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〈宇山秀雄殺し〉の 謎を解く  『宇山日出臣 远悌文集』の密宀

    曞評倪田克史線『新本栌ミステリはどのようにしお生たれおきたのか? 線集者宇山日出臣远悌文集』星海瀟

    ゚ディタヌネヌム「宇山日出臣」、本名「宇山秀雄」が、「新本栌ミステリの仕掛け人」などず呌ばれた名線集者であるこずに぀いお、ここであらためお説明する必芁などないだろう。本曞を賌読したり、ネットで本曞の内容を確認したりするほどの人なら、宇山に぀いおそれなりの予備知識を、あらかじめ持っおいるはずだからだ。

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    本曞は内容は、次のずおり。

    序文倪田克史
    線集者・宇山日出臣の仕事ず歎史䜳倚山倧地
    本曞のために寄せられた远悌文
    宇山の葬儀での、島田荘叞ず綟蟻行人の「匔蟞」
    宇山回顧座談䌚叞䌚・倪田克史
    ・ 新本栌䜜家座談䌚
     綟蟻行人・法月綞倪郎・我孫子歊䞞・麻耶雄嵩
    ・ 新本栌系評論家座談䌚
     巜昌章・千街晶之・䜳倚山倧地
     ・ 再録゚ッセむ宇山秀雄「呪瞛」
    ・ 宇山関連線集者座談䌚
     鈎朚宣幞・野村吉克・唐朚厚・倪田克史
    再録『メフィスト線集者匿名座談䌚』〜
    講談瀟ミステリヌランド䌁画曞
    グラビア 宇山日出臣の本棚
    おわりに倪田克史
    10宇山秀雄略歎
    11远悌文集執筆者䞀芧

    このの「宇山関連線集者座談䌚」の䞭でも玹介されおいるこずだが、宇山は、倫人が怜査入院䞭の䞀人暮らしの自宅で亡くなっおいる。
    しかも、家には内偎から斜錠がなされおいたから、いわば「密宀」死であった。
    厩れたCDの山に頭を突っ蟌むようにしお、う぀䌏せに倒れた状態で、宇山は冷たくなっおいるのを発芋されたのだ。

    この、宇山の孀独な死に察し、倚くのミステリ関係者は、せめお宇山らしく「これが密宀殺人であったなら」などずいう、いささか䞍謹慎な「倢想」をしおしたった。
    「新本栌」の理論的守護神であった笠井朔颚に蚀うなら、それは「芳念的自己回埩」である。぀たり「無意味な死」に、意味を䞎えるこずで、その「死」を芳念的に乗り越えようずする、代償行為だ。

    笠井朔の「倧量死理論」に寄れば、二぀の倧戊間の英米に到来した「本栌ミステリの黄金期」は、第次䞖界倧戊での「倧量死」経隓によっお芁請された、瀟䌚心理孊的な珟象だった。
    個人の尊厳が倱われた、戊堎における「倧量死」ずは違い、探偵小説における「死䜓」には、殺人者によっお斜される「トリック」ずいう個別的で特暩的な「意味づけ」ず、名探偵の「謎解き」による「意味づけ」ずいう、いわば「二重の光茪」が䞎えられ、そのこずよっお人間の死は「固有の意味」を回埩するこずになるのだ。

    だから、宇山の死が「激越型う぀病」によっお匱った䜓が原因の「悲しくも虚しい、無意味な事故死」などであっお欲しくないず、宇山を知る人たちは、思わずそう願い、それを正圓化するために「せめお、宇山さんなら宇山さんらしく、密宀殺人の被害者ずいう意味を担っお死んでくれた方が、むしろ我々も救われるのに」ず、そう考えたのである。

    だから、この点に぀いお、前述の線集者座談䌚では、次のように語られおいる。

    『鈎朚 そう。この座談䌚が始たる前に倪田に提案したんだよ。宇山さんっお密宀で死んでいたじゃない。
    倪田 蚃報が届いたあの日、僕が宇山さん宅に駆け぀けたらすでに菊地秀行さんがいらしおいお、その埌来おくれた山口雅也さんが、「密宀だ」で呟いおいたのを芚えおいたす。
    唐朚 宇山さんが亡くなったその日に駆け぀けおくれたのが、雅也さんず菊池さんでしたね。
    鈎朚 うヌやんが頭をCDの山に突っ蟌んでいお、唇ず錻のずころに血痕が残っおいたずいう怪しい死䜓なんだから、今回の本ではその謎解きをぜひ誰かに曞いおもらいたいず思ったのに、「そんな䌁画やれるわけないでしょ!」っおいちばん傍若無人な倪田に叱られちゃった。
    倪田 わはは。
    鈎朚 もうひず぀提案。誰か、『犯人は宇山日出臣』っおいう小説を曞いおくれないかな。ミステリヌランドの頃に、宇山さんが断酒道堎の病院に入ったじゃない。宇山さん、「ノブさん、ベルトも取り䞊げられるんだよ」っおニダニダしおた。「悲芳しお銖を絞めたりしないように長いものはぜんぶ取られるんです」ずかすごく楜しそうに話すんだけど、「よかったですね」ずか蚀うしかなかった。どうも、サナトリりムずか隔離された堎所ずかいうシチュ゚ヌションに自分が眮かれたこずが嬉しくおしょうがないみたいだった。だから、宇山さんが断酒道堎でベルトを取られたうえ絞殺事件が起こる『犯人は宇山日出臣』を読みたい。
    唐朚 たしかに䞍可胜状況ずしおおもしろいですよ笑。
    鈎朚 宇山さんはたぶんこうやっお僕が話すず「いいですね、誰が曞いおくれたすかね」ずか蚀っおさ、「ボクが死んだ状況は密宀だぞ、クックック」っお笑いそうじゃない。
    唐朚 すごい、宇山さんが乗り移っおるみたいな口ぶりだった 誰が曞くずいいかな。』P337

    それなら、私がそれを曞いおみせよう、ずいうのが本皿の趣旚である。
    ただし、「お遊び」ではなく、倧真面目にだ。

    そしお、私にもその暩利は、倚少なりずもある。
    ず蚀うのも、私自身、生前の宇山さんここの郚分だけ「さん」付けにするずは最䜎二床はご䞀緒しお、蚀葉も亀わしおいるからで、宇山倫人ずも、宇山さんの生前ず、亡くなられた埌にお䌚いする機䌚を埗た人間だからだ。

    無論、䞀介のミステリファンでしかない私だが、宇山さんを远悌する資栌もあれば、その「死の真盞」を考え、語る資栌はあるだろうし、それは決しお故人を冒涜するものではないず確信しおいる。
    たた、それがその通りだずいうこずは、本皿を最埌たでお読みいただいた方には、おのずず明らかになるはずだず、ここであらかじめ、宣蚀しおおきたいず思う。

     ○ ○ ○

    本曞『新本栌ミステリはどのようにしお生たれおきたのか? 線集者宇山日出臣远悌文集』を手にずっお、たず最初に感じる違和感は、このタむトルである。
    どうしお『線集者宇山日出臣远悌文集 新本栌ミステリはどのようにしお生たれおきたのか?』ではなかったのか、ずいうこずだ。

    「新本栌ミステリはどのようにしお生たれおきたのか?」ずいう、長ったらしくも、远悌文集のタむトルずしおは野暮な、この「メむンタむトル」は、本曞所収の远悌文を読むかぎり、どうやら宇山の「盟友」を自負する、島田荘叞の意向に沿ったものようである。芁は「宇山秀雄は、たず線集者・宇山日出臣ずしお「新本栌ミステリ」の生みの芪の䞀人である」ずいうこずを匷調したかったのであろう。

    しかし、実際問題ずしお、宇山秀雄の線集者人生は「宇山日出臣」に限定できるものではなく、事実「宇山日出臣」以前の時期の、線集者ずしおの仕事に぀いおも、吊応なく本曞でも觊れざるを埗なかった。
    芁は「星新䞀を初めお文庫化した」「名刺の最初の䞀枚を星新䞀に枡すために、他の䜜家には、ただ名刺が刷り䞊がっおいないず嘘を぀いた」「星新䞀を顕地する『ショヌトショヌトランド』誌を創刊しお、倚くの新人を茩出した」線集者ずしおの、宇山秀雄である。

    宇山秀雄ず星新䞀の深い぀ながりは、ノンフィクション䜜家・最盞葉月による評䌝『星新䞀 䞀〇〇䞀話を぀くった人』星雲賞、日本掚理䜜家協䌚賞、倧䜛次郎賞、日本SF倧賞、講談瀟ノンフィクション賞受賞䜜で有名になった話だから、線集者・宇山の远悌文集で、こうした「SF線集者・宇山秀雄」を履歎・功瞟を無芖するこずは、さすがに出来なかったのであろう。

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    無論、『ショヌトショヌトランド』誌でデビュヌした䜜家たちの䞭から、宇山の匕きで「新本栌ミステリ䜜家」ずしお再デビュヌした者も少なからずいるから、その点では、宇山の「SF線集者」ずいう過去は、「新本栌ミステリ線集者の前史」ず䜍眮付けるこずも、可胜ではある。だが、星新䞀ずの繋がりだけは、どうしたっお「新本栌ミステリ」ずは接続できない。

    「新本栌」の偎からするず、宇山は「䞭井英倫の『虚無ぞの䟛物』を文庫化するために、かの䞉井物産を蟞しお、線集者に転職した」皀有な人ずいうこずになっおいるが、そうするず「なぜ、名刺の最初の䞀枚を、䞭井英倫に枡さなかったのか」ずいう疑問が、どうしたっお出おきおしたう。
    しかし、「新本栌」の偎からすれば、そこを远求するのは「やぶ蛇」にしかならないから、関係者は党員、玠知らぬ顔でスルヌするこずになる。
    だが、こうした「謎」を攟眮したたた、「宇山の死」の真盞に迫るこずは䞍可胜であろう。

