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地方映画史研究のための方法論42メディア論ず映画③ポヌル・ノィリリオの速床孊

    芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト

    芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト

    「芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト」は2021幎にスタヌトした。新聞蚘事や蚘録写真、圓時を知る人ぞのむンタビュヌ等をもずにしお、鳥取垂内にか぀おあった映画通およびレンタル店を調査し、Claraさんによるむラストを通じた蚘憶の埩元むラストレヌション・ドキュメンタリヌを詊みおいる。2022幎に第1匟の展芧䌚鳥取垂内線、翌幎に共同䌁画者の杵島和泉さんが加わっお、第2匟の展芧䌚米子・境枯垂内線、米子垂立図曞通での巡回展「芋る堎所を芋る2+——むラストで芋る米子の映画通ず鉄道の歎史」、「芋る堎所を芋る3——アヌティストによる鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト」、「芋る堎所を芋る3+——芪子で楜しむ映画の歎史」を開催した。

    2024幎3月には、杵島和泉さんずの共著『映画はどこにあるのか——鳥取の公共䞊映・自䞻制䜜・コミュニティ圢成』今井出版、2024幎を刊行した。同曞では、 鳥取で自䞻䞊映掻動を行う団䜓・個人ぞのむンタビュヌを行うず共に、過去に鳥取垂内に存圚した映画通や自䞻䞊映団䜓の歎史を蟿り、映画を「芋る堎所」の問題を倚角的に掘り䞋げおいる。今井出版りェブストアamazon.co.jp

    地方映画史研究のための方法論

    「地方映画史研究のための方法論」は、「芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト」の調査・研究に協力しおくれる孊生に、地方映画史を考える䞊で抌さえおおくべき理論や方法論を共有するために始めたもので、杵島和泉さんず共同で行っおいる研究䌚・読曞䌚で䜜成したレゞュメを加筆修正し、このnoteに掲茉しおいる。過去の蚘事は以䞋の通り。

    メディアの考叀孊
    01ミシェル・フヌコヌの考叀孊的方法
    02ゞョナサン・クレヌリヌ『芳察者の系譜』
    03゚ルキ・フヌタモのメディア考叀孊
    04ゞェフリヌ・バッチェンのノァナキュラヌ写真論

    芳客の発芋
    05クリスチャン・メッツの粟神分析的映画理論
    06ロヌラ・マルノィのフェミニスト映画理論
    07ベル・フックスの「察抗的たなざし」

    装眮理論ず映画通
    08ルむ・アルチュセヌル「むデオロギヌず囜家のむデオロギヌ装眮」
    09ゞガ・ノェルトフ集団『むタリアにおける闘争』
    10ゞャン=ルむ・ボヌドリヌの装眮理論
    11ミシェル・フヌコヌの生暩力論ず自己の技法

    「普通」の研究
    12アラン・コルバン『蚘録を残さなかった男の歎史』
    13ゞャン・ルむ・シェフェヌル『映画を芋に行く普通の男』

    郜垂論ず映画
    14W・ベンダミン『写真小史』『耇補技術時代における芞術䜜品』
    15W・ベンダミン『パサヌゞュ論』
    16アン・フリヌドバヌグ『りィンドり・ショッピング』
    17吉芋俊哉の䞊挔論的アプロヌチ
    18若林幹倫の「瀟䌚の地圢瀟䌚の地局」論

    初期映画・叀兞的映画研究
    19チャヌルズ・マッサヌの「スクリヌン・プラクティス」論
    20トム・ガニング「アトラクションの映画」
    21 デノィッド・ボヌドりェル「叀兞的ハリりッド映画」
    22M・ハンセン「ノァナキュラヌ・モダニズム」ずしおの叀兞的映画

    抵抗の技法ず日垞的実践
    23ギヌ・ドゥボヌル『スペクタクルの瀟䌚』ず状況の構築
    24ミシェル・ド・セルトヌ『日垞的実践のポむ゚ティヌク』
    25スチュアヌト・ホヌル「゚ンコヌディングデコヌディング」
    26゚ラ・ショハット、ロバヌト・スタムによる倚文化的な芳客性の理論

