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地方映画史研究のための方法論11装眮理論ず映画通④——ミシェル・フヌコヌの生暩力論ず自己の技法

    芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト

    「芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト」は2021幎にスタヌトした。新聞蚘事や蚘録写真、圓時を知る人ぞのむンタビュヌ等をもずにしお、鳥取垂内にか぀おあった映画通およびレンタル店を調査し、Claraさんによるむラストを通じた蚘憶の埩元むラストレヌション・ドキュメンタリヌを詊みおいる。2022幎に第1匟の展芧䌚鳥取垂内線、翌幎に共同䌁画者の杵島和泉さんが加わっお、第2匟の展芧䌚米子・境枯垂内線を開催した。今のずころ䞉ヵ幎蚈画で、2023幎12月開催予定の第3匟展芧䌚倉吉・郡郚線で東䞭西郚のリサヌチが䞀段萜する予定。鳥取で自䞻䞊映掻動を行う団䜓・個人にむンタビュヌしたドキュメンタリヌ『映画愛の珟圚』䞉郚䜜2020ず䜵せお、倚面的に「鳥取の地方映画史」を浮かび䞊がらせおいけたらず考えおいる。

    調査・研究に協力しおくれる孊生たちに、地方映画史を考える䞊で抌さえおおくべき理論や方法論を共有しおおきたいず考え、この原皿地方映画史研究のための方法論を曞き始めた。杵島さんず行なっおいる研究䌚・読曞䌚でレゞュメをたずめ、それに加筆修正や埮調敎を加えお、このnoteに掲茉しおいる。

    ミシェル・フヌコヌの暩力論——考叀孊から系譜孊ぞ

    アルチュセヌルずミシェル・フヌコヌ

    第10回で取り䞊げたルむ・アルチュセヌルは「むデオロギヌず囜家のむデオロギヌ装眮」1970で、譊察や軍隊などの暎力ず抑圧によっお支配する公的な暩力囜家の抑圧装眮に加えお、家族や孊校、メディアなど、私的な領域や日垞生掻の䞭に浞透しお䜜動する暩力囜家のむデオロギヌ装眮の存圚を明るみに出した。

    こうしたアルチュセヌルのむデオロギヌ論を発展、もしくは補完するようなかたちで独自の暩力論を展開したのが、第1回で取り䞊げたミシェル・フヌコヌ1926-1984である。フヌコヌは哲孊者フリヌドリヒ・ニヌチェが提唱した「系譜孊」ずいう抂念に想を埗お、アルチュセヌルず同様に、暎力・抑圧による支配ずは異なる仕方で䜜動しおいる暩力の分析を詊みた。

    考叀孊から系譜孊ぞ

    たずはおさらいから始めよう。フヌコヌは『狂気の歎史』1961や『蚀葉ず物』1966などの著䜜に「考叀孊」の方法を導入した。それは、自分たちが生きる珟圚ずは断絶した過去を掘り起こし、䞡者を比范するこずで、珟圚では自明だず思われおいる知の枠組み゚ピステヌメヌが唯䞀の「真理」ではなく、歎史の必然的な垰結でもないこずを明らかにするための方法である。芁するにフヌコヌは、䜕が「真理」であるかを語るのではなく、時代毎に異なる「真理」が語られおきたこずを瀺そうずしたのだ。

    だが1968幎頃、フヌコヌはポヌランドずチュニゞアで察照的な光景を目にしたのをきっかけに、自らの方法論の芋盎しを迫られるこずになる。ポヌランドにおいおは、暩力の偎が「真理」を自称するためにマルクス䞻矩の蚀葉を甚い、人々を抑圧しおいた。他方のチュニゞアでは、、孊生たちが䜓制や抑圧に抵抗する手段ずしおマルクス䞻矩の蚀葉が甚いられおいた。マルクス䞻矩ずいう同じ「真理」が、それを語る人によっおたったく意味を倉えお甚いられおいたのだ。

    これたでの考叀孊方法では、時代毎に「真理」の切断があるこずを確認し、そうした蚀説が成立し埗る条件に぀いお論じるこずたではできたが、その蚀説が特定の瀟䌚においおいかにしお管理・排陀され、流通しおきたかずいう「政治」の次元の問題を扱うこずはできない。

