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烙印 第1話 「事件前夜」

    関口直子

    この物語は、静けさの奥で心が軋む世界の話です。
    誰も声を荒げないのに、魂だけが深く揺れ続ける。目に見えない重力が、三人の運命をゆっくりと引き寄せていく。

    あらすじ


     エイジ、マサ、ルイ。三人で音楽を続けてきた日々。三人は、互いへの想いを内に秘めながらも、友情という姿で、かろうじて均衡を保っていた。だが、ある音楽フェスティバルの会場内で事件は起きる。起爆する感情。エイジが、マサの前で弱さを晒した瞬間、その均衡は脆く砕ける。ルイの背後で泣きそうなエイジの顔に耐えられず逃げ出したマサは、自宅で崩れ落ち、胸の奥に潜んでいた恋情が、渇望と独占欲、そして依存へと変質していることに気づく。「誰にも渡さない。あいつが壊れても、俺だけのものなら…」―そのうめき声は愛ではなく、もはや祈りにも似た執着だった。一方エイジもまた、マサを傷つけた自責と、彼を失う恐怖に囚われ、彼なしでは立っていられないほどに心を縛られていく。すれ違う二人の想いは、三人の関係を恋と依存の深い闇へと沈めていく。


    *烙印の読み方ガイド

    『烙印』は、恋愛や萌えを中心に据えた物語ではありません。 この作品が描くのは、三人の青年の「関係性」ではなく、彼らの背後にある 心の構造・家庭環境・欠落の連鎖 です。 そのため、読者は「誰が誰を好きか」ではなく、なぜ彼らはこうなるしかなかったのか を読み解く姿勢が求められます。

    物語の中心にいるエイジは、家庭の冷えと父の支配の中で育ち、感情を凍らせて生きてきた青年です。 彼にとって音楽は、生き延びるための唯一の手段であり、自己価値をつなぎとめる最後の糸です。 エイジを理解する鍵は、彼が「弱い」のではなく、生きるために感情を切り捨てざるを得なかった という点にあります。

    マサは、幼少期に感情の扱い方を教わらず、謝罪も距離感も身につけないまま大人になった人物です。 彼の“愛情”は、一般的な恋愛感情ではなく、世界とつながるための唯一の手段としてのエイジへの依存 です。 マサの行動は「愛の暴走」ではなく、彼の生育環境が生んだ 構造的な必然 として読むことで、物語の深さが見えてきます。

    ルイは三人の中で最も健全に見えますが、彼もまた「救える誰か」を求める傾向を持っています。 彼の視点は、読者が三人の関係の歪みを理解するための 観測装置 の役割を果たします。 ルイは“第三者”ではなく、三人の関係を立体的に見せるための重要な軸です。

    この作品を読む際に重要なのは、三人の関係を「恋愛」や「友情」といった既存の枠組みで解釈しようとしないことです。 『烙印』は、キャラクター同士の感情のやり取りではなく、彼らの欠落がどのように噛み合い、どのように破滅へ向かうか を描く物語です。 そのため、読者は“痛みの必然性”を追うように読むと、作品の本質が見えてきます。

    また、この作品は読者に「救い」や「癒し」を提供することを目的としていません。 むしろ、三人の人生の積み重ねを理解し、 「彼らはこうなるしかなかった」 という地点に到達することが読後感の中心になります。

    萌えや恋愛感情を排除しても成立するどころか、むしろそれが作品の強みです。 家庭環境、依存、心の歪み、感情の翻訳、関係の力学—— これらが文学としての重さを持ち、読者に深い読書体験を与えます。

    『烙印』は、甘さではなく構造を、恋ではなく必然を、萌えではなく痛みを読む物語です。 この読み方を理解することで、三人の関係の“本当の姿”が立ち上がり、作品の深層に触れることができます。



    『水滴が シンクを叩く 午前4時 お前の夢で 目覚めた朝は 茜色の 光に満ちた 空が血を 流していた 

    夢の中で 逢うお前の姿 手を伸ばし 叫んだあとで 二度と逢えはしないと 俺はもう 知っていたのに 知っていたのに 

    触れていても いつも 俺のものではなかった 俺を見る そのまなざし ぬばたまの 瞳の奥で 捉えるは お前の捨てた あの男 ああ 忘れずに 抱えた面影 

    残忍な お前の言葉は 心臓を 突き刺す刃 もう傷付く 事なんて 出来はしないと 思っても尚 求めてる お前の黒い その瞳 その唇 その肌を ああ     

    欲望を 抑えきれない 醜くて 狂おしく咲く 徒花の この身に流れる 赤い血を お前に浴びせて しまいたい 誰を見ている 今誰に 抱かれることを 望むのか 

    肩を掴んで 問わずには いられなかった この俺を 自ら焼いて しまいたい ああ なぜお前は 黙り続ける ああ なぜ温度を無くし ああ なぜ今死の床に いるというのか 

