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ロバヌト・A・ハむンラむン 『異星の客』  「ひずの子」 ずいう蚀葉

    幎間読曞人

    曞評ロバヌト・A・ハむンラむン『異星の客』早川SF文庫

    最近では耳にしなくなった衚珟だが、か぀おは「あい぀は宇宙人だからな」ずか「宇宙人のような人」ずいった圢容衚珟があった。

    芁は「倉わった人」「䜕を考えおいるのかわからない人」を指しおいる。
    しかし、だからず蚀っお、「腹に䞀物ある」ずいうようなこずではない。぀たり、䜕かを意識的に隠しおいるから「䜕を考えおいるのかわからない」のではなく、そもそも「モノの考え方が倉わっおいる」から、他人には、その人の「思考内容が掚し量れない」ずいうような堎合に䜿う衚珟だ。
    たったく違った身䜓構造や文化を持぀がゆえに、その思考方匏や思考パタヌンが人類ずはたったく異なっおいる「宇宙人異星人」みたいなものだ、ずいう意味合いで、「宇宙人のようだ」ずいう圢容がなされたのである。

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    本䜜の䞻人公である、ノァレンタむン・マむケル・スミス※ マむクが、たさにそのような人物だった。
    しかし、圌の堎合は、文字どおり、火星で火星人の䞭で育ったために、思考方匏が火星人のものになっおしたい、そのため地球に戻っおくるず、およそ䜕もかもが奇劙で理解䞍胜なもの、あるいは恐ろしいものずしか感じられず、地球の生掻環境に慣れるためには、倧倉な苊劎を匷いられた。
    もちろん、圌ず接した圓たり前の地球人たちも、圓初は、マむクの奇劙な蚀動に驚いたのだが、圌の䞊倖れた知的胜力を知っお、圌に地球で生きるすべを授けおいったのである。

    『宇宙船ノむクトリア号で垰った“火星からきた男”は、第䞀次火星探怜船で火星で生たれ、ただひずり生き残った地球人だった。地球連邊の法埋によるず、火星は圌のものである。この宇宙の孀児をめぐっお政治の波が抌しよせる。しかし、“火星からきた男”には、地球人ずは違う思考があり、さらに地球人にはない力があった。“火星からきた男”は地球をゆるがせおゆく』
    本曞扉ペヌゞ「内容玹介」より

    あらすじずしおは、次のようなものである。

    マむクを病院に幜閉しお利甚しようずする政治家たちから、看護婊ゞルが圌を脱走させ、倉わり者の金持ちで匁護士でもある老孊者䜜家のゞュバル・ハヌショヌのもずぞ助けを求めお逃げ蟌む。
    ハヌショヌは、マむクの子䟛のように無垢な人柄に興味を持っお、圌をなんずか地球で生きおいけるように教育しおやりたいず思い、圌らを匿うこずにする。
    自由人ハヌショヌの屋敷には、圌の仕事をサポヌトする人の矎女ず、男性の雇人も人いるが、圌らは雇䞻であるハヌショヌの奜みず方針に応じた、それぞれに個性的な自由人だった。

    圓初は、病院から逃げ出したマむクを取り戻そうず、歊装郚隊をハヌショヌの屋敷に送り蟌んできた政治家どもだったが、その時、マむクは、圌らを物理的に消しおしたう異空間ぞ攟逐しおしたうずいう恐るべき超胜力を発揮する。
    それで助かりはしたものの、この胜力が䞖間に知られおしたえば、マむクがこの地球でたずもに生きおいくこずは䞍可胜だず考えたハヌショヌは、マむクに「呜の危険を感じた時以倖は、決しおその胜力を䜿っおはいけない」ず厳呜。䞀方、マむクが「唯䞀の火星の所有暩者」であるのを盟にずっお、実質的に䞖界のトップである自由䞖界連邊事務総長で、アメリカ合衆囜倧統領のゞョセフ・゚ゞャヌトン・ダグラスずの政治的亀枉に持ち蟌み、圌をマむクの埌芋人に぀けるこずに成功する。ダグラス自身は、マむクを個人的な野望のために政治利甚するような、ケチな政治家ではなかったからで、マむクぞの政治家たちの野望は、あくたでもダグラスの知らないずころで行われおいたものだったのである。

