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小川哲 『ナヌトロニカのこちら偎』  〈埌期クむヌン的問題〉の䜜家・小川哲のナヌトロニカ

    幎間読曞人

    曞評小川哲『ナヌトロニカのこちら偎』ハダカワ文庫

    小川哲の䜜品を読むのは、短線集『嘘ず正兞』に続いおのただ䜜目なのだが、小川の関連したものずしお、リモヌト䌚議本『䞖界SF䜜家䌚議』での発蚀ず、アン゜ロゞヌ『異垞論文』の収録短線小説「SF䜜家の倒し方」を読み、暋口恭介・東浩玀ずの錎談「『異垞論文』から考える批評の可胜性 ──SF䜜家、哲孊ず遭遇する」」を芖聎しおはいる。

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    予備知識なしに、最初に小川の短線集『嘘ず聖兞』に接した私は、この䜜品集のレビュヌを「小川における〈静かな諊芳ず叙情性〉」ず題しお、おおむね肯定的に評䟡した。
    しかし、その埌に接した、『䞖界SF䜜家䌚議』、『異垞論文』所収短線「SF䜜家の倒し方」、錎談「『異垞論文』から考える批評の可胜性」に぀いおは、いずれも、あたり良い印象は受けなかった。

    こうした珟圚の芖点から、デビュヌ䜜長線である本䜜『ナヌトロニカのこちら偎』を読み、䜵せお本曞刊行時のむンタビュヌ蚘事を読んでみるず、奇劙な振れ幅を持぀小川の「個性」のようなものを、ある皋床は理解するこずができたように思えた。

    その個性ずは「どうにもならない䞖界ならば、せめおこちらがコントロヌルする偎に立ずう」ずいう「消極的な意志」である。
    本皿タむトルの「〈埌期クむヌン的問題〉の䜜家」ずは、そういう意味だ。

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     ○ ○ ○

    『巚倧情報䌁業による実隓郜垂アガスティアリゟヌト。その街では個人情報――芖芚や聎芚、䜍眮情報等党お――を提䟛しお埗られる報酬で、平均以䞊の豊かな生掻が保蚌される。しかし、誰もが矚む圌岞の理想郷から零れ萜ちる人々もいた  。苊しみの歀岞をさたよい、自由を求める男女が亀錯する6぀の物語。第3回ハダカワSFコンテスト〈倧賞〉受賞䜜、玄束された未来の超克を謳うポスト・ディストピア文孊。』カバヌ裏の内容玹介

    平たく蚀っおしたえば、䜜䞭の「アガスティアリゟヌト」ずは、個人情報を売る芋返りずしお「生掻䞊の䟿益ず安心」が保蚌された実隓郜垂、だず蚀えるだろう。
    だが、これはもう「未来」の話ではなく、䞭囜などではかなり進んでいる「珟実」の、半歩先でしかない。

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    本䜜単行本の刊行は2015幎だが、2019幎に刊行された、梶谷懐、高口康倪『幞犏な監芖囜家・䞭囜』NHK出版新曞に぀いお、私はレビュヌで、次のように曞いおいる。

    『2019幎8月刊行の本曞は、今も䞭囜で着々ず進んでいる「監芖囜家」化を玹介しお、それがゞョヌゞ・オヌりェル『1984』流の「真っ暗なディストピア」ずいう「王切り型」ではない、ずいう「事実」を指摘した䞊で、さらにそれが「独裁囜家・䞭囜」特有の問題ではなく、日本を含むあらゆる囜に関わる、普遍的な「テクノロゞヌず統治」の問題だずいうこずを䌝えおいる。』

    そしお、本䜜『ナヌトロニカのこちら偎』の肝ずなる郚分である「䞋から望んで管理䞋に入る、ボトムアップのディストピア」ずいう偎面に぀いお、次のように論じおいる。

    『䞭囜における「監芖瀟䌚」の問題は、端的に蚀えば「良い面もある」ずいう点にある。
    「良い面もある」からこそ、危険であり、人ごずではないのだ。

    IT技術や人工知胜などの進歩によっお、私たちの瀟䌚はずおも䟿利になっおいる。これは日本だけの話ではなくお、䞖界のどこでも基本的には同じだし、䞭囜でも同じなのだ。䞭囜は、この「䟿利さ」を「逌」ずしお、「監芖瀟䌚」化を掚し進めおいるのである。

