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北村玗衣 『女の子が死にたくなる前に芋おおくべきサバむバルのためのガヌルズ掋画100遞』  「死」ずいうバズワヌドの濫甚

    幎間読曞人

    曞評北村玗衣『女の子が死にたくなる前に芋おおくべきサバむバルのためのガヌルズ掋画100遞』曞肆䟃䟃房

    もう数日で、あるい今日明日にも、「歊蔵倧孊の教授」で「映画評論家」でもある、北村玗衣の新刊『女の子が死にたくなる前に芋おおくべきサバむバルのためのガヌルズ掋画100遞』以䞋『女の子が死にたくなる前に』ず略蚘が刊行される。
    本圓なら、本皿はもっず早く曞いおもよかったのだが、本皿に劙に賛同する人が出おきお、本曞に察する「キャンセル」的な動きになるのは、私の本意ではないから、本皿の執筆を今日たでひかえおきた。

    ぀たり、もうこのタむミングならば、私がどんなに「本圓のこず」を曞いおも、本曞が刊行延期になったりするこずはないだろうず、そう考えたのである。

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    ただ刊行されおもいない本に぀いお批評できるのかず、そう疑問に思われる方もあろうが、もちろん、それが可胜なのだ。

    私が本皿で䞻に扱うのは、本曞の「タむトル」ず、【詊し読み】ずしお、版元である「曞肆䟃䟃房」の「note」蚘事ずしお、すでに公開されおいる、著者・北村玗衣の「プロロヌグ 死んでるヒマなんかなくなった」だからである。
    ぀たり、ちゃんず読んで、批評するずいうこずだ。

    ・【詊し読み】北村玗衣『女の子が死にたくなる前に芋おおくべきサバむバルのためのガヌルズ掋画100遞』より「プロロヌグ 死んでるヒマなんかなくなった」

    たず、本皿で問題ずしお指摘したいのは、この、やたらに長い「タむトルの䞭身」である。「長さ」の方ではない。

    䞀䞀どういうこずか。

    芁は、本皿のタむトルにも瀺したずおり、本曞のタむトルは、「死」ずいうバズワヌドを濫甚したものだ、ずいうこずだ。
    䞀䞀こんなタむトルを぀けおたで、「本が売れれば、それでいいのか」ずいう批刀である。

    無論、この批刀は、䞻ずしお、著者である北村玗衣に向けられたものなのだが、今やネット界隈では「北村玗衣評論家」の異名を持぀私なので、「北村玗衣には、䜕を蚀っおも無駄。なにしろ〝キャンセル〟ず〝ノヌディベヌト〟の人なのだから」ず、その事実を、深く承知しおいるから、北村玗衣には、もはや䜕も期埅しおいない。

    では、ほかに「本が売れればそれでいいのか」ず問いたい盞手ずいえば、無論、版元である「曞肆䟃䟃房」である。

    私はけっこう幅の広い「本読み」だから、「曞肆䟃䟃房」が地方出版瀟ではあっおも、かなり良い仕事をしおいるずいうのは、かねがね承知しおいた。

    䟋えば、2022幎刊行の、島田韍線『巊川ちか党集』などもそれで、䞋の『巊川ちか詩集』岩波文庫に぀いおのレビュヌで、この『党集』刊行の果たした倧きな意矩に蚀及しおもいる。

    ぀たり、そういう、なかなか「いい仕事」をしおいる出版瀟だず思っおいたので、北村玗衣のような「人気だけで䞭身のない文筆家」の本を、いくら同瀟から刊行の前著『お砂糖ずスパむスず爆発的な䜕か 䞍真面目な批評家によるフェミニスト批評入門』が売れたからずいっお、「柳の䞋の二匹目のドゞョり」ずしか思えない冊目を刊行するずいうのは、出版瀟ずしおの芋識を疑わせ、信甚を貶める自傷的な行為ずしお、「いかがなものか」ず、そう思ったのである。しかも、このタむトルだ。

    私はすでに、北村玗衣の批評曞の冊すべおを読み、その䞊で、このように断じおいる。

    わかりやすく蚀えば、北村玗衣は「ネット・アむドル」的な人気があるだけの、文筆家ずしおは、明らかに「䞉流」の「クズ䜜家」であり、孊者ずしおも「ポンコツ孊者」だず、そのように評䟡しおいる。
    その「蚌拠」は、䞋のレビュヌに、むダずいうほど瀺しおあるから、嘘だず思うのなら、ぜひこれらの論考を読んでいただきたい。そしお、その䞊で異論があるならば、ぜひ真正面から反論しお欲しいずも思っおいる。

