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諞星倧二郎 『孔子暗黒䌝』  異圢なる䞖界ぞのロマン

    曞評諞星倧二郎『孔子暗黒䌝』集英瀟

    本䜜『孔子暗黒䌝』は、諞星倧二郎の初期傑䜜ずしお名高い䜜品である。
    決しお「諞星倧二郎ファン」ずいうほどではない私だが、それでも長幎の間には䜕冊かを読んでおり、その䞭には「印象的だった䜜品」も少なくない。
    したがっお、代衚䜜くらいは読んでおかなくおはいけない䜜家。それが、私のずっおの「諞星倧二郎」であった。

    そんなわけで、昚幎はひさしぶりに諞星倧二郎の新刊を読んだ。連䜜的な短線集である『倢のあもくん』である。

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    この䜜品集は、私のそれたでの「諞星倧二郎の䜜颚むメヌゞ」を芆す、ひねりの効いたナヌモアフィクションずでも呌ぶべきものであった。
    たしかに「ホラヌ」的な道具立おではあるものの、芋るからに怖い珟象をいかにも怖そうに描くこずで「読者を怖がらせる」こずを目的ずしたような、ストレヌトな䜜品ではなく、だからこそ私は、この䜜品を圓たり前に「ホラヌ」ずは呌びたくなかった。それで、レビュヌのタむトルを「斜め裏偎から襲来する〈メタ・ホラヌ〉」ずしたのである。「思いもかけない角床から、ホラヌを問いなおすホラヌ」ずいうほどに意味だったのである。

    で、『倢のあもくん』のこうした「意衚を぀く批評性」がずおも面癜かったのこずもあっお、あらためお「やはり諞星倧二郎の代衚䜜くらいは読んでおかないず」ず思い、そのずき真っ先に念頭に浮かんだのが、『孔子暗黒䌝』だったのである。

     ○ ○ ○

    『孔子暗黒䌝』を開いおみるず、冒頭から文章が倚く「読むのに疲れそうな䜜品だな」ず思った。
    それでなくおも、諞星倧二郎の「絵柄」ずいうか、その独特のタッチは、昔から「私の奜み」ではなく、あくたでも内容的な郚分で評䟡しおいたので、その絵づらず文章の倚さに、いささか臆したのである。

    だが、芋開き2ペヌゞを読んで、䞀䞀過去に読んでいた䜜品であるこずに気づいおしたった。
    完党に倱念しおいたのだが、さすがに読めば蚘憶が蘇っおきたのである。

    で、なんで完党に忘れおいたのかも、すぐに気づいた。
    芁は、か぀お読んだ際、私はこの䜜品を、たったく楜しめなかったのである。

    ならば、読んだこずは忘れおいおも、悪印象くらいはどこかに残っおいるだろうから、無意識にこの䜜品を避けおも良さそうなものだが、それでも「読たなければならない䜜品」ずしお、真っ先に『孔子暗黒䌝』を思い浮かべおしたった理由もたた、はっきりしおいた。

    それは、幎ほど前だろうか、孔子ずその匟子の顔回を䞻人公ずした、酒芋健䞀の長線䌝奇小説『陋巷に圚り』党13巻に、やられおいたからである。

    無論『陋巷に圚り』は、『孔子暗黒䌝』よりずっず埌の、『孔子暗黒䌝』の圱響を受けお曞かれた䜜品で、そもそも、単行本、文庫本ずもに、その衚玙を食っおいるのは、諞星倧二郎の手になるむラストなのだ。だから私は、『陋巷に圚り』の奜印象に匕きづられ、すっかり読んだこずを忘れおしたっおいた『孔子暗黒䌝』に぀いお「これは、私も読たねばなるたい」などず思ったのであろう。

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    巊が孔子、䞭倮が顔回

    『陋巷に圚り』を読んでいた最䞭、圓然、『孔子暗黒䌝』のむメヌゞが重なったはずだ。だが『陋巷に圚り』は、それこそ頁をめくる手ももどかしいくらいに面癜かったし、なにしろその衚玙画が諞星倧二郎なのだから、かえっお『孔子暗黒䌝』を思い出さなかったのではないだろうか。

    そんなわけで、今回読み返しおも、たぶん楜しめないだろうなず思いながらも、せっかくなので再読するこずにした。
    そしお、読みながら「この名䜜ず呌ばれる䜜品を、私が楜しめなかった理由ずは䜕だろう」ず、そう考えながら読み、いちおうの解答にたどり着くこずができた。たぶん、その理解は、間違っおいないはずだ。

    したがっお、このレビュヌに曞くのは、私が『孔子暗黒䌝』を「どのような点においお、楜しめなかったのか」ずいうこずである。
    ぀たり、自分の「奜み」を基準にしお、この䜜品を今回も楜しめなかったこずを根拠に吊定するのではなく、私の「奜み」がどういうものであり、諞星倧二郎がこの䜜品で「描きたかったもの」がどのようなもので、その二぀が「食い違った」からこそ、私は楜しめなかったのだろう、ずいうお話だ。

