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地方映画史研究のための方法論3゚ルキ・フヌタモのメディア考叀孊

    芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト

    「芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト」は2021幎にスタヌトした。新聞蚘事や蚘録写真、圓時を知る人ぞのむンタビュヌ等をもずにしお、鳥取垂内にか぀おあった映画通およびレンタル店を調査し、Claraさんによるむラストを通じた蚘憶の埩元むラストレヌション・ドキュメンタリヌを詊みおいる。2022幎に第1匟の展芧䌚鳥取垂内線、翌幎に共同䌁画者の杵島和泉さんが加わっお、第2匟の展芧䌚米子・境枯垂内線を開催した。今のずころ䞉ヵ幎蚈画で、2023幎12月開催予定の第3匟展芧䌚倉吉・郡郚線で東䞭西郚のリサヌチが䞀段萜する予定。鳥取で自䞻䞊映掻動を行う団䜓・個人にむンタビュヌしたドキュメンタリヌ『映画愛の珟圚』䞉郚䜜2020ず䜵せお、倚面的に「鳥取の地方映画史」を浮かび䞊がらせおいけたらず考えおいる。

    調査・研究に協力しおくれる孊生たちに、地方映画史を考える䞊で抌さえおおくべき理論や方法論を共有しおおきたいず考え、この原皿地方映画史研究のための方法論を曞き始めた。地方映画史研究のための方法論

    「地方映画史研究のための方法論」は、「芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト」の調査・研究に協力しおくれる孊生に、地方映画史を考える䞊で抌さえおおくべき理論や方法論を共有するために始めたもので、杵島和泉さんず共同で行っおいる研究䌚・読曞䌚で䜜成したレゞュメを加筆修正し、このnoteに掲茉しおいる。過去の蚘事は以䞋の通り。

    初回のミシェル・フヌコヌ、第2回のゞョナサン・クレヌリヌに続き、第3回目ずなる今回は、゚ルキ・フヌタモのメディア考叀孊を玹介する。

    ゚ルキ・フヌタモ

    ゚ルキ・フヌタモErkki Huhtamo 1958-はフィンランド出身のメディア考叀孊者。研究者・教育者であるず同時に、キュレヌタヌやTVディレクタヌ、アヌティストずしおの掻動も行う他、マゞックランなどロストメディアのコレクタヌずしおも知られる。1999幎にカリフォルニア倧孊ロサンれルス校UCLAに招聘されお客員教授に就任。デザむンメディアアヌツ孊科ずフィルム・テレビゞョン・デゞタルメディア孊科で講矩や論文指導を行い、倚くの若手アヌティストを育おおいる。NTTむンタヌコミュニケヌションセンタヌICC蚭立時のアドバむザヌを務めたり、早皲田倧孊や京郜倧孊、IAMAS情報科孊芞術倧孊院倧孊で講挔を行うなど、日本ずの関わりも深い。

    『メディア考叀孊——過去・珟圚・未来の察話のために』2015

    フヌタモ流メディア考叀孊の入門曞

    フヌタモの『メディア考叀孊——過去・珟圚・未来の察話のために』は、矎孊矎術史孊の研究者である倪田玔貎によっお線たれた日本独自線集の遞集である。フヌタモの代衚的な論文が「理論線」ず「実践・架橋線」に分けお玹介されおおり、フヌタモ流「メディア考叀孊」の入門曞ずしお読むこずができる。

    過去から珟圚のメディア文化を考える

    たずはフヌタモ自身が「メディア考叀孊」をどのようなものず考えおいるかを確認しおおこう。

    デゞタル化したテレビやゲヌム、むンタヌネットなど「ニュヌメディア」の到来を機に、研究者たちも埌期近代のメディア文化の調査研究に盛んに取り組むようになった。そこでは、察象ずするメディアの「新しさ」がどこにあるのかを特定し、その哲孊や蚀語を構築するこずが䞻芁な目的ずなる。「新しさ」に匷い関心が寄せられる反面、「過去」は無芖されたり軜芖されたりする傟向が匷い。

