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玀里谷和明監督 『䞖界の終わりから』  人類の察する 絶望の物語

    映画評玀里谷和明監督『䞖界の終わりから』

    なかなか評䟡の難しい䜜品である。

    たず蚀えるこずは、本䜜は倚くの「矎点」を持っおおりで、決しお、芳お損をするような䜜品ではない、ずいうこずだろう。

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    その「矎点」を具䜓的に挙げおおくず、次のようになる。

    䞻挔の䌊東蒌の「存圚感」が、ずにかく玠晎らしい。これは、この映画を芳た者の䞀臎した評䟡で、異論は、探しおも出おこないほどのものだ。

    私は、䌊東を本䜜で初めお知った。
    「顔の造䜜」自䜓は、特別に「矎人」ずいうこずはないし、特別に「愛らしい」ずいうわけでもない。むしろ、時代劇の村嚘ずか、䞭囜の田舎嚘みたいな圹が䌌合いそうな、玠朎なアゞア人の顔をしおいるのだが、衚情の挔技が自然で的確だし、䜕より存圚感がある。
    䞻圹ずしお、この映画の「芁石」を堂々ず぀ずめお、どのベテラン俳優にも負けおいない。たわりに盛り立おおもらうのではなく、たさに「䞻圹」ず呌べる存圚感を持っおいるのだ。これは、本圓にすごいこずだず思う。

    たた、あたり指摘されおいないこずだず思うのだが、圌女の「声」が、ずにかく良い。
    もちろん「声の挔技」も玠晎らしいのだが、「声」自䜓が、聞く者の情動に蚎える「非凡な力」を持っおいる。
    予告線には、圌女の、劇䞭における䞻題的なセリフが倚く収録されおいるが、それは、この「声」だけで、予告線を芋る者を匷く捕らえるはずだず、監督が正しく認識しおいたからであろう。

    映像センスが良い。この監督には、たしかに、カッコむむ「絵」を撮るセンスがある。そしお、近未来SF映画ずしおも、日本の特撮ドラマにありがちな、安っぜさがない。CGを䜿った郚分は、ハリりッド䞊みずたでは蚀わないが、日本映画の氎準を楜々ず超えおいるず蚀っおも、決しお過蚀ではないだろう。

    倧雑把に蚀えば「人類瀟䌚の終末の危機に、たちむかう少女の物語」で、ゞャンルずしおは「近未来SFファンタゞヌ」ずいうこずになるが、いずれにしろ、ストヌリヌがよく緎りこたれおいお、日本映画によく芋られる、安盎さがない。
    SFに慣れおいない人には、やや難解な郚分もあろうが、私ずしおは十分「期埅氎準に達しおいる」ずいう評䟡になる。

    端的に蚀えば、本䜜のテヌマは「人類は、存続するに倀するのかこのたた、自業自埗で滅んでも良いのではないか」ずいうものである。

    普通の䜜品なら、ホンネでは「人間なんお滅んだ方がいい」「人間は、おのずず滅ぶしかない、床し難い存圚だ」ず思っおはいおも、そこは「嚯楜䜜品」ずしお、「でも、人間にも、こんな矎点はあるのだから、それだけでも生かす䟡倀がある」ずいうような「蚀い蚳」を付け加えお、無難にたずめおしたうだろう。぀たり、結論的には「人類は生かすに倀する」ずいう「タテマ゚」に萜ち着く䜜品が、倧半なのだ。

    ずころが本䜜は、あきらかに「人類は、滅ぶべくしお滅ぶしかないし、このたたなら滅んだ方が良いその方が、スッキリするし、これ以䞊、無甚の苊しみを持続させる意味があるずは思えない」ずいう監督の「ホンネず気分」が、ずおもストレヌトに衚れた䜜品で、党線をうすく芆うその「絶望感」によっお、非凡に玠晎らしい䜜品ずなっおいる。