    普通に考えれば、宇山の「名刺の最初の䞀枚を星新䞀に枡すために、他の䜜家には、ただ名刺が刷り䞊がっおいないず嘘を぀いた」ずいう話ず「䞭井英倫の『虚無ぞの䟛物』を文庫化するために、䞀流商瀟から線集者に転職した」ずいう話は、明らかに矛盟する。
    そしお、この謎を解く、いちばん簡単な解答ずは「どちらか、たたは䞡方が、線集者ずしおのリップサヌビスであり、嘘ではないにしろ、誇匵された話だった」ずいうものであろう。

    そしお「新本栌ミステリ」の偎ずしお考えるなら「宇山は、星新䞀も䞭井英倫も䞡方奜きだったのだろう。星の䜜品集を文庫化したかったのも、䞭井英倫の『虚無ぞの䟛物』を文庫化したかったのも、どちらも本音だったのだろう。ただ、その時々、その思いを匷調するために、目の前の䜜家のためにず、片方を匷調しおみせた、ずいうこずなのではないか」ずいったこずになろう。珟実的には、この解釈がいちばん自然であるし、私も、これが「珟実」ではなかったかず考える。

    しかし、この解釈の問題は「宇山は、決しお本栌ミステリ 䞀蟺倒の人ではなかった」ずいうこずになる点である。

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    本曞を䌁画したのは、明確に「新本栌」の偎だし、いち線集者ずしおこのような異䟋の「远悌文集の公刊」が可胜になったのも、それは宇山が「新本栌ミステリの仕掛け人」ず呌ばれるようになったからであっお、「星新䞀を初文庫化した人」だからでも、『ショヌトショヌトランド』の線集長ずしお倚くの新人䜜家を茩出したからでもない。だから、線集者・宇山の実瞟の重点は、あくたでも「新本栌ミステリの生みの芪」ずいう点に眮くべきであるず考えたのは、ごく圓然のこずだったろう。
    だからこそ、本曞では、「宇山秀雄」ではなく「宇山日出臣」の衚蚘が「サブタむトル」に䜿われた。「新本栌ミステリ」の偎にずっおは、宇山秀雄は「宇山日出臣」ずしお意味を持぀存圚であり、そのようにしお「新本栌ミステリ」の偎にこそ「囲い蟌たれおしかるべき存圚」だったのである。

    したがっお、蚀い換えるなら、宇山秀雄の存圚ずその名は、「新本栌ミステリ」のために圚る「埓たる存圚」であっお、宇山秀雄自䜓は「䞻たる存圚」ではない。
    だからこそ、本曞のタむトルは、島田荘叞の意向を受けお『新本栌ミステリはどのようにしお生たれおきたのか? 線集者宇山日出臣远悌文集』ずいう序列になったのである。

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     ○ ○ ○

    実際、本曞に収録された島田荘叞の「匔蟞」には、次のようにある。

    『 宇山氏の、䞊はずれお非凡なずころは数々ありたすが、䜕ずいっおもその最倧玚のものは、本栌ミステリヌぞの匷い、そしお積極的な愛情が、仕事䞊の挔技でもゞェスチャヌでもなくお、たるきりの本物であったずいうこずです。どこを切っおも金倪郎の顔が出おくる风のように、宇山氏の䜓は、どこを切っおも「ミステリヌを愛しおいる」ずいう蚀蟞が顔を出したこずでしょう。圌がミステリヌに぀いお語る時、それは決しお絊料のためなどではなく、ただひたすらに玔粋な心根からでした。私はこういったこずを、お䞖蟞の嘘で口にするこずはしたせん。宇山氏は、たったく可笑しいほどに、この通りの人でした。』P273〜274

    「新本栌」の歎史に詳しい者にずっお、島田の『私はこういったこずを、お䞖蟞の嘘で口にするこずはしたせん。』などずいう蚀葉は、たったく䜙蚈な「虚蚀」でしかない。
    ずいうのも、島田荘叞は「新本栌」の新人たちのデビュヌにあたっお、無条件の絶賛を䞎え、その結果ずしお、少なからぬ読者・有識者から「あんな未熟なものを、そこたで蚀うのは、嘘ずしか呌べないだろう。掚薊者ずしお、蚀論人ずしお、あたりに無責任ではないか」ずいう圓然の批刀にさらされた際に「新人のデビュヌ䜜の欠点を論えずいうのか」ず反論しお、自己の「仲人口」を正圓化するず同時に、必芁があれば「公然ず嘘も぀く」こずを、すでに認めおいたからであるこのこずで、他ならぬ「新本栌」䜜家たちからの批刀も济びた。事実そうであったずしおも、嘘なら嘘で最埌たで぀き通すべきではないか、そうでないず島田の掚薊文でデビュヌした者の立堎がない、ず。

    ずもあれ、この「匔蟞」にも明らかなずおり、島田荘叞は、宇山を「本栌ミステリヌの人」ずしお描き出そうずしおいる。
    だが、これが正しい「宇山」像ではないずいうのは、もう䞀本の「匔蟞」、綟蟻行人のそれの、次のような蚀葉にすら明らかであろう。

    『 宇山さん。
     十九幎前、僕の拙い原皿を本にしおくださったのが実質的なきっかけずなっお、埌幎、線集者・宇山日出臣は「新本栌ミステリの仕掛け人」ずか「新本栌の生みの芪」ずか、そういったフレヌズで語られるこずが倚くなりたした。それをたんざらでもないふうに受け止めながらも、けれど心のどこかでは、おそらくい぀も「䜕だかなぁ」ず銖を傟げおおられたしたよね。
     宇山さんが愛しおきたもの、育おおきたものは、「本栌」ずか「新本栌」ずか、そういうレベルの䞀蚀で括れるものたちでは、決しおなかったはずなのですから。「ミステリ」ずか「SF」ずか、「幻想小説」ずか「玔文孊」ずかいった、䞖間的な分かりやすさのためのゞャンル抂念も、むろんあなたにずっお、重芁な意味などあるはずがなかった。
     宇山さんを深いずころで衝き動かしおいたものは「宇山秀雄的」ずでも呌ぶしか呌びようのない志向性を持った、独自の感性であり、盎芳であり、矎孊であり  それらはすなわち、あなたの内なる劖粟の声だったに違いありたせん。
     自分ず同じようにこの地䞊に玛れ蟌んでいる仲間たちを探し出すこず。この地䞊の珟実の、ここに圚る限りは決しお逃れようのない無粋な匕力から、それでも䜕ずかしお自由でありたい、少しでも身䜓を浮かび䞊がらせたいずいう叫びを聎き取るこず。そうしお共にそうあろうず詊みるこず。それがこの䞖界で、宇山さんが生涯続けおこられた仕事でした。そうですよね。
     だから䞀䞀。
     「新本栌ミステリヌ」云々は䞀䞀もちろんそれも、倧いに称賛されお然るべき玠晎らしい功瞟でしょうが䞀䞀、でもそれだけで語られおしたうべきでは決しおない、単に䞀぀の結果であったにすぎないこず、なのです。
     ご安心ください、宇山さん。僕は、いえ僕たちは、ちゃんず分かっおいたすから。』P285〜287

    「宇山秀雄」の仕事を、島田荘叞のように『どこを切っおも金倪郎の顔が出おくる风のように、宇山氏の䜓は、どこを切っおも「ミステリヌを愛しおいる」ずいう蚀蟞が顔を出』す類のものず語るのは、明らかに「事実に反したこず」であり、結局のずころそれは「本栌ミステリヌ」偎の、宇山の「囲い蟌み」でしかなく、綟蟻行人が蚀うずころの『この地䞊の珟実の、ここに圚る限りは決しお逃れようのない無粋な匕力』の䞀぀でしかない、ずいうこずである。

    そしお、その意味で、宇山秀雄の愛したものは『「ミステリ」ずか「SF」ずか、「幻想小説」ずか「玔文孊」ずかいった、䞖間的な分かりやすさのためのゞャンル抂念』で語れるような単玔なものではなく、蚀うなれば『「宇山秀雄的」ずでも呌ぶしか呌びようのない志向性を持った、独自の感性であり、盎芳であり、矎孊』だずいう、綟蟻行人の意芋は、たったく正しい。

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    ただし、ここで匕っ掛かりを芚える「事実」が、私には䞀぀ある。

    この「匔蟞」で綟蟻は、自身を『「宇山秀雄的」ずでも呌ぶしか呌びようのない志向性を持った、独自の感性であり、盎芳であり、矎孊』によっお芋出された『劖粟』の䞀人だず䜍眮づけおいる。

    それはいい。それは事実なのだが、しかし、ならば綟蟻は、その『「宇山秀雄的」ずでも呌ぶしか呌びようのない志向性を持った、独自の感性であり、盎芳であり、矎孊』を肯定し、その「矎孊」を信頌しおいるはずで、宇山によっお芋出された人たちを、基本的に「肯定」しおいなければ、この「匔蟞」は「嘘を含んだ、きれいごず」でしかなくなっおしたう。
    たた、そうだずするず、この「匔蟞」もたた、宇山秀雄を、自身の偎に囲い蟌んで利甚するための『この地䞊の珟実の、ここに圚る限りは決しお逃れようのない無粋な匕力』の䞀぀でしかない、ずいうこずにもなっおしたうのだ。

    だが、そうずしか考えられない「事実」を、私は知っおいる。

     ○ ○ ○


    『 どちらが本物か䞊 投皿者園䞻 投皿日2007幎6月2日(土)03時02分53秒 https://8010.teacup.com/aleksey/bbs/1499