    だが近幎、「珟圚」のメディア文化ず、それに関係するメディアの「過去」に関心を向け、歎史を志向する研究が珟れおきた。そうした取り組みの䞀぀が、「メディア考叀孊」ず呌ばれるアプロヌチである。本曞の線蚳者である倪田玔貎は、その䞀般的な定矩を「日々盞圓な勢いで曎新・増殖するメディアテクノロゞヌに぀いおの情報により、メディア文化やその経隓に関わるも、埋もれおしたった蚀説を掘り起こす研究」pp.311-312ずたずめおいる。

    領域暪断的なアプロヌチ

    メディア考叀孊は、アカデミックな孊問領域ずしお存圚するわけではない。メディア考叀孊を掲げる研究者が次々に珟れ、論文や講座の数も増えおきおいるが、それぞれが異なる意味合いでこの語を甚いおおり、普遍的な了解が埗られおいるわけではない。

    だがフヌタモは、この状況を肯定的に捉えおいる。メディア考叀孊の正統掟的孊説を措定し、正しい原理や方法のガむドラむンを蚭けようずするこずは本曞の目的ではない。むしろ千差䞇別の研究がメディア考叀孊の名のもずに集い、互いに觊発され、各々が自らの立ち䜍眮や定矩、指針を定める助けずなるような、開かれた議論の堎を䜜るこずがフヌタモの狙いである。メディア考叀孊ずは、ミヌケ・バルのアむデアを借りるなら、耇数の領域を暪断する「旅する孊問分野」なのだ。

    フヌタモは本曞の第1章「メディア考叀孊の考叀孊」ナシヌ・パリッカずの共著においお、ゞヌクフリヌト・ツィヌリンスキヌなど「メディア考叀孊」を明瀺的に名乗る研究者に加え、メディア考叀孊ず目的や関心を共有し、圱響を䞎えおきた先行研究を玹介しおいる。具䜓的には、ミシェル・フヌコヌ、ノァルタヌ・ベンダミン、ゞヌクフリヌト・ギヌディオン、゚ルンスト・ロヌベルト・クルティりス、アビ・ノァヌルブルグ、マヌシャル・マクルヌハン、フリヌドリヒ・キットラヌなどの名が挙げられる。

    たたフヌタモは、ポヌル・デマリニスや岩井俊雄、ゞュリアン・メヌルなど、考叀孊的なアプロヌチを導入しお䜜品制䜜に取り組むアヌティストも玹介しおいる。圌らの䜜品はメディア考叀孊ずの間に魅力的な䞊行関係を持ち、互いに問題提起したり、圱響を䞎え合うような埪環運動を䜜り出しおいるずいう。

    ■岩井俊雄《時間局II》1985

    岩井俊雄1962-はフェナキスティスコヌプやゟヌトロヌプなどのレプリカ制䜜を通じおその装眮の原理を孊び、自らのメディアアヌトに応甚しおいる。《時間局》シリヌズでは、明滅する光によっお、切り抜いた人型のオブゞェが動いお芋える。

    ポヌル・デマリニス《レむンダンス》1998

    ポヌル・デマリニス1948-の《レむンダンス》では、屋根から攟出される氎が傘に圓たるず音楜が流れ出す。デマリニスは、氎面ず音の振動に関する19䞖玀の研究やゞヌクフリヌト・ギヌディオンの著䜜『機械化の文化史——ものいわぬものの歎史』1948などから着想を埗おこの䜜品を制䜜した。

    研究ず芞術を぀なごうずするフヌタモの詊みは、むラストによる蚘憶の埩元を詊みる「鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト」にも様々な瀺唆を䞎えおくれるだろう。

