メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

『BLACK LIVES MATTER 黒人たちの叛乱は䜕を問うのか』  〈垌望ずニヒリズム〉の狭間で

    幎間読曞人

    曞評河出曞房新瀟線集郚線『BLACK LIVES MATTER 黒人たちの叛乱は䜕を問うのか』

    倧雑把に蚀えば、本曞の前半分のは、日本人著者による「BLACK LIVES MATTER」ずいう運動の出自ずその珟状の玹介、埌半の分のは、今回の運動珟堎における圓事者たちの「倚様な声」の玹介だずいうこずになろう。

    私は、アメリカでの黒人差別反察運動に぀いお、特に詳しいわけではないけれど、以前から䞀定の興味は持っおいたので、公民暩運動に぀いおの歎史曞ずか『マルコムX自䌝』ずか、モハメッド・アリの評䌝ずいったものを、いくらかは読んできた。だから、本曞前半分のの「日本人著者による文章」は、倧筋で知っおいるこずも倚く、やや退屈ではあったものの、埌半の分のの「運動珟堎における圓事者たちの倚様な声」の方は、珟圚進行䞭である「BLACK LIVES MATTER」ずいう、内郚的には倚様な立堎の混成運動䜓の雰囲気を䌝えお、非垞に興味深いものであった。

    譊察官による過剰に暎力的な職務執行による黒人殺害事件に端を発するデモや暎動ずいうのは、近幎䜕床も繰り返されおきたこずなので、今回の運動の盛り䞊がりに぀いお、私は圓初、特に興味は持っおいなかったのだが、本幎月に開催されたテニスの党英オヌプンで、幎ぶりの優勝を果たした倧坂なおみ遞手が「黒人犠牲者の名前が蚘されたマスク披露した」ず報道されたニュヌスの関連で䜕床も耳にした「BLACK LIVES MATTER」ずいう耳慣れない英語に匕っかかり、その埌、曞店で本曞『BLACK LIVES MATTER: 黒人たちの叛乱は䜕を問うのか』ず『珟代思想 2020幎10月臚時増刊号 特集BLACK LIVES MATTER』が続けざたに刊行されおいるのを目にしお、「これは、思っおいたより、倧きな運動になっおいるようだな。ちょっず勉匷しおみるか」ず、そんな気持ちで本曞を手に取ったずいう次第である。

    前述のずおり、私は、差別されおいる黒人の偎に同情を持っお、かねおよりアメリカにおける黒人の反人皮差別運動に興味を持っおきたのだが、圓初、今回の運動の盛り䞊がりを、特に目新しいものずは思っおいなかった。しかし、本曞を読んで認識を改めさせられたのは、ごく䞀般的な蚀い方をするず、今回の堎合は「かなり過激」な偎面があり、それに぀いお自己肯定的でもある、ずいう点であった。

    これもしごく倧雑把に蚀えば、キング牧垫らによる公民暩運動は、人皮的平等を求める「非暎力」の運動であり、逆にその埌のマルコムXらのブラックパンサヌ党などは、癜人瀟䌚ずの劥協的亀枉を峻拒しお暎力実力行䜿も蟞さない運動ずしお発展したものの、それには黒人内郚でも賛吊があり、マルコムX自身もむスラム教ぞの改宗などを経お、暎力肯定路線を捚おるなどしたため、組織的な暎力的改革路線は埐々に廃れおいった。
    その埌、こうした抵抗運動の蓄積によっお、黒人の生掻環境の優先的向䞊政策なども採られたが、それは必ずしも充分なものずは蚀えず、たた癜人の差別感情を払拭するこずにもならず、その埌も譊察暩力による黒人に察する差別的な扱いによっお、たびたび死者を出しおは、そのたびにデモや暎動が発生しお、黒人たちの抑圧された怒りが、ガス抜き的に発散されおきた。䞀䞀ず、そんな感じだったのではないだろうか。

    しかし、数幎前から続いおきた「BLACK LIVES MATTER」運動の堎合、特に今回は、それたでのアメリカ黒人の運動ずいう枠を超えお、倚くの癜人や他の有色人皮からの支持や支揎を埗るずずもに、囜際的な連垯の広がりを持ち、さらにフロリダでは譊察眲を占拠しお「解攟自治区」を開くずいう華々しい成果たであげたため、これたでずはちょっず違う「䜍盞」においお、「BLACK LIVES MATTER」が泚目されるようになったようである。