    䟋えば、北村玗衣の「ファンネル・ディフェンス」の䞀人であろう「䜐野亚」を名乗る人は、Twitter珟「X」で、

    『 䜐野亭 Toru Sano
    @torusano1124

    北村玗衣さんの『ダヌティハリヌ』論に぀いお異論があるならば、単玔に正面から批刀を曞けばよいだけなのに、非瀌なマりンティングや䟮蔑的な物蚀いでみずからを䞊䜍に眮こうずする蚀説が次々に湧いおきお、それに反論するずさらに醜悪な身ぶりで自身を正圓化しようずする。本圓に恥ずかしい。

    午前6:55・2024幎8月29日』

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    などず曞いおいお、たるで「北村玗衣批刀者」は、たずもな批刀しおいないかのようなこずを曞いおいる。

    北村玗衣に぀いおの、䞻ずしお「Twitterによる短文」擁護ずいうのは、おおむねこの手の「決め぀け」だけで、具䜓的な䞭身が、党くない。それこそ、䞭身の無い決め぀けは、ご圓人の方なのだ。

    そしおこれは、䜕より、圌らの本尊である北村玗衣自身が範を瀺しおいる、「キャンセル」手法のひず぀であり、芁は、悪質な「印象操䜜」なのである。

    実際、私は、䞊のように、北村玗衣の著䜜に぀いお、その䞭身を匕甚し぀぀具䜓的に、その「䞭身のなさを論蚌する」切り刻みレビュヌを曞いおいるし、「䜐野亚」氏の蚀う、北村玗衣の「『ダヌティハリヌ』論」が、いかに「ポンコツ評論」でしかなかったかも、その発蚀に即しお批刀しおいるのだが、それに察する反論は、どこからも寄せられおいないちなみに、この「ポンコツ」ずいう蚀葉は、北村玗衣の「愛甚語」だ。

    なぜ、お求めに応じお、真正面から「批刀論文」を曞いたのに、それに察する反論が無いのか

    それは、私の批刀論文を読めば、北村玗衣ず同様「Twitterでの短文悪口」くらいしか曞けない「北村玗衣フォロワヌ」には、私ぞの反論など、胜力的に䞍可胜だずいうのは、明々癜々なこずだからである。

    そもそも、北村玗衣の「フォロワヌ䞇人匱」ずいうのは、49,900人くらいたでが、「掻字の本を、ほずんど読たない人」なのだ。
    だからこそ、本が倚少売れおも、プロ、アマファンを含めお、たずもな曞評が、ひず぀も出ないのである。

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    Twitter䞊での「北村玗衣vs須藀にわか」察論の際に、北村玗衣偎から湧いお出た「ファンネル・オフェンス」。こういうファンなら倧勢いる

    すでに曞いたこずだが、北村玗衣の著曞に぀いおのレビュヌずいうのは、私のもの以倖はすべお「提灯持ちレビュヌ」であり、本心・本音で曞かれたものなど無いず蚀っおも過蚀ではない。

    䟋えば、前蚘『お砂糖ずスパむスず爆発的な䜕か』の垯に刷られた、「ラむムスタヌ宇倚䞞」の掚薊文も、たったく䞭身のない「キャッチコピヌ」に過ぎない。

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    このこずは、『お砂糖ずスパむスず爆発的な䜕か』の次に読んだ、『お嬢さんず嘘ず男たちのデスロヌド』のレビュヌで、次のように曞いおおいた。

    『残念ながら、この䞖の䞭には「人を隙そうずする人」は絶察にいなくならない。だからこそ、隙されないように泚意を促すこずが重芁なのである。

    䟋えば、本曞『お嬢さんず嘘』ず同レベルの『お砂糖ずスパむス』には、私はよく知らない「ラむムスタヌ宇倚䞞」ずいう人が、次のような掚薊文を寄せおいる。

    『ポップでシャヌプ・フレッシュ
    フェミニズム批評ずは、男女問わず䞖界の芋方を䜕倍にも豊かにしおくれる超匷力なツヌルであり歊噚なのだずいうこずを、この快著は教えおくれる。』

    この人は、「読めなかった」のか、「嘘を぀いおいる」かの、いずれかだ。
    タレントが、悪埳業者のコマヌシャルに出るこずなど、普通にあるこずで、それをずがめおも仕方がない。

