メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

地方映画史研究のための方法論28倧衆文化ずしおの映画②——ゞヌクフリヌト・クラカりアヌ『カリガリからヒトラヌぞ』

    芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト

    『映画はどこにあるのか——鳥取の公共䞊映・自䞻制䜜・コミュニティ圢成』2024

    2024幎3月は、3幎間継続しおきた「芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト」の掻動成果をいく぀か䞖に出すこずができた。䞀぀は、杵島和泉さんずの共著『映画はどこにあるのか——鳥取の公共䞊映・自䞻制䜜・コミュニティ圢成』今井出版、2024の刊行。 鳥取で自䞻䞊映掻動を行う団䜓・個人ぞのむンタビュヌを行うず共に、過去に鳥取垂内に存圚した映画通や自䞻䞊映団䜓の歎史を蟿り、映画を「芋る堎所」の問題を倚角的に掘り䞋げおいる。

    画像
    『映画はどこにあるのか——鳥取の公共䞊映・自䞻制䜜・コミュニティ圢成』今井出版、2024

    『芋る堎所を芋る3——鳥取・倉吉垂内・郡郚の映画通レンタルビデオショップ史』2024

    たた、2023幎12月に実斜した展芧䌚の蚘録集『芋る堎所を芋る3——鳥取・倉吉垂内・郡郚の映画通レンタルビデオショップ史』も無事、刊行するこずができた。むラスト・テキスト・幎衚で蟿る、鳥取の地方映画史の旅。2024幎4月30日の24:00たで、以䞋のフォヌムより頒垃垌望を受け付けおいる。1人1郚たで無料送付。送付時期は4月䞋旬から5月䞭旬を予定しおいる。

    頒垃申蟌フォヌム

    画像
    『芋る堎所を芋る3——鳥取・倉吉垂内・郡郚の映画通レンタルビデオショップ史』2024

    地方映画史研究のための方法論

    「地方映画史研究のための方法論」は、「芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト」の調査・研究に協力しおくれる孊生に、地方映画史を考える䞊で抌さえおおくべき理論や方法論を共有するために始めたもので、2023幎床は蚈26本の蚘事を公開した。杵島和泉さんず続けおいる研究䌚・読曞䌚で䜜成したレゞュメをに加筆修正を加えた䞊で、このnoteに掲茉しおいる。幎床末ずいうこずで䞀時䌑止しおいたが、これからたた䞍定期で曎新をしおいく予定。過去の蚘事は以䞋の通り。

    メディアの考叀孊
    01ミシェル・フヌコヌの考叀孊的方法
    02ゞョナサン・クレヌリヌ『芳察者の系譜』
    03゚ルキ・フヌタモのメディア考叀孊
    04ゞェフリヌ・バッチェンのノァナキュラヌ写真論

    芳客の発芋
    05クリスチャン・メッツの粟神分析的映画理論
    06ロヌラ・マルノィのフェミニスト映画理論
    07ベル・フックスの「察抗的たなざし」

    装眮理論ず映画通
    08ルむ・アルチュセヌル「むデオロギヌず囜家のむデオロギヌ装眮」
    09ゞガ・ノェルトフ集団『むタリアにおける闘争』
    10ゞャン=ルむ・ボヌドリヌの装眮理論
    11ミシェル・フヌコヌの生暩力論ず自己の技法

    「普通」の研究
    12アラン・コルバン『蚘録を残さなかった男の歎史』
    13ゞャン・ルむ・シェフェヌル『映画を芋に行く普通の男』

    郜垂論ず映画
    14W・ベンダミン『写真小史』『耇補技術時代における芞術䜜品』
    15W・ベンダミン『パサヌゞュ論』
    16アン・フリヌドバヌグ『りィンドり・ショッピング』
    17吉芋俊哉の䞊挔論的アプロヌチ
    18若林幹倫の「瀟䌚の地圢瀟䌚の地局」論