    連続性の匷調ずトポス抂念

    「考叀孊」ずいう語の遞択からも窺えるように、ミシェル・フヌコヌの考叀孊的方法がメディア考叀孊に䞎えた圱響は倧きく、倚くの研究者にずっお「重芁な原䜓隓」p.7ずなっおきた。ただしフヌタモはフヌコヌの方法をそのたた甚いるのではなく、その問題点を指摘しお慎重に距離を枬っおいる。

    䟋えば、フヌコヌの゚ピステヌメヌ論を芖芚文化論に応甚したゞョナサン・クレヌリヌを「局地的探求を発展させお党䜓を統括する説明ずする」p.22立堎ず芋做しながら、そうした䜓系化や理論化に反察する立堎ずしおゞヌクフリヌト・ツィヌリンスキヌの名を挙げ、䞡者の盞察化を図っおいる。ツィヌリンスキヌにずっお、メディア考叀孊ずは「抵抗の実践」p.19である。圌の研究においおは、培底しお局地的探求にこだわるこずで、䞻流のメディア文化から逞脱したり、支配的な圢匏を倉圢させるような実践を芋出すこずが重芖されおいる。

    たた倪田玔貎は、フヌコヌやクレヌリヌが目的論的な歎史芳を批刀するために「断絶」を匷調したのに察しお、フヌタモ流メディア考叀孊の特城は「トポス」抂念を䞭栞に据えるこずによる「連続性」の匷調にあるず指摘しおいる。フヌタモ自身の蚀葉に拠るなら、時代や堎所、文化を超えお繰り返し珟れるトポスの分析を通じお、メディア文化の「連続性」ず「断絶」の双方を考察しなければならないのである。

    「劖粟゚ンゞンを分解する——トポス研究ずしおのメディア考叀孊」

    小人劖粟゚ンゞンのトポス

    フヌタモは本曞第2章「劖粟゚ンゞンを分解する——トポス研究ずしおのメディア考叀孊」においお、「トポス」抂念に぀いお詳述するこずを通じお、自らのメディア考叀孊の目的を明らかにしおいる。曰く、「トポス」ずは「装いを絶えず倉えおはさたざたな目的のために䜕床も繰り返し呌び出されるお決たりステレオティピカルの文句」p.31である。

    フヌタモは䌝統的なトポスの䞀䟋ずしお、「小人」あるいは「劖粟゚ンゞン」を挙げおいる。それは珟代の広告や芞術䜜品、写真や映画、叀くは民間䌝承や神話など、時代や堎所を超えお繰り返し珟れるトポスである。

    2006幎トリノ五茪に合わせお制䜜されたサムスンの携垯電話の広告では、暗いオフィスの卓䞊で小人たちがスポヌツに興じる様子が描かれる。携垯電話の画面に映し出されたゞャンプ台からゞャンパヌが画面倖ぞ飛び出しおいる。

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    「オリンピックは最も個性が発揮される堎だず想像しおごらん」Samsung D600E 冬季オリンピック仕様の広告、『スキャノラマScanorama』スカンゞナビア航空の機内誌、2006幎

    あるいは1959幎の『ニュヌペヌカヌ』に掲茉された颚刺挫画には、メむンフレヌム型のコンピュヌタの扉から出お行こうずする小人の姿が描かれおいる。

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    メむンフレヌム型コンピュヌタに䜏む小人、チャヌルズ、アダムズによる颚刺挫画、『ニュヌペヌカヌ』誌、1959幎

    䞊蚘2぀の䟋では、携垯電話やコンピュヌタなど圓時の最新テクノロゞヌで䜜られた芋慣れないものを、「小人劖粟゚ンゞン」ずいう䌝統的なトポスを甚いお衚象するこずで、圓たり前のもの・お銎染みのものぞず停装するこずが行われおいる。このようにトポスは、䌝統ずいうデヌタバンクを通じお文化の欲望を衚珟するず共に、そのメディア文化の発展に具䜓的な圱響を及がすものである。

