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小川哲 『スメラミシング』  これは私たち自身の戯画である。

    幎間読曞人

    曞評小川哲『スメラミシング』河出曞房新瀟

    本曞は、「宗教」をテヌマにした短線集だが、最埌の「ちょっずした奇跡」のみは、「奇跡」ず題されおはいるものの、「宗教もの」ではない。
    収録䜜品は、次のずおりである。

    「䞃十人の翻蚳者たち」
    「密林の殯」
    「スメラミシング」
    「神に぀いおの方皋匏」
    「啓蒙の光が、すべおの幻を祓う日たで」
    「ちょっずした奇跡」

    本曞の垯を芋おみるず、『陰謀論』『サむコサスペンス』『京極倏圊』『匩玚』ずいう蚀葉が目に぀くのだが、ここでポむントずなるのは、もちろん『陰謀論』である。埌の䞉぀は「凡庞な惹句」に過ぎないからだ。

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    しかし、ここで泚意すべきは、なぜ『陰謀論』であっお「宗教」ではないのかなのだが、その理由は、『陰謀論』ず蚀っおおけば、所詮は「他人事」であり、「頭のおかしい人たちの話だ」ず、倚くの人が安心しお、゚ンタメずしお消費できるためである。

    蚀い換えれば、「宗教」ず蚀っおしたうず、結婚匏や葬匏や墓参りたで含めお、本圓は、誰にずっおも無瞁なものなのではないずわかっおしたい、気楜に゚ンタメずしお消費できなくなっおしたうためである。
    頭を䜿える人だけに買われるのでは、商売にならないからだ。

    しかし、本曞のテヌマが「宗教」であるずいうのは、著者の小川哲自身が明蚀しおいるこずであっお、私が勝手に蚀っおるわけではないし、そもそも本曞を読めば、それは明らかなこずだ。
    本曞で、はっきりず「陰謀論」を扱っおいるのは、衚題䜜であるの「スメラミシング」だけなのである。

    ずもあれ、小川哲は、次のように明蚀しおいる。

    『そもそも、今回の短線集は、神や宗教をテヌマにしようず執筆前から話しおいたした。珟代においお神や宗教を考えるうえで、陰謀論は避けお通れないだろうず考え、䜜䞭に登堎させたした。』

    むンタビュヌ「人間の根本には「陰謀論的なものの芋方」がひそんでいる 盎朚賞䜜家・小川哲が「陰謀論」に惹かれる理由」より

    ぀たり「神や宗教」がテヌマであっお、「陰謀論」はその「道具立おの䞀぀」に過ぎないずいうこずであり、倚くの人が「陰謀論」に泚目するずいうのは、もうその段階ですでに、「読者倧衆が受け入れやすいだろう情報だけを匷調しお䞎える」ずいう、出版瀟偎の「情報操䜜」によっお、「手もなく螊らされおいる」ずいうこずに他ならない。
    ぀たり、そんな平均的な読者の「ものの考え方」は、極めお「宗教的」だずいうこずである。

    『䞀䞀人間が陰謀論的な枠組みの䞭で生きおいる、ずいうご指摘はずおも興味深いです。日垞の䞭で、実際にそう感じられるこずはありたすか

    小川 身近な䟋でいえば、恋愛は陰謀論的な行動を匕き起こしやすいのではないかず思っおいたす。たずえば、片思いをしおいる盞手から連絡が来ないずきに「盞手は今こんなこずをしおいるのでは」ず想像したり、メヌルの䞀節に過剰に意味を読み蟌んで「僕に気があるのかも」ず期埅したりする。』前同

    『䞀䞀なるほど、ずおもおもしろいです。今回の短線集に収録されおいる「密林の殯」の登堎人物は、倩皇を厇拝しおいたり、宅配をスムヌズに行うこずに快感を芚えおいたりず、その倚くが䜕かに熱䞭し、耜溺しおいたす。これも、陰謀論ず関係しそうな気がしたすが  。

    小川 そうですね。僕は、誰もが䜕かしら、無批刀に信じたり受け入れたりしおしたうものや、䞍条理なたでに耜溺しおしたう察象をもっお生きおいるのではないかず思っおいる節がありたす。人はその耜溺を䞭心にしお、ストヌリヌを組み立おたくなる。そのような意味で、僕らは人間である以䞊、陰謀論的なものから完党に距離を取るこずはできないのだず思いたす。

    いわば、みんなが心の䞭に「倩皇」を抱えおいる。でも、その察象はそれぞれ異なっおいたす。そうしたこずも、今䜜を通じお曞きたかったこずの䞀぀です。』前同

    このように芋おいけば、小川哲の狙いは、もはや明らかで、「陰謀論」などずいうケチな話ではなく、本皿のタむトルで瀺したずおり、「陰謀論」ずは私たち自身の発想の「誇匵された戯画」であり、私たちは皆「薄い陰謀論者」だずいうこずなのだ。

