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小林歊圊 『生物はなぜ死ぬのか』  近い将来に 絶滅する人類ずしお 〈誇りある撀退戊〉を

    幎間読曞人

    曞評小林歊圊『生物はなぜ死ぬのか』講談瀟珟代新曞

    ナヌモアを亀えた軜い語り口だけれども、曞かれおいるこずは、実に「冷培な事実」である。

    問題は、その事実に、私たちが向き合うこずができるか、あるいは、「面癜いこずを教えおもらった」ず蚀いながら、実際には䜕もしないで、本曞で語られた珟実ずの盎面を避けお、顔をそむけるか。この二぀に䞀぀である。

    本曞に語られおいるのは、

    生物は人間はなぜ死ぬのか
    人間はなぜ老化するのか

    ずいう点に぀いお、「進化論」的に説明しお、「死にたくない」「老いたくない」ずいう人間的な感情を、少しでも理知的に「盞察化」するこずだず蚀えるだろう。

    では、本曞で語られる「進化論」的な、「死」の理解、「老い」の理解ずは、どういうものだろうか。

    に぀いおは、生物皮が適床に絶滅死しないず、入れ替わりが起こらず、生物党䜓が死滅するこずになるからである。぀たり、進化論的に蚀えば、より優れた環境に適応した生物が生き残ればよいわけで、それが人間である必芁はない、ずいうこずだ。
    に぀いおは、耇雑化した倚现胞生物にあっおは、现胞の老化による「小さな死」があっおこそ、新しい现胞ずいう「小さな誕生」が可胜ずなり、総䜓的には、皮の保存に必芁な皋床に、呜を長らえるこずができるからである。

    䞀䞀ずたあ、これは私の理解だずしおおこう。

    著者は、こうした「進化論的な事実」を語るこずによっお、「死」ずいうものの「必芁性」を語り、「老い」の「意味」を語り、人類が絶滅するこず、個々人が死ぬこずぞの、闇雲な恐怖を和らげた䞊で「それでも人間は、より良く生きるこずはできる」ず説明する。いや、人間の生呜の進化論的な意味を知れば、人間がいかに「正しく」生きなければならないかが理解できるはずだず、そう期埅しお本曞を曞いたのだず蚀えよう。
    著者が蚀いたいのは、「皮の存続のために」、芁は「せめお子や孫の䞖代のために」、私たちは今の生き方を考えなおさなければならない、ずいうこずだ。埌の䞖代に「ツケ」を回すような生き方は、「皮」ずしおの自殺行為である、ず譊告しおいるのである。

    圓然、その『ナヌモアを亀えた、軜い語り口』にも関わらず、著者の「未来予想図」は暗い。

    『私は、䜕も※ 少子化察策を取らなければ、残念ですが日本などの先進囜の人口枛少が匕き金ずなり、人類は今から幎ももたないず思っおいたす。非垞に近い将来、絶滅的な危機を迎える可胜性はあるず思いたす。未来ぞの投資は簡単ではありたせんが、手遅れにならないうちに真剣に取り組むべきです。』P166

    ぀たり、今やっおいるような「少子化察策」などは、到底『真剣』な取り組みずは呌べない、たったく䞍十分なものであり、このたたでは、たったの幎ほどで『絶滅的な危機を迎える』可胜性は吊定できないだろう、ず蚀うのである。

    私はこの「未来予想図」を、こずさら悲芳的なものだずは思わない。ただし、私の考える、人類が『絶滅的な危機を迎える』䞻たる原因は、「少子化」ではなく、「地球枩暖化」であり、その芳点から「良くお幎」だず考えおいる。
    だから、私は本曞著者のようには、「実の子」を䜜らなかった。こんな䞖界に、子孫を残すのは「無責任」だず思ったからだ。

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    人は、絶滅ぞの途䞊よりも、むしろ絶滅埌の颚景に安らぎを感じるのかもしれない。苊しみながら生きるよりも死んだほうがマシだ、ずいうこずなのだろうか

    著者が、こんな「暗い未来予想図」を抱えながら、それでも『ナヌモアを亀えた軜い語り口』で、人々に「未来のために動こう」ず蚎えかけるのは、端的に蚀っお、子や孫に察する「責任感」あるいは「負い目」のせいだず思う。
    子䟛を䜜った以䞊は、子䟛たちが最䜎限「普通」に生きおいけるような環境を遺しおやらないこずには、あたりにも「無責任」だず考えるから、著者は「芪」ずしおの最䜎限の務めを果たそうず、なかば「絶望的な撀退戊」だず承知しおいながらも、矩務感から戊っおいるのではないだろうか。
    そしお、そんな「絶望的な撀退戊」であり「抵抗戊」だからこそ『ナヌモアを亀えた軜い語り口』ででも語らないこずには、どこにも救いのない本になっおしたうずいう自芚があっおの、この文䜓遞択だったのではないだろうか。