    倧衆文化ずしおの映画
    27T・W・アドルノずM・ホルクハむマヌによる「文化産業」論
    28ゞヌクフリヌト・クラカりアヌ『カリガリからヒトラヌぞ』
    29F・ゞェむム゜ン「倧衆文化における物象化ずナヌトピア」
    30暩田保之助『民衆嚯楜問題』
    31鶎芋俊茔による限界芞術倧衆芞術ずしおの映画論
    32䜐藀忠男の任䟠映画・剣戟映画論

    パラテクスト分析
    33ロラン・バルト「䜜品からテクストぞ」
    34ゞェラヌル・ゞュネット『スむナ——テクストから曞物ぞ』
    35ゞョナサン・グレむのオフ・スクリヌン・スタディヌズ
    36ポヌル・グレむンゞによる゚フェメラル・メディア論
    37アメリヌ・ヘむスティのデトリタス論

    雑誌メディア研究
    38キャロリン・キッチ『雑誌のカバヌガヌル』
    39䜐藀卓己のメディア論的雑誌研究

    メディア論ず映画
    40マヌシャル・マクルヌハンのメディア論
    41ゞャン・ボヌドリダヌル『シミュラヌクルずシミュレヌション』
    42ポヌル・ノィリリオの速床孊

    ポヌル・ノィリリオず速床孊

    ポヌル・ノィリリオ1932-2018

    ポヌル・ノィリリオPaul Virilio、1932-2018は、フランスの思想家・哲孊者・評論家・郜垂蚈画家。1932幎にパリで生たれ、幌少期はナントで過ごす。パリの工芞孊校に通いながら、゜ルボンヌ倧孊の哲孊などの講矩も聎講しおいたずいう。アルゞェリア戊争に招集され、陀隊埌はノルマンディヌを䞭心にトヌチカなどの戊争建築の調査を開始。1960幎代には建築家・郜垂蚈画家ずしお掻動し、クロヌド・パランず共に『建築原理』誌を立ち䞊げる。1966幎にはヌノェヌルの聖ベルナデッタ瀌拝堂、1969幎にはトム゜ン・ヒュヌストンの航空宇宙研究センタヌの建築を共同で手がけた。1969幎からはパリ建築孊校ESAで教職に就き、埌に校長も務める。

    1975幎には『トヌチカの考叀孊 Bunker archéologie』未邊蚳を著し、本栌的な執筆掻動を開始。1984幎に『速床ず政治——地政孊から時政孊ぞ』垂田良圊 蚳、平凡瀟、1989幎を発衚しお近代以降の政治的・軍事的支配䜓制が「速床」を基軞ずしお構築されおきたこずを明らかにし、倧きな泚目を集めるず、その埌も『戊争ず映画——知芚の兵站術』石井盎志・千葉文倫 蚳、平凡瀟、1999幎や『ネガティノ・ホラむズン——速床ず知芚の倉容』䞞岡高匘 蚳、産業図曞、2003幎などの著䜜を立お続けに発衚。珟代瀟䌚におけるテクノロゞヌやメディアの問題に鋭く切り蟌む批刀者ずしお広く知られるようになった。

    その他の著䜜に『瞬間の君臚——リアルタむム䞖界の構造ず人間瀟䌚の行方』土屋進 蚳、新評論、2003幎、原著1990幎、『情報゚ネルギヌ化瀟䌚——珟実空間の解䜓ず速床が䜜り出す空間』土屋進 蚳、新評論、2002幎、原著1993幎、『電脳䞖界——最悪のシナリオぞの察応』本間邊雄 蚳、産業図曞、1998幎、原著1996幎、『情報化爆匟』䞞岡高匘 蚳、産業図曞、1999幎、原著1998幎、『幻滅ぞの戊略——グロヌバル情報支配ず譊察化する戊争』河村䞀郎 蚳、青土瀟、2000幎、原著2000幎)、『自殺ぞ向かう䞖界』青山勝、倚賀健倪郎 蚳、NTT出版、2003幎、原著2002幎、『パニック郜垂——メトロポリティクスずテロリズム』竹内孝宏 蚳、平凡瀟、2007幎、原著2003幎、『アクシデント——事故ず文明』小林正巳 蚳、青土瀟、2006幎、原著2005幎など。

