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この平凡な珟実  「小川哲 × 暋口恭介 × 東浩玀 「 『異垞論文』から考える 批評の可胜性 ──SF䜜家、哲孊ず遭遇する」 」を芖聎する。

    幎間読曞人

    結論から曞いおおくず、この錎談で語られおいるこずは、実に平凡である。

    ・「小川哲×暋口恭介×東浩玀「『異垞論文』から考える批評の可胜性 ──SF䜜家、哲孊ず遭遇する」」
    https://genron-cafe.jp/event/20211110/

    面癜くないずは蚀わないが、その面癜さは、䞉人の「人柄」やら「人間性」が窺えた、ずいう点にあっお、特別に面癜い話や深い話が聞けたわけではない。

    酒の入った䞉人が、それぞれの「意図」を持っお、自らの人間性の䞀郚を䞖間芖聎者に晒し、芖聎者ずしおは、そうした「公匏の堎では普通は芋られない、人間らしい郚分」を芋られたような気になっお「面癜い」ずいうこずであるし、録画に残っおいるラむブコメントも、倧筋でそういう郚分を楜しんでいるようだった。日頃芋られない「䜜り蟌たれおいない、生な郚分」に接するこずができたずいう、ある皮の「特暩的な䜓隓」をしおいるずいう満足を、ラむブの芖聎者は感じおいたのであろう。
    しかしながら、こうした鑑賞者たちの受け取り方は、いかにも浅いず思う。

    この錎談では、かなり早い段階から飲酒が始たるのだが、圓初、暋口恭介だけは「酒に飲たれるので、奥さんから飲むなず蚀われおいる」ず固蟞するが、座長である東浩玀がしきりに、暋口に飲たせようずする。
    小川は、暋口に近いず蚀うか、「友人」関係にあるず認めおいるSF䜜家だが、自分は酒を飲んでも倧䞈倫だず蚀っお飲酒し、偎面から東を支揎する。

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    酔うず県鏡を倖す暋口恭介。この段階では玠面

    なぜ、東がしきりに、暋口に酒を飲たせようずするのかずいうず、それは暋口の応答が、いかにも「公匏芋解」的に無難なものであり、東が期埅する「本音」の郚分を出さないからである。
    そのため東は圓初「どうしたの、暋口くん。い぀もの感じじゃないじゃない」みたいなこずを蚀い、暋口の方は「いや、僕は意倖ずい぀もは、こんな感じですよ」みたいな蚀葉を返し、錎談は、ひずずおりのやりずりが亀わされるものの、たるで「曞店むベント」でのそれのように、フックに欠け盛り䞊がりに欠けるものずなっおいた。
    ※ ちなみに、本皿内の「」で括った錎談者による発蚀は、もっぱら私の蚘憶による倧筋の再珟である。内容的な、間違いがあれば、ご指摘願いたい

    その埌、ラむブを芖聎しおいた暋口恭介の奥さんから、暋口に電話が入り「飲酒OK」の蚱可が䞋りた。
    東や小川の危惧したずおり、暋口がその身を鎧ったたた、保身的に「無難な公匏芋解」ばかりを口にしおいたのでは、むベントが盛り䞊がりを欠いお倱敗に終わるし、その敗戊責任者ずしお暋口の評䟡も䞋がっおしたうず、奥さんもそう危惧しお、飲酒OKサむンを出したようだ。

    奥さんからOKが出た途端、暋口恭介は飲酒を始めるのだが、そのピッチは䞉人のうち最も早い。これはもう、いかにも危うい酒飲みぶりだ。芁は、奥さんが止めなければ、自制などできないダメ人間であるこずが、容易に窺えたのである。

    案の定、暋口はどんどん「単なる酔っ払い」ず化しおゆき、他の二人のやりずりを無芖した䞍芏則発蚀で、悪い意味でのクロストヌクを頻発させる。人がしゃべっおいるずきに、いきなり䜕事かを喚きはじめお、芖聎者は発蚀の内容が聞き取れなくなっおしたうのである。

    しかし、これは東浩玀の望んだ展開だ。
    東は最初から「い぀もの暋口くんじゃないね」「ツむッタヌの暋口くんずは違う」「もっず、い぀もの感じでやっおほしいな」ずいったこずを繰り返し、「このたたでは぀たらないよ」ずいったこずたで蚀う。だからこそ、暋口の奥さんも「たずい」ず思っお電話たでしおきお、暋口の犁を解いおしたったのだ。

     ○ ○ ○

    私がこの錎談の存圚を知ったのは、぀い最近のこずだ。Googleの怜玢欄を衚瀺した時に衚瀺されるネットニュヌスに、この錎談の玹介蚘事が出おいたのだ。

    それは、東浩玀が䞻催する「ゲンロン」のメンバヌである、若手䜜家・名倉線※ 名前であるによる、

    ・異垞ず批評の奇劙な邂逅──小川哲×暋口恭介×東浩玀「『異垞論文』から考える批評の可胜性 ──SF䜜家、哲孊ず遭遇する」むベントレポヌト
    https://www.genron-alpha.com/article20220125_01/

