椎骨動脈解離で入院して No.10|「この検査結果が良好なら退院」のはずだった
※この記事は回想録です。
2020年7月初め。
「この検査結果が良好ならば、退院ですよ」
そう言われていた、運命の検査へ向かった。
もう10回以上経験したMRI。
最初は「宇宙旅行」だったMRIも、今では飛行機で行く国内旅行くらいには身近になっていた。
それでも気分が悪くなるのは変わらず、「眠くなる薬」とやらを点滴してもらって出発した。
病室も、ようやく差額ベッド代のかからない4人部屋へ移っていた。
その間、何人の同室の患者さんが私より先に退院していっただろう。
もう十分。
充分。
もう家に帰りたい。
そんな気持ちで検査を終えた。
病室に主治医の先生がやってきた。
浮かない表情をしている。
嫌な予感がした。
入院したときと同じ表情だった。
そして先生が言った。
「カテをします」
えー!
いまさら……手術するの?
このとき、血圧は一気に上がったんじゃないかと思う。
先生は、追加で撮影した造影CTの画像を持ってきていた。
そこには、これまで私が見てきた画像とは明らかに違って見える、大きく膨らんだ血管が写っていた。
医学的なことなどわからない私でも、
「これはまずいんじゃないか」
と思った。
しかも、生まれて初めて受けた造影CTでは、造影剤を入れたあとに顔の熱感や腫れ、目の痒みなどが出ていた。
後頭部には、相変わらず嫌な痛みがあった。
枕を変えても、変えても治らない。
その頃の私は、
「あの痛みも何か関係していたのかな」
と、いろいろなことを結びつけて考えていた。
そんなこんなで、カテーテル手術を受けることになった。
そして、担当してくださる先生も変わった。
今度の先生は、いかにも「オペをたくさんしています」という雰囲気の若い先生。
それまで診てくださった先生とは、ずいぶん毛色が違った。
先生たちのデスクが並ぶ、控室のような場所で手術の説明を受けた。
これまで診てくださった先生。
手術を担当する先生。
そして私。
なぜか近くには看護師長さんもいて、一緒に説明を聞いていた。
それだけで、
「ああ、これは結構大変なことなんだ」
と思った。
すでに手術の同意書も用意されていた。
さすが急性期の病院。
手際が良い。
先生たちから、これまでの経過と、なぜ手術が必要になったのかについて説明を受けた。
そして手術には重大なリスクがあり、命に関わることや、重い後遺症が残る可能性についても説明された。
言葉は聞こえている。
意味もわかる。
でも、混乱しすぎて思考が追いつかない。
当時の私の頭に残ったのは、とても乱暴に言ってしまえば、
「手術をしなくても危ない。手術にも危険がある」
ということだけだった。
ついさっきまで、
「退院したら何をしよう」
と考えていたのに。
最後に先生たちへお願いした。
「家族には心配させたくないので、大丈夫だよって伝えてください」
すると、意外な答えが返ってきた。
「家族にこそ、きちんと重く伝えますよ」
そうか。
本人の私には、
「大丈夫、大丈夫」
と言ってほしい。
でも、万が一のことが起きたとき、残されるのは家族だ。
家族には、本当のことを伝えておかなければならない。
言われてみれば、その通りだった。
こうして私は、
退院するはずだった病院で、
想定外のカテーテル手術を受けることになった。
入院してから、
やっとの思いで遠くへ放り投げたはずの
《死》の影が、また戻ってきた。
