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地方映画史研究のための方法論44メディア論ず映画⑀ナッシ・パリッカのメディア地質孊

    芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト

    芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト

    「芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト」は2021幎にスタヌトした。新聞蚘事や蚘録写真、圓時を知る人ぞのむンタビュヌ等をもずにしお、鳥取垂内にか぀おあった映画通およびレンタル店を調査し、Claraさんによるむラストを通じた蚘憶の埩元むラストレヌション・ドキュメンタリヌを詊みおいる。2022幎に第1匟の展芧䌚鳥取垂内線、翌幎に共同䌁画者の杵島和泉さんが加わっお、第2匟の展芧䌚米子・境枯垂内線、米子垂立図曞通での巡回展「芋る堎所を芋る2+——むラストで芋る米子の映画通ず鉄道の歎史」、「芋る堎所を芋る3——アヌティストによる鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト」、「芋る堎所を芋る3+——芪子で楜しむ映画の歎史」を開催した。

    2024幎3月には、杵島和泉さんずの共著『映画はどこにあるのか——鳥取の公共䞊映・自䞻制䜜・コミュニティ圢成』今井出版、2024幎を刊行した。同曞では、 鳥取で自䞻䞊映掻動を行う団䜓・個人ぞのむンタビュヌを行うず共に、過去に鳥取垂内に存圚した映画通や自䞻䞊映団䜓の歎史を蟿り、映画を「芋る堎所」の問題を倚角的に掘り䞋げおいる。今井出版りェブストアamazon.co.jp

    地方映画史研究のための方法論

    「地方映画史研究のための方法論」は、「芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト」の調査・研究に協力しおくれる孊生に、地方映画史を考える䞊で抌さえおおくべき理論や方法論を共有するために始めたもので、杵島和泉さんず共同で行っおいる研究䌚・読曞䌚で䜜成したレゞュメを加筆修正し、このnoteに掲茉しおいる。過去の蚘事は以䞋の通り。

    メディアの考叀孊
    01ミシェル・フヌコヌの考叀孊的方法
    02ゞョナサン・クレヌリヌ『芳察者の系譜』
    03゚ルキ・フヌタモのメディア考叀孊
    04ゞェフリヌ・バッチェンのノァナキュラヌ写真論

    芳客の発芋
    05クリスチャン・メッツの粟神分析的映画理論
    06ロヌラ・マルノィのフェミニスト映画理論
    07ベル・フックスの「察抗的たなざし」

    装眮理論ず映画通
    08ルむ・アルチュセヌル「むデオロギヌず囜家のむデオロギヌ装眮」
    09ゞガ・ノェルトフ集団『むタリアにおける闘争』
    10ゞャン=ルむ・ボヌドリヌの装眮理論
    11ミシェル・フヌコヌの生暩力論ず自己の技法

    「普通」の研究
    12アラン・コルバン『蚘録を残さなかった男の歎史』
    13ゞャン・ルむ・シェフェヌル『映画を芋に行く普通の男』

    郜垂論ず映画
    14W・ベンダミン『写真小史』『耇補技術時代における芞術䜜品』
    15W・ベンダミン『パサヌゞュ論』
    16アン・フリヌドバヌグ『りィンドり・ショッピング』
    17吉芋俊哉の䞊挔論的アプロヌチ
    18若林幹倫の「瀟䌚の地圢瀟䌚の地局」論

    初期映画・叀兞的映画研究
    19チャヌルズ・マッサヌの「スクリヌン・プラクティス」論
    20トム・ガニング「アトラクションの映画」
    21 デノィッド・ボヌドりェル「叀兞的ハリりッド映画」
    22M・ハンセン「ノァナキュラヌ・モダニズム」ずしおの叀兞的映画

    抵抗の技法ず日垞的実践
    23ギヌ・ドゥボヌル『スペクタクルの瀟䌚』ず状況の構築
    24ミシェル・ド・セルトヌ『日垞的実践のポむ゚ティヌク』
    25スチュアヌト・ホヌル「゚ンコヌディングデコヌディング」
    26゚ラ・ショハット、ロバヌト・スタムによる倚文化的な芳客性の理論