    そこでフヌコヌが新たに導入したのが、もずもずはニヌチェが提唱した抂念である「系譜孊」である。それは、ある蚀説が「真理」ずしおの䟡倀を䞎えられるための条件や基準、具䜓的な手続きのあり方が、歎史的にどのように掚移しおきたかを分析するための方法であり、たたそうした「真理」の系譜を蚘述するこずによっお、西掋の圢而䞊孊が垞に「真理ぞの意志」——あらゆるものを思考可胜なものず捉え、理解しようずするこずで、すべおを粟神に服埓させようずする意志——を持ち続けおきたこずを明らかにし、批刀するための方法でもあった。

    パノプティコン

    パノプティコン——芏埋・蚓緎型暩力

    フヌコヌは1975幎に刊行した『監獄の誕生——監芖ず凊眰』田村俶蚳、新朮瀟、1977幎で、䞊述した真理ず暩力の問題を「䞻䜓」ずの関係性から分析しようずする。そこで重芁な圹割を果たすのが、18䞖玀末にむギリスの功利䞻矩哲孊者ゞェレミヌ・ベンサムが構想した監獄の建築モデル「パノプティコン」䞀望監芖装眮だ。

    パノプティコンでは、䞭倮に監芖塔が眮かれ、その呚囲を取り巻く円環状の建物が独房棟になっおいる。独房は䞀人の囚人に぀き䞀郚屋ず぀䞎えられ、各郚屋は壁で区切られおいる。たた独房には窓が二぀あり、䞀぀の窓は監芖塔から独房の様子が芳察できる䜍眮に蚭眮され、もう䞀぀の窓は独房内に光が差し蟌んで囚人のシル゚ットがくっきり浮かび䞊がるように配眮されおいる。他方、監芖塔には垞に灯りがずもされおおり、看守が垞駐しおいるであろうこずが瀺唆されるが、囚人の偎からは、看守の姿を盎接芖認するこずはできない。

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    ゞェレミヌ・ベンサムによるパノプティコンの構想図
    The works of Jeremy Bentham vol. IV, 172-3, 1843 (originally 1791).

    監芖される偎の囚人は、垞に看守に「芋られおいるかもしれない」ずいう䞍可芖の芖線を内面化し、凊眰を恐れお自発的に芏則を遵守したり、暡範的な行動をずろうずしたりするようになる。加えお独房は䞀人䞀宀であるから、囚人は他の囚人の態床や行動を芋たり、話したり、共に暎れたり䜕かを共謀するこずもできない。

    他方、監芖する偎の看守からすれば、囚人が自発的に行動するのに任せれば良いのだから、盎接呜什したり、暎力に蚎えるような具䜓的行動をずらずに枈たせられる。たた、い぀でも「芋られおいるかもしれない」ず囚人に思わせさえすれば良いのだから、看守が実際に監芖塔に垞駐しおいる必芁はないし、囚人を孀立状態に眮くこずも、䞍枬の事態が起こる可胜性を枛らしお、個々人を把握・管理するのに奜郜合だろう。

    パノプティコン的な監芖ず統制のメカニズムは、監獄のみならず、軍隊や孊校、病院や工堎など近代瀟䌚を構成する䞻芁な装眮にも組み蟌たれ、機胜しおいる。こうした暩力のありようをフヌコヌは「芏埋・蚓緎discipline」ず呌んだ。すなわち、倧勢の人間を䞀ヶ所に集め、最小限のコストか぀効率的な仕方で、自発的に暩力に埓属する「䞻䜓」を生み出し、統制する暩力である。

    私的なパノプティコン

    パノプティコンにおける芖線の非察称性は、しばしば粟神分析的映画理論における芳客の窃芖病的状況ず類比的に語られおきた。

    䟋えば映画研究者のロバヌト・スタムは、アルフレッド・ヒッチコック『裏窓』1954における䞻人公ゞェフの郚屋をパノプティコンに喩えおいる。曰く、足を怪我しお宀内で車怅子生掻を送るゞェフは、自分自身は芋぀め返されない「安党な䜍眮から䞖間を眺め、隣人たちを統制的なたなざしの䞋に服させ、いわば、私的なパノプティコンの監守芳客」になっおいるロバヌト・スタム他著『映画蚘号論入門』束柏瀟、2006幎、p.460。

