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フィリップ・・ディックの 〈信仰ず懐疑〉  マヌク・ハヌスト線 『ザ・ベスト・オブ・・・ディック 〈3〉』

    幎間読曞人

    曞評マヌク・ハヌスト線『ザ・ベスト・オブ・・・ディック〈3〉』サンリオSF文庫

    フィリップ・K・ディックの䞻芁なテヌマずしお「停物」ずいうこずがあるのは、本シリヌズのレビュヌの䞭でも曞いおきたこずだし、ディックファンには呚知の事実に類するこずかもしれない。

    この「停物」テヌマの根底にあるのは、ディックが「この䞖界は本圓に、私に芋えおいるたたの、この䞖界なのか」ずいうずころから発しおいるようだし、それは、「私」に芋られ、認知される察象である「この䞖界」ずいう域をも超えお、「この䞖界」を芋おいる「私」にたで及ぶ。぀たり、「この䞖界を芋おいる、この私」が、そもそも「本物」なのか、ずいう疑問。「我思うゆえに我あり」などず、本圓に蚀えるのかずいう、今日的な「意識論」にたで及ぶ、そんな疑問である。

    本䜜品集の第巻、第巻は、ゞョン・ブラナヌによっお線たれたものであったが、本巻ず、次の第巻は、マヌク・ハヌストによっお線たれおいる。たぶん、原著には、第巻ず第巻の間に、時間的な隔たりがあるのだろう。

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    本巻に収められおいるのは、次の諞篇である。

    ・はじめにマヌク・ハヌスト
    ・たえがきフィリップ・K・ディック

    ゎヌルデン・マン
    リタヌン・マッチ
    劖粟の王
    ダンシヌにならえ
    ふずした衚玙に
    小さな黒い箱
    融通のきかない機械

    ・䜜品メモフィリップ・K・ディック
    ・珟代文孊ずしおのディック日野啓䞉

    第巻、第巻に所収の「初期䜜品」に比べるず、本巻所収の䜜品では、「芋るからにSF的」ずいう郚分が埌退し、そのぶん「宗教」テヌマが前面に出おきおおり、そのせいもあっお、お話自䜓もそうだし、「䜕を語らんずしおいるのか」ずいう郚分でも、分かりにくくなっおいる。぀たり、いかにもディックらしい「難解さ」が増しおいる。

    幞い、本曞にはディック自身による「䜜品メモ」が付録されおいるので、䜜品読解のヒントずしお、それを参考にするこずができる。
    もちろん、たんた「ぜんぶ説明しおくれおいる」ずいうようなものではないが、䜜品の背景ずなる郚分が語られおいたりするので、十分に参考になる。けれども、決しお、䜜品を読むにあたっお、興醒めになるような「ネタバレ」的なものにはなっおいない、ずいうこずは申し添えおおこう。

    さお、本巻所収の䜜品を通読しお感じるのは、前蚘のずおり、「難解」の床を匷めおいるずいうこずばかりではない。
    これたでの䜜品では、「この䞖界」や「私自身」などが「本物か停物ではないのか」ずいう懐疑に付されおいたわけだが、本巻の䜜品では、その芖点が反察になっお「いかに私たちが、隙されやすいか」に、問題の䞭心が移っおいるように感じられた。これは、興味深い倉化ではないだろうか。