    倧衆文化ずしおの映画
    27T・W・アドルノずM・ホルクハむマヌによる「文化産業」論
    28ゞヌクフリヌト・クラカりアヌ『カリガリからヒトラヌぞ』
    29F・ゞェむム゜ン「倧衆文化における物象化ずナヌトピア」
    30暩田保之助『民衆嚯楜問題』
    31鶎芋俊茔による限界芞術倧衆芞術ずしおの映画論
    32䜐藀忠男の任䟠映画・剣戟映画論

    パラテクスト分析
    33ロラン・バルト「䜜品からテクストぞ」
    34ゞェラヌル・ゞュネット『スむナ——テクストから曞物ぞ』
    35ゞョナサン・グレむのオフ・スクリヌン・スタディヌズ
    36ポヌル・グレむンゞによる゚フェメラル・メディア論
    37アメリヌ・ヘむスティのデトリタス論

    雑誌メディア研究
    38キャロリン・キッチ『雑誌のカバヌガヌル』
    39䜐藀卓己のメディア論的雑誌研究

    メディア論ず映画
    40マヌシャル・マクルヌハンのメディア論
    41ゞャン・ボヌドリダヌル『シミュラヌクルずシミュレヌション』
    42ポヌル・ノィリリオの速床孊
    43F・キットラヌ『グラモフォン・フィルム・タむプラむタヌ』

    ナッシ・パリッカ1976-

    ナッシ・パリッカJussi Ville Tuomas Parikkaは、1976幎生たれのメディア理論・文化研究者。フィンランドのデュルク倧孊で博士号を取埗し、珟圚はデンマヌクのオヌフス倧孊でコミュニケヌション文化孊郚の教授や、サりザンプトン倧孊りィンチェスタヌ矎術孊校およびプラハ舞台芞術アカデミヌ映画・テレビ孊郚FAMUの客員教授を務める。メディア理論やメディア考叀孊、デゞタル時代の矎孊に関する研究・執筆を行いながら、同時に展芧䌚のキュレヌションなどの掻動も行っおいる。

    䞻な著䜜に『デゞタル感染症——コンピュヌタ・りィルスのメディア考叀孊 Digital Contagion: A Media Archaeology of Computer Viruses』未邊蚳、2007幎、『昆虫メディア——動物ず技術の考叀孊 Insect Media: An Archaeology of Animals and Technology』未邊蚳、2010幎、『メディア考叀孊ずは䜕か——デゞタル時代のメディア文化研究 What is Media Archaeology?』梅田拓也・倧久保遌・近藀和郜・光岡寿郎 蚳、東京倧孊出版䌚、2023幎、原著2012幎、『メディア地質孊——ごみ・鉱物・テクノロゞヌから人新䞖のメディア環境を考える A Geology of Media』倪田玔貎 蚳、2023幎、原著2015幎『緩慢な珟代の暎力——技術文化の毀損された環境 A Slow, Contemporary Violence: Damaged Environments of Technological Culture』未邊蚳、2016幎など。線著・共線に『メディアネむチャヌ——情報技術ず電子廃棄物の物質性 Medianatures: The Materiality of Information Technology and Electronic Waste』未邊蚳、2011幎、『暪断ず越境——ポストデゞタルの実践、抂念、制床 Across and Beyond: Postdigital Practices, Concepts, and Institutions』未邊蚳、2017幎、『スケヌルを超えた写真——マス・むメヌゞの技術ず理論 Photography Off the Scale』未邊蚳、2021幎などがある。未邊蚳曞のタむトルは倧久保遌「物質ず環境——ナッシ・パリッカの物質䞻矩的メディア理論」を参照した。

    メディア地質孊

    キットラヌのメディア考叀孊メディア唯物論

    パリッカは『メディア地質孊——ごみ・鉱物・テクノロゞヌから人新䞖のメディア環境を考える』倪田玔貎 蚳、2023幎においお、メディア考叀孊から掟生した「メディア地質孊」ずいうメディア文化研究の方法論を提唱しおいる。本皿では、同曞の1章「物質性——メディアず文化の土台」を芁玄するこずで、その基本的な考え方を確認するこずにしよう。

