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地方映画史研究のための方法論23抵抗の技法ず日垞的実践①——ギヌ・ドゥボヌル『スペクタクルの瀟䌚』ず状況の構築

    芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト

    芋る堎所を芋る3——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト

    「芋る堎所を芋る——鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト」は2021幎にスタヌトした。新聞蚘事や蚘録写真、圓時を知る人ぞのむンタビュヌ等をもずにしお、鳥取垂内にか぀おあった映画通およびレンタル店を調査し、Claraさんによるむラストを通じた蚘憶の埩元むラストレヌション・ドキュメンタリヌを詊みおいる。2022幎に第1匟の展芧䌚鳥取垂内線、翌幎に共同䌁画者の杵島和泉さんが加わっお、第2匟の展芧䌚米子・境枯垂内線、米子垂立図曞通での巡回展「芋る堎所を芋る2+——むラストで芋る米子の映画通ず鉄道の歎史」を開催した。

    たた12月月21日朚〜12月26日火には、第4匟8月開催の「2+」を含むずなる展芧䌚「芋る堎所を芋る3——アヌティストによる鳥取の映画文化リサヌチプロゞェクト」を、2023幎12月21日朚から26日火にかけおGallery そらで開催する。䞉ヵ幎蚈画ずしおスタヌトしたこのプロゞェクトもいよいよ最終幎床ずなり、圓初からの目暙だった鳥取県党䜓の映画通ずレンタルビデオ店の開・閉通幎衚も、䞀旊完成させるこずができそうだ。

    ここが発信地嚯楜の殿堂・䞖界通──ノンフィルム資料に残された、鳥取の老舗映画通の足跡

    関連しお珟圚2023幎12月9日時点、杵島和泉さんによるオリゞナル䌁画ずしお、鳥取の映画通・䞖界通の歎史を玹介する展芧䌚「ここが発信地嚯楜の殿堂・䞖界通──ノンフィルム資料に残された、鳥取の老舗映画通の足跡」が行われおいる。鳥取垂歎史博物通 やたびこ通の所蔵資料をはじめずしお、これたで公開される機䌚のなかった貎重な蚘録写真や印刷物などを玹介するず共に、川端通り䞖界通→南吉方䞖界通→シネマスポット フェむドむン→鳥取シネマず名称や堎所を倉えながら興行を続けおきた老舗映画通の耇雑な歎史を解きほぐし、その実盞を明らかにする取り組み。展芧䌚のメむンビゞュアルはむラストレヌタヌの湖海すずさんが手がけおおり、「芋る堎所を芋る」で構築した方法論「むラストレヌション・ドキュメンタリヌ」の新たな展開を䜜り出しおくれおもいる。

    地方映画史研究のための方法論

    調査・研究に協力しおくれる孊生たちに、地方映画史を考える䞊で抌さえおおくべき理論や方法論を共有しおおきたいず考え、この原皿地方映画史研究のための方法論を曞き始めた。杵島さんず行なっおいる研究䌚・読曞䌚でレゞュメをたずめ、それに加筆修正や埮調敎を加えお、このnoteに掲茉しおいる。これたでの蚘事は以䞋の通り。

    メディアの考叀孊
    01ミシェル・フヌコヌの考叀孊的方法
    02ゞョナサン・クレヌリヌ『芳察者の系譜』
    03゚ルキ・フヌタモのメディア考叀孊
    04ゞェフリヌ・バッチェンのノァナキュラヌ写真論

    芳客の発芋
    05クリスチャン・メッツの粟神分析的映画理論
    06ロヌラ・マルノィのフェミニスト映画理論
    07ベル・フックスの「察抗的たなざし」

    装眮理論ず映画通
    08ルむ・アルチュセヌル「むデオロギヌず囜家のむデオロギヌ装眮」
    09ゞガ・ノェルトフ集団『むタリアにおける闘争』
    10ゞャン=ルむ・ボヌドリヌの装眮理論
    11ミシェル・フヌコヌの生暩力論ず自己の技法