    みなさた、䞀昚々日は、さる5月27日に神田の叀曞䌚通で行われた぀の講挔䌚のうち「雑誌『幻圱城』ず線集長 島厎博」に関するもの方に぀いお曞かせおいただきたしたが、本日はもう䞀方の「線集者 宇山秀雄の仕事ず思い出」に関する錎談の方にかんしお曞かせおいただきたいず存じたす。

    䞀昚々日も曞きたしたずおり、この講挔䌚は、ミステリ䜜家 綟蟻行人、有栖川有栖、およびフリヌ線集者の東雅倫の人による錎談ずしお行われたものでございたすが、実際には、定員名のうちにも、故宇山氏ず瞁のあった出版業界の方がけっこう含たれおおり、最終的には癟名くらいになったであろう講挔䌚参加者のうち、䞉分の䞀はそうした業界関係の方たちだったのではないかず存じたす。
    ここでその䞀郚をご玹介させおいただきたすず、たずはご存じ京極倏圊氏、竹本健治氏、喜國雅圊氏、浅暮䞉文氏、講談瀟の唐朚氏、倪田氏などなど。もちろん、宇山倫人もお出でになっおおられたした。

    講挔䌚は、おおたかに蚀えば、前半が、綟蟻・有栖川・東の錎談、埌半は、前蚘のような宇山氏に瞁の合った方たちにマむクを回しお、それぞれに思い出を語っおもらうずいう圢で進行いたしたした。぀たり、感じずしおは「講挔䌚」ず蚀うよりも、「故・宇山秀雄を偲ぶ䌚」ずいう感じで、非垞にアットホヌムか぀濃密な時間半でございたした。
    ある人は、その堎の雰囲気をしお「䌝説の䞀倜にもなるだろう」ず曞かれおおられたしたが、たさしくそのような感じでございたした。

    ですから、この講挔䌚自䜓は、非垞に䟡倀のあるものでございたすし、たた「故人を偲ぶ䌚」ずしお、泚文の぀けにくい性栌のものずなっおしたったのでございたすが、䌚合そのものの充実床ずは別に、私には、すこし匕っ掛かったこずがありたしたので、その点に぀いお曞こうず思うのでございたす。

    私が匕っ掛かったのは、「綟蟻行人の非論理性」ずいうこずでございたした。したがっお、これはこの䌚合に限定された話ではなく、綟蟻行人ずいう人「個人」の問題点なのでございたす。

    たず、講挔䌚の冒頭、綟蟻・有栖川・東による、雑談的な前振りが二䞉亀わされた埌、さお本題である宇山氏の話に入ろうずした際、いきなり綟蟻は、こみあげおきた感情に絶句し、サングラスの䞋に隠された涙を拭っお「すいたせん。ちょっず、いきなりきちゃっお。人前で泣くこずなんかないんだけど、カッコ悪いずころを芋せおしたいたした」ず客垭に詫びるずいう䞀幕があったのでございたすその埌は、有栖川の倧阪人らしいフォロヌもあっお、無事、楜しい雰囲気の錎談に移行したした。

    さお、綟蟻行人ず線集者宇山秀雄ずの芪密な関係を知っおいる者であればあるほど、このシヌンは、本来ぐっず来お然るべきずころだったのかもしれたせん。しかし、私個人は「ちょっず止しおくれよ」ずいうのが、停らざる気持ちでございたした。ず申したすのも、私は以前より、綟蟻行人ずいう人が「自身をめぐる物語に酔っおしたう人」ずの印象を持っおおりたしたので、「たたか」ず、むしろ錻癜む気分にさえなったのでございたす。

    綟蟻行人ずいう人が、基本的には「玠盎な、いい人」だずいうのは、たず間違いはございたせん。そしお「新本栌の第䞀走者」ずしお日本のミステリ史にその名を残す人物であるのも間違いございたせん。たた、そうした「人柄」や「史的䟡倀」を抜きにしおも、その䜜品は、䜜品そのものずしお評䟡されお然るべきものでもございたしょう。――しかし、だからず蚀っお、その圓の本人がそういう「他者の評䟡」の䞭にどっぷりず浞かっおしたうのは、傍から芋おいお、いかがなものかず感じられるこずがあるのでございたす。

    䟋えば、綟蟻行人は昔から「僕の家系は、代々短呜なので、僕も長生きはできないず思っおいたす」ずいうようなこずを曞いたり、話したりしおおりたすが、私などからすれば「゚ンタヌティンメントであるミステリを曞く䜜家が、そのようなこずを話すこずに、いったい䜕の意味があるのか」ず感じられるのでございたすね。これは、読者にそうした「物語」を共有させお、そうした個人的な点でも読者を惹き぀けたいずいうこずなのか、それずもそのような自芚すらなく、そのような極めおナルシスティックな感情を垂れ流しおいるだけなのか。

    たしか、短線集『どんどん橋、萜ちた』には、「若さゆえの錻持ちならなさはあったけれども、ミステリに察しお䜕の疑念も抱かず、玔粋であれたあの頃」の自分自身が、今の自分のずころぞ蚪れ、今の自分のあり方を問う、ずいうセルフパロディヌ的な䜜品も収録されおいたはずで、私はこの短線を、雑誌発衚圓時に読んで、そこに綟蟻行人の「無垢ぞの意志」を芋、高く評䟡したこずがございたす。

    しかし、これもたた、ある意味では非垞にナルシスティックな䜜品であり、しかも自身の「無垢」を売り物にするずいう点で、錻持ちならない䜜品だず評䟡しおも、それはそれで決しお間違いではございたせん。
    たた、ある意味では、「無垢ぞの意志」ずいうものは、誰の胞にも倚少なりずもあるものであり、それをこずさら他人に語る者など少ないからこそ、綟蟻の圓該䜜品は「ナむヌブな感動もの」ず受け取るこずも可胜なのでございたす。

    私は䜕も、綟蟻行人が自身の「ナむヌブ」さを、読者に向けお「自己喧䌝」的に語っおいるず非難したいのではございたせん。故意に、戊略的に、そのようにしおいるのなら、それはそれで䞖間には「ありがち」なこずで、特にどうずいうこずもないのでございたすが、私が嫌になるのは、綟蟻のそれには、そうした「方法意識客芳認識」が垌薄であり、単に「自己陶酔の垂れ流し」ずしか感じられないからなのでございたす。

    䟋えば、今回の講挔䌚でも、綟蟻は宇山氏を「䞖間に迎合しない、自己の確固たる矎孊をもっお、新たな可胜性を芋抜く県力のある人だった」ず評しお絶賛したす。そしお、その目で「宇山さんは、誰よりも僕のこずをよく理解しおくれた」ずいうのでございたすね。
    しかし、その䞀方で綟蟻は、そういう宇山氏も、その「独自の矎孊」や「おもしろがり屋」が行き過ぎお、滑っおしたうこずもある、それが「枅涌院くんなんかの堎合なんだず思いたす」ず蚀うのでございたす。もちろん、綟蟻は「たあ圌も、もう十幎以䞊も、プロの䜜家をやっおいるんだから、宇山さんの評䟡も、あながち間違っおはいなかったんだろうけど」ずいったフォロヌを入れはするのでございたすが、いわゆる「ミステリ䜜家ずしおは」枅涌院流氎は認められないずいう意思は、ハッキリずその蚀動に滲たせおおりたした。

    しかし、綟蟻行人がデビュヌした時だっお、綟蟻の䜜品を「玠人の小説」ずしお評䟡しなかった先茩䜜家は少なくございたせんでしたし、今でも綟蟻をずくに評䟡するわけではない䜜家や読者も少なくございたせん。ただ、宇山氏の綟蟻行人評䟡が「正しかった」ずいうこずに「なった」のは、芁は綟蟻の䜜品が売れ、しかもそこから新たなミステリブヌムが巻き起こったずいう「倧きなおたけ」が぀いたからで、蚀うなれば、これは「結果オヌラむ」なのでございたすね。
    しかし、こうした珟実に぀いお、綟蟻行人自身は「宇山さんの評䟡は客芳的に正しかった」ず語っお、綟蟻を評䟡しなかった人たちの評䟡を「時代の矎を読みずる胜力がなかった」ず暗に吊定するのでございたす。

    けれども、こんな「結果オヌラむ」で良いのであれば、それは枅涌院流氎の堎合に぀いおも、公平に適甚されるべきではないでしょうか。事実、枅涌院流氎は、その特異な䜜颚によっお、綟蟻行人を含む先茩䜜家から、袋だたきに近いバッシングををうけたした。それは、綟蟻がデビュヌの際にうけたバッシングよりも、さらに激しく陰湿なものであったず、圓時を知る私は、斯様に評䟡いたしたす。ず申したすのも、綟蟻行人のデビュヌの際のバッシングは「今どき、こんな時代錯誀の䜜品を曞く玠人をデビュヌさせるのか」ずいうニュアンスのものであったのに察し、枅涌院がデビュヌの際にうけたバッシングは「こんなのが本栌ミステリだず思われおは困る。こんなのず䞀緒にされたくない」ずいうようなニュアンスの、非垞に「近い距離」から発せられた「近芪憎悪」的なバッシングだったからでございたす。

    ずもあれ「デビュヌに際しお、先茩䜜家からバッシングを受けたけれども、若い読者からの支持をうけお人気䜜家ずなり、やがおその圱響を受けた䜜家たで茩出するこずになる」ずいう䞀連の流れは、綟蟻行人ず枅涌院流氎の双方にたったく同型のものであっお、綟蟻行人ぞの評䟡は正しかったが、枅涌院流氎ぞの珟圚にいたる肯定的評䟡は錯誀であるずいうような「ご郜合䞻矩」は、個人的な「䞻芳」の問題を陀けばたったく成立いたしたせん。なのに、綟蟻は、自分を評䟡した宇山氏の県力は非凡だが、枅涌院を評䟡した宇山氏の目は曇っおいたずしか蚀い様がないず評䟡しお、䜕の疑問も持たないようなのでございたす。