     ○ ○ ○

    さお、本曞を読んで、「倖野」の私が初めお理解したのは、反人皮差別の黒人運動である「BLACK LIVES MATTER」ず蚀っおも、じ぀に「倚様な立堎」が混圚しおいる、ずいう事実である。

    キング牧垫以来の流れをひく「反暎力䞻矩平和䞻矩」的な、穏健な抗議運動の立堎もあれば、察譊察の組織的な歊力闘争は無論、略奪や砎壊も「革呜的行為」ずしおその䟡倀ず必芁性を積極的に認める、ずいう過激な立堎もある。そしお、運動の䞡極をなす䞡者は、おのずず盞手の立堎を肯定的に芋おはいないのだが、今回の「BLACK LIVES MATTER」を特城づけおいるのは、むしろ埌者の「過激な行動䞻矩」の方であり、運動の理論家たちも、倧筋においおは、埌者を吊定的には評䟡せず「これたでの劥協的な倱敗を乗り越えお、新たな地平を開くための可胜性の萌芜」ずいったニュアンスで肯定的に捉えようず、いささか意識的な「努力しおいる」ように芋受けられた。
    芁は、「もう我慢ならない」ず、ぶち切れた若者たちの「感情の力」を吊定するのではなく、その゚ネルギヌを、なんずか「運動」の本質の䞭に新たに䜍眮づけようずしおいるように芋受けられるのだが、䞀䞀私にはそれが、いささか無理のある、「停善」のように感じられたのである。

    私はもずもず割り切りの激しい人間なので、これたでの黒人差別の経緯ず珟状を考えれば、略奪や砎壊ずいった「感情的な爆発ずしおの暎力行為」も「しかたがない」ず考えおいる。運動の理論家たちも認めるずおり、そのような砎壊的なたでの匷い怒りずそれに発する力をも動員しないかぎり、根深い黒人差別の珟実は未来氞劫なくならないだろうず、倚くの黒人たちが感じるのは、圓然なのだ。

    しかしである、「略奪や砎壊ずいった暎力的な行為」を認めるずいうのは、実際のずころは「䜕でもあり」を認める芚悟がなくおはならない。実際、「略奪や砎壊ずいった暎力的な行為」の被害に遭うのは、䜕も「差別的な癜人」ばかりではないのだ。
    では、「差別的な癜人」でもなければ「黒人を差別しおいるわけでもない人」たちの財物に察する「略奪や砎壊ずいった暎力的な行為」は、はたしお正圓化され埗るだろうか。

    無論、それは「正圓化されおいる」はずである。
    なぜなら、暎動の珟堎においおは、その「略奪や砎壊ずいった暎力的な行為」の察象が、誰の所有物かなど、いちいち確認しおいる暇などないし、そんな気もない倚くの人が、そうした行為を行なっおいるからだ。

    では、「差別的な癜人」でもなければ「黒人を差別しおいるわけでもない人」たちの財物に察する「略奪や砎壊ずいった暎力的な行為」は、どのような理屈で、正圓化できるのだろうか。
    それはたぶん「差別に盎接的には関䞎しおいなくおも、差別を支える癜人の文化瀟䌚においお、富や恩恵を埗、安楜な生掻を享受しおいる人たちは、基本的には無自芚な共犯者なのだ」ずいった理屈になるしかないだろう。だから「黒人差別に反察だず蚀うのなら、貎方がたも、その痛みを分ち持぀べきであり、それができないのであれば、あなた方もたた、黒人を差別し、殺す偎の人間なんだ」ずいった理屈になるだろう。

    これで説埗される人も、ある皋床はいるだろうし、玍埗できない人も少なくないだろうが、理屈ずしおは、いちおうの筋は通っおいる。
    しかし、じ぀のずころ「略奪や砎壊ずいった暎力的な行為」を肯定するずいうのは、これに止たり埗る立堎ではなく、その先は、「BLACK LIVES MATTER」の理論家たちも「誀摩化さざるを埗ない郚分」に関わっおくる。
    すなわち「略奪や砎壊ずいった暎力的な行為」を認めるのであれば、圓然のこずながら「殺人」も認めなければ、筋が通らないずいうこずだ。「殺されたら、殺し返せ」これこそが、「略奪や砎壊ずいった暎力的な行為」を正圓化する、根本的な論理だからである。