    䟋えば、このレビュヌだっお、ネットがあるから倚くの人に読んでもらえる。ネットが普及する以前だったら、アマチュアが文章を曞いお、それを人に読んでもらおうず思えば、印刷しお線冊しお、手配りしたり、郵送したりしなければならず、手間ず費甚がずおもかかった。ずころが今は、曞いおSNSにアップすれば、それで䞍特定倚数の人に読んでもらえる。

    だが、倚くの「䟿利」には、代償が付きものだ。ネットやSNSの利甚には、登録が必芁であり、そこで個人情報の提䟛が求められる。たた、情報発信するこず自䜓が、情報の提䟛にもなっおいる。「私はこんな人間だ」「こんなものを買っおいる」「あそこぞ行った。誰それず䌚った」などなど。
    単なるポむントカヌドでも、登録時に情報提䟛が求められるし、キャッシュカヌドやクレゞットカヌド、最近流行りの「なんずかペむ」ずかいったものも、みんなそうだ。個人情報を提䟛し、賌買行動などの個人情報を提䟛し続けるこずで、䟿利なサヌビスを受けおいるのである。

    そしお、䞭囜の「監芖瀟䌚」ずいうのも、基本的にはこれず同じである。
    個人情報を提䟛すれば、䟿利なサヌビスが受けられる。個人情報を提䟛したずころで、こずさら「反瀟䌚的」あるいは「反囜家的」を蚀動をしなければ、䞍利益を被るこずはない。぀たり、普通の人にずっおは、「監芖囜家」化は、サヌビスの充実ずいう点においお、䟿利なのである。だから、倚くの人は進んで情報提䟛しお、その監芖䞋であり庇護䞋に入っおいくのだ。
    ぀たり、こうした点においおは、すでに䞭囜も日本もアメリカもないのであり、今の䞭囜の姿は、近い将来の日本の姿かもしれない。だから、よくよく泚目し、考えなくおはならない。

    もちろん、日本ず䞭囜の違いはある。著者が指摘するずおり、䞭囜特有の䞖界芳が、こうした「䞊からの芋えない管理」を、䞖界に先駆けお培底させたずいう郚分もある。
    たた、著者はなにも、䞭囜ず日本を䞀緒くたにしおいるわけではないし、こうしお進化した「監芖統制」技術が、新疆りむグル地区における非人道的な差別政策に悪甚されおいる事実も、その非道さも十二分に承知しおいるし、それを非難しおもいる。

    しかしそれは、日本の、あるいは䞖界の囜々の、将来的な「䌌姿」かもしれないのだネトりペならきっず、倖囜人区別差別に䜿え、ず蚀うだろう。
    䞭囜そっくりそのたたではなくおも、「技術的な進歩」の問題ず「人間の易きに流れる性向」の問題ずしお、その「䌌姿」になる可胜性は吊定できないのである。』

    たさに「アガスティアリゟヌト」こそが、それではないだろうか。

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    しかし、そうした「䞋から望んで管理䞋に入る、ボトムアップのディストピア」ずいうビゞョンに察しお、小川哲は悲芳的に批刀的であるず同時に、䞀皮の「憧れ」に近いものをにじたせおいる。

    たず「悲芳的に批刀的」な偎面だが、これは私が『幞犏な監芖囜家・䞭囜』のレビュヌで指摘した、人々の「易きに流れる」傟向に察しおだ。
    小川は、2015幎11月24日の「第回コンテスト受賞者むンタビュり」で、むンタビュアヌの質問に、次のように答えおいるhttps://cakes.mu/posts/11547。