    ずもあれ、今のずころ、名のある評論家や䜜家が、北村玗衣の著䜜に「掚薊文を寄せおいない」ずいう事実にこそ、「読める人」なら着目するはずだ。
    肝心なのは、「その差芋るべきずころを芋る胜力の差」なのである。

    ずもあれ、このラむムスタヌ宇倚䞞さんは「ラッパヌラゞオパヌ゜ナリティ」だそうだが、音楜以倖のこずに぀いおは、無責任なのか、ぜんぜんセンスがないのが、䞖枡りの䞊手いだけなのか、それは私にもわからない。
    ただ、昔の「青二才」島田雅圊ならば、「ラッパヌは、ラッパでも吹いおおください」ずか蚀うのではないだろうか。
    ラッパヌはラッパは吹かないが、他のものなら吹くかも知れない、ずいうこずである。コマヌシャルを鵜呑みにしおはいけないのだなお、島田雅圊のオリゞナルは「開高さんは、釣りでもしおおください」。』

    ここに曞いたずおり、

    『名のある評論家や䜜家が、北村玗衣の著䜜に「掚薊文を寄せおいない」ずいう事実』

    が重芁なのだが、この時の私は、ここでも曞いおいるずおり「ラむムスタヌ宇倚䞞」なる人が䜕者なのかを、たったく知らなかったから、「ラむムスタヌ宇倚䞞」に぀いお、

    『この人は、※ 北村玗衣の本の䞭身を「読めなかった」のか、「嘘を぀いおいる」かの、いずれかだ。』

    ず曞いたけれども、今の私は、その真盞は「埌者」、぀たり「嘘を぀いお」いたの方であろうず掚察しおいる。
    蚀い換えれば、「ラむムスタヌ宇倚䞞」は、「心にもない提灯掚薊文を曞いた」のだず思っおいるのだ。

    その根拠は、぀い最近芋぀けた「『映画秘宝』誌DM」問題で、「北村玗衣のそっくりさん」によっお、同誌線集郚の面々が、土䞋座的に謝眪させられおいるのを、この「ラむムスタヌ宇倚䞞」が、間近に芋お、そのうえで、いかにも「卒のないコメント」をした、ずいう「過去」を知ったからである。

    この「金玉が瞮み䞊がるような光景」を芋せ぀けられお、「ラむムスタヌ宇倚䞞」は「こういう女には、決しお逆らわないでおこう。適圓にゎマを擊っおおいた方が無難だ」ず、そう考えお、それ以降、同皮の人間である北村玗衣に察しおも「ゎマを擊る」こずにし、求められるたたに、「絶賛掚薊文」を適圓に曞いたのではないかず、そう掚察したのであるどうですか、宇倚䞞さん いちど本音のずころをお聞かせくださいな。

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    この件に぀いおは、近々別皿ずしお曞く぀もりだから、ここたでにしおおくが、気になる方は、ぜひ、「Wikipedia」の「映画秘宝」のペヌゞをご確認いただきたい。

    そこには「北村玗衣のそっくりさん」ずしか評しようのない「物蚀い」をする、「被害女性」なる人が「匿名」で登堎しおいるのを、ご確認いただけるはずである。

    ちなみに、私はすでに、この「映画秘宝」に぀いおの「Wikipedia」ペヌゞのログを採っおいる。
    某「りィキぺディアン」に「曞き換えられる恐れがある」からだが、もうこれで、曞き換えおもらっおもかたわない。
    それはそれで、「状況蚌拠」にもなるからだ。

    ※ 【お詫びず蚂正】 昚日2024幎11月9日は䞊のように曞きたしたが、確認しおみるず、北村玗衣の『お砂糖ずスパむスず爆発的な䜕か』の刊行は「2019幎6月」で、「『映画批評』DM」問題の発生「2021幎月」なので、ラむムスタヌ宇倚䞞氏は、この事件以前から北村玗衣を評䟡しおいたのであろうこずが確認できたした。この事実誀認に぀いお、ラむムスタヌ宇倚䞞氏および関係各䜍に察し、蚘しおお詫びしたす。
    したがっお、結論ずしおは、ラむムスタヌ宇倚䞞氏は、単に、最初から「読めない人」だったずいう蓋然性が倧ずいうこずになりたす。事実誀認があれば、い぀でもご指摘ください。喜んで察応させおいただきたす。〔2024幎11月10日〕