    マむクは、ハヌショヌの家にある本をものすごいスピヌドで読砎し、その内容をすべお暗蚘し、自分に理解・認識grokできるこずをどんどんず増やしお、ハヌショヌの屋敷の愉快な仲間たちの䞋で、急激にたくたしい青幎ぞず成長しおゆく。
    たた、そうした䞭で、圌は「宗教」ずいうものに興味を持぀。それが、自分が火星で感じおいた真理に通じるものではないかず感じたからだ。
    そしお、぀いに圌は、父ず仰ぐハヌショヌの蚱しを埗、ゞルず共に屋敷から倖の䞖界ぞず出おいくのである。

    圌は、ゞルず共に、身元がバレないように、サヌカスの手品垫などをしながら、䞖の䞭に぀いおの経隓を深めおいく。たた、興味があった「宗教宗掟」にも接近しおみるが、珟実に接しおみたそれは、曞物から埗た知識で感じられたようなものではないずわかり、マむクは倱望した。ハヌショヌの蚀っおいたずおり、珟実の「宗教」は、ほずんどが、その理想ずはほど遠いものだったのである。

    そこで、マむクは、みずから「宗教団䜓」を起こし、「宗教」を停装するこずで、少しでも「火星人的な、優れお自由な認識」を、地球人たちに広めようず考えた。そのこずで、地球人たちを「無意味な囚われ自瞄自瞛」から解攟しお、幞せににするこずができるず考えたのだ。

    こうしお、マむクを教祖ずする教団は、埐々に倧きくなっおいく。
    しかし、圌の「宗教」は、「人間解攟」を促すものであったために、既成の䟡倀芳に瞛られた人たちや、既成の宗教教団からは「淫祠邪教」の謗りを受け、憎しみの察象になっおしたう。

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    ヒッピヌ的な性的解攟

    もちろん、マむクには、超胜力があるから、物理的な暎力を恐れる必芁は䞀切ない。逃げようず思えば、テレポヌテヌションを䜿っお逃げるこずができるし、他人を操るようなこずも容易にできるだろう。だが、マむクは、そんなこずがしたかったのではない。教団を巚倧化させるこずが目的ではなく、䞀人でも倚くの人を、無意味な自瞛から解攟しお、幞せにするこずが目的だったので、圌は、どうすればそれが正しいやり方でできるのかを、悩たざるを埗なくなったのである。

    䞀䞀このあずは結末だけなので、ここで止めおおくこずにしよう。

    本曞は、ハむンラむンの䜜品の䞭でも倧郚に属する、埌期の䜜品だ。文庫本にしお800ペヌゞ匱にもなるから、分冊の『愛に時間を』などに比べればただ短いものの、䞀巻本ずしおはかなり分厚く、他の䞀巻本に比べるず、有名なわりには、あたり読たれおいないようだ。

    䟋えば、珟時点での、Amazonのカスタマヌ「評䟡」件数を芋るず、

    『倏ぞの扉』      2,296
    『月は無慈悲な倜の女王』 681
    『宇宙の戊士』      197

    『異星の客』        51

    『愛に時間を 1』    28
    『獣の数字1』     11
    『ペブ』          6

    ずいった具合で、SFファン以倖にも読たれおいる『倏ぞの扉』は別栌ずしおも、『月は無慈悲な倜の女王』や『宇宙の戊士』ずいった䞀巻本の傑䜜には、倧きく溝を開けられおいる。

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    もちろん、埌期の倧長線や、明らかに宗教色の匷く出た䜜品に比べれば、ただ読たれおいる方ではあるものの、原曞が刊行された1960幎代のアメリカにあっお、「ヒッピヌの聖兞」ずたで蚀われお䞀倧ベストセラヌになり、倚く人に圱響を䞎えた異色の傑䜜であるわりには、今の日本では読たれおいないず蚀っおも、決しお過蚀ではないであろう。

    私が賌入した「新装版」䞭身はいっしょの、第44刷の垯の衚偎には、

    『ビル・ゲむツが遞んだオヌルタむムベスト』 

    ずあるし、垯の背面には、次のようにある。

    『必読曞ずしお遞ばれた巚匠ハむンラむンの超倧䜜

    䜜品䞭に登堎する「grok認識」ずいう造語が、その埌オックスフォヌド英語蟞兞に採甚されるなど、本誌は時代に倚倧な圱響力を及がした。宗教、政治、性、思想ず倚くのテヌマを扱いで、颚刺ずナヌモアが無数にちりばめられた䜜品ずしお、倚くの有識者に支持され、英囜玙「ガヌディアン」で必読小説1000冊のうちの䜜にも遞ばれた。ヒュヌゎヌ賞受賞䜜。』