    ただ俺は ただ俺は お前のほほ笑み それだけを 喜ぶだけで 満たされていたのに 名前を 名前を 呼び合って 見つめて 許しあって それだけで それだけで よかったというのに

    静かに冷えゆく その体 二度と開かない その瞳 脈打たぬ手首は 青ざめて 今 空は血を流し 太陽は 輝いている この恋も あの陽光を 集めた焔にくべたなら 灰へと変わる その時が 来るというのか

    今問うは 虚しい風の 吹き荒れる 嵐のままに 立ち尽くす 死んでゆく恋 立ち昇る お前の記憶 甘い吐息と 指に絡む 金色の髪 

    生きているお前 お前 お前が欲しい
    愛してくれない 君が欲しいよ 君よ 僕を 抱きしめてください あなたの あなたの 口づけが欲しい      

    爪跡残して 嵐行き過ぎ 焦げ付いた愛の 残骸が今 荒野の中に 横たわっている 吹く風の音が 俺を 呼んでいた 世界はまだ 輝き続けている 』

     作詞 作曲 梅本類(ルイ)担当 bass
     
     ルイが俺に書いた楽曲の歌詞が上がってきた。一体全体なんでこんな歌詞が書けるんだろう、あいつは。わけがわからんな。さてと。今週のゴールデンウィークは、俺たちは、あの憧れの舞台に立つ桜子さんをこっそり見に行く。いつか、共演できたらいいんだけどな。そんな日が来るかな。この楽曲も、その時までに仕上がっているといいな。 

     しかし、ルイのやつよっぽど疲れているんだな。長椅子で高いびきを立てて寝てるぜ。また何か寝言言ってるな。もう食えねえとか、何とか。幸せな奴だ。全く。さて。チケットを事前に入手した以上俺達はこっそり参戦だ。持ち物をチェックしないとな。屋外だし、日焼け止めはマストだ。大切なお肌にシミが出来たら大変だからな。 
     
     コンシーラーで隠しても、不自然感が出ると台無しだ、おっと、こんな話をしているとまたあいつらに笑われちまう。あとは、ゴミ袋と、タオルと、モバイルバッテリーと、地図、薄めの財布、うーん、水もいるよな。 

     塩飴と、ウェットティッシュも欲しいな。気温が上がるから替えの靴下もあるといいな。汗を拭くのにタオルもいるか。あとは、なんだ?ん、あいつらの分も詰めたら俺のバッグが異様にでかい!でかいぞ。まずいかな。やっぱりあいつらも自分の分くらい用意してほしいな。それはそうと写真付きの身分証明書とかいるかな。一応持っていくか。あとは、あとは。

    「畜生、何でいつも俺はこんな役回りなんだ。損な性格だぜ。」  

     エイジはひとり呟いた。彼は、若く見えるが、もう今年で30歳になる。日頃から食が細いせいで、体躯は華奢そのものであるが、鍛えてはいるため見た目によらず体力はある方だった。普段は、短髪にさっぱりした服装を好み、顔だちも端正ではあるものの、決して派手な方ではなかった。そんな彼も、ステージに立つ時には別人のように輝いた。

     ステージに立つ直前、控室で黒い口紅を引き、耽美なメイクを施し、長いウィッグを装着する。その上で自作の黒を基調にしたヴィジュアル系の衣装を着こなし、愛用のギター、Seventh Veil(セブンスヴェール)を弾きこなす姿は結構堂に入っているのではないかと、自分でも思っている。

     そして、そんなエイジの作り上げた美貌と、ギタリストとしての確かな腕前に、決して数は多くなかったが、女性のファンのみならず、熱心な男性ファンもついていた。

     しかし実生活は地味なものである。彼はボルケーノというバンドのギタリストでもあるが、マネージャーでもある。そのため、地元企業で働きながらも、バンド活動と社会人生活と、いわゆる二足の草鞋を履きながら、自由奔放な他のメンバーの全くしない実務的な仕事を全て背負っている。

     彼は離婚しているが、一児の父親でもあり、その息子を愛してはいたものの、今は離れ離れで暮らしている。彼の家庭は幼いころから冷え切っていた。そして、その冷えは、結婚しても収まらなかった。

     精神的に夫婦間の亀裂は深刻なものがあり、失業を機に、離婚届を突き付けられたエイジは、失意の中それにサインをし、親権も失っていた。

     年齢と不景気ゆえに、新卒以外採用したがらない企業の数ある中で、ようやく、兄の口利きで、ある会社を紹介されて、めでたく再就職を果たした今も、独身生活中である。しかし、いつからか、彼は自身のバンド、ボルケーノに居場所を見出して、あれやこれやとメンバーの世話を焼いているのである。

     明日は何としても、へまの無いようにするぞ。エイジは意気込む。その理由は、明日の野外フェスに、憧れの歌姫、桜子が出るという事、そのことのみならず、自分を入れて、マサという奔放な性格の幼なじみのボーカル、ルイという寡黙ながらド派手で目立つルックス故に不審者全開オーラを放つ、この3人で行くと必ず何かしらのトラブルが発生するからだった。

