椎骨動脈解離で入院して No.1 「解離です」と言われた日
4日前の飲み過ぎが呼び水となったのか、ひどい頭痛が続いていた。
「今日は休もう」
課長に電話する。
案の定出ないので、LINEを入れておく。
返事は来なかった。
しばらくして、
「とりあえず行きます」
と追加でLINEを入れた。
本当は、帰りたかった。
「帰っていいよ」
そう言ってほしかった。
でも、月曜日の忙しさが、ほんのわずかな希望を奪った。
13時まで勤務して、午後の早い時間から診察している脳外科を探した。
母が17時から仕事で車を使うからだ。
我が家には、車が1台しかない。
田舎町で、ここしかないであろう専門の脳外科。
母がめまいで何度か入院したことのある病院だった。
以前、診療費が高いなと思った記憶があって気が進まなかったけれど、ほかに開いているところもない。
仕方なく向かった。
受付を済ませると、
「診察の前に、MRIとMRAを撮ってきてください」
と言われた。
随分、手際が良いことだ。
最新の機器は圧巻で、昭和生まれの私はただ気分が悪くなった。
約17分。
宇宙旅行から帰ってきたような気分だった。
脳梗塞。
くも膜下出血。
脳腫瘍……。
検査が終わるまで、いろいろな病気が頭をよぎる。
以前、占いをしている人に、
「悪い予感が当たりやすいでしょ」
と言われたことを思い出した。
3年前にも、高山病をきっかけに2週間ほどひどい頭痛に悩まされたことがある。
そのときは医師から、くも膜下出血の可能性を指摘された。
CT検査の結果は、セーフだった。
今回も大丈夫。
そう思いたかった。
「良く当たる悪い予感」を必死に振り払っていた。
でも、無情にも現実となる。
診察室に呼ばれると、先生は難しい顔でモニターを見つめていた。
「解離です」
「1か月は入院です」
「一人ですか」
「家族を呼んでください」
矢継ぎ早に告げられる、のっぴきならない言葉。
理解が追いつかない。
一応、医療事務として病院で働いているので、「解離」という言葉の重さは少しは知っているつもりだった。
でも、まさか自分が。
自分の血管に、そんなことが起きていたなんて。
なるほど。
バファ○ンで治るわけない。
今までだって、死を意識したことがなかったわけではない。
同じ40代の人が大動脈解離で救急搬送され、亡くなる場面を知れば、誰だって「明日は我が身」と思う。
でも、自分自身が病気を告げられるのは、まったく別のことだった。
このときの私は、死のことばかり考えていた。
先生や看護師さんの表情まで、
「この人は大変なことになった」
という目で私を見ているように感じた。
もちろん、これは後になって大きな誤解だったとわかる。
それでも、そのときの私は本気だった。
我ながら恥ずかしいけれど、
「私、死ぬのかな?」
年老いた両親に、そんな言葉まで漏らしていた。
今思えば、
ずいぶん順番を間違えている。
