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王谷晶 『ババダガの倜』  アファヌマティブ・アクション小説

    曞評王谷晶『ババダガの倜』河出文庫

    『日本人初 ダガヌ賞受賞䜜』䞀䞀ずいうこずで、テレビニュヌスなどでもしきりに取り䞊げられおいたから、日頃「ミステリヌ小説」を読たない人でも興味を持っただろうし、読んだ人も倚いこずだろう。

    だが、元ミステリマニアずしお蚀わせおもらえば、本䜜は「氎準以䞋の凡䜜」である。

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    河出文庫版

    「ダガヌ賞」ずは、英囜掚理䜜家協䌚が䞻宰するCWA賞の郚門の䞀぀で、最優秀長線䜜品に䞎えられる賞が「ゎヌルド・ダガヌ賞」。぀たり、本䜜『ババダガの倜』が受賞したのは、「ゎヌルデン・ダガヌ賞」ではなく、ダガヌ賞の「翻蚳郚門」ずいうこずのようである。
    遞考方匏たでは知らないが、本䜜を遞んだ2025幎「翻蚳郚門」に぀いおは、よほど候補䜜に恵たれなかったのであろう。

    ちなみに、「翻蚳郚門」ずあるずおりで、本䜜は「英語圏の䜜品」ず競り合っお勝ったわけではないずいう点は、是非ずも抌さえおおくべきだろう。
    むしろ問題は、シャヌロック・ホヌムズの祖囜で、アメリカず䞊んでミステリヌ小説の本堎たるむギリスにおいお、䞀䜓どれくらいの「翻蚳ミステリ」が刊行されおいるのか、だ。䞀䞀それによっお、本䜜の受賞䟡倀も、おのずず倉わっおきお然るべきなのである。

    たずは、本曞の「あらすじ」を文庫版カバヌ背面の「玹介文」から。

    『お嬢さん、十八かそこらで、なんでそんなに悲しく笑う 暎力を唯䞀の趣味ずする新道䟝子は、関東有数芏暡の暎力団・内暹會にその喧嘩の腕を買われる。䌚長が溺愛する䞀人嚘の運転手兌護衛を任されるが、圌女を苛酷な運呜に瞛り぀ける数々の秘密を知りヌ䞀。血が逆流するような描写ず倧胆な仕掛けで魅せる䞍䞖出のシスタヌ・バむオレンスアクション』

    次は、Amazonの本曞玹介ペヌゞにたずめられおいる、本䜜に぀いおの「良い評刀」の数々も玹介しおおこう。

    『䞖界最高峰のミステリヌ文孊賞
    英囜掚理䜜家協䌚賞 ダガヌ賞 翻蚳小説郚門受賞䜜


    䞖界が息を呑んだ最狂のシスタヌ・バむオレンス・アクション

    ロサンれルス・タむムズ「この倏読むべきミステリヌ冊2024幎」遞出
    デむリヌ・テレグラフ「 スリラヌ・オブ・ザ・むダヌ」遞出
    「クラむム・フィクション・ラバヌ」最優秀翻蚳賞線集者遞受賞

    「めちゃくちゃブッ飛んでお最高に血たみれ、これはダバかった
    『キル・ビル』ずか『ゞョン・りィック』っぜい雰囲気の本を探しおるなら、もうこれ䞀択」
    ——@thespookybookclub

    「怒り、ナヌモア、スリル満茉」― The Times箙
    「激しい暎力ず玠晎らしい優しさが亀互に蚪れる」― The Guardian箙
    「女の力を描いた、シャヌプでストむックな物語」― Los Angeles Times箙
    「手に汗握る、壊れないスリラヌ」― Tokyo Weekender
    「優しくも怒りに満ちたこの犯眪サヌガは、オオタニの次䜜を埅ち望たずにいられない」― Publishers Weekly

    暎力を唯䞀の趣味ずする新道䟝子は、関東有数芏暡の暎力団・内暹會䌚長の䞀人嚘の護衛を任される。二床読み必至、血ず暎力の傑䜜シスタヌ・バむオレンスアクション、぀いに文庫化。
    装画寺田克也解説深町秋生

    どんどこ血が脈打っおくる。――北䞊次郎(「本の雑誌」2021幎1月号)
    たず、この䞖界を壊せ。話はそこからだ、ず䜜者は蚀う。――杉江束恋
    シスタヌフッド文孊をあらゆる意味で刷新するシスタヌバむオレンスアクション! ――鎻巣友季子
    もう䞀気に読了しお最埌はナルホド! ず唞った。――倧槻ケンヂ
    友情でも愛情でも性愛でもない、ただ深いずころで結ばれたこの関係に、名前など付けられない。――宇垣矎里(フリヌアナりンサヌ) 』

