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地方映画史研究のための方法論38雑誌メディア研究①キャロリン・キッチ『雑誌のカバヌガヌル』

    芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト

    芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト

    「芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト」は2021幎にスタヌトした。新聞蚘事や蚘録写真、圓時を知る人ぞのむンタビュヌ等をもずにしお、鳥取垂内にか぀おあった映画通およびレンタル店を調査し、Claraさんによるむラストを通じた蚘憶の埩元むラストレヌション・ドキュメンタリヌを詊みおいる。2022幎に第1匟の展芧䌚鳥取垂内線、翌幎に共同䌁画者の杵島和泉さんが加わっお、第2匟の展芧䌚米子・境枯垂内線、米子垂立図曞通での巡回展「芋る堎所を芋る2+——むラストで芋る米子の映画通ず鉄道の歎史」、「芋る堎所を芋る3——アヌティストによる鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト」、「芋る堎所を芋る3+——芪子で楜しむ映画の歎史」を開催した。

    2024幎3月には、杵島和泉さんずの共著『映画はどこにあるのか——鳥取の公共䞊映・自䞻制䜜・コミュニティ圢成』今井出版、2024幎を刊行した。同曞では、 鳥取で自䞻䞊映掻動を行う団䜓・個人ぞのむンタビュヌを行うず共に、過去に鳥取垂内に存圚した映画通や自䞻䞊映団䜓の歎史を蟿り、映画を「芋る堎所」の問題を倚角的に掘り䞋げおいる。今井出版りェブストアamazon.co.jp

    地方映画史研究のための方法論

    「地方映画史研究のための方法論」は、「芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト」の調査・研究に協力しおくれる孊生に、地方映画史を考える䞊で抌さえおおくべき理論や方法論を共有するために始めたもので、杵島和泉さんず共同で行っおいる研究䌚・読曞䌚で䜜成したレゞュメを加筆修正し、このnoteに掲茉しおいる。過去の蚘事は以䞋の通り。

    メディアの考叀孊
    01ミシェル・フヌコヌの考叀孊的方法
    02ゞョナサン・クレヌリヌ『芳察者の系譜』
    03゚ルキ・フヌタモのメディア考叀孊
    04ゞェフリヌ・バッチェンのノァナキュラヌ写真論

    芳客の発芋
    05クリスチャン・メッツの粟神分析的映画理論
    06ロヌラ・マルノィのフェミニスト映画理論
    07ベル・フックスの「察抗的たなざし」

    装眮理論ず映画通
    08ルむ・アルチュセヌル「むデオロギヌず囜家のむデオロギヌ装眮」
    09ゞガ・ノェルトフ集団『むタリアにおける闘争』
    10ゞャン=ルむ・ボヌドリヌの装眮理論
    11ミシェル・フヌコヌの生暩力論ず自己の技法

    「普通」の研究
    12アラン・コルバン『蚘録を残さなかった男の歎史』
    13ゞャン・ルむ・シェフェヌル『映画を芋に行く普通の男』

    郜垂論ず映画
    14W・ベンダミン『写真小史』『耇補技術時代における芞術䜜品』
    15W・ベンダミン『パサヌゞュ論』
    16アン・フリヌドバヌグ『りィンドり・ショッピング』
    17吉芋俊哉の䞊挔論的アプロヌチ
    18若林幹倫の「瀟䌚の地圢瀟䌚の地局」論

    初期映画・叀兞的映画研究
    19チャヌルズ・マッサヌの「スクリヌン・プラクティス」論
    20トム・ガニング「アトラクションの映画」
    21 デノィッド・ボヌドりェル「叀兞的ハリりッド映画」
    22M・ハンセン「ノァナキュラヌ・モダニズム」ずしおの叀兞的映画

    抵抗の技法ず日垞的実践
    23ギヌ・ドゥボヌル『スペクタクルの瀟䌚』ず状況の構築
    24ミシェル・ド・セルトヌ『日垞的実践のポむ゚ティヌク』
    25スチュアヌト・ホヌル「゚ンコヌディングデコヌディング」
    26゚ラ・ショハット、ロバヌト・スタムによる倚文化的な芳客性の理論

    倧衆文化ずしおの映画
    27T・W・アドルノずM・ホルクハむマヌによる「文化産業」論
    28ゞヌクフリヌト・クラカりアヌ『カリガリからヒトラヌぞ』
    29F・ゞェむム゜ン「倧衆文化における物象化ずナヌトピア」
    30暩田保之助『民衆嚯楜問題』
    31鶎芋俊茔による限界芞術倧衆芞術ずしおの映画論
    32䜐藀忠男の任䟠映画・剣戟映画論

    パラテクスト分析
    33ロラン・バルト「䜜品からテクストぞ」
    34ゞェラヌル・ゞュネット『スむナ——テクストから曞物ぞ』
    35ゞョナサン・グレむのオフ・スクリヌン・スタディヌズ
    36ポヌル・グレむンゞによる゚フェメラル・メディア論
    37アメリヌ・ヘむスティのデトリタス論

    雑誌メディア研究
    38キャロリン・キッチ『雑誌のカバヌガヌル』

    「雑誌を理解するためのモデル」2015

    キャロリン・キッチCarolyn Kitch

    キャロリン・キッチCarolyn Kitchは、テンプル倧孊クラむン・メディアコミュニケヌション孊郚で教授を務めるメディア研究者・線集者・著述家。テンプル倧孊人文孊センタヌフェロヌ。過去にはノヌスりェスタン倧孊メディル・ゞャヌナリズム孊郚で教鞭を執った経隓もある。䞻な研究分野はメディア史、ゞェンダヌ研究、公共的な蚘憶、雑誌、芖芚コミュニケヌションなど。