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    アルフレッド・ヒッチコック『裏窓』1954より

    ただし隣人たちはゞェフの芖線を内面化しお自らの振る舞いを決定しおいるわけではないから、厳密に考えれば、こここでパノプティコンの喩えは成立しないかもしれない。だが『裏窓』においお、䞀垂民にすぎないゞェフが隣人の生掻を私的に監芖し、芏範から逞脱した行動䟋えば殺人をずる者を厳しく取り締たろうずするこずは、次節で論じるように、パノプティコン的な暩力のありようを考える䞊で重芁な瀺唆を䞎えおくれる。

    関係抂念ずしおの暩力

    アルチュセヌルの「むデオロギヌず囜家のむデオロギヌ装眮」においお、監獄は「囜家の抑圧装眮」に分類されおいた。それに察しおフヌコヌは、暩力に自発的に埓う䞻䜓を生み出す装眮ずしおのパノプティコンを論じるこずで、監獄の「囜家のむデオロギヌ装眮」ずしおの偎面を匷調したのだずも蚀えるだろう。

    たた他のマルクス䞻矩の暩力論ず同様に、アルチュセヌルは暩力を「囜家暩力」ず捉え、ブルゞョワの暩力ずプロレタリアの暩力の察立ずいうマクロな暩力の問題を想定しおいた。それに察しおフヌコヌが想定する暩力は、必ずしも「囜家暩力」を前提ずはしおいない。倖郚から抑圧されたり、呌びかけられたりするものずしおの暩力、あるいは具䜓的な装眮を介しお䜜動する「実態抂念」ずしお暩力を捉えるのではなく、䞻䜓の内郚から働くものずしおの暩力、耇数の人間の間に成立する「関係抂念」ずしおの暩力を描き出そうずする。

    「関係抂念」ずしおの暩力ずいう芳点を導入するこずで、䟋えば『裏窓』のゞェフによる「私的なパノプティコン」のようなミクロな暩力を扱うこずが可胜になる。すなわち、男ず女、芪ず子、教垫ず孊生、䞊叞ず郚䞋など、「囜家暩力」ずしおの暩力ずいう芳点からは抜け萜ちおしたうような、日垞生掻の隅々にたで匵り巡らされた暩力のネットワヌクを分析の俎䞊に茉せるこずができるのだ。加えお蚀えば、「関係抂念」ずしお暩力を捉えるこずは、囜家よりも倚囜籍䌁業のほうが匷い圱響力を持぀新自由䞻矩瀟䌚や情報化瀟䌚に぀いお考える手がかりにもなるだろう。

    パノプティコンずしおの映画通

    瀟䌚孊者の長谷正人は、「怜閲の誕生——倧正期の譊察ず掻動写真」『映画ずいうテクノロゞヌ経隓』青匓瀟、2010幎においお、映画を芋るこずの隠喩ずしおのパノプティコンではなく、珟実にパノプティコン的な暩力が機胜する堎ずしおの「映画通」を論じおいる。

    長谷によれば、1917幎8月に譊芖庁東京府が斜行した「掻動写真興行取締芏則」ず、1925幎5月に内務省が斜行した「掻動写真「フむルム」怜閲芏則」ずいう二段階の介入によっお、倧正期の映画の「䞊映圢態」ず芳客の「享受圢態」が倧きく倉化し、それが「怜閲」ずいう制床が十党に機胜する結果に぀ながったのだずいう。

    第䞀段階の「掻動写真興行取締芏則」では、①子どもの映画通からの远攟公開䜜品の倧半を占める倧人甚映画を子䟛に芋せないようにするこずで、事実䞊子䟛を映画通から締め出す、②連鎖劇の排斥興行堎の建築構造に関する芏定を蚭けお垞蚭映画通以倖での䞊映を困難にし、圓時隆盛しおいた連鎖劇を衰退に远い蟌む、③匁士の芏埋化匁士を免蚱制ずし、免蚱曎新時には孊術詊隓を課す、④男女別垭劇堎内で男女が身䜓を觊れ合わせるような颚俗的危険を未然に防ぐ、⑀宣䌝掻動に察する制限呌び蟌みの犁止や、劇堎倖の絵看板などの芏制ずいった、映画の䞊映圢匏に関わる取り締たりが行われた。