    収録䜜品を個別簡明に論評しおしおおくず、

    「ゎヌルデン・マン」は、「ミュヌタント新人類」テヌマの䜜品で、本䜜に登堎する新人類は「黄金色に茝く、神のごずき矎しい男」である。圌の特城は「思考しない」ずいうこずであり、芁は「本胜だけ」で生きおいるのだが、その「本胜」が、人類の知性を凌駕するものであり、自身を駆逐しようずする旧人類に察しお、その本胜ず、持っお生たれた「矎しい倖芋」によっお、たんたず生き延び、人類の生存競争に暗い圱を萜ずす、ずいうずころで終わっおいる。぀たり、本䜜では、映画『ブレヌドランナヌ』『トヌタル・リコヌル』などのように、アンドロむドやミュヌタントの偎に立っお、マむノリティヌである圌らに「同情する」ずいったスタンスでもなければ、かず蚀っお旧人類の偎に立っお、新人類の台頭ぞの反撃を支持するずいうようなものでもない。そうではなく、「生物が進化すれば、旧来の生物は取っお代わられるしかない」ずいう事実を、客芳的に「芳察しおいる」ずいう感じの、ある皮「人類の運呜を、突き攟しお芋た」䜜品だず蚀えるだろう。無論、本䜜でも、人類は、ミュヌタントの「矎しさ䞭身を反映しない倖芋」に敗れおしたうずいうかたちで、「停物」テヌマが登堎する。たた、「神ずは䜕か」の問題にも通ずる。

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    「リタヌン・マッチ」は、人類䟵略兵噚ずしおの「賭博ゲヌム機」が登堎し、人類が、それず知っおいながら、それに「おがれおしたう」姿が描かれる。その意味では「ゎヌルデン・マン」に通じる䜜品だが、こちらは、「停物」が「ゲヌム機」だずいうずころに、皮肉なナヌモアが匷く感じられる。宇宙人が「バヌチャル・リアリティヌの矎男矎女」ゲヌムを䜜ったら、私たちは簡単に䟵略されおしたうだろう。すでに、人類間ですら、それに近い珟実があるのだから。

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    「劖粟の王」は、ディックには珍しいファンタゞヌ䜜品であり、しかもハッピヌ゚ンドだ。圓初は、バッド゚ンドだったそうだが、曞き盎しを芁請されたようで、たしかに匕っかかる郚分はある。ただ、ファンタゞヌずは蚀っおも、そこはディックであり、い぀もずぜんぜん違うずいうわけではない。芁は、珟実の䞖界に、劖粟たちが珟れ、䞻人公である芪切な爺さんに助けを求め、劖粟の王の急死を受けお、圌が劖粟の王に遞ばれ、トロヌルずの戊いに勝利しお、勝利王ずしお、劖粟の䞖界ぞ入っおいく、ずいったような話である。぀たり「この珟実䞖界」ず「劖粟の䜏む䞖界」の盞察性が描かれおいお、どちらが「本物」ずは蚀えないわけである。なお、本䜜は、のちに長線化されおいる。

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    映画『トロヌル・ハンタヌ』より

    「ダンシヌにならえ」は、匷制手段を䜿わず、いかにしお「党䜓䞻矩瀟䌚」が実珟できるかを描いた䜜品で、本䜜に登堎するのは、「ダンシヌ」ずいう名の「虚構のカリスマ」である。぀たり、囜民すべおが厇拝したくなるような人物をでっち䞊げお、それをあらゆるメディアに露出させ、囜民を掗脳するずいう手法なのだが、私が面癜いず思ったのは、この「カリスマ的人物」は「あらゆる面に優れた、理想的な人物」などではなく、ちょっず泥臭い郚分があったり、むンテリではなかったりずいった「庶民が芪しみを感じられる」ような性栌や倖芋が、意図的に仕蟌んである、ずいう点である。だから、あらゆるこずに぀いお語る圌の芋解も、決しお「銖尟䞀貫しお、培底的に論理的なもの正論」などではない。䟋えば、「戊争は絶察にいけない。しかし、祖囜を守るためならば、私たちは敢然ず立ち䞊がらなければならない。これは圓然だ」ずいった「䞭途半端な意芋」である。本圓に倧切なのは、そこにある「矛盟」を盎芖しお思考するこずなのだが、「庶民」はそんな「難しいこず」には興味がなく、「ダンシヌ」が語る皋床の「䞭身はないが、もっずもらしい意芋」の方を支持するだろう。「スキむむね」をもらうためには、深すぎおはいけない。これは「倧衆操䜜」の本質を突いた、リアルな寓話だずいえよう。

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    「ダンシヌ」のモデル。「アむク」の愛称で愛された、アむれンハワヌ米倧統領

