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この裏切りは、君を守るため 第1話

    【あらすじ】
    幼なじみであるファンローゼとコンツェットは、隣国エスツェリアの侵略の手から逃れようと亡命を決意する。「二人で幸せになろう。僕が君を守るから」しかし逃亡中、敵軍に追いつめられ二人は無残にも引き裂かれてしまう。架空ヨーロッパを舞台にした恋と陰謀 ロマンティック冒険活劇!

    逃亡

     容赦なく吹きつける吹雪に視界が閉ざされる。まるで、肌を刺すかのごとき空気の冷たさに、とうに手足の感覚も失った。
     月明かりのない漆黒の闇の中、雪の降り積もる山道を歩く二つの人影。
     まだあどけない顔立ちをした少年と少女だ。
     二人は手に手をとり、険しい雪道をひたすら前へ前へと進んでいく。
    「頑張ってファンローゼ。もうすぐだから」
     吹雪に声をさらわれまいと叫ぶコンツェットの言葉に、ファンローゼは頷いた。否、頷いたのかどうかさえ定かではない。寒さで感覚が麻痺してしまっていたから。
     深い雪に足をとられては転びかけ、そのたびにコンツェットに支えられた。
     握られたコンツェットの手に、力がこめられる。
    「もうすぐ国境だ。国境を越えてしまえば、奴らから完全に逃げ切れる」
     もうすぐだという根拠はどこにもなかった。それでも、たとえわずかでも希望を胸に抱いて進まなければ心が砕けてしまいそうだった。
     国境を越える。
     大丈夫。
     助かる。
     不安と恐怖で泣き叫びたくなる衝動をこらえ、その言葉を呪文のように何度も繰り返す。
     頼りとなる灯りひとつなく、完全な装備も身につけず、あるいは持たず、ましてや、大人ですら困難を必要とする雪道を子ども二人で越境するなど考えられないことであった。
     ふと、立ち止まりファンローゼはコンツェットの手を握りしめた。
    「コンツェット、水の音が聞こえる」
     ファンローゼの声にコンツェットもいったん足をとめた。
    「ばかな……」
     コンツェットは唇を噛んで手を震わせた。
     二人が目指しているのは川沿いから外れた山の中腹。
     川の流れる音が聞こえたなら、それは道を間違えたということになる。だが、それは絶対にあってはならないこと。
     なぜならそれは、死を意味するから。
     しかし、二人の目の前に現れたのは大きく切り立った崖。その下を流れる濁流。ごうっと吹雪く風が崖下から吹き上がる。
     それはまさに死の淵。
     ファンローゼはコンツェットの腕にしがみついた。そこへ、さらなる絶望が二人の前に大きな壁となってたちはだかる。
    「見つかったか?」
    「ああ! 足跡はこっちに続いている!」
     遠くで叫ぶ、複数の男たちの声と暗闇の中、木々の合間からちらちらと揺れるライトの光。間違いなく自分たちを追っている敵軍だ。
    「だまされた」
     短く言い放つコンツェットの声にファンローゼは息を飲む。
     だまされた?
     誰に?
    「あの夫婦にだまされた」
     くそ! と吐き捨てコンツェットは側の木にこぶしを叩きつけた。
     まさか、とファンローゼは首を振る。
     ここまで来る途中、山小屋に住む夫婦に親切にしてもらった。
     こんな季節に山に迷い込んだ自分たちを理由も聞かず家に迎え入れ、温かい食事と寝床を用意してくれた。自分たちに優しく接してくれた。
     おそらく事情を察してくれた夫婦は、まだ子どもの自分たちには困難かも知れないが、それでも覚悟があるのならと、国境を越える近道を教えてくれた。
     山間の国境付近に住み、周辺の地形に精通する彼らは、誰の目にも触れず国境を越える抜け道を知っているのだと言って。
     けれど、嘘だった。
     彼らは親切をよそおって、自分たちを敵軍に引き渡そうとした。報奨金目当てに同じ祖国の人間を敵に売った。
     夫婦の思惑に気づいた時点で、教えてもらった近道も嘘だったと気づくべきであった。
    「どうしたらいい」
     コンツェットの口から苦渋の声がもれる。
     後方から迫ってくる数名の敵軍。そして、目の前は断崖絶壁。
     もはや、逃げ場はない。
    「いたぞ! 二人一緒だ!」
    「そこまでだ!」
     いっせいにライトを向けられ、二人は眩しさに腕をかざして目をすがめる。数人の軍服を着た男たちが銃をかまえ立っていた。
    「むだなあがきはやめるのだな。もう逃げられない」
     ファンローゼは表情を堅くした。
     捕まれば殺される。
     握られたコンツェットの手が震えていた。ちらりとコンツェットを見ると、悔しげに唇を噛みしめている。いつも穏やかに笑うコンツェットがこんな顔をするのをファンローゼは初めて見たと思った。
    「ファンローゼ、僕が合図をしたら振り返らずに逃げるんだ。川沿いに、少しでも遠くへ。僕があいつらを引きつけている間に」
     いいね、と押し殺した声で念を押すコンツェットにファンローゼは激しく首を振る。
    「いやよ! そんなことをしたらコンツェットは……私も一緒にコンツェットと」
    「だめだ! いや、心配しないでファンローゼ。必ず僕も後を追う」
     なだめるように言い聞かせてくるコンツェットの腕にファンローゼはすがりつく。この腕を離したら、きっともう二度と会えなくなるとばかりに。
     コンツェットは己の身を犠牲にして自分を逃がそうとしている。ならば絶対にこの手を離したりはしない。この先、何があろうと二人一緒だと誓った。それは、死ぬときも一緒という意味。
    「あきらめておとなしくするのだな」
     敵軍の男たちは威嚇するように、コンツェットの足下に銃を放つ。
     ファンローゼは悲鳴をあげた。
     銃弾の放たれた衝撃で辺りに雪煙が舞いあがる。
    「逆らえば本気で撃つ」
     感情のない声で言い放つ軍の男の言葉に、もはや抗うすべはなく、胸に黒く広がる絶望にあきらめを抱いたその時、掴んでいたコンツェットの腕がするりと抜けた。
    「コンツェット!」
     コンツェットが男たちに向かって駆け出していく。
    「逃げろ。ファンローゼ!」
     叫びながらコンツェットは銃をかまえていた男の一人に体当たりをする。
     男の落とした銃を拾いすかさずかまえると、迷うことなくコンツェットは引き金をひく。
     撃った弾は敵の右腕をかすめた。
     別の男がコンツェットに銃口を向けた。
     すぐさま男の放った銃弾がコンツェットの胸を貫く。
     漆黒の闇に轟く銃声音が殷々と夜の虚空へ吸い込まれていく。 
     ゆっくりと倒れていくコンツェットの姿に、ファンローゼは声にならない悲鳴をあげた。
     汚れのない純白の大地に広がっていく赤い血。
     何度も何度もコンツェットの名を叫ぶが、吹きつける吹雪にかき消されさらわれていく。
     銃をかまえたまま、男たちがゆっくりとこちらに向かって近づいてくる。コンツェットは雪の上にうつぶせに倒れたまま動かない。
    「いや……」
     かすれた声をもらし、ファンローゼは後ずさり近寄ってくる男たちから距離をとる。
     直後、がくりとファンローゼの身体が沈んだ。
     崖の縁まで追いつめられ足を踏み外したのだ。
     咄嗟に踏ん張って足場を探そうとしたがそこに地面はなく、そのまま、ファンローゼの身体は崖下へと落ちていった。

     ──コンツェット……お願い死なないで。

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    #創作大賞2026 #恋愛小説部門

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