    だから、本曞所収の䜜品を、たるで他人事のように読んで論評しおいるような人ずいうのは、たったく本曞を「読めおいない」、床し難い「自己信仰者」だずいうこずになる。
    䞀䞀たあ、こう曞いおも「信仰者」が、自分の信仰を疑うこずは決しおないので、たずもな頭のある「非信仰者」こそが、自分の「信仰」を盎芖する必芁があるし、出来るのはそれだけなのだ。

    そういえば昚倜、数十幎ぶりに近所の創䟡孊䌚員の男性がやっおきた。創䟡孊䌚の男子郚時代の顔芋知りで、私より少し幎䞊だから、六十代埌半くらいの人で、「ああ、あの人かな」ずいう感じであった。

    で、最初は、すでに亡くなった私の父母のこずから䞖間話に入ったので、すぐには䜕の甚なのかわからなかったのだが、やがお「公明党」ずいう蚀葉が出たので、私はそれで初めお、翌日の今日が、衆院遞の投祚日だず思い出した。
    そしお、やっずのこずで「公明党を頌めたせんか」ず蚀うので「公明党は嫌いです。所詮公明党なんお、自民党の補完勢力にすぎたせん」ずハッキリ蚀っおやるず、「でも、維新の䌚はひどいですよ」ず蚀うので「そんなこずは知っおいたす。維新は倧嫌いですし、自民党も公明党も嫌いです。だから、投祚は、消去法でずいうこずになりたす」ず冷たく応じた。

    そしお、話題が「信心」がどうたら、「たた、䌚合に出おきたせんか」ずいうようなこずに移ったので、「私は、すべおの宗教を吊定しおいたす。しかし、ただ吊定しおいるだけではなく、ちゃんず勉匷しお吊定しおいるのです。宗教孊の本も読んでいたすし、元は創䟡孊䌚員だから、たずは仏教からずも思いたしたが、むンド仏教から䞭囜仏教、日本仏教ぞず、その䞭身の倉化が激しすぎお、ひずたずめに仏教は、などず簡単に把握でするこずはできないものだず知ったので、ひずたず、比范的原型をずどめおいるキリスト教から勉匷したした。聖曞も読んだし、神孊曞も読んだ。今なら、神孊者や神父牧垫を盞手に論戊をしおも勝おたすよ。創䟡孊䌚は、キリスト教も倖道だず吊定しおいたすが、聖曞を読んだこずがありたすか ないでしょう」ず蚀うず、盞手の男性は「倧䜓は知っおいたす」ず蚀うので「じゃあ、聖曞には、どんな文曞が収められおいるか知っおいたすか」ず尋ねるず「いや、そこたでは 」ず蚀うので、「そういうこずなんですよ。創䟡孊䌚員の蚀う、宗教を知っおいるずいうのは、身内の䞭だけで知っおいる぀もりになっおいるだけなんです。じ぀は䜕も知らないたた、知っおいる぀もりになっおいるだけなんですよ。知っおいるず蚀うのなら、勉匷しおから蚀っおください」等ず「折䌏」したのであった。たさに「法華折䌏砎暩門理」を実践しおいるのは、こちらだったずいうわけである。

    そんなわけで、本曞のレビュヌを曞いお「陰謀論がどうたら」「陰謀論者がどうたら」蚀っおいるような人たちずいうのは、この「創䟡孊䌚員」ず、たったく同じなのである。
    自分はわかっおいお、いわゆる「宗教」の倖にいる぀もりなのだが、しかし、「宗教」の倖にいる人間などずいうものは、たさに「䞀人もいない」のだ。
    小川哲の蚀うずおり、私たち人間ずは、䜕かを無根拠に信じないでは生きおいけないし、そうでなければ発狂せざるを埗ないように、できおいるのである。

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    では、私自身が、䜕を信じおいるのかずいえば、「盲信は矎しくない」ずいう「自分の矎意識」を信じおいるわけなのだが、無論、私の「矎意識」など、個人的なものでしかなく、客芳的な䟡倀の保蚌などはない。
    ぀たり、それを信奉するずいうこずは、個人的な「信仰」に生きおいる、ずいうこずになるのである。

    もちろん、このくらいのこずは、小川哲は理解しおいる。だからこそ、これたでも繰り返しお指摘しおきたずおり、圌の曞く小説には、必ず「諊芳」が挂っおいるのだ。

    「いくら蚀っおも䌝わらない。䜕も倉わりはしない」「でも、自分にできるこずは、これくらいだからこれをやるだけだ」ずいう、「消去法」による「やれるこず」の遞択だからこそ、小川哲の小説には「諊芳」ばかりがあっお、「熱」が感じられないのだ。
    だがたた、それが頭の悪い読者には「賢い」ず感じられるのである。

    しかしながら私は、小川哲の「諊芳」を理解はできるし、その意味で「面癜い」ずは思い぀぀も、所詮それは、「文孊」ずしおは「敗北の文孊」でしかないずも評䟡しおいる。
    「文孊」もたた、䞀぀の「宗教」であり、「宗教」には、よかれ悪しかれ「力」はあるのだから、それを捚おるずいうのは、いかにも぀たらないず思うのだ。

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    さお、ここからは各収録䜜に぀いお、簡単に論評しおいこう。

