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地方映画史研究のための方法論20初期映画研究②——トム・ガニング「アトラクションの映画」

    芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト

    芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト

    「芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト」は2021幎にスタヌトした。新聞蚘事や蚘録写真、圓時を知る人ぞのむンタビュヌ等をもずにしお、鳥取垂内にか぀おあった映画通およびレンタル店を調査し、Claraさんによるむラストを通じた蚘憶の埩元むラストレヌション・ドキュメンタリヌを詊みおいる。2022幎に第1匟の展芧䌚鳥取垂内線、翌幎に共同䌁画者の杵島和泉さんが加わっお、第2匟の展芧䌚米子・境枯垂内線、米子垂立図曞通での巡回展「芋る堎所を芋る2+——むラストで芋る米子の映画通ず鉄道の歎史」を開催した。今のずころ䞉ヵ幎蚈画で、2023幎12月開催予定の第3匟展芧䌚倉吉・郡郚線で東䞭西郚のリサヌチが䞀段萜する予定。鳥取で自䞻䞊映掻動を行う団䜓・個人にむンタビュヌしたドキュメンタリヌ『映画愛の珟圚』䞉郚䜜2020ず䜵せお、倚面的に「鳥取の地方映画史」を浮かび䞊がらせおいけたらず考えおいる。

    ここが発信地嚯楜の殿堂・䞖界通──ノンフィルム資料に残された、鳥取の老舗映画通の足跡

    たた2023幎12月には、杵島和泉さんによるオリゞナル䌁画ずしお、鳥取の映画通・䞖界通の歎史を玹介する展芧䌚「ここが発信地嚯楜の殿堂・䞖界通──ノンフィルム資料に残された、鳥取の老舗映画通の足跡」が行われる。鳥取垂歎史博物通 やたびこ通の所蔵資料をはじめずしお、これたで公開される機䌚のなかった貎重な蚘録写真や印刷物などを玹介するず共に、川端通り䞖界通→南吉方䞖界通→シネマスポット フェむドむン→鳥取シネマず名称や堎所を倉えながら興行を続けおきた老舗映画通の耇雑な歎史を解きほぐし、その実盞を明らかにする取り組み。展芧䌚のメむンビゞュアルはむラストレヌタヌの湖海すずさんが手がけおおり、「芋る堎所を芋る」で構築した方法論「むラストレヌション・ドキュメンタリヌ」の新たな展開を䜜り出しおくれおもいる。

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    むラスト湖海すず

    地方映画史研究のための方法論

    調査・研究に協力しおくれる孊生たちに、地方映画史を考える䞊で抌さえおおくべき理論や方法論を共有しおおきたいず考え、この原皿地方映画史研究のための方法論を曞き始めた。杵島さんず行なっおいる研究䌚・読曞䌚でレゞュメをたずめ、それに加筆修正や埮調敎を加えお、このnoteに掲茉しおいる。これたでの蚘事は以䞋の通り。

    メディアの考叀孊
    01ミシェル・フヌコヌの考叀孊的方法
    02ゞョナサン・クレヌリヌ『芳察者の系譜』
    03゚ルキ・フヌタモのメディア考叀孊
    04ゞェフリヌ・バッチェンのノァナキュラヌ写真論

    芳客の発芋
    05クリスチャン・メッツの粟神分析的映画理論
    06ロヌラ・マルノィのフェミニスト映画理論
    07ベル・フックスの「察抗的たなざし」

    装眮理論ず映画通
    08ルむ・アルチュセヌル「むデオロギヌず囜家のむデオロギヌ装眮」
    09ゞガ・ノェルトフ集団『むタリアにおける闘争』
    10ゞャン=ルむ・ボヌドリヌの装眮理論
    11ミシェル・フヌコヌの生暩力論ず自己の技法

    「普通」の研究
    12アラン・コルバン『蚘録を残さなかった男の歎史』
    13ゞャン・ルむ・シェフェヌル『映画を芋に行く普通の男』

    郜垂論ず映画
    14W・ベンダミン『写真小史』『耇補技術時代における芞術䜜品』
    15W・ベンダミン『パサヌゞュ論』
    16アン・フリヌドバヌグ『りィンドり・ショッピング』
    17吉芋俊哉の䞊挔論的アプロヌチ
    18若林幹倫の「瀟䌚の地圢瀟䌚の地局」論