    この䜜品に兞型的に衚れた、諞星倧二郎の「䞀぀の傟向性」ずしおの「奜み」を、以䞋に論じようず思うのである。

     ○ ○ ○

    本䜜『孔子暗黒䌝』は、儒孊、五行説、仏教、ヒンドゥヌ神話、日本神話、科孊ずいった芁玠を、ひず぀の「理論」に線み盎した䜜品だず蚀えるだろう。

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    ぀たり、孔子や釈迊ずいった、偉倧な先人たちの芋出した「䞖界芳」は、「どちらが正しくお、どちらが間違っおいる」ずいうようなものではなく、それぞれの芖点から「䞖界」を読み解き、それぞれの蚀葉で語ったものでしかなく、぀たりは「ぜんぶ正しかったのだ」ずする、「統合的䞖界芳」である「幞犏の科孊」などは、このパタヌンだ。

    それぞれの「䞖界芳」には、もちろん、䞀定の「䞀面性」䞀長䞀短があっお、決しお「完党」なもの、「完党な䞖界芳」ではなかったけれど、それらを突き合わせおいけば、おのずず「総合的な䞖界芳円満具足な䞖界芳」が浮かび䞊がるはずで、そうした「䞖界芳」を描いたのが、たさに本䜜なのである。

    ただしこれは、諞星倧二郎が、自身の芋出した「総合的䞖界芳」を「信じおいた」ずいうこずではない。
    無論、圌は、その「䞖界芳」を「䜜䞭における架空理論」ずしお構築し、その「壮倧な倢ロマン」を楜しんで描いおいるのである。

    したがっお、この䜜品を楜しめる読者ずいうのは、

    よくできた「壮倧な嘘」が、奜きな人少々冷笑的でもある批評的な人

    あるいは、

    よくできた「壮倧な嘘」を、真に受けおしたえる人真面目だが、思い蟌みの激しい人

    ずいうこずになるだろう。

    ぀たり、は、「創䞖神話的に壮倧なスケヌルのSF倧ボラ話」が奜きな人であり、は、「宗教」にハマっおしたい、その「神話的な教矩」を本気で信じおしたうような人だず、そんなふうに区別するこずができるだろう。
    同じ䜜品を熱心に支持する人の䞭にも、ある意味では「真逆」なタむプがいる、ずいうこずだ無論、珟実には、䞡者の性質の混じり合っおいる人の方が倚いだろうが。

    そしお、では、私自身はどうなのかずいうず、たず「創䞖神話的に壮倧なSF倧ボラ話」ずいうのは、私の奜みではない。
    結局のずころ、私の興味の察象は「人間」であり、「人間が䜜る瀟䌚」「人間が生たれた宇宙」であっお、「瀟䌚」や「宇宙」そのものには、あたり興味がないのだ。

    䟋えば、私が「瀟䌚孊」や「物理孊」の本を読んで、その理論を孊んだずしおも、それは、それそのものが「面癜い」からではなく、それを「梃子道具」ずしお、より深く「人間」を理解したいだけ、なのではないかず思う。
    同様『儒孊、五行説、仏教、ヒンドゥヌ神話、日本神話、科孊』などに察する興味も、むしろ人䞀倍ある方だず思うのだが、しかし、それら「そのもの」に興味があるのではなく、それらを知るこずによっお、それらを生み出しおきた「人間」ずいうものを、より深く理解できるからこそ、それらは、私にずっお「面癜い」のだ。

    だから、私は「宗教」や「神話」の類を信じないし、「思想」「哲孊」あるいは「科孊」ずいったものは、「人間のための道具」であっお、それそのものをありがたがるような奎は「オタク」だず謗ったりもするのである。

    したがっお、こんな私だからこそ、「壮倧な架空䞖界芳」をでっち䞊げお、それを楜しむような本䜜が、楜しめなかったのであろう。
    本䜜の「登堎人物」たちは、あくたでも、そうした「壮倧な架空䞖界芳」を、物語の䞭で玹介し、説明するための「駒」であっお、「深み」を持った、味わい深い「人間それ自䜓が宇宙ずしおの人間」ではない。そのようには描かれおいないし、初めから、その気もなかったような、薄い描かれ方なのである。

    䟋えば、䞻人公の䞀人である孔子だが、これがもうぜんぜん「偉倧な人」には芋えない。
    倫理的で理想的な思想を持ち、珟実に劥協するこずなく、自分の信ずるずころを求めお、圷埚い生きたこの偉倧な思想家が、本䜜においおは「珟実を芋るこずができず、倢ばかり远っおいる、頌りない理想䞻矩者のおじさん」にしか芋えない。
    匟子たちや、圹人たちが、圌を「先生」ず呌んで、䞋にも眮かない態床をずっおいるから、尊敬されおいる人だずはわかるのだが、読者である私からは、䜜䞭の孔子は、少しも「魅力的に偉倧な人物」には芋えないのである。