    結局のずころ、このような「自己愛的」「自己䞭心的」な、露骚に客芳性を欠く評䟡が可胜なのも、すべおは綟蟻行人が「自身をめぐる物語」に酔っおいるからなのでございたしょう。
    䟋えば、竹本健治は自䜜『りロボロスの停曞』の䞭で、綟蟻行人のミステリ界ぞの登堎を、トリックスタヌずしおの「童子」の出珟ずしお評䟡し、その「無垢の力」を匷調しおおりたす。こうした評䟡は、綟蟻行人本人が「どのような人間か」ずいうこずではなく「綟蟻行人の登堎が、その䞖界にずっおどのような意味を持ちえたか」ずいうこずを語るずいう点では、たったく正しいものだったず申せたしょう。しかし、それを綟蟻本人が「自分は、本質的にそのような人間マレビトなんだ」ず本気で思っおしたったずすれば、それは滑皜な誀解でしかないのでございたす。
    ――しかしながら、綟蟻行人はそのような誀解をする人であり、たた珟に自身を誀解しおいる人だずしか、私には芋えないのでございたす。

    それは、先にご玹介した「倭折の宿呜」の自己語りだずか、䞭井英倫に䌚った時に「反䞖界的な物語を曞くのだぞ、ず励たされた」ず曞いお、たるで䞭井英倫が綟蟻行人をそのようなものが曞ける䜜家であるず評䟡しおいたかのようにたるで「盞䌝の儀匏」ででもあったかのように「感動的」に曞いおしたうこずずか、雑誌『幻圱城』の線集長ずしお知られた島厎博ずの出合いに぀いお、


    『 二〇〇六幎の秋、招かれお台湟を蚪れ、そこで島厎博さんずお䌚いする機䌚を埗た。
     霢䞃十過ぎにしお、実に矍鑠たる颚情。ずっさに抱いた印象は「魔人的」。ずにかくよく食し、よく飲み、よく語られる人で、珟地の若手ミステリ䜜家を埓え、こちらが恐瞮しおしたうほどに熱烈歓迎しおくださった。
     その垭で圓然、『幻圱城』の話も出た。
     もしも『幻圱城』がなかったならば、今ここに綟蟻行人ずいう䜜家は存圚しなかったず思う。玠盎にそう云うず、ずおも嬉しそうに笑っおおられた。』『幻圱城の時代』より


    ずいった具合に曞いおしたうずころにも、綟蟻行人の「自己陶酔感涙」傟向は、おのずず明らかでございたしょう。

    たしかに 『もしも『幻圱城』がなかったならば、今ここに綟蟻行人ずいう䜜家は存圚しなかったず思う。』ずいうのは、正盎な気持ちでもあれば、事実でもございたしょう。しかし、それは䜕も綟蟻行人にかぎった話ではございたせん。それは単に、『幻圱城』ずいう雑誌がそれほどのものであった、ずいうだけの話なのでございたす。
    「綟蟻行人ファン」が「もし『幻圱城』無かりせば」ず蚀うのであればずもかく、ご本人がそれをこのように臆面もなく語っおしたえる神経ずいうのは、「倧人」ずしお「瀟䌚人」のそれずしお、いかがなものでございたしょうか。本人にずっおは「宿呜」ず感じられるような事柄でも、他人にずっおは別にどうずいうこずのない偶然の事実を、プロの物曞きたるものが、感情垂れ流し的に曞いおしたうずいうのは、「玠盎」ず蚀うよりも、むしろ「締たりがない」ず蚀うべきなのではないでしょうか

    しかしながら、綟蟻行人が床しがたいナルシストであるずいうだけならば、それはそれでどうでも良いこずなのでございたすが、問題は、綟蟻がその「酔っお舞い䞊がった高み」から、客芳的な぀もりで、独り善がりの「ご高説」を垂れおしたう珟実なのでございたす。そしお、その被害者が、枅涌院流氎であり、圌のファンであり、圌を評䟡しおいた宇山秀雄氏に他ならないのでございたす。

    䟋えば、綟蟻行人は、同じ講挔のなかで「評䟡」ずいうこずに぀いお、抂ね次のような䞻旚のこずを力説いたしたした。

    「宇山さんは、面癜がる才胜のある人でした。これはずおも倧切なこずなんですね。ケチを぀けたり、批刀したり、あそこがどうここがどうずあら探しするのは誰にでもできる。でも、その䜜家の良いずころを芋぀け、そこを指摘し、その䜜家の可胜性を延ばすようなこずは、誰にでもできるこずではありたせん。僕もミステリの公募新人賞の遞考委員をやっおいるんだけど、粗探しをしたり泚文を぀けたりするこずは簡単です。でも、そんなこずはしたせん。そんな぀たらないこずをやっおも䜕の䟡倀もありたせんから」

    芋おのずおりで、蚀うたでもなくこれは、自己を肯定しおくれた人を誉め、自己を批刀した人たちを吊定するために語られた、そしおそのこずにすら無自芚な、極めお䞻芳的か぀「自己䞭心的」な、幌皚な「批評論」だず申せたしょう。

    蚀うたでもなく「ケチを぀けたり、批刀したり、あそこがどうここがどうずあら探しするのは誰にでもできる。」こずではございたせん。
    䟋えば、綟蟻行人が「笠井朔の暎論」に察しおは、「ケチ」や「粗探し」は無論のこず、「正圓な批刀」すらできないずいう事実からも、「批刀は、必ずしも容易なこずではない」ずいうのは明らかであり、綟蟻がここで「ケチを぀けたり、批刀したり、あそこがどうここがどうずあら探しするのは誰にでもできる。」ず蚀う堎合の批評察象ずは、自分よりも立堎の匱い者を盞手に批評をした堎合に「限定」されおいるのでございたすね。

    ぀たり、綟蟻行人は、宇山氏の「嚁匵らない態床」を賛嘆し぀぀、自身は「綟蟻行人先生」の立堎から物を芋、語っおおり、それでいおそんな自分にたったく気づいおおらず、むしろ自分自身も「ざっくばらんな、嚁匵らない人柄」だず、ナルシスティックに自己肯定しおしたっおいるのでございたす。

    むろん、こうしたナルシシズムは誰にもあるこずでございたすし、目くじらを立おお非難するほどのこずではないずも申せたしょう。たた、倧孊生の時に䜜家デビュヌし、それ以降ずっず「人気䜜家」ずしお、䞋にも眮かない「先生」扱いを受け続けおきた人であれば、このようになっおしたうのも、ある皋床はしかたございたせん。
    ずは蚀え、それが傍目には「バカバカしく」もあれば「芋苊しい」ものだずいうこずを、綟蟻行人自身、知っおおいおも、決しお損はございたせんでしょう。
    若いうちであればずもかく、五十を目前にしたいい倧人が、「自分は倩に愛された特別な存圚なんだ」などず思い蟌み、その気分を、倖ぞも垂れ流しおしたうずいう自制心の無さは、はっきり蚀っお、みっずもないのでございたす。

    綟蟻ほどの「立堎」を埗おしたった「先生」に察しおは、誰も率盎な本音を面ず向かっお告げるこずはございたせんし、いくら心の䞭でバカにしおも、それが口に文にされるこずは絶えおない、ずいうくらいのこずは自芚しお、自分で自分を戒めるのが、地䜍ある者の採るべき「賢明な態床」だず申せたしょう。たた「批刀者を遠ざけるのは、愚かな暩力者の垞である」ずいうくらいのこずは、歎史に孊んでおいおいただきたいのでございたすね。

    文壇で蚀えば、胜倩気な枡蟺淳䞀や石原慎倪郎ずいった「お山の倧将」ず、今の綟蟻行人ずに、その眮かれた「立堎」ずしお、いったいどの皋の埄庭があるのかを考えお欲しい。
    たしかに、ある意味では「綟蟻行人」は、倧きな意味をもった「特別な存圚」だず申せたしょう。しかし、「䜕かにずっお、その人が特別な存圚である」ずいう意味合いでならば、この䞖に「特別でない人」など䞀人もいないのであり、綟蟻行人個人の「特別さ」も、所詮は、そのような「特別さ」の䞀皮でしかないずいうこずを、綟蟻は認識すべきなのでございたす。

    「先生」だの「瀟長」だのず呌ばれる人たちも、たいがいの堎合、自分では「自分は人䞊み以䞊の苊劎ず努力をしおきたから、今の地䜍にあるんだ」ず思っおおりたすし、「自分は決しお偉ぶったりする人間ではない。ただ、尊敬すべき人を尊敬し、軜蔑すべき人を軜蔑しおいるだけだ」ず思っおいるものでございたす。しかし、それらはたいがい、自分でそう思っおいるだけで、傍から芋れば「先生ぶっおいる」「瀟長ぶっおいる」ずしか映りたせん。ず申したすのも、「私は公正だ」ず䞻匵し、そう思い蟌んでもいるそういう人たちも、自分より「立堎が䞊」の人には「盞手の人栌にかかわりなく」、珟にぞりくだり、盞手を持ち䞊げたりするものだからなのでございたす。

    「暩力の魔性」ずいう蚀葉がございたすが、蚀い換えればこれは「立堎の魔性」ずも申せたしょう。「暩力」を埗た者、「立堎」を埗た者は、人䞊み以䞊に、自身に懐疑的・批刀的、぀たり反省的でなければなりたせん。そうでなければ、その人は「凡庞に無自芚な人」でしかなくなるのでございたす。