    閑話䌑題。

    そんなわけで、北村玗衣の著䜜は英語に関するそれは読んでいないので知らないが、それ以倖はすべお「クズ本」である。

    単に、貶しおいるのではなく、ちゃんず䞭身を論じた䞊で、そう「結論」したのだ。

    だから、今日明日にも曞店にならぶだろう、新刊『女の子が死にたくなる前に』も、間違いなく「クズ本」だず確信しおいる。

    だが、北村玗衣の著䜜が「クズ本」であるずいうのは、私にはすでに「自明な話」なのだから、それをここで繰り返そうずいうのではない。
    ここで論じたいのは、最初に曞いたずおりで、本曞のタむトルが、「酷い」を通り越しお、「悪質」だずいう点なのである。

    それにしおも「曞肆䟃䟃房」は、よくもこんな「タむトル」の本を、刊行しようず思ったものだ。
    「出版瀟ずしおの芋識ず良識」を疑わせるに足る、これは「悪質なタむトル」だからだ。

    だが「蚀葉に鈍感な人」は、本曞のタむトル、

    『女の子が死にたくなる前に芋おおくべきサバむバルのためのガヌルズ掋画100遞』

    これのどこが「悪質」なのかに気づきはしないだろう。だからこそ私は、本皿を曞くこずにしたのである。

    説明しないずわからないような、「曞肆䟃䟃房の線集者」や「北村玗衣ファン」のために、これを曞いたのだ。

     ○ ○ ○

    さお、このタむトルの、どこが「悪質」なのか

    無論、タむトルが無闇に長いずいうような、぀たらない話ではない。

    やたらに長いタむトルを぀けお「目立ずう」ずするのは、北村玗衣の「垞套手段」であっお、䜕も今に始たったこずではないし、本の䞭身にはたったく関係しない、くっだらない「手口」ではあっおも、「悪質」ずたで蚀う぀もりはない。

    問題なのは、もちろん『女の子が死にたくなる前に』の郚分であり、特に「女の子」ず「死」を結び぀けお、「目立぀タむトル」に仕立おた点である。
    䞀䞀「売れれば、䜕でもありなのか」ず、そう蚀わないではいられない、その悪質な「やり口」が、問題なのだ。

    蚀うたでもなく、「死」ずいう蚀葉は「パワヌワヌド」であり、それだけでも「目を匕く単語」なのだが、呚知のずおり、ネット䞊で、しばしば問題ずなっおいるのは、「死にたい」ずいう蚀葉だ。

    この蚀葉が含たれたワヌドをネット怜玢するず、トップに、

    『ヘルプが利甚可胜
    今すぐ盞談する
    こころの健康盞談統䞀ダむダル

    時間: 郜道府県によっお異なりたす』

    ずいう衚瀺が出お、専甚ダむダルや公匏りェブサむトが玹介されるような仕様ずなっおいる。

    それくらい、䞖間では「死にたい」ずいうワヌドに「センシティブ」になっおいるのだ。

    たた、『バズる「死にたい」 ネットに溢れる自殺願望の考察』叀田雄介・小孊通新曞ずいう本も、ごく最近刊行されおいるのだが、こうしたこずからもわかるずおり、倚くの人が、「死にたい」ずいうワヌドに匷く惹き぀けられ、もはや「死にたい」は「バズワヌド」ずなっおいるのである。

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    ぀たり、北村玗衣は、そのこずを癟も承知の䞊で、「バズるタむトル」ずしお、本曞にこのタむトルを぀けたのだ。

    䟋えば、無難に、

    『女の子がサバむブするためのガヌルズ掋画100遞』

    ずしおも良かったものを、「それではむンパクトが匱くお売れない」からず、わざわざ、

    『女の子が死にたくなる前に』

    ずしたのだ。

    もちろん『女の子が死にたくなるガヌルズ掋画100遞』では、かの『完党自殺マニュアル』のように、その悪名を歎史に刻んでしたうこずになるし、ひずたず、䞖間からの糟匟は避けられない。
    それくらいのこずはわかっおいるからこそ、少しひねっお、「自殺防止」颚に、

    『女の子が死にたくなる前に芋おおくべきサバむバルのためのガヌルズ掋画100遞』

    ずでもしおおけば、どこからも泚文が぀かないだろうず、そこたで「蚈算」した䞊で、「死にたい」にごく近い「死にたくなる」ずいう蚀葉を、本曞のタむトルに぀っ蟌んだのであろう。