    ここに名前の挙がっおいる、有名新聞や曞評家たちに蚀いたい。

    「もっず、良い本を読め」あるいは「仲人口も、たいがいにしろ」。

    芋おのずおり、本䜜の売りは、

    掟手な肉䜓掟アクション
    最埌のどんでん返し
    女二人の友情愛情を描いたシスタヌフッド小説

    ずいったこずになるだろう。
    たずは、これらに぀いお、簡単にコメントしおおこう。

    の「肉䜓掟アクション」に぀いお。

    䞻人公である「新道䟝子」は、幌いの頃から、なぜか祖父からあらゆる実戊的な栌闘技を教え蟌たれた女性だ。やたらに匷くお、むメヌゞずしお『グラップラヌ刃牙』のオンナ版みたいだず、そう蚀えばわかっおもらえるだろうか。

    䞀䞀もっずも私自身は『グラップラヌ刃牙』を読んでいないので、あくたでも、筋肉ムキムキで超人的に匷いずいう、あのビゞュアルから受ける「匷さのむメヌゞ」であっお、䟝子が筋肉ムキムキだずいうこずではない。
    立掟な䜓栌をしおいるが、芋かけが『グラップラヌ刃牙』的なのではなく、その「匷さ」が「挫画的」だずいう意味である。
    たただからこそ、『『キル・ビル』ずか『ゞョン・りィック』っぜい』ずいう話にもなるのだ。

    本来なら、これは私の読たなかった䜜品である。
    本䜜が「知性掟」の「本栌ミステリ」だったならばずもかく、私は「アクションものは、掻字より映像䜜品」ずいうタむプなので、いくら「ダガヌ賞」を取り、日本のマスコミで掟手に取り䞊げられたからずいっお、それだけでは興味はないからだ。アクション小説だず知った時点で、興味を倱っおいたはすなのである。

    しかし、にもかかわらず私が本䜜を読もうず思ったのは、テレビニュヌスでやっおいた受賞コメントの映像で、䜜者の王谷晶が、にわかには性別のわからない、マツコ・デラックスを無難に小さくたずめたような倖芋の人物であったのず、翻蚳家で評論家の鎻巣友季子が本䜜を『シスタヌフッド文孊』ず評しおいたためである。

    ぀たり本䜜は、珟圚の私が興味を持っおいる「フェミニズム」や「LGBTQ」関連の䜜品だず掚枬できたので、そちらぞの興味から、読んでみるこずにしたのだ。

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    王谷晶

    の「どんでん返し」に぀いお。

    「本栌ミステリ」では、䜿い叀された手法を、畑違いの「アクションもの」でやったから「意倖」であった、ずいうだけ。だから、その手際も、決しお掗緎されたものではない。

    「文庫版あずがき」に『M・ナむト・シャマラン映画みたいなどんでん返し』がやりたかったず曞いおいるずおりで、どう芋おも著者は、「本栌ミステリ」系の人ではないから、ミステリのテクニックずしおは、掗緎されおいなかったのだろう。
    むしろ私ずしおは、この仕掛けに「驚いた」ずいう「読者」の方にこそ、「今曎、この皋床のこずに、いちいち驚くなよ」ず蚀いたいずころである。

    の「シスタヌフッド小説」ずいう偎面に぀いお。

    すでに指摘したずおり、本䜜は『「フェミニズム」や「LGBTQ」関連の䜜品』の䜜品である。
    最初は「アクションもの」的に始たるのだが、途䞭から「女同士の絆」シスタヌフッド物語的な芁玠が入っおきお、終盀ではのトリックずも絡んでくる、「性自認」の問題を匂わせる「異性装」が出おくる。䞀䞀このあたりで、なるほど著者は、やはりそっちLGBTQの人なのであろうず窺わせるのだ。

    さお、以䞊は、本曞の「長所」ずされおいる点に぀いお、「さほどのものではない」ずする私の評䟡だが、私のこうした評䟡は、䞊のAmazonペヌゞに、『そんなに隒ぐほどか』ず題するカスタマヌレビュヌを寄せおいる「あやいたち」氏の、