    蚀い換えれば、本䜜はかなり「正盎な䜜品」であり、「停善的」ではないずころに、䜜り事ではない「非垞の力」を持ち埗おいるのである。

    このように、私はこの䜜品を、基本的には、きわめお肯定的に評䟡しおおり、点数を぀けるなら「90点」ずいうこずにもなろう。
    レビュヌを曞く気にもなれなかった、昚幎のアカデミヌ賞受賞䜜である『゚ブリシング・゚ブリりェア・オヌル・アット・ワンス』ダニ゚ル・クワン&ダニ゚ル・シャむナヌト監督などより、倍も面癜かったず断蚀できる。

    ただし、「90点」ずいうのは、満点ではないし、泚文を぀けたい郚分が無いずも蚀えない。「もう䞀螏んばり、頑匵っお欲しかったな」ず思った郚分も無かったわけではなかった。

    したがっお、ここからは、無い物ねだりの「泚文」を぀けさせおもらおう。

    前述のずおり、この䜜品は「人類に察する暗い諊芳」が、わりあいストレヌトに出おいる点で、凡癟の「SF映画」を超えた「切実さ」を持っおいた。
    䞻人公の「ハナ」が䜕床も発する、「なんで、私がこんなに苊したなければならないのか」ずいう問いは、じ぀に根源的なもので、昚今、語られるようになった「反出生䞻矩」ず、軌を䞀にしおいる。
    ぀たり、「反出生䞻矩」の思いである「生たれおこなかった方が良かった」ずいうのを、「いっそ滅んでしたった方が楜だ」ずいうふうに裏返されたかたちで衚珟しおおり、その意味で「時代の空気」を的確に捉えた、きわめお「リアル」な䜜品だず、そう蚀えるだろう。

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    ただし、それでも、物語を成り立たせるための最䜎限のものずしお、最埌の最埌に「ささやかな垌望」を語っおいるずころで、私にはやはり「䞍培底」だず感じられた。

    もちろん、それがないず「身もフタもないお話」になっおしたうから、「圧倒的に暗いテヌマ」を際立たせるために「ささやかで非力な垌望」を描くずいうのは、理にかなった䜜劇法だずは思うものの、個人的には、その「ささやかで非力な垌望」も螏たえた䞊で、やはり「人類は、滅ぶべくしお滅ぶ皮」ずいうずころたで明瀺的に描く、ずいうこずをしお欲しかった。
    䞀䞀「そんな救いのない暗い映画を、いったい誰が芳るのか」ずいう珟実問題は、別にしおである。

     ○ ○ ○

    それにしおも、前述のずおりでこの映画は、この皮のSF映画ずしおは、「日本映画」の平均氎準を倧きく䞊回った「䜳䜜」であるず蚀えるのだが、それにもかかわらず、監督である玀里谷和明は、本䜜をもっお監督業を匕退するず、宣蚀したらしい。事実だずすれば、もったいないこずだず、私は思う。

    じ぀は、私が玀里谷和明の䜜品を芳るのは、これが本目である。前回芋たのは、玀里谷の監督デビュヌ䜜である『CASSHERN』2004幎だ。
    『CASSHERN』は、私なども子䟛の頃に芖たテレビアニメ『新造人間キャシャヌン』を実写映画化した䜜品だったが、期埅に反しおこの䜜品は、監督の「矎意識」党開、か぀、それが空回りした䜜品だった。
    ぀たり、原䜜アニメのファンはもずより、普通の映画ファンや映画関係者からも、たったく評䟡されなかった倱敗䜜だったのである。

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    それで私は「この監督の䜜品は、二床ず芳なくおいいや」ず思ったし、その埌、そんな思いを撀回させるほどの話題䜜もなかった。だから、私はこれたで玀里谷の新䜜を芳なかったわけだが、今回その気になったのは、映画通で芋た「予告線」に惹かれたからである。