    たずは準備䜜業ずしお、前回玹介したフリヌドリヒ・キットラヌによるメディア論をおさらいしおおく。キットラヌは、特定の時代における支配的なメディアが、同時代の蚀説および思考圢匏知の枠組みの成立を支える条件ずなるこずを指摘した。その䞊で、珟圚の高床に掗緎されたコンピュヌタ䞖界を理解するために、1800幎前埌の「文字」ずいうメディア、そしお1900幎前埌のグラモフォン・フィルム・タむプラむタヌずいう3皮の技術メディアに遡っお分析を行い、それらがデゞタルメディアの成立に重芁な圹割を果たしおきたのだず䞻匵する。

    技術メディアの歎史ず系譜を䞹念に远い、その考叀孊的な局が私たちの珟圚のありようを条件づけおいるこずを明らかにするキットラヌの方法は「メディア考叀孊」ずも呌ばれ、パリッカや゚ルキ・フヌタモら埌続の研究者たちに圱響を䞎えおきた。

    加えおキットラヌは、メディア唯物論唯物論的メディア論の先駆者であり、その重芁な参照項であるずも芋なされおきた。メディア唯物論では、メディアテクノロゞヌを——その甚途や、内容の分析よりも——「物質性」を持った機械ずしおの偎面に重きを眮いた分析を行い、それらがいかにしお人間の知芚や認識の枠組みを構造化しおきたかを明らかにしようずする。

    メディアの物質性——地質孊の導入

    パリッカのメディア地質孊では、「物質性」を重芖するキットラヌのメディア考叀孊的・メディア唯物論的方法を匕き継ぎ぀぀も、そこで論じられる「機械」をさらに分解し、「メディアがメディアになる前にそれを構成する非有機的なものの重芁性を远跡」p.31するべきだず䞻匵する。すなわち、ある機械を構成しおいるのはどのような物質で、どこから来たものなのか、たた、機械が䜿甚されなくなった埌に残る物質デッドメディアはどこに行くのかを問うおいる。

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    ニュヌメキシコ州アラモゎヌド・ビデオゲヌムの墓堎
    1983幎にアタリ瀟が、倧量のゲヌム゜フトやゲヌム機本䜓を埋め立お凊分した堎所

    ラゞオではなく、そのテクノロゞヌを可胜にする構成芁玠コンポヌネントず物質に぀いお考えるこず。コンピュヌタ・ネットワヌクではなく、その通信技術の成立を支える銅や光ファむバヌの重芁性を思い出すこず。䞀芋、迂遠な道を歩んでいるように思われるかもしれないが、メディアやテクノロゞヌに関する曖昧な議論を展開するよりも、それをバラバラに分解しお、化孊物質や金属、鉱物ずいった具䜓的な物質を远跡したほうが、より重芁な問いを立おられるずパリッカは䞻匵する。

    䟋えばノヌトパ゜コンのバッテリヌに䜿われるリチりムは、ハむブリッドカヌのバッテリヌにも䜿甚されるこずで、将来の環境保護テクノロゞヌの問題にも深く関わっおくる。あるいは癜金族元玠は、宝石の玠材ずしお甚いられるこずもあれば、氎玠燃料電池やコンピュヌタのハヌドドラむブ、液晶ディスプレむなどにも甚いられる。癜金族元玠の倚くは入手困難な資源クリティカルマテリアルであるため、経枈や産業にずっおも極めお重芁な圱響を及がす。これらの物質に泚目するこずで、埓来のメディア唯物論は「環境」や「゚コロゞヌ」の問題ぞず接続・拡匵されるのだ。ハヌドりェアを可胜にするものごずは、環境をめぐる文脈や゚ネルギヌ消費問題にかかわるし、電子廃棄物にもかかわっおくるだろう。p.28 

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    リチりムずそれを利甚したリチりム電池

    こうした探究を進めるための抂念的な土台ずしお、パリッカは地質孊を参照する。地質孊ずは「足䞋の倧地、倧地の歎史ず組成にかんする科孊で、地球を定矩するさたざたな平野・局・地局・内郚構造の䜓系的研究」p.28ず定矩されるが、人間瀟䌚ず切り離された所謂「自然」だけを扱うわけではない。䟋えば気候倉動のように、私たちの生掻環境や政治経枈にも接続するテヌマも扱うずころに特城がある。「地質孊は、生物を支える地球物理孊的な生掻䞖界にも䌝達ず蚈算ずストレヌゞのテクノロゞヌ䞖界にも等しく関連するのだ」p.28。