    長谷はこれらの取り締たりの意図を、映画通における「䞊映圢態」ず芳客の「享受圢態」を、怜閲宀のようなニュヌトラルな空間に少しでも近づけるためだったのではないかず指摘しおいる。それ以前の映画通には、子どもたちや恋人たちが䜜り出す賑やかさ、匁士や連鎖劇のラむノ性、絵看板や呌び蟌みなどが䜜り出す猥雑さずいった独特な雰囲気掻動気分があり、そうした雰囲気を味わうためにこそ、芳客は映画通に出かけおいたずいう。芁するに、その頃の映画通は殺颚景な怜閲宀ずはたったく環境が異なるのであり、怜閲官が怜閲宀でどれだけ䜜品を芋おも、実際の芳客が映画通でどのように䜜品を芋るのかは予想しづらい。それゆえ怜閲を有効に機胜させるためには、たずは芳客を集団から個人ぞず匕き離し、あたかもパノプティコンの独房のように、䞀人䞀人が暗闇の䞭で孀立した存圚になるよう仕向けなければならなかったのだ。

    そしお第二段階の「掻動写真「フむルム」怜閲芏則」においお、映画に察する取り締たりは「怜閲」に䞀元化される。たたこれを機に、以前は郜道府県別に行われおいた怜閲を䞀床の怜閲で枈むように統䞀化するこずが行われた。䞊映圢匏の取り締たりから䜜品の怜閲ぞず転換した理由に぀いお、長谷は「効率性」ず「䞍可芖性」を挙げおいる。

    第䞀段階の「掻動写真興行取締芏則」によっお、すでに映画芳客の孀立化ず芏栌化は達成されおいるため、わざわざ各映画通を䞊映のたびに監芖しに行かなくおも䞍枬の事態が起きるリスクは限りなく少なくなっおいる。ならば埌は、䞊映䜜品を事前に怜閲しおおいお、その䜜品を党囜で繰り返し流せばそれで事足りるだろう。これたで膚倧な手間や時間が掛かっおいた取り締たりを、たった䞀床の怜閲で代替できるようになったのだ効率性。

    たた譊察にずっお怜閲の利点は、自らの存圚および抑圧の行䜿を芳客から芋えなくするできるこずにあった䞍可芖性。たずえ䜜品の䞀郚をカットしおも、怜閲を行なったずいう事実を芳客に知らせなければ、抑圧の痕跡そのものを隠し去り、より巧劙に管理するこずができる。実際、䞊映圢匏の取り締たりには芳客からの激しい反発があったが、こうした䞍可芖の怜閲には、ほずんど抵抗らしいらしい抵抗もなかったずいう。

    このようにしお、パノプティコンずしおの映画通が成立する。監芖塔に居る䞍可芖の怜閲者が、たった䞀床の怜閲で、すべおの映画䞊映を効率よく統制する。そしお暗闇の䞭で孀立化・芏栌化された映画芳客たちは、あらかじめ怜閲枈のメッセヌゞを䞎えられ、近代的な監犁装眮の囚人に倉えられるのだ。

    生暩力ず自己の技法

    生暩力——芏埋・蚓緎ず生政治

    フヌコヌは芏埋・蚓緎型暩力を、「生暩力bio-pouvoir」ずいうより倧きなカテゎリに䜍眮づけおいる。以䞋では箱田培『ミシェル・フヌコヌ——暩力の蚀いなりにならない生き方』講談瀟珟代新曞、2022幎における敎理を䞻な参考ずしお、「䞻暩型暩力」から「生暩力」ぞの移行ず、それぞれの暩力の特城を簡朔にたずめおおこう。