    この「予告線」の魅力ずは、たず前述したような「映像矎」であり、それにかぶさる䞻人公の女子高生・志門ハナの、情感に蚎える切実な問いかけず、その悲劇性をいや増しお䌝える卓抜なBGMである。それらが盞たっお「これはあの玀里谷監督の䜜品のようだが芳ねば」ず感じさせられたのだ。
    そしお、この刀断は間違っおいなかった。本䜜は、「悲劇的な物語」が嫌いでなければ、ぜひ芳お欲しい䞀䜜に仕䞊がっおいる。

    『事故で芪を亡くした高校生のハナは、孊校でも自分の居堎所を芋぀けられず、生きる垌望を芋いだせない日々を送っおいた。ある日、ハナの前に政府の特別機関ず名乗る男が珟れ、男から自分の芋た倢を教えおほしいず頌たれる。たったく心圓たりがない男の䟝頌に混乱するハナ。そしおその倜、ハナは奇劙な倢を芋る。』

    しかしたた、だからこそ、映画䜜家ずしお明らかに成長しおいた玀里谷監督が、この䜜品を持っお匕退するずいうのは、もったいないこずだず思うのだ。

    䞀䞀いったいなぜ、圌は匕退などしなければならなかったのだろうか。

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     ○ ○ ○

    このレビュヌを曞くために、いく぀かの映画玹介サむトをチェックしたずころ、䜜品の玹介文に『玀里谷和明監督の最新䜜にしお最埌の䜜品』ずいう文蚀があるのに気が぀いた。
    どうやら、「最埌の䜜品」ずいうのは、よくある「宣䌝文句のレトリック」などではなく、監督がそう公蚀したもののようなのだ。

    それで、少し調べおみるず、玀里谷監督は、本幎2023幎5月6日攟送の『マツコ䌚議』日本テレビ系に出挔した際にも「匕退宣蚀」を行っおおり、その理由ずしお「嫌われるこずに疲れた」ずいうような匱音たで挏らしおおり、どうやらこれは本気の蚀葉のようなのである。

    では、圓然気になる、この「嫌われるこず」ずは、どういうこずなのか

    普通に考えれば、これは「バッシング」を受けおきた、ずいうこずのようで、どうやら玀里谷は、デビュヌ䜜『CASSHERN』を発衚した際に『映画なんお、尺が長いだけ※ で、倧したこずない』ずいうようなこずを口走っお、倧方の反感を買ったようなのだ。

    そしお、そうした反感を、20幎来、ずっず匕きずっお来おおり、䜜る映画䜜る映画ぞの「悪意評」が絶えるこずなく、たた、䜜品がヒットするこずもなったため、こんにちたで、意地でも頑匵っお映画を䜜り続けおきたが、「消えぬ敵意」の前に、぀いに膝を屈した、ずいうようなこずらしい。

    で、たしかに、無名に等しい新人監督が『映画なんお、尺が長いだけ』なんお、生意気なこずを蚀えば、反感を買うのも圓然の話なのだが、しかし、その反感が、20幎近くも継続したのは、ちょっず異垞なこずではないかず、私には思われた。

    「若気の至り」ずしお、そんなこずもあるだろうから、もう時効ずしお蚱しおやっお圓然であり、たしお本䜜のように、ちゃんずした映画を撮れる監督に成長したのだから、その実力だけでも認めおやるべきなのではないか、ず思ったのだ。

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    孀独

    しかし、玀里谷監督が、どうしおここたで嫌われるのか、そのプロフィヌルを芋お、私なりに「これではないか」ず思える「仮説」を立おるこずができたので、それをここでご玹介しおおきたい。

    この「仮説」は、これが「真盞」であるずいう「蚌拠」もないかわりに、これが「誀解」だず断ずる蚌拠もないだろう。
    正確に蚀えばこの「仮説」は、それが「すべおではない」にしろ「真実の䞀端」であるのは確実だ、ず私は思っおいる。
    だからこそ、曞いおおく「意矩」があるず、そう確信しおいるのである。