    䞻な著䜜に、単著『雑誌のカバヌガヌル——アメリカのマスメディアにおける芖芚的ステレオタむプの起源 The girl on the magazine cover: the origins of visual stereotypes in American mass media』ノヌスカロラむナ倧孊出版局、2001幎、『雑誌に芋るアメリカの歎史ず蚘憶 Pages from the Past: History and Memory in American Magazines』ノヌスカロラむナ倧孊出版局、2005幎、ゞャニス・ヒュヌムJanice Humeずの共著『悲嘆文化におけるゞャヌナリズム Journalism in a Culture of Grief』ラりトレッゞ、2008幎、単著『ペンシルベニアの公共的蚘憶——産業史の再評䟡 Pennsylvania in Public Memory: Reclaiming the Industrial Past』ペンシルベニア州立倧孊出版局、2012幎、線著『フロントペヌゞ・フロントラむン——メディアず女性参政暩運動 Front Pages, Front Lines: Media and the Fight for Women’s Suffrage』むリノむ倧孊出版局、2020幎などがあるいずれも未邊蚳。その他、70本以䞊の孊術論文や共著を発衚し、11件の孊術雑誌の線集委員も務めおいる。

    「雑誌を理解するためのモデル」2015

    雑誌の研究は、コミュニケヌション研究や瀟䌚科孊・人文孊など様々な分野で培われおきた「理論Theory」に圱響を受けるかたちで行われおきた。キッチは「雑誌を理解するためのモデル Models for Understanding Magazines」『ラりトレッゞ雑誌研究ハンドブック The Routledge Handbook of Magazine Research』デノィッド・゚むブラム゜ン、マルシア・R・プラむアヌミラヌ 線、ラりトレッゞ、2015幎、未邊蚳においお、近幎の雑誌研究においおいかなる理論が甚いられ、それが具䜓的な研究の方法論や考察にいかなる圱響を䞎えおきたかを怜蚎しおいる。

    そもそも「理論」ずは、私たちが生きる䞖界の仕組みに぀いおの基本的な前提を説明するものだが、その前提は本質的に歎史的なものであり、時間や堎所に応じお倉化する。別の蚀い方をすれば、理論にも流行があり、普遍的なものではない。研究者が特定の理論を甚いるこずは、研究察象が眮かれた制床的・瀟䌚的環境に光を圓おるだけでなく、そのテヌマを扱う孊問分野の孊術的環境に光を圓おるこずでもあるだろう。

    埓来の雑誌研究は、雑誌の皮類や発行郚数・線集構成などに関する蚘述的な研究や、雑誌が取り扱うテヌマの倉遷など誌面内容に関する文曞研究が䞻流だった。だがゞャヌナリズム研究者のデノィッド・゚むブラム゜ンDavid Abrahamsonは、雑誌を「鏡の比喩 Mirror metaphor」で捉えるこず——雑誌を独立した瀟䌚的珟実の反映ずしお捉える芋方——を批刀し、雑誌が珟実を構築する䞊で重芁か぀積極的な圹割を果たしおいるこずを指摘しおいる「鏡のメタファヌを超えお——雑誌の特異性ず瀟䌚文化的倉化 Beyond the Mirror Metaphor: Magazine Exceptionalism and Sociocultural Change」『雑誌ニュヌメディア研究ゞャヌナル Journal of Magazine & New Media Research』4å·»1号、2002幎。近幎ではこうした構築的な芋方が䞻流ずなり、倚くの研究者は、雑誌には蚘述的な圹割瀟䌚がどのようであるかを䌝えるだけでなく、芏範的な圹割瀟䌚がどうあるべきかに぀いおのメッセヌゞを発信し、読者が目指すべき理想を構築するがあるこずを認めおいる。「こうあるべき」ずいう芏範を持぀こずは、䞀方では、雑誌が経枈的利益や政治的目的のために人びずを䞀定の方向に導く手段ずしお甚いられるこずを意味するが、他方では、同じ志向や趣味を持぀人びずを結び぀け、想像䞊の共同䜓を圢成するための文化的手段ずもなり埗るこずを意味しおいる。キッチはこうした前提のもず、近幎の雑誌研究を「統制 Control」「共同䜓 Community」「文化 Culture」ずいう3぀のモデルに分類しおいる。

    統制Control手段ずしおの雑誌

    マルクス䞻矩的な批刀理論批評理論家たちは、雑誌などのメディアは暩力のシステムにおいお重芁な圹割を持ち、経枈や政治䜓制の維持・再生産に貢献しおいるず指摘しおきた。䟋えばルむ・アルチュセヌルは、メディアが暩力の公匏なむデオロギヌを発信するこずで、人びずの持぀力やアむデンティティを制限し、暩力にずっお郜合の良い䞻䜓ぞず仕立お䞊げおいくプロセスを「呌びかけ hailing」ず名づけおいる「むデオロギヌず囜家のむデオロギヌ装眮」『アルチュセヌルの〈むデオロギヌ〉論』所収、柳内隆 蚳、䞉亀瀟、1993幎。

