
#15 「苦難の会社員」 第二章 罪の記憶
#15 第二章 罪の記憶
明るいまま、夜になった。
正確には、ストップウォッチが十時間以上の経過を告げていた。つまり、時計が正しく刻まれていれば、すでに夜の九時を回っている計算になる。
藤牧勇太の視線は、朝と寸分違わない景色を映し出す窓の外へと向けられていた。真っ赤に濁った雲が、執拗なまでに激しい雪を吐き出し続けている。
全員で黙々と夕食を済ませた後、今夜の寝床をどう割り振るかについての話し合いが行われた。結果、女性陣は二十階の会議室へ、男性陣は十九階のショールームへと、それぞれ分かれて眠ることになった。
あれから事態が好転する兆しはどこにもなく、誰もが心身ともに限界を迎えている。一旦このまま眠りについて、一晩を越すのだろうという諦念が、九人の中に自然と芽生えたのだ。
「なあ、あとどれくらいで出られると思う?」
藤牧は視線をそのままに、隣に並んで窓の外を眺めている町田に問いかけた。
「それは、俺たち次第だろうね」
町田は、感情の起伏を一切排除したような声で、簡潔に答える。ガラス越しに反射して映る表情は、どこか他人事のように、この異常事態を俯瞰しているように見えた。
「昼前に喫煙所で、何か仮説があるっぽいこと言ってたけど、そろそろ聞いて良いか?」
藤牧が町田の横顔を盗み見ながら、核心に触れる。町田は窓から視線を外すと、藤牧の目をまっすぐに見据えた。
「信じるか信じないかは、お任せするけど」
「信じるよ。他のやつに、聞かせる気はあるか?」
「全員にお披露目する気はない」
二人がいるのは、二十階の執務室だった。ふと奥に目を向けると、食事を終えた面々が、これからの寝床の準備や食事の片付けのために、せわしなく動いている。
「じゃあ一応、場所を変えるか」
藤牧が顎でドアの向こうを指すと、町田は小さく頷いて、異論がないことを示す。人目を盗むようにして、二人は十九階のフロアへと降り、隅にある喫煙所へと入った。
町田は、慣れた手つきで加熱式タバコをデバイスにセットする。インジケーターのランプが点滅するのを見つめながら、静かに口を開き始めた。
「ここ、現実じゃないよ、多分。精神世界の類だと思う」
「……どういう意味だ?」
藤牧が、眉をひそめる。
「確証はないけど、この九人は、何らかの強烈な出来事に巻き込まれた。人が死んでしまうような、とんでもなくショッキングな出来事に。それをトリガーにして、現実の世界では、自然発生的に集団ヒステリーとかを起こしてるんじゃないかな」
町田は、準備の整ったタバコを吸い始めると、ふうと煙を吐き出した。
「簡単にいうと現実の世界では、人が死んで、他はパニックを起こして、ぶっ倒れている最中なんでしょ」
町田の口から出る仮説は、突飛で、けれど、妙に説得力があった。
「それなら、現実ではないこの空間は、これからどうなるんだ? どうすればこの状況は終わる?」
藤牧が問いかけると、町田は小さく口角を上げてみせる。
「現実を直視するだけだよ。パニックを起こした脳が、現実のショックから逃避するために、この空間を作り出してる。だから、あのモニターが語ってたように、思い出せばいい」
「……だったら、あのモニターを映しているのは、ホストは誰なんだ?」
「さあね。俺たちの潜在意識が、早く現実に戻れって警告しているか……」
そこで言葉を区切り、町田は息を吸ってから、ふうと吐き出した。
「死んだ幽霊の怨念が、俺たちに何かしようとしているか」
喫煙所の狭い空間を、不穏な沈黙がじっとりと覆った。換気扇の低い駆動音だけが、その不穏な静寂をかき消そうと、虚しく回り続けている。
「まあ、何にせよ、あのモニターの言う通りに動くだけだね。あそこに書かれた通り、この悪夢は、思い出した瞬間に現実世界で目を覚ますっていうオチだと思ってる」
「……なるほどな」
それから二人は無言のまま、白く淡い煙を、息をするように吐き出し続けた。吸い終えると、慣れた手つきで吸い殻を捨て、町田はそのまま静かに歩き出す。その背中を追うようにして、藤牧もまた、喫煙所の外へと踏み出した。
<次の話>
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#0 「苦難の会社員」 あらすじ・プロローグ
#1 「苦難の会社員」 第一章 午前九時の空
#2 「苦難の会社員」 第一章 午前九時の空
#3 「苦難の会社員」 第一章 午前九時の空
#4 「苦難の会社員」 第一章 午前九時の空
#5 「苦難の会社員」 第一章 午前九時の空
#6 「苦難の会社員」 第一章 午前九時の空
#7 「苦難の会社員」 第一章 午前九時の空
#8 「苦難の会社員」 第一章 午前九時の空
#9 「苦難の会社員」 第一章 午前九時の空
#10 「苦難の会社員」 第一章 午前九時の空
#11 「苦難の会社員」 第一章 午前九時の空
#12 「苦難の会社員」 第一章 午前九時の空
#13 「苦難の会社員」 第二章 罪の記憶
#14 「苦難の会社員」 第二章 罪の記憶
#15 「苦難の会社員」 第二章 罪の記憶
#16 「苦難の会社員」 第二章 罪の記憶
#17 「苦難の会社員」 第二章 罪の記憶
#18 「苦難の会社員」 第二章 罪の記憶
#19 「苦難の会社員」 第二章 罪の記憶
#20 「苦難の会社員」 第二章 罪の記憶
#21 「苦難の会社員」 第二章 罪の記憶
#22 「苦難の会社員」 第二章 罪の記憶
#23 「苦難の会社員」 第二章 罪の記憶
#24 「苦難の会社員」 第二章 罪の記憶
#25 「苦難の会社員」 第二章 罪の記憶
#26 「苦難の会社員」 第二章 罪の記憶
#27 「苦難の会社員」 第三章 苦難のしもべ
#28 「苦難の会社員」 第三章 苦難のしもべ
#29 「苦難の会社員」 第三章 苦難のしもべ
#30 「苦難の会社員」 第三章 苦難のしもべ
#31 「苦難の会社員」 第三章 苦難のしもべ
#32 「苦難の会社員」 第三章 苦難のしもべ
#33 「苦難の会社員」 第三章 苦難のしもべ
#34 「苦難の会社員」 第三章 苦難のしもべ
#35 「苦難の会社員」 第三章 苦難のしもべ
#36 「苦難の会社員」 エピローグ