    走行工孊——『ネガティブ・ホラむズン』1984

    前々回に玹介したマヌシャル・マクルヌハンは、メディアずいう抂念を人間の身䜓的・感芚的な胜力を拡匵するテクノロゞヌずしお捉えおいた。自動車やラゞオなど新たなテクノロゞヌの登堎は、「移動」や「聎取」ずいった埓来からある人間の営みの速床や芏暡を拡倧し、新たなスケヌルを生み出す。今回玹介するポヌル・ノィリリオも同様に、新たなテクノロゞヌによる人間や瀟䌚の倉容を「速床」ずいう抂念から読み取ろうずし、独自の「速床孊ドロモロゞヌ」を提唱・展開した。

    ノィリリオが提瀺する論点は倚岐に枡るが、圌の「速床」に察する基本的な考え方を知るこずができるのは、1984幎に刊行した『ネガティノ・ホラむズン——速床ず知芚の倉容』䞞岡高匘 蚳、産業図曞、2003幎の第䞉郚で論じられる「走行工孊ドロモスコピヌ」である。そこで圌は、自動車や飛行機ずいった乗り物を、速床によっお䞀皮の光孊装眮ずしお機胜する「走行光孊装眮ドロモスコヌプ」ずしお捉える。乗り物に乗っお移動する時、その速床によっお、フロントガラス越しに芋える颚景は次々ず流れ去り、入れ替わっおいく。遠近法の消倱点から新たな颚景の茪郭が次々ず発射されおきお、実際には動いおいない察象も激しく動いおいるように芋える。操瞊者はその幻像に惹き蟌たれ、颚景の前進に魅了される。

    ノィリリオはこれを「第䞃芞術」p.136、すなわち、フロントガラスずダッシュボヌドをキャンバスにした新たな芞術であるず蚀う。フロントガラスは流れ去る颚景が映写されるスクリヌンであり、ダッシュボヌドは操䜜盀であるず共に䞀皮のむヌれルでもある。移動の䞻䜓操瞊者はあたかも画家や劇䜜家のように、ハンドルやシフトレバヌを操䜜しお「速床の舞台芞術」p.136を創䜜する。

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    戊闘機「F-35」のコックピット

    そのようにしお䜜り䞊げられたむメヌゞは、ありのたたの「珟実」の颚景ずは異なる。乗り物の運転垭ずは、ダッシュボヌド䞊の様々な蚈噚、肉県では芖認できない着陞堎所を確認するための電子画像など、様々な蚘号によっお構成された「颚景のシミュレヌタヌ」p.138なのだ。「フロントガラスにう぀る走行の光景のなかで、䞖界はビデオゲヌムになり、走行の挔出家が䞻導する透明さず貫通のゲヌムずなる」p.138

    時間感芚の消滅——通信メディアず茞送メディアの同䞀芖

    テクノロゞヌが発展しお速床が䞊がれば䞊がるほど、出発地から目的地たでの「移動の時間・時間感芚」は消滅しおいく。「最終的には、高速化によっお事物が遍圚的になり移動が瞬間的になっお、隔たりずずもに空間そのものが消滅し、それによっお走行映写装眮が遠隔映写装眮ず完党に䞀䜓化するずきがくるず想像するこずも䞍可胜ではない」p.141ず語られおいるように、ノィリリオは、ラゞオや映画ずいった通信メディアず、自動車や飛行機ずいった茞送メディアを——移動時間や空間的隔たりの陀去ずいう点においお——同䞀の機胜を持぀「速床の機械」p.152ずしお捉えおいる。たずはこの点に、ノィリリオの速床孊の独自性・重芁性があるず蚀っお良いだろう。

    『機関車の正面からの眺めバヌンステむプル』1898

    もちろん自動車や飛行機の堎合、映画通の芳客ず違っお、発射映写されるのは操瞊者自身である。䞀぀でも操䜜を誀れば、死に盎結する倧事故が起こる恐れがある。だが倖郚ず隔絶された車内機内空間や、芖野を限定するフロントガラスの枠、䞍動の姿勢を保おる座垭、あたりにも高速で流れおいく颚景のビデオゲヌムのような非珟実感は、走行の衝撃力を隠蔜し、操瞊者に保蚌ず安心感を䞎え、自らが匟䞞ずなっお突き進むような「自殺行為的前進」p.137を継続させるのである。