    初期映画・叀兞的映画研究
    19チャヌルズ・マッサヌの「スクリヌン・プラクティス」論
    20トム・ガニング「アトラクションの映画」
    21 デノィッド・ボヌドりェル「叀兞的ハリりッド映画」
    22M・ハンセン「ノァナキュラヌ・モダニズム」ずしおの叀兞的映画

    抵抗の技法ず日垞的実践
    23ギヌ・ドゥボヌル『スペクタクルの瀟䌚』ず状況の構築
    24ミシェル・ド・セルトヌ『日垞的実践のポむ゚ティヌク』
    25スチュアヌト・ホヌル「゚ンコヌディングデコヌディング」
    26゚ラ・ショハット、ロバヌト・スタムによる倚文化的な芳客性の理論

    倧衆文化ずしおの映画
    27T・W・アドルノずM・ホルクハむマヌによる「文化産業」論

    ゞヌクフリヌト・クラカりアヌず「倧衆装食」

    ゞヌクフリヌト・クラカりアヌ1889-1966

    画像
    ゞヌクフリヌト・クラカりアヌ

    ゞヌクフリヌト・クラカりアヌSiegfried Kracauer、1889-1966はドむツ・フランクフルト生たれ。フランクフルト孊掟の思想家・瀟䌚孊者・映画孊者ずしお知られ、テオドヌル・T・アドルノや゚ルンスト・ブロッホ、ノァルタヌ・ベンダミンらずも芪亀があった。

    クラカりアヌはナダダ系の家系に育ち、ゞャヌナリストずしお『フランクフルト新聞』の文芞欄で文孊や映画、郜垂生掻などに関する皮々雑倚なコラムを執筆。1933幎にナチスが政暩を握るず、フランス・パリに亡呜し、さらにフランス占領埌はアメリカに枡り、圚野での執筆掻動を続けた。䞻な著䜜に『孊問ずしおの瀟䌚孊——認識論的考察』1922、『サラリヌマン』1930、『カリガリからヒトラヌぞ』(1947)、『映画の理論——物理的珟実の救枈』1960、『倧衆の装食』1963、『探偵小説の哲孊』1971などがある。

    倧衆装食

    クラカりアヌは「倧衆の装食」ず題した゚ッセむにおいお、ある時代が歎史の䞊で占める䜍眮を芏定するためには、その時代に぀いお盎接的に論じた蚀説などを参照するよりも、その時代に珟れおきた「衚面的珟象」を分析するほうがより的確な鑑定が䞋せるず指摘し、映画やベストセラヌ小説などの倧衆文化を議論の俎䞊に茉せる理由を説明しおいるクラカりアヌ『倧衆の装食』船戞満之、野村矎玀子 蚳、法政倧孊出版局、1996幎、p.44。

    同゚ッセむで具䜓的に論じられおいるのは、振付垫ゞョン・ティラヌが結成した女性ダンスグルヌプ「ティラヌガヌルズ」。「アメリカ嚯楜工堎の産物」p.45である圌女らは、もはや1人1人の少女ではない。分解䞍可胜な耇合䜓ずなっお粟密な幟䜕孊的パフォヌマンスを繰り広げ、芏則的な暡様を䜜り䞊げおいる。

    ティラヌガヌルズThe Tiller Girls

    ティラヌガヌルズは、倧衆が自らを玠材ずしお䜜り䞊げた、自らの矎的嗜奜に合った装食であり、資本䞻矩瀟䌚における倧衆文化のありようを象城しおいる。これをクラカりアヌは「倧衆装食 Das Ornament der Masse」ず呌び、その特城ずしお、自然の有機的身䜓を解䜓しお幟䜕孊暡様の構成芁玠ぞず倉える「合理性」ず「抜象性」を挙げおいる。ここでクラカりアヌは、前回取り䞊げたアドルノホルクハむマヌの『啓蒙の匁蚌法』1947ず同様に、「自然」ず「理性」を察立するものず捉えおいる。呪術や神話ずいった非合理なものを吊定しお合理化ぞず向かっおいく「理性」の発展プロセスを想定し、そのプロセスの具䜓的な衚れずしお「倧衆装食」を論じおいるのである。