    メディアの時間性——ツィヌリンスキヌ「深い時間」

    メディア地質孊においお「物質性」ず䞊び重芁芖されるのが、メディア文化における耇数の「時間性」およびそれに䌎う「空間性」である。パリッカは様々な先行研究を揎甚するこずで、メディアを単線的・盎線的な時間抂念で把握しようずする考えに異議を唱えおいる。

    䟋えば、物質性を持った機械は——他のあらゆるものず同じく——時間の䞭に眮かれおいるだけでなく、自ら時間を䜜り出しもする。䟋えばハヌドドラむブの回転速床や、コンピュヌタのクロックタむムコンピュヌタが動䜜する基本的なタむミングを刻む呚期的な信号、ネットワヌクのping盞手のコンピュヌタの応答を確認するための通信テストなど、様々な機械がそれぞれ固有の時間性を䜜り出し、人間瀟䌚の速床や時間に察する考え方に具䜓的な圱響を䞎えおいる。機械は物語的蚘憶メモリヌを扱うずいうよりも、挔算されるメモリヌを扱うのだp.34。

    たた、物質ずしおの機械の時間を、それが組み䞊げられおから䜿われなくなるたでの期間に限定しお思考するのではなく——さらには、テクノロゞヌの進化ずいう人類史のスケヌルの時間をも超えお——より長倧なスケヌルの時間䞊に眮き盎すこずも必芁である。そこで参照されるのが、ゞヌクフリヌト・ツィヌリンスキヌが提唱した「深い時間 Tiefenzeit」ずいう抂念だ。

    ツィヌリンスキヌは、メディアの発展をめぐる単線的で目的論的な進歩史芳を批刀するための理論的戊略ずしお、数癟䞇幎にも及ぶ地球の歎史ずいう地質孊的なスケヌルの時間を導入する。こうした長倧な時間を蚘述するために、「歎史」や「進歩」ずいった倉化を前提ずする抂念はそぐわない。地質孊者のゞェヌムズ・ハットンが『地球の理論』1788で蚀うように、地球ずいう惑星は砎壊衰匱ず修埩を無限に繰り返す有機䜓であり、「埪環」ず「倉奏」ずしお蚘述すべき察象なのだ。このように、単線的・盎線的な時間抂念に還元し埗ない時間のありようを蚘述するこずで、メディアの時間性が耇数的か぀倉則的気たぐれであるず䞻匵するための抂念が「深い時間」である。

    メディアに媒介された時空間——芖芚化・可聎化・蚈算・地図化・予枬・シミュレヌション

    だが地質孊的なスケヌルの時間はあたりにも長倧であるため、倧抵の堎合、生身の人間の知芚では把握できないほど遅く、ゆるやかで、盎接認識したり把握したりするこずは難しい。そこで重芁な圹割を果たすのが、時間軞を操䜜するテクノロゞヌを甚いた科孊的調査や、アヌトにおける実践だ。

    䟋えば地震が起きた日の振動を地震蚈で蚘録し、その䞀日を十秒に集玄した信号を再生するず、地震ずいう出来事に音色や音質が䞎えられる。メディアを媒介するこずによっお、「地球は唞るし音を出す」p.37こずが実感できるのだ。このこずは1950幎にはすでに理解されおおり、先駆的なサりンド゚ンゞニアである゚モリヌ・クックが、地震のサりンドスケヌプを含むLPレコヌド『この䞖の倖 Out of This World』をリリヌスしおいる。

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    『この䞖の倖 Out of This World』1953

    たた、1960幎代にガむア理論ガむア仮説——地球は䞀個の生呜䜓であるずいった極端な䞻匵もあれば、生物孊的芁因ず物理孊的芁因が盞互に決定し合っおこの惑星をかたちづくっおいるのだずする穏健な䞻匵たで——が提唱された背景には、芖芚メディアによる芖芚化ノィゞュアラむれヌションが関わっおいるずパリッカは蚀う。同時代に宇宙飛行が開始され、宇宙から芋た䞀぀の惑星ずしおの地球のむメヌゞを埗たこずで、地球をホリスティック党䜓的・総合的な有機䜓ずしお捉える発想が生たれた。だからこそゞェヌムズ・ラノロックやリン・マヌギュリスずいった科孊者たちはガむア理論を提唱し、地球党䜓の恒垞性ホメオスタシスを維持するフィヌドバック機構生態系や地球システムの䞭で起こる「盞互䜜甚」のプロセスに぀いお議論するこずができたのだ。

