倀をきめる蚳には行かない」
     滔々ずしお述べお来た道也は䞀寞ここで切っお、満堎の圢勢を芳望した。掻版に抌した挔説は生呜がない。道也は盞手次第で、どうずも倉わる積぀もりである。満堎は思ったより静かである。
    「それを金があるからず云うお無暗にえらがるのは間違っおいる。孊者ず喧嘩する資栌があるず思っおるのも間違っおいる。気品のある人々に頭を䞋げさせる積でいるのも間違っおいる。䞀䞀少しは考えおもみるがいい。いくら金があっおも病気の時は医者に降参しなければなるたい。金貚を煎じお飲む蚳には行かない‥‥‥」
     あたり熱心な滑皜なので、思わず噎き出したものが䞉四人ある。道也先生は気が぀いた。
    「そうでしょう䞀䞀金貚を煎じたっお䞋痢はずたらないでしょう。䞀䞀だから埡医者に頭を䞋げる。その代り埡医者は䞀䞀金に頭を䞋げる」
     道也先生はにやにやず笑った。聎衆も倧人しく笑う。
    「それで奜いのです。金に頭を䞋げお結構です䞀䞀然し金持はいけない。医者に頭を䞋げる事を知っおながら、趣味ずか、嗜奜ずか、気品ずか人品ずか云う事に関しお、孊問のある、高尚な理窟のわかった人に頭を䞋げるこずを知らん。のみならず华かえっお金の力で、それ等の頭をさげさせようずする。䞀䞀目蛇に怖じずずはよく云ったものですねえ」
    ず急に䌚話調になったのは曲折があった。
    「孊問のある人、蚳のわかった人は金持が金の力で䞖間に利益を䞎うるず同様の意味に斌お、孊問を以お、わけの分った所を以お瀟䌚に幞犏を䞎えるのである。だからしお立堎こそ違え、圌等は到底冒し埗べからざる地䜍に確たる尻を据えおいるのである。
    「孊者がもし金銭問題にかかれば、自己の本領を棄おお他の瞄匵内に這入るのだから、金持ちに頭を䞋げるが順圓であろう。同時に金以䞊の趣味ずか文孊ずか人生ずか瀟䌚ずか云う問題に関しおは金持ちの方が孊者に恐れ入っお来なければならん。今、孊者ず金持の間に葛藀が起るずする。単に金銭問題ならば孊者は初手から無胜力である。然しそれが人生問題であり、道埳問題であり、瀟䌚問題である以䞊は圌等金持は最初から口を開く暩胜のないものず芚悟をしお絶察的に孊者の前に服埓しなければならん。岩厎は別荘を立お連らねる事に斌お倩䞋の孊者を圧倒しおいるかも知れんが、瀟䌚、人生の問題に関しおは小児ず䞀般※ 同様である。十䞇坪の別荘を垂の東西南北に建おたから倩䞋の孊者を凹ぞこたしたず思うのは凌雲閣を䜜ったから仙人が恐れ入ったろうず考える様なものだ‥‥‥」
     聎衆は道也の勢ず最埌の䞀句の奇譊なのに気を奪われお黙っおいる。独り高柳君がたたらなかったず芋えお倧きな声を出しお喝采した。
    「商人が金を儲ける為めに金を䜿うのは専門䞊の事で誰も容喙が出来ぬ。然し商買䞊に䜿わないで人事䞊にその力を利甚するずきは、蚳のわかった人に聞かねばならぬ。そうしなければ瀟䌚の悪を自ら醞造しお平気でいる事がある。今の金持の金のある䞀郚分は垞にこの目的に向っお䜿甚されおいる。それず云うのも圌等自身が金の䞻であるだけで、他の埳、芞の䞻でないからである。孊者を尊敬する事を知らんからである。いくら教えおも人の云う事が理解出来んからである。灜わざわいは必ず己れに垰る。圌等は是非ずも孊者文孊者の云う事に耳を傟けねばならぬ時期がくる。耳を傟けねば瀟䌚䞊の地䜍が保おぬ時期がくる」
     聎界は䞀床にどっず鬚ずきを揚げた。高柳君は肺病にも拘かかわらずたも尀なる鬚を揚げた。生れおから始めおこんな痛快な感じを埗た。襟巻に半分顔を包んでから颚のなかをここたで来た甲斐はあるず思う。
     道地先生は予蚀者の劂く凛ずしお壇䞊に立っおいる。吹きたくる朚枯は屋を撌うごかしお去る。』P260〜278

    『偉倧なる理想を有せざる人の自由は堕萜でありたす』P264

    ず、道也先生は断ずる。

    『「どうしたら孊問で金がずれるだろうず云う質問皋銬鹿気た事はない。』P271䞀䞀から始たる議論においお、道也先生は、「孊者」が代衚する「孊問、カルチャヌ教逊、倫理」等ず、「金持ち」が代衚する「金銭財力」ずは、完党に別物であるずも断ずる。

    だが、こうした圓たり前の話が、「資本䞻矩」の党面展開によっお、今ほど倱われた時代も、たたずないだろう。

    珟代人は、金品に恵たれた生掻を手にするこずで、知性を倱ったから、そんなこずにすら気づかないのだ。

    今は、埌期の時代だから、物事は簡単には動かせないだろう。
    だが私は、高柳君ず同様に、道也先生ず同じ道を、行けるずころたで歩きたいず願っおいる。


    2025幎7月31日

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