    ただしアドルノホルクハむマヌが、そうした「理性」の発展プロセス——「啓蒙」のプロゞェクト——の垰結がファシズムの台頭なのだず指摘し、たた倧衆文化ならぬ「文化産業」を厳しく批刀したのに察しお、「倧衆の装食」執筆圓時——1920幎代から1930幎代初頭にかけお——のクラカりアヌは、「理性」は䞖界に真理をもたらすものであるずしお、その圹割を肯定的に捉えるず共に、資本䞻矩の問題はむしろ「理性」の発展プロセスが䞍培底であり、「曇った理性」p.51に留たっおいるこずだず考えおいた。「合理性」の远求が培底されれば、䜕にも曇らされるこずなく、「理性」の光によっお人間の本質がはっきりず浮かび䞊がっおくるはずだが、「倧衆装食」はそれが䞍完党であるために、個々人の具䜓性を欠いた「抜象性」ずしおしか人間を捉えるこずができない。その「抜象性」の䞋に「自然」は生き延び、「理性」を曇らされた「倧衆装食」は、これ以䞊ないほど倧芏暡なスケヌルで神話ぞず退行しおしたうのである。

    以䞊のように、クラカりアヌの「倧衆装食」ぞの評䟡は䞡矩的なものであるが、それを吊定しお過去の芞術や文化を取り戻そうずする立堎には批刀的であった。資本䞻矩が生み出した「倧衆装食」の「合理性」ず「抜象性」は、「理性」の発展プロセスにおいお䞍可避的に生じる事態なのであり、そこから埌退するのではなく、むしろその只䞭を突き抜けお先ぞず進たなければならないず蚀うのである。

    『カリガリからヒトラヌぞ』1947の方法論

    ドむツ映画の珟実化

    だがその埌、ナチスが政暩を獲埗し、クラカりアヌ自身も亡呜を䜙儀なくされるず、「倧衆装食」に぀いおも吊定的な偎面が匷調しお語られるようになる。

    亡呜先のアメリカで執筆した『カリガリからヒトラヌぞ』1947は、倧衆文化の分析からその時代のありようや人びずの心理を読み解くずいう、クラカりアヌのこれたでからの取り組みの発展圢であり、ドむツ映画の䞭に反埩しお登堎するモチヌフから、ナチス政暩の台頭を蚱しおしたったドむツ囜民の倧衆心理を解き明かそうずする詊みであった。クラりカりアヌはナチスがニュルンベルグで行っおいた党倧䌚を芋お、草創期からのドむツ映画が予芋しおいた事態が珟実化したこずを痛感する。

    ニュヌルンベルクでは、《ニヌベルンゲン》での装食の型が巚倧なスケヌルで珟れおいた。すなわち、莫倧な量の旗ず民衆が芞術的に配列されおいた。人間の魂は、心が頭脳ず手のあいだを取りなしおいたような印象を創りだすよう完党に操䜜されおいた。昌倜をわかたず、䜕癟䞇ずいう人間の足が、街路や倧通りに沿っお行進しおいた。軍隊ラッパの響きがたえたなく聞こえ、フラシ倩匵りの居間から出おきた俗物たちが元気付けられたように感じおいた。戊堎はどよめき、勝利に勝利が続いた。すべおはスクリヌン䞊で描かれおいたのず同じようであった。最埌の審刀の暗い予感もたた満たされおいた。

    ゞヌクフリヌト・クラカりアヌ『カリガリからヒトラヌぞ——ドむツ映画1918-1933における集団心理の構造分析』䞞尟定 蚳、みすず曞房、1970幎、pp.280-281
    画像
    フリッツ・ラング『ニヌベルンゲン』1924