    初期映画研究
    19チャヌルズ・マッサヌの「スクリヌン・プラクティス」論

    トム・ガニング

    トム・ガニング1949-

    トム・ガニングTom Gunningは1949幎生たれの映画史研究者。シカゎ倧孊矎術史・映画メディア孊科名誉教授。自らを「歎史家」ず芏定し、初期映画研究を初めずしお、倚様な映像文化・芖芚文化を粟力的に論じおいる。

    ガニングはニュヌペヌク倧孊で孊び、1986幎にD・W・グリフィス論で博士号を取埗。1991幎にむリノむ倧孊から『D・W・グリフィスずアメリカの物語映画の起源——初期のノァむオグラフ時代 D. W. Griffith and the Origins of American Narrative Film: The Early Years at Biograph』ずしお出版された。1996幎からはシカゎ倧孊矎術史孊科に着任し、同倧孊映画メディア孊科でも教鞭をずる。2000幎には2冊目の単著『フリッツ・ラングの映画——芖芚ずモダニティのアレゎリヌ The Films of Fritz Lang: Allegories of Vision and Modernity』British Film Institute、2000幎を刊行した。その他、膚倧な数の論文を発衚しおいる。

     邊蚳ずしおは、日本独自線集による論文集『映像が動き出すずき——写真・映画・アニメヌションのアルケオロゞヌ』長谷正人線蚳、みすず曞房、2021幎、「個人の身䜓を远跡する」加藀裕治蚳、「幜霊のむメヌゞず近代的顕珟珟象」望月由玀蚳『アンチ・スペクタクル——沞隰する映画文化の考叀孊』所収、東京倧孊出版䌚、2003幎、「自身の䌌姿の䞭の䞖界」『アンドレ・バザン研究』第2号所収、䞉浊哲哉蚳、2018幎などがある。

    アトラクションの映画 Cinema of Attractions

    ガニングが脚光を济びたのは、1978幎、むギリスのブラむトンで開催されたFIAF囜際フィルム・アヌカむブ連盟第34回幎次倧䌚においおである。ただ20代の若手研究者ずしお、ノ゚ル・バヌチやアンドレ・ゎドロヌらず共にシンポゞりムに参加したガニングは、「初期映画1900-1906幎の䞍連続なスタむル」ず題した報告を行い、埌に支配的なスタむルずなる叀兞的な物語映画ずは異質な、断絶や重耇、出挔者から芳客ぞの盎接的な呌びかけずいった特城を持぀䜜品の「䞍連続なスタむル」を論じた。今回取り䞊げる「アトラクションの映画 Cinema of Attractions」のスタむルやその受容に関する議論は、この報告を発展させるかたちで進めおきた研究の成果ず蚀えよう。

    「アトラクションの映画」ずいう抂念は、1985幎にフランスでアンドレ・ゎドロヌず共同で行った口頭発衚「映画史の方法論」『珟代思想』1986幎11月号所収、小束匘蚳で初めお瀺された埌、1986幎に発衚された゚ッセむ「アトラクションの映画——初期映画ずその芳客、そしおアノァンギャルド」『アンチ・スペクタクル——沞隰する映画文化の考叀孊』所収、䞭村秀之蚳、長谷正人・䞭村秀之線、東京倧孊出版䌚、2003幎においおその論旚が簡朔・明確に瀺され、その埌の映画史研究に倚倧な圱響を及がすこずになった。

    本皿では、「アトラクションの映画——初期映画ずその芳客、そしおアノァンギャルド」ず、1989幎に発衚された「驚きの矎孊——初期映画ず軜々しく信じ蟌むこずのない芳客」『新映画理論集成①』所収、濱口幞䞀蚳、岩本憲児ほか線、1998幎の2本を取り䞊げ、詳しく読んでみるこずにしたい。

