
烙印 第18話 「妄執」
https://note.com/prime_lemur1632/n/n3e7f02c6c809 第17話
足の痛みが尋常じゃない。
もう今日は、どこにも行けなかった。ここは昼なのか夜なのか、判らねえ暗さだ。
ゴールデンウィークもやがては終わろうとしているのに何故こんなところにいる?
足が痛え。いや、違う。
本当に痛んでいるのは、
俺のこの心だよ。エイジ。
もう、何の光も見たくねえ。
ああそうだ。雨戸も、頑張って
目張りしたんだ。
昼でも、何の光も通さねえほどの
暗い部屋にいるとよ。
やっと…やっと…
ほんのわずか落ち着くんだよ…。
そうしなけりゃ、もう、俺は。
息一つ満足に出来ねえよ。
あの夜明けの薄闇の中浮かび上がってきた、あいつの姿。
憔悴しきったあいつの着た、
サイズの合わない黒い長そでの服が目に浮かぶ。
その服から漂ってきた、
あいつが決して使わないダウニーの匂いと、
あいつが決して吸いもしない煙草の匂いが
混ざり合った香りが、今も思い出せる。
虚ろな目をした、幽鬼のように生気を失ったエイジの、傷付いた、あの表情。
俺が、まるで視界に入らなかった。
壊れたような顔だった。
話しかけようとした、
けどあいつの独り言は…。
俺は…汚物だ…だなんて…つぶやいて…。
俺はわかってしまった。
あいつが今までどこにいたのかを。
自分の意志じゃあねえ。
連れ込まれたんだ。ルイの部屋に…!
俺は絶対、許すわけに行かねえ。
ルイの野郎が、あいつにしたことを。
乱暴に閉められたアパートの
ドアの向こうから聞こえた、
エイジの押し殺したような、嗚咽。
俺に謝り続けていた。
マサ、ごめん、ごめんって。
泣きながら、声を殺していた。
俺はそれを聴きながら、
玄関先に立ち尽くすしかなかったんだ。
チャイムなんか鳴らせなかった。
エイジ。お前をもっと、傷つけると
知っていたから、問いただすことも
出来なかった。
ただ、俺は震えていた。
怒りに、現実の酷さに、裏切られた思いに。
それだけはしねぇと信じていた。
なのに!ルイの野郎!!
酒の弱さに、つけこんで、
泥酔状態のあいつを…!
…俺の頭が、爆発しそうだった。
苦しくて、悔しくて、憎くて…。
そして…信じられない事だが…
うらやましかった…。
あの獣のような男が…!
俺は自分を疑って、全身が総毛だった。
あんな酷いことを、俺も…したかったのか?
…エイジに…?違う…!
逃げ出した。階段を駆け下りて
道路を突っ切る。
突っ込んできた車の運転手の急ブレーキと、
罵声が聞こえた。
だがそんなもんどうでも良い。
エイジを、意識のないままの
エイジを、どうしたというんだ。
俺が、望んでいるだと?
違う!!
そんな卑怯なことがあるか。
そんな卑劣な事があるか。
そんな浅ましいことがあるか。
エイジは、自分を汚物と思うまでに、
追い詰められているんだぞ!
あの男のしたことは
地獄に落ちて当たり前のことだ…!
許せねえ…許せねえ…許せねえ…ああああ、ダメだ、止まらねえ。
止められねえ…!どうにもできねえ!
火が!
炎が!
俺を内側から焼き焦がして、ぶくぶくと柔らかい心が、脂を垂らしながら燃えて、縮れていくんだよ…!真っ黒い煙が、何もかもを燻している!
焦げるよ…あああ、焦げていくよ…熱い、熱くて…死ぬ…。
エイジ!助けてくれ…。
お前を守れなかった俺を…。
お前を置いて逃げ去った俺を!