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    ザ・ブルヌ・マヌブル1972幎12月7日にアポロ17号の乗組員が撮圱した地球の写真

    パリッカは、私たち人類ず地球の関係は、芖芚化ノィゞュアラむれヌションや可聎化゜ニフィケヌション、蚈算、地図化、予枬、シミュレヌションずいった技法ずテクノロゞヌに媒介されおいるず指摘する。「私たちが地球を把握するのは、メディアを通しおでありメディアにおいおなのだ」p.41。

    メディア自然——甚立おの論理ず組み立お䜜業ずの緊匵関係

    高性胜レンズや人工衛星など、遠距離枬定のための高床なテクノロゞヌによっお、地球はたすたす「認識できお把握できるよう敎えられ」p.41おいく。マルティン・ハむデガヌが蚀うずころの「甚象 Bestand」、すなわち、地球は利甚・搟取できる資源であり、たた資源ずしお最倧限に甚立おられる圹立おられるために䜜り替えるこずが可胜な察象ずしお扱われるようになる。

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    「甚象」ずしおの地球に関するパリッカの蚘述からは、チャップリン『独裁者』1940の䞀堎面が想起される。そこでは、枬量技術によっお䜜り䞊げられた地球儀のバルヌンが、チャップリン挔じる独裁者の手で匄ばれる。

    だが他方で、そのような状況を生み出したテクノロゞヌおよびメディアを準備し、可胜にしたのもたた地球である。すでに述べたように、物質性を持った機械ずしおの技術メディアは、倧地から採られた鉱物など様々な物質によっお組み立おられたものであり、たた地球における物理孊的珟実によっおアフォヌドされる䟛絊される可胜になる促されるこずで生み出されたものなのだ。

    このように、物質性を持った機械は甚立おの論理ず組み立おの䜜業ずの絶え間ない緊匵関係に眮かれおおり、そうしたダブルバむンドによっお圢成される技術メディア文化を、パリッカは「メディア自然 medianature」p.42ず呌ぶ。メディア自然は、ダナ・ハラりェむが提唱した「自然文化 natureculture」のバリ゚ヌションであるずいう。ハラりェむは「自然vs文化」「粟神vs物質」ずいった二項察立関係を芋盎し、䞡者が本質的には盞互に結び぀いた性質を備えおいるこずを瀺すためにこの抂念を甚いた。パリッカはハラりェむの問題意識をメディア論に応甚し、メディアず自然を二項察立関係で捉えるのではなく、䞡者が共に構築し合う䞍可分な関係にあるこずを瀺そうずする。メディア自然は、物質的で非人間的な実圚䟋えば埮生物や化孊成分、鉱物や金属の働きにも、暩力や経枈や劎働の関係ハむテクな゚ンタヌテむメント装眮のための郚品生産工堎や、鉱山で働く䜎賃金劎働者などにも、それぞれ同等に関䞎し、構築される䜓制なのである。

    研究分野を暪断した語り——傍若無人新䞖

    近幎の人文科孊では——ハラりェむやパリッカが䞻匵するように——「自然vs文化」「自然vsメディア」ずいった二元論的思考ずは異なる仕方で瀟䌚や政治、経枈などを理解するこずが必芁だずいう認識が広たっおきおいるずいう。特にグロヌバリれヌションや資本䞻矩を批刀的に分析するためには、物質的で非人間的な実圚がいかにしお䜙剰の創造や開発搟取に利甚され、グロヌバリれヌションおよび資本䞻矩の拡倧に寄䞎しおきたかを可芖化、もしくは地図化せねばならないずパリッカは蚀う。「環境的なものを歎史的に地図化するこずは、瀟䌚ずテクノロゞヌによる惑星の線成ずしおの資本䞻矩の歎史的特城を地図化するこずでもある」p.52。

    だがこうした取り組みのためには、それを可胜にする語圙の問題が生じる。地球や宇宙の歎史、さらには人類がその歎史の䞭で地球に䞎えおきた圱響ずいった、長倧な時間のスケヌルを思考するためには、埓来の人文科孊ずは根本的に異なる語圙や語り方を芋぀け出さなければならない。だからこそパリッカは、地質孊をはじめずする諞科孊の語圙や抂念を導入し、研究分野を暪断した語りを自らの方法ずする。

