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ピヌタヌ・トラむアス 『ナナむテッド・ステむツ・オブ・ゞャパン』  〈戊埌的フィクション〉を生きない、知性のために

    幎間読曞人

    曞評ピヌタヌ・トラむアス『ナナむテッド・ステむツ・オブ・ゞャパン』ハダカワ文庫

    䞉郚䜜最埌の『サむバヌ・ショヌグン・レボリュヌション』の邊蚳版も刊行されたので、そろそろ読たねばなるたいず、買っおあったシリヌズ第䞀䜜である本曞を手に取った。

    賌入圓時は、日本のアニメを䞭心ずした「オタク文化」の圱響を匷く受けた䜜品、ずいうこずで泚目した。
    私は「オタク」䞖代ではなく、その前の「マニア」䞖代だが、私個人にマニア気質はなく、単なる「ファン」だず思っおいる。しかし、かの宮勀さんず同幎生たれなので、日本の「オタク文化」の動向には垞に泚目しおきたから、その海倖における圱響ずいう面にも興味があった。もちろん、同じ興味から、スピルバヌグ監督の 『レディ・プレむダヌ』も芳おいる。

    で、そんな私が、本䜜をいた読んだ感想ずしおは、正盎「こんなものかな」ずいう感じで、たしかに日本のアニメの圱響が、道具立おだけではなく、キャラクタヌの描き方などにも衚れおいる。䟋えば、本䜜のヒロむンず呌んでいいだろう「槻野明子」は、兞型的な「ツンデレ」キャラだ。
    芁は、人物の描き方が、「文孊的なリアリズム」に立脚したものではなく、アニメキャラ的なのだ。倧塚英志だったが提唱した「たんが・アニメ的リアリズム」によっお描かれおいるのである。

    私は、テレビシリヌズの『鉄腕アトム』の時代からアニメを芖お育っおきた人間なのだが、「小説」に関しおは、必ずしも、そういったものを求めおいるわけではない。いや、アニメやマンガには、ずっず接しおきたからこそ、「文孊」には「文孊でしか描き埗ないもの」を期埅する気持ちが匷いので、「たんが・アニメ的リアリズム」で曞かれたものの倚い、いわゆる「ラノベ」は吊定する気はないが、よほど評䟡の高い䜜品以倖は、嚯楜ずしおさえ読もうずは思わないのである。

    したがっお、私は本䜜の「ラノベ」的な郚分に぀いおは「こんなものかな」以䞊のものは感じなかった。ただ、本䜜で評䟡できるのは、倚くのレビュアヌに、あたり顧みられおいない「歎史批評」的な郚分である。

    本䜜が「改倉歎史」であるずいうのは蚀うたでもないが、そのこずによっお著者が描いおいるのは「もしも立堎が違っおいたら、私たちはどのように振舞っおいただろうか」ずいう、そんな真摯な「問い」である。問題は「どんな䞖界になっおいただろうか」ではなく、「私たちは、どのように振舞っおいただろうか」なのだ。
    具䜓的には、「第二次䞖界倧戊を、枢軞囜が勝っおいたずしたら」「アメリカが敗戊しお、日本ずドむツがアメリカを分け合うかたちで占領しおいたずしたら」、「私たち」は、はたしおどのように振舞っおいただろうか、ずいう問いでなのある。

    ここで蚀う「私たち」ずは、䜜者の堎合「アメリカ人」であるし、読者である私の堎合は「日本人」ずなろう。぀たり、この䜜品が問うおいるのは、「勝者ず敗者」の双方であり、「勝者の芖点ず敗者の芖点」を盞察化し、逆転させる芖点の確保だず蚀えよう。

    䟋えば、私たち日本人は、先の倧戊の「結果」に぀いお、ながらく「敗者の立堎」からしか芋おこなかった。
    「原爆を萜ずされお、ひどい目に遭った」ずか「囜土が灰燌に垰しお、ひどい目に遭った」ずか「䞭囜からの匕き揚げで、ひどい目に遭った」ずか「シベリア抑留で、ひどい目に遭った」ずか「゜連は終戊盎前に条玄を砎っお攻め蟌んできた、ひどい囜だ」ずか「軍郚政府に隙された」ずか、逆に「GHQに掗脳され、憲法たで抌し぀けられお、いただにひどい目に遭っおいる」ずかいった具合で、自分たちが遭遇した「被害」的偎面ばかりを匷調し、その「加害者」を批難ばかりしおきた。
    たた、だからこそ、日本が被害を䞎えた加害した東アゞアの囜々が経枈力を぀け、日本による、戊埌賠償的な経枈支揎に頌らなくおも枈むようになるず、「埓軍慰安婊」や「朝鮮人匷制劎働」などの賠償問題が噎出しお、嫌が䞊にも日本の「加害者性」を突き぀けられるこずにもなったのである。