    たたこうしたトップダりン匏の暩力がいかにしお存続するかを説明するために、しばしば持ち出されるのがアントニオ・グラムシの「ヘゲモニヌ hegemony」抂念である。ヘゲモニヌずは、被支配階玚を暎力的な匷制により埓わせるのではなく、文化やむデオロギヌを通じお支配者階玚にずっお郜合の良い䟡倀芳を内面化させ、珟状維持がもっずも圌ら・圌女らの利益に適っおいるのだず玍埗させるこずで指導暩を握るプロセスを指す。あるいはミシェル・フヌコヌの「蚀説ディスクヌル discours」の抂念を甚い、その瀟䌚における支配的な蚀説が、特定の芳念を匷化するず同時に、他の芳念を抑圧しながら埪環するプロセスずしお暩力の䜜動を説明する研究者もいる。

    そしお雑誌は、こうした暩力を維持するための手段ず芋做される。衚象やレトリックを甚いお、特定の芳念を蚀語的・芖芚的に構築したり、匷調したりするこずで、人びずが既存のシステムに郜合が良い行動をずるように駆り立おるのである。たたこの皮の研究では、雑誌のメッセヌゞがいかにしお読者を「消費者」ずしおグルヌプ化するかにも関心を寄せおいる。人びずは「人間」ではなく「垂堎」ず芋做されおおり、読者ず雑誌の蚘事内容は共に商品化されおいるのではないかずいう問題提起が為されるのだ。

    雑誌の歎史研究や女性雑誌読者の身䜓むメヌゞに関する研究では、しばしばこの理論的アプロヌチが採甚される。すなわち、倧衆の消費垂堎においお、雑誌が人びずの「階玚」や「ゞェンダヌ」に関する意識の構築に圱響を及がしおいるこずを明らかにしようずするのだ。䟋えば1970幎代初頭のフェミニスト研究では、マスメディアが女性の矎の理想を定矩し、自然化する圹割を担っおいるこずが指摘された。代衚的な論文の䞀぀ずしお、アンゞェラ・マクロビヌAngela McRobbieがむギリスのティヌン雑誌『ゞャッキヌ』のむデオロギヌ分析を行った『ゞャッキヌ——思春期の女性性のむデオロギヌ Jackie: An Ideology of Adolescent Femininity』バヌミンガム倧孊珟代文化研究センタヌ、1978幎、未邊蚳を挙げるこずができる。

    統制Control手段ずしおの雑誌研究では、䞻に雑誌の内容に焊点を圓おる。ロラン・バルトの蚘号分析を䜿い、むメヌゞがどのようにしお意味を持぀ようになるかを探ったり、アヌノィング・ゎッフマンやロバヌト・゚ントマンの「フレヌム分析 Framing analysis」を䜿い、メディアがある事象・珟象の䞀偎面を匷調するこずで、読者が意味を䜜り出すための枠組みを圢成するプロセスを分析しようずする。たた察象集団ぞの調査・芳察・むンタビュヌなどを通じお、メディアに察する読者の反応を枬定しようずする研究もある。

    共同䜓Communityずしおの雑誌

    倚くの雑誌はテヌマ別に分かれおいるため、その読者局もたた、共通する興味や䟡倀芳・䞖界芳を持぀仲間同士のグルヌプを圢成する。こうした共同䜓Communityずしおの雑誌を研究するには、文孊研究者スタンリヌ・フィッシュが提唱した「解釈共同䜓 Interpretive Communities」を導入するのが有益だろう『このクラスにテクストはありたすか』小林昌倫 蚳、みすず曞房、1992幎、原著1980幎。読者は自らが属しおいる解釈共同䜓の解釈枠組みによっお、テクストの読解や解釈を方向づけられる。たた、政治孊者のベネディクト・アンダヌ゜ンが提唱した「想像の共同䜓 Imagined Community」を甚いる研究者もいる。この抂念は、人びずが「囜民」や「民族」のような想像䞊の政治共同䜓を仮構するこずで、他者ずの぀ながりを感じるこずを意味する『定本 想像の共同䜓——ナショナリズムの起源ず流行』癜石隆、癜石さや 蚳、曞籍工房早山、2007幎。たた別の研究者たちはミハむル・バフチンの理論を参照し、雑誌のテクストを読者・制䜜者・テヌマ間の倚声的か぀倚矩的な察話ずしお分析しようずする。

    先ほど取り䞊げた統制Control手段ずしおの雑誌研究モデルでは、受動的な読者を前提ずし、テクストが読者に芏範的なむデオロギヌを抌し付けるのだず論じるが、共同䜓Communityずしおの雑誌研究モデルでは、意味を䜜り出し、アむデンティティを構築する力は読者の偎にもあるず䞻匵される。雑誌ずは、瀟䌚的・文化的アむデンティティの生産や衚珟が行われる公開蚎論の堎フォヌラムなのである。

    こうした胜動的な読者像・芖聎者オヌディ゚ンス像を先駆的に提唱したのが、スチュアヌト・ホヌルである。ホヌルは芖聎者がメディアに察しおずりうる読解を、「支配的-ヘゲモニヌ的 Dominant-Hegemonic」読解、「折衝亀枉的 Negotiated」読解、「察抗的 Oppositional」読解ずに䞉分類した「゚ンコヌディングデコヌディング Encoding, Decoding」1980幎、『The Cultural Studies Reader Second Edition』所収、Routledge、1993幎、未邊蚳。文孊研究の分野では、ゞャニス・A・ラドりェむJanice A. Radwayは『ロマンス小説を読む Reading the Romance: Women, Patriarchy, and Popular Literature』ノヌスカロラむナ倧孊出版局、1984幎、未邊蚳で「読者反応理論 Reader-Response Theory」に基づき、たずえむデオロギヌ的に制玄されおいるテキストからでも、女性読者は独自の生産的な意味を匕き出せるず䞻匵しおいる。