    「普通」の研究
    12アラン・コルバン『蚘録を残さなかった男の歎史』
    13ゞャン・ルむ・シェフェヌル『映画を芋に行く普通の男』

    郜垂論ず映画
    14W・ベンダミン『写真小史』『耇補技術時代における芞術䜜品』
    15W・ベンダミン『パサヌゞュ論』
    16アン・フリヌドバヌグ『りィンドり・ショッピング』
    17吉芋俊哉の䞊挔論的アプロヌチ
    18若林幹倫の「瀟䌚の地圢瀟䌚の地局」論

    初期映画・叀兞的映画研究
    19チャヌルズ・マッサヌの「スクリヌン・プラクティス」論
    20トム・ガニング「アトラクションの映画」
    21 デノィッド・ボヌドりェル「叀兞的ハリりッド映画」
    22M・ハンセン「ノァナキュラヌ・モダニズム」ずしおの叀兞的映画 

    ギヌ・ドゥボヌル——闘争の道具、あるいは歊噚ずしおの曞物

    抵抗の技法ず日垞的実践

    今回からは新シリヌズずしお、暩力や瀟䌚から抌し付けられた秩序のもずに生きながら、様々な知恵や工倫を凝らしお抑圧に抵抗しおきた人びずの戊略や戊術を論じた著䜜を取り䞊げる。それらの著者は——䟋えば理論的な「芳客」論のような——科孊的・合理的であるこずを重んじる知の領域からは芋萜ずされおきた、日垞的か぀具䜓的な実践に目を向けようずしおきた。これたでの「地方映画史研究のための方法論」で取り䞊げた抂念ずしおは、ミシェル・フヌコヌの「自己の技法 Les techniques de soi / Technologies of the self」自己の技術、自己テクノロゞヌずも蚳される、ベル・フックスの「察抗的たなざし The Oppositional Gaze」などがそれに該圓するだろう。

    ギヌ・ドゥボヌル1931-1994

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    Guy debord

    今回玹介するギヌ・ドゥボヌルGuy Debordは、1931幎フランス・パリ生たれの革呜思想家・映画䜜家である。1940幎代末に詩人・映画評論家のむゞドヌル・むズヌが立ち䞊げた「レトリスム Letterism」ずいう前衛芞術運動に参加するが、その埌、より瀟䌚批刀的・文化批刀的な傟向を匷めた独自の団䜓「レトリスト・むンタナショナル Letterist International」LIを結成。たたその掻動の成果を螏たえお、1957幎には「シチュアシオニスト・むンタナショナルSituationist International」(フランス語ではアンテルナシオナル・シチュアシオニスト Internationale Situationniste。SI、状況掟)を結成。1972幎の組織解散たで䞭心メンバヌずしお粟力的に掻動した。その埌はむタリア・スペむンの革呜運動に関わりながら著述掻動ず映画制䜜を続けるが、1994幎に病のため自宅で拳銃自殺した。

    ドゥボヌルは思想家ずしお、LIの機関誌『ポトラッチ』やSIの機関雑誌『アンテルナシオナル・シチュアシオニスト』のために執筆した文章の他、サンドペヌパヌを衚玙カバヌにしお䞡隣の曞籍を損傷させるこずを狙った『回想録 メモワヌル Mémoires』1958、断章圢匏で曞かれた『スペクタクルの瀟䌚 La Société du spectacle』1967など、内容面だけでなく圢匏面でも野心的・攻撃的な詊みを取り入れた著䜜を数倚く発衚しおいる。

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    ギヌ・ドゥボヌル、アスガヌ・ペルン『回想録メモワヌル Mémoires』の衚玙カバヌ

     たた映画䜜家ずしおも、『サドのための絶叫 Hurlements en faveur de Sade』1952、『かなり短い時間単䜍内での䜕人かの人物の通過に぀いお Sur le passage de quelques personnes à travers une assez courte unité de temps』1959、『分離の批刀 Critique de la séparation』1961、『スペクタクルの瀟䌚 La Société du spectacle』1973、『映画『スペクタクルの瀟䌚』に関しおこれたでになされた毀誉耒貶盞半ばする党評䟡に察する反駁 Réfutation de tous les jugements, tant élogieux qu'hostiles, qui ont été jusqu'ici portés sur le film «La Société du spectacle»』1975、『われわれは倜に圷埚い歩こう、そしおすべおが火で焌き尜くされんこずを In girum imus nocte et consumimur igni』1978ずいう、6本のフィルムを制䜜しおいる。

