長期入院の記録椎骨動脈解離で入院した43歳の私

2020年、43歳のとき。

ひどい頭痛で脳神経外科を受診した私は、その日のうちに「左椎骨動脈解離」と診断され、突然入院することになりました。

最初は、

「1か月くらい入院すれば帰れる」

と思っていました。

ところが、退院直前の検査で血管の状態に変化が見つかり、予定していなかったカテーテル手術を受けることになります。

この連載は、その頃に私が備忘録として書いていた文章を、現在の私が読み返し、当時の気持ちをできるだけ残しながら整えたものです。

今読み返すと、医学的なことを必死に検索していたり、些細な言葉に怯えていたり、死ぬかもしれないと思った直後に白髪を気にしていたり。

我ながら、なかなか忙しい。

でも、それが入院中の私でした。

病気の記録というより、

突然「患者」になった43歳の私が、少しずつ日常を取り戻していくまでの記録

として読んでもらえたら嬉しいです。

目次

NO.1 「解離です」と言われた日
ひどい頭痛で受診した脳神経外科。MRIのあと、突然「1か月入院です」と告げられました。

NO.2 入院して、死ぬことばかり考えていた
病名を告げられたあと、頭の中を占めていたのは「死ぬかもしれない」という恐怖でした。

NO.3 「みーんな退院してった」
そんな私の死への恐怖を、あっさり打ち砕いたのは――掃除のおじさんでした。

NO.4 死ぬ心配の次にやってきた、お金の心配
少し落ち着いてきたら、今度は入院費が気になり始めました。

NO.5 入院したら、タバコを吸わなくなった
意外にも、あれほどやめられなかったタバコを欲しいと思わなくなりました。

NO.6 入浴できない。そして山を思い出す
身体は拭けても、髪が洗えない。病院のベッドで、昔登った山のことを思い出していました。

NO.7 患者は、何気ない一言を覚えている
医療者にとっては何気ない言葉でも、患者の私はその一言から自分の未来まで想像していました。

NO.8 「シャワーを浴びたい!」それだけで世界が変わった
念願のシャワー。髪がサラサラになるだけで、こんなにも嬉しいなんて。

NO.9 初めて「退院」という言葉を聞いた
「来週の検査結果が良ければ退院できますよ」。ようやく出口が見えました。

NO.10 「この検査結果が良好なら退院」のはずだった
ところが退院前の検査で、状況が一変します。

NO.11 自分の命を、先生に預ける
手術の説明を受け、怖さを抱えたまま、それでも先生にお願いすると決めました。

NO.12 手術を待ちながら、何をして過ごせばいいんだろう
手術の日まで続く長い時間。友人に電話し、動画を見て、なぜか白髪まで気にしていました。

NO.13 「麻痺ないよ!」手術を終えて、ようやく退院へ
そして手術当日。目が覚めた私が真っ先にしたことは、手と足が動くか確かめることでした。

No.14|退院したら、元の生活に戻れると思っていた

退院して家に帰り、仕事復帰へ。
でも、病院を出たからといって、身体まで元通りになるわけではなかった。

No.15|仕事には戻れた。でも、元の私には戻っていなかった

約2か月ぶりの仕事復帰。
日常に戻っていく一方で、身体にはまだ「元通り」とはいえないものが残っていた。そして半年後、また新しい症状が現れる。

No.16|異常なし。でも、症状はある。

検査では「異常なし」。
でも、顔のしびれも耳の聞こえづらさも確かにある。「異常なし」と言われても、すべてが解決するわけではなかった。

No.17|馴染みのオペ室は、もはやアトラクション

退院後のカテーテル検査入院。
あれほど怖かったオペ室なのに、今度はなぜかアトラクションのように感じる。小さなザックひとつでやってきた、1泊2日の入院。

No.18|いじわるマダムがあねさんになった

膝の手術で入院した整形外科。
そこで出会った最強マダムは、最初は「なんて意地悪なの!?」と思った人。でも一緒に過ごすうちに、いつの間にか「あねさん」になっていた。

No.19|山へ!

脳の手術をしてから初めての山。
膝の手術から3か月。憧れだった上高地を歩き、明神池、そして徳沢へ。

「山を歩けた」ことより、もう私は「もっと先まで行きたい」と思っていた。
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これは、

「病気になった人は、こうするべき」

という記事ではありません。

2020年の私が、

怖がったり、

安心したり、

また怖くなったり、

掃除のおじさんに励まされたりしながら、

退院まで過ごした記録です。

気になるところからでも、

最初から順番にでも。

当時の私に少しだけ付き合っていただけたら嬉しいです。

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