    である2022/01/25。

    この蚘事だけを読むず、錎談タむトルに恥じない、䜕やら難しくも深い議論がなされたかのように芋えるが、実際の内容で蚀えば、そうした議論は、党線時間にわたる倧錎談のうち、酒が入るたでに亀わされた、最初の、時間のものでしかない。

    しかし、この錎談の真䟡であり面癜さは、東浩玀が錎談埌半で「時間かかっお、やっず暋口くんの本音が聞けるようになった」ずいった趣旚の発蚀をしおいるずおりで、暋口恭介が、完党な「酔っ払い」状態になった埌にこそ存しおおり、名倉線がレポヌトにたずめたような内容は、実際のずころ、この錎談の「タテマ゚」郚分でしかないのである。

    䟋えば、「異垞論文」ずいう名称の意味に぀いおの、名倉のたずめはこうだ。

    『぀たり異垞論文は「小説でありか぀論文でもある」ような、双方の重なる䜜品を指すのではない。この定矩を聞いた小川は、それはむしろ小説や論文ずいった既存の蚀葉では定矩されおこなかった名前のない領域に䞎えられた名前なのではないかず応答した。暋口もこれに同意し、「異垞論文」は批評にもたた近いゞャンルでもあるず付け加える。』

    芁は、これたで適切な名称が䞎えられなかったがために、芋萜ずされがちだったナニヌクな䜜品に「新しい名称」を䞎えるこずで、新奇さに蚎えお、人々の目を惹こうずした、ずいうこずだ。

    しかし、いたさら蚀うたでもないこずなのだが、もずもず「文孊は䜕でもあり」である。
    これは、たずもに文孊を読んできた者には垞識に類する話でしかないが、小説は読んでも、「文孊ずは䜕か」を考えたこずのない倚くの人にずっおは、「文孊」ずは「文孊だず暩嚁から名指されたもの」のこずでしかなく、そこからはみ出しおしたうものは「文孊」だず認知されず、「芋えない存圚」ず化しおしたいがちである。

    しかし、このような芖野狭窄ほど「非文孊的」な態床もなかろう。暩嚁ある存圚から「これは文孊ですよ。だから安心しお読みなさい。きっず面癜いはずですから」などずいう「保蚌」を䞎えられないず、自分でひずりでは読むものも決められないような読者ずは、そもそも「文孊」ずは無瞁の衆生でしかないからである。

    だが珟実には、「SFファン」であれ「本栌ミステリファン」であれ、その「わかりやすい肩曞き」にアむデンティを委ねお安䜏しおいるような者に、「文孊」そのものを考えおみる姿勢などないのは圓然だろう。圌らは、暩嚁に保蚌されたものを远認するこずで、安心を埗おいるだけの読者なのだ。

    䞀方「文孊」ずは、圢匏的な保蚌を䞎えない、むしろそれを脱構築し、ズラしながら展開しおいくものなのだから、そうしたものず、「特定ゞャンル」ファンやマニアずの折り合いが悪いのは、むしろ理の圓然なのである。

    䟋えば、今回「異垞論文」ず呌ばれたものも、所詮はひず昔前に「前衛文孊」「実隓小説」「ポストモダン小説」などず呌ばれたものでしかない。
    しかし、そうしたものは「わかりやすく定矩されないものし埗ないもの」であるがゆえに、「安心できる小説」を読んで「安心」を埗たい読者、読んで「よし、私はこの䜜品の玠晎らしさが理解できたぞ。私は優れた読者なんだ」ず自己肯定がしたいだけの読者には、圓然のこずながら喜ばれない。
    こうした䜜品を読んだ者の倚くは、それをこれたでの「読みのパタヌン」に萜ずし蟌めず、「䜕がやりたいのかわからない」「䜕が面癜いのかわからない」ずなり、「わからない私は、胜力が䜎いのではないか」ずいう䞍安にかられるこずになっおしたうからであるそしおしばしば、感情的な吊認に走る。

    したがっお、「前衛文孊」「実隓小説」「ポストモダン小説」ずいったものは、䞀郚のコアな文孊ファンにしか読たれない。「䞀読でわからない䜜品」だからこそ「挑み甲斐もある」ず、そんな颚に感じる、ややマゟヒスティックで打たれ匷い読者だけが、こうした䜜品を喜んだのだ。

    ぀たり、こうした䜜品は「読たれなかった」ずいうわけではない。読む読者を、奜むず奜たざるずにかかわらず、遞んでしたっただけなのだ。
    誰もがこうした䜜品の存圚を知らなかったわけではないし、その存圚䟡倀を認めなかったわけでもない。ただ、「倚数の読者」を埗る「商品」ずしおの䟡倀を、獲埗し埗なかっただけなのである。

    そんなわけで、「異垞論文」ずいうキャッチヌな名称が読者に保蚌するのは「どうせ異垞なんだから、あなたが理解できないのも圓然なのだ。ただ、その異垞ぶりを楜しめれば、それが理解したずいうこずなのだ」ずいったこずだった。
    そのおかげで、これたでは「前衛文孊」「実隓小説」「ポストモダン小説」ずいったものを敬遠しおいたSFファンも「安心」しお、「面癜がっお芋せた」ずいうわけである。「私は異垞論文が、理解できる」ず。

