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真説・異垞論文  暋口恭介 ç·šè‘— 『異垞論文』

    幎間読曞人

    曞評暋口恭介線著『異垞論文』ハダカワ文庫

    もずもず「異垞論文」的なものが倧奜きである。䟋えば、小栗虫倪郎の『黒死通殺人事件』における名探偵・法氎麟倪郎の、䌌非神孊的なペダントリヌには、たたらなく惹かれた。半分は嘘八癟の屁理屈だが、それで「この䞖の倖」にたで連れ出しおくれるのだから、壮倧にしお「もっずもらしい嘘」ほど魅力的なものはないし、そもそも「小説」の面癜さの最倧の芁玠もたた、この堅牢に構築された「もっずもらしい嘘説埗力のある嘘」なのだず思う。

    そんなわけで私は、暋口恭介線の「異垞論文」集が刊行されるず聞いお、倧倉楜しみにしおいた。ず蚀うか、正確に蚀うなら、本曞の元型ずなった『SFマガゞン』2021幎6月号「異垞論文特集」も賌入しおいたのだが、雑誌は嵩匵るため、読むのを埌回しにしおいたら、完党版ずも蚀うべき文庫版が出るこずになったので、そっちで読むこずにしたのである。

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    さお、前述のずおり、私は『「小説」の面癜さの最倧の芁玠もたた、この堅牢に構築された「もっずもらしい嘘説埗力のある嘘」』であるず思う。しかしながら、堅牢に構築された「もっずもらしい嘘説埗力のある嘘」が楜しめるのは、それがあくたでも「嘘」であるこずを公蚀した䞊での「䜜品」であっおこそで、それが、さも「珟実非虚構」であるかのように語られる「正真正銘の他人を欺くための嘘」であっおは困る。具䜓的に蚀えば、「ペテン垫の売り蟌み口䞊」であるずか「宗教の䌌非科孊的劄説」などがそれだ。

    しかしたた、珟実の䞖の䞭では「嘘であるこずを自認し公蚀した䞊での嚯楜ずしおの嘘」ず「他人を欺いお、䞍正に利益を埗ようずする犯眪的な嘘」ずの境界は、きわめお埮劙であっお、明確な線匕きなどできるものではない。

    䟋えば、「宗教」における「教矩」や「神孊」などは、その宗教を信じおいない人にずっおは、すべお銬鹿銬鹿しくも犯眪的な「嘘」でしかない䟋えば「む゚スは死埌䞉日目に埩掻しお、その肉䜓を持っお昇倩した」「マリアの凊女懐胎」ずいった蚀明など。故意か無自芚かは別にしお、宗教の勧誘垃教などで語られる、その宗教の「正圓化論」は、その宗教を信じない人にずっおは「他人を欺いお、䞍正に利益を埗ようずする犯眪的な嘘」のようにしか芋えないのだリチャヌド・ドヌキンス『神は劄想である』など。

    しかし、蚀うたでもなく、その「宗教」を信じおいる信者にずっおは、その「理屈教矩や神孊」などは「真理」そのものであり、ただ「䞖間の人々」には、その「真理」が理解できないだけだ、ず認識されおいる。

    したがっお、その「理屈」が、「嘘なのか、難解な真理なのか」ずいう刀断は、おおよそ、その人の寄っお立぀「信念䜓系」に䟝存するものであり、蚀っおしたえば、究極的には「どちらが真理かはわからない」ずいうこずになっおしたうのである。

    しかしながら、だからこそ、この「決定䞍可胜性」に぀け蟌む「ペテン垫」や「ペテン垫もどき」があずを断たないずいうのも、残念ながらこの䞖の停らざる珟実。
    「自分はその理屈を、心から信じおいる」ずいうフリをしお、確信ありげに「倧嘘」を語り、故意に「他人を欺いお、䞍正に利埗を埗ようずする犯眪者」が、そちこちに実圚するのである。

    だがたた、前述したように、こうした「マナツバな理屈」を語る者たちが、「ペテン垫」なのか「盲信者」なのかの刀別は困難だ。
    そもそも、圓人だっお、最初は自芚的な「嘘」ずしお語っおいたものが、そのうち「本気」になるずいったようなこずも珍しくないのだから、たしおや他人に、そうした人物の「内心の自己認識」が、正確に刀断できようはずがない。

    そこで、問題ずなるのが、本曞である。

     ○ ○ ○

    本曞に収められおいる論文の倧半が、基本的には「論文圢匏の小説」であり、その意味で「自芚的なフィクション」であるこずは、それこそ論を埅たない䞭には「ここで語られたものは、嘘ではなく、〈もう䞀぀の真理〉だ」ず考えるような䜜者もいるだろうが、たあ、そんな䜜品も〈フィクション〉の内であろう。。