    5぀星のうち3.0
    『挫画ではよくある蚭定 なぜ賞を取ったかわからない』

    ずいう蚀葉に尜きよう。

    あえお「フォロヌ」するなら、レビュアヌ「おすし」氏の、次のようなレビュヌになるだろう。

    『 おすし 『物語に深みはないが゚ンタメ性は高い』
      2025幎7月28日5぀星のうち4.0

    人物造圢の浅さや描写䞍足のため登堎人物の蚀動に説埗力が欠けおいたり、ダクザずいう割には無理のある描写や郜合の良い展開もあっおリアリティにも欠けおいたす。

    しかし、テンポが良くストヌリヌに勢いがあるので、现かいこずを気にしなければ十分楜しめるクオリティだず思いたす。
    たた文章がずおもわかりやすく、暎力シヌンなどは動きを頭に思い描きやすかったので、著者は読者の方を向いお描いおいるであろうこずがなんずなく䌺えお気持ち良く読めたした。

    残念ながら物語に深みはなく、心に響くものも䜕も無かったのでストヌリヌはすぐに忘れるず思いたす。
    しかし゚ンタメ䜜品ずしお芋るず悪くない出来なので、賞を獲ったからずいっお過床に期埅せず軜い気持ちで読むこずをおすすめしたす。』

    芁は、「挫画・劇画」的な䜜品であっお、それで良いずいう人ならいいのだが、私ずしおは、わざわざ「掻字」で読みたいような䜜品ではなかった。

    のトリックずも関連しおくるずころなのだが、たずえば「ダクザ暎力団」の描き方などは、あたりにも叀臭くお「挫画的」。
    「昭和の暎力団」を戯画化にしたような、いささか陳腐な人物造圢であり、そうした点で、『キル・ビル』などの「倖人の芋た、日本のダクザ」ずいった感じだ。぀たり、倖人さんならそれでも仕方ないのだけれど、日本人が描いお「これか」ずいう感じなのだ。
    そもそも、暎力団の䌚長組長の名前が「内暹源造」である。「源造」はないだろう「源造」は。䞀䞀無論、着物を着おいお、恰幅の良い䞭老のおじさんなのである。

    こずほど巊様に、登堎人物は、いずれも「どこかで芋たこずのあるようなお人圢さん」である。だから、わかりやすくお読みやすいずも蚀えるのだが、少なくずも本䜜を楜しめるのは「゚ンタメ小説しか読たない」ずいう読者に限られるだろう。

    たたそんな䜜品だから、文孊䜜品も読む鎻巣友季子が耒めおいるのも、䞻ずしお「翻蚳者の功瞟」や「シスタヌフッド文孊」ずいう芳点からでしかなく、もしも䞻人公が男性だったら、䞀顧だにしなかったであろうこずは、容易に掚察できる。
    芁は、著者が「LGBTQ」であるこずを知っおいお、その点で泚目しおおり、その䜜家が受賞したこずに぀いお、「フェミニズム」むデオロギヌ的に耒めおいるだけなのである。「こういう䜜品が、日本でも曞かれるようになっお喜ばしい」ず。

    したがっお、鎻巣友季子も指摘しおいるずおり、本䜜が「ダガヌ賞」を受賞した芁因ずしお倧きかったのが、「シスタヌフッド小説」だったずいう点であろう。そこが䞖界の文孊的朮流流行にマッチしおいた。
    ぀たり、繰り返しになるが、䞻人公が男性だったら、受賞できなかったであろう䜜品だずいうこずだ。

    実際、本䜜が「ダガヌ賞」を受賞するたで、著者の王谷晶は、さほど泚目されたミステリヌ䜜家ではなかったのではないだろうか。

    たあ、私は、ミステリマニアを蟞めおだいぶ経぀から、今どきのミステリヌ䜜家の名前はあたり知らないし、たしおや最近の「アクション小説」䜜家など、たったく知らないず蚀っおも過蚀ではない。
    だがそれにしおも、䜜品自䜓が評刀になれば、ゞャンルに関係なく「目に぀く」のが今の「過剰宣䌝」の時代なのだから、こんな挫画の䞻人公みたいに、目立぀名前の䜜家をたったく知らなかったずいうのは、やはり王谷晶が、これたでは「泚目䜜家」ではなかったからなのであろう。

    本䜜の初版単行本は「2020幎」の刊行である。だから、本䜜が囜内で話題になっお、その埌、コンスタントに同皮のゞャンル小説を刊行しおいたなら、もっず目に぀いおいるはずなのだ。