    「アトラクションの映画」のスタむル

    「アトラクションの映画——初期映画ずその芳客、そしおアノァンギャルド」1986

    ガニングによれば、初期映画の歎史はこれたで、映画ずは物語映画であるずいう前提のもずに語られおきた。ゞョヌゞ・アルバヌト・スミスやゞョルゞュ・メリ゚ス、゚ドりィン・S・ポヌタヌずいった映画補䜜者たちは、いかにしお物語を䌝えるメディアずしおの映画の発展に貢献しおきたかずいう芳点から研究・評䟡されおきた。そうした芋方がすべお間違いだずいうわけではないが、䞀面的なものであり、初期の映画を圢成しおきた諞芁因を曲解しおしたう恐れがある。

    埓来の芋方では、リュミ゚ヌルずメリ゚スは物語映画ず非物語映画の察立を代衚する存圚ずしお語られおきたが、実は共通の基瀎を持っおいる。䞡者は映画を「物語を語る手段である以䞊に芳客に向けお䞀連の光景を提瀺する手段」p.305ず考えおいるのであり、それは、1906幎以埌の物語映画ず芳客ずの間に結ばれた関係ずは倧きく異なるものであった。ガニングは、1906〜7幎頃たで支配的であった映画に関する抂念を「アトラクションの映画 Cinema of Attractions」ず呌ぶ。

    芁玄しよう。アトラクションの映画は芳客の泚意をじかに匕き぀け、芖芚的奜奇心を刺激し、興奮をもたらすスペクタクルによっお快楜を䞎える——虚構のものであれドキュメンタリヌ的なものであれそれ自䜓が興味をかき立おる独特のむベントなのである。

    トム・ガニング「アトラクションの映画——初期映画ずその芳客、そしおアノァンギャルド」
    『アンチ・スペクタクル——沞隰する映画文化の考叀孊』所収
    䞭村秀之蚳、長谷正人・䞭村秀之線、東京倧孊出版䌚、2003幎、p.308

    ただしここで、アトラクション映画を非物語映画ず短絡し、非物語映画ず物語映画ずの察立軞で捉えようずしおはならない。映画のアトラクション性は、ドキュメンタリヌ的な䜜品にもフィクションの䜜品にも認められるし、1906幎以埌に支配的な圢匏ずなったD・W・グリフィス的な物語映画にも認められる。特にミュヌゞカル映画では、他のゞャンル以䞊にそうした特城が顕著である。

    露出狂的な映画

    クリスチャン・メッツは、物語映画を芋る芳客の欲望を「窃芖症」芳淫症、のぞき趣味ず類䌌したものずしお論じたが、それに察応させお蚀うなら、アトラクションの映画は「露出症」的な映画である。

    初期映画ではしばしば、コメディアンが䜜り笑いをしたり、奇術垫がお蟞儀をしたりするなど、挔技者が繰り返しカメラに芖線を向ける。物語映画では、こうした行為は物語䞖界ぞの没入を阻害するものずしおタブヌ芖されるが、アトラクションの映画では、むしろ芳客の泚意を惹き぀け、その可芖性芋えるこずそのものを誇瀺するこずのために掻発に行われた。

    初期の映画補䜜で重芁な圹割を担った奜色映画の堎合、露出症はもはや比喩ではない。䟋えば圓時繰り返し映画化された題材に『花嫁は寝る Le Coucher de la mariée/ The Bride ritters』ずいうものがある。女性が服を脱ぐのを新郎が芗いおいるが、圌女はカメラ芳客に芖線を向けお埮笑んでいるずいう内容で、そこには「初期映画の露出狂的傟向ず虚構の物語䞖界ずの根本的な葛藀」p.306が衚れおいるずガニングは蚀う。

    『花嫁は寝る Le Coucher de la mariée/ The Bride ritters』1896

    初期映画に芋られるクロヌス・アップも、埌の物語映画で甚いられる同皮の技法ずは異なり、それ自䜓が映画の呌び物アトラクションであるような衚珟技法ずしお甚いられた。䟋えば『浮気な靎屋さん The gay Clerk』1903では、女性客がスカヌトの裟を䞊げるこずで足銖があらわになる様子が倧写しで捉えられる。物語䞊の区切りや緊匵を高めるためではなく、玔粋な露出趣味に動機づけられたクロヌス・アップである。

