
烙印 第19話 「漆黒の太陽」
夕日が窓から差し込んできて目覚めた。
朝、帰ってから布団に倒れこんで
気絶するように眠ってしまっていたようだ。
俺はどうやらマサを傷つけたことが悲しくて
泣きながら、謝りながら、眠っていたせいなのか、
枕には、湿って、泣いたような跡が残されている。
煙草と柔軟剤の匂いが布団の中からも臭う。
そして、むせかえるような、ルイの残り香が
肌の奥にまで食い込んでいる。夜通し歩いて、しかも
シャワーも浴びられなかったせいだ。
別れ際のルイの声が、
頭の中を駆け巡る。
(…俺なんかじゃねえよ。
そんな顔、見せていいのは。)
「俺は…助けてほしかった。
ルイに。あんな風に、突き放されたら…、
どうしたらいいか、わからない。」
今の俺はきっと、
泣きはらした顔に
なっているんだろう、
わかってる、酷い顔をしているんだ。
誰も見やしないのに、
恥じている俺が気持ち悪い。
でもどんなに無様でも、
あんたは側にいてくれていた。
あんただけだ。
どんなに俺が、迷惑かけても、
支えて、抱えて、
見捨てないで、助けてくれた人は。
気分が悪くて座り込んだ時に
背中をさすってくれた
あの掌の温度をまだ
覚えている。
狭いタクシーの車の中で、
必死で探してくれたビジネスホテル。
変な目で見られているとは思ったし
すごく恥ずかしそうだったあんたが、
気まずそうにしているのが
俺は少し嬉しかったんだ。
ごめん。迷惑をかけているのに。
愛させてはくれないよな…。
ああ。縋りつくことも出来ないのに。
ルイ。俺は、どうしても
言えなかったんだけどさ。
会えたって言えるかどうか
わからないんだけどさ。
俺だって
誰かを愛したかった。
愛されてみたかった。
その能力が欲しい。
その能力があると信じてみたい。
演技でも、取引でもなく。
皆が、当たり前に
そうしている事をしたいんだ。
俺は一度も出来なかったから。
胸の穴が、埋まらない。
凍えていて、苦しくて、心臓が、
むき出しになっているみたいで。
寒くて、寒くて、死んでしまいそうだ。
凍り付いているんだ。
永久凍土か何かのように、心の底が。
ルイ。あんたを、好きになったら
いけないのかな。
それとも、あんたの前でなら、いつか、
汚い虫けらの役割を脱ぎ捨てて、
自分を人間だと信じられる日が来るのかな。
頼むよ…。縋りつきたいよ。ルイ。
苦しくてたまらないんだ。
俺を助けてほしいんだ。
あんたならそれが出来るんだ。
でも、でも、きっと
一人で立たない人間は、
あんたには似合わない。
そしてあんたは俺に
踏み込ませてはくれない。
いつも、いつも、俺を守るために、
俺を拒んで、自分の本当の気持ちを、
押し殺しているんだろう。
あんたは、いつでも、そうだ。
自分自身の心を、完全に制御して、
感情にも、欲望にも、
流されることがない。
それが、怖い。
どうすることも出来ない、
なんの取引も利かない、
そんな人間…あんたしかいないよ。
ルイ。
どうすればいいかわからない。
……どうすれば、俺は良かったんだ。
謝ろう。
許してくれなくてもいい。
なじられてもいい。
みっともなくても、格好
悪くても、本当の気持ちを
伝えなきゃいけない。
マサに。
ルイが背中を押してくれたから。
ルイなら、こういう場合、
きっと向かい合うはずだ。
正々堂々として、筋を通すだろう。
彼はそういう人間だ。
俺は逃げてばかりいたが、
そのままじゃ、ルイの隣に立つ
資格が無い。
ルイの隣にいたい。
いつか、きっと。
だから、こうするしかない。
死ぬほど怖い。震えが止まらなくて、
喉が渇いて仕方ない。怖くて、怖くて。
本当はもうこれ以上傷付きたくない。
でも、それを越える。
本当に誇れる自分になって、
生きなおさなければならないんだ。
決して俺を視界に入れたくない、
俺を見捨てて走り去ったままの、あの
マサに、連絡を、自分から、するんだ。
俺は、ごくりと息をのむ。
昨日は悪酔いのさなかで
ろくに操作も出来なかったスマホを
嫌な汗をかきながら操作して…。
ついに。
着信拒否を解除した。
するとすさまじい量の通知が。
押し寄せてきた…!