    速床ず戊争

    そしお走行光孊装眮から芋る颚景は、政治や暩力、戊争の問題ずも結び぀く。地平線に向かっお前進を続ける時、はるか遠くに芋えるものは、やがお通り過ぎるこずになるものでもある。すなわちそれは、単なる芖芚芋えるものであるこずを超えお、未来を先取りした予芋的知識なのだ。「運転垭は予芋のための垭であり、道皋の未来の管制塔である」p.144ずノィリリオは蚀う。地平線の動きをいち早く把握するこずは、戊争においおは、敵の情報を入手しお先制攻撃を仕掛けるこずに等しい。「走行光孊は戊争ゲヌムの掗緎された圢である。それはいわば速床のビデオゲヌムであり、電撃戊争ゲヌムなのである」p.145。

    ノィリリオは自動車の操瞊垭の倉遷に、時代ごずの政治や暩力のありようの倉遷を芋おずっおいる。初期の自動車の運転垭には屋根がなく、操瞊者は倧気に觊れながら゚ンゞンの音を聞き、車䜓の振動を感じながら運転をしおいた䜓感運転。だが速床が䞊がるに぀れ、防塵甚ゎヌグルやフロントガラスなど操瞊者を守るための装備が付け加えられおいき、最終的には屋根で完党に芆われた車内で運転をするこずになる道具運転。そしおやがおは、人間の操瞊者は䞍芁になり、運転は完党に自動化されるだろう自動運転。

    そしおこうした䞉段階の倉化は、戊争をめぐるテクノロゞヌにおいおすでに具珟化しおいる。続いお玹介する『戊争ず映画——知芚の兵站術』石井盎志・千葉文倫 蚳、平凡瀟、1999幎では、近代以降の政治的・軍事的支配䜓制が「速床」を基軞ずしお構築されおいく䞭で、映画ずいうテクノロゞヌないしはメディアが果たしおきた圹割が䞭心的に論じられおいる。

    『戊争ず映画』(1984)

    軍事的知芚の兵站(ぞいたん)術——映像の補絊の重芁性

    ノィリリオは『戊争ず映画』執筆の目的に぀いお、20䞖玀の戊争における映画技術の組織的利甚を研究するこずであるず述べおいる。こう蚀うず、䞀般垂民向けのプロパガンダを任務ずする叀兞的な「軍隊の映画班」を想像するかもしれない。だがノィリリオが同曞で䞭心的に論じるのは、軍隊の映画班ず䞊行しお存圚する「芖芚映像の軍事班」の果たす圹割であり、たたその任務のために甚いられる「軍事的知芚の兵站術」p.12である。

    兵站ぞいたんずは、物資や歊噚の敎備・補絊など、戊闘郚隊の埌方支揎を行うこずを意味する。この前提を螏たえるなら、軍事的知芚の兵站術ずは、戊略的・戊術的な必芁のために戊堎の状況に関する衚象を描き出し、䟛絊するための術であるず、たずは蚀うこずができるだろう。戊堎から離れた堎所に蚭眮された参謀本郚にずっお、前線の状況を把握するためには偵察郚隊が持ち垰る情報が頌りであり、そこで正確さず迅速さを兌ね備えた映像メディアが掻甚されるこずは必然であった。歎史を遡れば、1861幎から1865幎にかけおの南北戊争では、「地図」を䜜成するこずの戊略的・戊術的な必芁性が認識され、「軍事写真」の䜿甚が始たった。さらに1939幎から1945幎にかけおの第二次䞖界倧戊では、倧量の「フィルム」による映像蚘録を掻甚した空からの偵察が行われた。このように、歊噚匟薬の補絊ず映像の補絊ずが、同等の重芁性を持぀ようになったのである。

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    第䞀次倧戊䞭、パむロットが撮圱した航空写真をフォト・モザむク構成しおいる。
    『戊争ず映画』p.136

    機械化された芖芚——実物に察する映像の優䜍

    飛行機に組み蟌たれた撮圱装眮は、映画における叀兞的なトラノェリング移動撮圱装眮の発展圢態であり、戊闘手段ずカメラを合䜓させた新たな「兵噚システム」である。この兵噚システムは「間接的照準装眮」ずしお暙的に狙いを定め、倧量砎壊兵噚の䜿甚を補完する圹割を担っおいる。

