メインコンテンツへスキップ
見出し画像

見えない場所でわたしが輝くということ⑫

    第12話 現場を渡りながら

     次の現場は、駅から二十分ほど離れた商業施設だった。

     一条ビルとは規模が違った。フロアが広く、人の出入りが多く、清掃スタッフも倍以上いた。チームの動きは機械的で、誰もが自分の持ち場を黙々とこなしていた。会話は最小限で、休憩室でも皆スマートフォンを見ていた。
     悪い場所じゃない。ただ、仕事が仕事として流れていくだけだった。

     私はここでは、効率良く丁寧に仕事をした。フロアの奥から手前へ、U字を描くように動く。高いところから低いところへ、汚れを落としてから仕上げる。トイレは清潔な場所から汚れの強い場所へ向かって進む。一条ビルで学び、積み上げてきたことは、場所が変わっても使えた。

     半年後、また別の現場に移った。今度はオフィスビルだった。その次は病院の清掃に入った。それぞれの場所に、それぞれのやり方があった。私はその都度、覚えて、慣れて、身につけていった。

     病院の現場で、ベテランの清掃スタッフから声をかけられたことがあった。六十代の女性で、長年この仕事をしてきた人だった。

     「あなたの仕事ぶりって、本当にきめ細かくて、見ていてとても安心できるわ」

     そう言われて、私は少し驚いた。一条ビルを出てから、誰かに仕事ぶりを直接褒められたのは初めてだった。

     「患者さんが歩いたり、使う場所だから」と私は答えた。

     「そうね。ここはね、きれいにするだけじゃなくて、安心してもらう仕事なの」

     その言葉で、全部つながった。「きれいにするだけじゃなくて、安心してもらう」一条ビルで感じていたものと、同じだった。場所が変わっても、仕事の原点にあるものは変わらない。そのことを、改めて確かめた気がした。

     定期的に現場を転々とする中で、私はノートを一冊買った。
     仕事で気づいたこと、効率のいい動き方、道具の使い方、現場ごとの違い。日々の積み重ねを、少しずつ書き留めていった。最初は自分のメモのつもりだった。でも書いているうちに、これは誰かに渡せるものになるかもしれない、と思い始めた。

     同時に、家事代行やハウスクリーニングの会社にいくつか登録した。個人宅の清掃は、ビルや施設とはまた違った。生活の匂いがあって、使う人の習慣が場所に染み込んでいた。効率だけで動くと、必ずどこかがずれた。住む人のリズムに合わせて動かないと、本当の意味できれいにはならない。

     ある会社では、マニュアル通りに素早くこなすことだけを求められた。時間内に終わらせれば品質は問わない、という空気があった。私はそのやり方に、どうしても馴染めなかった。効率が優先されて、そこに住む人のことが後回しになっていく感じがして。

     一条ビルで霧島さんと言い合ったことを、ふと思い出した。あのとき霧島さんが言っていた「数字が出なければ会社ごと沈む」という言葉の意味が、今なら少しわかる。でも、数字や効率だけを追いかけた先に、何が残るのかも、想像できる気がした。


     転機は、古い賃貸アパートの大家さんからの相談だった。

     知人の紹介で連絡が来た。「部屋が汚れすぎて入居者が決まらない。一度見てもらえないか」という話だった。
     現場を見ると、長年放置された汚れが、壁にも床にも染み込んでいた。カビ、水垢、タバコのヤニ。簡単ではなかった。でも、できないことはなかった。

     私は三日かけて、部屋を徹底的にクリーニングした。壁の染みを落とし、床を磨き、水回りを丁寧に仕上げた。作業しながら、ここからまた誰かの暮らしが始まる、と思った。
    どんな人が住むのかはわからない。でも、その人が初めてこの部屋に入ったとき、気持ちよく感じてくれたらいい。それだけを考えながら、手を動かした。

     大家さんは「こんなに変わるとは思わなかった」と言った。その言葉が、口コミで広がった。
     次の依頼が来た。また次が来た。個人から直接連絡が入るようになった。

     ただ、登録している会社を通すと、思うように動けないことが増えてきた。

     ある会社では「うちのやり方に合わせてもらわないと困る」と言われた。マニュアルから外れた作業は認めない、時間内に終わらなければ評価が下がる。私のやり方が、そのまま通るほど簡単にはいかなかった。

     別の会社では、依頼人から「次もあなたにお願いしたい」と直接言われた。でも「指名はできないシステムなので」と会社に言われ、次回は別のスタッフが入ることになった。依頼人は「そうですか」と言ったが、残念そうだった。私も残念だった。

     収支を計算してみたこともあった。会社を通すと、中間マージンが思ったより大きかった。自分が働いた分が、そのまま自分に返ってくるわけじゃない。依頼人が払う金額と、自分の手元に残る金額の差を見ていると、その間に小骨のような違和感があった。

     同じ仕事をするなら、自分で動いた方が、依頼人にとっても、自分にとっても、いいんじゃないか。そう思い始めたのは、そのあたりからだった。

     ノートが二冊目になった頃、私は開業届のことを調べ始めた。
     屋号をどうするか。料金をどう設定するか。確定申告はどうするか。わからないことだらけだった。図書館で本を借りて、ネットで調べて、少しずつ理解していった。数字を理解するたびに、霧島さんや一条さんが会議で話していた言葉の意味が、地に足のついたものとして見えてきた。

     父には、まだ何も言っていなかった。
     夕食のとき、父は相変わらずテレビを見ていた。私は父の分の食事を作って、向かいに座った。父の手が、湯飲みをゆっくり包んでいた。

     いつかこの人に、ちゃんと話せる日が来るといい。そう思いながら、私はお茶を飲んだ。
     開業届を出す決意は、静かに、でも確かに固まっていた。

    __
    #創作大賞2026 #お仕事小説部門
    #創26仕事
    ▶︎次の話はこちら

    ◀︎前の話はこちら

     
     
    言葉や物語を考えながら、日々の中の小さな揺れや、答えの出ない問いをすくい上げています。静かな思考のかけらを置いていく場所です。ゆっくり更新しています。

    あなたへのおすすめ