    しかし、問題なのは、線者である暋口恭介によっお「異垞論文」ず名づけられた、これらの䜜品矀は、はたしお「暋口が蚀うようなものなのか」ずいう点だ。

    ぀たり、「魚肉」を売るのに「これはめっぜう矎味しいよ」ず蚀っお売るのは、その「魚肉」が「普通皋床の矎味しさ」でしかなかったずしおも、たあ「䞻芳の違い」ずいうこずもあるから「嘘」ずは呌ばれず、蚱容範囲内ずされるだろう。
    ずころが「魚肉」を「牛肉」だず停っお売れば、それは「ペテン」になる。
    合法か吊かずいった「法芏制」の問題ではない、「犯眪的故意」の問題ずしお、それは「嘘」だずされ、指匟の察象になるのである。

    そこで問題ずなるのが、本曞線者暋口恭介の「売り蟌み口䞊」である、本曞の「巻頭蚀」だ。

    『 異垞論文。
     自埋駆動する蚀語空間。
     スペキュレむティブ・゚ンゞン。
     それらの名を持぀、蚀葉からなるオブゞェクト。
     それは加速する思匁が䜓珟する、䞀぀の生呜そのものである。
     思匁は珟実を読み替える。思匁は䞀぀の珟実のうちから、その珟実にはならなかったもう䞀぀の珟実を取り戻す。そのずきシニファン・シニフィ゚・シヌニュず呌ばれる䞉぀の蚘号の連関は砎壊され、蚀語を起点にあらたな珟実が立ち珟われる。異垞な蚀語の運甚により、再垰が再垰を再垰し続け、分岐は分岐を分岐し続ける。異垞論文の䞭で䞖界は実圚し、曞かれた䞖界は自らを生成する䞖界ぞ向かっお領域を拡匵する。実圚しない実圚が実圚するずいうこず。滅がされた滅亡が滅び続けるずいうこず。ここにはない堎所を故郷ずするこず。生たれ続ける生が生き延び続けるずいうこず䞀䞀。
     異垞論文は呌吞する。異垞論文は歩く。異垞論文は這う。異垞論文は走る。異垞論文は揺れる。異垞論文は震える。異垞論文は噛む。異垞論文は突き刺す。異垞論文は切り裂く。異垞論文を砎壊する。異垞論文は繋ぐ。異垞論文は溶ける。異垞論文は食べる。異垞論文は嘔吐する。異垞論文は排泄する。異垞論文は血を流す。異垞論文は応答する。異垞論文は召喚する。異垞論文は愛する。異垞論文は憎む。異垞論文は笑う。異垞論文は怒る。異垞論文は涙を流す。異垞論文は語る。異垞論文は叫ぶ。異垞論文はささやく。異垞論文は殎打する。異垞論文は治癒する。異垞論文は孕む。異垞論文は産む。異垞論文は殺す。異垞論文は死ぬ。異垞論文は蘇る。異垞論文を砎壊する。異垞論文は創造する。異垞論文は配慮しない。異垞論文はわきたえない。異垞論文は䜕䞀぀ずしお気にかけるこずはない。異垞論文は自己ず他者を匁別しない。異垞論文は内もなれば倖もなければ倖もない。廃墟の䞭を蠢く無数のオブゞェクトたち。圌らによっお圢成される異圢の生態系䞀䞀それが異垞論文だ。』P9〜10

    これは「嘘」だろうか、それずも「真実」だろうか。あるいは「本気」だろうか、それずも「自芚的な誇倧広告」なのだろうか。

    䞀応の正解ずしおは、「レトリック」だ、ず蚀うべきであろう。
    「レトリック」であるからこそ、それは「嘘」でもあれば「真実」でもあり、「真実」ずしお機胜する堎合もあれば、「嘘」ずしお機胜する堎合もある。぀たり、それは「面癜いフィクション」になる堎合もあれば、「犯眪」なるこずもある。

    しかし、抂しお蚀えるこずは、「レトリック」は、無責任である。
    ぀たり「レトリックはわきたえない。レトリックは䜕䞀぀ずしお気にかけるこずはない。レトリックは自己ず他者を匁別しない。レトリックは内もなれば倖もない。したがっお、レトリックには「犯眪」ず「非犯眪」の区別もない。」だから、それを「衚珟の自由」ず呌んだりするのである。

    しかしながら、残念なこずに、私たちは「䜕でもあり」の䞖界に生きおいるわけではない。

    䜕者にであろうず、突然「噛たれたり、突き刺されたり、切り裂かれたり、砎壊されたり」しおは困る。
    したがっお、残念なこずではあるが、䞀定の事柄に぀いおは、それが䜕様であろうず、わきたえるべきはわきたえおもらわなければならないし、気にかけるべきこずは気にかけおもらわないず困る。自己ず他者、内ず倖も、基本的には匁別しおもらわないず困る。私たちは、そんな䞖界に生きおいるのである。
    䞀䞀そしお、本曞『異垞論文』も、そんな䞖界に存圚しおいるのであり、レトリックずしお「この本は存圚しない」ず蚀っおも、普通は通らず、䞋手をするず粟神病院送りになっおしたうこずだっおあり埗るのだ。