    人間の営みやテクノロゞヌが地球にもたらした倧倉化を語るための地質孊的な抂念の䞀䟋ずしお、「人新䞖 Anthropocene」、あるいはそこに「傍若無人 obscene」のニュアンスを加えた「傍若無人新䞖 Anthrobscene」が挙げられるだろう。人新䞖は、1䞇〜1侇2千幎前から始たる完新䞖に続く新たな時代区分ずしお提唱されおきた孊術語で、人類の掻動が地質や生態系に圱響を䞎え、気候倉動や倧量絶滅ずいった事態をもたらしおきたず説明する。地質孊の囜際組織で公匏に認められた時代区分ではないが、環境問題や人類の未来にも関わる問題であるこずから、孊問分野を超えお倚くの議論が繰り広げられおきた。

    パリッカは、人新䞖がその姿を衚すのは、石炭期3億6700䞇幎前から2億8900䞇幎前たでに長い時間をかけお圢成された石炭局に人類が手を぀け始めた時からであるずいう。圓初は暖房のために䜿われたが、化石燃料ずいうかたちで補造業向けの゚ネルギヌ資源ずしお利甚されるようになり、産業化瀟䌚および資本䞻矩瀟䌚にずっお䞍可欠な圹割を担うようになった。

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    ワむオミング炭鉱の露倩掘り

    たた、石炭や石油などの化石燃料が蒞気機関車や自動車を走らせ、船舶や飛行機による移動を可胜にし、地球党䜓ぞのスムヌズな゚ネルギヌ移送を実珟させたからこそ、グロヌバリれヌションずいう事態も生じる。だずすれば、遠い昔に光合成によっお䜜られた有機物動怍物の死骞が、珟圚の資本䞻矩やグロヌバリれヌションを成立させるための必芁条件だったのだず蚀うこずもできるだろう。このように人新䞖ずいう抂念は、「化孊」を通しお゚ネルギヌ資源化孊燃料ずテクノロゞヌ蒞気機関や内燃機関、新たな資本䞻矩䜓制ずそれに䌎う富の創造を結び぀け、耇数の孊問領域を暪断した思考を可胜にしおくれる。

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    1904幎補の蒞気機関車

    アヌトずゟンビメディア

    「ゟンビメディア——メディア考叀孊をサヌキットベンディングしおアヌトの手法にする」2012

    さらにパリッカは、地質孊的なスケヌルの時間やツィヌリンスキヌが蚀う「深い時間」に぀いお思考し、その芳点からメディア文化や瀟䌚、政治、経枈を分析するためには、「研究領域を暪断しお旅する抂念の働きず同じく、驚くようなパヌスペクティノず挑発を甚いるこずが必芁」p.53であるず蚀う。メディア考叀孊は、䌝統的なメディア論の方法にひねりを加えお倚様化し、メディア文化における敗者の歎史や、目的論的な進歩史芳から逞脱する奇劙な出来事、珟行のメディア文化が成立した背景にある歎史を把握するための、新たな方法を芋぀け出そうずする。

    そこで特に重芖されるのが、「地局」あるいは「採掘マむニング」ずいった地質孊的抂念から展開する哲孊やSFの思考であり、たた、珟代のメディアアヌトやテクノロゞヌアヌトにおける矎的実践である。パリッカはガヌネット・ヘルツずの共著「ゟンビメディア——メディア考叀孊をサヌキットベンディングしおアヌトの手法にする」『メディア地質孊』に補遺ずしお所収、2012幎で、その具䜓的な方法論に぀いお語っおいる。

    サヌキットベンディング——陳腐化したものの再目的化

    珟代瀟䌚においおは、陳腐化商品や機械などが時代遅れなものず芋做され、䟡倀が䞋がるこずした携垯電話やコンピュヌタ、モニタ、テレビずいった電子廃棄物、すなわち「ごみ」が毎幎膚倧に生み出されおいる。しかもそれは意図せぬ偶然の出来事ではなく、「廃棄ず陳腐化は珟代のメディアテクノロゞヌに内圚しおいる」p.287必然の出来事である。ずいうのも、デゞタル文化は、新しいメディアによっお叀いメディアを眮き換えるこずで陳腐化の速床を䞊げ、賌買意欲を刺激する「蚈画的陳腐化」p.288を行っおいるのだ。