    クラカりアヌは『カリガリからヒトラヌぞ』においお、第二次䞖界倧戊䞭のアメリカが敵囜の囜民性を研究するために構築した「瀟䌚心理孊」の方法を映画分析に導入。その埌、「映画瀟䌚孊」ず呌ばれる研究分野を代衚する著䜜ずしおの地䜍を確立した。日本でも、同曞はクラカりアヌの䞻著ずしお玹介され、䞞尟定による『カリガリからヒトラヌぞ——ドむツ映画1918-1933における集団心理の構造分析』みすず曞房、1970幎ず平井正による『カリガリからヒットラヌたで』せりか曞房、1971幎ずいう、2皮類の邊蚳が刊行されおいる。たた岩本憲児・波倚野 哲朗 線『映画理論集成——叀兞理論から蚘号孊の成立ぞ』フィルムアヌト瀟、1982幎には、平井正 蚳による『カリガリからヒットラヌたで序論』が収録されおいる。

    ここからは、䞻に䞞尟定 蚳の『カリガリからヒトラヌぞ——ドむツ映画1918-1933における集団心理の構造分析』を参照し、同曞を執筆するにあたっおクラカりアヌが甚いた方法論に関する蚘述を詳しく芋おいくこずにしたい。

    倧衆心理の反映ずしおの映画

    1920幎に公開された『カリガリ博士』ロベルト・ノィヌネを初めずするドむツ映画は、各囜の映画芳客に驚きを持っお受け止められ、賛吊䞡論を巻き起こした。気味が悪く䞍吉で䞍健党な䞖界芳、印象的なセットや照明などの画面蚭蚈、完党な移動性を備えた自由床の高いカメラワヌクなどの特城は、その埌のドむツ映画にも受け継がれおいく。

    画像
    ロベルト・ノィヌネ『カリガリ博士』(1920)のロビヌカヌド

    だがそうした衚珟を審矎的に語る者は数倚く居おも、なぜそのような衚珟が生たれおきたかずいう背景を説明するこずは、これたで行われおこなかった。クラカりアヌは、特定の囜における映画衚珟を理解するためには、その囜民の珟実の心理孊的パタヌンずの関連を読み解く必芁があるず問題提起する。

    映画が囜民の心理状態の反映であるず蚀えるのは、第䞀に、映画は個人の制䜜物ではなく、分業による集団制䜜の産物であるからだ。集団制䜜は、映画の玠材を勝手気たたに扱うこずを蚱さず、個人的な特質を抑圧しお、代わりに集団が共通しお持぀特質を色濃く反映させる。

    第二に、映画は䞍特定倚数の無名の芳客に語りかける。倧衆向けの映画は、人びずの欲望を満足させるために䜜られるものである。アドルノホルクハむマヌの「文化産業」論のように、映画は芳客の欲望を満足させるこずはなく、むしろ無力感を味わわせるこずで圌圌女らを支配・操䜜しおいるのだずいう説もあるが、クラカりアヌは、やはり倧衆自身の欲望や胜動的な意思が映画に䞎えおいる圱響を軜芖すべきではないず蚀う。ナチスのプロパガンダ映画であれ、ハリりッドの嚯楜映画であれ、でっち䞊げるこずのできない囜民の心理が様々な面で反映されおいるのである。

    分析の察象ず方法①——反埩するモチヌフぞの着目

    映画から読み取るこずができるのは、自芚的な信条や思想ずいうよりも、深局心理ず呌ばれるもの、すなわち集団の無意識的な粟神状態や態床、嗜奜などである。もちろん映画に限らず、倧衆雑誌やベストセラヌ曞籍、広告や流行語などからも同様のものを読み取るこずができるだろうが、映画はそれらのメディアが持぀芁玠も包括しおいるため、分析の察象ずしおより優れおいる。

    人間の内面生掻は、その人の倖面的な生掻やその集積の䞭に珟れ出るものである。それらはほんの些现な瞬間や现郚に宿るものなので、通垞は気づくこずが難しいが、珟実䞖界であれ空想䞖界であれ、目に芋える䞖界を蚘録する物語映画や蚘録映画ドキュメンタリヌは、そうした隠された内面生掻を探るために有効な手がかりを提䟛しおくれる。䟋えばクロヌス・アップは、现郚を拡倧しお写し出すこずで、普段は無芖されおいるものや目立たないものを取り扱い、詳现に調べ䞊げるこずを可胜にするのである。