    『浮気な靎屋さん The gay Clerk』1903

    自足した物語䞖界の欠劂、芳衆ぞの盎接的な呌びかけ

    ゞョルゞュ・メリ゚スが、映画の脚本はトリックや舞台効果を芋せるための口実にすぎないず述べたように、トリック映画の倚くは、䞀぀の䜜品内で完結・自足した物語䞖界が欠劂しおいる。明確な筋立おを欠き、人物の描き分けもなく、様々な堎面がほずんど脈絡なく続いおいくのである。

    このような自足的な物語䞖界の欠劂は、圓時の䞊映圢匏にも関係しおいる。前回取り䞊げたチャヌルズ・マッサヌが「スクリヌン・プラクティス」ずいう抂念を通しお論じたように、初期の映画興行者は、ただ賌入した映画を䞊映するだけではなく自らも創造的な圹割を担い、様々な䜜品を組み合わせおプログラムを組んだり、解説や音楜を加えお、奜きなようにショヌを挔出した。

    その極端な䟋が「ヘむルズ・ツアヌ Hale's Tours of the World」ず名づけられた映画専門の劇堎チェヌンである。劇堎自䜓が鉄道の客車に䌌せお䜜られ、切笊を切る車掌も居り、䞊映が始たるず列車の車窓颚景を蚘録した映像の投圱ず共に、車茪や空気ブレヌキの音を再珟した音響効果も加えられた。こうした䜓隓は、挔劇の䌝統よりもむしろ屋倖垂の「芋䞖物」アトラクションに類䌌しおいる。

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    ヘむルズ・ツアヌの入口
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    ヘむルズ・ツアヌの内郚の様子

    たた映画が初めお公開されおから数幎間の䞊映においおは、そもそも映画ずいう仕掛けシネマ自䜓が䞀぀のアトラクションであったこずを忘れおはならないずガニングは蚀う。芳客は個々の映画䜜品フィルムを芋るためずいうよりもむしろ、映画ずいう機械・装眮が実挔されるのを芋ようずしお劇堎に足を運んだ。それゆえ、映画を宣䌝するポスタヌでも、個々の䜜品名ではなく「シネマトグラフ」や「バむオグラフ」「ノァむタグラフ」ずいった装眮名が前面に打ち出されたのである。

    以䞊のように、アトラクションの映画は芳衆に向けお盎接的に呌びかける。そこでは、物語の展開や登堎人物の創造に゚ネルギヌを費やすこずはほずんどない。その゚ネルギヌは、「叀兞的物語には䞍可欠である登堎人物本䜍の状況ぞず内向きに䜜甚するよりも、そこに居合わせおいるず想定された芋物人に向けお倖向きに䜜甚する」p.308。

    倧衆嚯楜ずしおの映画——ノォヌドノィルずの関係

    ガニングは「アトラクション」ずいう甚語を、セルゲむ・゚むれンシュテむンが『レフ芞術巊翌戊線』誌の第3号に発衚した自らの舞台のためのマニフェスト「アトラクションのモンタヌゞュ」1923から採っおいる。

    ゚むれンシュテむンは、屋倖垂の芋䞖物や遊園地のロヌラヌ・コヌスタヌを意味する「アトラクション」ずいう語を甚いるこずで、芳客に感芚的・心理的なショック䜜甚をもたらす攻撃的挔劇の構想を説明しようずした。ガニングはここで、20䞖玀初頭に出珟した嚯楜産業・倧衆文化の露出症展瀺的゚クシビショニストな質が、前衛芞術に圱響を䞎えたこずを重芁芖する。 「アトラクション」は初期映画史を説明するための語であるこずを超えお、より倧きなスケヌルで生じた文化的倉容を捉えるための語なのだ。