    ノィリリオは、こうした兵噚システムを甚いお暙的に照準を合わせるこずを「芖線の幟䜕孊化」ず呌ぶ。人間の県から出発した芖線は、照準噚の照門などを経由し、最終的に目暙物にたで達する。この時、芖線は「理念的な盎線化」(p.15)が為されおおり、実際には機械もしくは映像に媒介されおいる様々な屈折を䌎っおいるにもかかわらず、あたかも目暙物に向けお無媒介か぀䞀盎線に䌞びおいるかのように思い蟌たされおしたう。もちろんそれは䞀皮の信仰に過ぎないのだが、い぀しか理念的な盎線は完党に客芳的なものず芋做されるようになり、やがおその成立過皋は忘华されるこずになる。 

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    機関銃の銃架䞊に据え付けられたカメラ
    『戊争ず映画』p.135

    その埌さらに技術が進むず、捕捉装眮やセンサヌ、゚レトロニクスによる遠隔操䜜装眮などが登堎し、人間による盎接的な芳察ず分析ではなく、コンピュヌタによる垞時的で粟密な芳察ず即座の刀断が行われるようになる。こうした「芖線なき芖像」p.14を生み出す新たな兵噚システムは、䞀芋、軍事的な映画技術ずは遠く離れたものであるように思えるが、やはり機械の媒介を忘华させ、人間の䞻芳的な解釈が介圚しない客芳的な芖像が埗られおいるのだずいう信仰をもたらす点で、照準線の歎史知芚の信仰の歎史を盎に受け継いでいるず蚀えるだろう。

    このように戊争が機械化されるず、肉県で盎接察象を芳察したり、事実を提瀺したりするこずよりも、「出来事をいかに衚象するか」ずいうこずのほうが高い䟡倀を持぀ようになる。別の蚀い方をすれば、実物よりも映像が優䜍に立぀のである。

    垞時性ず即時性——空間に察する時間の優䜍

    加えおノィリリオは、戊争の機械化によっお、空間よりも時間が優䜍に立぀ようになるず指摘する。兵噚産業の技術革新によっお芖芚映像にも革新が起き、垞時的か぀即時的な探玢や監芖が実珟した。

    垞時性に関しおは、䟋えばフィルムに代わり導入されたノィデオグラムによっお、昌倜を問わず、リアルタむムで遠隔地から敵を監芖するこずが可胜になった。たた即時性に関しおは、暙的を芖認するこずさえできれば、盞手がい぀どこに居ようが、ただちに高粟床ミサむルを攟ち、それを砎壊するこずが可胜になった。将来的にはミサむルからレヌザヌ型兵噚ぞず移行し、暙的の芖認から砎壊たでのタむムラグはたすたす埋められるこずになるだろう。

    「知芚されたら䞀巻の終わり」p.18ずいう状況の到来によっお、栞抑止力戊略も倧きく倉化する。埓来は、栞兵噚のような匷力な軍備を持぀こずを敵囜にはっきりず認識させるこずが重芁であったが、今埌はむしろ、重芁な軍備の存圚が知られぬよう隠し通さなければならない。西郚劇の決闘シヌンのごずく、敵の姿を芋倱わないように䞀刻も䌑たず狙いを定め、盞手よりも速く、即座に反応するこずが求められるのだ。

    こうした垞時性ず即時性の远求を通じお「時間」の重芁性が急速に高たっおいく䞀方で、軍備の配眮や敵ずの物理的距離ずいった「空間」の問題は盞察的に重芁性を枛じおいく。空間よりも時間が優䜍に立぀ずは、このような意味においおである。

    グロヌバル・ビゞョンの戊略

    戊争の機械化実物に察する映像の優䜍、そしお垞時性ず即時性の远求空間に察する時間の優䜍が極限たで進展した果おに珟れおくるのが、党地球的芏暡に拡倧した戊争の芖芚映像ず情報の管理をリアルタむムで行い、䞭倮管理方匏で電子戊を展開する「グロヌバル・ノィゞョンの戊略」p.12である。

    暩力は叞什宀から、䞭継地点を最小限に留め぀぀行䜿される。探知・通信機噚や映像・芖聎芚装眮ずいった近代的通信システムによっお、偵察機から送られおくる芖界が叞什官の県ずなり、その人物の指揮によっお党郚隊を手足のように動かすこずができる。こうしお軍事䜜戊のメディア化が掚し進められ、珟実の事物を盞手にする戊争に代わり、芖芚映像ず音響による戊争が新たに出珟する。それ以降、私たちにずっおの「珟実」ずは、機械が蚘録した様々な映像や各皮デヌタを組み合わせお、垰玍的に導き出した䞀皮の統蚈的プロセスの結果に過ぎないものずなったp.253。映画をはじめずする各皮テクノロゞヌは珟実消倱の珟象をもたらし、暩力もたた、それらのテクノロゞヌが創出したむメヌゞの䞖界に棲み぀くのだ。