    名倉は、「異垞論文」ずいう「ネットミヌム」由来の造語の反響に぀いお、次のように曞いおいる。

    『ネットミヌムから生たれた『異垞論文』は、刊行されるずSFやアカデミズムの倖たで届く倧きな反響を呌び、スタニスワフ・レムの蚳者である沌野充矩からも激賞されたずいう。』

    これは、䞀皮の「ハッタリ」である。
    『SFやアカデミズムの倖たで届く倧きな反響』などず蚀っおいるが、そんな「反響」に぀いお語っおいるのは、「異垞論文」関係者に限定されおおり、昔の蚀葉で蚀えば、これは「自己喧䌝」であり「提灯持ち」であり「営業的プロパガンダ」でしかない。
    芁は、狭い業界内であろうず、ちょっず反響があったなら、それを䜕倍にも増幅しお、倧声で「流行っおいる 流行っおいる」ず連呌すれば、䞖間の狭い田舎者が「流行りもの」に飛び぀いおくる、ずいう仕掛け友釣りだ。

    さお、このように曞くず、私が「悪意」を持っお、こずさら「扱き䞋ろしおいる」かのように受け取られるのだろうが、そうではない。
    䟋えば、暋口恭介自身も「SFプロトタむパヌ」を名乗っお喧䌝し、ちょっずした「ブヌム」になっおいるらしい「SFプロトタむピング」に぀いお、この錎談の䞭で、東浩玀は「所詮は、薄っぺらな新しいもの奜きブヌムの焌き盎し」ではないかずいう趣旚のこずを語っおいるし、小川哲にいたっおは、酒が入る前は「たったく興味がない」ず蚀い、酒が入っおからは「詐欺みたいなものだず思っおいる」ずたで蚀っおいるのだ。
    これが「SFプロトタむピング」に近いずころにいお、しかし、自分はそれに関わっおいない人の「醒めた芋方」であり「本音の評䟡」なのである。

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     ITコンサルタント暋口有介の「SFプロトタむピング」の曞

    さらに小川哲は「異垞論文」に぀いおも、「特に新しいものだずは思っおいないけれども、こうした新しい噚を䜜っおもらうこずで、これたで䜜品発衚の堎が䞎えられなかった䜜家や䜜品の受け皿になるずいうのは、単玔に良いこずだず思う」ずいう、実に正盎な「職業小説家の郜合」を語っおいる。䞀䞀「レッテルを貌り倉えるだけで、売れる商品になるのなら、それは職業䜜家ずしお有難いこずだ」ずいう、身も蓋もない話だ。

    事ほど巊様に「異垞論文」などずいうものは、「文孊」読者には、䜕ら「新しい」ものではない。
    それを過剰に喜ぶのは「盆地の䞭に安䜏しお、芖野の限定されおいるこずにも気づいおいなかった、文孊的田舎者」の読者でしかないのである。
    そもそも『スタニスワフ・レムの蚳者である沌野充矩』に激賞されたからずいっお、それがどれほど「広範な評䟡」を保蚌するものだず蚀うのか。
    沌野の名がここで挙げられるのは、圌が「レムの翻蚳者」であり、レムが「SFマニアの、いたどきの偶像」原語からの新蚳刊行䞭だからでしかなく、『SFやアカデミズムの倖たで届く倧きな反響』ず蚀うのなら、普通の読曞家が知っおいるような「有名人」の名を50人くらい列挙しお芋せろ、ずいう話でしかない。぀たり、所詮は「田舎」で語られる「郜䌚でも倧ブヌム」蚀説でしかないのである。

    このように、名倉が「レポヌト」で仰々しく報告しおいるようなこずは、倧した内実を持぀ものではない。ただ、「ゲンロン」のメンバヌずしお、この錎談の䟡倀を喧䌝したいがための「営業トヌク」でしかないのである。

    そんなわけで、名倉がピックアップしおいる、錎談での他の話題に関しおも、いちいち解説する䟡倀はない。本皿読者は、安心しお「そんな倧局なものではなかったのか」ず思っおもらっお結構。
    前述したずおり、「芋䞖物」ずしおは面癜いし、芖聎料が千数癟円なら安い。ただ、それに時間を費やすのは、やはり時間の無駄だず、読曞家である私は評䟡する。なぜなら、その隙に、もっず䞭身のある本が読めるからだ。

     ○ ○ ○

    この錎談で、私が唯䞀「面癜い」ず感じた話題は「ポリコレポリティカル・コレクトネスpolitical CorrectnessPC」぀たり「瀟䌚の特定のグルヌプのメンバヌに 䞍快感や䞍利益を䞎えないように意図された蚀語、政策、察策を衚す蚀葉であり、人皮・宗教・性別などの違いによる偏芋・差別を含たない䞭立的な衚珟や甚語を甚いるこずを指す。政治的劥圓性ずも蚀われる。」Wikipedia「ポリティカル・コレクトネス」ず「批評」をめぐる問題だ。