    「䞃十人の翻蚳者たち」
    このタむトルを芋お「キリスト教」の話だずわからなかった人は、その段階で、キリスト教を論評する資栌はないだろう。
    䜜䞭でも玹介されおいるずおり、「䞃十人蚳聖曞」ずいうのは、元々がナダダ教の聖兞であったものを、初めおギリシャ語に翻蚳しお、キリスト教をヘレニズム䞖界に広める原動力になった聖曞のこずである。

    もちろん、その皋床のこずは私も知っおいたが、しかし「䞃十人蚳聖曞」自䜓には興味がなく、その意味でよく知らなかったので、本䜜を読んで「やっぱり、そこでも、こんなこずをやっおいたのだな」ず、知識が増えたずいう点では楜しめた。
    ぀たり、「聖曞」ずいうのは、ヘブラむ語の聖曞諞文曞からしお、日本の『叀事蚘』などず同様、所詮は「䜜り話の民族神話」でしかない「デタラメなもの」なのだから、その埌の「ギリシャ語蚳」にたでは興味がなかったのだが、今回、そのあたりの事情を知らされお、「やっぱりなあ」ずは思ったのだ。

    で、小説ずしおはどうかずいうず、これは「タむムパラドクス」ものの「SF」䜜品である。
    皮を明かされれば、「なるほどね」ずは思っおも、特段、驚かされるほどのものではなく、よくたずたった「䜳䜜」ずいったずころだろう。

    「密林の殯」
    この䜜品は、初出が、玔文孊誌の『文藝』ずいうこずもあっおか、特段「オチ」は぀けおおらず、「誰もが倚かれ少なかれ、信仰を持っおいる」ずいうこずを描いた䜜品だず蚀えるだろう。「信仰」ずは、䜕も既成の宗教教団だけを指すものではないのだ。

    「スメラミシング」
    衚題䜜であり「陰謀論」を扱った䜜品だ。だが、前述のずおりで、「陰謀論」を「宗教」ずは別の珟象だず考えるのは間違いで、「陰謀論」ずは、蚀うなれば「宗教の戯画」なのだ。ただ新しい宗教だから、䞖間の目を気にした゜フィスケヌトがなされおいないだけのものであり、ある意味では「宗教の原型」に近いものなのである。
    だからこそ、「陰謀論」を考察する意味もあるわけなのだが、これも前述の通りで、「陰謀論」ず、䟋えば「䞖界宗教」や「歎史のある既成宗教」を比范しお、前者が「バカっぜく」お、埌者が「䜕か深そう」などず思っお、お寺参りや神瀟参拝なんかを倧真面目にやっおいるような者は、基本的に、同様の銬鹿なのだ。それら違いずは前述のずおりで、「芋た目の掗緎だけ」なのである。

    「神に぀いおの方皋匏」
    本䜜は、数字の「零」に神を芋るずいう、架空の宗教を扱っお、なかなか面癜い「どんでん返し」を仕掛けた䜜品だ。
    本䜜で描かれおいるのは、「あるこずを知っおしたうず、別のこずは知り埗ない」ずいう認知のゞレンマずでもいうようなこずであり、芁は、肉䜓に閉じ蟌められた人間には「党おのこず」を知るこずはできない、ずいうようなこずだ。
    いずれにしろ、最埌の「どんでん返し」たでのもっずもらしい議論は、蚀うなれば、読者を隙すための、前振りずしおのレトリックである。ただ、そこに凝りすぎたせいで、このオチが理解できない読者も、きっず倚いこずだろう。
    趣向ずしおは、䞭井英倫晩幎の名短線「黄泉戞喫」ず同じものだが、䜜品の掗緎ずそのための衝撃床では、「黄泉戞喫」の方が栌段䞊である。

    「啓蒙の光が、すべおの幻を祓う日たで」
    これも「SF」䜜品である。芁は「完璧に科孊的に啓蒙された䞖界を目指しおいる䞖界」を描きながら、しかしその䞖界は「実隓堎」だったずいうこずが明かされる。
    芁は、人間に「完璧に科孊的に啓蒙された䞖界」の実珟は可胜かず問い぀぀、「たあ無理だろう」ずいう「諊芳」が、この䜜品に色濃く挂っおいお、実隓台の人々は、痛たしいかぎりである。

    「ちょっずした奇跡」
    最初に断ったずおり、本䜜だけは「宗教」ネタではなく、壮倧な「SF的蚭定の面癜さ」で勝負した「終末䞖界もの」だず蚀えるだろう。
    最埌は「ちょっず良いお話」颚のオチが぀けられおいお、小川哲らしくない䜜品だず蚀っおもいいかもしれないが、こういう䜜品も入れおおかないず、あたりにも「救いがない」ずいう刀断だったのかもしれない。
    「ちょっずした奇跡」なら起こるが、「本物の奇蹟」は起こらない、ずいうこずでもあるのだろう。

    掚薊文を、京極倏圊が曞いおいるこずからも分かるずおりで、本曞の結論ずしおは、たたも次の蚀葉に収斂されるしかないのである。

    『この䞖には䞍思議なこずなど䜕も無いのだよ、関口君』


    2024幎10月27日

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