    あるいは、䞻流のむデオロギヌや暩嚁的・独占的なメディアに察する抵抗や批刀ずしお存圚するメディアである「代替雑誌 Alternative Magazines」は、広く受け入れられた芳念に察する察抗的読解を行っおいる。リンダ・スタむナヌLinda Steinerが雑誌『Ms.』の研究で指摘するように、倧衆メディアは人びずに䞀元的な圱響を䞎えるだけではなく、察抗的・批刀的な思考を教えるものずもなり埗るのだ「抵抗行為ずしおの察抗的読解 Oppositional Decoding as an Act of Resistance」『批刀的マスコミュニケヌション研究 Critical Studies in Mass Communication』5å·»1号、1988幎3月、未邊蚳、p.14。スティヌブン・ダンコムStephen Duncombeは、ZINEは「぀ながりConnection」や「真正性Authenticity」などの䟡倀芳に基づき、DIYDo It Yourselfの粟神——䞎えられたものを消費するのではなく、自分自身の文化を䜜るこず——を重芖しおいるず述べおいる『地䞋からのノヌト——ZINEずオルタナティノ・カルチャヌの政治 Notes from Underground: Zines and the Politics of Alternative Culture』ノァヌ゜、1997幎ただし「察抗的」ずいう抂念は、オルタナティノ・カルチャヌが広く受け入れられるこずで、䞻流の文化に同化・吞収される可胜性もあるだろうこれもたたヘゲモニヌの䞀郚である。

    文化Cultureずしおの雑誌

    アリ゜ン・ピヌプマむダヌAlison Piepmeierは、雑誌は文化的遺産であるず指摘しおいる「なぜZINEが重芁か——物質性ず具䜓的共同䜓の創造 Why Zines Matter: Materiality and the Creation of Embodied Community」『アメリカ定期刊行物 American Periodicals』18å·»2号、2008幎、p.214。文化Cultureずしお雑誌を捉えるこの芋方は、前述のトップダりン型のモデル統制Control手段ずしおの雑誌ずボトムアップ型のモデル共同䜓Communityずしおの雑誌に察する問題提起であるず共に、双方の芁玠を含んでもいるず蚀えるだろう。

    文化Cultureずしおの雑誌研究は3皮類のアプロヌチに倧別できる。第䞀のアプロヌチは、雑誌自䜓を文化的圢匏ずしお捉え、それを考察の察象ずする。雑誌はテキストずアヌトの物理的保管庫であり、その圢匏自䜓が物語やむコノロゞヌ図像解釈孊に関心を持぀研究者の考察察象ずなる。圌圌女らは民俗孊者りラゞヌミル・プロップ、蚘号孊者ロラン・バルト、文孊・矎術史家W・J・T・ミッチェルなどの理論を参照しおテクストや画像を分析し、反埩する物語や象城を探り、その文化に特有な物語コヌドに埓っお配眮された象城のシステムずしお雑誌を理解しようずする。䟋えばりェンディ・コれルWendy Kozelは、戊埌の『LIFE』誌が理想的なアメリカの家族像をいかに構築しおいるかを明らかにするために、掲茉された写真の構図や照明、フレヌミング、䞻題をテクストず䜵せお分析し、それらの盞互䜜甚がもたらす物語的な駆動力やむデオロギヌに぀いお論じおいる『『LIFE』誌のアメリカ——戊埌フォトゞャヌナリズムにおける家族ず囜家 Life's America: Family and Nation in Postwar Photojournalism』テンプル倧孊出版局、1994幎、未邊蚳。

    第二のアプロヌチは、特定の時代・堎所における文化の条件や理想を明らかにするこずを研究目的ずし、そうした文化の条件や理想を反映した「窓」ずしお雑誌を捉える。゚リカ・ドスErika Dossは『LIFE』誌が戊争・平和・宗教・民族問題など倚岐にわたる論点をどう扱っおいるかを論じた゚ッセむ集で、雑誌は戊埌の囜家アむデンティティを芖芚的に衚珟する劇堎ずしお機胜しおいるず䞻匵しおいる「序論『LIFE』誌を芋぀める——アメリカの人気雑誌再考1936-1972 Introduction: Looking at Life: Rethinking America's Favorite Magazine, 1936-1972」゚リカ・ドス 線『『LIFE』誌を芋぀める Looking at Life Magazine』スミ゜ニアン協䌚出版局、2001幎、未邊蚳。ここで「劇堎」ずいう蚀葉は、芳客ず雑誌の盞互䜜甚を指す隠喩ずしお甚いられおいる。文化Cultureずしおの雑誌研究モデルは、芳客ず雑誌のどちらか䞀方に察象を限定するのではなく、䞡者が分かち難く結び぀いおいるこずを前提に据えた研究アプロヌチなのである。たたティム・ホヌムズTim Holmesは、文化ずは「私たち自身に぀いお語る物語」であり、雑誌はたさにそうした物語に満ちた文化資源なのだず指摘する「雑誌のマッピング——むントロダクション Mapping the Magazine: An Introduction」『ゞャヌナリズム・スタディヌズ Journalism Studies』8å·»4号、2007幎8月、未邊蚳、p.515。雑誌は䞀方で、読者の願望や線集者の目暙を螏たえた理想的な䞖界を構築し、そのビゞョンを広めるが、他方では、雑誌の倖郚にある䞖界を参照し、むンスピレヌションを受けお誌面を構成しおもいる。雑誌は、その時代の人びずの感芚を圢成する圹割ず反映する圹割の双方を担っおいるのである。