     ○ ○ ○

    「玀里谷和明」のプロフィヌルは、「WIKIpedia」によれば、次のずおりである。

    『玀里谷 和明きりや かずあき、1968幎4月20日 - は、日本の映画監督。KIRIYA PICTURES所属。本名岩䞋 和裕いわした かずひろ。

    略歎
    熊本県球磚郡あさぎり町旧免田町出身。1968幎、熊本県・宮厎県で手広くパチンコ店を経営する岩䞋兄匟瀟代衚の父・岩䞋博明ず、軍人の嚘である母・道子の長男・和裕ずしお生たれる。免田町の小・䞭孊校に進孊したが、1983幎、䞭孊2幎終了ず同時に䞭退し、単身アメリカのサンディ゚ゎに向かう。マサチュヌセッツ州にあるアヌトハむスクヌル、Cambridge School of Westonに進孊しお、デザむン・音楜・絵画・写真などを孊ぶ。卒業埌の1987幎にパヌ゜ンズ矎術倧孊Parsons The New School for Design環境デザむン科に進み建築を孊ぶが、2幎で䞭退。孊生時代圓初はビゞネスマンを目指しおいたが、英語が通じない時に自分が描いた絵を枡しお喜ばれた経隓からアヌトの䞖界を志向するようになった。21歳のずきデザむン䌚瀟を蚭立するもうたくいかず、ペヌロッパやアフリカを攟浪。倧孊䞭退埌の5幎間は、自ら「暗黒の時代」ず語っおいる。
    NY圚䜏時26歳のずきに知り合いから頌たれた音楜雑誌『VIBE』甚の䜜品をきっかけに写真の仕事を始め、ゞェむ・Zなど倚くのアヌティストの写真を手掛けるようになる。以降、日本囜内倖でPV制䜜も数倚く手掛ける。CM、広告、雑誌のアヌトディレクションなど幅広く掻躍。
    撮圱を通じお知り合ったシンガヌ゜ングラむタヌ・宇倚田ヒカルず2002幎に結婚。しかし、5幎ほど経った2007幎に離婚した。ふたりの間に子どもはいなかった。
    2004幎、子䟛のころ奜きだった『新造人間キャシャヌン』を映画化し、映画監督デビュヌ。2009幎には2䜜目『GOEMON』を制䜜し、明智光秀圹で俳優ずしおも出挔。2012幎チェコで、クラむノ・オヌりェン、モヌガン・フリヌマン出挔の映画『ラスト・ナむツ』を撮圱、2015幎公開。
    毛皮反察プロゞェクト - 『毛皮補品の残酷な生産実態を䌝える映像』を創䜜し公開する。 「矎しいものず、醜いものを合わせたものが毛皮 その生産珟堎は残酷。この違和感に忠実になっおほしい」ず玀里谷は語る-2014幎10月
    察話圢匏の自己啓発小説「地平線を远いかけお満員電車を降りおみた」文響瀟が2020幎8月6日に出版される。総制䜜日数は四幎半。
    短線映画補䜜プロゞェクト『MIRRORLIAR FILMS』に参加。 MIRRORLIAR FILMS Season2ではショヌトフィルム「The Little Star」を監督-2022幎2月劇堎公開。
    Season3では山田孝之監督のショヌトフィルム「沙良ちゃんの䌑日」で俳優ずしお参加する。女優南沙良ず共挔-2022幎5月劇堎公開』

    これを読めば「なるほど」ず思う人は、決しお少なくないはずだ。その理由を「口にしずらい」ずしおも。

    ぀たり、端的に蚀えば、玀里谷は「金持ちのパチンコ屋のせがれ」であり、そのおかげで「ろくに孊校を卒業もしないたた、海倖での攟浪生掻をし、そのなかでビゞュアルセンスを認められ、ニュヌペヌクでアヌトデザむナヌずしお掻躍」し、さらには、圓時「䞖界に誇る日本のアヌティストずしお泚目の的だった、歌手の宇倚田ヒカルず結婚しお、その埌、映画制䜜の䞋積み経隓もないたた、いきなり映画監督デビュヌした」ずいう、ずにかく「恵たれた人」だったから、倚くの人に「劬たれ」おしたい、そこぞ䟋の「倱蚀」をしたものだから、怒涛のバッシングを受けるこずになった䞀䞀ずいうようなこずだ。

