メインコンテンツへスキップ
見出し画像

見えない場所でわたしが輝くということ⑭

    第14話 てのひら清掃、はじめます

     開業届を出しに行ったのは、十一月の朝だった。

     税務署の窓口で書類を出すと、担当者がざっと確認して「はい、受理しました」と言った。印鑑を押した紙が一枚返ってきて、終わった。もっと何か、気持ちの変わる瞬間があるかと思っていた。窓口を離れて外へ出ると、曇った空が広がっていた。

     屋号は「てのひら清掃」にした。大げさじゃなくて、でも私らしいと思った。名刺は近所のコンビニで印刷した。百枚で千円しなかった。ホームページは無料のサービスで自分で作った。写真を撮る技術がなくて、道具を並べた画像が少しぼやけた。まあいいか、と思ってそのまま載せた。

     事務所兼倉庫を借りたのは、その年の暮れのことだ。駅から少し離れた古いテナントで、家賃は安かった。道具を並べて、小さな机を置いて、それだけで「会社」という形が少し整った気がした。気がしただけで、実態はまだ自分一人だったけれど。

     料金設定で、一週間悩んだ。安すぎると舐められる、高すぎると依頼が来ない。ネットで調べると相場は出てくるが、自分の提供し得るサービスがどの位置に値するのかわからなかった。結局、今まで登録していた会社の料金より少し安く設定した。自信がなかったからだ。後で後悔することになるとは、そのときは思っていなかった。


     最初の三ヶ月は、口コミだけで回った。
     アパートの大家からの紹介で二件、その依頼人からの紹介でまた一件。細い糸が、また細い糸を呼ぶような仕事の流れだった。依頼が来るたびに嬉しくて、でも次が来なかったらどうしようという不安が、嬉しさの裏にいつもあった。

     四ヶ月目に、新規の依頼が途絶えた。
     リピートはあった。でも新しい人からの連絡がなかった。貯金の残高を見るたびに、胃のあたりが重くなった。ホームページを見直して、チラシを作って、近所のポストに投函した。反応はなかった。

     焦って、料金を下げた。問い合わせが来た。でも、作業が終わってから収支を計算すると、交通費と道具代を引いたらほとんど残らなかった。それでもやった。次につながるかもしれないと思って。

     体が限界に近づいたのは、五ヶ月目だった。一日に三件掛け持ちして、帰宅したら夕食を作る気力がなかった。父の分の食事だけ簡単に作って、自分は食べずに寝た。翌朝、父が「沙希、顔色が悪いじゃないか」と言った。私は「大丈夫」と言ったが、大丈夫なわけなかった。


     そんな時期に、高齢の女性から依頼が来た。

     七十代で一人暮らし、足が悪くて掃除が行き届かなくなったという。訪問すると、部屋は荒れているというより、少しずつ手が届かなくなった場所が積み重なっていたようだ。窓の桟の埃、冷蔵庫の下、浴室の天井近くのカビ。悪意のない汚れだった。

      三時間かけて、丁寧に仕上げた。その高齢の女性宅とは定期で契約することになった。採算は合わなかった。でも、頼まれたことはやり遂げたかった。

     帰り際、女性が「あなたが来てくれるようになってから、家が居心地よくなって、生きるのが楽しくなった」と言った。

     私は「ありがとうございます」と言って、玄関を出た。階段を降りながら、少しだけ泣いた。嬉しかったのか、疲れていたのか、自分でもわからなかった。たぶん両方だった。


     父に話したのは、その夜だった。

     夕食の後、私は「ちょっと話がある」と言った。
     開業届を出したこと。屋号のこと。今の仕事の状況。上手くいっていないことも、正直に言った。採算が取れていないこと、体がきついこと、それでもやめたくないこと。

     父は黙って聞いていた。途中で湯飲みに手を伸ばして、お茶を一口飲んだ。

     「で、続けるのか」

     「続ける」

     「そうか」

     ただ、そう言った。反対はしなかった。励ましもしなかった。ただ「そうか」と言って、テレビの画面を見た。

     私は自分の部屋に戻って、着替えを済ませた。
     父の「そうか」が、思ったより温かかった。あれは、認めてくれたということなのか。それとも、ただ聞いただけなのか。わからなかった。でも、話せてよかった、とは思った。


     転機は、一人の依頼人の言葉だった。

     「あなたじゃないと嫌なの。他の人に頼んだこともあるけど、全然違う」

     そう言われたとき、初めて「値段を上げてもいいかもしれない」と思った。安くしなければ来てもらえない、という思い込みが、少しだけ崩れた。

     恐る恐る、料金を見直した。問い合わせが減るかと思った。でも、減らなかった。むしろ、丁寧に説明したら「それで納得です」と言われた。
     時給を計算する習慣ができた。経費を把握するようになった。数字を見ることが、怖くなくなっていった。完全にではないけれど、少しずつ。

     安売りと、正当な対価の間にある境界線が、ぼんやりと見え始めていた。まだ線は細くて、踏み外しそうになることもあった。でも、線があることはわかった。それだけで、少し楽になった。

    __
    #創作大賞2026 #お仕事小説部門
    #創26仕事
    ▶︎次の話はこちら

    ◀︎前の話はこちら

     
     
    言葉や物語を考えながら、日々の中の小さな揺れや、答えの出ない問いをすくい上げています。静かな思考のかけらを置いていく場所です。ゆっくり更新しています。

    あなたへのおすすめ