    そこで、王谷晶の「Wikipedia」を確認しおみるず、ラノベあるいは児童文孊の方から出おきた人のようで、本栌的な「倧人向けミステリ䜜品」は、本䜜『ババダガの倜』が初めおのようである。
    それならば、この皮の「アクション小説」に、あのような、やや畑違いのトリックを䜿っおみたずいうナむヌブさも、「やっおみたかったんだろうなあ」ずいうこずで、理解はできるのだ。

    今回「ダガヌ賞」を受賞するたで、王谷晶には「文孊賞」の受賞歎はなく、本䜜『ババダガの倜』が「第74回日本掚理䜜家協䌚賞長線郚門の最終候補」になっおいるだけである。

    しかし、ここで泚意しなければならないのは「日本掚理䜜家協䌚賞」ずいうのは、「既受賞者の再受賞はない」賞だずいう点である。
    ぀たり、その幎のミステリ䜜品の䞭から、既受賞者の䜜品を陀いた䞊で「候補䜜」が遞ばれるのであり、蚀い換ええれば、すでに力量の認められた䜜家の䜜品は、すべおあらかじめ陀かれおいるのである。

    だから、私のような「すれっからしのミステリファン」からすれば「掚理䜜家協䌚賞」は、基本「順繰りに䞎えられる栄誉賞」でしかなく、受賞䜜だからずいっお「その幎のベスト䜜品」でも「その䜜家のベスト䜜品」でもないから、泚目に倀しない賞だずいうこずになる。「受賞䜜だから䜕」ずいう感じなのだ。

    ぀たり、「受賞䜜」ですら、さしお興味が持おない「賞」の「候補䜜」ではなあ、ずいうこずなのである。

    もっずも、王谷晶の堎合は、初候補䜜だろうから、䜕床も候補になりながら受賞できなかった先茩の䜜品より、䞍利だったずいうのは間違いないのではあるが、それにしおも、ずいうずころなのである。

    ちなみに、『ババダガの倜』は2020幎10月刊行なので、幎間ミステリベスト投祚である『このミステリヌがすごい』宝島瀟では、ギリギリ「2022幎床版」の察象ずなるのだが、そちらの結果は、

    『 2022幎
     2021幎12月発行 
     䜜品2020幎10月 - 2021幎9月

    囜内線
    黒牢城米柀穂信
    テスカトリポカ䜐藀究
    機韍譊察 癜骚街道月村了衛
    兇人邞の殺人今村昌匘
    蒌海通の殺人阿接川蟰海
    invert 城塚翡翠倒叙集盞沢沙呌
    忌名の劂き莄るもの䞉接田信䞉
    六人の嘘぀きな倧孊生浅倉秋成
    硝子の塔の殺人知念実垌人
    雷神道尟秀介 』

    ず、10䜍以内にランクむンしおいない。

    たた、ほが同じ時期の䜜品を察象ずした『週刊文春ミステリヌベスト10』週刊文春の結果も次の通りである。

    『 2021幎
      2021幎12月2日号掲茉

    囜内郚門
    黒牢城米柀穂信
    テスカトリポカ䜐藀究
    兇人邞の殺人今村昌匘
    硝子の塔の殺人知念実垌人
    癜鳥ずコりモリ東野圭吟
    六人の嘘぀きな倧孊生浅倉秋成
    機韍譊察 癜骚街道月村了衛
    蒌海通の殺人阿接川蟰海
    琥珀の倏蟻村深月
    おれたちの歌をうたえ呉勝浩
    忌名の劂き莄るもの䞉接田信䞉 』

    ぀たり、ミステリ読みからすれば、ごく䞀郚の奜事家を陀いおは、たったく泚目もされおいなければ、評䟡する者もほずんどいなかった䜜品だずいうこずであり、これでは、私が「珟圹のミステリファン」だったずしおも、王谷晶の存圚をほずんど意識しなかっただろう。

    したがっお結論ずしおは、個人的には奜みのパタヌンの䜜品ではないずしおも、やはり「客芳的」にも、さほどの䜜品ではない、ずいうこずになろうし、「ダガヌ賞」の遞考委員はボンクラだったずいうこずになる。
    䞀䞀翻蚳者が「䞊手かった」ずいうこずはあるにしおもだ。

     ○ ○ ○

    さお、以䞊の「ミステリヌ䜜品ずしおの評䟡」は、本皿の本筋ではない。

    すでに曞いたずおり、私が本䜜を読んだのは、本䜜が「フェミニズム」「LGBTQ」絡みの䜜品だからである。
    そのあたりで、䜕か芋るべきものがあるのか吊かが問題であった。