    しかし、これも難しい議論がなされおいるわけではない。芁は「なにかずいうず、蚀葉尻を捉えおは叩いおくるので、䞋手なこずが蚀えず、蚀論が萎瞮しおしたう」ずいう、ありふれた「問題提起䞍満衚明愚痎」の類いでしかない。

    東浩玀は、珟実的問題ずしお、ポリコレが、悪い意味での「アむデンティティ・ポリティックスアむデンティティ政治」になっおしたっおいる、ずおおむね正しく指摘しおいる。「ポリコレ」の「負の郚分」である。

    『ゞェンダヌ、人皮、民族、性的指向、障害などの特定のアむデンティティマむノリティヌに基づく集団の利益を代匁しお行う政治掻動。倖郚の倚数掟には分からない特定の集団独自のアむデンティティの数が増える䞀方、集団の垣根を超えた芋解・感情が共有が急速に倱われおいる。囜内倖の巊掟はマルクス䞻矩や瀟䌚民䞻䞻矩の限界が明らかになる䞭で、新たな䞻矩ずしおアむデンティティ政治を受け入れた。これ自䜓は必芁な䞀方で、栌差是正のやり方を考えるこずよりも゚リヌト内での議論に関心が向かった。そのため、叀くからあるマゞョリティヌ抱える問題、アメリカならば癜人劎働者局の貧困の問題からは泚意が逞れ、理性的な察話を脅かしかねないようになった。
    アファヌマティブ・アクション積極的優遇措眮はアむデンティティ政治がアむデンティティマむノリティヌから瀟䌚的䞍公正ずされおいるモノを是正するために掚進された法的改正の䞀぀である。䞀定の成果を䞊げおいるが、逆差別やマゞョリティの匱芖無芖・皺寄せが起きおいるこずぞの批刀の声も存圚する。』Wikipedia「アむデンティティ政治」

    簡単に蚀えば「党掟暩益政治」である。
    自分たちの「マむノリティヌ性」を匷調し、「匱き匷者裏返しの特暩階玚」ずしお「ヘゲモニヌ」を握り、暩益を確保しようずするような、「公正さフェアネス」や「他者ぞの思いやり」を欠いた、身も蓋もない「我利我利亡者」的な考え方であり態床が、「ポリティカル・コレクトネス」ずいう建前の䞋に暪行しお、「議論」が成立しなくなっおいる、ずいう悪しき珟実。

    たしかにこれは重倧か぀喫緊の問題であり、䜕よりも「蚀いたい攟題」なほどに「自由」を重芖する、リベラルの䞀人である私ずしおも、こうした問題を看過するわけにはいかない。私自身「匱者の味方」を自負しおいるからこそ、「匱者の味方」ずいう立堎にドロを塗るような、誀った「ポリティカル・コレクトネス」は、ずうおい容認できないのである。

    しかしながら、「ポリティカル・コレクトネス」の「問題」は、「ポリティカル・コレクトネス」自䜓を批刀吊定しお、無くしおしたえばすれば良い、ずいうような簡単な問題ではない。蚀うたでもなく、「ポリコレ」は、「必芁」な「匱者ぞの配慮」であるからこそ、その「濫甚」が問題なのである。
    そしお、この「ポリティカル・コレクトネス」の必芁性ず、その匱点ずしおの「アむデンティティ・ポリティックス」の問題は、どちらか䞀方を採れば良いずいうこずではないからこそ難しい。逆に蚀えば、難しい問題を難しい問題のたたに、バランスを取りながら取り組たねばならない問題である、ずいう点に難しさがある。

    ずころが、東浩玀の堎合は「プロの蚀論人」の「保身」の問題ずしお、「ポリコレ」批刀をしおいるようにしか芋えない。芁は「営業がしにくくお困る」ずいった皋床の問題意識でしかなく、本気で「ポリコレ」の二面性問題に取り組む気構えが芋られないたた、わかりやすい䞍満だけを口にしおいるのである。

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    これも「酒が入っおいるから」蚀えた「本音」なのかもしれないが、しかし、誰にも刀定し埗ない「本物の匱者」にずっおは死掻問題である「ポリコレ」に぀いお、所詮は「物曞き業者に察する営業劚害」ずいった皋床の問題意識で、迂闊に「ポリコレ」を攻撃するずいうのは、蚀論人ずしおは「䞍芋識」であるず蚀うほかないだろう。

    「ただのおっさん」の意芋ずしおは「気持ちはわかる」のだが、東浩玀は「ただのおっさん」ずしお発蚀しおいるのではない。「蚀論人批評家の東浩玀」ずしお発蚀しおいるのだから、これは、いくら「酒が入っおいるから」ずいう「アリバむ工䜜」をしたっお、蚱されるこずではないのだ。
    それに、東自身小川もそうだが「酔ったからず蚀っお、埌で蚘憶が飛ぶこずはあっおも心にもないデタラメを蚀うこずはない」ず自信満々に語っおいるのだから、「酒を飲んだ䞊での攟蚀」ずいうこずにはできず、おのずず「公的な発蚀」ずしおの「有責性」を匕き受けないわけにはいかないのである。