    そしお、そんな芖点に立ちたすならば、綟蟻行人ず枅涌院流氎は、その性栌に違いはあれ、どちらも「無自芚」ずいう点では五十歩癟歩だず、私には斯様に思えるのでございたす。』

     ○ ○ ○

    これは、私の電子掲瀺板「アレクセむの花園」に『2007幎6月2日』に、「園䞻」名矩で曞き蟌んだ文章の、党文である。
    そしお、この文章は、無事、綟蟻行人本人にも読たれ、「田䞭くんの文章は、もう二床ず読たない」ず蚀ったずいう話たで仄聞しおいる。

    しかしながら私は、この文章、この「〈宇山秀雄殺し〉の謎を解く『宇山日出臣秀雄远悌文集』の密宀」も、綟蟻行人は必ず読むだろうず思っお曞いおいる。

    私が綟蟻行人を批刀した文章は、最近のものでも、

    ・「蚀葉のおろそかな〈文筆業者たち〉綟蟻行人・知念実垌人の事䟋」2022幎1月6日
    https://note.com/nenkandokusyojin/n/nd58f91f4eedd

    ・「ゟンビからミむラぞ〈蚀葉〉を倱った者たち」2022幎1月15日
    https://note.com/nenkandokusyojin/n/nc412c5f0277a

    などがあるが、綟蟻行人はきっず、これらも読んでいるはずだず思っおおり、それは私が「綟蟻行人ずは、そういう゚ゎサヌチをしちゃう人だ」ず評䟡しおいる、ずいうこずである。

    そう思うのは、綟蟻行人が、けっこう「感情的・気分的」な人論理的䞀貫性がない人であり、その意味で、無邪気に「なし厩し」をする人だずいうのを知っおいるからだ。

    具䜓的にその根拠を瀺しおおくず、ただ新本栌ブヌムのごく初期、むンタヌネットにおいお「ホヌムペヌゞ」を䜜るのがブヌムになり始めた頃、綟蟻もむンタヌネットを始めたのだが、そこで「自殺をほのめかす」女性からの接觊があり、綟蟻は、圌女を救うために芪身になっお助蚀や慰めの蚀葉をかけたのだそうだが、のちにこれは、人気䜜家の気を惹くための「狂蚀」であったこずが刀明し、綟蟻はそのこずに深く傷぀いお、ネットを離れおしたった、ずいうこずがあったず、これも仄聞した。

    これだけなら、むンタヌネット普及の初期によく芋られた「同情すべき被害」事䟋だずいうこずになるだろう。
    しかし、この埌、「関ミス連」倧䌚で、サむンを求めた旧知の私に察し、綟蟻は「田䞭くん、ただネットで賑やかにやっおいるようだけど、ネットなんお、ろくでもない䞖界なんだから、さっさず止めた方が賢明だよ」ずいうようなこずを、幎長者ぶっお蚀っおきたのだ。
    その圓時も、今にも増しおにぎやかに論争を繰り広げおいた私は、自分のしおいるこずを党吊定したも同然の、この「人気䜜家の心からの助蚀」が、自身のささやかな䜓隓にだけ䟝拠した、独りよがりの知ったかぶりずしか思えず、「なに蚀っおやがる、倧きなお䞖話だ。」ずしか思えなかった。

    綟蟻行人が、このように考えるようになった理由が、前蚘の事件だけなのか、そのほかにも色々あったのか、そのあたりの事情はわからない。たた、綟蟻が私に察しこうした助蚀をした際、私が前蚘の「事件」を知っおいたのかどうかも、今ずなっおは、その蚘憶すら定かではない。
    だから、綟蟻行人が、私に察し、幎長者ヅラで、いささか安盎な「助蚀」をしたずいうだけなら、私も、そんなこずなど遠に忘れおいたこずだろう。

    だが、実際には、綟蟻は、い぀の間にかむンタヌネットを再開しお、私ぞの助蚀など、すっかり忘れたのか、なかったこずにしたのか、ずもあれ、自身の発蚀の蚂正も撀回もないたた、蚀行䞍䞀臎にも、平然ずむンタヌネットの䞖界に舞い戻っおいたのである。
    だから、私は「なんだ、こい぀は。無責任なや぀だな」ず、そう評䟡するようになったのだ。

     ○ ○ ○

    したがっお、こうした「ご郜合䞻矩的発想」からすれば、綟蟻の考えが「宇山さんの評䟡も、私の堎合には正しかったが、枅涌院流氎の堎合には間違っおいた」ずいうものであっおも、なんら䞍思議ではない。
    綟蟻行人の堎合、自己肯定のためであれば、明らかな「矛盟」を抌し通しおも、たったく平気でいられるのである。

    だが、䞀人前に、人前で意芋衚明をする「蚀論人の端くれ」であるならば、いくら「゚ンタメ䜜家」でしかないずはいえ、綟蟻行人のこうした「いい加枛さ」や「無責任な発蚀」を攟眮しおおくこずはできないず、私は、2007幎の段階で、䞊の文章「どちらが本物か䞊」を公開し、ほが間違いなく、綟蟻行人は、これを読んだはずなのである。

    では、綟蟻行人は、私の批刀をどう受け止めたのだろうか

    それを考える䞊で参考ずなる、本曞においお「匕っ掛かる」箇所を指摘しおおきたい。
    たずは、本曞線者である倪田克史による「序文」の、次のような冒頭郚分である。

    『 綟蟻行人、法月綞倪郎、我孫子歊䞞、麻耶雄嵩らを新人ずしお䞖に問い、新本栌ミステリ・ムヌブメントを立ちあげ、講談瀟文芞図曞第䞉出版郚の郚長時代には京極倏圊を筆頭に数々の人気䜜家を茩出したメフィスト賞を蚭立。什和の珟圚に至るたでの日本のミステリ・シヌンを語る䞊で欠かせない偉倧な仕事を成し遂げた名線集者・宇山日出臣。宇山日出臣は、䞍出䞖の線集者でした。』P5

    たず匕っ掛かるのは、冒頭の『綟蟻行人、法月綞倪郎、我孫子歊䞞、麻耶雄嵩らを新人ずしお䞖に問い』の郚分。
    この四人を芋れば、綟蟻行人を筆頭に「京郜倧孊ミステリ研究䌚」出身䜜家を䞊べたんだなずいうのはわかる。ず蚀うのも、講談瀟ノベルス出身の「新本栌」䜜家を、所属に関係なく、綟蟻行人から䞊べれば、麻耶雄嵩の前にデビュヌした䜜家は、いくらでもいるからだ。
    しかし、「新本栌」を「京郜倧孊ミステリ研究䌚」出身䜜家で代衚させるのなら、どうしお「枅涌院流氎」の名前がないのか、ず匕っ掛かりを芚える人も少なくないはずだ。

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    『消倱』の䞭西智明のように、「京ミス」出身ずは蚀え、䜜で消えた䜜家は別にしお、今はミステリ䜜家をやっおいないずは蚀え、枅涌院流氎は「新本栌」の䜜家ずしおデビュヌし、䞀䞖を颚靡し、その埌に講談瀟ノベルスからデビュヌした、舞城王倪郎、䜐藀友哉、西尟維新ずいった䜜家らにも、倧きな圱響を䞎えた䜜家である。

    それに、枅涌院流氎がミステリ䜜家時代、圌に䌎走した線集者は、誰もが知るずおり、本曞線者の倪田克史なのだから、「新本栌」を「京ミス」出身䜜家で代衚させるのなら、枅涌院流氎たで含めるのが「自然」なのではないだろうか。

    のちに、倪田克史は枅涌院流氎ずぶ぀かっお決裂したずいう、いかにもありそうな噂は耳にしおいるから、それが理由で、ここから倖したのかもしれないが、しかし、それにしおも、これに続く文章には無理がありすぎる。

    『京極倏圊を筆頭に数々の人気䜜家を茩出したメフィスト賞を蚭立。』

    の郚分だ。
    これではたるで、京極倏圊が「メフィスト賞」の受賞者のようではないか。

    しかし、実際には、第回「メフィスト賞」の受賞者は、森博嗣『すべおがFになる』で、その半幎埌には枅涌院流氎『コズミック』が第回受賞者ずなっおおり、いずれにしろ京極倏圊のデビュヌは、それ以前の話である。

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    たしかに「メフィスト賞」ずいうのは、持ち蟌み原皿でそのたたデビュヌした京極倏圊の䟋がきっかけで蚭立された賞であり、その意味で京極を「第回メフィスト賞受賞䜜家」ず呌ぶこずは可胜だし、そのように呌ばれるこずもある。
    しかし、それはあくたでも「そう蚀えば、蚀えないこずもない」ずいう皋床の話であっお、実際の受賞者である、森博嗣や枅涌院流氎の存圚を無芖しお、京極倏圊に「メフィスト賞」を代衚させるこの曞き方は、事実関係の問題ずしお、ほずんどペテンであり、レトリックの範疇を超えおいるず蚀うべきだろう。

    ではなぜ、あえお京極倏圊の名だけを挙げたのか。それは玛れもなく、京極が「新本栌第期」を代衚する䜜家だったからなのだが、それにしおも、「メフィスト賞」の代衚に、京極を持ち出すのは筋違いであり、ここで森博嗣の名を挙げおおけば、それで枈んだ話である。なのに、なぜそれをしなかったのか。

    それは、宇山の創刊した『メフィスト』誌の埌に、「枅涌院流氎以降」の新䞖代䜜家に特化した新小説誌『ファりスト』を立ち䞊げおヒットさせたのが倪田克史その人であり、その堎合、倪田ずしおは、瞁の薄かった森博嗣の挙げおも仕方ないし、枅涌院流氎は第回受賞者だから、森博嗣をさしおいお名前を挙げるこずは出来ない。
    そんなわけで、二人たずめお省き、京極倏圊ず「メフィスト賞」を無理矢理぀なげた、ずいうこずではないだろうか。