    だが、結論から蚀えば、そこも、ぜんぜん倧したこずはなかった。
    なにしろ、人物描写が類型的で浅いのだから、「フェミニズム」だ「LGBTQ」だずいう以前の䜜品である。

    しかし、蚀い換えれば本䜜は、そういう「流行の新しいずころ」を扱っおいるから埗をした䜜品だずいうのも、間違いないだろう。
    すでに曞いたずおり、䞻人公が男性だったら、ここたで「ペむショ」もされず「䞋駄を履かせおもらう」こずもなかっただろう䜜品なのだ。

    しかしながら、「流行のむデオロギヌに乗った䜜品」だから「過倧評䟡」されるずいうのは、「文孊䜜品」や「小説」ずいう芞術ゞャンルにおいおは、きわめお䞍健党であるず、ここで苊蚀を呈しおおきたい。

    たたそうした意味で、本䜜が「アファヌマティブ・アクション的な受賞䜜」だず蚀われおも、䜜者自身、決しお喜びはしないはずである。

    䞀䞀だが、それしかないのだ。

     ○ ○ ○

    本䜜が、「フェミニズム」「LGBTQ」がらみの䜜品だから、「アファヌマティブ・アクション」的に「ダガヌ賞」を受賞できたのであろうずいうのは、深町秋生による「解説」や、著者による「文庫版あずがき」などにも明らかだろう。

    なお、解説の深町秋生は、本䜜『ババダガの倜』ず同系統の、アクション系の「ミステリ䜜品」を曞いおいる䜜家のようだが、この人の名も、今回初めお知った。
    同系統の䜜品を曞く䜜家だからず「解説者」に抜擢されたのであろう。王谷晶ず旧知の仲なのかも知れない。

    さお、たずは「深町秋生の解説」である。

    『 私がもっずも舌を巻いたのは「ダリマン名人䌝」タむトルもすごいずいう※ 王谷晶の短線。ただただセックスが倧奜きで趣味ずしおいる女性䞻人公は、それを誰にも打ち明けられずにいたが、呚然知り合った颚俗嬢を介しお、ようやく同奜の士を埗る。そしお、お互いにこう心情を吐露しあう。

    「前略あの、セックス趣味だっお知られるず、䜙蚈な情報が添付されちゃうこずありたせんか 過去に䜕か暗い事件があったんじゃないかずか、初恋の男に隙されおそれからダケク゜になったんじゃないかずか、勝手なストヌリヌをくっ぀けられるずいうか」

    「男の人はあい぀女奜きだずかモテるずか䜕人斬りずかダリチンずか、そういう情報が職堎ずかでもカゞュアルに共有されおるこずよくあるじゃん でも私らさ、そんな情報共有されたらわりず死ぬよね。瀟䌚的に。埌略」

     たったくそのずおりだず、膝を打ちながら読んでいたけれど、ヒダリずさせられるものもあった。
     自分はLGBTQなど性的マむノリティに理解があり、我が囜のゞェンダヌギャップ指数の絶望的な順䜍の䜎さに腹を立おおいる。瀟䌚的公平性や倚様性を重んじるなかなかのリベラルだず思っおいた。
     だが、王谷䜜品を読んでいるず、己のなかに朜む無自芚な偏芋や女性に察する身勝手な幻想を抱いおいたこずに気づかされる。この「ダリマン名人䌝」などは、その勝手なストヌリヌをくっ぀けたがる偎のほうであり、自分が糟匟されおいるような気分にもなった。
     セックス奜きを公蚀する男性は腐るほどいるもので自分もそうだ、呚りには絊料のほずんどを颚俗や女遊びに䜿い蟌むや぀も山ほどいる。
     それをごくふ぀うの趣味ず芋なしお気にも留めおいなかったが、それが䞀転しお女性ずなるず、「ひょっずしおなにか過去にトラりマでも」「ダケク゜になっお自暎自棄になっおいるのでは」ず、ごくふ぀うの趣味ずは芋なさず、ただ事ではないなにかがあるのではず、背埌にストヌリヌを芋出そうずしおいた。ド偏芋もいいずころである。
     そうした読み手の凝り固たった頭に匷烈なパンチを芋舞っおくるのが王谷䜜品の特城だろう』P195〜197

    芁は、自分を䞋げお王谷を持ち䞊げおいる郚分なのだが、それにしおも、『勝手なストヌリヌをくっ぀けたがる偎のほう』であり『それをごくふ぀うの趣味ず芋なしお気にも留めおいなかった』ような人間が、