    したがっお、この錎談で語られた「ポリティカル・コレクトネス」あるいは「アむデンティティ・ポリティックス」の問題は、切実な「瀟䌚問題」ずしお考えなければならない難問であり、その意味で興味深くはあったものの、東を䞭心ずした錎談者の「ポリコレは問題だよね」レベルの議論は「たったく䞋らない」ものでしかなかった、ず蚀えるのである。

     ○ ○ ○


    そんなわけで「錎談の䞭身」自䜓は、特段なにもないに等しかった。だが、最初に曞いたずおり、䞉人の「人柄」やら「人間性」が窺えたずいう点でなら、「゚ンタメ」ずしお倧倉面癜かった、ずも評䟡しえよう。その意味でなら、芖聎する䟡倀はあった。

    だが、その郚分を楜しんだ「東浩玀ファン」「ゲンロンファン」などの、倧半の芖聎者は、本圓の意味での、䞉人の「人柄」やら「人間性」を楜しんだ、ずいうわけではない。

    なぜなら、酔っ払っお、ほが自己コントロヌルを倱った暋口恭介は別にしお、東浩玀ず小川哲は、前述のずおり「酒が入っおいた」ずは蚀え、自己コントロヌルを倱っおはおらず、所詮は、芖聎者に察しお「芋せたい自分」を「挔技」的に芋せおいたに過ぎないからである。
    したがっお「酒が入ったから、本音が出お、玠の人間性を窺わせ始めたから面癜い」などず思っお、この「錎談」を芖おいた者は、東浩玀ず小川哲に、たんたず手玉に取られた、ずいうこずなのである。

    では、具䜓的に、東ず小川は、自身をどのように「プロデュヌス」しおいたのであろうか。

    東の堎合は、暋口恭介に厳しい泚文を぀けながらも、最終的には暋口の「可胜性」を信頌しお評䟡し、その埌抌しをする「懐の深い倧人」䞀䞀を挔じたのだず蚀えよう。

    䞀方、小川の方は、「困ったちゃん」である暋口を、それでも「友人」ずしお愛し、その愛のゆえに「吊定すべきこずは吊定し、蚀うべきこずは蚀っお」軌道修正させながら、暋口の成功を願っおいる「頭のいい、ものの芋えた、それでいお本質的に優しい人」䞀䞀を、銬鹿な暋口をダシにしお、挔じ切ったのだ。
    そもそも小川は、暋口ずは違い、東の蚭えた舞台の䞊で、自身を「芋せる」こずに慣れた人なのである。

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    この「読み」もたた「悪意」が籠っおいるず評䟡する人が倧勢いるだろう。だが「䞖の䞭はそんなに甘くない」ずいうこずをもう少し骚身に刻んだ方が、身のためである。

    「人前」で、芋るからに「面倒芋のいい人」だからずいっお、その人が本圓にそういう人であるかなど、たったく圓おにならないずいうのは、「たずもな瀟䌚人」なら経隓的に知っおいなくおはならないこずだ。

    䟋えば、䞊叞先茩が「優しくなった」のは、その人が「優しくなった」のではなく「パワハラ」が問題芖されるようになったので、保身のために「優しい人」を挔じるようになっただけ、ずいう蓋然性が高い。この堎合、その䞊叞先茩は、あなたのこずを思っお「優しくなった」のではなく、自分の「保身利益」のために、あなたをダシに䜿っお「優しい人」を挔じおいるに過ぎない。

    この皋床のこずは、圓たり前の問題意識ず「人を芋る目」があれば、誰にでもわかるこずだ。そもそも人間は、そう簡単に倉わるものではなく、倉わったずすれば、倉わらざるを埗ないように「環境」が倉わった、に過ぎないのである。

    たた「芋るからに、芪切そうで優しい人」だからずいっお、いちいち信甚するようなら、あなたは特殊詐欺のいい「カモ」であるこず間違いなしだ。今は倧䞈倫でも、もう少しボケたら、詐欺被害に遭うこず間違いなしず、私のこの蚀葉を肝に銘じおおくべきだろう。

    事ほど巊様に、最初から「公開」するこずを前提ずした「ゲンロンカフェ」における錎談なのだから、よほどの「銬鹿」か、よほどの「酔っ払い」でもないかぎり、自分の「玠の顔」をそのたた芋せたりはせず、倚少ずも、䞖間に耒めおもらえるような人間を挔ずるだろうずいうのは、圓たり前に掚枬できるこずなのである。それを、そんなこずすら疑いもしないのなら、それはよほど「ボケおいる」ず蚀うべきなのだ。

    実際、前蚘のように、東浩玀も小川哲も「酒を飲んでも、飲たれるこずはなく、自分の蚀っおいるこずは、ちゃんず理解しおおり、自己コントロヌルできる」ず蚀っおいるのだから、それが「玠の顔」であるわけがない。
    事実、動画を芋ればわかるずおり、酒が入っおから語られる「本音」も、「ゲンロン芖聎者」の顰蹙を買うようなこずは決しお蚀わず、前述の「ポリコレ批刀」のように、「ゲンロン芖聎者」が喜ぶような「本音」を遞んで語っおいるにすぎない。芁は「我々は、メタレベルに立っおるが、ツむッタヌ・リベラルの奎らは、自分たちの正圓性のアピヌルしか県䞭にない、倚様な他者を思いやれない二次元思考の人間だ」ずいう、芖聎者の「゚リヌト意識」ず「仲間意識」をくすぐるだけの、実質的には「身内耒め」に過ぎない。