    ギヌ・ドゥボヌル『スペクタクルの瀟䌚』1973

    『スペクタクルの瀟䌚 La Société du spectacle』1967

     1967幎に刊行された『スペクタクルの瀟䌚』朚䞋誠 蚳、ちくた孊芞文庫、2003幎、原著1967幎はドゥボヌルの䞻著であり、邊蚳者の朚䞋誠によれば、圌の理論的分野における唯䞀の完成した著䜜である。珟代の瀟䌚や郜垂空間を「スペクタクル」が支配する䞖界であるず捉え、そうした状況に察する具䜓的な闘争のための道具あるいは歊噚ずしお䜿甚できる曞物であるこずが意図されおいる。刊行の翌幎、1968幎に勃発したフランスの「五月革呜」を予芋した曞であるずも蚀われ、発衚圓初から様々な人びずによっお蚀及・匕甚・泚釈が為されおきた。

    スペクタクル瀟䌚の培底的な批刀を目指すドゥボヌルは、『スペクタクルの瀟䌚』の執筆に際しお221の断章から成る特異な圢匏を採甚するこずで単線的な物語圢匏を吊定し、同曞を読む行為自䜓がスペクタクルな䜓隓になっおしたうこずを拒絶しようずした。たた圌の詊みは、著䜜の内容に関わるずころだけに留たらない。ブルゞョワ的な「私的所有」の暩利を拒吊するために、自著の無断での匕甚や転甚をむしろ積極的に奚励。機関誌『アンテルナシオナル・シチュアシオニスト』の冒頭にも、「発衚されたすべおのテクストは、出兞を明蚘しなくおも、自由に転茉、翻蚳、翻案するこずができる」『状況の構築ぞ——シチュアシオニスト・むンタヌナショナルの創蚭アンテルナシオナル・シチュアシオニスト1』朚䞋誠 監蚳、むンパクト出版䌚、1994幎、p.10ず蚘しおいた。実際、『スペクタクルの瀟䌚』も䞖界各地で匕甚・転甚が為され、パンフレットやビラ、コミックなど倚様なかたちで䞖に出回ったずいう。

    ここからはたず、『スペクタクルの瀟䌚』のⅠ章〜Ⅲ章「完成した分離」「スペクタクルの商品」「倖芳における統䞀性ず分割」を芁玄し、ドゥボヌルが批刀する「スペクタクルの瀟䌚」ずは具䜓的にどのようなものかを確認する。その䞊で、同曞の蚳者・朚䞋誠による解題や『アンテルナショナル・シチュアシオニスト』の邊蚳党6巻、朚䞋誠 監蚳、むンパクト出版䌚、1994幎などを参照し、ドゥボヌルがSIの掻動を通しお提唱・実践した闘争の方法を芋おいくこずにしたい。 

    『スペクタクルの瀟䌚』1967

    珟実から分離し、自埋したむメヌゞの䞖界

    「スペクタクル Spectacle」ずは本来、芖芚的に匷い印象を䞎える壮倧な光景や芋䞖物、映画・挔劇などにおける倧掛かりな舞台装眮や堎面を指す語である。

    ドゥボヌルは、資本䞻矩瀟䌚あるいは倧量消費瀟䌚の到来によっお、広告や嚯楜、情報やプロパガンダなど、あらゆる物事がむメヌゞを介しお経隓されるようになったず指摘する。さらにそれらのむメヌゞは、か぀おは盎接に生きられおいた生の局面から切り離され、珟実の䞖界に察しお自埋したむメヌゞの䞖界を構成しおいる。このように、珟実から疎倖され、むメヌゞを介するこずでしか諞個人の瀟䌚的関係が成立しないような䞖界のありようが「スペクタクル」であり、そうしたむメヌゞぞの埓属が自明のものずなっお、垞態化した瀟䌚が、「スペクタクルの瀟䌚」ず呌ばれる。

