
隣に座れなった理由(わけ)#9第一章⑨重なった現実#10⑩なんでもします#11⑪ひとり舞台とキラキラ
#創作大賞2026 #恋愛小説部門 応募作品
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第一章
⑨重なった現実
日常が壊れるのは、いつも一瞬だった。
前日まで、普通に電話で話していた母が、翌日、緊急搬送された。
大腸破裂。緊急手術――大腸がんだった。
急いで駆けつけた病院。
搬送用ベッドの上で、身体を起こしたまま崩れるように座っていた母を見た瞬間、血の気が引いた。
「お母さん!」
斜めに傾く視界の中を、私は駆けた。
もうろうとしたまま、長男の名前を呼び続けている。
「たあ君、たあ君……」
――こんな時に、なんで……
少し前、匠は泣きながら言っていた。
「高校、辞めたい。お願いだから……」
二つの現実が、頭の中でぶつかっていた。
それでも私は、母の耳元でささやき続けた。
「匠はもう大丈夫だよ。心配しないで、大丈夫だからね……」
精一杯の嘘が、喉の奥で苦く弾けた。
静かになった……
しばらくして、母が小さくもらした。
「痛い……痛い……」
その声を聞いた瞬間、胸の奥の塊が、わずかにほどけた。
第一章
⑩なんでもします
数日後、私は先生に、母の病状と不安を打ち明けた。
爪楊枝でツンとしただけでも、破れて溢れてしまいそうな涙を、必死に堪えていた。
気づけば、怒っているかのような強い口調になっていた。
先生は、優しく目を伏せた。
「お母さん、早く良くなるといいですね」
消毒液の匂いと、夕食の献立、連絡帳の文字。
それらが頭の中で混ざり合う日々の中で、先生に少しだけ言葉を預ける時間が、私の救いだった。
ある日の帰り際、先生がふと足を止めた。
「何かあればいつでも言って下さい。僕にできることがあれば、なんでもします」
一瞬、固まった。
「……なんでも?」
低い声で聞き返すと、先生ははっと息を呑んだ。
「あっ、担任としてできることがあれば、です……」
「ありがとうございます」
私は小さく顎を引いた。
見えない線が、引き直された気がした。
胸の奥がキュッとなった。
それでも、どこかでほっとしていた。
それから――
先生は、連絡ノートに、ことあるごとに書くようになった。
「担任として」
「担任として」
確かに、あの時線を引かせたのは私だ。
でも――何回も書かれると、だんだん腹が立ってきた。
しつこい。
分かっとるわ。
私は、心の中で悲しく怒っていた。
第一章
⑪ひとり舞台とキラキラ
いろいろなことが重なって、極限まで来ると、私はお笑いモードに入ることがある。
壊れないための、防衛本能みたいなものだ。
この日も、そうだった。
外でさようならの挨拶を待っていると、なぜか神崎先生と生徒五人に囲まれていた。
私は一段高いところに立っている。
まるで、ひとり舞台だ。
本当は先生にだけ話すつもりだったのに、子どもたちまで目を輝かせて聞いてくる。
私は覚悟を決めて、話し始めた。
「先生、しらすって知ってます?」
「いいえ、知らないです」
私は指で小ささを示した。
「これくらいの、小さい白い魚」
子どもたちがうんうんと頷く。
「この前、そのしらすを出したら、白じゃなくてピンク色だったんです」
え?という顔。
「珍しいね!って言ったら、上の子が言いました。
『これ、エビじゃね?』って」
クスクス笑いが広がる。
「そんなわけないでしょ!
これは、し・ら・す!」
私はきっぱり言い切った。
でも、念のため冷蔵庫を開けて箱を見たら。
――あ・み・え・び
何も言わず、そのまま、すーっと戻して、パタン、と閉めた。
子どもたちは爆笑した。
私も内心、「ウケた」と思いながら、どこかで自分に少し吹いていた。
神崎先生は、大きく笑うことはなかった。
でも、やわらかい目で言った。
「楽しいですね」
やがて子どもたちの笑い声が、だんだん遠ざかっていく。
賑やかだった空気が、すっと静まった。
この後家に帰れば、現実が待っている。
ここは、あの頃の私にとって、完全なオアシスだった。
現実に戻る前に、もう一度、先生と挨拶を交わしたかった。
子どもと二人、とぼとぼ歩きながら振り返る。
「ありがとうございました。さようなら」
先生も、笑顔で「さようなら」と言ってくれた。
その時だった。
先生のまわりが、金色にきらめいて見えた。
キラキラと、光の粒がまとわりつくように。
カラカラの砂漠で、幻想みたいに光る水たまりを見つけたときのようだった。
――欲しい……
近づきたい。
でも、届きそうで届かない。
ただ、眩しかった。
あの光は、あの頃の私を、生かしてくれた。
プロローグはこちら↓
始まりの話です
https://note.com/amaimomo123/n/n192c6ae58a53
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第一章①②はこちら↓
ペットのうさぎが活躍します
https://note.com/amaimomo123/n/n819147f638e7
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第一章③④⑤はこちら↓
始まりの合図は虫なんです
https://note.com/amaimomo123/n/n4babb887f533
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第一章⑥⑦⑧はこちら↓
父は夢でこう言いました
https://note.com/amaimomo123/n/n4a18c660c50e
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第一章⑫⑬はこちら↓
保護者会の空気は、最悪でした
https://note.com/amaimomo123/n/nfb53944439c7
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第一章⑭⑮⑯はこちら↓
ついに、ツインレイ告白!
https://note.com/amaimomo123/n/n83564e1fed71
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第二章①②③はこちら↓
神崎先生の身に……?
https://note.com/amaimomo123/n/na68b5fc131e4
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第二章④⑤⑥はこちら↓
心が通い出すように
https://note.com/amaimomo123/n/n52139df54b8e
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第二章⑦⑧⑨はこちら↓
あなたを救いたい、それだけ
https://note.com/amaimomo123/n/na2d605788203
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第二章⑩⑪はこちら↓
決着つけましょう
https://note.com/amaimomo123/n/nbf0ea09d45c2
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第三章①②はこちら↓
ずっと前から見られてた……?
https://note.com/amaimomo123/n/n741247e05a18
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第三章③④はこちら↓
「ぷっ」の破壊力
https://note.com/amaimomo123/n/n9d71dbcb9e2d
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第三章⑤はこちら↓
そんな目で見るの……?
https://note.com/amaimomo123/n/n819a75d49776
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第三章⑥⑦はこちら↓
私だけ違う……
https://note.com/amaimomo123/n/n5ced005533df
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第三章⑧はこちら↓
だいたいハリネズミのせい
https://note.com/amaimomo123/n/n90c0a1e1651d
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第三章⑨⑩はこちら↓
答え合わせしよう
https://note.com/amaimomo123/n/nf37388f77232
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第三章⑪はこちら↓
最後の最後に……
https://note.com/amaimomo123/n/n850177083500
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第三章⑫エピローグはこちら↓
思い出し笑い
https://note.com/amaimomo123/n/n3e0625cbf3aa
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