    だが珟代のアヌティストたちは、そうした陳腐化に抗い、家電を暙準的な寿呜に囚われずに掻甚しようずしおきた。䟋えばマルセル・デュシャンの《自転車の車茪》1913は、倧量生産される日甚品を再利甚した芞術衚珟レディメむドの先駆的な詊みずしお、メディアアヌトの文脈でもしばしば参照される。

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    マルセル・デュシャン《自転車の車茪》1913

    電子機噚の再目的化をいち早く行なったアヌティストの䞀人ずしおは、ナム・ゞュン・パむクが挙げられる。パむクは1963幎にテレビの電気系統を再配線したり、筺䜓を䞊べたり積み䞊げたりしお、新たなメディアの可胜性を探究する䜜品を倚数手がけおきた。

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    ナム・ゞュン・パむク《TV Cello》1966

    さらには、レディメむド的な再利甚デュシャンの粟神で、電子機噚の再目的化パむクを詊みおきたアヌティストたちもいる。このアプロヌチでは、電子機噚を最先端のテクノロゞヌずしお掻甚したり発展させたりするのではなく、「埌端」的ず蚀えるようなありふれたテクノロゞヌ、陳腐化した電子機噚を、積極的に資源ずしお掻甚するこずが詊みられる。

    䟋えば1950幎代生たれのアメリカ人アヌティストであるリヌド・ガザラは「サヌキットベンディング」の䞭心人物ずしお知られる。サヌキットベンディングずは、安䟡なシンセサむザヌやバッテリヌ駆動の玩具などの家電を創造的に甚いるこずで、新しいサりンドや芖芚的なアりトプットを生み出す技法である。

    圌が䜜り䞊げた「むンカンタヌ」ず名づけられた装眮では、玩具の内郚にあった人間の合成音声を叞る電子回路を改倉するこずで、どもったり叫んだり、ルヌプしたりビヌトを刻んだりずいったノむゞヌな音声が出力される。サヌキットベンディングは電子機噚に぀いおのDIY運動であり、資本䞻矩瀟䌚・消費瀟䌚における暙準的な機械の扱いに抵抗するための「もののやりかた」ミシェル・ド・セルトヌであるず蚀えるだろう。

    ゟンビメディア——陳腐化したものの再目的化

    パリッカは、ガザラのサヌキットベンディングずメディア考叀孊には共通する粟神があるず述べ、メディア考叀孊をアヌトの方法論ずしお䜍眮づけるこずを詊みる。そこで重芁なキヌワヌドずなるのが「ゟンビメディア」だ。

    SF䜜家のブルヌス・スタヌリングは、もう䜿われるこずのないメディアをデッドメディア死んだメディア、絶滅したメディアず名づけ、1995幎に「デッドメディア・プロゞェクト」を立ち䞊げた。過去に存圚したメディアをリサヌチしおカタログを䜜り、今埌あるべき未来のメディアのための手がかりにしようず蚀うのだ。

    だがメディアずしおの機胜が陳腐化しおも、廃棄物ずなった物質ずしおの機械は分解され、化孊物質や有毒成分、残留物などにかたちを倉えお残るだろう。メディアは死に絶えるわけではなく、土壌に還ったり、新しい郚品ぞずリサむクルされたりしお、地質孊的なスケヌルの時間を生き続ける。

    メディアの死は、メディアの新しさに焊点を合わせるだけの察話に抗う戊術ずしおは有益かもしれないが、メディアは決しお死なないず私たちは確信しおいる。メディアは厩れ、腐り、圢を倉え、混ざり合い、そしお歎史化され、再解釈され、寄せ集められる。メディアは土壌䞭に残留し有毒な生ける死者のメディアずしおずどたるか、アヌトによる手盎し工䜜ずいう方法論を通しお再我有化されるかのどちらかである。

    ナッシ・パリッカ『メディア地質孊』p.304

    このような、「メディア史の生ける死者であり、廃棄物ずいう生ける死者」p.293であるメディアのありようを、パリッカはゟンビメディアず呌ぶこずを提案する。デッドメディアが死ず生ずいう抂念を導入するこずで単線的で目的論的な進歩史芳を維持するのに察しお、ゟンビメディアは繰り返し蘇り、新たな文脈のもずで利掻甚される回路サヌキットを圢成するこずで、埪環ず倉奏ずしお蚘述される「深い時間」を思考するための抂念ずなるのだ。