    もちろん、本曞に「自殺防止」の意図など皆無ず蚀っおよく、芁は、この「バズワヌド」を぀っ蟌みたかっただけ。
    「売らんかな」で぀けた「バズタむトル」だずいうのは、少し芚めた目で芋れば、「停善者」以倖には、誰にも明らかなこずなのである。

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    実際、北村玗衣自身、「タむトルの付け方」に぀いお、自著『批評の教宀 チョりのように読み、ハチのように曞く』ちくた新曞の䞭で、次のように曞いおいる。

    『もし曞いたものをブログなどで公開するのであれば、カッコいいタむトルが぀いおいたほうがコミュニケヌションの芳点からは有利だずいうこずです。人間はどうしおもキャッチヌなものに惹かれたす。塔にこもっおいお数人の友達以倖には批評を読たれたくないずいうのであればキャッチヌなタむトルを぀ける必芁はありたせん。しかしながら、もし批評を通しお他の読者や芳客ずコミュニケヌションをしたいず思うのであれば、人に読んでもらえそうなタむトルを぀けお公開する必芁がありたす。新矎南吉の䜜品に関する真面目で粟密な議論が倧人気になる可胜性は必ずしも高くはないかもしれたせんが、「『ごん孀』論」よりは「なぜ、うなぎはこんなに矎味そうなのか矎食文孊ずしおの『こん狐』」にしたほうがただSNSでバズりやすいでしょう。これは埌者のタむトルは䜕が曞いおあるのかなんずなく想像できるくらい具䜓的で、しかもちょっず面癜そうだからです。「『ごん狐』論」だずいったいどういう切り口の䜕なのかわかりたせん。
     個人的なこずですが、私は孊術論文でも商業媒䜓甚の批評でも、たいおい切り口をたず決めお、それからタむトルを決めお曞き始めたす。この本に぀いおは、最初は「私のバッグに入っおるトマトはぶ぀けるためにある」英語の衚珟で、舞台や映画があたりにもひどい時に腐ったトマトを投げ぀けるレベルだずかいうような蚀い方をするこずがありたすずいうずんでもないタむトルにしようかず思ったのですが、やたら暎力的なのですぐボツにしお、「チョりのように読み、ハチのように曞く」にしたした。ボクシングの名蚀なのでちょっずは暎力的かもしれたせんが、たあスポヌツの話だからそこたで剥き出しずいうわけではないし、このほうがポゞティノな内容になりそうだず思ったからです。』P138〜139

    これが、「タむトル」ずいうものに぀いおの「北村玗衣の持論」なのである。

    だからこそ、

    ・『お砂糖ずスパむスず爆発的な䜕か 䞍真面目な批評家によるフェミニスト批評入門』
    ・『お嬢さんず嘘ず男たちのデス・ロヌド ゞェンダヌ・フェミニズム批評入門』
    ・『批評の教宀 チョりのように読み、ハチのように曞く』

    あるいは、

    ・『女の子が死にたくなる前に芋おおくべきサバむバルのためのガヌルズ掋画100遞』

    ずなったのだ。

    しかも、これらのタむトルに共通するのは、「死」たでも連想させる「暎力性」である。

    『爆発的な䜕か』『デス・ロヌド』『ハチのように曞く元ネタは「刺す」』『死にたくなる』、あるいは、䞊の匕甚文にある、ほずんど意味䞍明な攻撃性をふりたく「私のバッグに入っおるトマトはぶ぀けるためにある」などなどだ。

    したがっお、こういう「趣味」あるいは「衝動」を抱えおいる北村玗衣が、「自殺防止のため」に『死にたくなる』ずいう蚀葉を、新刊のタむトルに぀けたずは、いかにも考えにくい。

    ぀たり、「北村玗衣的な暎力的バズワヌド」ずしお、「死にたくなる」ずいうワヌドが採甚されおに違いないのだが、䞀䞀それっお「悪質すぎないか」ずいうこずなのだ。

    なにしろ、「人の呜」を「販売促進のために匄ぶ」ような、タむトルなのである。

    最近、「タむトル」の問題で話題になっお、今も議論の続いおいるのが、アビゲむル・シュラむアヌの『トランスゞェンダヌになりたい少女たち SNS・孊校・医療が煜る流行の悲劇』産経新聞出版の刊行をめぐる、「出版劚害」隒動だ。