    なぜ、ビル・ゲむツが本䜜を「オヌルタむムベスト」に遞んだのかず蚀えば、それは無論、圌もか぀おはヒッピヌ的な若者だったのであり、本曞の瀺した「自由」に憧れ、その圱響を匷く受けた人だったからであろう。
    『英囜玙「ガヌディアン」で必読小説1000冊のうちの䜜にも遞ばれた』のも、珟圚の知識局や瀟䌚的なリヌダヌたちの少なくない郚分が、か぀おは同じムヌブメントの䞭にあっお、本曞の圱響を、䜕らかのかたちで受けた人たちだったからだろうず掚枬される。

    さお、私が本曞に興味を持った理由はずいうず、本曞がヒッピヌたちに読たれた、1960幎代のアメリカを代衚する䜜品である、ずいうのがひず぀。

    もうひず぀は、次のような事情だ。
    私の若い頃、圓時倧ヒットしおいたテレビアニメ『機動戊士ガンダム』に登堎する「ロボットではなく、兵噚ずしおのモビルスヌツ」ずいうアむデアに倧きな圱響を䞎えた䜜品ずしお、ハむンラむンの『宇宙の戊士』のパワヌドスヌツが玹介され、アニメ業界にも近い䜍眮にいた、「スタゞオぬえ」所属圓時のSF䜜家の高千穂遙が『宇宙の戊士』を絶賛しおいたために、私も期埅しお同䜜を読んでみた。

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    ずころが、そこで描かれおいるのは「愛囜戊士に育っおいく、兵隊孊校の若者たちの姿」であったため、私は「ハむンラむンは、くだらない保守思想の持ち䞻」だず、いっぺんに嫌いになったしたった。
    しかし、぀い最近読んだ、フィリップ・・ディックの゚ッセむで、ハむンラむンがそんなに単玔な䞀面的な人ではないずいうこずが、敬意を蟌めお語られおいた。明らかに「巊」寄りであるディックがここたで蚀うからには、冊読んだだけで、ハむンラむンを単瞊な「タカ掟保守」ず決め぀けるわけにはいかないず、そう考え盎したずいう次第である。
    それに「タカ掟保守䜜家」が曞いた䜜品が、それずは真逆なヒッピヌに支持されるはずもないから、『異星の客』だけは、分厚いけれども読んでおかなければならない䜜品だず考えたのだ。

     ○ ○ ○

    で、『異星の客』を読んでみおどうだったかずいうず、たしかにハむンラむンが「頭の悪い保守思想䜜家」などではない、ずいうのがよくわかった。
    そう単玔な人ではないずいうのがわかるず同時に、本䜜の登堎人物であるゞュバル・ハヌショヌず同様、良い人ではあるのだが、なかなか屈折の倚い人だずも感じられた。

    他のAmazonカスタマヌレビュヌなどをみおみるず、どうやら埌期のハむンラむンは、䜜䞭に「自身を投圱した人物」を登堎させ、その人物にあれこれ語らせるずいうパタヌンがよく芋られたようで、本䜜もたさにそのパタヌンの䜜品であった。

    本䜜がこれだけ分厚い本なったのも、垯の玹介文にもあるずおり『宗教、政治、性、思想ず倚くのテヌマを扱いで、颚刺ずナヌモアが無数にちりばめられた䜜品』だからで、筋自䜓は、先に私の玹介したずおりで、さほど耇雑なものではなく、それだけなら、こんな分厚くはならなかったはずなのである。

    ぀たり、䞀蚀でいっおしたえば、本䜜は「人間ずいうものに、いささか倱望したハむンラむンによる、人類文化に぀いおの思匁的批評小説」なのだず蚀えるだろう。
    だから、思匁的な人には面癜い小説だが、SFに「科孊的なアむデア」や「掟手な掻劇」を求める人には、たったく合わない䜜品かも知れない。

    さらに蚀えば、本曞における「人類論」の䞭心的話題ずなるのが、やはり「宗教」なのである。したがっお、そこで読者を遞ぶ郚分もあるだろう。

    ハむンラむンは、ハヌショヌの口を借りお、本曞の䞭で「宗教の珟実」をク゜ミ゜に貶しおいる。
    しかし、そんなハヌショヌが、マむクの「宗教もどき」に理解を瀺すのは、マむクが目指すものは「宗教」ではなく、「新しい道理」だからである。

    しかしたた、この「新しい道理」が可胜になるのは、地球人にはない「火星人的な思匁䞖界認識」を、肉䜓的には地球人であるマむクが持っおいたからである。
    「火星人的な思匁䞖界認識」が加わっお、初めお地球人類は、今の人類の限界を超えお「解攟」され埗るのである。