    スペクタクルの瀟䌚では、他の時代においおは觊芚が担っおいた特暩的圹割を芖芚が担う。すべおの珟実は「倖芳」に埓わせられおおり、人びずは「芳客」ずしお、むメヌゞを受動的に凝芖するこずしかできない。たたそのむメヌゞは、䞖界の䞀郚を抜象化した䞊で、元の䞖界よりも優れたものずしお代理衚象representationされる——「珟れ出るものは善く、善きものは珟れ出る」p.18。その瀟䌚においお為し埗るこず、為すべきこずが矎化しお提瀺され、スペクタクルは人びずが目指すべき生のモデルずなる。

    芳客は、実際には自分のものではないむメヌゞの䞭に自らの姿を認めるこずによっお、たすたす自己の䞖界から分離される。自分自身が本来持っおいたはずの実存や欲望がどのようなものであったのかが分からなくなるのだ。むメヌゞを凝芖すればするほど、芳客の生は貧しくなる。そうなれば、たずえ自宅に居たずしおも、たるでどこにもいないような感芚に陥っおしたうだろう。

    倖芋的な生のモデルずしおの「スタヌ」

    䟋えば映画俳優のような消費の「スタヌ」や、政治家・指導者のような政治的決断の「スタヌ」は、生きる人間のスペクタクル的代理衚象representationずしおの圹割を担っおいる。人びずは、圌圌女らの倖芋的な生をモデルずしお、それずの同䞀化を垌求する。スタヌは䞀般人手の届かない堎所に居ながら、同時に瀟䌚的劎働の成果を䜓珟する存圚、目的・目暙ずなる存圚ずしお振る舞い、圧倒的な支持を集めるのである。

    そのような姿を芋る限り、スタヌは様々なタむプの人栌や生掻様匏を代衚・包括しおいるように芋えるが、実際にはスタヌの掻動は包括的ではあり埗ないし、それほどバリ゚ヌションが豊かなわけでもない。スタヌずしお挔出される者たちは、根本的に「個人」ずは正反察で察立的な存圚である。個人ずしおの自埋的な性栌を捚お去っお、事の流れに埓うべく䞖間の決たりに自らを䞀䜓化させおいるにすぎない。「䜓制を人栌化する偉倧な人物が、圌らの珟実ず異なるずいうこずは呚知の事実である。圌らは、誰もが知っおいるように、どれほどわずかな個人的生の珟実よりもさらに䞋に萜ちるこずによっお倧人物ずなった」p.51。

    スペクタクルずしおの商品、眺めるだけの貚幣

    さらにドゥボヌルは、「スペクタクルずは、むメヌゞず化すたでに蓄積の床を増した資本」p.30であるず蚀う。スペクタクルは、本来なら人間の掻動の䞭に流動的か぀倚様な質を備えお存圚しおいたものを自らの内郚に取り蟌み、むメヌゞずしお「所有」可胜なものにするず共に、そこから質的なものを远攟しお、量的なカテゎリヌに倉えおしたう。すなわちそこでは、生きられたもの経隓すべおが亀換可胜な「商品」ぞず倉えられおいるのである。

    そもそもこれたで人間が生産力を発展させおきたのは、端的に蚀えば、集団ずしお生き残るために必芁だったからだ。そこでは、亀換を目的ずした生産物である「商品」は、䜙剰の構成物に過ぎなかった。しかし、やがお倧芏暡な商業掻動が行われ、資本が蓄積するようになるず、「生き残る」ずいう圓初の目的は達成され、䜙剰でしかなかったはずの商品生産が経枈を党面的に支配するようになる。䜿甚䟡倀その物が持぀有甚性よりも亀換䟡倀の重芁性が高たり、もずもずは劎働の副産物であった「䜙暇」や「消費」が、あたかも劎働の目的であるかのように芋做され始めるのだ。スペクタクルの瀟䌚の出珟は、このように、生産力の発展が豊かさの閟倀ある反応が生じるか吊かの境界ずなる倀を超えたこずを意味しおいる。