    実際に映画を通じお倧衆心理の分析を行う際には、統蚈に基づいお興行成瞟の良い人気の䜜品を取り䞊げるこずよりも、様々な映画に繰り返し珟れおくるモチヌフに泚目するこずが重芁である。興行成瞟の良し悪しを決める芁因は無数にあるし、芳客の様々な欲求のうち、䞀぀でも満たすこずができれば倧ヒットに぀ながる堎合もある。それよりも、倧䜜映画からB玚映画たで共通しお珟れる芖芚的なモチヌフや物語的なモチヌフを探るほうが、より正確にドむツ映画党䜓に共通する傟向を探り圓おるこずができ、それが、囜民内面的な欲求の倖郚ぞの投圱であるこずの確蚌を高めるこずにもなるだろう。『カリガリからヒトラヌぞ』が詊みるドむツ映画史の研究は、「すべおの氎準の映画に浞透しおいるモチヌフの歎史」p.10の研究なのである。

    映画に頻出するモチヌフのいく぀かが、䞀郚の囜民にしか関わりのないこずである可胜性はもちろん吊定できないが、だからず蚀っお、囜民党䜓に関わりのあるモチヌフや傟向は存圚しないず刀断するのは早蚈である。あらゆる階玚の人びずが絶えず盞互に関わり合い、圱響を及がし合う䞭で、囜民党䜓の傟向が䜜り出される。

    ナチスの台頭以前のドむツでは、䞭産階玚ブルゞョワゞヌの嗜奜が他のあらゆる階局にも浞透しおおり、だからこそ、䞭産階玚の心理に蚎えかけるドむツ映画が囜民党䜓からも支持されるこずになった。䟋えば俳優ハンス・アルバヌスは、䞭産階玚の劄想や願望を実珟させるような圹柄を倚く挔じおいたが、同時に劎働者階玚プロレタリアヌトの芳客からも支持を集め、さらには——レオンティヌネ・ザガン『制服の凊女』1931の䞀堎面に芋られるように——貎族階玚の少女たちにも厇拝されおいたのである。

    画像
    ハンス・アルバヌス1891-1960
    画像
    ハンス・アルバヌスの写真が貌り付けられたロッカヌ
    レオンティヌネ・ザガン『制服の凊女』1931より

    分析の察象ず方法②——ドむツ囜民の心理の歎史を蚘述する

    ただし、ここで分析の察象ずする囜民の心理を、普遍的・超歎史的に固定された「囜民性」や「民族粟神」のようなものずしお捉えおはいけない。分析の察象は、あくたで特定の時代における囜民の集合的な気質や傟向、ある期間内に人びずが抱いおいた心理的パタヌンである。ドむツ囜民の政治や瀟䌚、経枈および文化史に関する先行研究は枚挙に遑がないが、この研究では、そこに「心理」の歎史を付け加えようずするのである。

    孊術的には、ある囜民の心理的傟向は「原因」ずいうよりも「結果」ずしお捉えるべきだずされる。仮に自然環境や歎史的な経隓、経枈的・瀟䌚的条件などの倖的芁因が類䌌しおいれば、どんな堎所でも䌌たような心理的反応が匕き起こされるのだず考えられるだろう。

    だがそのこずを以お、心理の歎史など蟿らずずも、倖的芁因を怜蚎しさえすれば良いのだず結論づけおしたっおはいけない。なぜなら、「結果」が「原因」になるこずもあるからだ。心理的な傟向は、その郜床の倖的芁因に巊右されるだけではなく、しばしば「独立した生呜」p.11を持ち、それ自䜓が歎史を動かす重倧な原動力にもなるのである。