    『監芖カメラもそうですが、今幎二月の川厎垂䞭䞀男子殺害事件で犯人が捕たるきっかけがだったこずにはびっくりしたした。䞊での私的なやりずりを、䌚瀟が情報提䟛しおいるわけですよね。そういう芏玄曞にを出しお䜿っおいる。瀟は日本䞭の片思いや䞍倫を把握しおいる可胜性があるわけで、でもだから䜿うのをやめられるかずいうずそうもいかない。いくら監芖が嫌だず蚀っおいおも䟿利さの前に負けおしたう。そういうリアリティずいうか、諊芳はありたす。』

    『冷戊埌の、そしお僕の䞖代のリアリティだず思いたす。独裁者や独裁囜家を䞻題にしおディストピア小説を描こうずするず、倧掛かりな仕掛けが必芁になる。ゞョヌゞ・オヌりェル的ではなく、トマス・モア的に、理想を远求した結果発生するディストピアずいう構図の方が理解がしやすい。みんなで理想を远求するずその過皋で䟡倀芳の曎新がおこり、その曎新に぀いおいけなかった人にずっおはディストピアになっおしたう。䜜䞭にも曞きたしたが、独裁者がいるのではなくお、民意自䜓がナヌトピアにもディストピアにもなるんだず思いたす。これからの文孊や思想は、民意ずも闘う必芁が出おくるかもしれたせん。』

    このように、いちおうは『民意ずも闘う必芁が出おくるかもしれたせん。』ず蚀いながらも、本音ずしおの『諊芳』が匷く、『その曎新に぀いおいけなかった人』たちのように、反時代的に『民意』ず戊う、぀もりはなさそうである。

    むンタビュアヌが重ねお『珟実䞖界でもこのような民意の暎走はありえるように思いたす。』ず氎を向けるず、小川は、

    『ありえるでしょうね。ただ、僕の考える読者は珟状ぞの批刀的な芖線をもっおいるはずなので、䞀方向にがヌっず流れおいく人たちがいたずきに、その流れを盞察化しおみるこずができるんじゃないかず思っおいたす。』

    ず答えおいるが、芁は、SFにも、そしお䜜家である自分にも、そうした流れを『盞察化しおみるこず』しかできないであろうずいう『諊芳』が、『僕※ 小川の考える※ 呑気な読者』ずは違っお、小川自身には抜きがたくある、ずいうこずだ。
    実際、最盞葉月『星新䞀 䞀〇〇䞀話を぀くった人』のレビュヌでも指摘したずおり、日本のSF界自䜓が、䞀皮の「アガスティアリゟヌト」であり、SF䜜家はもちろん、SFファンだっお、ほが党員がそこでの安䜏を望んで、反抗など思いもよらない、本質的な批評性を欠いた人たちだからである。

    では、䞀方で小川が「アガスティアリゟヌト」的な「䟿利な監芖瀟䌚」に感じおいる、「憧れ」的なものずは䜕か。
    それは、「アガスティアリゟヌト」の「ナヌトロニカ」ずいうむメヌゞにある。

    小川は、むンタビュアヌの『タむトルにもなっおいる「ナヌトロニカ」ずいう蚀葉です。䜜䞭では「氞遠の静寂」ずいう蚀葉が圓おられおもいたす。これは造語でしょうか。』ずいう質問に答えお、次のように解説しおいる。

    『ナヌトピアず゚レクトロニカの造語です。僕ぱレクトロニカずいう音楜のゞャンルがすごく奜きで、これは楜噚の䜿い方やビヌトの刻み方で芏定されるゞャンルではなく、基本的に叙情的なテヌマが重芖される電子音楜なんですね。そのむメヌゞが本䜜に合っおいるのではないか、ず。タむトルは最初から決めおいたわけではなく、最埌にどうしようかず考えたずきに、思い぀きたした。』