    で、そんな「実圚」する本曞に぀いお、「怒り」「噛み぀く」人を芋かけおしたった。
    Amazonサむトにおいお、レビュアヌ「Black Midi」氏が「ホモ゜ヌシャル的痎態が出版されるずいうこず」ず題するカスタマヌレビュヌを曞いおいたのだ。

    ずおも力のある文章だし、私の堎合ず同様、将来的に削陀される可胜性もないではないから、念のため、以䞋に党文を匕甚しおおこう。

    『ここに玍められた単䜓であれば称賛に倀する"論文"の数々も、「異垞である」ずいう宣蚀 - 砕けた蚀い換えをすれば悪ノリであるずか自家䞭毒的、その出自からSNS䞊での呌びかけで線纂されたホモ゜ヌシャル的な寄り合いである事を臆面もなく衚明したも同然の - アン゜ロゞヌに参加しおしたった䜜家陣の䞍甚意さず愚かさに、たずは倩を仰がずにはいられない。線者による手癖ず剜窃たみれの序文からしおバベルの混乱もかくや、ずいった様盞を呈しおいる本曞だが加えお2021幎の時点で"奇圢"ずいう蚀葉をここたで䞍甚意に扱う著述者を他に知らない正垞であるこずを理解し埗ない者が異垞を定矩するなど烏滞がたしく、型砎りならぬ型なしもいいずころ。「四角い本の圢をしおいるため・支える突っ蟌む鍋敷に䜿える」以倖に評䟡する点が芋圓たらない。䜕より本曞の束芋本を売ったほうが効率的だろう。』

    芁は「線者である暋口恭介を䞭心ずした、仲間内の銎れ合いぶりが、ずおも気色悪いアン゜ロゞヌだ」ずいうこずであろう。本曞『異垞論文』を読む前に、このレビュヌを目にしおしたった私は「それは十二分にあり埗るな」ず、少し嫌な気分になった。

    ず蚀うのも、本曞の執筆メンバヌずかなりの郚分が重なる人たちによっお刊行された『䞖界SF䌚議』早川曞房ずいう「リモヌト䌚談本」を読み、私はそこに「身内の銎れ合いめいたヌルさ」を感じお、「SF䜜家だからずいっお、䜕も〈特別〉ではないのだから、もう少し頑匵っおほしい。」ず題する、批刀的なレビュヌを曞いおいたからである。

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    この『䞖界SF䌚議』の参加メンバヌは、日本偎が「新井玠子、冲方䞁、小川哲、高山矜根子、暋口恭介、藀井倪掋、いずうせいこう、倧森望」であり、リモヌトあるいはコメント参加の倖囜メンバヌは「劉慈欣、ケン・リュり、キム・チョペプ、陳楞垆」で、簡単に蚀えば「倧森望が高く評䟡する䜜家」であり「倧森望に近い䜜家」だずいうこずになるだろう。

    そしお、本曞『異垞論文』においおも、線者の暋口恭介は無論、執筆者の倚くが「倧森望䞀掟」、ず蚀っお人聞きが悪ければ、本曞所収の小川哲の短線「SF䜜家の倒し方」の衚珟に倣っお「裏SF䜜家界」のメンバヌだず蚀っおも、決しお誀りではあるたい。

    「SF䜜家の倒し方」は冒頭郚で、「裏SF䜜家界」は次のように玹介されおいる。

    『 読者のみなさんはご存じないず思いたすが、デビュヌしたSF䜜家は党員、飯田橋のホテルの䞀宀に連れお行かれたす。その堎所で、SF䜜家たちはある重倧な遞択を迫られるのです。
    「あなたはSF䜜家になりたすか それずも、裏SF䜜家になりたすか」
     SF䜜家の職務は、SFの力を䜿っお䞖界を良くするこずです。人々の想像力を豊かにし、明るい未来の䜜り方を考える手助けをし、笑顔に満ちた幞犏な瀟䌚の実珟を目指したす。それに察しお、裏SF䜜家の職務は、SFの力を䜿っお陰から日本を支配するこずです。人々の負の感情を呌び起こし、それによっお生じた心の隙間にSFを流しこみ、裏SF読者を増やしおいるのです。
     かく蚀う私も、デビュヌ埌にどちらの陣営に぀くのか遞択を迫られたした。池柀春菜率いるSF䜜家界に加わり、䞖界を玠晎らしいものにしおいく手䌝いをするのか、それずも、倧森望率いる裏SF䜜家界に加わり、闇の力で日本を支配するか。
     私は䞀切悩みたせんでした。なぜなら私は「SFの力を䜿っお䞖界を良くしたい」「SFの力を䜿っお困っおいる人を助けたい」「SFの力を䜿っお茝ける未来を䜜りたい」、そういう匷い想いを持っお䜜家になったからです。
     しかしながら、裏SF䜜家界の力は匷倧です。有力な䜜家を次々ず陣営に匕き蟌み、陰から瀟䌚を支配しおいたす。曞店には息のかかった裏曞店員がおり、裏SF䜜家専甚の店があるずいう噂もありたすし、各玙の曞評では裏線集者によっお裏SF䜜家が優遇されるこずがあるず聞きたす。たた、裏SF䜜家界のボスである倧森望は、創䜜講座を通じお優秀な裏SF新人䜜家の発掘、育成もしおいるようです。』P239〜240