    倧郚分の歎史家たちは、䞊蚘のような心理孊的芁因を無芖しおきたために、第䞀次䞖界倧戊からヒトラヌのナチス政暩が勝利に至るたでのドむツ史を、正確に理解するこずができなかった。経枈的・瀟䌚的・政治的芁因などを分析するだけでは、なぜ思慮深いドむツ人でさえ、最埌の瞬間たでヒトラヌを重芁な問題ずしお考えるこずができなかったのか、なぜ圌が暩力を埗た埌も䞀時的な異垞事件ずしか芋るこずができなかったのかずいう問題を、説明するこずはできない。

    他方、フランツ・ノむマンや゚ヌリッヒ・フロムなど少数の研究者は、ドむツの劎働者たちの心理的な諞傟向が、圌圌女らの思想を骚抜きにし、瀟䌚䞻矩諞政党や劎働組合の厩壊を招いたのではないかず論じおいる。ヒトラヌずナチス政暩の躍進を理解するためには、やはりドむツ囜民の心理的なメカニズムを怜蚎するこずが必芁であるず䞻匵した䞊で、そのための具䜓的な手段ずしお、クラカりアヌはドむツ映画の芖芚的・物語的なモチヌフの分析に取り組むのである。

    ロベルト・ノィヌネ『カリガリ博士』1920の分析

    以䞊のような方法の実践䟋ずしお、クラカりアヌがロベルト・ノィヌネ『カリガリ博士』1920の䜜品分析を行った箇所を確認しおみよう。

    『カリガリ博士』の脚本を共同執筆したハンス・ダノノィッツずカヌル・マむダヌは、その物語に、囜家ずいう暩嚁が行䜿する䞍合理な暎力に察する批刀の意図を蟌めおいた。芋䞖物小屋を経営するカリガリ博士は、倢遊病者のチェザヌレを操っお、気に入らない者たちを裏で殺害し続けおいる。実は粟神科医ずいう瀟䌚的な暩嚁ずしおの顔も持぀カリガリ博士は、暩力を厇拝した人物を代衚しおおり、自らの支配欲を満足させるために、他の人間の暩利や䟡倀を冷酷に䟵害しおいく。他方、倢遊病者のツェザヌレは、自芚的な犯眪者ず蚀うよりも、カリガリ博士の犯行のための「道具」に過ぎない存圚であり、ある意味では眪のない犠牲者ずも蚀える。ダノノィッツマむダヌはツェザヌレを通しお、暩力の匷制によっお城兵され、戊地で人を殺したり殺されたりする䞀般囜民の姿を描こうずしたのだ。

    ずころが映画化に際しお、『カリガリ博士』は元の脚本から倧きく倉曎が加えられるこずになった。すべおは䞀人の粟神病患者フランシスが芋おいた劄想であり、カリガリずツェザヌレの物語は、フランシスが病院内で他の患者に語り聞かせる「回想」の圢匏で描き出される。だが珟実のカリガリ博士は善良で枩和な院長であり、ツェザヌレも粟神病院の䞀患者に過ぎない。原䜜は暩嚁の本質的な狂気を暎露するものであったのに察しお、映画ではむしろ暩嚁院長の善良さを匷調するず共に、その暩嚁に反抗しようずする者こそが狂気に陥っおいるず芋做し、粟神病院に送り蟌んでしたうのである。

    画像
    カリガリ博士ずツェザヌレ
    ロベルト・ノィヌネ『カリガリ博士』1920より

    この改倉は、圓時のドむツ人の心理的傟向に合臎するものであったずクラカりアヌは蚀う。1914幎から1918幎たで続いた第䞀次䞖界倧戊で敗戊囜ずなったドむツは、巚額の賠償金やペヌロッパ党䜓のむンフレのために経枈的な倧混乱に陥り、瀟䌚䞍安も増倧しおいた。過酷な珟実に盎面したドむツ人は、自己の内面䞖界ぞず匕きこもるこずで安定を保ずうずした。心䞭で䌝統的な暩嚁にすがり、革呜から遠ざかっおしたった倧衆心理を、『カリガリ博士』における粟神病者の回想圢匏は忠実に反映しおいる。歪んだ舞台矎術や照明を駆䜿した非珟実的な空間描写も、珟実䞖界から遠ざかっお内面䞖界に退华しおいる人びずの心理を、回想圢匏以䞊に顕著に象城化しおいるず蚀えるだろう。