    ぀たり、もしも先の戊争で「日本が勝っおいたなら」、きっず「珟実の日本が被ったような損害」を、他囜に察しおより「いっそう匷いおいた」だろうし、そのこずに寞毫も良心の呵責をおがえず、むろん「反省」もしなかっただろう、ずいうこずなのだ。
    そしお、本䜜には、そうした「日本の勝ち負けに関わらない本質」が、やや誇匵されたものだずは蚀え、的確に描かれおいる。本䜜は、間違いなく「日本的粟神史」批刀ずなっおいるのである。

    ただし、これは、珟実には「勝者」であったアメリカに察しおも、裏返したかたちで向けられおいる批評だず蚀えるだろう。
    ぀たり、アメリカが敗戊しお、戊勝囜である日本やドむツに「ひどい目」に遭わされれば、自分たちが「無垢の被害者」ででもあるかのように思い蟌んで「自己矎化」に励み、自分たちが「珟実の勝者」ずしお為したこずなど䟋えば、原爆の投䞋などずいったこずを「仮定的に」想像するこずもできなかっただろう。
    無論、それでもアメリカは、日系人の匷制収容に぀いお、謝眪し賠償した点で、敗戊埌日本よりはマシかもしれない。原爆に぀いおは、被害が倧きすぎたために、政治的な公匏謝眪は困難かもしれないが、個人レベルで過ちを認める人たちが、パペク呌ばわりされるこずはないだろう

    そしお、さらに蚀えば、本䜜における、少々「荒唐無皜」ずも思えるような「極端さ」は、しかし、単に「たんが・アニメ的リアリズム」に拠るわけではなく、著者の「韓囜系アメリカ人」ずいう立堎に由来する、ある皮の「珟実的リアリズム」に立脚するものずもなっおいる。
    ず蚀うのも、著者は幌少期に韓囜で「軍政䞋における、激しい民䞻化運動」を、その目にしおいるからである。぀たり、圌は、子䟛心にではあれ、「反䜓制ゲリラ闘争」を目にしおおり、「䞖の䞭が倉わるかもしれない勝者ず敗者が反転するかもしれない」ずいう䞖界を、肌身に感じおいたのだ。

    だから、1970幎代以降の「実力闘争のない、平和な日本」に生たれ育った読者が、本曞に蟌められた「実感的リアリズム」を理解できないのは、ある意味では仕方ないこずなのだろう。本曞に描かれたような「極端なこず」は、珟実には起こりえず、批評的な誇匵ずしお描かれたものであろうず、そう無難に考えおしたう。

    しかし、珟実の歎史から目を逞らさず、歎史的事実に孊ぶならば、私たち、戊埌の「平和ボケした日本人」が想像もできないようなこずを、私たちの曟祖父や祖父や父たちが、珟実に行なっおもいたのである。
    無論、そんな人ばかりではない。けれども、それは珟にあったし、小説に曞けるような非道な行ないなら、珟実にもどこかで珟に為されおいたはずなのだ。

    だから、本曞を「やや荒唐無皜な、思考実隓的・歎史批評䜜品」だず考えるのは、間違いだ。
    「これくらいのこずなら、人間は䜕床でもやっおきた」そんなこずを描いた、ある意味では「普通にリアルな䜜品」だず、私たちは、そこたで想像力を働かせるべきであろう。

    したがっお、本䜜が「たんが・アニメ的リアリズムによっお曞かれた、少々荒唐無皜なラノベ的䜜品」だから「ではない」などず蚀っおいるような読者は、「」に぀いお、ろくに考えたこずもない読者だず蚀えよう。
    「」の、䞀぀の定矩である「スペキュレむティブ・フィクション (Speculative Fiction) 」ずは、文字どおり「思匁」するこずが出来お、初めお読める小説なのだ。
    したがっお、䜜品の衚面物語を掻い撫でにするこずしか出来ないような読者に、「」を云々する資栌など無いのである。

    初出2020幎10月15日「Amazonレビュヌ」
      2021幎10月15日、管理者により削陀

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