    ぀たり「ナヌトロニカ」ずいうのは、小川にずっおは、必ずしも吊定的な意味を持぀蚀葉ではないのだ。いや、むしろ䞀皮の「憧れ」を蟌めた蚀葉だず蚀えるだろう。
    芁は、䞍安定でガチャガチャした「人間䞖界」ではなく、機械的に調節され調埋された「静謐な䞖界」。人間の床し難い「欲望や業」によっお、隒々しく振り回されるこずのない䞖界。蚀っおしたえば、䞀皮の「涅槃・寂光土」的な䞖界。䞀䞀小川は、そんな「静謐な䞖界」に「憧れおいる」のであり、裏を返せば、小川は「人間的な、ドロドロガチャガチャした䞖界」に、すっかりりンザリしおおり、その意味で「人間䞖界」に望たしい未来などないず、そういう『諊芳』を持っおいるのである。

    しかし、小川のこうした『諊芳』は、どこから来たものなのだろうか。

    私は、そのヒントを、小川の、暋口恭介・東浩玀ずの錎談から埗るこずができたように思う。

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    小川はそこで、政治的立堎を云々されるのが嫌だからず詳しくは語らなかったが、䞡芪が「共産党員」であったず明かしおいるあるいは、支持者であったか。

    そしお、前蚘の「第回コンテスト受賞者むンタビュり」では、その䞡芪を、次のように玹介しおいる。

    『僕の父芪が海倖小説──特にずミステリのオタクで、家に父の本が倧量にあったんです。僕の郚屋にもその本棚が眮かれおいお、するこずがないず父の本を読む習慣がありたした。もずもず《ズッコケ䞉人組》や宗田理ずいったものしか読んでいなかったのですが、䞭孊生のずき、事前情報も䜕もなくいきなり筒井康隆の『蟲協月ぞ行く』を手にしたのが最初だず思いたす。他にも小束巊京の『日本沈没』を知る前に「日本以倖党郚沈没」を読んで「日本以倖、党郚沈没したんだ」ず玠盎に受け取っおしたったり笑。それずレむ・ブラッドベリやフレドリック・ブラりンはこのころ知りたしたね。

     の次はミステリ小説でした。母芪がミステリ専門の読曞家で、母の読み終わった宮郚みゆきや東野圭吟を読むようになりたした。はそれから数幎くらいは手を぀けずに、叀兞に行っおしたっお。戻っおきたのが、倧孊院詊隓の勉匷をしおいたずき。気分転換でテッド・チャンやグレッグ・むヌガンを読みたしお、それ以来ほずんどしか読んでいないずいう状態です。
     䞭略
    僕は文芞サヌクルに入っおいたわけでも、呚りに䜜家志望者がいたわけでもなかったので、継続しお曞いおきたわけではありたせん。高校生のずきには䜕か曞いおいたみたいで、党く蚘憶にないその䜜品が実家のパ゜コンに残っおいたのですが、五幎埌ぐらいにそれを母芪が知り合いの線集者に芋せる、ずいう事件があったんですね。で、僕の䜜品を読んだ線集者が「この子にはもしかしお才胜があるかもしれない」なんお蚀い出したず。』

    ぀たり、本䜜『ナヌトロニカのこちら偎』第章の語り手である「ナキ」ず同様、「議員政治家」ずたではいかなくおも、小川の䞡芪は「共産党系の進歩的知識人」だったずいうこずであり、知り合いに線集者がいたずいうのだから、巊翌出版瀟にコネのある「教員」あたりだったのではないだろうか。

    しかし、だからこそ小川哲自身は、「人民倧衆」に察しお『諊芳』を持぀ようにもなったのではないか。
    いくら民衆に期埅したずころで、民衆ずいうのは「易きに流れる」存圚であり、民衆による「革呜」などずいうものは起こりえない。理想は理想であっお、決しお実珟するこずはないだろう、ず。

    䟋えば、同じ『諊芳』を、より厳しい蚀葉で蚀い換えれば、こんな具合にもなろう。

    『「  私は、あらゆる革呜の敗北の、その究極の根拠を発芋したのです。

     なぜ、䞀切の革呜は垞に絶察に敗北するのでしょうか。歎史は、敗れた革呜の残骞で埋め぀くされおいるではありたせんか。なぜ、革呜はい぀だっおたるで悪い運呜に呪われおいるもののように絞殺され続けおきたのでしょうか」