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    孔子ず顔回

    私が物語䜜品に期埅するものずは、もちろん「ナニヌクな䞖界芳」ずいうこずもあるけれども、やはり、その䞭を生き抜く「魅力ある人間像」なのだ。

    「ナニヌクな䞖界芳」ずいうのは、たしかにひず぀の魅力だ。けれどもそれは、たず「魅力的な人間」が描かれた䞊での話であり、それを前提ずしお、その䞊に「ナニヌクな䞖界芳」があれば尚良い、ずいうこずでしかない。私の堎合、「魅力的な人間」の存圚無くしお、「ナニヌクな䞖界芳」だけを楜しむために、マンガや小説を楜しもうずは思えないのである。
    「ナニヌクな䞖界芳」に接したいのであれば、そうした「フィクション」の䞭にではなく、「ノンフィクション」である「専門曞」を読み、そこで、驚くべき「裏付けのある事実」䟋えば「量子力孊的䞖界像」などを知りたい。私は、そんな人間䞻矩的な「リアリスト」なのだ。

    そのように考えるず、本䜜『孔子暗黒䌝』を楜しめる読者ずいうのは、䟋えば、オカルト雑誌『ムヌ』に茉っおいる「トンデモ䞖界芳トンデモ理論」が、楜しめる読者なのではないだろうか。
    それを信じはしなくおも、「壮倧なホラ話」ずしお楜しめる読者ず、オりム真理教の信者や䞭沢新䞀の厇拝的読者みたいに「トンデモ䞖界芳トンデモ理論」を真に受けお、本気で、この「人間䞖界」の倖ぞ出たがっおしたうような読者。

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    だが、私は、そのどちらでもない。
    『ムヌ』で扱われるような、UFOだずか幜霊だずかネッシヌだずか地球空掞説だずナダダ神秘䞻矩だずかチベット密教だずか陰陜道だずかいったものは、ぜんぶ「奜きは奜き」なのだが、しかしそれは「ロマン」ずしお奜きなだけで、信じおなどいないし、実圚する可胜性がいくらかあったずしおも、その可胜性を探りたい、などずいうほどの、興味はない。

    ただ「倢のある嚯楜」ずしお楜しむだけだから、『ムヌ』の蚘事など読む気はさらさらなく、むしろ「こんな雑誌を䜜っおいる人っお、どんなこずを考えおいるんだろう」ず、「人間」の方に興味が向かった結果、『ムヌ』線集長の曞いた本を読んで、そのレビュヌを曞いたりもしたのである。

    ぀たり、私の興味の察象は、培頭培尟「人間」なのだだからこそ、「宗教」批刀者にもなったのであろう。

    したがっお、そんな私に、『孔子暗黒䌝』が、たったく「合わなかった」のは、䜜者の諞星倧二郎の堎合、どちらかず蚀えば、「人間よりも、䞖界セカむの方に興味があるタむプ」だったからだず、そう蚀っおも良いのではないだろうか。

    だから、その意味では、私にも面癜かった『倢のあもくん』も、「人間」を描いおいるのではなく、「ホラヌずは䜕か」「フィクションずは䜕か」を描いた䜜品であっお、「人間にずっお、ホラヌずは䜕か」ずか「人間にずっお、フィクションずは䜕か」ずいったこずを描いた䜜品ではなかったのだず思う。

    たしかに私は『倢のあもくん』を楜しみはしたけれども、それは、諞星倧二郎の「興味」ず「重なった」ず蚀うより、それは、「亀錯した」郚分だった、ずいうこずではないだろうか。

    そうした意味で、諞星倧二郎ずいう䜜家は、「人間」に察しお「ドラむな感性」を持った人なのではないか。蚀い換えれば、「人間」そのものには興味がなく、「人間」を「䞖界の䞀郚」ずしお芋おおり、「䞖界の䞭の人間」ずいう感じで芋おいるのではないかその意味では、私の方は「批刀的人間䞭心䞻矩」だず蚀えるかもしれない。

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    ゚ドワヌド・ゎヌリヌのTシャツを着おいる諞星倧二郎。人間ぞの冷めた距離感に共通性が感じられる

    私が諞星倧二郎の䜜品に、い぀もどこかで感じおいる「違和感」なり「物足りなさ」ずは、たぶん、圌の「人間に察するこだわりの薄さ」でありその「䜎䜓枩性」なのではないかず思う。

    だからこそ、「異圢なる䞖界」を描くには熱くずも、「人間」に぀いお描くずきは、どこか「距離をおいた批評性ずしおのナヌモア」が、前面に出おくるのではないだろうか。

    諞星倧二郎は、たぶん「人間そのもの」や「人間の内面性」になど、さほど興味がないのである。


    2023幎2月5日

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