     「備えよ、常に」だ。準備は念入りにした方がいい。
    エイジは、責任感の強い堅物で、遊びがない男でもあった。そして、翌日、フェス二日目である、2026年5月4日当日の朝を迎える。

     マサとエイジの憧れの桜子さんは、彼らよりも年下の26歳ながら、元々、キャバレー、「バタフライ」という店のナンバー2ホステスだったという。しかし、本来歌手志望だった彼女は、自作曲を次々発表し、今や、こんな巨大フェスに出るまでになったというのだ。

     俺は楽しみでならない。エイジは喜びをかみしめる。成り上がりだという口さがない人々の批判もあったけれど、そんな彼女のデビュー前のブログ記事で、投げ銭していたマサもそうだけど、それを隣で見ていた俺も、彼女の何と言われても自分の道を貫き続けて、夢を叶えたという芯のある生き方が、尊敬できるし眩しくて、そんな逞しく生きる人間の雄姿というのをぜひ、この目で見たかったからなんだ。

     きっとパワーがもらえる一日になるだろうな。 ルイは、余り桜子に関心がなさそうだけど、いいんだ。彼女の歌を聴けばきっと好きになれると思っている。
    「よし!準備は出来た!…でも、重い!」 

     気合を入れすぎた俺の荷物は、余りにもデカすぎたが、大丈夫だ。このぐらいは担げる。行くぞ!

    俺は、昔から使っている携帯音楽プレイヤーの、イヤホンを装着して駅に向かった。

    そして、会場に着くまで、マサの新曲を聞いてやることにした。

    「カモメ」。いいタイトルだと思う。

    それに、ルイが、作詞してやれば結構、聴けたものになる。

    マサの奴、声質だけはいいからな。

    俺は昔からあいつの歌が好きだった。

    だから応援していた。

    今もしていくつもりだ。これからも。

    ずっと。

    多分それは演技では、ない。
    マサには言わないが本心で、そう思っている。

    (君の目に青く海の色が映る。)

    その歌詞で俺はルイを思った。

    あいつの、青い瞳を。


    『君の目に青く海の色が映る カモメが私の上を飛んで行く 
    潮騒が響くこの海辺

    今 夏の日差しが肌を焼いている
    輝く太陽が燃えている

    潮風が吹いて 君の帽子を飛ばす
    振り返る君の髪が風に舞う

    転がる帽子を捕まえようと
    君は浜辺を走り出す

    いつかこの景色も色あせてゆく
    それでもいい 古ぼけた写真のようになるのだとしても

    琥珀の中にこの時を閉じ込めたい
    琥珀の君をこの手に飾りたい

    誰にも触れさせない二人の時間
    樹液を流し込んで固めてしまえたなら

    愛してるとさえ 口に出せやしないのに 永遠が欲しいなんて

    太陽が水平線で蕩けるまで
    永遠を望ませてくれますか

    愛しい君が欲しい』

    まとめ読みはこちらのリンクから!!


    https://note.com/prime_lemur1632/n/n101d092de82e 第1話

    https://note.com/prime_lemur1632/n/nffe878333923 第2話

    https://note.com/prime_lemur1632/n/n70230ea1ca35 第3話

    https://note.com/prime_lemur1632/n/n8673917ba9cf 第4話

    https://note.com/prime_lemur1632/n/n20c6e4724ed6 第5話

    https://note.com/prime_lemur1632/n/n60fd4e2ba418 第6話

    https://note.com/prime_lemur1632/n/na9525663d4d5 第7話

    https://note.com/prime_lemur1632/n/nb430df89623b 第8話

    https://note.com/prime_lemur1632/n/nc3f782ad1e33 第9話

    https://note.com/prime_lemur1632/n/nb6db7055e9b6 第10話

    https://note.com/prime_lemur1632/n/nc29e78a3f484 第11話

    https://note.com/prime_lemur1632/n/nf682707fe11d 第12話

    https://note.com/prime_lemur1632/n/ncefa75cbe910 第13話

    https://note.com/prime_lemur1632/n/n2c42d27c8d20 第14話

    https://note.com/prime_lemur1632/n/nb3035166132a 第15話

    https://note.com/prime_lemur1632/n/nf9b14b543f14 第16話

    https://note.com/prime_lemur1632/n/n3e7f02c6c809 第17話

    https://note.com/prime_lemur1632/n/n7d297e091bcb 第18話

    https://note.com/prime_lemur1632/n/n8ddbe81c4b03 第19話

    https://note.com/prime_lemur1632/n/ne039696f85e4 第20話

    https://note.com/prime_lemur1632/n/n156481928991 第21話

     
     
     
    静けさの中に沈む物語と、心の奥で揺れる小さな灯火を描いています。 闇に触れ、魂の輪郭を確かめながら、人が再び歩き出す瞬間を記録しています。 あなたの内にある光を、そっと思い出せる場所でありたい。

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