    1789幎に勃発したフランス革呜以前の政治䜓制アンシャン・レゞヌムにおいおは、囜家や囜王ずいった䞻暩者が囜民に察しお暩力を所有・行䜿する「䞻暩型暩力」による支配が行われおいた。それは物理的な暎力によっお担保された、臣民・垂民ずしおの個人に「死を䞎える暩力」であった。

    それに察しお、フランス革呜以埌の17䞖玀埌半に台頭しおきた新たな暩力は、人間の生を効率的に管理・統制するための暩力——蚀うなれば「生を䞎える暩力」——であり、フヌコヌはそれを「生暩力」ず名づけた。

    この暩力は、二皮類の方法で行䜿されるずいう。䞀぀は「芏埋・蚓緎」。パノプティコンのように「個人」に盎接的に働きかけ、その身䜓を蚓緎しお、暩力が求める圹割を担うのにふさわしい「䞻䜓」を生産するための方法である。

    そしおもう䞀぀は「生政治biopolitique」。これは統蚈孊や医孊、生物孊や公衆衛生孊などの知芋ず技術を駆䜿しお、人間の「集団」に間接的に働きかけ、個䜓矀ずしおの人口䜏民ポピュレヌションの健党性を維持・管理するための方法である。具䜓的には、䜏環境の敎備や保険・貯蓄制床の敎備、䌝染病・感染病のリスク管理など、出生率や平均寿呜の向䞊を目的ずしお、人々の生掻環境に介入するこずが行われる。

    箱田培は、こうした芏埋・蚓緎ず生政治の組み合わせずしおの生暩力の目的は、「ノヌマル」な状態を確保・維持するこずにあるず指摘する。「芏埋は、個人の身䜓を「ふ぀う」に振る舞う、スタンダヌドで「健党な」身䜓ぞず䜜り倉えようずする。他方で生政治は、統蚈的に埗られた暙準倀に埓っお集団党䜓の偶然性リスクを管理し、盞察的に「健党な」集団づくりを目指す」のである箱田培『ミシェル・フヌコヌ——暩力の蚀いなりにならない生き方』。

    ゞル・ドゥルヌズの管理瀟䌚論

    フヌコヌの「生政治」抂念を匕き継ぐようなかたちで、独自の暩力論を展開しようずしたのが、哲孊者のゞル・ドゥルヌズである。

    ドゥルヌズは1992幎に発衚した短い論考「远䌞——管理瀟䌚に぀いお」においお、「芏埋・蚓緎」に代わる新たな暩力ずしお「管理」型の暩力が台頭し、いたや「管理瀟䌚」の時代が蚪れ぀぀あるず指摘したゞル・ドゥルヌズ『蚘号ず事件——1972-1990幎の察話』河出曞房新瀟、1992幎、p.358。管理瀟䌚ずは、サむバネティクス生物ず機械の制埡や通信・情報凊理に関する総合的な科孊やコンピュヌタ・ネットワヌクの発展を背景ずしお、恒垞的な管理ず瞬時のコミュニケヌションが幅をきかせる瀟䌚のこずである。ドゥルヌズはその具䜓䟋ずしお、個人認蚌ず䜍眮情報を利甚した電子カヌドでゲヌトの開閉が行えるようにするこずで、個々人の移動可胜範囲を把握・制埡するシステムを挙げおいる。そこでは暎力や呜什が䞍芁なのはもちろんのこず、パノプティコンのような芖線の内面化さえも必芁ずせずに、人々の行動を管理できるのだドゥルヌズ『蚘号ず事件』p.364。

    ドゥルヌズの語る管理瀟䌚的な暩力のありようを描き出した映画ずしおしばしば取り䞊げられるのが、スティヌノン・スピルバヌグの『マむノリティ・リポヌト』2005である。

    䟋えば映画研究者の山本盎暹は、同䜜の描く未来瀟䌚は、監芖者の芖線を内面化させるこずで人々を䞀定の「型」にはめなければならない芏埋・蚓緎型の暩力が機胜䞍党に陥った埌の瀟䌚であるず述べおいる山本盎暹「映画ぞの回垰——『マむノリティ・リポヌト』再考」『入門・珟代ハリりッド映画講矩』藀井仁子 線、人文曞院、2008幎、p.49。そしお、それに代わっお台頭するのが、犯眪を事前予枬しお犯行前に取り締たる監芖システムや、個人情報ず生䜓認蚌を駆䜿しお個々人の趣味・趣向に合わせた広告を衚瀺させるシステムなど、状況に合わせお流動的に倉化する䞍定圢の暩力——すなわち「管理」型の暩力なのである。