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    この本は、もずもずは「KADOKAWA」から『あの子もトランスゞェンダヌになった』の邊題で刊行告知たでなされおいたものなのが、「ヘむト本を出すな」ずいう、メヌルだの眲名だの電話だのが倚数寄せられお、そのあげく「攟火予告」たでもがあったせいで、KADOKAWAが「タむトルが、トランスゞェンダヌの方ぞの誀解を招くものであった」ずいうようなこずで謝眪しお、さっさず刊行を撀回しおしたった。
    それを、「産経新聞出版」が「本曞はヘむト本ではない。読んでから蚀え。われわれは出版劚害には屈しない」ず、おおむねそのようなこずで、同曞の出版を買っお出お、タむトルを䞀郚倉曎したうえで刊行した、ずいうような隒動である。

    で、こうした隒動の、どちらがどうずいう話は、䞊のレビュヌを読んでいただくこずずしお、ここで、問題なのは、

    『あの子もトランスゞェンダヌになった』

    ずいうタむトルが、出版䞭止にしなければならないほどの「問題のあるタむトル」なのか、ずいうこずである。

    ぀たり、『あの子もトランスゞェンダヌになった』が刊行䞭止にしなければならないような「悪質なタむトル」なのだずすれば、

    『女の子が死にたくなる前に芋おおくべきサバむバルのためのガヌルズ掋画100遞』

    の方は「数十倍、悪質だろう」ず思うのだが、「曞肆䟃䟃房」の皆さんは、そのあたり、どうお考えであろうか

    もちろん、私は「数に任せた」出版劚害には反察の立堎だから、あくたでも「個人」による「批評」ずしおこれを曞いおいるわけだが、やっぱり「出版瀟」の人ずいうのは、「数の力は怖いが、個人の批評など無芖すれば良い」ず、そう「ノヌディベヌト」的にお考えなのだろうか。䞀䞀そう問いたいのである。

     ○ ○ ○

    北村玗衣が、「攻撃的なバズワヌドが奜き」だずいうのは、同じ「曞肆䟃䟃房」の刊行した前蚘『お砂糖ずスパむスず爆発的な䜕か』のレビュヌで、同曞所収の、

    ・愛の理想郷における、ブス 䞀䞀倢芋るためのバズ・ラヌマン論

    を論じお、次のように指摘しおおいた。

    この゚ッセむは、バズ・ラヌマンずいう映画監督は、その䜜颚ずしお、過剰なたでに煌びやかな䞖界を描くくせに、なぜかヒロむンだけは「矎人」ではなく、凡庞な容姿の女性だ、ず指摘した䞊で、どうしおもバズ・ラヌマンは、あえお「ブス」を遞ぶのかず、そのように論じた䜜家論である。

    で、その䜜家論ずしおの圓吊は眮くずしお、このタむトルからもわかるずおり、北村玗衣が力点を眮いおいるのは、「ブス」ずいう蚀葉なのだ。

    芁は、バズ・ラヌマンは「私たちのようなブスのために、映画を䜜っおくれおいるのだ」ずいうほどのこずなのだが、それを語るのにどうしお「ブス」ずいう、男なら、普通はずおも口にはできない曞けない蚀葉を䜿ったのかず蚀えば、それは北村玗衣が「女性」だから、「自分たち」を指しお「ブス」ず蚀うのなら、それを口にするこずも蚱されるず、そう考えたからである。

    だから、北村玗衣は、この゚ッセむのなかで、男子から「ブス」呌ばわりされたこずのある䞀人だず、さも自分を「ブス」だず思っおいる「かのように」曞いおいる。

    『ブスの倢
     ここで私がずくに泚目したいのは、ラヌマンの映画の䞖界においお、ニコヌル・キッドマンが䞻挔しおいる『ムヌラン・ルヌゞュ』ず『オヌストラリア』以倖はヒロむンがヌ䞀これは絶察に蚀っおはいけない蚀葉なので、䜿うのがはばかられるのですが、勇気を出しお䞀床だけ蚀いたす䞀䞀男優に比べるずちょっずばかりブスである、ずいうこずです。』P186

    『珟実ずはかけ離れた華麗な䞖界がぐるぐる回る、たるで乙女の倢ず劄想を描いたような䜜品ず蚀えるず思いたす。䞖界じたいはきわめお人工的なのに、ヒロむンたちはどういうわけだかそのあたりにいそうな、ひょっずするず私たち同様ブスずか䞍现工ずか蚀っおバカにされたこずもあるのかもしれないようなふ぀うの女の子で、珟実䞖界に釘付けにされおいるように芋えるのです。』P187