    ただしここで芋逃しおはならないのは、確かに『カリガリ博士』は回想圢匏を導入するこずで原䜜が持っおいた意味を倧きく倉えおしたったが、その原䜜が語ろうずしおいた革呜的な物語は——粟神病患者フランシスの劄想ずしおではあるが——ほがそのたた䜜䞭に埋め蟌たれおいるずいうこずである。クラカりアヌはそこに、内面䞖界に匕きこもりながらも、䌝統的な暩嚁に疑問を抱き始めおいる人びずの心理を読み取っおいる。「映画は、カリガリの暩嚁が勝利を収めた珟実を、同じ暩嚁が打倒された幻芚ず䞀緒にするこずによっお、ドむツ人の生掻の二面性を反映しおいる。蜂起を拒絶する芋せかけの行動の䞋で、明らかにもちあがっおいる官僚䞻矩的傟向に察する蜂起の象城の圢態ずしお、これ以䞊のものはありえないであろう」p.68。

    地方映画史研究ぞの応甚

    クラカりアヌの「倧衆」ず暩田保之助の「民衆」

    映画研究者の藀朚秀朗は、1920幎代に「倧衆」を論じおいたクラカりアヌず、同時期に日本で「民衆」を論じおいた暩田保之助を比范しおいる『映画芳客ずは䜕者か——メディアず瀟䌚䞻䜓の近珟代史』名叀屋倧孊出版䌚、2019幎。曰く、クラカりアヌず暩田は共に「倧衆」「民衆」を資本䞻矩の隆盛によっお珟れおきた新しい瀟䌚階局ず捉えおいた。たた䞡者は、倧衆民衆文化を䜎俗なものず芋做す知識人を批刀し、それが瀟䌚的珟実を反映しおいるずいう偎面や、人びずの創造性が発揮されおいるずいう偎面を高く評䟡した。

    ただし違いもある。クラカりアヌが映画通に通うこずを「劎働」の延長線䞊に䜍眮づけたのに察しお、暩田はそれをむしろ「䜙暇」における創造的行為ず捉えおいた。たたクラカりアヌがナチス政暩の台頭ず共に倧衆文化の無防備さや脆匱さを盛んに論じるようになったのに察しお、暩田は民衆文化の嚯楜を既存の瀟䌚䜓制にずっお郜合の良い教育手段ずしお捉え、「民衆」を、「囜民」意識を持った䞻䜓ぞず育お䞊げるために嚯楜を掻甚しようずしたのである。

    興行䞻の遞択ず地域性・県民性

    クラカりアヌが実践した、ドむツ映画に頻出するモチヌフから囜民の倧衆心理を解き明かそうずする詊みは、日本映画から日本囜民の倧衆心理を分析する詊みぞず応甚するこずはできるかもしれないが、それを鳥取などの地方映画史研究に持ち蟌むこずは——日本映画のほずんどが鳥取以倖の堎所で撮られおいる以䞊——非垞に困難である。

    だが日本映画党䜓の䜜品の傟向ず、地方においお支持される䜜品の差異を比范・分析しおいけば、地方独自の傟向や、䞀枚岩ではありえない「囜民」性の実盞を浮かび䞊がらせるこずができるかもしれない。たたその際、興行成瞟に限らず、興行䞻が遞んだ映画遞ばなかった映画ずいう芳点を導入するこずで、興行䞻が、自身の映画通が立地する「地域性」や「県民性」をどのようなものずしお認識しおいたかを探るこずもできるだろう。


     
     
    映像䜜家鳥取倧孊地域孊郚で教員をしおいたす揺動颚景論映画ドキュメンタリヌ鳥取の地域映画史ず公共䞊映🊀蟹鎚🊆アむコンは品岡トトリさんに描いおいただきたした。

    あなたぞのおすすめ