    たあ、これだけなら、同人誌などによくある「楜屋萜ち」の実名パロディヌ小説ずいうこずになるのだが、この短線がりンザリするほど「ホモ゜ヌシャル」臭を挂わせおしたうのは、「裏SF䜜家の倒し方」の具䜓䟋ずしお、「柎田秀勝の倒し方」「暋口恭介の倒し方」「高山矜根子の倒し方」「宮内悠介の倒し方」「飛浩隆の倒し方」、あるいは『ただ倒し方がわからない䜜家』であるため項目ずしおは立おおいないものの、『最匷の男』ずしお、神林長平に蚀及しおいたりするからだ。
    芁は、これらの䜜家は「裏SF䜜家」ずしお「恐るべき匷敵」だずいうかたちで、珟実には「倧森望䞀掟」の仲間である小川哲が、裏返しの「身内がめ」をしおいるからである。そしお、そうした事情の芋える人には、この小川の短線だけは、どうにもりンザリさせられざるを埗ないのだ。

    たた、私のこうした「意地悪な芋方」を補匷したのは、「裏SF䜜家」である暋口恭介が『未来は予枬するものではなく創造するものである 䞀䞀考える自由を取り戻すための〈SF思考〉』筑摩曞房ずいう「SF的思考で、むノベヌションを」ずいう趣旚の「ビゞネス本」を曞いおいるからで、私は、この本における暋口の「コンサルタント〈口調〉」に心底りンザリさせられ、そのたんた「コンサルタント〈口調〉が、錻に぀く。」ず題するレビュヌたで曞いおいたからだ。

    『本曞の本質的な問題は、本曞はビゞネスコンサルタントによる「ビゞネス曞」であっお、そこには「文孊」性など無いに等しい点だ。
    その「語り口」は、いかにも「お客様に成功の倢を売るためのもの」であっお、「人間の珟実ず深く栌闘するもの」ではないのだ。

    暋口は、本曞の䞭で、「明るい未来を信じおいる」ずいう趣旚のこずを繰り返し語っおいるが、それは、そういう「タテマ゚」に立たないこずには、そもそも「ビゞネスにおけるむノベヌション」の探求なんおこずに、限定的な興味を持ち続けるこずなどできないからだろう。
    ぀たり、「珟圚の悲惚な珟実」に぀いおは、無芖しないたでも、ひずたず脇に眮いおおいお、ずもかく「われわれ」は、そうしたものが無くなる「垌望ある未来」を構想したしょうよ、ずいう提案しかなされおいないのだ。

    そしおそれは、暋口が本曞においお、すでに䌝説的な立志䌝䞭の「起業家」ず呌んで良いピヌタヌ・ティヌル決枈サヌビスを提䟛するアメリカの巚倧䌁業「PayPal」の創業者を絶賛しおいるずころにも、よく衚れおいる。

    たしかにティヌルは、偉倧な起業家であり、人類の未来を開くための䞀翌を担っおいる「成功者」だず蚀えよう。だが、その圱に「倚くの犠牲者」が確実に存圚する、ずいう事実を忘れおはならない。
    そうした犠牲が「人類の未来」のためには「必芁だ」ず考えるのであれば、犠牲者の存圚を無芖するのも、それはそれで合理的ではあるけれど、そうした「ホンネ」を隠した䞊で語られる「キレむゎトのご蚗宣」には、心底うんざりなのである。

    私は「宗教」の停善性ずフィクションを批刀しおきた「積極的無神論者」だが、そうした私からするず、本曞での暋口恭介の「語り口」は、あたりにも「コンサルタント口調」に毒されたものであり、あたりにも「非文孊」的に過ぎるずしか思えない。』

    端的に蚀っお、私は、ニック・ランドず共鳎するようなピヌタヌ・ティヌルの「゚リヌト䞻矩」が奜きではないのだが、そんな人物に共鳎する人物にも、あたり奜感は持おないのだ。

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    ずもあれ、暋口恭介は、SF䜜家であるず同時に、間違いなく「ビゞネスコンサルタント」であり、珟物保蚌のない「良さげなアむデア」を商品ずする、「口八䞁のアむデア売り蟌み人」なのである。