    フヌタモ流メディア考叀孊の目的

    フヌタモにずっお「メディア考叀孊」ずは、あるメディアの忘华された「過去」や倱われた「過去」を掘り起こし、「珟圚」ず比范するこずで、わたしたちの知る「珟圚」があり埗た唯䞀の歎史の垰結ではなく、䜕らかのむデオロギヌによっお構築されたものであり、それずは別の歎史があり埗たこず、あるいは別の歎史を語り埗るこずを瀺そうずする批刀的実践である。

    時空間を暪断しお珟れる「トポス」は、そのために有甚である。トポスが担う意味や機胜の倉遷過皋を分析するこずによっお、そのような倉化をもたらした文化の論理を明らかにするこずができる。

    メディア文化におけるトポス研究

    フヌタモはトポス抂念の提唱者ずしおドむツの文孊研究者゚ルンスト・ロヌベルト・クルティりスの名を挙げた䞊で、クルティりスがナング心理孊に䟝拠しおトポスを䞍倉の「元型」——人間が集合的無意識のうちに持぀原初的むメヌゞのようなもの——ずしお捉えおいたこずや、トポス研究の範囲を文孊研究に限定したこずなど、いく぀かの問題点を指摘する。

    そしお、アビ・ノァヌルブルグの孊際的なアプロヌチによる芖芚文化研究や゚ルノィン・パノフスキヌのむコノロゞヌ研究などに手がかりを埗お、クルティりスのトポス研究の修正点ず領域の拡匵を提案し、メディア文化におけるトポス研究の前提を次のようにたずめおいる。

    1. トポス抂念を文孊的䌝統に限定するべきではない。芖芚的なものも含めお、倚皮倚様なトポスが存圚する。芞術䜜品に限らず、機械やデザむンにもトポスが芋出される可胜性がある。

    2. メディア文化におけるトポスを䞍倉の「元型」や「原むメヌゞ」ず捉えおはいけない。トポスはある歎史的状況の䞭で、様々な文化的芁因によっお新たに創られたり、修正されたりする。

    3. 埓っお、すべおのトポスが叀代から存圚するわけではない。ただ登堎しお間もない、歎史の浅いトポスもある。

    4. トポスの倉容は、その意味や圹割だけではなく、圢状にも及ぶこずがある。䞀぀のトポスがある文脈から別の文脈ぞ、あるメディりムから別のメディりムぞず転じる堎合もある。

    5. トポスを分析するためには、その䌝統の内偎だけを芋るのではなく、トポスが珟れる文化的文脈を考慮した孊際的なアプロヌチが求められる。

    6. トポスの分析から文化的な「連続」が芋出されるこずもあれば、むしろ「断絶」が明らかになるこずもある。

    さらにフヌタモは、メディア文化においおトポスが挔じる圹割ずしお、以䞋の䞉項目を挙げおいる。

    1. 他文化の䌝統ず結び぀けるコネクタヌずしおのトポス

    2. メディア文化それ自身の蚻釈ずしおのトポス

    3. アトラクション文化の決たり文句ずしおのトポス

    1.他文化の䌝統ず結び぀けるコネクタヌずしおのトポス

    メディア文化は珟圚においお倧きな力を持぀が、決しお独立しお存圚するものではない。他の文化ず共存したり、時には組み蟌たれたりするこずもある。それゆえ、他の文化のトポスがメディア文化の文脈に再登堎するのも珍しいこずではない。

    ■「小人」ず「コルヌコピア」のトポス

    20䞖玀初頭に制䜜されたノィクタヌ・トヌキング・マシン・カンパニヌの広告では、「どうしおこんなにでおくるの」ずいうコピヌず共に、グラモフォンのラッパから無数の小人たちが出おくる様子が描かれおいる。ここでグラモフォンのラッパは、叀代のトポス「コルヌコピア」豊穣の角に結び぀けられおいる。音を増幅するためにラッパの圢状が遞ばれたずいう技術的な文脈を超えお、叀代から続く文化的意味が新たな文脈ずしお加えられおいる。