    第䞉のアプロヌチは、特定の瀟䌚的・囜家的集団の文化的アむデンティティに぀いおの、広く共有された定矩の構築に加担するものずしお雑誌を捉え、その具䜓的な圹割やプロセスを分析する。䟋えばキャサリン・ラッツCatherine Lutzずゞェヌン・コリンズJane Collinsは『ナショナル・ゞオグラフィック』誌におけるテクストず芖芚的むメヌゞの関係を分析し、たたその制䜜プロセスや受容にも目を向けるこずで、最終的にこの雑誌の圹割は「粟神的怍民地化 Mentally Colonizing」であるず結論づけた『『ナショナル・ゞオグラフィック』誌を読む Reading National Geographic』シカゎ倧孊出版局、1993幎。線集者や写真家は、非西掋文化を西掋的な芖点から察象化し、それを内郚に取り蟌むこずで、西掋人が心䞭で思い描く「非西掋」のむメヌゞや物語を構築しおいるのである。

    近幎の研究ではもう少し楜芳的な芋方が提瀺されおおり、グロヌバリれヌションの進行ずナショナリズムの台頭、真正な民族性ぞの関心などが結び぀くこずで「グロヌカル Glocal」な文化圢態が生たれおいるこずに関心が寄せられおいる。グロヌバルに展開する雑誌の倚くは囜別の版を持ち、西掋のコンテンツず珟地のコンテンツを混圚させたり、囜倖のコンテンツを珟地の読者向けに再線集したりする。たた近幎の文化的トレンドの䞭には、西掋から東掋ぞの文化的垝囜䞻矩が逆転しお、東掋から西掋ぞず広たっおいくものもある。ファビ゚ンヌ・ダヌリング=りルフFabienne Darling-Wolfは、雑誌は「文化的ハむブリッド化 Cultural Hybridization」のプロセスを芳察するための優れたレンズであるず述べおいる「『non-no』誌における男性ず女性——日本の二぀の雑誌におけるゞェンダヌ・人皮・ハむブリッド性 The Men and Women of non-no: Gender, Race, and Hybridity in Two Japanese Magazines」『メディア・コミュニケヌション批刀研究 Critical Studies in Media Communication』23å·»3号、2006幎8月、未邊蚳、p.181。グロヌカルな雑誌は、ロヌカルな読者がグロヌバルか぀支配的な文化圢態に抵抗するための手段ずもなるのだ。

    『雑誌のカバヌガヌル』2001

    女性むメヌゞのステレオタむプの起源

    キャロリン・キッチは2001幎に刊行した単著『雑誌のカバヌガヌル——アメリカのマスメディアにおける芖芚的ステレオタむプの起源 The girl on the magazine cover: the origins of visual stereotypes in American mass media』ノヌスカロラむナ倧孊出版局においお、自ら雑誌メディアの研究を行っおいる。

    アメリカの週刊ニュヌス誌『TIME』は1972幎に第二波フェミニズム運動を取り䞊げた特集号「新しい女性 The New Woman」を䞖に出したが、その26幎埌、1998幎の特集号では「フェミニズムは死んだ」ず宣蚀し、フェミニストたちは愚かな自己陶酔に陥っおいるず批刀した。だがその蚘事は、仕事や育児に悩む普通の女性たちの声には耳を傟けず、代わりにロック歌手や女優、テレビキャスタヌにばかり関心を寄せたり、テレビや映画、音楜の歌詞に登堎する若い女性キャラクタヌの分析に誌面を費やすなど、倧衆文化におけるステレオタむプな女性のむメヌゞず珟実の女性ずを混同した、問題の倚い内容だった。

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    『TIME』1998幎6月号

    実は「フェミニズムの死」が語られるのはこれが初めおではないずキッチは指摘する。曰く、メディアにおけるステレオタむプな女性のむメヌゞが登堎したのは、1970幎代から1990幎代の倧衆メディアにおいおではなく、20䞖玀初頭の最初の30幎間のメディアにおいおである。第䞀掟フェミニズムが盛り䞊がりを芋せ、女性の参政暩運動が各地で繰り広げられたこずを圓時の雑誌は賛矎したが、やがお批刀に転じるこずになった。第䞀波フェミニズム運動の時代ず第二波フェミニズム運動の時代ずで、非垞によく䌌たメディアの物語が繰り返されおきたのだ。

    以䞊の問題提起を螏たえ、キッチはメディアのむメヌゞがどのようにしお特定の文化的理想を䜜り出し、倉容させ、維持しおきたのかを理解するこずを研究目的ずする。具䜓的には、1990幎代から30幎代にかけおアメリカの雑誌の衚玙に掲茉された女性のむラストに泚目し、そこに描かれおきた女性むメヌゞのステレオタむプが、珟圚では自然に芋える「女性らしさ」の芖芚的な語圙の圢成に圱響を及がし、珟圚のメディアが描き出す女性性の起源ずもなっおきたこずを明らかにしようずするのである。

    䞻婊であり買い物客であるアメリカン人女性——1章「真の女性から新しい女性ぞ」

    1897幎、画家のアリス・バヌバヌ・スティヌブンスAlice Barber Stephensは家庭実甚誌『レディヌス・ホヌム・ゞャヌナル』に「アメリカン人女性 The American Woman」ず題したむラストシリヌズを掲茉した。このシリヌズは、党囜的なマスメディアを通じおアメリカ人女性のビゞュアルむメヌゞを広めた、先駆的なゞェンダヌ衚珟の䞀぀である。そこに描かれおいるのは、コルセットず床たで届くドレスを身に纏ったノィクトリア朝時代の女性の姿であるが、家庭内だけでなく家庭倖の女性を描いおいる点や、䞊流階玚や䞭産階玚、劎働者階玚など様々な階玚の女性を包摂的に描いおいる点で、象城的な転換期を瀺しおもいた。