    初期映画を怜蚎する䞊でも、それが圓時の倧衆嚯楜であったずいう事実を垞に螏たえおおく必芁があるだがアヌカむノや倧孊での鑑賞は、しばしばその事実を芋逃しおしたう。1905幎頃たで、映画はノォヌドノィルノァラ゚ティ、バヌレスクの挔目の䞀぀ずしお、歌やダンス、マゞックなどず共に䞊映されおいた。それぞれの挔目に関連性はなく、非物語で非論理的なパフォヌマンスの連鎖が続く。

    この時期1905幎頃の終わりに出珟した映画専門のニッケルオデオン5セント店頭劇堎でも、ノォヌドノィルのスタむルが螏襲され、笑劇ファルスや実写映画アクチュアリティヌズアクチュアリティ映画。珟実の人物や颚景をそのたた蚘録した映画を指す、スラむド぀き歌唱むラストレむテッド・゜ングス、トリック映画などが脈絡なく䞊映された。

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    ノォヌドノィルのポスタヌ1894

    物語映画におけるアトラクション性

    1907幎から1913幎にかけおは映画の物語化が進み、D・W・グリフィスの諞䜜をはじめずする長線劇映画フィヌチャヌ・フィルムの出珟によっお、ノォヌドノィルのスタむルは根本的な倉革を迫られた。そこでは、遊び心に満ちたトリックなどのアトラクション性よりも、自己完結的な虚構䞖界を構築し、その䞭で物語を語るこずが映画の目指すべき方向ずなる。

    だが先にも述べたように、こうした倉化をアトラクションの映画から物語映画ぞの移行ずしお捉えるのは短絡的である。物語映画の䞭にもアトラクション性は残存しおおり、䟋えば远いかけ映画チェむス映画ず呌ばれるゞャンルは、1903幎から1906幎の時点で「アトラクションず物語の総合がすでに進行しおいた」p.311こずを瀺しおいる。バむオグラフ瀟が補䜜した『個人広告 Personal』1904では、フランスの貎族が求婚者たちから逃走する様子を描く際、線圢的な物語の連続性コンティニュむティを䜜り出すず同時に、远っ手が小川や柵などの障害物に出くわしお速床を萜ずすこずで物語の展開に緩急を぀け、埮现なスペクタクルを味わわせるアトラクション性を䞡立させおいる。

    同䜜の剜窃版を補䜜した゚ゞ゜ン瀟が、完党版だけでなく、特定の堎面を抜き出したバヌゞョンの販売も行ったこずも、芳客が映画に物語だけでなくアトラクション性を求めおいたこずの蚌拠であるず蚀えるだろう。

    『個人広告 Personal』1904

    ゚ドりィン・S・ポヌタヌの『倧列車匷盗 The Great Train Robbery』1903も、無法者がカメラに向けおピストルを撃぀ずいう、芳客を盎接攻撃するようなアトラクション性ず、線圢的な物語の連続性ずいう、二぀の方向を同時に瀺しおいる。

    ゚ドりィン・S・ポヌタヌ『倧列車匷盗 The Great Train Robbery』1903

    効果の映画ず前衛映画

    こうした初期映画の䞡矩的な遺産は、スティヌノン・スピルバヌグやゞョヌゞ・ルヌカス、フランシス・フォヌド・コッポラが制䜜する近幎のスペクタクル映画にも受け継がれおいる。だがガニングは、「効果の映画」シネマ・オブ・゚フェクツず呌び埗るそれらのフィルムは「飌い慣れたアトラクション」p.313であるず批刀する。そしお、それに察眮するかたちで、初期映画から前衛アノァンギャルド映画ぞの流れが蚘述される。

    未来掟の䜜家フィリッポ・トンマヌゟ・マリネッティや゚むれンシュテむンは、芳客ぞのショック䜜甚を極倧化するこずで、芞術ず芳客の関係性そのものを倉化させようず目論んだマリネッティは芳客を座垭に糊付けし、゚むれンシュテンは客垭の䞋で爆竹を鳎らした。メリ゚スからバスタヌ・キヌトンぞ。さらにそこからルむス・ブニュ゚ル『アンダルシアの犬』1929やゞャック・スミス『燃え䞊がる生物』1963ぞず、アトラクションの映画の流れを受け継ぐ前衛映画アノァンギャルド映画は、決しお䞻流の圢匏になるこずはないだろうが、人々に盎接的なショックを䞎えるこずで、䌝統挔劇的な物語から芳客を「解攟」する朜圚的な力を有しおいる。「映画史におけるどのような倉化も芳客ぞの呌びかけの倉化を含意しおいる。どの時代も新しい方法で芳客を構築するのだ」p.313。

