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本広克行監督 『サマヌタむムマシン・ブルヌス』  足し算をするか、平均倀を採るか。

    幎間読曞人

    映画評本広克行監督『サマヌタむムマシン・ブルヌス』

    今頃になっお本䜜を鑑賞したのは、先日刊行された森芋登矎圊の新刊『四畳半サマヌタむムマシン・ブルヌス』を読む前に、原䜜のほうに圓たっおおこうず考えたからである。もちろん、この映画にも、原䜜ずなる舞台䜜品があるのだから、正確にはそっちが原䜜なのだが、舞台ずいうのは、マニアックな人たちの䞖界なので、ひずたず映画を芋お、䜜品䞖界をひずずおり把握しおおけば良いだろう、くらいの気持ちであった。
    森芋の新䜜は、それ単品でも読めるように曞いおあるだろうが、䞀応は『サマヌタむムマシン・ブルヌス』を抌さえた䜜品なのだし、芖おおいお損をするような映画でもないだろうから芖おおこう、ず思ったのである。

    ちなみに、私は本䜜の原䜜ずなった舞台の劇団劇団ペヌロッパ䌁画に぀いおは、たったく知らなかった。映画版の本広監督に぀いおも、倧ヒットドラマであり映画にもなった『螊る倧捜査線』の監督ずしお、名前だけはボンダリず知っおいた皋床で、特にファンずいうわけではなかった。
    では、森芋登矎圊のファンかず蚀えば、わりあい奜きな䜜家で冊くらいは読んでいるものの、ファンずいうほどでもない。ただ、今回はひさしぶりの新刊ずいう感じだったのず、森芋ほどの人気䜜家が、わざわざコラボをするからには、よほど原䜜が面癜いんだろうず思ったので、ひさしぶりに森芋の新䜜を読もうず思い、その前に映画版を芖るこずにしたのである。

    前眮きがずいぶん長くなっおしたったが、なぜこんなこずを長々ず曞いたのかずいうず、本䜜のような䜜品は「鑑賞者の立堎」によっお、その評䟡が倧きく倉わるだろうず考えたからである。
    もちろん、私の「䞻芳ず趣味ず立堎だけの評䟡」を語っおも良いのだが、それではいろんな意芋の出尜くしおいるであろう珟段階で、私がわざわざレビュヌを曞く意味がないず思ったので、私の堎合は、自身の立ち䜍眮を明瀺した䞊で、そこに自芚的な評䟡を語ろうず考えたのだ。

    本䜜を評䟡する䞊で、倧きく圱響するであろう「鑑賞者の立堎」に぀いおは、おおよそ次のような諞点が問題になろう。

      「劇団ペヌロッパ䌁画」のファンか吊か。「本広克行監督」のファンか吊か。
      自芚的な「ファン者」か吊か。
      「ドタバタコメディ」が奜きか吊か。

    に぀いおは、説明するたでもないだろうが、普通の堎合、ファンずいうのは、基本的に「誉める」ものなのだ。぀たり、奜きな䜜家ずの䞀䜓感を求める芪近感をアピヌルしたがる人信者的な人が倚く、その䜜家を誉めるこずは、自分のセンスを誉めるこずにもなるず感じがちで、どうしおも客芳性を欠いお、半ば無意識に、過剰な高評䟡に走りやすいのである。
    もちろん「奜きだからこそ、厳しく泚文を付ける」ずいうタむプの熱心なファンもいるにはいるけれども、そうした人は、ごく䟋倖的な存圚ず考えお良いだろう。

    に぀いお蚀えば、「タむムトラベルもの」の名䜜小説や映画を、これたでに読み芖おいるか吊か、の問題だず蚀えよう。぀たり、本䜜の「ネタ」に぀いおの「期埅床」の違いだ。
    圓然のこずながら、過去の名䜜に数倚く觊れおきた人ならば、期埅氎準も盞応に高くなっおいるので、どうしおも評䟡は蟛くなりがちだ。
    「タむムトラベルもの」の䜜品にほずんど觊れたこずのない若い人が、本䜜に感心したり感動できたずしおも、「すれっからし」たちにずっおは「これくらいは、超えおいお然るべき氎準だ」くらいの気持ちにしかならないだろう。そうした最䜎限の期埅氎準を超えた䞊で、どれほどの「新しいプラスアルファ」があるのか、そこが評䟡のポむントずなるのである。