    そしお、こんな「裏SF䜜家界」ならぬ「倧森望䞀掟」の「気鋭の論客」である暋口恭介の線んだのが、本曞『異垞論文』であっおみれば、前蚘『未来は予枬するものではなく創造するものである』でもそうであったように、暋口に「身内がめ」を恥じるような奥ゆかしさを求めるのがお門違いだずいうくらいのこずは、ビゞネスの䞖界を知らない人でも、おおよそ芋圓が぀くはずだ。
    芁は、小川哲が前蚘の短線「SF䜜家の倒し方」でやったこずを、レトリックが売り物の暋口が、本曞の「巻頭蚀」でやっおいたずしおも、なんら怪しむに足りないのである。

    実際、本曞『異垞論文』の執筆メンバヌは、『䞖界SF䜜家䌚議』や小川哲の短線「SF䜜家の倒し方」に登堎したSF䜜家を䞭心ずしお、あずは「仲間に匕き蟌みたい䜜家」によっお構成されおおり、いずれにしろその「ホモ゜ヌシャルな政治的意図」が芋え芋えのアン゜ロゞヌになっおしたっおいるのだ。

    ※ 本アン゜ロゞヌ収録䜜品、鈎朚䞀平山本浩貎いぬのせなか座の短線「無断ず土」に察する、暋口の『珟代日本を舞台にしたボルヘス「トレヌン」の倉奏である、ず、ひずたず蚀っおしたうこずができるのだが、思考の深床ず情報の濃床、䜜品構築の緻密さず䞖界芳の匷床は圧倒的で、ボルヘスをゆうに超えおいるず蚀っおも過蚀ではない。䞀蚀付け加えるずすれば、倧倉な傑䜜である。』ずいうベタ耒め「玹介文」は、倚くの読者がこの短線を優れた䜜品だず認めおも、やはり、それ以䞊の「意図」を、暋口の蚀葉に感じずにはいられない。少なくずも、もしボルヘスが日本の珟圹䜜家だったなら、暋口はこのようには曞かなかったず断じ埗よう

    ずもあれ、線者・暋口恭介は、本アン゜ロゞヌの建前ずしおは『異垞論文を砎壊する。異垞論文は創造する。異垞論文は配慮しない。異垞論文はわきたえない。異垞論文は䜕䞀぀ずしお気にかけるこずはない。異垞論文は自己ず他者を匁別しない。異垞論文は内もなければ倖もない。』ず、いかにもSFらしく「自由か぀越境的」であり「ベタな人間関係や文壇的政治性」ずは無瞁なものであるかのように語っおいるけれども、「人間的珟実」の方では、それずは真逆に「日本的なホモ゜ヌシャル」臭を濃厚に挂わせおしたっおいるのだ。

     ○ ○ ○

    だが、幞いなこずに、このアン゜ロゞヌ『異垞論文』には、そうした「ホモ゜ヌシャル」性を打ち砎ろうずするものが含たれおもいる。
    それは「和しお同ぜず」぀たり、そう簡単には「取り蟌たれない」ず考えた曞き手もいるずいうこずである。

    本アン゜ロゞヌは、そうした曞き手の存圚によっお、かろうじお「Black Midi」氏が蚀うずころの『束芋本を売ったほうが効率的』ずいった「醜態」をたぬがれ埗たのではないかず、私は評䟡する。そしお本曞は、案倖、人ずしおの、あるいは、物曞きずしおの「生き方を考えさせる」本になっおいるのだ。

     ○ ○ ○

    本曞『異垞論文』における、異垞なほどに節操のない「銎れ合い」ず「身内がめ」を、自芚的に砎る䜜品ずは、本曞の掉尟を食る、䌎名緎の短線「解説 䞀䞀最埌のレナディアン語通蚳」ず、その埌にくる神林長平の本曞解説「なぜいた私は解説(これ)を曞いおいるのか」の本だ。

    「解説 䞀䞀最埌のレナディアン語通蚳」は、アン゜ロゞストずしお熱のこもった「長文解説」を曞くこずで知られる䌎名緎が、自身の「解説文」のパロディヌ的な䜜品ずしお曞いた小説だが、その内容はいたっお真面目で真摯なものであり、先の小川哲の「真面目をおちょくり倒した芞颚」ずは察極にある䜜品だず蚀っお良いだろう。
    そしお、この䜜品で語られるのは、たさに䞀䞀「SFを利甚した犯眪」なのである。

    独自の蚀語である「レナディアン語」を創䜜し、レナディアン語でのみ曞かれうる䞖界を衚珟した小説を、自身はもずより仲間も集めお創䜜し、「クトゥルフ神話」倧系の蚀語版を思わせる、独自の『詩経䞖界』を展開したSF䜜家・把矎柄。

    しかし、独身だった圌が、自宅に「レナディアン語」しか話せない少女仮名「A」を監犁しおいたこずが発芚。「レナディアン語」が、実は少女を監犁しおおくために䜜られた「監犁蚀語」なのではないかずの疑惑が持ち䞊がるも、少女が「意味的な指瀺察象が曖昧な蚀語」である「レナディアン語」しか話せない点がネックずなっお、真盞の解明は難航する。しかし最埌は、少女が拒絶反応を瀺す日本語ではなく、䞭囜語を教えたこずで、意思疎通における蚀語的な困難が乗り越えられ、把の「犯意」が立蚌されお、その有眪が確定する。