    䟋えば《ビゞネスりヌマンThe Woman in Business》1897には、フィラデルフィアのワナメヌカヌ癟貚店で、䞊流䞭産階玚もしくは䞭産階玚の女性が劎働者階玚の女性に接客されおいる堎面が描かれおいる。『レディヌス・ホヌム・ゞャヌナル』の線集方針や広告、むラストは、この時代における「新しい女性 New Women」像を、䌝統的な䟡倀芳に基づく䞊品な䞻婊であるず共に、珟代的な買い物客でもあるような存圚ずしお定矩したのだ。

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    アリス・バヌバヌ・スティヌブンス《ビゞネスりヌマン The Woman in Business》
    『レディヌス・ホヌム・ゞャヌナル』1897幎9月号

    ギブ゜ン・ガヌル——2章「アメリカン・ガヌル」

    20䞖玀初頭、チャヌルズ・ダナ・ギブ゜ンCharles Dana Gibsonが生み出した「ギブ゜ン・ガヌル Gibson Girl」は『LIFE』誌や『コリアヌズ』誌に掲茉されお党囜的な名声を獲埗した。

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    チャヌルズ・ダナ・ギブ゜ン《氞遠の問い The Eternal Question》1900幎代初頭

    ギブ゜ン・ガヌルは背が高く、貎族的な容姿ずアップスタむルの髪型、䞊流階玚的な冷淡な雰囲気を備えおおり、「䞊昇」し぀぀ある䞭産階玚が憧れを持぀ようなラむフスタむルを象城しおいた。たた、党身が描かれるのであれ頭郚だけであれ、どのむラストのギブ゜ン・ガヌルも非垞に䌌通っおおり、この䞀貫性が圌女を、アメリカを代衚する女性むメヌゞのステレオタむプぞず抌し䞊げる芁因ずなった。

    ギブ゜ンガヌルは女性むメヌゞのステレオタむプを商業利甚する際の芋本ずしお倚くの暡倣がなされ、「ガヌルの時代 The Day of the Girl」ず呌ばれる状況を䜜り出した。䟋えばハリ゜ン・フィッシャヌHarrison Fisherの「フィッシャヌ・ガヌル Fisher Girl」は、ギブ゜ン・ガヌルより控えめだが魅惑的で、頬を赀らめた矎しい少女ずしお描かれた。ハワヌド・チャンドラヌ・クリスティHoward Chandler Christyの「クリスティ・ガヌル Christy Girl」は、快掻で芪しみやすい印象を䞎える少女ずしお描かれた。䞡者は共にギブ゜ン・ガヌルよりも珟代的で、倧孊に通い、車に乗るようなタむプだったが、䞀貫性を持った芖芚的なステレオタむプである点は共通しおいた。

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    ハリ゜ン・フィッシャヌ『レディヌス・ホヌム・ゞャヌナル』1917幎11月号

    ノァンプ——3章「危険な女性ず男性性の危機」

    1910幎代の倧衆文化ブロヌドりェむのレビュヌや楜譜、映画などでは、ここたで芋おきたのずは察照的に、「新しい女性」は誘惑者や金目圓おの女ずしおも描かれた。女優のセダ・バラTheda Baraは、男性を誘惑し、利甚したり支配したりしようずする、矎しくも危険な女性のむメヌゞを打ち出し、「ノァンプ The Vamp」ず呌ばれた。

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    セダ・バラTheda Bara

    ノァンプのむメヌゞは雑誌にも登堎した。ゞェヌムズ・モンゎメリヌ・フラッグJames Montgomery Flaggは、『ゞャッゞ』誌や『ラむフ』誌の衚玙に、露出の倚い服を着お挑発的なポヌズず衚情をした若い女性を描いた。1914幎の《怜閲委員䌚通過 Passed by the Board of Censorship》に描かれた、他の女性たちから非難の芖線を向けられながら䞀人で立ち、誘惑的な衚情を浮かべる女性の姿は、圓時の瀟䌚においおノァンプず売春婊の間には——さらにいえば、どんな理由であれ家出したすべおの女性ず売春婊の間にも——玙䞀重の境界線しかなかったこずを瀺唆しおいる。

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    ゞェヌムズ・モンゎメリヌ・フラッグ《怜閲委員䌚通過 Passed by the Board of Censorship》
    『ゞャッゞ』1914幎6月13日号

    『LIFE』誌には、コヌルズ・フィリップスColes Phillipsの「フェヌドアりェむ・ガヌル Fadeaway Girls」も掲茉された。髪や服装が背景に同化するようにしお描かれたスリムな若い女性むメヌゞを特城ずし、耇数の男性たちを網にかけたり、時間を区切っお付き合うなど、矎しくも残酷な振る舞いを芋せる。

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    コヌルズ・フィリップス《網にかかった結果 Net Results》『ラむフ』1911幎8月24日号
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    コヌルズ・フィリップス《圌女の人生の時 The Time of Her Life》『ラむフ』1909幎8月5日号

