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愛と呼ぶには、まだ遠い三人【13】|10章 滲む温度の境界|#創作大賞2026

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    第10章 :滲む温度の境界


    夜の静寂が、部屋に沈んでいく。
    時計の針だけが規則的に音を刻み、エアコンはすでに止まっていた。

    深夜二時。
    空気は冷えているはずなのに、胸の奥だけが、わずかに熱を帯びていた。

    (眠れない)

    そう思いつつ、目を閉じる。
    浮かぶのは、あの日の星ではなく、あの人の視線。

    まっすぐで、濁りがなくて、
    優しいのにどこにも逃げ道を作らない光。

    「……綺麗だったな」

    ぽつりと、思う。

    あんなふうに見つめられたことは、思い返してもあまりない。
    値踏みでも、期待でもなく、ただそのままの私がそこに映っていた気がした。

    「はぁ」

    吐いた息で、喉が少しだけ痺れる。

    「あれは、なに?」

    あの距離は、いつも通り。
    あの温度は、分からない。
    あの沈黙は、たぶん悪くない。

    ひとつずつ紐解こうとして、向き合う。
    それなのに、足りない。
    理屈が、その先の箱に触れようとする前に閉ざされる。

    「宝箱みたい……そんなもの、あったんだ」

    布団の上で、天井を見上げる。
    指先だけが、ゆっくりとシーツを撫でる。
    あの日触れたときの、曖昧な境界がまだ身体の奥に残っていた。

    「もし、このまま、進んだら……」

    少しだけ未来を想像してみる。

    「たぶん……最初は、問題ない」

    暗闇に、ぽつりと声だけが浮く。

    むしろ、うまくいく気もする。
    だってあの人は、優しいから。

    こちらが踏み込めば、きっと受け入れてくれる。
    崩さないように、ずっと支えようとしてくれる。

    そんな他人本位な思考が浮かんでは、消えた。

    ふいに目頭が熱くなり、玲奈は枕に顔を埋める。
    考えたくもないのに、勝手にその先の光景が浮かんでしまった。

    「でも……きっと長くは、持たない」

    自分の性質は、分かっている。

    合理で切る部分。
    感情を後回しにする癖。
    躊躇なく距離を取れる冷たさ。

    どれも、消えない。
    いや、簡単に消す気にもなれない。

    「じゃあ、逆なら?」

    自分を抑える。
    相手の価値観に合わせる。
    ただ隣で笑って、呑み込んで、委ねて。

    「無理」

    思わずベッドを叩いた。スプリングの軋む音だけが、遅れて響く。
    その先なんて分かっているはずなのに、思考だけが一拍遅れて追いつく。

    「どうすれば……」

    考えが一度まとまりかけて、そこで途切れる。
    言葉になりきる前の熱だけが、取り残されたまま残っていた。

    玲奈は枕を抱きしめたまま、身体を起こす。
    ベッドに座り込み、一度深く息を吐き出すと、スプリングが小さく沈む音を立てた。

    (どちらにしろ、何かは歪み、いずれ何かが欠けていく……)

    そう考えるのが、一番合理的だった。
    妙にクリアな視線の先には、ただ暗闇だけが広がっている。

    「それでも」

    胸の奥に、あの感覚が残っている。
    名前のない、あの感覚が。

    「……」

    玲奈は膝を抱えたまま、呼吸だけを浅く整えた。
    涙は出ない。
    代わりに、鈍い圧だけが身体に残った。

    「月城君は、優しすぎる」

    玲奈は唇を噛む。
    声は、そこで途切れた。

    (だから──壊したくない)

    その一文だけが、静かに定まる。

    「そのためなら、私は……」

    玲奈は目を閉じた。
    暗闇の奥に、光が浮かぶ。

    それはプラネタリウムの星でも、あの温かな光でもない。
    もっと冷たくて、遠い光。

    (……綺麗だな)

    今見ている光の方が、ずっと静かで、ずっと正確に思える。
    そこには、何も求めない距離があるから。

    「……これでいい」

    息を吐く。
    焦る必要は、ない。

    ただ、どこまでなら壊さずにいられるのか。
    近づく暗闇の中、その境界だけを、いつまでも探していた。


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    ENTP 水希 & INTJ 瀬奈 社会人。 思考と論理をこよなく愛する、根っからの構造主義者。 16タイプは、違いを翻訳するツールとして使いたい派。 ギャグと哲学の二刀流。 記事が面白かった・役立ったと感じた方は、 『いいねやフォロー』を頂けると嬉しいです。

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