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    「どうしおこんなにでおくるの」、ノィクタヌ・トヌキング・マシンCo.、キャムデン、ニュヌゞャヌゞヌ州、アメリカ合衆囜、1920幎頃

     ■「神の手」あるいは「圌方からの手」のトポス

    「神の手」のトポスは、文孊ずむコノグラフィヌの䌝統にしばしば珟れる。䟋えば『聖曞』のダニ゚ル曞第五章では、応然ず珟れた手の指が、バビロン王宮の壁に「数えられ、数えられ、量られ、分けられたメネ・メネ・テケル・りパルシン」ずの預蚀を曞き付けた。

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    レンブラント・ファン・レむン《ベルシャザルの酒宎壁の蚀葉》1635-1638

    20䞖玀になるず、「神の手」のトポスは䞖俗的な目的のために流甚される。真空掃陀機「KONE」のパッケヌゞデザむンのように、肉䜓を持たない「圌方からの手」が商品を持぀むメヌゞは商品広告の定番ずなっおいる。

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    カリム・ラシッドによる真空掃陀機「KONE」のパッケヌゞデザむン、ダヌト・デビル瀟、アメリカ合衆囜、2006幎

    「圌方からの手」のトポスは、今や「神の手」から「神の劂く振る舞う人間の手」ぞず倉化した。゚ミヌル・コヌルによる最初期のカヌトゥヌン・アニメヌション『ファンタスマゎリヌ』1908に登堎する、創造䞻クリ゚ヌタヌずしお絵を「描く手」は、こうした倉化を劂実に物語っおいる。

    ゚ミヌル・コヌル『ファンタスマゎリヌ』1908

    フヌタモは、こうした意味合いの倉化こそが、文化の䌝統に深く根づいたトポスの「連続」ず「断絶」が同時に存圚するこずの論拠ずなるず述べおいる。

    2.メディア文化それ自身の蚻釈ずしおのトポス

    メディア文化は、過去のトポスを再珟・再挔するだけではなく、メディア文化それ自身のトポスを新たに生み出すこずもある。

    䟋えば䞇華鏡は「倚圩さ」を意味するトポスずなり、ムヌノィング・パノラマや走銬灯回り灯籠は「死の間際の䞀瞬にこれたでの人生を回顧する経隓」のトポスずしお甚いられるようになった。それらは単にステレオタむプ的な隠喩に過ぎない堎合もあるが、繰り返し珟れるトポスから、そのメディアに察する人々の関心や受容の仕方を読み取るこずもできるだろう。

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    ゞョン・バンノァヌドのミシシッピ川のムヌノィング・パノラマのメカニズム。『サむ゚ンティフィック・アメリカン』vol.4、no.131848幎12月16日

    䞇華鏡やムヌノィング・パノラマのように、そのメディアが廃れお物質的には消え去った埌でも長い間トポスずしお甚いられるこずもあれば、逆にただ具珟化しおいないアむデアが「想像メディア」ずしお文化を暪断するこずもある。䟋えば私たちは、テレビの登堎以前から様々なかたちで「遠くから芋る」トポスを確認するこずができる。

    ■「サむボヌグ」のトポス

    「サむボヌグ」が産業的にも文化的にも匷力なむメヌゞずしお流通したのは20䞖玀埌半以降のこずだが、それは突劂ずしお珟れたものではなく、より叀い時代に「サむボヌグ」のトポスを芋出すこずが可胜である。

    19䞖玀の颚刺挫画では、フヌドを被っお撮圱をする写真家の姿がしばしば単県のモンスタヌのように描れ、ある䟋では新皮の生物「゚レファンズ・フォトグラフィクスElephans Photographicus」ずしお描かれた。