    こうした性圹割ゞェンダヌロヌルの逆転を描いたむメヌゞは、圓時のアメリカで広たり぀぀あったフロむトの粟神分析理論や、女性の瀟䌚進出・政治参加に䌎うアメリカ文化の女性化に぀いおの議論ずも結び぀いおいた。たた、こうした女性の掻躍や移民の増加は「癜人男性の危機」ずいう新たな問題意識を生み出し、それに察抗するかたちで、筋肉隆々なスポヌツマンや裕犏でお排萜なビゞネスマンがしばしば描かれた。

    オルタナティノな女性むメヌゞ——4章「オルタナティノ・ビゞョン」

    20 䞖玀初頭の 20 幎間、䞻流メディアはフェミニズムや瀟䌚䞻矩、移民、南郚の田舎から北郚の郜垂ぞのアフリカ系アメリカ人の移䜏による人皮関係の悪化を、アメリカのラむフスタむルに察する脅嚁ず芋做した。他方、代替雑誌オルタナティノ・マガゞンは瀟䌚の倉化を吊定するのではなく、むしろ倉化の掚進を蚎えたが、その実践は、䞻流の雑誌ず同様に、䞻に寓話的な女性を衚玙に遞び、抵抗ず安心の䞡方を䌝えるかたちで行われた。

    䟋えば女性参政暩運動を掲げる『女性垂民』の衚玙は、ギリシャ神話や軍事的図像を暡した人物像ずしお描かれるこずが倚かった。「新しい女性」を芖芚化するための新しいむメヌゞを発明するのではなく、女性参政暩が䞍自然でなく正圓であるように芋せるために銎染みのあるむメヌゞが借甚され、高貎さや矎しさ、子どもを守る母性ずいった「女性らしさ」を匷調するこずによっお、女性参政暩運動が瀟䌚を脅かす脅嚁であるずいう印象を和らげるこずが意図されおいた。結果ずしお、これらのむメヌゞは䞻流メディアのステレオタむプに挑戊しながら、同時にそれを匷化する圹割も果たすこずになった。

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    C・D・バチェラヌ『女性垂民』1918幎1月26日号

    これず類䌌した䟋が、瀟䌚䞻矩による劎働問題の解決を目指す急進掟雑誌『倧衆 The Masses』にも芋受けられる。スチュアヌト・デむビスStuart Davisが手がけた『倧衆』1913幎6月号の衚玙を食る2人の少女は、女性らしくない女性ずしお描かれ、倧きな話題を呌んだ。圌女たちは劎働者階玚や移民のコミュニティが倚く集たるニュヌペヌク8 番街の少女であり、その職業は売春婊ではないかずいったこずも噂されたずいう。雑誌䞋郚のコピヌ「ねえ、雑誌、私たちが雑誌の衚玙に茉っおるなんお考えおみおよ」は、この衚玙を明確に䞻流雑誌のカバヌガヌルに察するパロディであり、アむロニヌであるこずを瀺しおいる。

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    スチュアヌト・デむノィス《ねえ、雑誌、私たちが雑誌の衚玙に茉っおるなんお考えおみおよ Gee, Mag, Think of Us Bein’ on a Magazine Cover!》『倧衆』1913幎6月号

    だが『倧衆』が描く女性のむメヌゞや劎働者階玚のむメヌゞも、䞻流メディアが打ち出すむメヌゞを裏返したステレオタむプであり、珟実の女性の姿を反映しおいるずは蚀い難い。同誌もたた癜人女性を特暩芖し、郜垂郚の劎働者階玚で増加しおいたアフリカ系アメリカ人にはほずんど泚意を払わなかった。

    その存圚に目を向けた数少ない䟋倖は、党米黒人地䜍向䞊協䌚が1910 幎 11 月に創刊した『危機 Crisis』誌である。同誌もたた、圓時の癜人倧衆文化の女性むメヌゞを暡倣しおいたが、重芁な違いは、衚玙に写真を甚いた点である。1921幎7月号では、アフリカ系アメリカ人ずしお先駆的なペンシルバニア倧孊博士号取埗者であるサディヌ・タナヌ・モッセル・アレクサンダヌSadie Tanner Mossell Alexanderの写真が衚玙に甚いられた。1910 幎代の雑誌で、写真が衚玙に䜿われるこずは皀だった。むラストが「理想」の衚珟であるのに察し、写真はリアリズムの衚珟、すなわち「珟実」の蚘録の䞀圢態であった。

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    写真家䞍明『危機』1922幎8月号

    戊時䞭のポスタヌに描かれた女性——5章「愛囜的むメヌゞ」

     1917幎にアメリカが第䞀次䞖界倧戊に参戊するず、メディアは䌝統的なむメヌゞぞず回垰し、『倧衆』誌が描き出しおいたような過激なむメヌゞは芋られなくなった。アメリカ政府の絵画宣䌝広報局ディレクタヌに任呜されたチャヌルズ・ダナ・ギブ゜ンが党囜に掲瀺した戊意高揚ポスタヌにおいお、男性は匷く冒険奜きで、愛囜心を持ち、戊時䞋の残虐行為に憀慚し、女性を守る存圚ずしお描かれた。他方、女性はそうした「男らしさ」を補完し、砎壊ず治癒、危険ず安党、戊争ず平和の䞡方を象城するずいう、矛盟した目的を果たすむメヌゞずなるこずが求められた。

    ハワヌド・チャンドラヌ・クリスティの戊時ポスタヌに描かれた女性は、叀兞的だが身䜓のラむンが匷調された癜い服を着お囜旗を掲げおいたり、矜根のある倩䜿ずしお䞡腕を広げ、手招きをしたりしおいる。あからさたに性的で誘惑的な魅力は、その幜玄さず神秘的な装いによっお浄化された。ほずんどの戊争ポスタヌの女性は戊闘に参加せず、代わりに兵士たちの頭䞊を挂う幜霊や倩䜿のような存圚ずしお描かれた。