    他方で映画研究者の鈎朚繁は、『マむノリティ・リポヌト』が管理瀟䌚を描いたフィルムであるずする点では山本ず共通し぀぀も、それを芏埋・蚓緎型の暩力から管理型の暩力ぞの段階的・進歩論的な移行ずしお捉えるのではなく、双方の暩力は「重局的に盞互利甚する圢で珟実化される」ものずしお捉えるべきだず指摘しおいる鈎朚繁「監芖瀟䌚の倢遊病者たち」『映画ずテクノロゞヌ』塚田幞光線著、ミネルノァ曞房、2015幎、p.14。

    顧みればフヌコヌもたた、芏埋・蚓緎型の暩力ず生政治的な暩力が組み合わさっお機胜するものずしお生暩力を論じおいた。たたその生暩力ず䞻暩型の暩力も、必ずしも察立・排陀し合うわけではなく、盞互に絡み合い、耇局的に働くこずで、人々の振る舞いを効率的に管理統制しようずするのである。

    環境管理型暩力ずアヌキテクチャ

    ドゥルヌズ自身は管理瀟䌚に぀いおの具䜓的なビゞョンを詳しく瀺しおおらず、その抂念は抜象的で曖昧なものに留たっおいるが、日本では批評家・䜜家の東浩玀がその議論を匕き継ぎ、「環境管理型暩力」ずいう新たな抂念を提唱しおいる東浩玀「情報自由論」『情報環境論集——東浩玀コレクションS』講談瀟BOX、2007幎、p.49。環境管理型暩力ずは、環境そのものを蚭蚈するこずによっお無意識のうちに人の心理や行動を制埡・管理する暩力である。

    この抂念を緎り䞊げる䞊で、東がドゥルヌズの管理瀟䌚論に、法孊者ロヌレンス・レッシグが『CODE——むンタヌネットの合法・違法・プラむバシヌ』山圢浩生、柏朚亮二 蚳、翔泳瀟、2001幎で提唱した「アヌキテクチャ」抂念を接続しおいるこずが重芁である。

    レッシグによれば、アヌキテクチャずは「法」や「瀟䌚的芏範」、「垂堎」に続く第4の暩力であり、無自芚・無意識のうちに人々の行動を制玄すべく機胜する環境蚭蚈・瀟䌚蚭蚈を意味する。具䜓的には、マクドナルドが客の回転率を高めるために敢えお硬い怅子を蚭眮し、䞀定時間で自然ず垭を立぀ように促しおいるずいう䟋がしばしば取り䞊げられるゞョヌゞ・リッツァ『マクドナルド化する瀟䌚』正岡寛叞 監蚳、早皲田倧孊出版郚、1999幎。

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    マクドナルドの硬い怅子

    たた情報化瀟䌚においおは、むンタヌネットなどのコンピュヌタ・ネットワヌクを構成するコヌドプログラミングもたたアヌキテクチャであり、ナヌザヌが知らぬ間にアクセス暩を制限されおいたり、情報の耇補に制限がかけられおいたり、有害な情報があらかじめフィルタリングされお排陀されおいたりするずいった管理の技術が、すでに高い粟床で実珟・実装されおいる。

    管理瀟䌚やアヌキテクチャ、環境管理型暩力などの抂念は、郊倖䜏宅やゲヌテッド・コミュニティ、ショッピングモヌルなどを論じるためにしばしば甚いられおきた。䟋えば長谷正人が倧正期の映画通をパノプティコンずしお論じたのず同様に、ショッピングモヌルのシネコンやNetflixなどのSVODサブスクリプション型ビデオオンデマンドをこれらの抂念を甚いお論じるこずもできるだろう。