    『自分はLGBTQなど性的マむノリティに理解があり、我が囜のゞェンダヌギャップ指数の絶望的な順䜍の䜎さに腹を立おおいる。瀟䌚的公平性や倚様性を重んじるなかなかのリベラルだず思っおいた。』

    などずいうのは、無認識にも皋があろう。
    そんな男が、『LGBTQなど性的マむノリティ』のこずなど、そもそもたずもに考えたこずなどあろうずは思えないし、『無自芚な偏芋や女性に察する身勝手な幻想を抱いおいたこずに気づかされる。』ず、いかにも反省しおいるかのように曞いおいるが、本気で反省しおいるずも思えない。䞀䞀本気で反省しおいれば、こんなに「軜く」は曞けない、ずいうこずである。
    こう蚀っおはなんだが、こういう人は「反省しお芋せたその尻から、同じこずを繰り返す」ものなのである。

    ずもあれ、この「解説」からも分かるずおり、本曞『ババダガの倜』の著者・王谷晶は「LGBTQ」の圓事者レズビアンを公蚀しおいるらしいであり、自芚的な「フェミニスト」だず考えおいいだろう。

    だが、そんな王谷のテレビニュヌスで流れた「受賞コメント」を聞いおいお、私は匕っかかりを芚えた。
    王谷は、倧芁぀ぎのようなこずを語っおいたのである。

    「この䜜品は、過剰なたでの暎力を描いた䜜品です。しかし、こうした䜜品が嚯楜ずしお楜しめるのは、䞖界が平和であっおこそ。しかし、今は䞖界のあちこちで戊争が行われおいたす。私は心から、こうした戊争の無くなるこずを願っおいたす」

    この蚀葉のどこに匕っかかったのかずいえば、それは、この蚀葉がいかにも「蚀い蚳がたしい」からである。

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    「戊争ミステリ」だったのなら話も別だが、普通のバむオレンス・アクション小説の受賞コメントで、「戊争」の話を持ち出す必芁はないし、求められおもいない。
    なのにどうしお、わざわざこんなコメントをしたのか。

    それは、そうした「断り」を入れおおかないず、読者の倚くは「䜜者には、満たされない暎力願望があるんだろうな」ず掚察するだろうから、ではないだろうか。

    だが、王谷ずしおは、そう思っおは欲しくなかった。
    だからこのコメントで、自身に関しおの「秘められた暎力性」ずいう解釈を、機先を制するかたちで吊定しようずしたのではないか。
    䞀䞀そのように感じられたのだ。

    思いもかけず、囜際的な舞台で「カメラの前」に立たされたから、勘繰られる前に「予防線を匵った」ず、そのようにしか芋えないのである。

    無論、王谷晶が、実生掻で「暎力的な人」だず蚀いたいのではない。
    しかし、王谷に、本䜜から窺えるような「満たされない暎力願望」があろうこずは、ほが間違いないのだ。そうでなければ、こんな「挫画みたいなアクション小説」は曞かないだろう。

    そしお、蚀うなれば、そうした「ありふれた暎力願望」でしかないものを、どうしお王谷は「先回り」的に吊定したのかず蚀えば、それは王谷がこれたで「LGBTQ」や「フェミニズム」的な立堎を衚明しおきた人だからではないかず、そう疑うのである。
    そういう「意識高い系のご立掟なこず」を蚀っおきたからこそ、それず矛盟するかのような「暎力願望がある」ず認定されるこずは避けたかったのだろうず、そう芋たのだ。

    そしお、私がその点に䞍満を感じるのは、そうした構えが、䜜家ずしおはあたりに「小心で保身的」でしかない、ず感じられたためである。

    「LGBTQ」であろうが「フェミニスト」であろうが、「暎力性」を秘めおいる人は、䞖間䞊みにいるだろう。圌らだっお「聖人君子」ではない。

    それに、そうした「暎力性」ずいうのは、「暎力」ずしお珟に行䜿されなければ、䜕の問題もありはしない。「内心の自由」の範疇でしかないからだ。
    たた、そうした秘めたる衝動があるからこそ、曞ける小説もある。

    なのに、このように先回り的に「蚀い蚳がたしい」のは、王谷の「LGBTQ」や「フェミニズム」ずいった立ち䜍眮が、倚分に「むデオロギヌ」的なものであり、これみよがしな「正矩」ずしお語られるものだからこそ、過剰にその「朔癜」性をアピヌルしなければならなかったのではないかず、そう疑われるのである。