    ぀たり、ハむンラむンは「珟実の宗教」には深く倱望しおおり、それに察しお批刀的なのだが、しかしそれでも、人間を「超越した䜕か」に察する期埅は倱っおいない。
    その「超越的な䜕か」を、本䜜の䞭では「火星人的な思匁䞖界認識」ずいうかたちで描いたのだずいえよう。

    䟋えば、ハむンラむンは本䜜の䞭で、「宗教」を批刀しお、ハヌショヌに次のように語らせおいる。

    『略もしマむクが、乱れたこの惑星をもっずうたくやっおいく道を芋せおくれるのなら、圌の性生掻など、なんの匁明もいらんよ。倩才ずいうものは、皋床の䜎い意芋をばかにするのは圓然だし、い぀もその皮族の性的習慣なんかには無関心なものだ。圌らは圌らなりのルヌルを぀くるんだ。マむクは倩才だ。だから圌は、䞖間の口なんか無芖しお、自分のしたいようにやるのさ。
     しかし、神孊的芋かたからするず、マむクの性行動はサンタ・クロヌズず同じくらい正統的なものだよ。圌は すべお生あるものは、総察的に神であるず説いおいる。぀たり、マむクずその匟子たちだけが、この星での自芚をもった神だずいうこずになるんだ。぀たり、圌には神぀くりのあらゆるルヌルによっお、神さたの組合員章があたえられたようなものだ。このルヌルずいうのは、い぀もその神たちのセックスの自由を、それぞれ自身の刀断でしか制玄されないものなんだ。
     蚌拠が欲しいかね レダず癜鳥はどうだ ナアロパず牝牛は オリシスずアむシスずホルスは 北欧神話の信じられないような近芪盞姊は 東掋の宗教たでならべる぀もりはない。圌らの神々は、ミンク培逊業者でも我慢できないようなこずをやっおいるんだ※ ミンクは雑婚で知られる。しかし、西掋宗教が※ ママ。「西掋宗教で」かいちばんひろく尊敬されおいる䞉䜍䞀䜓の関係を芋たたえ。あの宗教の戒埋を唯䞀神ずみなされるもの※ ずの盞関関係ず劥協させるただひず぀の方法ずしお、神の亀配の法則は、人間の法則ずちがうものず断定するこずによっおいるんだ。ただ、たいおいの人はそれに぀いお考えたこずもない。圌らはそれを〝神聖にしお䟵すべからず〟ず曞いお封印しおしたっおいるんだ。』P651〜652

    この郚分を読めば、本曞がヒッピヌたちの「フリヌセックス」の思想に倧きな圱響を䞎えたずいうのは、想像に難くない。埓来の「性倫理性道埳」の䞭には、たったく無意味で非科孊的な「単なる慣習」も倚く混じっおいお、そう倧袈裟に隒ぐこずではないにも関わらず、そこに「宗教」が絡むこずで、単なる「小数䟋倖」が、「神ぞの反逆」扱いにされるこずになっおしたったのである。

    䟋えば、いた私が読んでいる『柄谷行人党発蚀 察話篇』の䞭に収録された、柄谷行人ず文芞評論家である秋山駿ずの、倏目挱石に関する察談でも、挱石は「近代化」を受け入れるひず぀のかたちずしお、西欧的な「恋愛」を描いおみせただが、その䞭では、日本的な「恋」ずいうものが抑圧されたのではないか、ずいう指摘がなされおいた。

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    江藀淳などが指摘したずころだろうが、倏目挱石の小説には「兄嫁ぞの秘められた恋心」が、抑圧されたかたちで反映されおいるず蚀われるのだけれども、そうしたものは、挱石が自身に抑圧した、それたでの「倧衆小説」的な䞖界においおは、それほど珍しいものでもなければ、抑圧しなければならないものでもない、わりず「よくある話」であり、実際、しばしば描かれおもきたものであった、ずいう。
    ぀たり、「西欧近代」の象城である「自由恋愛」の䞭にも、「近芪盞姊」などを「悪埳」芖し、「犁忌」ずする「キリスト教論理」が生き残っおおり、それが挱石の小説では、ある皮の「性的な抑圧」ずしお衚珟されおいたのではないか、ずいう議論だ。

    ぀たり、こうした「キリスト教倫理」に瞛られない私たち日本人は、元来「兄嫁」ぞの恋や、いっそ「近芪盞姊」に぀いおさえ、西欧キリスト教圏のような「悪埳」芖は持っおいなかった。
    それは、あくたでも「䟋倖的なもの」ではあれ、「䟋倖的なもの」が「悪」だずいう感芚ではなかったずいうのは、䟋えば、日本における「男色」や「衆道」ずいった、キリスト教の犁ずる「同性愛」に぀いおも蚀えるこずだったのであろう。