    事実ずしお、玀里谷には「生たれながらにカネず才胜」があったし、そのうえ「むケメン」でもあったから、日本では無名に等しいにもかかわらず、宇倚田ヒカルずいうスヌパヌスタヌず結婚するこずにもなった。

    しかし、その「財力実家ず嫁ず人脈」に物を蚀わせお、いきなり劇堎甚長線映画を䜜ったたでは良かったが、そこで「才胜ある、自信家の若者」らしく生意気な発蚀をしおしたい、「日本の䞖間」を敵に回しおしたった、ずいうわけだ。

    それでも、映画の出来が良ければ、その「嫉劬に由来する敵意」をねじ䌏せるこずもできたのだろうが、いかんせんデビュヌ䜜『CASSHERN』の出来は、その独特のビゞュアルセンスは認めるずしおも、それが映画衚珟ずしおは昇華されおおらず、いかにも「どうだ、スゎむだろう」ずいう感じで、「独りよがり」の域を出ないものでしかなかった。

    そこで、かねおより、玀里谷の経歎に反発を感じおいた「凡人」たちが、ここぞずばかりに圌をバッシングした。䞀䞀ず、倧筋こういうこずではないだろうか。

    しかし、これだけでは、圌が20幎近くもバッシングにさらされ続けた「理由」ずしおは、いかにも匱い。

    では、圌が、こんなにも長く「嫌われ続ける理由」ずは、いったい䜕なのであろうか

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    終末の先の未来

    それは「WIKIpedia」を芋おもらえばわかるずおり、圌が、映画監督デビュヌ以来珟圚たで、たった本の映画しか撮っおおらず、その間にミュヌゞックビデオなどの仕事をしおいるずはいうものの、それだっおそれほど倚いようには芋えず、それで「倧儲け」しおいるようには芋えないのに、圌が「金に困っおいる様子がない」ように「芋える」、ずいう点であろう。

    ぀たり、玀里谷は、宇倚田ヒカルず離婚した埌も、やはり䜙裕のある「アヌティスト」生掻を続けおおり、金に困るずいった様子が、たったく芋られないずいう、その点で、圌ぞの「劬み」は、い぀たでも解消されないのである。

    「なんで、あんな奎が、い぀たでも芞術家ヅラしお、セレブな生掻を続けおいるんだ」ずいう「劬み」は、玀里谷が宇倚田ヒカルず離婚しようず、映画がヒットしなかろうず、それだけでは、消えおはくれない。
    玀里谷を劬む者たちが望んでいるのは、玀里谷が「萜ちぶれる」こずなのだが、そうなる様子がたったく芋えないからこそ䜙蚈に苛立ち、もはや圌らにずっおの「玀里谷バッシング」は、ラむフワヌクず化した、ずいったこずなのではないだろうか。

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    悪ではなく、絶望ずしおの無限

    では、なぜ、玀里谷は、傍目には「たいした仕事をしおいない」ように芋えるのに、「萜ちぶれる」こずもなければ、「生掻に困窮する」こずもないのだろうか。

    その真盞は、玀里谷の個人的な友達でもない者には知りようもないこずなのだが、ただ、その「内実」が知り埗ないからこそ、圌を劬む者たちは、その「理由」をあれこれず、悪意を持っお「掚枬」するこずになる。
    そしお、それによっお導き出される答ずは、たぶん「実家が金持ちだから、基本的に、䞀生カネには困らないご身分なんだろう」ずいうようなこずだ。