    たたドゥボヌルは、「スペクタクルずは貚幣のもう䞀぀の顔」p.40、あるいは「貚幣」の珟代における発展圢か぀補完物であるず蚀う。「貚幣」はそれぞれ異なる䜿甚䟡倀を持぀財に共通の尺床を䞎え、亀換可胜にする性質を衚象するものずしお瀟䌚を支配しおきた。それに察しおスペクタクルは、蚀うなれば「単に眺めるだけの貚幣」p.41である。スペクタクルは物ずしおの「商品」を必芁ずせず、むメヌゞだけで流通を成り立たせる、新たな資本䞻矩瀟䌚のあり方を生み出した。スペクタクルの瀟䌚においおは、劎働の成果や資本の蓄積、経枈的な豊かさは、目に芋えぬものずしおではなく、感芚可胜な事物——特に芖芚的に芋るこずができる事物——のかたちを䌎っお珟れるのだ。

    共同䜓の解䜓、孀独な矀衆

    䜿甚䟡倀よりも亀換䟡倀、劎働や生産よりも䜙暇や消費の䟡倀が高たるずいうこずは、別の蚀い方をすれば、自らの劎働ず、その生産物ずが分離させられおいるずいうこずだ。分業や階玚の分化が進んだ瀟䌚では、劎働者は自らが䜿甚するためのものを生産するのではないし、そもそも自分の生産したものがどのような甚途で甚いられるのかも知らぬたた生産を続けおいるこずも珍しくない。

    こうした瀟䌚の䞭では、人びずは自らの生や掻動に察する統䞀的な芖点を持぀こずができなくなる。すなわち、生の党䜓性が倱われる。たた同時に、劎働者や生産者同士の盎接的なコミュニケヌションも倱われ、共同䜓は解䜓されおいくだろう。スペクタクルは、人びずの暪の぀ながりや連垯を分離・分断させるこずで、「孀独な矀衆」の孀立状態を経枈システムの基瀎に据え、むメヌゞを介するこずでしか瀟䌚的関係を築けない状況をさらに匷化する圹割を果たしおいる。

    スペクタクルの統䞀性ず停りの察立

    スペクタクルの暩力は、本質的に統䞀的・䞭倮集暩的・独裁的なものである。珟実の瀟䌚や生における貧困や数々の矛盟・分裂、階玚的な搟取や抑圧ずいった䞍条理の䞊に、それらの存圚を吊定し、芆い隠すかたちで、自らの統䞀性を築いおいる。

    他方で、スペクタクルの瀟䌚においおは、䞀芋するず互いに競合しおいるようでありながら、実は匷く結び぀いた「停りの察立」がしばしば芋受けられる。䟋えば同じ資本䞻矩経枈のシステム䞋にある限り、敵察関係にある暩力同士がどれだけ闘争したずしおも、闘争するこず自䜓が新たなスペクタクルずならざるを埗ない。たたスペクタクル瀟䌚そのものぞの䞍満や批刀も、そうした䞍満や批刀自䜓が䞀぀の「商品」ずなり、スペクタクル化した反抗、もしくは単なる気晎らしぞず容易に転化しおしたうだろう。そしお、このような「停りの察立」に目を向けさせ、真に向き合うべき矛盟や分裂を隠蔜するこずによっお、スペクタクルの瀟䌚は維持されおいるのである。

    スペクタクルの瀟䌚における「停りの察立」は、䞊述した以倖にも、倚様な圢態をもっお珟れる。ドゥボヌルは、人皮䞻矩レむシズムや地域䞻矩各地域の独自性や自立を䞻匵する考え方は、消費の序列における地䜍の䜎さを芆すための䟿宜䞊の手段に過ぎず、その結果、スポヌツ競技から遞挙に至るたで、利害関係を利甚したくだらない衝突が繰り返されるのだず手厳しく批刀する。さらには、若者ず倧人の間の察立ずいったものも「停りの察立」である。人生の垫たる倧人などどこにも存圚しないし、珟圚の若者も既存のものを倉革するような特性を持ち合わせおはいない。そこで蚀われる「若さ」ずは、人間ではなく経枈システムの特性——すなわち資本䞻矩のダむナミズム——なのだ。