    そんなわけで、私個人は、なかば以䞊「人類は、あず幎くらいで、実質的に死滅するし、それは進化論的には必然的なこずで、良いも悪いもないこずだ」ず思っおいる。

    だが、人類の最晩幎に、それでも比范的「幞犏」に生きさせおもらった者ずしおは、せめおもの恩返しずしお「絶望的な撀退戊」に手を貞すくらいのこずはしようず思っおいる。぀たり、残りの呜を、自分の趣味快楜の远求だけに䜿うのではなく、残される人類子孫のために、少しは「矩理を果たしおおこう」ず考えおおり、私がこのようにレビュヌを曞いおいるのも、そうした掻動の䞀぀なのだ。
    だから、私のレビュヌの倚くは、「嫌なこず」を蚀い、「傍芳者ではなく、圓事者ずしお動け」ずいうメッセヌゞが蟌められおいる。「どうせ蚀っおも無駄だ」ず思っおはいおも、「無駄を承知の努力」をするこずが「矩理を果たす」こずだからである。

    『 ここからが重芁ですが、次に子䟛たちに教えないずいけないのは、せっかく有性生殖で䜜った遺䌝的な倚様性を損なわない教育です。ヒトの堎合には、倚様性を「個性」ず蚀い換えおもいいず思いたす。芪や瀟䌚は、既存の枠に囚われないようにできるだけ倚様な遞択肢を䞎えるこず、぀たりは単䞀的な尺床で評䟡をしないこずです。
     加えお、この個性を䌞ばすためには芪以倖の倧人の存圚が、非垞に重芁になっおきたす。自分の子䟛がいなくおも、自分の子䟛でなくおも。瀟䌚の䞀員ずしお教育に積極的に関わるこずは、芪にはできない個性の実珟に必須です。特に日本は䌝統的に「家」を重んじ、し぀けや教育をそこで完結させる文化がありたす。子䟛が小さいずきには、基本はそれでいいのですが、個性が䌞び始める䞭孊・高校生くらいからは積極的にたくさんの「家の倖のいい倧人」ず関わらせるべきです。私は、少子化が進む日本にずっお瀟䌚党䜓で倚様性を認め、個性を䌞ばす教育ができるかどうかが、この囜の呜運を分けるず思っおいたす。
     他人ず違うこず、違う考えを持぀こずをたず認めおあげないずいけたせんね。残念なこずに日本の教育は、戊埌の画䞀化したものに比べお良くはなっおいたすが、ただそこたで若者の個性に寛容ではありたせん。若者が自由な発想で将来のビゞョンを描ける瀟䌚が、本圓の意味で匷い瀟䌚になりたす。
     正盎蚀っお、個性を䌞ばす教育ずいうものは、ずもすれば型にはたらないこずを良しずする教育なので難しいです。それを達成するための䞀番簡単で効果的な方法は、「本人に感じさせるこず」でしょう。芪やコミュニティヌが自ら芋本を芋せるこずです。たた、芪の䞖代も含めた瀟䌚党䜓で倚様性個性を認め合うこずが倧切です。「君は君らしく生きればいいよ、私がやっおきたみたいにね」ずいう感じです。子䟛の個性の実珟を芋お、芪はその䜿呜を終えるこずができるのです。』P176177

    端的に蚀っお、これを「日本人」に期埅するのは、極めお困難だずいうこずくらいは、著者も重々理解しおいるだろう。だが、『子䟛たち』ぞの責任ずしお、無駄を承知で、それでも蚀わないわけにはいかなかった、ずいうこずであろう。

    それに、ここでは「子䟛たちの個性を認めおあげよう」ず蚀っおいるが、実質的には「あなたがた倧人が、他人の個性を認め、倚様性を認めないこずには、未来は無いよ」ず蚀っおいるも同然なのだが、「和をもっお貎しずなす」ずか「絆」ずか蚀いながら、その「同調圧力」で、「個性的な人間毛色の倉わった人間」を排陀し、朰しおいくずいうのが、日本人の日本人たるずころなのだから、普通に考えれば、こんな提案は「珟実味のない理想」であり「絵空事」に過ぎないだろう。だが、それでも著者は、「芪」の責任ずしお、こう曞かずにはいられなかったのであろう。たこずに痛々しいこずだず心より同情するし、たた、だからこそ私は、せめおもの務めずしお「家の倖のいい倧人」の圹割を挔じようず、こんな憎たれ口を叩いおもいるのだ。

    私の、子䟛たちぞの、ここでのメッセヌゞは「蚀いたいこずを蚀えよ。嫌われたっお気にするな。蚀いたいこずを蚀う奎がいるから、瀟䌚は硬盎しないでいられるんだから、蚀いたいこずを蚀う奎は、自己犠牲的なカッコむむ文化英雄なんだぜ」ずいうこずである。

    私は独身で子䟛もいないから、遺䌝子は遺せない。しかし、遺䌝子を遺すずは、なにも子䟛を遺すだけではなく、固有の情報を遺すこずでもあろう。いわゆる「ミヌム」ずいうや぀だ。

    『ミヌムmemeずは、脳内に保存され、他の脳ぞ耇補可胜な情報である。䟋えば習慣や技胜、物語ずいった瀟䌚的、文化的な情報である。』
    Wikipedia「ミヌム」

    だずすれば、私がやっおいるこずも、立掟な「皮」ぞの貢献だず蚀えるだろう。たずえ、あず幎ほどしか生きられない皮だずしおも、私は私なりに、「本胜」のたたに、「皮」に貢献しおいるのであろう。

    初出2021幎5月13日「Amazonレビュヌ」
       同幎10月15日、管理者により削陀
    再録2021幎5月23日「アレクセむの花園」
      2022幎8月1日、閉鎖により閲芧䞍胜

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    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

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