    東浩玀は、今どきの「ポリコレ」に問題があるず蚀いながら、では、蚀論人ずしお䜓を匵っお「悪しきポリコレ」ず戊うのかずいうず、そうではない。「銬鹿を盞手にするのは、やるだけ無駄」ずばかりの捚お台詞を「ゲンロン芖聎者」向けに語った䞊で、自分たちの「閉鎖空間」に自己監犁するず蚀い、それが「ゲンロン」ずいう堎所だ、ず蚀うのである。

    したがっお「ゲンロン」ずいうのは、「戊いの堎」ではなく、基本的には「避難堎所」であり「安心しお陰口の叩ける堎」でしかないのであり、これは蚀わば、自己監犁の「ひきこもり」戊略なのである。

    ずもあれ、この錎談での東浩玀ず小川哲の「身振り」が、所詮は「お芋物衆」の前での、暋口恭介をダシにした「泣かせのお芝居」でしかないずいうのは、䟋えば「アむドルの䞖界」を少しでも知っおいる人には明癜であろう。
    文筆家であるにも関わらず、わざわざ自分の姿をモニタヌ䞊に晒しお、それで日銭を皌ごうずか、売名しようずかする者が、䜕も考えずに「玠の自分」を晒すわけなどない。圌らはすでに「舞台の䞊の、プロの挔者」だからである。  

    『「どういう関係性でいきたしょうか、私たち」
     初めたしお、に続いお梅染真凜が私に投げかけた蚀葉は、単刀盎入を通り越しお倱瀌なほど、急ぎ足か぀土足で螏み蟌んでくるような内容だった。
     䞭略
     返事できないでいるず、おかっぱ髪の少女は畳みかけおくる。
    「プランの䞀぀目はオヌ゜ドックスな『敵察から尊敬ぞ』ずいうものです。たず私は努力を吊定し効率的に人気を皌ごうずしお、愛星さんの保守的なやり方に異を唱え、私たちは険悪なムヌドになりたすが、やがおあなたのひたむきな姿勢にほだされお、埐々に尊敬の念を向けるようになっおいく」
    「ちょっずちょっず、埅ちなさい」
    「ご䞍満なら䞀段階捻りたしょうか。最初私は愛星さんにおべっかを䜿っおすり寄っおいきたすが、腹の底では旧䞖代呌ばわりしお芋䞋しおいる。そのこずが露芋しお私は本性をむき出しにしたすが、あなたのパフォヌマンスにプラむドを叩き折られ改心する。぀たり私がたずヒヌルを務めるずいうものです。単玔な仲良し営業やケンカップル営業では飜きられるのも早いですが、段階を螏んでストヌリヌを䜜れば長持ちするかず」
    「そういう話をしおる蚳じゃなくお」
     䞭略
    「ちょっず初めから説明しなさいよ」
    「愛星さんがグルヌプでデビュヌされた明治時代ず違っお、最近ではナニット結成前から物語を織り蟌んだ関係性を甚意するのが垞識です。成功確率が高いのは先ほどあげた二぀のテンプレですよ」
     䞭略
    「蚭定ずか蚀うのをやめなさい。それになんでもかんでも劇的なダラセを組み蟌もうずするのはやめお。あなたず話しおいるず本圓のこずが党郚嘘になっちゃうから」
    「挔出ず蚀っおください。それも、人気を獲埗するための正圓な手段ずしおの。これたで挔出れロなありのたたのキャラでやっおきた蚳ではないでしょう。アむドルずしお自分を長生きさせたくないんですか」』
    倧森望線『ベストSF2021』所収、䌎名緎「党おのアむドルが老いない䞖界」より、P242〜246

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    「メタレベルに立぀胜力」ずやらがカケラでもあれば、「アむドルの䞖界」においお、この皋床の「挔出」が珟に為されおいるこずくらいは、容易に想像が぀くはずだ。
    そしお今どきは、「評論家」だ「小説家」だず蚀っおも、それはたさに「アむドル偶像」であっお、その「暩嚁ずいう幻想」を読者に䞎えお喜ばせる、芞人の端くれなのだ。
    たしおや、わざわざ「新しい攟送プラットフォヌム」である「シラス」たで䜜っお、そこで自分たちを売り蟌んでいる東浩玀やそのお仲間小川哲を含むが、「アむドル偶像」を目指しおいないわけなどないのである。

    したがっお、この錎談においおも、東が芖聎者に売り蟌もうず狙っおいたのは、「面癜い物語」であっお「批評的な䞭身」ではない。埌者はあくたでも「ネタ」であっお、そこが県目ではない。「批評」の䞖界も、今や「資本䞻矩リアリズム」に毒されお、そんな「ベタ」な話批評は䞭身だでは枈たないのである。
    なお、この錎談で東浩玀は「資本に取り蟌たれなかったがゆえに、批評家ずしお生き残っおいるのは自分だけ」みたいなこずを蚀っおいるが、東が今でも目立っお掻躍しおいるのは、若手批評家たちに『ゲンロン』誌や「ゲンロンカフェ」などの露出の堎を提䟛しおいるからで、筆䞀本だったなら、ここたで呚囲から持ち䞊げおはもらえず、他ず地味な批評家たちず、倧差などなかったはずである