    集䞭的拡散的統合的スペクタクル

    ドゥボヌルは、スペクタクルにはそれが隠蔜しようずする貧困の段階に応じお二぀の圢態があるずいう。䞀぀は、゜連や䞭囜のような官僚䞻矩的資本䞻矩の囜々に芋られる「集䞭的スペクタクル」であり、そこでは䞀人の独裁者・政治的決断のスタヌの呚りに凝瞮されたむデオロギヌが前面に抌し出される。もう䞀぀は、アメリカなどの先進資本䞻矩の囜々に芋られる「拡散的スペクタクル」である。そこでは、スペクタクルは倚皮倚様で膚倧な商品を讃えるカタログのようなものであり、その䞭から賃金劎働者が自由な遞択をするよう駆り立おる。どちらも珟実瀟䌚の貧困や矛盟を芆い隠しながら、その䞊に、矛盟なき統䞀性を持った幞犏なむメヌゞを打ち立おおいる。

    たたドゥボヌルは、1988幎に発衚した『『スペクタクルの瀟䌚に぀いおの蚻解』朚䞋誠 蚳、珟代思朮瀟、2000幎においお、『スペクタクルの瀟䌚』刊行からの20幎で起きた倧きな倉化ずしお「統合的スペクタクル」ずいう新たなスペクタクルの圢態の登堎を指摘しおいる。スペクタクルの支配は際限なく拡倧、肥倧化し、人びずの生掻のすべおを芆い尜くした。その結果、集䞭的スペクタクルず拡散的スペクタクルずいう区別が無効化し、双方の領域をカバヌするず共に、それぞれの特質を兌ね備えた「統合的スペクタクル」が生み出されたのだ。

    田䞭東子「スペクタクルの瀟䌚を生きる女性たちの自埋化ずその矛盟」2016

    ドゥボヌルのスペクタクル瀟䌚論を甚いお珟代のメディア文化を論じた䟋ずしお、田䞭東子「〈スペクタクル〉な瀟䌚を生きる女性たちの自埋化ずその矛盟」『理論で読むメディア文化——「今」を理解するためのリテラシヌ』所収、新曜瀟、2016幎が挙げられる。

    田䞭は同論考においお、近幎、2.5次元挔劇ミュヌゞカルや非ゞャニヌズ系アむドルの台頭など、バラ゚ティ豊かな「むケメン男性」が登堎しおきたこずに泚目する。か぀おは「芋られる客䜓」ロヌラ・マルノィずしおしかメディアや衚象の文化に関わるこずができなかった女性たちが、今日では「芋る䞻䜓」ずしおの地䜍を占めるようになっおきおいるのだ。その背景には、第二波フェミニズムを通じお女性たちが瀟䌚参加の暩利を獲埗しおきたこずや、経枈的・瀟䌚的な自立の獲埗、晩婚化の進行ずいったラむフスタむルの倉化があるだろう。

    そこで女性たちは、䞀方では消費䞻䜓ずしおの地䜍を手に入れ、埓属的な瀟䌚的関係から離脱するこずができたが、他方では、「むケメン男性」を商品ずしお消費するこずで、資本䞻矩や消費行動に隷属・服埓させられおもいる。フェミニスト・カルチュラル・スタディヌズの理論家アンゞェラ・マクロビヌが語るように、ポスト・フェミニズムの時代には、「商品化されたフェミニズム」や「商品化された女性性」ずいった新たな危機が生じおいるのだアンゞェラ・マクロビヌ「Young Women and Consumer Culture: An intervention」『カルチュラル・スタディヌズ』22å·»5号、ラりトレッゞ、2008幎。田䞭は、このようなスペクタクル瀟䌚の「狡猟さ」を指摘した䞊で、私たちはそれに抗うための叡智を獲埗しおいかなければならないず問題提起を行っおいる。 

    状況の構築のために

    抵抗の方針——状況の構築

    では、以䞊のようなスペクタクルの瀟䌚に察しお、ドゥボヌルはいかなる抵抗の技法を甚い、それを実践しおきたのか。SIの機関雑誌『アンテルナシオナル・シチュアシオニスト』第1号では、スペクタクルの瀟䌚が抌し付けおくるむメヌゞや既存の瀟䌚䜓制に抗うための方針ずしお、「状況の構築構築された状況 Situation Construite」が掲げられおいる。それはさしあたり、「統䞀的な環境ず出来事の成り行きを集団的に組織するこずによっお具䜓的か぀意図的に構築された生の瞬間」『状況の構築ぞ』pp.42-43ず定矩される。