お前の重荷を、
背負ってやれなかった俺を…。
殺してくれ。
憎んでくれ。
覚えていてくれ。ごめん、
忘れてほしくないんだ。
こんなひどい奴でも。俺の事を。
俺…ああ。痛いんだ。
お前にされたことは、
俺の痛みも同じことだ。
あんないいやつを。優しい男を。
俺の思うエイジの白い肌が、
黒い影に覆われていく。
その影の中で
叫んでいる声が
俺の脳に
直接
響いてくるように感じた。
俺は、いてやれなかった。
影の中で、苦しんでいるお前の
側にいてやれなかった。
その部屋がどんな
じっとりと湿った熱を帯び、
錆びた鉄のような
匂いをさせていたことか。
暗い色がじわりと
俺の心を塗りつぶしてゆく。
視界が、
インクの海で光を無くしたまま濁る。
その海で俺はエイジを探すんだ…、
悲鳴だけが聞こえるんだ…。
助けてやりたいのに
届かない場所にいるんだ…!
くそったれが!卑怯者め!
エイジは…自ら抵抗できるような
体の状態でもなければ、
心の状態でもないんだぞ!
それを、それを、そんな…!
ダメだ、俺の気が狂う。
考えるんじゃねえ。そんなことは…。
うう。…頭が。破裂しそうだ。
弾丸でぶち抜かれたスイカみてえに。
…心臓の音がやけにうるせえ。
…脂汗が止まらねえ。
…鳥肌が、おさまらねえ。
ダメだ…!
…どうしても許せねぇ…!
…お前は、どれだけ
エイジに生まれたことを
後悔させたんだ!!
ルイ!!お前は、
エイジの魂を生きたまま
焼くような真似をしたんだ!
許されていいはずがない…!
胸郭がぎりぎりと内側から軋んでゆく。
内蔵を絞り上げるような、痛みが起きる。
救おう。
なあ。
そうだろ。
そうじゃなきゃいけねえよ。
そうじゃなきゃあ、いけねえだろうが。
エイジを救えるのは俺だけなんだよ。
他の誰でもねぇ………。
俺だよ。
エイジ。
……お前の魂を…
救いに行かないといけねぇ。
…壊されたなら……
何度でも…何度でも…
バラバラにされたお前を
針と糸で縫いつけるかのように
つなぎ合わせてやるよ…。
布で作った人形みてぇに
何度も
何度も
針をぶっ刺すように…
お前の心を
元に戻してやる…
俺がお前を元に戻してやる………。
エイジもそれを望んでるんだ…。
…俺にはわかる…。
俺は、何のために……、
今までの歴史を紡いできたんだよ…。
あいつに、エイジを預けるためにか。
冗談じゃない。
そんなことが出来るはずがない…出来るはずがないんだ。
「俺は…あいつに…。渡さねえ…!
絶対に…渡したくねえ…!」
宵闇はあまりにも深く、
あまりにも暗かった。
何の光も届かないこの部屋で、
傷付いた獣のように、
マサは低い声でうなる様に、
呪いに満ちた誓いの言葉を吐いた。
「俺が、救うんだ。俺にしか、出来ない。」
それは、痛ましい程に
彼の胸を焼き続けた。
地獄の、炎のように。
マサの目は赤く血走って、充血していた。
そして、瞳の奥の光が完全に消え去った。
そこには、不可逆的な変化があった。
何の光も通さない
爆死した、星の断末魔があった。
輝きの残滓が、
その重力により
内部に引きずり込まれてゆく。
そして、いかなる光も
這い出ることは叶わないのだった。
巨大な感情の重力場が
全てを飲み込まんと
その地獄の門を
開けたのだ。
引き返す道などはもはや
残されてはいなかった。
誰も。
誰も。
誰も。
ついに怪物と化したマサ、完全に覚醒…!エイジの人生における太陽は フレア爆発後、ブラックホールと化す!そしてエイジに悲劇が起きる!?
次回も乞うご期待!
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