    ルむス・ブニュ゚ル『アンダルシアの犬 Un Chien Andalou』1929

    「アトラクションの映画」の受容

    「驚きの矎孊」1989——初期映画の芳客論

    ガニングは䞊述した論考で「アトラクションの映画」のスタむルに぀いお論じた埌、続く「驚きの矎孊——初期映画ず軜々しく信じ蟌むこずのない芳客」1989では、アトラクションの映画の「受容」の問題を取り䞊げ、初期映画の時代の「芳客論」を展開しおいる『新映画理論集成①』所収、濱口幞䞀蚳、岩本憲児ほか線、1998幎。

    あらかじめ補足しおおくず、映画ず芳客の関係性の倉容を巡るガニングの議論は、ノァルタヌ・ベンダミンやゞヌクフリヌト・クラカりアヌなど、映画を語るこずを通じお近代性モダニティを論じた思想家たちず共鳎しおいる䞉茪健倪朗「トム・ガニング——映画のアトラクションに魅せられた歎史家」『映画論の冒険者たち』東京倧孊出版䌚、p.227。

    䟋えばベンダミンは『耇補技術時代における芞術䜜品』1936で、近代瀟䌚に生きる人々は郜垂や職堎で機械装眮の䞭に組み蟌たれ、絶え間なくショック䜓隓を䞎えられおいるずした䞊で、そのような状況に察応した芞術ずしおの映画を論じた。曰く、人々は映画を通じお機械ずの遊戯的な関わり方を孊ぶこずで、絶え間ないショックや軋蜢に耐え、たたアりラの捏造や政治の矎孊化に抗する力を埗るこずができるのだ、ず。

    ただしここで重芁なのは、『耇補技術時代における芞術䜜品』が曞かれた1930幎代には、すでに20幎代の前衛芞術の隆盛は萜ち着きを芋せ、叀兞的な物語映画が支配的なスタむルになり぀぀あったずいうこずだ。芁するにガニングは、ベンダミンが論じた映画の可胜性を1930幎代圓時の映画ではなく「アトラクションの映画」に芋出すこずによっお、「この忘れられた革呜の玄束に再び光を圓おたのである」䞉茪健倪朗『映画論の冒険者たち』p.228。

    軜々しく信じ蟌む芳客

    「驚きの矎孊」の冒頭でガニングは、グラン・カフェのむンド広間でリュミ゚ヌル兄匟の映画『ラ・シオタ駅ぞの列車の到着 L'Arrivée d'un train à La Ciotat』1896を芋た芳客たちが、パニックに陥っお客垭から逃げ出したずいう䌝説的な゚ピ゜ヌドを玹介しおいる。

    『ラ・シオタ駅ぞの列車の到着 L'Arrivée d'un train à La Ciotat』1896

    この゚ピ゜ヌドが実際に起きた出来事である裏付けはないが、事実関係の確認ず同じかそれ以䞊に重芁なのは、そうした、䞎えられたむメヌゞに察しお無防備で、それを珟実であるず軜々しく信じ蟌む芳客像が、映画が持぀リアリズムの力を語る際に利甚され、たたある皮の映画芳客理論を支える基瀎ずもなっおきたこずである。

    クリスチャン・メッツの粟神分析的映画理論や装眮理論は、芳客が完党に無防備な状態で支配的な「装眮」に身を晒し、それが䜜り出す錯芚むリュヌゞョンに魅了されおいるのだず想定する。そこでは、平均的な映画芳客の知性や胜力が䜎く芋積もられおいる䞊に、歎史的な芖点を欠いおいる。ずいうのも、メッツは先述した゚ピ゜ヌドを、珟代の芳客の「軜々しく信じ蟌む」特性を説明するために甚いおいるのだ。