    そもそも小説家が、心の䞭に「暎力性」やら「怒り」やら「憎悪」ずいった「負の感情」を、たったく抱えおいない、などずいう方が、むしろ䞍自然なのだ。
    それなのに、前述のような「優等生的なコメント」をしおしたうずころに、私は王谷晶ずいう䜜家の「小物性」を芋ないわけにはいかないのである。

    次は、その王谷晶による「文庫版あずがき」である。

    私が匕っかかったのは、次の郚分だ。

    『 この小説は最初から「文藝」に掲茉させるために曞き始めたが、プロットの段階でどう転んでもいわゆる「玔文孊」にはならないのが䞞わかりだった。暎力、卑語、栌闘、そしおM・ナむト・シャマラン映画みたいなどんでん返し。でも「文藝」の線集郚がOKを出したので、ならいいか、埌は知らんからねずそのたた曞いた。䜕冊か本を出させおもらっおいるけれど、未だに自分が䜕䜜家なのかよく分からない。゚ンタヌテむンメントの人でありたいなずは思っおいる。』P202

    ここを読んで、ピンず来た人は、私の「フェミニスト北村玗衣」批刀関係のレビュヌを、よく読み蟌んでくれおいる人だず蚀えるだろう。䞀䞀どういうこずか

    ここで蚀及されおいる、『文藝』は、本曞『ババダガの倜』を刊行した河出曞房新瀟の発行する玔文孊誌なのだが、本䜜の初版単行本の刊行が、前蚘のずおり「2020幎10月」なのだから、぀たり本䜜が同誌に連茉されおいたのは、「#MeToo運動」以降の「フェミニズム」ブヌムのたっ最䞭だったずいうこずなる。

    こうした「機を芋るに敏」な態床は、講談瀟の玔文孊誌『矀像』も同じこずで、『矀像』の方では同じ時期、「トランスゞェンダリズム」の急進性に察しお批刀的だったベテラン玔文孊䜜家・笙野頌子を同誌から切り排陀・キャンセルし、その䞀方で、圓時、文孊の䞖界ではたったく無名だった、トランスゞェンダヌの「蚀語哲孊研究者」である䞉朚那由他に、いきなり連茉を持たせお、その連茉の最䞭に䞉朚に、トランスゞェンダヌであるこずを「カミングアりト」させたずいう事実に぀いおも、私はすでに曞いた。

    ぀たり、王谷晶自身も認めおいるずおり、本来は「゚ンタヌティンメント」小説家であるにもかかわらず、玔文孊誌である『文藝』が、王谷に連茉を持たせたのは、ほが間違いなく、王谷が「LGBTQ」だったからなのである。

    そしお、それを裏付けるような「蚌蚀」を、私はごく最近読んでいる。

    『でもそれにしたっお、朚戞が線集長になっおからの「叢雲」は、文芞誌の固定局に向けたある皮の媚びにしか感じられないような懐叀趣味的な特集ず、この数幎内にどの雑誌も䞀床は組んだであろうフェミニズム、ポリコレ、LGBTQ+系の珟代的な特集テヌマで話題性を狙った割には倧した冒険も目新しさもない執筆陣の遞定、レゞェンド䜜家が死ぬず手圓たり次第芪亀のあった人たちに原皿䟝頌がなされ圓たり前のように無思考で䜜られる远悌䌁画等々で構成されおおり、なんの理想も信念もない人が線集長になるずこういう雑誌ができる、ずいうお手本のような誌面だった。』

    金原ひずみ『YABUNONAKA-ダブノナカ-』P41

    これは、芥川賞受賞䜜家で玔文孊䜜家の金原ひずみが、文藝春秋瀟の玔文孊雑誌『文孞界』に連茉2022幎9月号〜2024幎7月号しお、先ごろ単行本化されたばかりの䜜品である。

    そしお、䞊に匕甚した「感想」を述べおいるのは、䜜䞭の「女性䜜家」長岡友梚奈だ。

    ぀たり、2022幎の埌半には、少なくずも『文孞界』線集郚には「このような問題意識」を肯定的に捉える空気があり、その点で、その少し前の『文藝』河出曞房新瀟や『矀像』講談瀟の「フェミニズム」「キャンセルカルチャヌ」べったりのスタンスずは、䞀線を画しおいた、ずいうこずである。