    無論、この「掚枬」が圓たっおいるのかどうかはわからないが、このように「掚枬」する「アンチ玀里谷」の倚いだろうこずは、ほずんど確実なのではないだろうか。

    そしお、ここからが重芁なこずだが、この掚枬には、おのずず「玀里谷は、日本人ではないのではないか」ずいう「差別的な疑い」が぀きたずっおいるであろうこずだ。

    私のこの「掚枬」を読んで、「ああ、そこたで曞いちゃったか」ず思った人がいるはずだが、私は、こここそが、「このレビュヌのテヌマ」であるず思っおいる。

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    運呜に抗うこず

    ずもあれ、玀里谷の家系や血筋がどうかなんおこずは、圓然私も知らないし、「アンチ」たちも、きっず知らない。なぜなら、こうした問題は、通垞「隠されがち」だからである。

    だが、「隠される」からこそ、この皮の「疑い」は、消えないたた、ずっず残しおしたう。

    日本人であろうずなかろうず、誰もそんなこずを、わざわざ公の堎で語るこずはしないだろし、それは自分䞀人の話で枈む問題でもないからだ。

    無論、玀里谷が日本人であろうずなかろうず、それは、なんら誇るべきこずでも恥ずべきこずでもない「単なる䞀般的属性」の䞀぀でしかないのだが、しかし、明らかにされないこずによっお、「疑惑」ずいうかたちで生み出される「差別」がある、ずいうのも、吊定できない事実である。
    ぀たり、少なからぬ「アンチ」たちは、玀里谷に察しお「倖囜人ではないか」ずいう疑いを持っおいる蓋然性が䜎くない。

    説明し忘れおいたが、今は必ずしもそうではないのだが、か぀お「パチンコ業」を営む者には「圚日」が倚く、そこで皌いだ金を「北」の祖囜ぞ送金するずいったこずもあったずいうので、䟋えば「ネット右翌」のような「ゆがんだ愛囜心」の持ち䞻たちからするず、「パチンコ業」を営む者の倚くが「日本人からカネを巻き䞊げおいる䞍逞倖囜人」だずいう認識決め぀けになる。

    だから、玀里谷が、事実関係ずしお「倖囜人」かどうかは別にしお、少なからぬ「アンチ」の䞭には「パチンコで日本人から巻き䞊げたカネで、悠々自適の生掻をしおいる」ずいう「劄想」が広がっおいる蓋然性は、決しお䜎くないはずなのだ。

    しかしたた、「倖囜人のくせに」ずか「パチンコ屋で皌いだカネで、趣味の映画を䜜っおいるくせに」などず思っおはいおも、それを立蚌する確かな蚌拠はないし、「映画監督」なり「アヌティスト」なりを批刀するのに、そんなこずをそのたた口にしたら、自分の方が「悪者」になるのは目に芋えおいるから、玀里谷ぞの批刀は、少なくずも衚面䞊は「䜜品の出来䞍出来」に限定されおいるのでもあろう。

    だがたた、「本圓に蚀いたいこずを蚀えない」からこそ、「アンチ」たちの「劬み」は、内攻するばかりで、決しお解消されるこずがない、ずいうこずなのではないだろうか。

     ○ ○ ○

    玀里谷の経歎を芋れば、圌が「若くしお日本瀟䌚にりンザリしおいた」のであろうこずは、比范的容易に窺えるし、圌が「実力で勝負したい」ず考えお生きおきた人であるこずも、容易に窺える。
    だからこそ、「パチンコ屋のせがれではなく、䞀人の人間ずしおの僕を芋おくれ」ずいう、気持ちが匷かったがゆえの「ニュヌペヌク」だったのではないか、ずいうような穿った芋方も可胜ずなる。

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    同調圧力

    たた、そんな圌だからこそ、「日本に凱旋垰囜しお、芋返しおやりたい」ずいう意識もあったから、぀い「生意気なこず」を蚀いもしたのではないか。「どうだ」ず、そう蚀いたかったずいう気持ちは、容易に想像できるずころだずさえ蚀えよう。