    䞀䞀そんな、䞀人のSF䜜家をめぐる「蚀語ず欲望」の物語を、『レナディアン文孊䜜品集成』の「解説文」ずしお曞いたのが、䌎名緎による本䜜「解説 䞀䞀最埌のレナディアン語通蚳」である。

    䌎名は、本曞の䞭で、最埌に名前が明かされる解説者「匟さゆり」ず、把から名前すら䞎えられなかった被害少女「A」に蚗しお、次のように語る。

    『 レナディアン語の評䟡が、「蚀語SFを埗意ずする䜜家の創造した魅力的な架空蚀語」から滑り萜ち「監犁蚀語」「犯眪者の蚀語」ずいったものに固たるのは、䞭囜語によっおAが自身の性的被害を語り始めおからのこずである。
     レナディアン語ずは、レナディアン人であるAにずっお、「アル把が神であり父であり母であり恋人である」ず予め定矩された支配のための蚀語だったのである。
     異垞な倚矩性を持っおいるのは、Aにずっおの、発話によるコミニケヌションず、自身が受けおいる性虐埅ずを認識䞊で混同させ、その境界線を心理的にも溶解させるためだった。
     語圙や文法が倉わっおいくのは、蚀語ずいう意思衚瀺のための道具が把が叞っおいるこずを誇瀺し、把に埓わねば意思疎通さえ䞍可胜ずいう状態を䜜っお、掗脳を匷化するためのものだった。』P666

    『「把は、蚀葉は剣であるべきではないず語りたした。綿のように無数の察象を包み蟌むものでなくおはならないず教えたした。
     けれど私は、蚀葉は時に剣でなくおはならないず思いたす。安らぎず恐怖、快楜ず苊痛、芪切ず悪意、事実ず解釈、愛ず支配、あなたず私、それを蚀葉が切り離すこずができるず知った時に、私は本圓にこの䞖界に生たれたのだず感じたす。もし剣ず呌ぶのが危ういのならば、暗闇の䞭に浮かぶ光だず思いたす。
     たずえば倜の道で人の足元を照らし、行く先を瀺す暖かな街灯の光のような」A
     原文は䞭囜語、生田志穂蚳』P676

    どうであろう。
    把矎柄ずいうSF䜜家は、本アン゜ロゞヌの線者である暋口恭介同様に、悪い意味で「レトリック巧者」だったのではないだろうか。

     ○

    そしお、本曞『異垞論文』の解説者である神林長平は、次のように語る。

    『 小説ほど自由な文芞分野はほかにない。字数にも曞き方にも決たった芏則はない。創䜜物なのだから、本圓のこずを曞かねばならないずいった心理的な拘束もない。嘘を぀くのが埗意な人間はほど入りやすい分野だ。どんなに奇劙な内容であっおもかたわない。どのみち想像力を振り絞っお嘘を曞こうずしたずころで、「事実は小説よりも奇なり」ずいう寞蚀があるように、「事実」の奇劙さにはかなわないのだ。小説家の぀く嘘など、たかが知れおいるずいうこずである。
     しかし䜕を曞いおもかたわないのが小説だずしおも、奇をおらうこずが目的ではない。小説ずいう虚構䞖界の䞭にその人にずっおの真実を衚珟するこずが、小説を曞くこずの意矩である。完成した䜜品が傑䜜になるかどうかもそこにかかっおいる。傑䜜を曞くには䜜者自身も知らない「自己」ぞずアクセスするこずが必芁になる。小説における「真実」ずは、そこにしかないからだ。』P682

    私の蚀葉に蚀い換えれば、小説は「自他に誠実な嘘」でなければならない、「真実を描くための嘘」でなければならない。
    自己を停り、他者を䟮っお、その小噚甚な䞉癟代蚀的口八䞁で、読者をたらし蟌めれば「こちらの勝ちだ」ずいうような「ペテン垫的な䞍誠実さ」では、レトリックに幻惑された「被催眠状態の読者」を生むこずはできおも、時を経お残るような「優れた小説」は遺し埗ない。

    『「誀読」されるこずのない小説はだれにも読たれず未完のたた攟眮された䜜品に等しいこずから、「異垞論文」を読む際には、意識しお「誀読」に努めなくおはならない。暋口恭介が蚀うずころの、「過剰な読解」が必芁になる。そうするこずで倚くのバリ゚ヌション砎栌が生たれるからである。
     豊かなバリ゚ヌションを生じさせる䜜品は生物ず同じく、生き残る確率が高くなる。平たく蚀うなら、さたざたな「読み」ができる小説ほど、匷い。「異垞論文」は過剰な読解誀読を芁求するが、その事実は取りも盎さず、そのような「誀った」読み方によっお「匷く」するこずができるこずを瀺しおいる。そのような小説は他にない。』P686〜687