    芁するに、䞎えられた状況にただ受動的に埓い続けるのではなく、スペクタクルによっお分離・分断された自分自身の生や欲望を取り戻すべく、自らの意志で積極的に状況を構築するこず。たたその闘争を、孀立した個人——孀独な矀衆——ずしお行うのではなく、組織された「集団」ずしお行うこずで、むメヌゞに媒介されない共同䜓を取り戻すこずが目指されるのだ。

    心理地理孊ず挂流

    「状況の構築」ずいう指針を実践するための具䜓的提案の䞀぀が、「心理地理孊 Psychogéographie」である。それは、客芳的な地図や統蚈的な瀟䌚孊的調査の成果を甚いるのではなく、「地理的環境が諞個人の情動的な行動様匏に察しお盎接働きかけおくる、その正確な効果を研究するこず」『状況の構築ぞ』p.305によっお、人びずの日垞生掻をブルゞョワ的に組織する郜垂蚈画や郜垂空間を批刀し、スペクタクルに新しい生掻様匏を探究するための詊みであるずされる。

    䟋えば1955幎にドゥボヌルが『裞の唇』誌6号に発衚した「郜垂地理孊批刀序説」『状況の構築ぞ』所収、pp.314-312には、心理地理孊の具䜓的な方法が蚘茉されおいる。䟋えばロンドンの地図を頌りにしお、ドむツのハルツ地方を歩き回っおみるこず。それにより、習慣的な郜垂の歩き方や芳光的な郜垂の芋方に反抗し、「状況の構築」に圹立぀新しい地図を䜜成するこずができるのだずいう。

    たた心理地理孊ず関連しお、SIは「挂流 dérive」ずいう方法も提案しおいる。これは「郜垂生掻の諞条件に結び付いた実隓的な行動様匏、すなわち、倉化に富んだ環境のなかを玠早く通過する技術」ず定矩され、「より特殊には、この実隓を連続的に行う期間を指すこずもある」ずいうp.44。ドゥボヌルたちは、パリの街の劎働者街や駅構内など、様々な堎所を成り行きに任せお自由に歩き回り、その堎所の心理地理孊的調査を行った。ここでも、普段歩いおいるような道筋を逞れ、日垞的な目的や秩序、垞識から倖れた行動をずるこずで、意識的・積極的な「状況の構築」が図られたのだ。

    《心理地理孊的パリ・ガむド》および《ネむキッド・シティ The Naked City》1957は、心理地理孊および挂流の実践によっお制䜜された代衚的な䜜品である。

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    ギヌ・ドゥボヌル《心理地理孊的パリ・ガむド》1957

     そこでは、既成の地図の断片が赀い矢印によっお結び付けられるこずで、郜垂の心理地理孊的な地図ぞず䜜り替えられおいる。たっすぐ矢印が延びおいる箇所は、その地域に感じる魅力や快適さずいった環境雰囲気の統䞀感が衚されおおり、矢印が匧を描いお跳ね返っおいる箇所は、その地域に感じる疎倖の感芚が衚されおいる南埌由和「挂流ず心理地理孊」『郜垂空間の地理孊』所収、加藀政掋・倧城盎暹 線著、ミネルノァ曞房、2006幎、p.59。

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    ギヌ・ドゥボヌル《ネむキッド・シティ》1957

    ただし、これらの実践を「個人の経隓」を蚘述するための方法ずしお普遍化・䞀般化しお捉えようずするこずには慎重であらなければならない。瀟䌚孊者の南埌由和は、ドゥボヌルらシチュアシオニストたちは郜垂の䜓隓の「蚘譜法」その䜓隓を共有可胜なかたちで蚘述するこずにはあたり関心を瀺さなかったし、䜕らかの客芳的・科孊的なデヌタを入手するこずも目的ずしおいたわけでもなかったず指摘する「挂流ず心理地理孊」p.55。ドゥボヌルらは、あくたで郜垂の「正しい」読み方などないずいう立堎から、朜圚的には無数に可胜な郜垂の読みや経隓の䞀端だけを瀺した。それは「郜垂空間の重局性や個別の堎所感芚を認識するこずに留たらず、既存の空間秩序に介入し、それを内圚的に組み換えおいく瀟䌚的な実践」同前、p.67なのだ。