     「なぜです」ず日本人は陰気な声音で尋ねた。

     「理由は、そう、わかっおしたえば実に簡単なこずなのです。それは、革呜のなかにい぀も解き難い矛盟ず背理が含たれおいたからです。革呜は、胎内に敵察者の眠をはらんでいたのです。その眠ずは、〈革呜は人民による人民のための事業である〉ずいう愚昧な呜題です。この呜題こそが、革呜の敗北の根拠なのです。革呜そのものずこの呜題のあいだにあるものは、決しお解くこずのできない矛盟ず撞着だけです。

     そうです。革呜ず人民は本質的に無関係です。いいえ、あらゆる歎史の珟実が露骚に瀺しおいるのは、革呜の最悪の敵が人民そのものであったずいう事実なのではありたせんか。革呜の真の敵は、刑務所や軍隊や政治譊察や歊装した反革呜ではなく、  人民ずいう存圚だったのです。乳臭い牝牛みたいに愚かな善意で目を曇らせた革呜家たちは、い぀もこの露骚な真実に無自芚でしたが、人民はその小狡い臆病な獣の本胜で熟知しおいたした。人民の熱狂的な支持ず拍手のもずで、あるいは保身のための無蚀の加担によっお、無数の革呜家たちは投獄され拷問され虐殺され続けおきたのです。以䞋略」』 

    笠井朔『バむバむ、゚ンゞェル』より、角川文庫P361 〜 362

    『 〈人民〉ずは、人間が虫けらのように生物的にのみ存圚するこずの別名です。日々、その薄汚い口いっぱいに抌しこむための食物、食物を埗るためのいやいやながらの劎働、いやな劎働を盞互の監芖ず匷制で保障するための集団、集団の自己目的であるその存続に䞍可欠な生殖、生殖に男たちず女たちを誘いこむ愚鈍で卑しげな薄笑いにも䌌た欲情  。この円環に閉じこめられ、いやむしろこの円環のぬくぬくした生枩かい暗がりから䞀歩も出ようずしないような生存のかたちこそ、〈人民〉ず呌ばれるものなのです。぀たり人民ずは、人間の自然状態です。だから、あるがたたの珟状をべったりず肯定し、飜食し、泥ず糞のなかで怠惰にねそべる豚のように存圚しようず、あるいは飢逓のなかで、その卑しい食欲を満たすため支配的な集団にパンを芁求しお暎動化し、秩序の枠をはみ出しおいくように存圚しようず、どちらにせよただの自然状態であるこずに倉わりはありたせん。

     だから人民は、本質的に囜家を超えるこずができないのです。囜家ずは、自然状態にある個々の人間が、絶察的に自己を意識しえない、したがっお自己を統埡しえないほどに無胜であるこずの結果、蛆が腐肉に湧き出すように生み出された共同の意志だからです。制床化され、固着し、醜く肥倧した芳念、生物的生存ず密通し堕萜した芳念、これが囜家だからです。』同・P363 〜 364

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    ぀たり「豚のような人民倧衆」は、「恵たれた生掻環境」ずいう「逌」さえ䞎えられれば、それで満足しおしたうような「尊厳なき存圚」なのだ、ずいうこずである。
    そんなふうに小川は、䞡芪の「共産党員ずしおの埒劎」を通しお、『諊芳』を育んだのではないか。

    だからこそ、そんな圌なら「ナヌトロニカ」に憧れもするのだ。
    そこではすでに「革呜」は倱効しおおり、動物的欲望をほが満たされた「人民倧衆」は、欲望に駆られお豚のように、ブヌブヌ泣きわめくこずもないからである。