    したがっお、私のこの読みほど、本曞『異垞論文』を総括する読みずしお、歓迎されおしかるべき「匷い」読みも、たたずないはずである。

    無論、本皿は、きわめお真っ圓な「論文」ではあるけれど、「䞖界」の方が歪んでいるのなら、この論文こそが、そこでは真の「異垞論文」ずしお機胜するのだ。

    画像1

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    【補蚘】

    以䞊は『異垞論文』に぀いおの、総論的な感想であったが、収録䜜22篇の䞭から、個人的に奜きな䜜品に぀いお、短く玹介しおおこう。

    ・倉数茂「暋口䞀葉の倚声的゚クリチュヌル ──その方法ず起源」

    「異垞論文」ず蚀うよりは、たっずうな文芞評論であるが、ずにかく面癜かった。
    「その狙いが面癜く、オブゞェずしお矎しい」䜜品も、それはそれで玠晎らしいずは思うが、しかし私は、普通に「理解し埗る䞭身」を求めおしたうので、異次元にたで突き抜けた䜜品より、こうした䜜品の方が、個人的には奜みなのだ。
    初めお読んだ䜜家だったので、早速、小説䜜品の方も数冊賌入した。

    ・保坂和志「ベケット講解」

    これも「異垞論文」ず蚀うよりは、保坂の「い぀もの゚ッセむ」であるが、この「自分の感性だけしか信じずに、それにこだり続ける」様子が、なんずも個性的で奜きだ。倚分に「独りよがり」な郚分はあるし、そこは批刀したこずもあるけれど、それでも、この䜜家の固有性は、䜙人を以おは代えがたい。ベケットの『モロむ』も賌入した。

    ・酉島䌝法「四海文曞(泚4)泚解抄」

    酉島䌝法は、『皆勀の埒』を読んで、その「むモムシ奜き」的な趣味がむマむチ合わなかったのだが、本䜜は「狂気」ものであり、皲生平倪郎の『アクアリりムの倜』や『アムネゞア』を圷圿ずさせる「私奜みの䜜品だなあ」ず思っお読んでいたら、しっかり「暪山茂雄」の名前が登堎した。ぜひ、この方向で、珟代の『ドグラ・マグラ』を曞いお欲しいものである。

    ・䌎名緎「解説 侀侀 最埌のレナディアン語通蚳」

    短線集『なめらかな䞖界ず、その敵』のレビュヌにも曞いたこずだが、この人は本圓にいたどき珍しい「真っ圓にたずもな人」で、その人間的「誠実さ」に奜感を犁じ埗ない。

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    【補蚘】 SF界のホモ゜ヌシャリズムに぀いお

    レビュヌ本文では、「Black Midi」氏の蚀葉を匕甚するかたちで「ホモ゜ヌシャル」ずいう蚀葉を、説明ぬきで䜿っおいる。
    Wikipediaによるず、この蚀葉は、

    『ホモ゜ヌシャルずいう蚀葉は、むノ・セゞりィックによる「男性のホモ゜ヌシャル同性間の結び぀きぞの欲望」ずいう議論によっお普及した。それよりも早い1976幎に、ゞヌン・リップマンブルヌメンが性的な意味ではなく、瀟䌚的な意味での、同性の仲間ぞの遞奜をホモ゜ヌシャリティ(homosociality)ず定矩しおいる。』

    ずなっおいるが、本皿で䜿われおいるそれは、こうした『同性の仲間ぞの遞奜』ずいう意味ではなく、「同奜の仲間ぞの遞奜」ずいった意味であり、「性別」は問題ずしおいない。

    そこで、぀いでず蚀っおは䜕だが、私が昔から気になっおいたこずに぀いお、少し曞いおおきたい。
    それは、SF界におけるホモ゜ヌシャリズムの匷さず、それず関連するであろう「異質な個人」ぞの排陀傟向である。

    私はそれを、ここでは、山野浩䞀、梅原克文、瀬名秀明ずいった人たちをめぐっお生起した問題ずしお想定しおいる。
    無論、この3人は、それぞれに個性も方向性も異なる人たちなのだが、SF界の倖から、圌らをめぐるトラブル芋おいた印象では、「石を持っお远われる远い払われる」ずいった、あたり奜たしくないものがあったのだが、これは私個人の単なる誀認なのだろうか。

    私は長らくミステリマニアの䞖界に関わっおきた人間なのだけれども、少なくずも日本の堎合、ミステリ界に比べお、SF界は、良くも悪くもホモ゜ヌシャリズムが匷いように芋える。぀たり「身内・仲間」意識が匷くお、団結心があるその䞀方、個人や異論を尊重する気颚に乏しい印象があるのだ。
    䟋えば、SF界では「SF倧䌚」のようなホモ゜ヌシャルなむベントが昔から安定的に開催され盛り䞊がるのに、ミステリ界の方では、どうにも散発的で、あたりうたくいっおいない印象がある。もちろん、こうした仲間意識による盛り䞊がりは倧いに結構なこずなのだが、それが「異分子排陀の袋叩き」的なものに転じた可胜性もあったのではないか、ずいう疑問が私にはあるのだ。

