
愛と呼ぶには、まだ遠い三人【14】|11章 揺れた境界|#創作大賞2026
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第11章:揺れた境界
ここ数日、月城の顔を見る度に心は乱れてばかりだ。
(もうやだ、こんな自分)
まるで自分の中に二つの人格でもあるかのような感覚が、未だに慣れない。
そんな自分から目を背けるように、玲奈は12月24日に迫る最後の研究発表会の準備に没頭し続けた。
◇
世間はクリスマスイブ。
無事に最後の研究発表会を終えた玲奈は、周囲の騒めきが収まらない中、そそくさと帰り支度を始める。
「おつかれ」
耳元で柔らかな声が響く。
その瞬間、大きく身体が跳ねる。
背筋から頭の先まで、感じたことのない細かな痺れが走った。
「わ、ごめん。驚かせちゃった?」
後ろから、月城の声が届く。
玲奈は目を一度閉じて、少し息を吐いてからゆっくりと首を振る。
「ん、平気」
なるべく短く答える。
まだ耳から、感触が抜けない。
帰り支度をしていたはずの手は、止まったままだ。
振り返ろうともしない玲奈に、月城がそっと覗き込む。
「あれ、清水さんもう帰るの?」
「……うん」
「そうなんだ。……この後、予定空いてる?」
何気ない月城の問い。
以前なら、ただの確認だったはずなのに、今はその一言だけで呼吸が浅くなる。
(このまま見てたら、言わなくていいことまで言いそう)
そう思った瞬間、玲奈は視線を落とした。
「ごめん、もう明日には実家帰るから」
「えっ、あ、そうなんだ……」
どこか重たい沈黙が、一瞬流れる。
月城の眉と目線が徐々に下がっていくように感じた。
(……違う、きっと期待じゃない)
誰に対してか、何に対してかも分からないような言い訳が心に浮かぶ。
気づけば掌に爪が食い込むくらい、力を込めていた。
「おまえ、もう実家帰るのか。早いな」
黒瀬の平坦な声が聞こえ、玲奈の手が少し緩む。
「うん。チケットも取ってあるから、もう帰って荷物の用意しないと。全然準備できてないから」
言葉が滑らかに出た。
その事実になぜかひどく安堵する。
(いつもの、私だ……)
言葉を止めると、別の何かが零れそうで、玲奈はそのまま口を開いた。
「じゃあ、そういうわけで。私は実家に帰るから。……良いお年を」
目の前の月城は少しだけ目を丸くさせたが、すぐに柔らかな表情に切り替わる。
「あ、うん。荷物準備しないとだもんね。
清水さん、今年は本当にお世話になりました。良いお年を」
月城のしっとりとした温かな低音が、身体の芯まで響く。
(……あ、ダメ。変な顔になりそう)
思わず目を強く瞑る。
だが、玲奈はすぐに目を開け、視界に黒瀬だけを映した。
「おう、また来年。良いお年を」
「うん、それじゃあ」
短く切って、玲奈は鞄を持ち歩き出す。
教室の扉の前で、一度だけ振り返る。
月城は微笑みながら手を振っていた。
その隣で、黒瀬が一瞬だけ手を上げた。
玲奈は少しだけ会釈を返す。
(……今ここで止まると、変になる)
気づけば足が先に動いていた。
頰が熱い、胸も痛い。
どうして何もかもが言うことを効かないのか、その理由だけがまだ分からずにいた。
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