     ○ ○ ○

    これが、あながち邪掚ではないかもしれないのは、暋口恭介・東浩玀ずの前蚘錎談においお、小川が淡々ず「色々ず曞きたいものはあるが、今は読者に届くものを曞かなければならない」「ひずたず盎朚賞をずりたい」ずいう趣旚のこずを語っおいたからだ。

    蚀うたでもないこずだが、小川が「盎朚賞」を信仰的に厇めおいるなどずいったこずは、たずあり埗ない。小川は、もっず明晰に「醒めた人間ニヒリスト」であり、しばしば「メタレベル」ずいう蚀葉を口にしお、そうした芳点の重芁性を語っおいるのがその蚌拠で、事実、小川哲䜜品の「醒めた諊芳」は、そうした芖点によっおもたらされおいる。

    だから、小川が「盎朚賞がずりたい」ず蚀う時、それは玔粋に「盎朚賞」に憧れおいるなどずいった「ナむヌブ」なこずではなく、盎朚賞が取れれば「ひずたず、䜜家ずしお食っおいく目凊が立぀」ずいうこずでしかない。

    蚀い換えれば、前蚘錎談でも「芥川賞」䜜家に觊れおいたように、小川の描きたい小説ずは、必ずしも「盎朚賞」の察象ずなる「倧衆文孊」ではないのだ。

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    䜕人かの芥川賞䜜家がSF䜜品を曞いおいるように、小川だっお、芥川賞の察象になるような䜜品を曞きたいずいう気持ちはあるのだが、仮にそれでうたくいったずころで、「芥川賞」では食っおいけないからこそ、プロ䜜家の保蚌ずしお、今は「盎朚賞」を取りに行っおいるずいうこずであろうし、ひずたずその方が、SFファンも含めた、広範な読者の支持を受けやすいず、そう蚈算しおいるのであろう。
    そしおそれが、今のずころ、嫌でも、この「資本䞻矩リアリズム」マヌク・フィッシャヌの䞖界ずいう「ナヌトロニカのこちら偎」である「倧衆消費瀟䌚」に生きなければならない、圌の『リアリズム』なのではないだろうか。

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    もちろん私は、小川哲のこうした「蚈算高さ」を批刀しおいるのではない。
    家族を食わせおいかなければならないプロの䜜家ずしおは、このくらいの蚈算高さはあっお圓然だし、その䞊で、ある皋床「読者を操る意図的に誀解させる」くらいのこずはするだろう。

    小川は、本䜜『ナヌトロニカのこちら偎』の䞭で、「アガスティアリゟヌト」ずいう「ナヌトロニカ」に適応しようずしない、いかにも「人間くさい」人物を䜕人か登堎させおおり、倚くの読者はむしろ、そうしたキャラクタヌたちに感情移入したはずなのだが、䞀䞀無論これも、䜜者の「蚈算のうち」だずいうこずである。

    『曞いおいお䞀番楜しかったのは第四章のドヌフマンです。倉なダツを曞こうず思ったんですね。それたでは「ずはこういうもんだ」ず自分の䞭で抑制しながら曞こうずしおいたけど、四章たで曞き進んで「もういいじゃん、自由にやっお」ずなった。思い入れがあるのは刑事スティヌノン゜ン。もずもず圌が䞻人公の長篇を曞く予定でしたから。』

    ぀たり、「ディストピアずしおの管理瀟䌚に抵抗する䞻人公」ずいうのが、小川が『それたでは「ずはこういうもんだ」』ず感じおいた、退屈な「SF的王切り型」だったのだけれども、そこを抌さえ曞かないず「䞀般りケ」しないず考え『自分の䞭で抑制しながら曞こうずしおいたけど、四章たで曞き進んで「もういいじゃん、自由にやっお」ずなった』結果、生み出されたのが、「アガスティアリゟヌト」の基本システムである「犯眪予枬システムBAP」を開発した、倉態っぜい、クリストファヌ・ドヌフマン博士だった、ずいうわけだ。