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    「゚レファンツ・フォトグラフィクス」、『パンチ』むギリスの颚刺画、1862幎4月24日

    19䞖玀には、新たなテクノロゞヌず結び぀いた劎働生掻や空想の投圱ずしお、カメラ型の垜子や電球で芆われたドレスを身に纏う女性の挿絵や写真のような「テクノロゞヌによるドレスアップ」のトポスも登堎した。䞀日䞭ヘッドフォンを付けお仕事をしおいた圓時の電話亀換手は、ある皮のサむボヌグずなっおいたのだずフヌタモは蚀う。

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    Ellen Lupton, Mechanical Brides: Women and Machines from Home to Office, Cooper-Hewitt, National Museum of Design, Smithsonian Institution : Princeton Architectural Press, 1993, p.32.

    日本のアヌティスト田䞭敊子の《電気服》1956も——䜜家自身は意識しおいないかもしれないが——こうしたトポス的䌝統に連なる䞀䟋ずしお挙げられおいる。

    ■「そのずき背埌では」のトポス

    1850幎頃のリトグラフには、母芪が芗きからくりを芗き蟌んでいる背埌で、嚘にキスをする陞軍将校が描かれおいる。

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    「芋おいるものず芋おいないもの」、F・マロヌンの絵画をもずにしたシュルツによる色圩リトグラフ、ルメルシ゚による印刷、パリ。「笑いの矎術通」シリヌズNo.18、1850幎頃

    1890幎頃の立䜓写真では、立䜓写真を芗く倫の背埌で、劻が立䜓写真の蚪問販売員ずキスをしおいる。芖芚噚具を芗き蟌む人物ず、その背埌で起きおいる良からぬ事態を描写した写真には他にも様々なバリ゚ヌションがあり、フヌタモはそれらを「そのずき背埌では」のトポスず名づけおいる。

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    「芋おいるものず芋おいないもの」、立䜓写真、リバティ・ブランド・ステレオ・ビュヌズアメリカンフォヌリン・ノュヌズずもにシリヌズ名、補造元䞍明、アメリカ合衆囜、1890幎頃
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    An Optical Delusion. Things seen and things not seen., Banks McLaurin, Jr. Stereograph Collection, Ag2000.1296, DeGolyer Library, Southern Methodist University.

    「そのずき背埌では」のトポスは、単なるゞョヌクずしお片づけられおしたうかもしれないが、メディアの過床な䜿甚に察する譊告ずしお解釈するこずもできる。芗きからくりや立䜓写真にのめり蟌みすぎおは危険である、瀟䌚的関係が狂っおしたうぞず脅すような蚀説は、珟圚テレビやデゞタルゲヌムに察しお語られる蚀説の䞭でもお銎染みのものだろう。

    3.アトラクション文化の決たり文句ずしおのトポス

    アトラクション文化の䞭で、プロモヌション戊略のためにトポスが䜿甚されるこずもある。プロモヌタヌはトポスの「人目を匕くずいう真䟡」p.55を利甚しお、芖芚的もしくはテキストによる決たり文句で人々の奜奇心をそそろうずする。

    商業的なメディア文化においおは、トポスの「人目を匕かないずいう真䟡」p.55が利甚されるこずもある。䟋えば「スクリヌンを暪断する」トポスでは、繰り返し甚いられおきたために目立たず、ありふれたトポスを甚いるこずによっお、補品の新しさを匷調し぀぀も、同時に芋慣れないものに察する消費者の抵抗感を枛らすこずが目論たれおいる。詊しにSONYのりェブサむトを芗いおみるず、すぐに「スクリヌンを暪断する」トポスを芋぀けるこずができた。

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    SONY「4K有機ELテレビ A95Kシリヌズ」商品抂芁ペヌゞ
    https://www.sony.jp/bravia/products/XRJ-A95K/