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    ハワヌド・チャンドラヌ・クリスティ《戊え、さもなくば公債を買え Fight or Buy Bonds》
    第䞀次䞖界倧戊ポスタヌ、1917幎

    フラッパヌず狂隒の20幎代——6章「フラッパヌ」

    第䞀次䞖界倧戊埌の雑誌には、䞀芋察照的だが実は補完的な2皮類の女性むメヌゞが描かれた。その䞀぀が、ゞョン・ヘルド・ゞュニアJohn Held Jr.が描き出した「フラッパヌ Flapper」である。圌は䞻に『LIFE』誌の衚玙に、「狂隒の20幎代」を象城する奔攟な女性たち——ゞンを飲み、車の埌郚座垭でキスをし、倜通し螊るこず以倖にやるこずがないような女性たち——を描いた。圌女たちの性的な自由さずは裏腹に、ヘルドの描く絵では無性的で、平坊な身䜓぀きず長い手足を特城ずしおいた。

    フラッパヌのむメヌゞは、雑誌や映画、倧衆小説や広告などのメディアを通じお急速に広たった。アメリカ党土の若い女性たちは、そのスタむル髪型やメむク、服装やゞュ゚リヌだけでなく、フラッパヌが物語の䞭で芋せる生掻や行動をも暡倣しようずした。

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    ゞョン・ヘルド・ゞュニア《ホヌルド・゚ム Hold ’Em》『ラむフ』1925幎11月19日号

    䟋えば女優のクララ・ボりが挔じるキャラクタヌは倧抵、䞋局階玚もしくは䞋局䞭流階玚で、平均的なアメリカ人女性が自分を重ね合わせるこずができる存圚だった。圌女たちの関心は教育や仕事よりも、自らの性的魅力によっお奜たしい男性を捕らえるこずにあったが、ノァンプほどの危険性や瀟䌚的脅嚁ずは芋做されなかった。フラッパヌが売り出したのはセックスではなく、たさに映画女優のようなセックスアピヌルであり、そのため、男性だけでなく女性からも支持を集めた。フラッパヌは「新しい女性」を退けるずいうよりは、それを商業化した存圚であった。

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    クララ・ボりClara Bow

    新しい家族における母芪ず子ども——7章「珟代アメリカ家族」

    第䞀次䞖界倧戊埌の雑誌に芋られるもう䞀぀の女性むメヌゞは、珟代的な郊倖型のラむフスタむルを築いた「新しい家族」における母芪である。フラッパヌが短い自由の埌に目指すのは結婚であり、圌女たちはその新しい圹割の䞭にも、自分自身の自由を持ち蟌もうずした。

    ネむサ・マクメむンNeysa McMeinは1923幎から1937幎たで、䞭流階玚の読者向けの雑誌『マッコヌルズ McCall’s』の専属衚玙アヌティストずしお、珟代瀟䌚の䞭で個人ずしお生きる「新しい女性」を描いた。マクメむンは、雑誌の衚玙に有名人を描いた最初のアヌティストの1 人で、舞台や映画で掻躍する他の華やかで本物のキャリアりヌマンたちを衚玙に登堎させた。䟋えば『マッコヌルズ』1923幎11月号には、映画女優ノヌマ・タルマッゞの暪顔が描かれおいる。マクメむンは、チャヌミングな女友達か砎壊的なノァンプか、献身的な母芪か愚かなフラッパヌかずいう二項察立のむメヌゞに代わる遞択肢を提瀺した。「劻」や「母芪」の圹割を担う女性を描く時にも、圌女たちはあくたで自立した「個人」ずしお、自信や勇気ずいった内面的な匷さが衚珟されおいた。

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    ネむサ・マクメむン『マッコヌルズ』1923幎11月号

    ゞェシヌ・りィルコックス・スミスJessie Willcox Smithは、1918幎から1933幎たで家庭実甚誌『グッド・ハりスキヌピング Good Housekeeping』の専属衚玙䜜家ずしお、女性に加えお愛らしい子どもたちを描き、奜評を博した。圌女の絵はポストカヌドや陶磁噚に耇補しお販売され、読者の家庭に食られた。マクメむンず同様に、スミスが描く女性もたた——いかにも雑誌のカバヌガヌルずいうような兞型的な笑顔は芋せないが——穏やかで感じの良い雰囲気を持ち、珟代的でお排萜な服装をしおいた。たた母芪ず共に描かれた倩䜿のような幌児は、党囜の母芪たちに深い共感を抱かせた。

    このように、結婚をしおからも流行に敏感で、若々しく珟代的な女性が、新しい「母芪」の理想ずなった。倧衆向け雑誌が発信する女性むメヌゞによっお䞭流階玚の癜人による郊倖型のラむフスタむルが理想化され、たたそれが「アメリカ人」や「アメリカの家族生掻」を象城するむメヌゞずしお、自然に理解されるようになったのだ。

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    ゞェシヌ・りィルコックス・スミス『グッド・ハりスキヌピング』1925幎6月号


     
     
    映像䜜家鳥取倧孊地域孊郚で教員をしおいたす揺動颚景論映画ドキュメンタリヌ鳥取の地域映画史ず公共䞊映🊀蟹鎚🊆アむコンは品岡トトリさんに描いおいただきたした。

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