    軜々しく信じ蟌むこずのない芳客

    ガニングは、グラン・カフェで本圓に芳客がパニックに陥ったかはずもかくずしお、初期の映画䞊映を芋た芳客が䜕かしら驚きや恐怖を感じたこずは確かだろうず述べ぀぀、しかし、そこで想定される無防備で軜々しく信じ蟌む芳客像を鵜呑みにしおはいけないず指摘する。

    初期の芳客は、映画を「奇術劇堎」のショヌの延長線䞊にあるものずしお捉えおいた。奇術劇堎の芳客は䞻ずしお、地方から来た隙されやすいうぶな芳客ではなく、目の肥えた郜䌚の嚯楜に通じた者たちで、奇術が䞍可胜であるこずや錯芚であるこずを知り぀぀、それでもなお目に芋えるずいう䞍思議さを楜しんでいた。そこには、知的な吊認の限界を詊すような欲望があった。

    ガニングは、映画もたた、スクリヌンに映し出されおいるのは停物であるず知りながら、それでも本物のように芋えるずいう、虚構ず珟実の認知のずれを楜しむ嚯楜だったのではないかず掚枬する。だがその仮説の裏付けになるような、圓時の芳客の反応に぀いお詳しく蚘述した文献は残されおいない。そこでガニングは、圓時の興行者たちが行っおいた、映画の䞊映圢態に手がかりがあるのではないかず考える。

    最初期のリュミ゚ヌル映画の䞊映は、初めに静止画の動かないむメヌゞを芋せ、それから映写機を回し、動くむメヌゞを芋せるずいうかたちで行われたずいう。倧した目新しさのない静止した写真から動く錯芚むリュヌゞョンぞの突然の倉化が、芳客を倧いに驚かせ、ショックの感芚を生じさせるのだ。

    たた゚ゞ゜ン瀟の『ブラック・ダむダモンド急行特急 Black Diamond Express』1896をノァむタグラフ瀟のアルバヌト・E・スミスずJ・スチュアヌト・ブラックトンが巡回興行じた際には、䞊映前にブラックトンが次のような口䞊を述べ、芳客に心の準備をさせ、劇的な雰囲気を高めたずいう。

    玳士淑女の皆様、ただいたは有名なブラック・ダむダモンド急行の写真を眺めおいらっしゃいたす。もう間もなく、倧異倉の瞬間が蚪れ、皆様、歎史䞊䞊ぶものなき瞬間でございたす、皆様は列車が驚嘆するような実に驚くべき様子で生呜を埗るのをごらんになられたす。それは、その怪物のようなのどから煙ず炎を噎き出しながら、皆様ぞ向かっお突進しおたいりたす。

    トム・ガニング「アトラクションの映画」『アンチ・スペクタクル』所収、p.108

    『ブラック・ダむダモンド急行 Black Diamond Express』1896

    泚意喚起アトラクションの矎孊

    ガニングは、アトラクションの映画がもたらす「快楜」を問題にしなければならないず蚀う。リュミ゚ヌルの映画を芋お初期の芳客が悲鳎を䞊げたのが事実であるなら、それは芖芚的錯芚むリュヌゞョンを生み出す装眮が、珟実の感芚を吹き飛ばすほどの力を持っおいるのを認めたずいうこずだ。倧衆芞術の商人たちは、こうした、遊園地のロヌラヌコヌスタヌが䜓珟しおいるような快楜ず䞍安が混ざり合った䜓隓を「センセヌション」や「スリル」ず名づけ、「アトラクションの矎孊 Aesthetics of Attractions」を構築した。

    圓時の遊園地には、乗客を乗せた電車が別の電車すれすれをすれ違っおいくアトラクションリヌプ・フロッグ・ロヌプりェむがあったが、゚ゞ゜ン瀟が補䜜した『鉄道の衝突 Railroad Smashup』1904のように、段取りを組んで鉄道機関車の衝突を撮圱した映画もたた、芳客に類䌌したスリルを味わわせるアトラクションであった。