    しかし、䞊のハヌショヌの蚀葉で、さらに泚目すべきは、「キリスト教」における「䞉䜍䞀䜓」の秘儀を、「近芪盞姊」や「雑婚」的なものず比范しお、批刀しおいる点である。

    「キリスト教が、唯䞀神の厇める宗教だずいうのであれば、神には、父なる神ず、子なる神む゚ス・キリストず、聖霊の䞉者がいるずいうのは、明らかに論理的な矛盟であり、その明らかな矛盟を、䞉぀の䜍階ペル゜ナ仮面を持぀䞀者だ、などずいうのは、厚かたしい誀魔化しに過ぎない。圌らはそうした厚顔な「説明責任攟棄」を、〝神聖にしお䟵すべからず〟ず曞いお、䟋倖扱いにし、真理の远求を封印しおしたっおいるんだ」ずいう批刀である。

    そもそも、キリスト教における「䞉䜍䞀䜓」の教理ずいうのは、「埌付けの屁理屈」にすぎない。
    だが、それを、党䞖界の枢機卿が集たる最高䌚議である「公䌚議」においお「正統教矩」であるず合議しお決めたから、それはもう問答無甚に「正しいのだ」し、それに逆らう者は「異端」であり、排陀教䌚から砎門し、瀟䌚的に抹殺する、ずしおしたった。圓時の西欧䞖界では、教䌚から砎門されるずいうのずは、瀟䌚的に抹殺されるずいうのず、同じこずだったのである。

    そんなわけで、ハむンラむンは、珟実の「キリスト教」には、深く倱望しおいる。
    「䞉䜍䞀䜓」説を採っおいるのは、カトリックもプロテスタントも同じであり、それを採甚しないのは「異端」であり、キリスト教埒ずは認められない。それが、キリスト教の「珟実の姿」なのだ。

    しかし、だからず蚀っおハむンラむンは、キリスト教異端を支持しおいるず蚀うわけでもない。
    圌は、キリスト教に限らず、倚くの「宗教」を研究し、その「珟実」を確認した䞊で、どの「宗教」も、珟実の堎においおは五十歩癟歩でしかなく、少なくずも、圌が内心で憧れを抱いおいるような、む゚ス・キリスト的な「超越的な愛」を、それらの「䞖俗宗教」は瀺し埗おいないのだ。

    だから、ハヌショヌは「珟実の宗教」を撫で切りに批刀するその䞀方で、マむクの「擬䌌宗教」を支持するし、それに期埅するのである。「人間による宗教」はだめでも、「火星人的思考を持぀マむク」による「停宗教」であれば、それが「宗教」ではないからこそ、期埅できるず考えおいるのである。

    なお、本䜜のタむトルに぀いお、翻蚳者井䞊䞀倫により、次のような「解説」がなされおいる。

    『 この䜜品の題名は旧玄聖曞から採ったもの。
      圌男子おずこのこを産みければ、モヌセはその名をゲルショム客ず名づけお蚀う。
      「我異邊こずくに客ずなりおればなり」ず。
           出゚ゞプト蚘第二章22節』P781

    「十戒」で知られるモヌセは、゚ゞプトで奎隷になっおいたむスラ゚ル民族ナダダ民族を率いお、゚ゞプトを脱出し、神が玄束した自分たちの地カナンを目指した際の、むスラ゚ルのリヌダヌである。圌は倧倉な苊劎の末、むスラ゚ルの民をその地たで導きながら、自分自身はそこに入れなかった、ある意味では悲劇の人でもあった「申呜蚘」。

    ぀たり、私が思うには、ハむンラむンは、本䜜の䞻人公マむクを、モヌセに準えおいるのではないだろうか。
    モヌセも、神に守られおいたずはいえ、マむクず同様に海を割っお道を䜜るなんお奇蹟をなしたリヌダヌであり、それでいお、圌自身はカナンの地には入れなかった。

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    あず、ハむンラむンが、マむクを、愚かな民衆の無理解によっお刑死させられたむ゚ス・キリストに重ねおいるずいうのも、間違いのないずころであろう。

    私が、特に泚目したのは、マむクが、自身を『ひずの子』ず呌んでいる点である。

    『 圌※ マむクの服が消えた。圌は矀衆のたえに、黄金の若さに矎だけをたずっお立っおいた。ゞュバル※ ハヌショヌの心臓が痛むような矎しさで、倧むかしのミケランゞェロが、ただ生たれでない䞖代のために蚘録に残すため、高い足堎の䞊からおりおくるかもしれないず思ったほどの矎しさだった。マむクがおだやかにいう。
    「わたしを芋よ。私はひずの子だ」』P761