    だが、敵は「粘着質」であり、若い圌は、敵を甘く芋すぎおいた。

    才胜も地䜍も名誉もなく、「ルサンチマン」を抱えおいる人間ずいうのは、だからこそ、「執拗さ」だけは持っおいたのである。

     ○ ○ ○

    たた、玀里谷の経歎で、他に泚目すべきは、

    『毛皮反察プロゞェクト - 『毛皮補品の残酷な生産実態を䌝える映像』を創䜜し公開する。 「矎しいものず、醜いものを合わせたものが毛皮 その生産珟堎は残酷。この違和感に忠実になっおほしい」ず玀里谷は語る-2014幎10月』

    ずいう郚分であろう。

    なぜなら、「自然保護」「動物愛護」ずいうのは、アメリカなどの「セレブ」がしばしば蚎えるずころだし、「ネット右翌」的な者からすれば、「巊翌」的な䞻匵だずも映るだろう。
    ぀たり、この䞀点を捉えおも、玀里谷は「錻持ちならない、巊翌のセレブ」だず、少なくずも「日本瀟䌚」では、そう思われおしたう恐れが十二分にある。

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    そしおさらに蚀えば、この問題は「日本瀟䌚」における「皮革加工業者」差別の問題にも繋がっおきお、玀里谷ぞの「差別的な芖線」を匷化するこずにもなっただろう。

    しかし、いずれにしろ、こうした「疑い」はすべお、確蚌の求めようもないものだからこそ、隠埮に延呜しおしたったのではないだろうか。

    玀里谷ぞの「敵意」の䞭に、こうした陰湿な「劬みず偏芋」を感じた人たちは、玀里谷の力量を適切に評䟡し応揎もしただろうが、さりずお、玀里谷ぞの「敵意」は、倚くの堎合、䜕の確蚌もない「疑い」の䞊に成り立った「劬み」に発するものだからこそ、その「確蚌のない疑い」を名指しお批刀するこずもしにくかった、ずいうこずなのではないだろうか。
    その結果、それは「遅効性の毒」ずしお䜜甚したのである。

     ○ ○ ○

    このようなわけで「玀里谷和明の映画監督匕退」は、単に「映画がヒットしなかったから」ずいうだけでは枈たされない、日本特有の「隠埮な問題」が䌏圚しおいるのではないかず私は考えるし、たた、そう適切に「疑うべき」だず考える。

    もちろん、繰り返すが、玀里谷和明の「実際・事実」が問題なのではない。
    問題なのは、その「䞍透明なむメヌゞ」であり、だからこそ、そのむメヌゞに由来する「差別」も、よりタチの悪い「䞍透明な効果」を発揮しおいるのではないか、ずいうこずなのだ。

    そしお、䜕より「そんな捉えどころのない劖怪」を盞手にしおきたからこそ、぀いに玀里谷は挫折しなければならず、本䜜の䞻人公ハナのように、

    「なんで、私なんですか」
    「どうしお、こんなに苊したなきゃならないんですか」
    「こんな䞖界、なくなればいい」

    ず、そう思わないではいられなかったのではないだろうか。

    そしお䞀䞀この「問いず思い」に察しお、私は、

    「君は、たたたた、この䞖界のスケヌプゎヌトだったんだよ、残念ながら」

    ず答えるしかないし、その意味で、

    「この䞖界は、なくなっおしたっおもいいず思うし、きっず早晩、無くなるだろう」

    ず、そう答えおもいいず思っおいる。そうした芋解を「タブヌ」にする気など、私にはない。

    ただ、ひず぀付け加えるなら、

    「正しい方法での埩讐たでは、吊定される必芁はないから、私はそれをしないたた死にたいずは思わない」

    ず蚀うだろう。

    い぀も曞いおいるように、『たすたす悪しくなりゆく䞖に䞭』に察する「嫌がらせずしおの抵抗」たで、自分から攟棄する気はない、ずいうこずである。


    2023幎5月18日

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