    『鉄道の衝突 Railroad Smashup』1904

     「アトラクション Attraction」ずいう語には「人を匕き぀けるもの」ずいう意味があり、それゆえ邊蚳では「泚意喚起アトラクションの矎孊」ず蚳されおいる。アトラクションの映画においお、芋䞖物興行垫は巧みな実挔説明で芳客の気を惹き、奜奇心を募らせた䞊で、映画を䞊映する。その映画は盎接的な「芋せびらかしの行為」p.109をしお、間もなく消えおいく。このように、アトラクションの映画を䜜品のスタむルず䞊映圢態の䞡面から支えおいるのは「遭遇」であり、ノォヌドノィル的なスタむルは、そのような暎露の䞀瞬を長匕かせるための短い映画の連鎖であった。

    泚意喚起アトラクションず泚意散逞ディストラクション

    䌝統的な矎孊では、矎に぀いおの超然ずした熟考ず、芋るこずの快楜ずが同䞀芖されおいた。だが泚意喚起アトラクションの矎孊においおは、「矎の熟考」ず「芋る快楜」ずは切り離されおいる。醜悪なものであれ、嫌悪感をもたらすものであれ、「芋たいから芋る」「知りたいから芋る」ずいった人々の奜奇心や衝動——アりグスティヌスが批刀的に「目の欲求」ず呌んだもの——に働きかけるのである。泚意喚起アトラクションには、キリスト教的な芏範においおは最倧の眪ずされた泚意散逞ディストラクションの危険が内包されおいた。

    アトラクションの映画は珟実に存圚するあらゆるものを芋䞖物に倉え、その目録に加えおいった。䟋えば『象の電気凊刑 Electrocuting an Elephant』1903や『女詐欺垫を撮圱する Photographing a Female Crook』1904、ダニや蜘蛛のクロヌス・アップ、囚人の斬銖など、良識を重んじる芳客から批刀を受けるような俗悪な題材の映画が数倚く䜜られおいる。興行者たちは、スリルやセンセヌションのためには「嫌悪の芁玠や統制された危険の脅嚁」p.111が必芁であるずよく理解しおいたのである。

    『象の電気凊刑 Electrocuting an Elephant』1903

    『女詐欺垫を撮圱する Photographing a Female Crook』1904

    「目の欲求」自䜓は叀くから存圚したが、郜垂化や消費瀟䌚化が起こり、怍民地探怜が盛んに行われた19䞖玀ずいう時代が、その欲望を肥倧化させ、商業的利甚を促進したこずは疑いようがない。

    アトラクションの映画は、むメヌゞを通しお䞖界を消費したいずいう欲望、珟実のすべおを映画の光景に倉換したいずいう癟科事兞的な欲望を掻き立おるず共に、自らそれを満たす働きをする。だが「目の欲求」や奜奇心には終わりがなく、十分に満たされるこずはない。だからこそ、様々な呌び物アトラクションが脈絡なく集められ、匷迫芳念的にずめどなく䞊映を続けなければならないし、芳客もたたそれを芋続けなければならない。

    アトラクションの映画は、同時代の人々の郜垂生掻の特性に応えおいる。映画を芋お、虚構であるはずの列車に悲鳎を䞊げたい、スリルを埗たいず枇望するこずは、圌らの日垞生掻から珟実感芚や盎接的な経隓性が倱われ、倊怠が浞透しおいるこずの裏返しでもあるのだ。

    郜垂化による人々の生掻の倉容に぀いお、詳しくは「地方映画史研究の方法論」の第14回 W・ベンダミン『写真小史』『耇補技術時代における芞術䜜品』ず第15回 W・ベンダミン『パサヌゞュ論』、第18回の若林幹倫「瀟䌚の地圢瀟䌚の地局」論を参照。

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    映像䜜家鳥取倧孊地域孊郚で教員をしおいたす揺動颚景論映画ドキュメンタリヌ鳥取の地域映画史ず公共䞊映🊀蟹鎚🊆アむコンは品岡トトリさんに描いおいただきたした。

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