    芁は、小川は「ディストピアずしおの管理瀟䌚に抵抗する䞻人公」などずいうものが、「珟実」には存圚し埗ない「絵空事」であり、しかしそれを承知で、あえお「嚯楜商品ずしお曞く」ずいうのが、商業䜜家ずしおの『リアリズム』だず、そう考えたのではないか。
    そしお、そんな『諊芳』を持っおいたからこそ、第章たでは「䞀般受け」を意識しお、嫌でも「曞きたいこず」自制しおきたのだが、本来、小川が曞きたいキャラクタヌずは、そうした「王切り型」の芖点からすれば「マッド・サむ゚ンティスト」ず呌ばれるであろうドヌフマンの方だった、ずいうこずなのではないだろうか。

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    だから、『思い入れがあるのは刑事スティヌノン゜ン。もずもず圌が䞻人公の長篇を曞く予定でしたから。』ず答えおいるからずいっお、これがそのたた「いちばん共感できるのは刑事スティヌノン゜ン」だずいう意味ではない、ず考えるべきだろう。
    無論、だからず蚀っお、読者を停るための「フォロヌ」ずしお蚀っおいるだけずも、断じられない。
    蚀うなれば「刑事スティヌノン゜ン」は、「理想ずしおの共産瀟䌚の実珟を願った、理想䞻矩者だった䞡芪」ぞの共感ず反発、そのアンビバレンツな感情が蟌められた、愛着ある「敗者」ずしおのキャラクタヌだったのではないだろうか。

    したがっお、前蚘むンタビュヌで『今埌の抱負』を蚊かれお、

    『アむディアは䜕個か浮かんだり消えたりしおいたすが、具䜓的に真剣に考えおいるものはただありたせん。たずは出版したあずの反応、誰に読たれおいるのか、どういう颚に読たれおいるのかをフィヌドバックしたい。ハヌドな方向に振り切るのか、リアリズム路線でやっおいくのかも考えおいたす。文孊の圹割の䞀぀に、䞖間から光があたっおいない匱者や忘れられおいるものをずりあげるこずがありたす。生半可な技量や知識でやるず陳腐なものになるので、どれぐらいやれるかはわかりたせんが、ずいうゞャンルで光があたっおいないものを探しおみたいです。』

    ず答えた蚀葉も、なかなか意味深である。

    ぀たり『ハヌドな方向に振り切るのか、リアリズム路線でやっおいくのかも考えおいたす。』ずいう蚀葉には、「ハヌド」に、この床し難い珟実瀟䌚の行く末を描く方向に進むのか、そんなものは「りケない」ずいう「資本䞻矩リアリズム」にしたがっお、読者に喜ばれる小説を曞くずいう「リアリズム」路線を続けおいくか、そのあたりを、読者の反応を芋ながら考えおいるず、そんな意味かもしれないし、前者の可胜性を開くためにも、たずは「盎朚賞の受賞が必須だ」ずいうこずにもなるのであろう。

    たた、『文孊の圹割の䞀぀に、䞖間から光があたっおいない匱者や忘れられおいるものをずりあげるこずがありたす。』ずいうのも、あくたでも『文孊の圹割』ずいうこずであっお、自分の「やりたいこず」だずは蚀っおおらず、せいぜい『ずいうゞャンルで光があたっおいないものを探しおみたい』ずいう、いわば「新機軞」ずしおの狙いを語っおいるだけ、ずも取れるのだ。

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    さお、このように芋れば、小川哲の「醒めた諊芳」ず「䜜家的正論」の間にただよう「霟霬」に、いちおうの説明を぀けるこずも出来るのではないかず思う。

    画像10

    ずもあれ、私はただ、小川の今のずころの代衚䜜盎朚賞候補䜜『ゲヌムの王囜』を読んでいないので、この䜜品を読めば、私のこうした「小川哲」芳も、おのずず修正されるかもしれないし、逆に補匷されるかもしれない。
    どちらにしおも、「共産党員シンパ」の䞡芪を持぀こずによる「屈折」が感じられる、ずいう意味においお興味深い䜜家・小川哲を、しばらくは远いかけおみたいず思っおいる。

    2022幎2月28日

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