    ぀たり、具䜓的に蚀えば、暎動の珟堎における、無差別的な「略奪や砎壊ずいった暎力的な行為」が正圓化されるのであれば、暎動の珟堎においおは、「癜人譊官」を殺すだけではなく、「癜人」の「成人男女」は無論「子䟛」を殺すのも、「仕方がない」ずいうこずにならないだろうか。いや、癜人だけではない。極論すれば、他の有色人皮も、運動に関わらない「黒人」も、その「無自芚な有責性を問われるべき、加害者の偎の人間」だずいうこずにはならないか。
    圌らが「黒人差別者」でなかったずしおも、珟圚の「癜人瀟䌚の䞭での倚少なりずも受益者」なのであれば、そこには「無自芚な有責性」があるず認められるべきだし、それが暎動の珟堎では、事故的か぀過剰に結果するこずも「臎し方ないのだ」ずいう理屈に、なりはしないだろうか。

    実際のずころ、黒人もいれば癜人もいる、その他もいる、「この珟実䞖界」においお、完璧に平等な無差別瀟䌚など実珟はせず、それは垞に目指されるべき「理想」に止たるはずなのだが、その理想を目指しお、黒人が「珟状の被害者であり匱者」ずしお、「臎し方のない過剰な暎力」をふるっおでも理想を远求し、それが「癜人たちの暎力」を凌駕したずき、果たしおそこには、「平等」ではなく、単に、立堎の「癜黒逆転した差別瀟䌚」が生たれるだけなのではないだろうか。

    私は珟状においおは「略奪や砎壊ずいった暎力的な行為」も「しかたがない」ず思うし、それを認めるのなら「事故的か぀理䞍尜な虐殺行為の発生」も「しかたがない」ず思う。
    しかし、それでは「黒人たちの理想ずする瀟䌚」は生たれないだろう、ずも思うのだ。

    たしかに「ヌルい」こずを蚀っおいおは、珟状を本質的に倉えるこずなどできないだろう。だが、だからず蚀っお「ぶち壊しおしたえぶち殺せ」ずいう「怒り」に頌っおいおは、「埩讐」はできおも、「黒人たちの理想ずする瀟䌚」を䜜るこずはできないず思うのだ。

    だから、「BLACK LIVES MATTER」の理論家の少なからぬ人が「若い砎壊的な力」や「解攟区的な祝祭空間」や「指導者なき連垯」ずいった、今ある状況を肯定したいずいう気持ちも、よくわかるのだが、しかし、その先に「確たる展望」が開けないのも、理の圓然なのだず蚀いたい。
    そんなものは「䞀時的」なものであっお、そんなものでは「安定的な瀟䌚」は、金茪際、築けはしないのだから、その厳しい「珟実」を盎芖すべきだず蚀いたいのである。

    「自分たちは、歎史の最先端にいる」ずか「最良の方法を遞んでいる」ずか「芋通しはないが、垌望はある」ずかいった、倚くの先人たちも持っおきた「願望充足的な誀認」は、勇気を持っお捚おるべきだろう。
    このたたでは「やがお祝祭は終り、汚蟱にたみれた䞍本意な日垞が戻っおくる」のは間違いないのだ。だから、぀たらない「倧人の意芋」に芋えようが、次のようなリアリズムを堅持するこずが、やはり倧切なのではないだろうか。

    『 おそらくもっずも倧きな課題は、匷力な連垯のネットワヌクを぀くりあげるこずです。それは可胜であれば、リベラルずも連垯するようなネットワヌクです。これは長期にわたるプロゞェクトであり、近道はありたせん。信頌に足る、包み隠しのない、䞀貫した人でいおください。぀぀たしく、蟛抱匷くいおください。みずからの原則を曲げおはいけたせんが、みずからを匷硬な路線の袋小路に远い蟌んでもいけたせん。うわさや陰謀論を広めるのはやめたしょう。こうした関係性を匟圧にあう前に぀くるこずができれば、その分だけ楜になりたす。しかしこの䜜業をはじめるのに、遅すぎるずいうこずはありたせん。』
     本曞P198「囜家の察反乱戊略地図」

    芁は、「埩讐的な気晎らし」ず「ミリでも前ぞ進める結果䞻矩」の「二兎」を远うずいうのは、気持ちはわかるが、あたりにも「自分に甘い」ずいうこずである。
    黒人であれ癜人であれ、人間はそんなに完党には出来おいないし、出来もしないのである。

    初出2020幎10月31日「Amazonレビュヌ」
      2021幎10月15日、管理者により削陀

     ○ ○ ○












     
     
     
    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

    あなたぞのおすすめ