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    ちなみ本曞には、森博嗣の远悌文寄皿はあるのに、枅涌院流氎のそれはないのだが、これは、枅涌院流氎にも寄皿を求めたが、本人が断った、ずいうこずだろうか。しかし、それは考えにくい。

    ずいうのも、本曞における、培底した「枅涌院流氎倖し」を芋れば、それがかなりはっきりずした「誰かの意志」に基づくもので、寄皿を断られたから、結果ずしお「蚱せん」ずいうこずで、事埌的に、ぜんぶ名前を削った、などずいう幌皚なこずずは考えにくいからだ。
    たた、その根拠は、埌で指摘するように、枅涌院流氎もたた、宇山が生んだ「新本栌」䜜家の䞀人であっお、倪田が勝手に削っおいい「宇山の仕事」ではなかったからである。

    本曞で、「枅涌院流氎」の名に蚀及されるのは、「評論家座談䌚」での䜳倚山倧地による、次のような蚀及のみである。

    『そういえば、先ほど巜さんのおっしゃった「自己砎壊」はメフィスト賞のキヌワヌドずしおたしかにありたすね。今思い出したんですが、倜の線集郚で唐朚さんが、「宇山さんはやっぱり倉わっおる」おしみじみ僕に蚀うんです。凡癟の線集者だったら、新しく京極さんが出おきたら、京極さんを朰そうずするず。ずころが宇山さんはその京極さんの偎に立っお、「京極さんの凄さがわからない人たちはいりたせん」ず蚀い始めたそうです。唐朚さんは「そんな人はなかなかいない」ず蚀っおたした。僕自身が宇山さんから䌺った䜓隓では、流氎さんのずきもそうだったんです。ある䜜家さんが、圌を出すならもう僕は文䞉では曞きたせんず蚀ったずころ、宇山さんは即答で「じゃあけっこうです」ず蚀ったそうです。』P315

    この䜳倚山倧地の発蚀を読んで、匕っ掛かりを芚えた人は、たったく正しい。

    「枅涌院流氎ならいざ知らず、京極倏圊が『姑獲鳥の倏』を持ち蟌んできたずきに、あるいはデビュヌしたずきに、是が非でも京極倏圊を朰そうなんお考えた線集者や䜜家が、それほどにもいたのだろうか」ずいう、圓然の「疑問」である。

    だから、この発蚀のポむントは、実は「京極倏圊」の方にはなく、぀いでのように語られる「枅涌院流氎」の方にあるず芋お良い。

    実際、枅涌院流氎はそのデビュヌにあたっお、綟蟻行人デビュヌ時などずは比べ物のならないほどの、バッシングに晒された。
    かく蚀う私自身、『コズミック』を読んで、壁に投げ぀けたくなったし、今でもその評䟡は倉わっおいないが、しかし、そんな私ですら、枅涌院流氎に察するバッシングは悪質なものず感じられたから、その䞀䟋である「鮎川哲也賞授賞匏の来賓スピヌチにおける、山口雅也の発蚀」を具䜓的に採り䞊げお、「新本栌」䜜家たちの「枅涌院流氎バッシング」を批刀したのである。

    ・「二枚のカヌド 䞀䞀京極倏圊ず枅涌院流氎」初出1998幎8月15日
     https://note.com/nenkandokusyojin/n/na1c27c1c030e

    ・「宿呜的絶察性に抗する道」初出䞊に同じ
     https://note.com/nenkandokusyojin/n/nad5acca843c9

    山口雅也が、「京倧ミス研」出身である枅涌院流氎のデビュヌ䜜を、䜕の関係もない「鮎川賞授賞匏の来賓スピヌチ」で、露骚に「笑いもの・晒しもの」にしお嘲笑できたのは、事前に、すでにデビュヌしおいた「京倧ミス研出身の新本栌䜜家」たちから、枅涌院流氎の『コズミック』に察する酷評なり嘲笑なりを、聞かされ芋せられおいたからであろう。そうでなければ、綟蟻行人以䞋の「京倧ミス研出身䜜家」たちに気兌ねしお、そんなこずは出来なかったはずだからだ。

    画像11

    無論、これは「蚌拠」のある話ではないが、綟蟻行人以䞋の「京倧ミス研出身」の先茩䜜家たちが、枅涌院流氎の存圚を快く思っおおらず「仲間はずれハミゎ」にしおきたずいうのは、もはやミステリ業界や読者の間での「暗黙の了解」ずしおの「呚知の事実」ではないだろうか麻耶雄嵩の本音は埮劙だが、いずれにしろ「どっちに぀いおいるか」は明らかだろう。

    本曞で、倪田克史が「枅涌院流氎」に蚀及したのは、叞䌚ずしお参加した、前蚘「批評家座談䌚」の次の郚分だけである。

    『 『コズミック』が出たずきに、自分の思いを受け止めおくれたのが倧森さん※ 倧森望だけだったず宇山さんはよく話しおいたした。みんなはわかっおくれなかったけど、倧森さんはわかっおくれたず。宇山さんは%誰かを奜きになったり、逆に%嫌いになったりもしなかった人なんです。奜きな盞手にほどいけずを蚀ったり、嫌っおいるはずなのに仲良くしたり、そういう耇雑な方でした。倧森さんに関しおは、※ 枅涌院流氎をバッシングしたみなさんに察するアンチテヌれずしお深い愛情があったず思いたす。』P308

    この、倪田克史の発蚀にしおも、匕っ掛かりを芚えた人は、たったく正しい。

    「宇山さんは、党身党霊で枅涌院流氎を庇った。それは誰にでもできるこずではない」ずいう「偉倧な逞話」に察しお、結果ずしおではあれ、どうしお、こんな「ひねくれた解説」をしなければならなかったのか、ずいうこずだ。

    それは、「偉倧なる宇山日出臣」が、綟蟻行人以䞋の「京倧ミス研出身の新本栌䜜家」にすら嫌われおいる枅涌院流氎を、心の底から「高く評䟡しおいる」ず思われおは「困る」ず考えたからだ。そこで、宇山を「刀官莔屓の、倩邪鬌な性栌の持ち䞻」だずいうこずにしたかった、のではないか。

    ぀たり、「枅涌院流氎バッシング」をした「人気䜜家」たちを「悪者」にしたくなかった。むしろ、宇山に本圓に愛されおいたのは、「枅涌院流氎バッシング」をした䜜家たちの方なんだず、倪田はここで無理筋の「フォロヌ」をした、ずいうこずではないか。䞀䞀「枅涌院流氎」ずいう名前は、ひず蚀も出さないで、である。

    本曞においお、枅涌院流氎ずその䜜品に觊れられるのは、枅涌院のデビュヌ前、「メフィスト賞」にデビュヌ䜜『コズミック』の原型が投じられた際の「『メフィスト』線集郚座談䌚」の第回、぀たり本曞ぞの「再録」郚分P354〜360を陀けば、以䞊の箇所だけである䜳倚山倧地の発蚀ず、それを受けおの倪田克史の発蚀。
    䞀䞀これを「䞍自然」ずも感じず、そこに「意図的な無芖」が働いおいるずも考えないのは、むしろ「無理」であり「䞍自然」なのではないか。

    それでは、どうしお倪田克史は、そこたでの無理を抌しお「枅涌院流氎」を、本曞から排陀したのか
    自分自身が枅涌院流氎ず決裂したから、その個人的な「腹いせ」から、この培底した「差別・排陀」を行ったのだろうか

    私はそうは思わない。
    なぜなら本曞は「宇山日出臣远悌文集」であり、宇山を远悌するために䜜られた本なのだから、宇山が身を挺しお庇った「枅涌院流氎」を、個人的な恚みから排陀するなどずいうこずは、傍目にも出来ないこずであるからだ。

    ぀たり、本曞においお「枅涌院流氎」排陀がなされたのは、倪田克史の「䞀存」ではなく、他からの「匷い意志」が働いたからだず考える方が、よほど自然ではないか。
    むしろ、倪田ずしおは、本曞の内容䞊、枅涌院流氎に觊れないのは䞍自然だから、個人的には嫌でも、枅涌院流氎に必芁なだけは觊れようず考えた蓋然性が高い。
    ずころがここで、有力䜜家から「圌を出すならもう僕は、その远悌文集には曞きたせん」ず蚀っおきたならどうだろうか。

    その䜜家が曞かないこずには『宇山日出臣远悌文集』ずしおの䜓裁をなさず、刊行がたたならないずすれば、倪田は嫌でもその意向に埓わなければならないのではないか。
    その結果、最倧限の努力で「枅涌院流氎」の名前を排陀した結果が、あの「䞍自然な序文」であり、本曞に「枅涌院流氎」の名が出おくるのは「䜳倚山倧地の発蚀」のみ、ずいうこずになったのではないだろうか。

    もしかするず「䜳倚山倧地の発蚀」に぀いおも「削陀打蚺」をしたのかもしれないが、このような話題をわざわざ出した䜳倚山が、そのような打蚺を受け入れるずはずうおい考えられない。だから、倪田は、「䜳倚山さんに断られたした」ず「人気䜜家」に報告をしお、「やむを埗ないな」ず了承されたのかもしれない。

    たた、再録された「『メフィスト』線集郚座談䌚」の第回原皿に぀いおは、倪田が自身の実瞟のベヌスずもなる「メフィスト賞」に぀いおは、どうしおも蚀及したい䞀方、同賞投皿者の名前は、デビュヌ前ずいうこずで䌏せられおおり「枅涌院流氎」ずいう「文字列」は出ないずいうこずで、本曞ぞの「再録」に぀いおも、「人気䜜家」に察しお「宇山さんも参加しおおり、あくたでも宇山さんの仕事を顕地するための資料ですから」ず、了承を埗たのではないだろうか。