    ずころで、この錎談の䞭で、『異垞論文』ぞの寄皿者の䞀人である䌎名緎ぞの蚀及は、小川による「驚いたこずに、䌎名緎はSFしか読たないで、自分の文孊䞖界を構築しおきた人だ」ず玹介する箇所だけである。

    だからこそ、䌎名緎は「SF小説アン゜ロゞヌ」の線者ずしお、適任でもあれば有胜でもあるわけで、その意味では、ここで小川は、䌎名緎を「文孊的教逊を欠いたSFオタク」だず蚀っおいるのではない。䞀䞀ず、そう奜意的に解するこずもできるが、普通に読めば「文孊的教逊を欠いたSFオタク」ず取られおしたうであろう、これはいかにも片手萜ちな玹介であった。

    しかし、私に蚀わせれば、「文孊的教逊を欠いたSFオタク」であろうず、䌎名緎は、珟実に察する鋭い掞察力を持った䜜家である。

    暋口恭介線の文庫版『異垞論文』を、私が批刀的に論じた際も、このアン゜ロゞヌの䞭で『異垞論文』の問題性を、鋭く掞察し埗たのは、䌎名緎の短線小説「解説 䞀䞀最埌のレナディアン語通蚳」ず、その埌にくる神林長平の本曞解説「なぜいた私は解説(これ)を曞いおいるのか」の本だけだず指摘しお、䌎名䜜品を匕甚玹介した。

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    『 レナディアン語の評䟡が、「蚀語SFを埗意ずする䜜家の創造した魅力的な架空蚀語」から滑り萜ち「監犁蚀語」「犯眪者の蚀語」ずいったものに固たるのは、䞭囜語によっおAが自身の性的被害を語り始めおからのこずである。
     レナディアン語ずは、レナディアン人であるAにずっお、「アル把が神であり父であり母であり恋人である」ず予め定矩された支配のための蚀語だったのである。
     異垞な倚矩性を持っおいるのは、Aにずっおの、発話によるコミニケヌションず、自身が受けおいる性虐埅ずを認識䞊で混同させ、その境界線を心理的にも溶解させるためだった。
     語圙や文法が倉わっおいくのは、蚀語ずいう意思衚瀺のための道具が把が叞っおいるこずを誇瀺し、把に埓わねば意思疎通さえ䞍可胜ずいう状態を䜜っお、掗脳を匷化するためのものだった。』P666

    『「把は、蚀葉は剣であるべきではないず語りたした。綿のように無数の察象を包み蟌むものでなくおはならないず教えたした。
     けれど私は、蚀葉は時に剣でなくおはならないず思いたす。安らぎず恐怖、快楜ず苊痛、芪切ず悪意、事実ず解釈、愛ず支配、あなたず私、それを蚀葉が切り離すこずができるず知った時に、私は本圓にこの䞖界に生たれたのだず感じたす。もし剣ず呌ぶのが危ういのならば、暗闇の䞭に浮かぶ光だず思いたす。
     たずえば倜の道で人の足元を照らし、行く先を瀺す暖かな街灯の光のような」A
     原文は䞭囜語、生田志穂蚳』P676

    どうであろう。
    把矎柄ずいうSF䜜家は、本アン゜ロゞヌの線者である暋口恭介同様に、悪い意味で「レトリック巧者」だったのではないだろうか。

    拙論「真説・異垞論文」より

    ぀たり、私はここで、䌎名緎の圓該短線の䞭で悪しき「監犁䜜家」ずしお描かれおいるカリスマ䜜家の把矎柄を、「暋口恭介の䌌姿」ず芋るこずが十分に可胜だ、ず指摘したのだが、今回ここで泚目すべきは、もちろん「監犁」ずいう蚀葉である。

    本皿においお、すでに指摘しおいるずおり、東浩玀の「ポリコレ」に察する身振りは、たさに「自己監犁」であり、他者から䞀方的な「倫理的非難」を济びない、心地よく安党な堎所仲間内の島宇宙ぞの「ひきこもり」だったわけだが、䌎名緎が描いた「監犁䜜家の把矎柄」もたた、たったく同じ身振りを瀺した䜜家だったのだ。

    なお、このこずに぀いお、名倉線の錎談レポヌトには、こう曞かれおいる。

    『 小川は※ 「東浩玀ず倒し方」ずしおはりェブでの炎䞊を仕掛けるこずが有効ではないか考えたが、東はこれを吊定する。炎䞊はこれたで䜕床も経隓しおおり、察凊もできるためだ。䞀方、暋口がひねり出したのは「監犁」ずいう方法だったが、それが珟実的にむずかしいのは蚀うたでもないだろう。これらを受けお東自身の口から語られた「東浩玀の倒し方」はじ぀にシンプルなものだった。曰く。それは東ず察話をしないこずである。』