    転甚

    「状況の構築」のための、もう䞀぀の䞻芁な方法が「転甚 détournement」である。これは正確には「前もっお䜜られた矎的芁玠の転甚」を省略した語であり、「珟圚のたたは過去の芞術生産物を環境のより高床の構築に統合するこず」『状況の構築ぞ』p.44が目指される。その詊みは、ブルゞョワ的な「私的所有」を吊定すべく、明確に「剜窃」の意図をもっお為される。䟋えば『回想録 メモワヌル Mémoires』1958においお、ドゥボヌルは様々なゞャンルの文章や語、コミック雑誌、地図、広告、写真を「転甚」し、コラヌゞュするこずによっお、1952幎から53幎にかけおの自らの回想録を䜜り䞊げおいる。 

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    ギヌ・ドゥボヌル、アスガヌ・ペルン『回想録メモワヌル Mémoires』1958

    たたドゥボヌルが制䜜した『サドのための絶叫』1952や『かなり短い時間単䜍内での䜕人かの人物の通過に぀いお』1959でも、「転甚」の方法が甚いられおいる。

    『サドのための絶叫』では、映像は癜ず黒の画面が亀互に衚瀺されるのみで、それ以倖は䜕も映し出されない。黒い画面では音声も流れないが、癜い画面ではむゞドヌル・むズヌやゞェむムズ・ゞョむスの著䜜、新聞や『民法兞』から匕甚したテキストが朗読される。90分の間、「転甚」された声ず沈黙が続く映画を前にした芳客は、受動的にスペクタクルを消費するのではなく、自ら積極的に「状況の構築」を行うように促されるのだ。

    ギヌ・ドゥボヌル『サドのための絶叫』1952

    『かなり短い時間単䜍内での䜕人かの人物の通過に぀いお』1959では、パリの街䞊みやカフェの映像、テレビCM、癜い画面や黒地に曞かれた文字などが映し出された映像に、叀兞的な思想曞やSF小説、瀟䌚孊の論文などから「転甚」したテキストが䞀組の男女によっお朗読され、たた別の声がニュヌス蚘事を読み䞊げる。

    ギヌ・ドゥボヌル『かなり短い時間単䜍内での䜕人かの人物の通過に぀いお』1959

    こうした映像ず音声の䞍䞀臎や、テキストの「転甚」、映像のコラヌゞュずいった方法は、埌にゞャン=リュック・ゎダヌルによっお参照・転甚された。だが朚䞋誠は、ドゥボヌルがあくたでスペクタクルの瀟䌚を拒吊し、その砎壊のために映画を利甚したのに察し、ゎダヌルはスペクタクルの瀟䌚の「裏をかき぀぀その瀟䌚に自己を認めさせるこずを自らの戊略ずし、そこに密かな快感を芚えおきた」のではないかず指摘する朚䞋誠「「思考の映画」から「状況の映画」ぞ——J・L・ゎダヌルずG・E・ドゥボヌル」『珟代思想』臚時増刊号・23å·»11号所収、青土瀟、1995幎、p.166」。

    ドゥボヌル自身もたた、『アンテルナシオナル・シチュアシオニスト』10号においお、ゎダヌルや゚ドガヌル・モランを「珟代思想の〈地䞭海クラブ〉囜際的なバカンス䌚瀟」ず呌び、「本物の自由の代わりに、売りやすい安物の品物ずしおの自由のカリカチュアを利甚」しおいるず批刀しおいるhttps://situationniste.hatenablog.com/entry/20120710/p1。ドゥボヌルおよび朚䞋の立堎からすれば、スペクタクルの瀟䌚を批刀するためには、代理衚象representationそのものを吊定しお「状況の構築」あるいは「反映画」に向かわなければならないのだが、ゎダヌルはあくたで代理衚象representationに留たり、「反映画」を「映画」によっお搟取しおいる䞭途半端な映画䜜家に過ぎないのである朚䞋誠「蚳者解題」『スペクタクルの瀟䌚』所収、p.221。

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