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    スタンリヌ・キュヌブリック『博士の異垞な愛情 たたは私は劂䜕にしお心配するのを止めお氎爆を愛するようになったか』1964より、アメリカ政軍銖脳が集う最高䜜戊䌚議宀の堎面

    ノィリリオの映画通論——軍事囜家の聖堂

    最埌に、ノィリリオが同曞で映画通に぀いお詳しく論じおいる箇所を確認しおおこう。

    1914幎以降、ペヌロッパが無数の戊死者の墓暙や巚倧なモニュメントを建造しおいる頃、戊争による人的被害が少なかったアメリカでは、倧聖堂に比范されるほどの荘厳さを持った巚倧映画通が建蚭されおいた。その䞻芁な特城である異皮建築様匏の混淆や長々ず続く廊䞋、巚倧な䞭倮階段、電気装食や゚レベヌタヌなどの技術蚭備などは、圓時すでに癟貚店建築に導入されおいたものであった。癟貚店でのりィンドりショッピングず、映画を鑑賞する䜓隓の類䌌性は、倚くの論者によっお語られおきたこずであるが、映画通は商品の非物質化をさらに掚し進め、「もはや物質性ずは無瞁の玔然たる幻圱」を売り出す空間、もしくは「物質ではなく光を生産する新しい産業マヌケットの特暩的空間」p.93ずなった。

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    1910幎にロサンれルス・ブロヌドりェむ劇堎商業地区に建蚭されたパレス劇堎
    旧オルフェりム劇堎

    珟代的神殿ずしおの映画通では、「光速床効果によっお、新しい集団的蚘憶の圢態」p.93が創造されおいたずノィリリオは蚀う。映写機から攟たれる光は、スクリヌンに過去のむメヌゞや死者のむメヌゞを映し出し、「氞遠の珟圚」ずいう神話的な時間を再珟するこずで、芳客の時間感芚を混乱させ、恍惚的な気分を味わわせる。映画によっおもたらされる集団的蚘憶ずは、埓来の民衆文化における集団的蚘憶——同䞀の䜓隓を通じお共有される蚘憶——ではなく、芖芚的な錯芚や蚘憶の盞䌌・錯誀、時間的・空間的誀認ずいった幻想によっお圢成される蚘憶なのだ。

    1927幎に映画監督のアベル・ガンスは、「あらゆる神話䌝説、あらゆる宗教創蚭者、そしおあらゆる宗教そのものが、光ずなっお埩掻するこずを埅ち望んでいるのであり、叀代の英雄たちは映画ずいう扉の前で、映像ずなるこずを求めおうごめいおいる」p.100ず語ったずいう。こうした映画の時間退行的な偎面は、やはり幻想によっお成立する「囜家」の建蚭や戊争・埩興にも容易に結び぀き、利甚されるものであった。戊堎に赎く戊士たちは「偉倧なる兵士は死ぬこずはない、ただ぀かの間その姿を消すにすぎない」p.97、マッカヌサヌ元垥の蚀葉ず教え蟌たれ、死しおなお出䌚える英雄の姿を想像するこずによっお、珟実の死の恐怖から目を背け、感芚を麻痺させようずした。映画通は戊争のため工堎に駆り出された劎働者や戊争に城甚された兵士たちに倢や幻圱を届けるこずで、軍事囜家の聖堂ずなったのだ。

    だがこのこずず衚裏䞀䜓の事態ずしお、映画通は、囜を無くし故郷を远われた移民たちにずっお「恒久的で、氞遠の祖囜願望を満足」p.111させる圹割を果たしもした。映画通は共同墓地に代わる空掞の墓所ずなり、移民たちはそこで新たな土着性を確立するための儀匏を執り行うのである。

     
     
    映像䜜家鳥取倧孊地域孊郚で教員をしおいたす揺動颚景論映画ドキュメンタリヌ鳥取の地域映画史ず公共䞊映🊀蟹鎚🊆アむコンは品岡トトリさんに描いおいただきたした。

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