    もちろん、ここでは、衚面的には、マむクが、自分は火星人の化け物なんかじゃなく「地球人の子だ」ずいうこずを瀺しおいるかのように読める。
    だが「私は地球人だ」ではなく、「私はひずの子だ」ず蚀ったのには、次のようなキリスト教的な含みがあったからであろう。

    キリスト教では、む゚ス・キリストを、旧玄聖曞ダニ゚ル曞で「人の子」ず呌ばれ、具䜓的な名前は蚘されおいないが、やがお雲に乗っおあらわれる「メシア救䞖䞻」のこずだず考える解釈する。新玄聖曞でむ゚スが、自分のこずを「人の子」だず䜕床も蚀っおいるのが、その蚌拠だずいうわけだ。
    ぀たり、む゚スは自分が、旧玄聖曞に予蚀された「人の子」であり「メシア」なのだず蚀った、ずいうわけだ。

    『新玄聖曞では、む゚スが「人の子」ずいわれおいるずころが回も出おきたす。「人の子」の第䞀の意味は、ダニ゚ル曞章節の預蚀のこずを蚀いたす。「私がたた、倜の幻を芋おいるず、芋よ、人の子のような方が倩の雲に乗っお来られ、幎を経た方のもずに進み、その前に導かれた。この方に䞻暩ず光栄ず囜が䞎えられ、諞民、諞囜、諞囜語の者たちがこずごずく、圌に仕えるこずになった。その䞻暩は氞遠の䞻暩で、過ぎ去るこずがなく、その囜は滅びるこずがない。」 この「人の子」ずいうのは、メシダの称号です。む゚スが䞻暩ず栄光ず囜を䞎えられたお方です。む゚スがこのこずばを䜿われたずき、人の子の預蚀をご自分に圓おはめおおられたのです。 圓時のナダダ人には、このこずばはよく知られおいたもので、誰のこずを指しおいるかもよくわかっおいたはずです。む゚スはご自分こそがメシダだず宣蚀されたのです。

    「人の子」の二番目の意味は、む゚スが本圓に、人間であったず蚀うこずです。神は、預蚀者゚れキ゚ルのこずを「人の子」ず、回も呌ばれたした。神は、単に゚れキ゚ルを人ず呌ばれたのです。.人の子は人です。 む゚スは完党に神でした。ペハネ章節けれども、む゚スは完党に人間でもありたした。ペハネ章節第ペハネ章節は、「人ずなっお来たむ゚スキリストを告癜する霊はみな、神からのものです。それによっお神からの霊を知りなさい。」ず蚀っおいたす。もちろん、む゚スは神のみ子です。その芁玠においお神なのです。たた、む゚スは人の子、぀たり、その芁玠においお人でもありたす。 ぀たり、「人の子」ずいうこずばは、む゚スがメシダであり、本圓に人間でもあるずいうこずを瀺しおいるのです。』

    サむト「Got Questions」より、質問「む゚スが人の子だず蚀うのはどういう意味ですか」ぞの回答

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    ここで、非クリスチャンには玛らわしいずころなのだが、キリスト教では、む゚ス・キリストは「完党な神であり、か぀完党な人間である」ずされおいる。

    ぀たり、む゚スは「父ず子ず聖霊」ずいう「䞉䜍䞀䜓」の神なのだから、「完党な神」でなければならない。「神の䞉分の䞀」であっおはならない。「神」は「完党」なのだから「神」なので、む゚スも「完党な神」でなければならないのだ。

    その䞀方、む゚スは「完党な人間ひず」でなければならない。なぜなら、む゚スは「神が人間になっお、その人間の䜓で、党人類の眪を匕き受け、党人類の身代わりずしお死んでいった」ずいうのが、キリスト教における「莖眪論人類のすべおの眪を、む゚スが我が呜ず匕き換えに買い取った」だからで、この堎合、む゚スは「完党な人間」でなければ、意味がない。
    なぜなら「死にもしなければ、苊しむこずもない、完党な存圚たる神」が「人間のフリをしお、苊しんだフリをしお、我が身を犠牲にしたフリをしお、死んだフリをしお、人間の眪を買い取った」ず蚀っおも、それは「猿芝居のペテン」でしかない、ずいうこずになるからである。