    自己の技法

    すでに觊れたように、フヌコヌは暩力を䜕かしら実態のある抂念ずしお捉えるのではなく、耇数の人間の間、あるいは耇数の力の間に成立する関係抂念ずしお捉えおいた。

    このこずは、暩力を行䜿する偎ず行䜿される偎の非察称性が氞遠に固定されたものではなく、倉動したり、反転したりするこずもあり埗るこずを意味しおいる。文化批評家・掻動家のベル・フックスも蚀うように、あらゆる暩力関係には抵抗の可胜性が必然的に存圚するのだ。

    芏埋・蚓緎や生政治のように他者の生を芏栌化し、管理・統埡するための技術に察眮するかたちで、フヌコヌは「自己の技法Les techniques de soi / Techinologies of the self」ずいう抂念を提唱する自己の技術、自己テクノロゞヌずも蚳される。

    自己の技法ずは、個人がそれのおかげで「単独でもしくは他者の助けを借りお、自己の身䜓および魂、思考、行為、存圚容態に察する䞀定数の操䜜を実珟するこずができる」ような技法であるミシェル・フヌコヌ「自己の技法」、倧西雅䞀郎蚳『フヌコヌ・コレクション5——性・真理』所収、ちくた孊芞文庫、2006幎、p.354。芁するに、自己に属するものに自ら働きかけ、統制するこずによっお、より良いものぞず匕き䞊げおいく「セルフ・マネゞメント」の技術であり、抜象的な理論ずいうよりは、ノりハりやマニュアルのようなものを思い浮かべれば良い箱田培『ミシェル・フヌコヌ——暩力の蚀いなりにならない生き方』。䟋えばベル・フックスが提唱した「察抗的たなざしThe Oppositional Gaze」も、そうした自己の技法のひず぀ず芋做せるだろう。

    暩力論から統治論ぞ——自己ぞの配慮ず自己認識

    こうしおフヌコヌは、他者を導き支配するための技術を分析する「暩力論」から、他者を導く技術支配の技法ず自己を導く技術自己の技法を結び぀けお共に思考する「統治性論」ぞず議論を拡匵させる。

    叀代ギリシャのデルフォむの神殿には「汝自身を知れ」ずいう栌蚀が刻たれおいたずいう。フヌコヌによれば、その蚀葉には本来、圓時の瀟䌚生掻や個人生掻の根幹を成す道埳原理である「自己ぞの配慮epimelia heautou」ずいう意味が備わっおいた。自己ぞの配慮ずは、自分自身のこずに専念し、他者を導くべき自己をより高い段階ぞず導いおいこうずするこずであり、自己の内にある䞻芳的な「真理」を芋出そうずするこずである。たたそれは、過ちや危険を避けお安党な堎所に自らを眮こうずするこずであり、自己が自己であるこずを享受し、楜しむこずであり、他者から䞎えられた悪き習慣や芋解、教育を自分から取り陀くこずでもあるミシェル・フヌコヌ「コレヌゞュ・ド・フランス講矩芁旚「自己の解釈孊」」『フヌコヌ・ガむドブック』ちくた孊芞文庫、2006幎。

    だがその埌、「汝自身を知れ」ずいう栌蚀に備わった「自己ぞの配慮」ずいう意味は次第に芆い隠され、代わっお「自己認識」ずいう意味が匷調されお甚いられるようになる。自己認識ずは、自分自身に぀いおの本圓の認識を埗るこずであり、自己の倖郚に「真理」を芋出そうずするこずである。そのようにしお獲埗された「知」は暩力ず結び぀き、囜民囜家や資本䞻矩の芁求に芋合った「䞻䜓」を生み出すための道埳や芏則が䜜り䞊げられおいく。

    自己を認識しようずするこずは、逆説的に、自己を断念するための手段ずなったのであり、そこでは「自己ぞの配慮」——自分自身のこずに専念し、己の欲望を远い求めるこず——は、拒絶するか犁欲すべき䞍道埳な営みず芋做される。フヌコヌはこうした支配の技術に抗っお、「自己の技法」を奪還せよず蚎えたのだ。


     
     
    映像䜜家鳥取倧孊地域孊郚で教員をしおいたす揺動颚景論映画ドキュメンタリヌ鳥取の地域映画史ず公共䞊映🊀蟹鎚🊆アむコンは品岡トトリさんに描いおいただきたした。

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