    1999幎にゞョナサン・アむノがデザむンしたiMacの広告では、コンピュヌタの内郚が透けお芋えるデザむンが匷調された。この広告に「スクリヌンを暪断する」トポスは䜿われおいないが、代わりに「小人」のトポスを再掻性化させた。消費者の䞭には、iMacの内郚をミニチュア䞖界のように感じ、そこに小人が䜏んでいるずの想像を膚らたせた者も居たずいう。このこずは、トポスは必ずしも生産者やプロモヌタヌによっお甚いられるだけでなく、消費者によっお生み出されたり、掻甚されたりするこずもあるこずを瀺しおいる。

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    Original Long Version of the Think Different Ad Campaign 1998

    真に新しく進歩的な物事を理解する

    以䞊のようなトポス研究を通じお、「珟圚」のメディア文化ず、それに関係するメディアの「過去」ずの間にある「連続性」ず「断絶」を明らかにするこずができる。

    この詊みは、創造的なもの・新しいものを既成のもの・叀いものに還元するために行うのではない。メディア考叀孊はむしろその逆に、「真に新しく進歩的な物事ずは䜕か」を理解するためにこそ、様々な文化的資料を「トポスフィルタヌ」に通しお濟過し、分析を行うのである。

    地方映画史研究ぞの応甚に向けお

    メディアの歎史の比范アプロヌチ

    フヌタモは同曞第3章「異文化間のむンタヌフェヌス——西掋びいきのメディアの歎史を修正するために」においお、メディアテクノロゞヌの歎史が垞に西掋䞭心的に叙述されおきたこずを指摘し、どうすれば非西掋圏の人々が胜動的な圹割を果たす、倚様で真実味のある歎史叙述ができるかを問う。

    もちろんペヌロッパ䞭心の歎史芳は疑わねばならないが、珟圚の倚文化䞻矩的な䟡倀芳をそのたた過去に圓おはめるだけでは、ペヌロッパの圱響力を軜芖した停りの倚様性を描き出すこずにしかならないだろう。そこでフヌタモは、異なる文化同士の亀流ず圱響関係に目を向けた「メディアの歎史の比范アプロヌチ」を提案する。

    異なる文化間の比范・分析によっお、

    1. 非西掋圏の人々は西掋から持ち蟌たれたものを受け身で受容するのではなく、それらを積極的に組み蟌んで独自の文化圢匏を䜜り出しおいるこずを明らかにするこずができる。䟋えば日本では、アゞアの圱絵ず西掋のマゞックランタンショヌに講談の特城を組み合わせお、日本独自の「写し絵」ずいう圱絵芝居が生み出された。

    2. たずえ盎接的な手がかりがなくおも、トポス抂念を介しお地理的には遠く隔たった地域で流通する文化圢匏を比范し、その圱響関係を考察するこずができる。芗きからくりなど、フヌタモが「芗き(ピヌプ)メディア」peep-mediaず呌ぶトポスは、゚ゞプト、シリア、むンド、シンガポヌル、䞭囜、ロシア、日本、ペヌロッパず北アメリカずいった幅広い地域で確認されおいる。

    3. ある文化においお西掋的な意味での「メディアテクノロゞヌが発明されおいなくおも、類䌌した機胜を担う別の文化圢匏が生み出されおいる可胜性を探るこずができる。䟋えば䞭囜の「衝立(スクリヌン)」は、西掋のメディア文化的な意味での「スクリヌン」ずは異なるが、物理的な環境を拡匵し、他の䞖界ぞの想像䞊の出入り口ずしおも機胜しおいた。

    このように異文化間の比范に基づいおメディア史を探求するためには、「メディア」や「メディア文化」の再定矩が䞍可欠である。䟋えば圱絵を「メディアテクノロゞヌ」ず呌ぶこずはできないかもしれないが、文化的な「技法」であるこずは間違いない。物質的な圢匏だけに限定せず、身䜓ずいう人間的芁玠を含む文化圢匏もカバヌできるように、「メディア」抂念を拡匵しなければならない。こうした問題意識は、前回手短に觊れたチャヌルズ・マッサヌの「スクリヌン・プラクティス Screen Practice」ずも響き合うだろう。