    ぀たり、「父なる神は、子なるむ゚スに人間の肉䜓を䞎えお、地䞊に掟遣した」ずいうのは、「䞉䜍䞀䜓」の神である以䞊は、芁は「神は、人間ぞの愛のゆえに、自ら人間ずなっお、人間の眪を莖いたもうた」ずいうこずになるのである。
    したがっお、「神」たるむ゚スは、「完党な神にしお完党な人間神人」ずいう矛盟したどっちにも良い顔をした存圚でなければならないのだ。

    で、こうしたむ゚スの二重性神にしお人は、圓然のこずながら、マむクの「火星人にしお地球人」ずいう二重性を重なっおくる。
    ぀たり、マむクは、本䜜䞭における「む゚ス・キリストの䌌姿」であり、圌がその「倩䞊性」ずも呌ぶべき「火星性」を持っお、人々を救うために「倩空からやっおきた」ずいうのは、圌が「神の䜿者」であり「メシア」であるこずを瀺しおいるのだずも蚀えるだろう。
    だからこそ、マむクは最埌に「ひずの子」を名乗ったのであり、あえお、残酷な運呜を受け入れたのである。そのこずによっお、今は愚かな人類が、いずれは救われるず信じお。䞀䞀ずいうのが、マむクに「私はひずの子だ」ず語らせた、ハむンラむンの意図だったのではないだろうか。

    こずほど巊様に、ハむンラむンは「珟実の教䌚」には、ほずほず絶望しおおり、その意味での批刀に呵責はないが、それでも圌の䞭には「本物の神」ぞの垌求が倱われおいないずいうのも、本䜜におけるマむクの描き方などに明らかであろう。

    ハむンラむンが、今のキリスト教䌚を批刀するのは、教䌚がむ゚スの教えを正しく実践できずに、䞖俗化しおしたったからなのであろうし、所詮、人間にできるこずはその皋床だずいう諊めを持っおいたからでもあろう。
    しかし圌は、圌の「本圓の神」ぞの愛のために、珟実の教䌚に察しお、腹を立おずにはいられなかったのである。

    ちなみに、こうした芳点からしおも、ハむンラむンがキリスト教に深く惹かれおいたずいうのは吊定できない事実であろう。

    それは、本䜜以降の䜜品である、『愛に時間を』『獣の数字』『ペブ』などの䜜品タむトルにも明らかだ。
    私は、これらの䜜品をただ読んでいないから、内容的なこずに぀いおは䜕も蚀えないが、タむトルだけからでも、次のようなこずが蚀えよう。

    䟋えば、『愛に時間を』の「愛」ずは、もちろんキリスト教の䞭心抂念ではあるのだが、それに぀いお「時間を」ず付け加えるのは、「神の愛が実珟され実蚌されるには、ただしばらく時間が欲しい」ずいうこずではないか。
    これは、『異星の客』においおも、その物語のラストでは「救いの実珟」を芋ないのず同じで、「救いの実珟神の囜の到来」には、しばらく時間が必芁だずいう認識を瀺しおいるのではないだろうか。

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    いうのも、む゚スの時代では、「神の囜は、たもなく来る」ずむ゚スたちには信じられおおり、「神の囜は近い。ゆえに悔い改めよ」ず語られおいたのである。
    ずころが、珟実には「神の囜」が到来するどころか、む゚スが刑死させられおしたったから、圓然のこずながら、む゚スたちの蚀っおいた「神の囜の到来」ずいうのは、本圓なのかずいう疑問が出おきた。そこで、それを正圓化するために䜜られたのが、む゚スの死埌の「キリスト教」なのである。
    プロテスタントでは、これを「神の囜の遅延問題」ず呌んで、その意味するずころを問うおいるが、少なくずもハむンラむンは「神の囜の到来」に察する垌望を、ただ捚お切っおはいない、ずいうこずだったのではないだろうか。だからこそ『異星の客』のような䜜品を曞きもしたのではないか。

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    アニメ『涌宮ハルヒの憂鬱』より、分厚くお段組の翻蚳単行本版『愛に時間を』を読む長門有垌

    『獣の数字』は、無論「ペハネの黙瀺録」に登堎する、神ぞの反逆者たる堕倩䜿サタンを象城する数字666を指しおいう蚀葉で、映画『オヌメン』リチャヌド・ドナヌ監督・1976幎で、日本でもすっかり有名になったものである。
    たた『ペブ』は、蚀うたでもなく、旧玄聖曞の「ペブ蚘」に由来する䜜品であろう。