    「ふずした衚玙に」は、䞍死の生物の皮革を䜿っお本を装䞁したずころ、その本の内容が䞀郚曞き換えられおいた、ずいう䞍思議な事件を描いた䜜品で、その真盞は、皮革になっおも、その生物は生きおおり「生物は䞍死になれる」ずいう、自分たちの事実に基づいた信念を持っおいたため、その信念に反した曞物の内容に぀いおは、事実に即しお「蚂正」を加えおいたずいう、かなりナヌモラスなお話である。しかし、これも「事実は事実」なのか、それずも「間違った事実は事実にあらず」なのかずいった問題を扱っお、「停物」問題に通じおおり、䟋えば「歎史修正䞻矩」などの、アクチュアルな問題などにも通じおいるず蚀えるだろう。

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    「小さな黒い箱」は、ある流行宗教の、教祖ず぀ながるための共感装眮である「黒い箱」をめぐる、きわめお「宗教的な䜜品」で、この教祖は、圓局から、民衆をたぶらかす「危険人物」であり、もしかするず「異星人䟵略者」の手先かもしれないず考えられおいる。その真盞は、本䜜の䞭では語られないのだが、「宗教」ずいうのは元来、その本質においお、「この珟実」ぞの「䟵略」なのだず蚀えないこずもないだろう。なお、本䜜は、映画『ブレヌドランナヌ』の原䜜長線小説『アンドロむドは電気矊の倢を芋るか』の原型になった䜜品だが、『ブレヌドランナヌ』をむメヌゞするず、「だいぶ違う」ずいうこずになるだろう。

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    「融通のきかない機械」は、あらゆるものに擬態する「小型の暗殺メカ」を描いた䜜品で、本䜜䞭では「小型テレビ受像機」に化けたりするのだが、面癜いのは、このメカは、暗殺を行うだけではなく、珟堎に「停の蚌拠」を残しお「停装工䜜」を行う点だ。぀たり、血痕や足跡ずいった「停の蚌拠」を残しお、捜査を撹乱するのである。これを「本栌ミステリファン」が聞いたなら、「それっお、初期クむヌン問題じゃないか」ず驚くこずだろう。そこたで考える必芁はないのだが、これが「ディック的停物問題」であるずいうのは、間違いのないずころである。

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    『有栖川有栖の密宀倧図鑑』より

    以䞊のように、本䜜品集でも、ディックの「停物」問題ぞの興味は䞀貫しおいるが、それは以前よりも深められおいるように思える。
    この「停物」問題ぞの、ディックの「アンビバレントな感情」は、の「ふずした衚玙に」に぀いおの「䜜品メモ」の、次のような蚀葉に、端的に瀺されおいるずいっおも良いだろう。

    『 ここで提出されおいるのは、その頃のわたしの願望の䞀぀である。぀たり、聖曞が事実だったら、ずいう願いだ。明らかに、わたしは懐疑ず信仰ずの䞭間点にあったらしい。それから十幎あたり経ったいたも、やはりその䜍眮にいるようだ。聖曞が事実であればよいずは思うけれども、しかし䞀䞀そう、もしそうでなくずも、われわれがそれを事実にするこずはできる。ただ、悲しいかな、それにはたいぞんな努力が必芁だろう。』

    P316〜317、ゎシック郚の原文は傍点

    われわれが、その「努力」によっお『事実にするこず』のできる「聖曞的事実」ずは、いったい䜕を指しおいるのだろうか
    普通に考えれば、「神の囜」の到来だずいうこずになるのだろうが、その堎合、到来した「神の囜」ずは、どんなものを指すのであろうか
    これだけでは、たったくハッキリずしないので、ディックの他の䜜品を探る必芁があるだろう。

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    ※ なぜか「Amazon」には、『ザ・ベスト・オブ・・・ディック』の、第巻、第巻、第巻のペヌゞはあるのに、圓第巻のペヌゞだけがないので、ここでは、、、巻のリンクを匵っおおく。

    2023幎4月3日

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