マサだ。
息をのんだ。心拍数が跳ね上がる。
怖い。怖いよ。
何で…。今更…?
俺を見捨てたんじゃないのか。
今、不気味にスマホの
バイブレーション機能が、
うなり続けていた。
画面が真っ白になるほどの通知が
雪崩のように押し寄せる。
俺はそれに対し、返事を送りたくて、
字を打とうとしたが、
押し寄せる画面の白い光に阻まれて何もできない。
俺はまるで消えない炎のような、
マサの執念と狂気を感じ始めていた。
胸の奥がぞわっとする。鳥肌が立つほど
恐ろしい、それなのに、震えてうなり続ける
スマホから目が離せない。飲み込む息が詰まる。
この激しい怨嗟の叫びにも似た
バイブレーション機能のうなる音の向こう側で、
マサが俺を呼んでくれていることが、
少しだけ、信じてもいいんだろうかという
気持ちにさせられ、
次第に、信じなきゃと
繰り返すように息を乱しながら念じた。
嘘だ、騙されるな、
何かの罠だという微かな直感を、
握りつぶしながら、振り払いながら。
俺はひたすらマサを望んだ。
俺は今、唇を震わせながら、
涙ぐんで、縋り付いていたんだ。
このおぞましい、執拗な通知音に。
その向こう側にいる、マサに。
だって、もう
二度と呼んでくれないって…。
絶対無理だと思っていたから…。
完璧になれなかった
無様な俺の事を、マサには
絶対許してもらえる事なんて
ないんだと信じていたから。
余計に、余計に、マサが俺を
呼ぶことが嬉しかったんだ。
求められていると思ってしまったんだ。
捨てきれなかった、諦めきれなかった、
マサへの思いは、燃えるように、
俺の胸を締め付けていた。
だけど俺は知らなかった。
自分はたった今、
地獄の門の内側に
足を踏み入れてしまったと
いうことに。
俺は思う。…出よう。
「…マサ…?」
無言だ。
あのマサが。
何も言わない。
ただ、荒い息遣いと…
憤怒と…言い知れぬ、
今まで感じたことのない
空気感…激しいノイズ。
おかしい。
何かがおかしい。
だって、だってマサは。
明るい太陽みたいな存在だった。
だけどスマホの向こうにいた
俺のための太陽は
爆死した最後の輝きを
全て内側に収束させている
かつて星だったものだった。
その、砕けた星の
轟くような断末魔の叫びが
あの大量の通知であった
そのことに
俺は
どうして
気が付いてやれなかったのだろう…。
今にして思えば
こうなることは、
あらかじめ定められた
予定調和だったのではないかと
思うほどに、
ジグソーパズルのピースが
噛み合って、一つの像を結ぶように。
俺の前で何かがギラギラと光っていた。
光のフリをした
漆黒の太陽が
近づく全ての俺の気配を
あらゆる光をねじ曲げるように
引き寄せ、そして、吸い込み、
取り込み、二度と
離すまいと
その重力を
加速させていることに
俺は、気づけなかった。
俺はいつも通りの取引をしようと
していたが、その相手を
人間だと思いすぎた。
俺は取引相手を完全に間違った。
悪魔でさえもまだ、
人の形を取っていただろうに、
もう、そこにいたのは
太陽だった名残りしかない、
核を失い爆散するしかなかったマサの
フレア爆発のような情念だった。
それはあまりにも あまりにも
壊滅的な、生きようと思うなら決して
生き物がやすやすと
近付いてはならないものだった。
俺は飛ぶ。
虫だから飛ぶ。
光に焦がれて飛ぶ。
淋しいから飛ぶ。
温かさを求めて、
闇から逃れて、
爆ぜるその
瞬間まで
飛んでしまったんだ…………!
太陽の残骸が燃えている。焼かれるのは、誰だ。
まとめ読みは上記マガジンより!近日中に第20話公開!
https://note.com/prime_lemur1632/n/n101d092de82e 第1話
https://note.com/prime_lemur1632/n/nffe878333923 第2話
https://note.com/prime_lemur1632/n/n70230ea1ca35 第3話
https://note.com/prime_lemur1632/n/n8673917ba9cf 第4話
https://note.com/prime_lemur1632/n/n20c6e4724ed6 第5話
https://note.com/prime_lemur1632/n/n60fd4e2ba418 第6話
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https://note.com/prime_lemur1632/n/nf682707fe11d 第12話
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https://note.com/prime_lemur1632/n/ne039696f85e4 第20話
https://note.com/prime_lemur1632/n/n156481928991 第21話
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