    このようなこずから、ロバヌト A.ハむンラむンが、キリスト教に深く惹かれながらも、珟実のキリスト教䌚や「宗教」には倱望しおいる、そんな「屈折を抱える人」だずいうのが窺えよう。

    そしお「本圓の神」を信じたい圌にすれば、「人間の知恵」ずいうものは、蚀うたでもなく䞍完党なものなのだから、「神」を吊定する「近代的な理性䞇胜䞻矩人間䞻矩」や、たしお「無神論」の「共産䞻矩」など、圌の奜もうはずはない。぀たり、圌は「人間の知恵ずいうものの限界」を匷く抌し出すずいう点においお、「保守」思想家であり「反共反唯物論䞻矩者」だったのではないだろうか。

    しかし、圌がいくら「珟実の宗教」や「珟実のキリスト教䌚」を批刀吊定したずころで、圌の䞭には、間違いなく「超越的なものぞの垌求」がある。
    たた、圌が、ハヌショヌの口を借りお、「無神論者」を愚か者だず吊定するのは、実際のずころ「無神論者」の䞭にも、なんらかの「超越的なものぞの垌求」があるのを圌が知っおおり、にもかかわらず、「無神論者」たちは、そのこずに無自芚だからなのだろう。この点に぀いおは「無神論者」である私も、おおむね同意芋である。぀たり、「無神論者」にも、自芚されない「神」はあっお、それが時に「理性」や「理想」や「むデオロギヌ」ずいったかたちを採る肉化するずいうこずだ。

    そうした意味で、ハむンラむンの「無神論者」批刀は正しいず思うし、本䜜『異星の客』の䞭でも、あれだけ宗教を批刀するハヌショヌが、しかし「無神論者」ではなく「䞍可知論者」だずいうのも、玍埗できるずころではあろう。
    限定された存圚でしかない人間には、この宇宙のどこにも「神はいない」などず蚌明するこずはできない。したがっお「無神論」は間違っおおり、われわれ人間は「神がいるのかいないのかを知り埗ない」ずいう意味で「䞍可知論者」に止たるしかない、ずいうのは、䞀芋、論理的に誠実であり、正しい自己芏定のように芋える。

    だが、あえお「無神論者」を名乗る私から蚀えば、「䞍可知論者」を名乗る者は、基本的に「二股䞡匵りの停善者」でしかない。
    ずいうのも、「究極的な正解は、知り埗ない」ずいうのは、䜕も「神の存圚」に限らず、すべおのこずに蚀えるこずだからだ。

    䟋えば「明日の朝も、東からお日様が登る」ずいうのは「絶察確実な真理」ではなく「ほが間違いない事実」でしかないずいうのず、それは同じこずなのだ。

    私たちが、あらゆる法則性やモノの存圚を信じるのは、「少なくずもこれたではそうであったから、これからもそうに違いない」ずいうこずでしかない。
    ぀たり、確率論的に「ほが確か」であり「蓋然性がきわめお高い」ずいうこずでしかないのだけれど、私たちはそれを信じお生きおいるのであり、そうした態床を「知的に䞍誠実」だずは、普通は蚀わない。
    「いや、明日は西からお日様が登るかもしれないず、私は本気で疑っおいる」ずいう人を「知的に誠実」な「䞍可知論者」ずは呌ばないはずだ。

    だずすれば、「神」のように、これたで、その存圚が確認されなかったし、確認される可胜性の極めお䜎いものを「存圚しない」ず信じる「無神論者」は、ごく真っ圓な「類掚確率論者」であっお、決しお「知的に䞍誠実な人間」ずは呌び埗ないはずだ。

    反察に、ほずんど無いにも等しい可胜性に賭けお「神はいるずもいないずも蚀えない。わたしたちには知り埗ない」などず蚀う「䞍可知論者」こそ、「知的に䞍誠実な、自己願望執着者の擬態」なのではないだろうか。
    本圓は、いないだろうず思いながらも、それでも「信じたい」ずいう気持ちが捚おられないから、その情に流されお「いないずは蚀い切れない」などず蚀っおいるのが「䞍可知論者」の正䜓なのではないかず、私はそう考えおいる。

    だから、キリスト教䌚自身がよく「キリスト教信仰は、宗教ではない」ず䞻匵するのず同じで、、ロバヌト・A・ハむンラむンもたた、「宗教批刀者」ではあっおも、所詮は「信仰者」でしかない、ず私は考える。
    ほが間違いなく「いもしないもの」を、それでも「信じたい」ず執着しおいるからこそ、圌は「屈折の倚い人」になっおしたったのではないだろうか。

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    2023幎8月30日

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