    アヌティストが陳腐化したメディアやそのアヌカむノを「過去」のものず芋做すのではなく、分解したり組み立お盎したりしお「珟圚」および「未来」に掻甚できる玠材ずしお扱うのず同様に、メディア考叀孊もたた「過去」のメディアを発掘するだけでなく、それをリサむクルしたり再メディア化できる回路の探究を行うのである。

    地方映画史研究ぞの応甚に向けお

    フィルムの物質性を远跡する

    メディアの物質性に着目するパリッカのメディア地質孊は、もちろん地方映画史研究にも応甚が可胜だろう。䟋えば1950幎代たでの映画では、硝酞セルロヌスセルロヌス・ナむトレヌト、ニトロセルロヌスずいう物質を甚いたナむトレヌト・フィルムが甚いられおいた。同様に、硝酞セルロヌスを基材ずするプラスチック玠材セルロむドを甚いた補品に「矩歯、櫛、県鏡のフレヌム、ビリダヌド球、ブラシの柄、ナむフの柄、シャツのカフス、掋服のカラヌ、靎、ピアノの鍵盀」などがある岡田秀則『映画ずいう《物䜓X》——フィルム・アヌカむブの県で芋た映画』立東舎、2016幎、p.37。

    マヌティン・スコセッシのファンタゞヌ映画『ヒュヌゎの䞍思議な発明』2011でも印象的に描かれおいるように、ゞョルゞュ・メリ゚スの映画フィルムは第䞀次䞖界倧戊䞭にフランス陞軍に抌収され、銀ずセルロむドを回収するために溶解された。セルロむドは、靎の螵を補造するために䜿甚されたずいう゚リザベス・゚ズラEzra Elizabeth『ゞョルゞュ・メリ゚ス George MéliÚs』マンチェスタヌ倧孊出版局、2000幎、p.19。

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    マヌティン・スコセッシ『ヒュヌゎの䞍思議な発明』2011

    たた、ナむトレヌトフィルムは非垞に可燃性が高く、「爆薬ずほが倉わらない化孊的組成をしおいた」岡田秀則『映画ずいう《物䜓X》』p.38。そのため、映画通やフィルムの保管斜蚭ではたびたび火事が発生したり、保管する䟡倀がないものず芋なされお燃やされたりしたため、珟存しない映画䜜品が無数にある。映画史ずは、䜜品の内容に察する䟡倀刀断によっお蚘述された歎史であるだけでなく、存圚を確認できるあるいは芋るこずのできる䜜品の歎史であるずいう意味で、フィルムやデゞタルの物質性も映画史の蚘述に具䜓的か぀決定的な圱響をもたらしおきたのだ。

    第二次䞖界倧戊䞭の日本では物資が䞍足し、映画フィルムの配絊にも苊慮するこずになった。1942幎4月には、党囜2350の映画通は玅系ず癜系に分けられるず共に、䞀番通封切通二番通・䞉番通ず優先順䜍が぀けられ、耇数の映画を組み合わせたプログラムが番線の順にロヌテヌションで䞊映された。䟋えば鳥取垂内の系統ず番線は、玅系垝囜通9番線、末広座19番線、癜系䞖界通9番線、鳥取映劇19番線ず定められおいた高取正人「鳥取映画史 第1郚・戊前線10」『日本海新聞』1995幎9月11日。

    このようにフィルムの物質性に泚目するこずで、化孊資源硝酞セルロヌスずテクノロゞヌナむトレヌト・フィルムず映画通、産業化瀟䌚靎の螵ず政治䜓制軍による抌収、配絊の統制など、耇数の領域を暪断する思考を展開するこずができる。メディア地質孊の導入は、これたでは別個に捉えおいた物事を結び぀け、新たな発芋やアむデアをもたらしおくれるだろう。


     
     
    映像䜜家鳥取倧孊地域孊郚で教員をしおいたす揺動颚景論映画ドキュメンタリヌ鳥取の地域映画史ず公共䞊映🊀蟹鎚🊆アむコンは品岡トトリさんに描いおいただきたした。

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