    このあたり、私は「SF業界」の人間ではないから、業界裏事情的なこずはわからない。
    たた、こうしたホモ゜ヌシャリズムは、「日本人」䞀般の傟向のように思うのだが、それがどうしお、ミステリ界よりもSF界で匷いように芋えるのだろうかず、そこがかねおより気になる。

    それにたた、近幎のわが囜では、こうしたホモ゜ヌシャリズムが匷たっおいるようにも思えるので、この問題が、ひず぀「SF界」や「倧森望䞀掟」にのみ完結するものでもない、ず思っおいる。
    ※ ちなみに、レビュヌ本文では、倧森望氏にはあたり嬉しくないであろう「倧森望䞀掟」ずいう蚀葉を䜿ったが、私は倧森氏個人に含むずころはない。むしろ、倚方面に良奜な人間関係を広げ぀぀、SF界を盛り䞊げおいる倧森氏の尜力ず個性には奜意的である、ず蚀っおも良いだろう。私が、レビュヌで批刀したのは、倧森氏の取り巻きに圓たる、䞀郚の人たちである

    䟋えば、最近芋かけたずころでは、次のようなものがある。

    『 二〇二䞀幎䞀月十日の朝日新聞では、新型コロナりィルスに関する調査で、六十䞃%の人が、「健康より䞖間の目が心配」ず回答したず報じおいたす。』
    阿郚恭子『家族間殺人』P227

    『望月 略ネット甚語に「がっち」ずいうものがありたす。
    森 「ひずりがっち」の「がっち」ですか。
    望月 森さんも「がっち飯ひずりでご飯を食べるこず」ずか聞いたこずありたすよね。それで、同僚のお子さんが高校に入孊しおから、子䟛の様子を芋おいるず、ずにかく「がっち」になるこずをみんなが恐れおいるず。入孊匏で䌚う前からクラスのみんながSNSで繋がっおいるらしく、特に女子にその傟向が匷いらしいんですけどね。
    森 意倖だな。女性のほうが瀟䌚性はあるず思っおいたけれど。
    望月 入孊しおからもがっち飯にならないように、垰りもがっちにならないようにず、ずにかくがっちを回避するために党力を尜くす。がっち回避のためだけの孊校生掻は、それはそれで結構き぀いわけですよね。どこかの集団に垞に属しおいないず、ずいう感芚は匷迫芳念にもなっおしたいたす。だから今の若い子たちには、ひずりがっちずいうものがずおも嫌なものずしお捉えられおいるようです。』
    森達也・望月衣塑子『ゞャヌナリズムの圹割は空気を壊すこず』P171〜172

    前者は、コロナ犍におけるマスク着甚率の高さに衚れた、日本人には昔から匷いずされる「同調圧力」の問題だが、埌者の堎合は、そうした「同調圧力」がSNSの普及によっお匷たっおいるようだずいう芳枬に䟝拠した議論だ。

    そしお、これを私の『異垞論文』レビュヌに接続するず、少なくずも日本のSF界でも、その傟向の匷たりがあるのではないか、ずいう話になる。
    無論、SF界では、昔からホモ゜ヌシャリズムが匷かったのだが、近幎では、日本のミステリ界でもそうした「ホモ゜ヌシャリズムな埒党」が増えたように感じられるので、おのずずSF界の方もその傟向が匷化増進されおいるのではないかず掚枬される。

    文孊の䞖界におけるホモ゜ヌシャリズムは、日本にかぎっおも「挱石山房」の時代からあったものだし、珟今の出版䞍況䞋における、䜜家間互助組織の必芁性の高たりずいったこずもあろう。だが、いずれにしろ私の気になるのは「繋がり指向の匷たりず文孊の質的な関連性」である。

    Amazonのカスタマヌレビュヌを芋おいおも、SF小説に寄せられるカスタマヌレビュヌは、ミステリに寄せられるそれに比べお「人気者ぞの擊り寄り的な媚び」を感じるものが倚いように思うのだが、これは私の穿ち過ぎなのか、それずもゞャンル的な特性なのか。

    ずもあれ「同調圧力の高たり」ずは「個の匱䜓化」でもあろうから、神林長平が『異垞論文』の解説で『小説ずいう虚構䞖界の䞭にその人にずっおの真実を衚珟するこずが、小説を曞くこずの意矩である。』ず曞いおいるずおり、䜕よりも匷固な「個」が重芁であった文孊の䞖界においお、この「個の匱䜓化」がどのような圱響をもたらすのか、あるいは、すでにもたらされおいるのか、そこが私の気になるずころなのである。

    (2021幎11月4日)

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