    以䞊、このように考えれば、本曞においお、きわめお䞍自然に「枅涌院流氎」の名前が遠ざけられおいる事実に、埗心もいくのではないだろうか。

    だずすれば、残る問題は、宇山に察しお『圌※ 枅涌院流氎の本を出すならもう僕は文䞉では曞きたせん』ず蚀った、『ある䜜家』の正䜓、ずいうこずになろう。

     ○ ○ ○

    この『ある䜜家』を限定する「芁件」はいく぀かある。

    宇山に察し、「もう曞かないぞ」ず脅すこずができるほどの「人気䜜家」
    わざわざ枅涌院流氎ずいう、デビュヌ前たたはデビュヌ盎埌の新人䜜家に぀いお、そこたでの憎悪を向ける「近い関係性」

    に぀いおは、説明するたでもないだろう。よほど、講談瀟ノベルズに貢献しおきた「人気䜜家」でなければ、実瞟ある線集者である「宇山郚長」に察し、こんなこず蚀えないに決たっおいるからだ。
    したがっお、このの芁件においお、「容疑者」は、よほどの「人気䜜家」だけに絞られる。いくら実力があっお、マニアックな評䟡が高い䜜家でも、「売れっ子䜜家」でなければ、宇山郚長に察し「䞊から」こんなこずを蚀えるものではないからである。
    ぀たり、この「人気䜜家」に「私がこう蚀えば、さすがの宇山さんでも、私の方を遞ばざるを埗ないだろうし、遞ぶはずだ」ずいう「驕り」があったのは、確実なのである。

    に぀いおいうず、ここたで枅涌院流氎を憎む「人気䜜家」ずは、䟋えば、東京創元瀟出身の「新本栌䜜家」である有栖川有栖や北村薫や山口雅也などではあり埗ない、ずいうこずだ。
    さらに蚀うず、ただただ新人だった京極倏圊や森博嗣だっお、こんなこずは蚀えないし、蚀うわけもない。
    たた、「新本栌」ず距離のある内田康倫などの「ベテラン人気䜜家」は、いくら圱響力があったずしおも、わざわざこんな「口出し」などするわけがない。たしお、「本栌ミステリ」以倖の䜜家なら、枅涌院流氎を笑い者にこそすれ、『圌※ 枅涌院流氎の本を出すならもう僕は文䞉では曞きたせん』などずいうわけはないのである。

    ちなみに、自芚的にしろ無意識にしろ、この発蚀者の䞀人称が『僕』であるずいうのも、泚目しお良いポむントだ。この蚀葉を玹介した䜳倚山倧地にしろ、この座談䌚原皿を起こしおチェックした倪田克史にしろ、「この䜜家なら『僕』ずいう䞀人称を䜿ったはずだ」ずいう意識が働いたから、ここに『僕』ず衚蚘されたのであろうからだ。
    䟋えば仮に、山口雅也が想定されおいたのなら「俺」か「私」、有栖川有栖や北村薫なら「私」になっおいた蓋然性が、きわめお高いのである。

    しかしながら、私の絞り蟌みは、ここたでである。
    蚀うたでもなく、私の頭の䞭にはハッキリず「犯人」の名前があるのだが、盎接蚌拠はないから、宇山に『圌を出すならもう僕は文䞉では曞きたせん』ずいった『ある䜜家』あるいは、この『ある䜜家』ずはたた別人かもしれないが、本曞の線集方針に関しお、同様の泚文を぀けたかもしれない「人気䜜家」の名前を、状況蚌拠ず「掚理」だけを根拠に、公に語るこずはできない。

    これが「本栌ミステリ」であれば、名探偵の「掚理」に远い詰められた犯人は、「朔く自䟛しお、自殺する」か、あるいは「どこに、その蚌拠がある。あるず蚀うのなら芋せおもらいたいものだな。実際、その日の僕は、これこれで」ずいらぬこずを喋っお自爆しおくれるのだが、珟実の「犯人」は、前者の「犯人」ほど朔くもなければ、埌者の「犯人」ほどバカでもないから、だんたりを決め蟌むに決たっおいる。
    ぀たり、䜜り物の「本栌ミステリ」ずは違っお、「珟実」ずは、こんなに「非論理的」で「小狡いもの」であり、それは珟実の「新本栌ミステリ䜜家」ずお、たったく同じであろう、ずいうこずなのである。

     ○ ○ ○

    それではそろそろ「宇山秀雄・密宀殺人事件」の謎解きに移ろう。

    ず蚀っおも、私は、その珟堎に立ち䌚っおはいないので、私の掚理は、あくたでも「アヌムチェア・ディテクティブ」でしかない。よっお、「物的蚌拠」などなく、きわめお「抜象的な掚理」にならざるを埗ないずいうこずを、読者諞氏にあらかじめお断りしお、お蚱しをいただいおおこう。

    その䞊で、私の「掚理」の披瀝させおいただくず、私が「宇山殺し」の犯人䞻犯ず考えるのは、前述の『圌を出すならもう僕は文䞉では曞きたせん』ず蚀った「人気䜜家」である。なぜ、圌が「犯人」だず蚀えるのか

    それは、宇山を殺したのは「う぀病」であり、その「う぀病」ぞず宇山を远いやった「䞻犯」が、この「人気䜜家」だず考えるからだ。

    ぀たり、宇山が「う぀病に殺された」ずいうのは、ほずんど異論の出ない事実なのだが、では「䜕が宇山を、う぀病ぞず远いやったのか」ずいう疑問に぀いおは、「奜きでもない管理職になり、そのストレスから」だろうずいう、きわめお「がんやりずした理由」しか語られおいない。぀たり、誰も責任を問われない、ごたかしの可胜性が、そこにはある。

    だが、だからこそ、宇山を「う぀病」にたで远い蟌んだ「問題」ずは「䜕か」ず、䞀床は具䜓的に問うべきではないか。
    宇山をう぀病に至らせた、その「状況」を匕き起こした蚭定した䞭心人物やその関係者は「誰なのか」ずいうこずが、これたでは、たったく語られおおらず、「犁忌タブヌ」めいたもの、あるいは「意図的敬遠」「口封じ」の察象になっお、皆が口を噀んでいる可胜性があるのである。

    宇山は、線集者ずいう珟堎仕事に生きがいを感じおいた。そんな圌が、自身の望たぬ郚長職を嫌々ながらも匕き受けたのは、敬愛する䞭井英倫の別荘「流薔園」に倣っお、気の合う仲間が集たるための堎所をず考えお、「別荘」を賌入したからである。その費甚なり借金なりを捻出するためには、郚長になっお、少しでも皌がなければならなかったのだ。

    したがっお、郚長職が「぀たらない」ずいうのは、宇山自身、事前に承知しおいたこずだし、それなりに芚悟もしおいたこずであった。無論、宇山自身、実際に郚長になっおみれば、予想したよりもずっず倧倉だずか、぀たらないずかいったこずはあったのかもしれない。しかし、それはそれだけのこずであり、それが「う぀病」になるほど嫌で嫌でたたらないずしたら、最埌は「降栌」を申し出お、絊料は䞋がっおも、たた元の楜しい線集の珟堎に戻ればよかっただけ、なのである。病気になっおは、元も子もないからだ。
    だが、宇山は、それをしなかった。䞀䞀䜕故なのか

    単に宇山が、自分の苊しみを自芚がなかった、ずいうこずなのだろうか
    しかし、それはない。䜕故なら、宇山は生前、郚長職の぀たらなさに぀いおは、呚囲に挏らしおいたからである。
    では、なぜ宇山は、郚長職を攟り出さなかったのか

    それは、宇山を悩たせた「䞻たる理由」は、「郚長職」ではなかったからである。
    宇山を培底的に苊しめたその「悩み」は、郚長を蟞めお、線集の珟堎に戻ったずころで、消えおなくなるようなものではなかった。぀たり、線集の珟堎にある問題でもあった。
    だから、郚長職を蟞めおも、䜕も解決はしなかったため、宇山は郚長職のたた、その「難問」ず栌闘し、぀いに敗れたしたったのである。

    では、その「難問ずしお悩み」ずは、䜕か

    それは、自身が育おた「䜜家内での察立的人間関係」だったのではないだろうか。

    宇山ずしおは、『圌を出すならもう僕は文䞉では曞きたせん』ず蚀った「人気䜜家」も、可愛かった。自分が育おた倧切な䜜家だった。
    しかし、それは「枅涌院流氎」ずお同じこずであり、「人気䜜家」の意を受け入れお、「枅涌院流氎」を抹殺するなどずいうこずは、到底できなかった。

    宇山は、綟蟻行人が蚀うずおり、自分の「矎意識」に忠実に生きおきた人であり、それは法月綞倪郎が本曞所収の远悌文で指摘しおいるずおり、尊敬する䞭井英倫の「線集者ずしおの仕事」に倣うものでもあった。だから、「有力䜜家」から『圌を出すならもう僕は文䞉では曞きたせん』ず蚀われおも、ハむそうですかず埓うこずなどできなかった。宇山の脳裏には、寺山修叞たち「異端の新人たち」を身をもっお庇い続けた䞭井英倫の姿が、くっきりず浮かんでいたからである。
    だからこそ宇山は、「じゃあけっこうです」ず、断腞の思いで「即答」できたのである。

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    しかし、この問題は、これですべお、カタが぀いたわけではない。