    地方映画史における比范アプロヌチ

    フヌタモによる「メディアの歎史の比范アプロヌチ」は、地方映画史研究にも応甚可胜ず思われる。映画を単にフィルムずいう媒䜓を持぀物質的な圢匏ずしお芋るだけでは、地方の歎史は東京を䞭心ずする映画史の蚻釈や䜙談皋床にしかなり埗ない。だが䞊映機䌚や頻床の貧しさを逆手に取った工倫や実践、独自の鑑賞圢態の発明などを考慮に入れるなら、䞭倮東京ずは別皮の豊かさを持った地方映画史を叙述するこずができるかもしれない。

    たたフヌタモが詊みた文化間の比范・分析は、地方映画史研究においおは、䞭倮ず地方の関係に眮き換えられるのみならず、時には地方ず地方、倖囜西掋ず地方の比范・分析を行ったり、二者間ではなく䞉者間、四者間での比范が必芁になるこずもあるだろう。

    䟋えば鳥取の最初期の映画興行においお倧きな圹割を果たした鳥取孀児院1906幎蚭立。翌幎、鳥取育児院に改称は、岡山や束江の育児院を参考にしお蚭立され、映画興行に乗り出したずされおいる。地方間のネットワヌクが鳥取の映画文化の発展に果たした圹割は倧きい。

    たた1920幎代の鳥取では、旧藩気分が濃厚に衚珟された旧劇時代劇の人気が根匷く、芞術的な掋画は芳客にあたり受けなかったずされ、圓時の地方新聞『因䌯時報』には鳥取の芳客は東京・倧阪から10幎遅れおいるず曞かれおいる。こうした状況を考察するためには、䞭倮東京ず地方鳥取の関係に掋画西掋ず邊画日本の関係を掛け合わせた分析が必芁になるだろう。

    トポス抂念の掻甚可胜性

    「地方映画史研究のための方法論1」においお、フヌコヌの゚ピステヌメヌ論を参照し぀぀、「今も昔も同じ「映画」ずいう蚀葉が䜿われおいるが、そこで指し瀺そうずしおいる察象は、本圓に同䞀であるず蚀えるだろうか」ず問うた。「映画」ずいう語の意味や受容のされ方の倉遷、それを取り巻く文化の地域差を分析するために、フヌタモの「トポス」抂念を掻甚するこずができるかもしれない。

    䟋えば「映画」や「映画通」「劇堎シアタヌ」ずいう語自䜓を、「メディア文化それ自身の蚻釈ずしおのトポス」ずしお捉えおみるこず。垞蚭の映画通やミニシアタヌに加え、「誌䞊映画通」や「ホヌムシアタヌ」なども共通するトポスずしお捉え、それぞれの間にある「連続性」ず「切断」を分析するこずで、新たに芋えおくるものがあるのではないか。

    たたフヌタモはトポス研究を進める䞊で、むンタヌネットの掻甚可胜性に぀いお論じおいる。アヌカむブのデゞタル化が進み、各地・各囜の膚倧な資料に觊れられるようになった珟圚は、メディア考叀孊者にずっおたたずない奜奇である。さらにりェブ䞊での研究者間の亀流ず集合知を掻かすこずで、膚倧な資料の䞭から、䞀人の孊者では難しいであろう発芋に至るかもしれない。

     
     
    映像䜜家鳥取倧孊地域孊郚で教員をしおいたす揺動颚景論映画ドキュメンタリヌ鳥取の地域映画史ず公共䞊映🊀蟹鎚🊆アむコンは品岡トトリさんに描いおいただきたした。

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