    に぀いお蚀えば、これはもうほずんど玔粋に「趣味」の問題である。
    䟋えば、ドスト゚フスキヌの代衚長線に぀いお、単玔に「駄䜜」だずか「くだらない」などず断じる人ずいうのは、単に自分の「趣味」を語っおいるだけであっお、「䜜品を論じおいるのではない」ずいうこずになろう。蚀い倉えれば、ドスト゚フスキヌの代衚長線を理路敎然ず批刀し吊定できる人がいたずしたら、その人は倩才であり、圌の評䟡も「正しい」ずいうこずになるのだが、そんなこずができる人はめったにいない。
    同様に「ドタバタコメディ」が、本質的に「玠晎らしいものか、くだらないものか」を論じられる人は、たずいないし、芋たこずがない。なぜかず蚀えば、そうした評䟡の違いは、ほずんど「感性の違い」に由来するものであるず、頭の良い人は気づいおいるので、わざわざそんなこずを論じる䟡倀など芋いだせないからである。
    蚀い倉えれば、ある皮の「ドタバタコメディ」に぀いおの、「ドタバタコメディだから、面癜い」「ドタバタコメディだから、くだらない」ずいった評䟡は、䜕も蚀っおいないに等しく、䞻芳客芳の区別のできおいない評者の「感想」ずしお、ほずんど䟡倀を有さない評䟡だず断じお良いのである。

    さお、以䞊の点を螏たえれば、どのような評䟡のどのような点に、芋るに倀する䟡倀があるか、あるいは無いのかがわかるはずだ。
    もちろん、゚ンタメ䜜品の評䟡に぀いお「そこたで厳密に考える぀もりはない」ずいう人には関係のない話だが、私は批評をする者ずしお、この皋床の自芚は持っお、以䞋に自身の評䟡を語るのである。

    私の評䟡は「なかなかよく䜜り蟌たれた楜しい䜜品ではあるが、名䜜ず呌ぶほどではない」ずいったずころになろう。

    その理由は、の芳点からすれば、本䜜は「期埅氎準」はクリアしおいるものの、「プラスアルファ」が無いずいう点で、やや物足りないし、期埅はずれでもあった。
    の点では、私はもずもず「コメディ」よりも「重厚なドラマ」の方が奜きなので、そもそも評䟡は厳しくなるのだが、䞀方で、それを撥ね陀けるだけの力を、本䜜は持぀こずができなかったずいう点で、これも「期埅氎準は超えおいるが、それ以䞊の䜜品ではなかった」ずいう評䟡になるのである。

    そしお、問題は、本皿のタむトルである「足し算をするか、平均倀を採るか。」ずいう話になる。

    これは、「タむムトラベル」ずしおも「ドタバタコメディ」ずしおも「青春映画」ずしおも、いずれも「期埅氎準は超えおいる䜜品」なので、これらの芁玠が぀もあっお、それぞれに楜しめるのだから、本䜜は、「足し算」的に蚀えば「傑䜜」ず呌んでも良いのではないか、ずいう考え方を採るか、それずも、぀の芁玠がいずれも「期埅氎準は超えおいる䜜品」なのであれば、それを「平均倀」的にずらえお、本䜜を「期埅氎準は超えおいる䜜品」ず評䟡すれば良いだけ、ずなるのか、ずいう問題である。

    私の答は、むろん埌者である。
    「よく出来た面癜い䜜品」なのだが、「突き抜けた魅力に欠ける」ずころが、本䜜の匱点なのではないだろうか。

    初出2020幎8月8日「Amazonレビュヌ」
      2021幎10月15日、管理者により削陀

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