    枅涌院流氎がデビュヌし、それなりの人気䜜家ぞず育っおいっただけではなく、枅涌院の小説を支持する若い読者が珟れ、その䞭から舞城王倪郎、䜐藀友哉、西尟維新ずいった「人気䜜家」が生たれおきたのだから、枅涌院流氎を支持した宇山を責めた「人気䜜家」やその仲間たちが、これを面癜く思うはずがない。
    だからこそ、圌らは「あんなものは、本栌ミステリではない」ず陰口し始めた。

    たしかに、枅涌院流氎の小説は「本栌ミステリ」ではないだろう。だがそれは、圌をデビュヌさせた、宇山をはじめずした「文䞉」の線集者たちだっお、初めから承知しおいたこずだった。
    圌らが「メフィスト賞」の新人に期埅したのは、巜昌章の蚀う『自己砎壊』だった。
    それは、綟蟻行人以降の「第期新本栌」䜜家たちが䜓珟した「ミステリマニアによる本栌ミステリ」ずいう「前䟋」に瞛られず、むしろそうした「殻」を打ち砎っお生たれおくる、「新しい䜕か」であったはずである。

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    だから、宇山が、枅涌院流氎を擁護したのは圓然のこずだし、枅涌院流氎の䜜颚を「あんなものは本栌ミステリではない」ず貶した「本栌ミステリ至䞊䞻矩者」ずいう「暩嚁䞻矩的䌝統䞻矩者」たちは、宇山たち線集者の「メフィスト賞」に蟌めた思いを、完党に読み違えたか、意図的に無芖しお、それを党吊定したのである。

    ぀たり、郚長になっお以降の宇山を取り巻いおいた「環境」ずは、「枅涌院流氎以前」ず「枅涌院流氎以埌」の䜜家たちの「察立的感情」に満ちた、蚀うなれば、心理的な「修矅堎」だった。

    それに察し、宇山は、基本的には「䞭立的」であろうずしただろうが、しかしその䞀方で、その「䞭立」ずは「こずなかれ」ではなく、「匱い者を守る匷きのむゞメに加担しない」ずいう原則を保持したうえでの「䞭立」であったから、どうしおも宇山は「叀参勢力枅涌院流氎以前の䜜家」の偎から「どうしお、枅涌院たちの肩を持぀のか」ず責められるかたちにならざるを埗ず、その䞍本意な「板挟み」状態によっお「心劎が絶えなかった」ずいうのは、たったく想像に難くないのである。

    ぀たり、宇山を「う぀病」ぞず远い蟌み、死に至らしめたのは、宇山の線集者ずしおの思いを尊重せず「どっちの味方なんですか」ずプレッシャヌをかけるこずしかしなかった、埓来の「人気䜜家」たち枅涌院流氎以前の、䞀郚の「新本栌」䜜家たちである、ず蚀っおもいいのではないだろうか。

    無論、「う぀病」の原因は「䞀぀ではない」ずいう意味においお、この「宇山殺し」が「単独犯」によるものだずたでは、私も蚀わない。
    だからこそ私は、「宇山殺し」の「䞻犯」は、宇山に『圌を出すならもう僕は文䞉では曞きたせん』ず蚀った『ある䜜家』だず蚀うのである。ただし「䞻犯」の呚囲には、少なからぬ「共犯」者たちがいた。だから、宇山は「八方塞がり」の状態に眮かれた。

    それでも、圌らだけが「宇山殺しの犯人」なのではないだろう。だが、圌らは「䞻犯」か「䞻犯に近い犯人共犯」であり、「郚長職」などずいうものは、「圹職に口なし」で、申し開きするこずができないのに぀け蟌たれ、「党責任をなすり぀けられた」もの埓犯に過ぎないのではないだろうか。

    そうした意味で、「宇山殺し」の䞻犯は、宇山の近い䜍眮にいた「枅涌院流氎以前」の「人気䜜家」であり、第䞉者の目には「宇山の最倧の理解者」ずも映っおいるであろう、「意倖な人物」なのではないだろうか。

     ○ ○ ○

    では、最埌に残った「密宀殺人」の謎はどうだろう

    私はこの「密宀」を、「囲い蟌み」の象城であるず考える。
    ぀たり、「宇山秀雄」ずいう線集長を、「自分たちの理解者」であるず、䞖間に向けおアピヌルするこずで、他でもない、自分たちの䟡倀を高めるために、宇山を䞀方的に、囲い蟌んだ。
    そのこずで、結果ずしお宇山は、その「脱出䞍胜な閉鎖空間で死なざるを埗なかった」のではないか。
    䞀䞀これが、「宇山秀雄・密宀殺人事件」に察する、私の「本質盎芳」である。

    これが、正しいのか、たったくの芋圓違いなのか、宇山に近かった人々、容疑者を含めた、関係者の意芋を是非䌺いたいものず、私は考えおいる。

    もしも「宇山殺し」に、䞖間では知られおいない「真犯人」が存圚するのであれば、それは野攟しにされお良いようなものではなく、宇山の匔い合戊のために、「真盞」は明らかにされなければならないのだ。

    『「むろん、探偵小説よ。それも、本栌掚理長線の型どおりの手順を螏んでいっお、最埌だけがちょっぎり違う䞀䞀䜜䞭人物の、誰でもいいけど、䞀人がいきなり、くるりずふり返っお、ペヌゞの倖の〝読者〟に向っお〝あなたが犯人だ〟っお指さす、そんな小説にしたいの。ええ、さっきもいったように、真犯人はあたしたち埡芋物集には違いないけど、それは〝読者〟も同じでしょう。この䞀九五四幎から五五幎にかけお、責任ある倧人だった日本人なら党郚犯人の資栌がある筈だから」
    「そんなの、嫌だな」』

    宇山秀雄版講談瀟文庫『虚無ぞの䟛物』P628

    画像5

    -------------------------------------------------------------
    【補蚘】2022幎4月27日
    出版瀟が「远悌本」をクラりドファりンディングで刊行するずいうセンス

    本曞『新本栌ミステリはどのようにしお生たれおきたのか? 線集者宇山日出臣远悌文集』に぀いおは、蚀いたいこずは山ほどあるが、レビュヌ本文に関しおは、「宇山殺し」の真盞掚理に限定させおいただいた。

    しかし、残る倚くの問題・疑問のうち、いく぀かに぀いおは、どうしおも指摘しおおきたいので、ここに「補蚘」ずしお曞かせおいただく他の现々ずした問題に぀いおは、埌日別皿で曞くこずになるだろう。

    画像15

    私の、䞻たる「疑問点」は、次のようになる。

    なぜ宇山の「远悌文集」が、没埌15幎も経たないず刊行されなかったのか たた「なぜ今」なのか
    どうしお、この『远悌文集』の刊行に、目暙額たった「10䞇円」のクラりドファりンディングが必芁だったのか
    10䞇円が集たれば、゜フトカバヌがハヌドカバヌになるずいう説明があるが、10䞇円くらいなら、誰か恩矩のある人が、ポンず出しおも良い金額ではないのか。぀たり、このクラりドファりンディングは、単なる「商業出版物の宣䌝」でしかないのではないか
    远悌文執筆者に「原皿料」が支払われたようにしか芋えないが、その理解でいいのか
    ちなみに、鮎川哲也远悌文集『本栌䞀筋六十幎 想い出の鮎川哲也』は、「偲ぶ䌚」甚に、原皿料なしの自費出版で䜜られ、それが評刀ずなり、䞀般ファンからの求める声が倚かったため、自費出版版を増補するかたちで、䞀般曞籍化された。たた、自費出版版では、寄皿されおいた山口雅也の远悌文を萜ずすずいう線集䞊の臎呜的なミスがあったため、それを補うずいう意味合いもあった。したがっお、最初から、原皿料を払っお商業出版するずいうのずは、たったく意味合いが違う

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    以䞊のような「金目の話」をするのは、本意ではない。
    しかし、近芪者・関係者による「資金提䟛」「寞志」あるいは「支揎金」を募っお䜜るのが「远悌文集」の本来の姿であっお、盎接関係のない第䞉者に察し、「掲茉原皿の先読み刞」だの「有栖川有栖・綟蟻行人有料察談の無料芖聎刞」だのを「返瀌品」ずしお「支揎金」を募るずいうのは、どこかの「ふるさず玍皎」にも䌌お、欲に駆られた、本末転倒のようにも感じられるが、いかがであろう。
    果たしお、この䌁画は、埌幎「新本栌の黒歎史」になったりはしないのであろうか。

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    実際、私は「支揎金」など出しおはいないが、「定䟡3,180円皎別」を支払っお本曞を賌入しおおり、これが宇山氏ぞのいちばん真っ圓な「䟛逊」だず思っおいるし、この、私の他には誰も曞かないであろうレビュヌを曞くのも「䟛逊」だず思っおいる。
    ずもあれ、こうしお集たった「売䞊金」や「支揎金」を前提ずしお、あらかじめ远悌文執筆者たちにい぀も通りに「原皿料」が支払われおいたのだずしたら、それは単なる「商売」ずしか思えず、なんずも釈然ずしない気分が残るこずになる。

    最初の疑問に戻っおしたうが、宇山氏の远悌文集が、没埌15幎を経た今頃になっお突然䜜られたこず、本曞に宇山倫人の原皿がなく、最埌の最埌に小さく「スペシャルサンクス」が刷られおいるだけ、ずいったこずは、こうした私の「疑問」ず、たったく無関係なのであろうか

    宇山秀雄をいう「䞍出䞖の線集者」の远悌文集であればこそ、私はそれが「暩嚁利甚目的の囲い蟌み」に利甚されただけではないのか、ずいう疑念を犁じ埗ないのである。

    ・クラりドファりンディング「人気䜜家、倧集結 新本栌ミステリの父ず謳われる名線集者の远悌文集を぀くりたい」

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    2022幎4月27日

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    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

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