    たあ、普通に「文章が読める人」には、北村玗衣が「ブス」ずいう蚀葉を、䜿いたくお䜿いたくお、しようがなかったずいうのが、ハッキリず読み取れるはずだ。

    もちろん、北村玗衣は、ここで自分を「ブス」の䞀人だず衚明するこずで、「ブス」ずいう蚀葉を䜿甚する「暩利」を埗た぀もりでいる。
    しかし、所詮これは「芋え透いたアリバむ工䜜」にすぎない。

    本圓に「ブス」ずいう蚀葉で傷぀く女性のこずを考えおいるのであれば、䜕もここで「ブス」ず曞く必芁はない。普通に「䞍矎人」ず曞いおおけば良かったのだ。

    だが、男に察しおは、「フェミニスト」であるこずを盟にずっお、芋䞋したようなこずは曞けおも、同性の女性に察しおは、「フェミニスト」であればこそ、蚀葉遣いには慎重にならざるを埗ない。
    日頃、男たちの蚀葉遣いの「無神経さ」ず、それに朜む「偏芋や差別意識」を告発しおいるのに、その自分が男ず同じように、女性に察しお「無神経な蚀葉」を䜿うわけにはいかないのだ。

    しかしながら、犁じられれば犁じられるほど、それをやりたくなるのが、男女を問わぬ「人のさが」である。「王様の耳はロバの耳」の心理だ。

    だから、文筆家ずしお、その「レトリック」に自信を持っおいる北村玗衣は、自分も「ブス」に含たれおいるずいうフリをするこずで、この䜿いたくおも䜿えなかった蚀葉を、「バズ・ラヌマン論」の䜓裁を借りるこずで、䜿っおみせたのである。

    ぀たり、北村玗衣自身は、じ぀のずころ、自分を「ブス」だずは、これっぜっちも思っおはいない。
    いや、むしろ「矎人」の郚類だずいう自負さえ持っおいればこそ、自分から進んで、自分も「ブス」の郚類だず、そう語り埗たのであろう。

    それに、北村玗衣は、銬鹿な男子たちから「やヌい、ブス」などず蚀われたからずいっお、それで自分が「ブス」だずいうこずになるなどずは、これっぜっちも思っおいないから、「私も読者の皆さんず同じ、ブスですよ」ず、わざずらしく「ブス」だず認め、蚀うならば「埡免状」を埗た䞊で、楜しく「ブス」ずいう蚀葉を䜿っおみせたのである。

    䞀䞀それにしおも、なんお嫌な女だろうか。いや、なんお錻持ちならない「ヒト個䜓」なのであろう。

    ぀たり、北村玗衣ずいう人は「暎力的なパワヌワヌド」が倧奜きであり、それが䜿いたくお䜿いたくお仕方がない人なのだ。

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    実際、ご圓人も『お嬢さんず嘘ず男たちのデス・ロヌド』所収の文章で、こんなこずを曞いおいる。

    『 個人的なこずで恐瞮だが、私はこの本※ レむチェル・ギヌザ『ボヌむズ䞀䞀男の子はどうしお「男らしく」育぀のか』を読んで、女で良かった  ず思った。ずいうのも、私はこの本で指摘されおいる䌝統的か぀有毒な男性性をたっぷり備えおいるず思われる女性だからだ。私は非垞に人間が嫌いで、所謂コミュニケヌション力が欠劂しおいる。他人の感情を読み取ったり気遣ったりするのは苊手である。そのわりにケンカが倧奜きで、人ず争うこずが党く苊にならない。もし男の子ずしお育おられ、この本で述べられおいるような䌝統的な男らしさを吞い䞊げお倧人になっおいたずしたら、たぶん所謂アンガヌマネゞメント怒りのコントロヌルの問題を抱えるようになっおいただろう。音楜の才胜がない※ 玠行の悪いレッド・ツェッペリンみたいになっおいたかもしれない考えるだに悲惚だ。今、比范的健康に暮らせおいるのは、たぶん女の子ずしお育おられたおかげだ。
     女の子ずしお育おられた人間にはいろいろ瀟䌚的に䞍利なこずも起こるが、䞀方で暎力的、支配的であるこずが良いずいう䟡倀芳を怍え付けられお倧人になる機䌚はめったにない。穏やかさずか優しさが矎埳だずいうこずを教えられる。』
    P129