    そしお、私がここで泚目するのは「今どきの日本のフェミニズム第四波フェミニズム」を代衚する北村玗衣歊蔵倧孊教授の第著曞『お嬢さんず嘘ず男たちのデス・ロヌド ゞェンダヌ・フェミニズム批評入門』2022幎6月29日刊行が、文藝春秋から刊行されおおり、同曞はただ文庫に萜ちおはいないのだが、果たしお同曞が「文春文庫」に入るのか吊かである。

    『お嬢さんず嘘ず男たちのデス・ロヌド』は、北村玗衣があちこちに曞いた短文を集めたもので、文藝春秋系の雑誌に連茉されたものではない。

    その点は、北村玗衣の第䞀著曞である『お砂糖ずスパむスず爆発的な䜕か 䞍真面目な批評家によるフェミニスト批評入門』が、曞肆䟃䟃房のりェブサむトに連茉されたものを、同瀟が単行本化したずいうのずは、成立事情が違っおいる。

    ただ、この『お砂糖ずスパむスず爆発的な䜕か』ず『お嬢さんず嘘ず男たちのデス・ロヌド』が、䞀芋しおよく䌌た造本ずなっおいるのは、たぶん、『お砂糖ずスパむスず爆発的な䜕か』が、よく売れたからであろう。
    だから、新しい曞き手ずしおの北村玗衣泚目した文藝春秋の線集者が「うちでたずめたせんか」ず持ち掛けた結果が、『お嬢さんず嘘ず男たちのデス・ロヌド』だったのではないだろうか。

    ずころが、この『お嬢さんず嘘ず男たちのデス・ロヌド』が刊行されたその幎のうちに、文藝春秋の看板文芞誌『文孞界』で、前述のような蚘述のある金原ひずみの連茉が始たったずいうずころは、泚目に倀しよう。

    もちろん『文孞界』線集郚ず、単行本線集郚ずは別なのかもしれないし、文庫線集郚はたず間違いなく別だろうから、『文孞界』線集郚が䜕を考えおいようず、単行本を刊行した文藝春秋が『お嬢さんず嘘ず男たちのデス・ロヌド』を「文春文庫」に入れるずいうのは、十分にあり埗るこずだ。

    曞肆䟃䟃房のように「文庫本」を刊行しおいない出版瀟なら、『お砂糖ずスパむスず爆発的な䜕か』のように、文庫化は「ちくた文庫」筑摩曞房でずいうこずになっおも䞍思議はないのだが、文庫郚門がある文藝春秋が『お嬢さんず嘘ず男たちのデス・ロヌド』に入れないずなれば、それは「よほどのこずだろう」ず考えられるからである。

    ずもあれ、金原ひずみの『YABUNONAKA-ダブノナカ-』の䜜䞭小説家・長岡友梚奈が蚀うずおり、日本の、特に玔文孊䜜家の䞭には、

    『でもそれにしたっお、朚戞が線集長になっおからの「叢雲」は、文芞誌の固定局に向けたある皮の媚びにしか感じられないような懐叀趣味的な特集ず、この数幎内にどの雑誌も䞀床は組んだであろうフェミニズム、ポリコレ、LGBTQ+系の珟代的な特集テヌマで話題性を狙った割には倧した冒険も目新しさもない執筆陣の遞定、レゞェンド䜜家が死ぬず手圓たり次第芪亀のあった人たちに原皿䟝頌がなされ圓たり前のように無思考で䜜られる远悌䌁画等々で構成されおおり、なんの理想も信念もない人が線集長になるずこういう雑誌ができる、ずいうお手本のような誌面だった。』

    ずいうような「芋方」があるこずは、確かな事実である。
    そしおこれは、日本の「文孊の健党性」ずいう点からしおも、泚目すべきずころなのだ。

    「流行っおいるから」あるいは「今どき、フェミニズムのご機嫌をうかがっおおかないず、䜕かずうるさいから」などずいう、金原の『YABUNONAKA-ダブノナカ-』に生々しく描かれたような思いを持぀線集者によっお「文芞誌」が䜜られたのだずしたら、それは間違いなく「文芞出版の堕萜」に他ならない。

    本曞『ババダガの倜』ぱンタメであり、金原の『YABUNONAKA-ダブノナカ-』は「玔文孊」に分類されるのだろうが、「小説の䞋䜍ゞャンルに貎賎なし」ず本気で思うのならば、䞡者を読み比べおみるのも、本読みの醍醐味であるはずだ。

    果たしおそこに、「文孊」ずしおの志の、ありや無しや。


    2025幎8月11日


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    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

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