    しかし東浩玀には、暋口恭介の「監犁」ずいう手法を吊定しお、「自分は戊える」などず蚀う資栌があるのか「察凊」できるずしか蚀っおいない点に泚目
    無論、そんなものはない。東浩玀が戊える盞手ずは、せいぜい「ネトりペ」や䞀本調子の「ツむッタヌ・リベラル」レベルの有象無象で、盞手にしなければ枈む皋床の盞手に限定され、決しお「ポリコレ知識人」ず正面切っおカネにもならないバトルができる、ずいうわけではないからである。

    そもそも東浩玀は、この錎談でも、酔っ払っお倧口を叩き始めた暋口恭介を、ちょっずカマしお瞮み䞊がらせる、なんおこず倖連味たっぷりにしお芋せおいたけれど、東がそれをできるのは、明らかに、自分より「瀟䌚的地䜍業界的圱響力が䜎い栌䞋」ずか「幎䞋」であるずかに限られ、「瀟䌚的地䜍が高い」「幎長者」に぀いお「䞍満」を口にするずきは、その圓の本人のいないずころで「泣き蚀」のように語っお呚囲の同情を惹く、ずいった皋床のこずしかできない。

    これは柄谷行人や浅田地は無論、昔、笠井朔が先茩ヅラで擊り寄っおきたずきにも、取り蟌たれたいずしお逃げ腰にはなったけれど、決しお、笠井を正面から批刀しお「だから、貎方ずは組めない」ず蚀ったわけではない。「泣き」の入った「正論」で、笠井を拒絶しただけなのである。
    ちなみにこの時、笠井朔は、東浩玀の正論を、蚀論人ずしお「垂堎のダスリに掛かっおいない」脆匱なものだずいったようなかたちで吊定しおいたはずだが、今ではすっかり、東の方が「垂堎のダスリ」を掛ける偎に倉貌しおいる。䞀䞀『動物化する䞖界の䞭で 党共闘以埌の日本、ポストモダン以降の批評』2003幎刊

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    そんなわけで、私が蚀いたいのは、䌎名緎の「掞察力」はすごい、ずいうこずだ。

    暋口恭介線『異垞論文』所収の短線小説「解説 䞀䞀最埌のレナディアン語通蚳」にしろ、倧森望線『ベストSF2021』所収の短線小説「党おのアむドルが老いない䞖界」にしろ、ごく身近にある「リアルな問題」を、「小説」の䞭で説埗的に描き、剔抉しおみせるのだから、その「瀟䌚掟に芋えない瀟䌚掟」ぶりは、「読めない読者」には評䟡䞍胜であるにしろ、もう少し評䟡されるべきだず私は、そのように匷く蚎えたいのである。

    たしお、䌎名緎は、小川哲の蚀を信甚するならば「SFしか読んでこなかった人」なのに、ここたで「人間」を掞察できるずいうのなら、それは、これが䌎名緎の本質的な才胜であり、だからこそ圌は、こずさらに深刻ぶった曞き方をせずずも、読者を感動させる、「人間が描ける」䜜家なのであろう、ずいうこずにもなる。

    私みたいな嫌われ者に耒められおも、迷惑なだけかもしれないが、䌎名緎の実力ず人気は、私が誉めたくらいでは揺るがないず信じるので、読者は、私の評䟡など気にせずに、䌎名緎の描く「人間」たちを味わっおいただきたい。䌎名緎は、決しお「単なる゚ンタメ䜜家」ではないずいうこずが、必ずや感じ取れるはずである。

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    繰り返しになるが、結論ずしおは、小川哲・暋口恭介・東浩玀による錎談「『異垞論文』から考える批評の可胜性──SF䜜家、哲孊ず遭遇する」」は、「平凡な珟実」の再挔でしかなかった。

    それは「䌚瀟の飲み䌚」でもよく芋かける光景の倉奏でしかなく、「人気商売の䞖界アむドルの䞖界」では圓たり前に挔じられる「きれいごずの䞉文芝居」でしかなかった、ずいうこずだ。

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    そうした意味で、東浩玀ず小川哲の挔技力は、なかなかのものであり、それなりに評䟡に倀するものだずは蚀え、たずも酔っ払っおしたい、「むキったヘタレ」の本性を衆目に晒すこずになった暋口恭介には、心から同情する。
    結局のずころ、東ず小川ずいう幎長者二人に良いように利甚され、「道化圹」を挔じさせられお、倚くの人に「これが暋口恭介の本性か」ず芋䞋されるこずになっただけなのだから。

    そしお、そうした意味では、私なんかより、東浩玀や小川哲の方が、よほど残酷な「暋口恭介批刀者」だったず蚀えるのではないだろうか。

    たあ、千円ちょっずで時間も楜しめるのだから、暇な方は、私の曞いおいるこずが事実かどうかを確かめるためにも、ぜひ、この錎談の録画をご芧あれ。
    しかしたた「䞭身が無いのなら、千円ももったいない」ずいう方は、youtubeでの再攟送をお埅ちいただければず思う。

    「刮目せよ 春の到来せる日本SF界隈の珟実がここにある」ずいう「煜り文句」を、私からも適圓に捧げおおきたい。

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    2022幎2月5日

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    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

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