    無論、これはご圓人の「自己申告」でしかなく、どんな「倧人の女性」に育ったのか、その「珟実」は、埐々に知られ始めおいる。

    ずもあれ、「暎力的なパワヌワヌド」を䞋手に䜿うず「䞖間の顰蹙を買う」のは明らかなので、「そういう意図ではないのですよ」ずいう「予防線」をしっかり匵り、「アリバむ工䜜」をした䞊で、そうした「パワヌワヌド」を「嬉々ずしお䜿う人」が北村玗衣なのだ、ずいうこずである。

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    女らしく育おられお良かったね

    それが、その「パワヌワヌド」が、䞊の『ラヌマン論』では「ブス」であり、今回の新刊タむトルでは「死にたくなる」なのだ。

    しかも、前蚘のアビゲむル・シュラむアヌ曞『トランスゞェンダヌになりたい少女たち』でも描かれおいるずおり、「思春期の女の子」ずいうのは、子䟛の身䜓から倧人の身䜓に倉わる時期であり、どうしおも情緒が䞍安定になりやすい。

    だから、むンタヌネット䞊の「むンフル゚ンサヌ」の圱響を受けお、欧米などでは「トランスゞェンダヌになりたい」ずいう少女たちが「流行り病」のように倧量発生しお瀟䌚問題になった。
    たた日本でも、ネット䞊に「自殺䞭継動画」をアップしお自殺しおしたうようなのも、やはり「女の子」に偏りがちなのだ。

    ぀たり、そんな「むンフル゚ンサヌに圱響を受けやすい、十代半ばの女の子」たちに向けお、狙いすたしたように、「死にたくなる」ずいう「バズワヌド」を冠した本を、「売らんかな」で刊行するずいうのは、䞀䜓、どういう了芋なのか。

    これは「出版倫理」がどうこうずいう以前に、もう「神経が完党に麻痺しおいる」ずしか、私には思えないのである。

    この「【詊し読み】北村玗衣『女の子が死にたくなる前に芋おおくべきサバむバルのためのガヌルズ掋画100遞』より「プロロヌグ 死んでるヒマなんかなくなった」」には、

    『 深刻な話で恐瞮ですが、私は20歳前埌たでは粟神䞍安定で䜕床も死にたいず思いたしたし、我ながら今思い出しおも匕くくらい困った人だったず思いたす。今は10代、20代の頃よりもはるかにキツい人生を生きおいたすが、死にたいず思うこずはなくなりたした。䞖の䞭には楜しい映画やお芝居やテレビドラマがたくさんあっお、私が奜きそうな新䜜の話題が入っおくるず、ずりあえず芋るたでは頑匵ろう  ず思えるからです。007シリヌズ25䜜目のタむトル『ノヌ・タむム・トゥ・ダむ』よろしく、楜しそうな映画が倚すぎお死んでいるヒマがありたせん。人生の目的は死ぬたでひたすら楜しいこずをするこずだず思えるようになりたした。別に映画は人生の圹に立぀ために䜜られおいるわけではないし、私も人生の圹に立぀ず思っお映画を芋おいるわけではないのですが、どういうわけかひずりでに映画は私が生き抜くのを助けおくれるようになりたした。ずおも感謝しおいたす。』

    などず、取っお぀けたようなこずが曞かれおいるが、「本読み」の私には、こんな蚀葉など、いかにも癜々しい「アリバむ工䜜」にしか芋えない。

    それに、なにしろ北村玗衣は、自ら「ミステリマニア」ぶっおみせるだけのこずはあっお、「信頌できない語り手」なんおいう、マニア甚語さえ知っおいる人なのだ。

    たあ、「文孊」に瞁のない人には、「字面」だけ敎っおいれば、それで信じおしたえるずいうこずなのであろう。

    たさか、自分たちに向けお、公然ず「叙述トリック」が仕掛けられおいるなどずは思わない。
    だが、そんなのは、䞖間にありふれたこずでしかないのだ。

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    2024幎11月9日


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    ※ 北村玗衣は、Twitterの過去ログを削陀するだけではなく、それを収めた「Togetter」もすべお削陀させおいる。䞊の「たずめのたずめ」にも90本以䞊が収録されおいたが、すべお「削陀」された。そしお、そんな北村玗衣が「Wikipedia」の管理に関わっお入るこずも呚知の事実であり、北村玗衣の関わった「オヌプンレタヌ」のWikipediaは、関係者名が䞀切曞かれおいないずいうず異様なものずなっおいる。無論、北村玗衣が「手をを加えた」Wikipediaの項目は、倚数にのがるだろう。


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    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

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