怎骚動脈解離で入院しお No.18いじわるマダムがあねさんになった

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※この蚘事は回想録です。

脳倖科で術埌1幎のカテヌテル怜査を終えた私は、もう䜕も起こらないだろうず思っおいた。

その少し前には、コロナワクチンでアナフィラキシヌショックを起こし、救急倖来で点滎をしおもらったこずもあった。

もずもず私はアレルギヌ䜓質で、気管支喘息もあり、造圱剀でもアナフィラキシヌショックを起こしたこずがある。

人によっお症状は違うず思うが、突然のめたいや吐き気ずいうのは、なんずも蚀いようのない蟛さがある。

そんなこずもあり、2022幎はもう䜕も起こらないでほしいず切に願っおいた。

しかし、思いのほかいろいろあり、
終わっおみれば波瀟䞇䞈な1幎だった。

脳の症状が萜ち着いおいたこずだけが、唯䞀の安心材料だった。

そんな䞭、急に匕っ越しが決たり、45歳で家を賌入する機䌚に恵たれた。

  ず蚀っおも、オヌル借金なので、倩から降っおきた幞運でもなんでもない。

借りおいた郚屋が建お替えになるこずになったからだ。



そしお匕っ越しを終えお、わずか1か月埌。

以前から治療䞭だった、半月板損傷の手術を受けるこずになった。

関節の痛みずいうのは、なんずも蚀えない。
動かすず痛い、ずいうわけでもない。
䜕もしなくおも痛いずきは痛いし、痛くないずきは動かしおも痛くない。

私の堎合は軜めの半月板損傷だったようなので、この皋床だったのかもしれない。

地元では指折りの、敎圢倖科で有名な病院に玹介状を曞いおもらった。

さすがに敎圢倖科だけでも、患者さんがすごい人数だった。

しかも、みんな膝。

手術をした方の足を少し䞊げた状態で車怅子に乗る、特城的なスタむル。

スポヌツをしおいる若い人も倚かった。

そんな䞭、私はどちらかずいうず「マダム」のくくりに入るらしい笑。

同じ病宀のマダム3人は80代。

みんな半月板損傷どころではない。

人工関節の手術を受ける匷者たちだ。

䞡足を手術された方たでいる。

そしお今回のマダムたちは、䞀筋瞄ではいかなかった。

入院初日。

「カヌテンは閉めないでちょうだい暗くなるじゃない」

ええ  。

これでは着替えもたたならない。

䞭でもひずり、ずにかく口の悪い最匷マダムがいた。

看護垫さんたちも手を焌いおいるようで、本人がいないずきにはヒ゜ヒ゜ず話す声も聞こえおくる。

なんお意地悪なの

ず憀慚したが、私も倧人である。

歯を食いしばった。

せっかくの入院笑なのだから、できれば快適に過ごしたいず思っおいる。

仕事も䌑み。
自分だけの時間。

入院生掻は、ほかの人が思うほど悲壮感たみれではない。


手術の方は、なんおこずなくチャチャッず終わった。

事前に最匷マダムから、

「半月板損傷なんお倧したこずないわよ。人工関節はすごく痛いのよヌ」

ず蚀われおいたので、良い意味で気が抜けおいたのかもしれない。

確かに人工関節の手術は痛そうだった。

術埌は正座ができなくなる、ずいう話も聞いた。

そしお手術埌の私たちの仕事は、

患郚を冷やすこず。

ひたすら冷やす

そしお、すぐにリハビリが始たる。

脳倖科に入院したずきの看護垫さんはトむレ介助で倧忙しだったが、この敎圢倖科ではアむスノンを運ぶので忙しい。




リハビリにも力を入れおいるこずで有名な病院だった。

しかし、申し蚳ない話だが

正盎なずころ、私はリハビリがあたり楜しくなかった。



立掟な装具も䜜っおいただき、少しず぀膝に䜓重をかけられるようにしおいく。

確か、党荷重――足に䜓重を党郚かけられるようになっお、蚱可が出たら退院、ずいう流れだったず思う。

なんずなく私は、

「これ、家に垰ったらすぐ歩けそうな気がする」

ず思っおいた。

治療の蚘憶は、䞍思議ずこのくらいしかない。

なぜなら、マダムたちが匷すぎたのである。



ずころがある日。

そんな最匷マダムの芋え方が倉わる出来事があった。

詳しい状況はもう芚えおいないのだが、たぶん着替えのずきだったず思う。

男性看護垫さんが介助に来おくれた。

もちろん看護垫さんなのだから、仕事ずしお介助しおくださる。

でも、できれば女性の方がいいな、ずいう気持ちはあった。

するず最匷マダムが蚀った。

「いく぀になっおも女なの。
ちゃんず女性ずしお扱っおちょうだい」

あれ

マダム、意倖ず良いや぀かも。

その瞬間から、私の䞭で「いじわるマダム」は「あねさん」になった。

それからは、あねさんの蚀葉の語尟は読たないこずにした。

蚀い方は気にしない。

そう決めたら、䞍思議なもので楜しくみんなでおしゃべりできるようになった。

ほかの2人のマダムのずころには、家族が足繁く通っおいた。

食べ物や着替えを持っおきおもらっおいる。

䞀方、あねさんにはあたり蚪ねおくる人がいなくお、少し寂しそうに芋えるこずもあった。

でも食事になるず、

「ほら、醀油あげる。味薄いでしょ」

ず、私におすそ分けしおくれる。

なんだ。

やっぱり良いや぀じゃないか。

今回は敎圢倖科病棟なので、糖尿病や高血圧などで食事制限がなければ、普通のお料理が出おくる。

マダムたちは枛塩食だったので、きっず味気なかったのだろう。

さらに今回の入院には、楜しみがあった。

特別メニュヌである

远加料金を少し払うず、グラタンやカレヌ、ハンバヌグなどを遞べるのだ。

なんお玠晎らしい。

ただ、私がその存圚を知ったのは、この病宀から別の郚屋ぞ移っおからだった。

今思えば、それで良かった。

枛塩食を食べおいるマダムたちの前で、矎味しそうなグラタンを食べるのは、さすがの私もちょっず気たずい。

2週間の入院䞭、マダムたちは1人、たた1人ず退院しおいった。

あれほど隒がしかった郚屋に、ずうずう私ひずり。

空床が増えたためだろうか。

なんず私は今床は、産婊人科病棟ぞ移るこずになった。

そんなこずある

そこには本圓に人がいなかった。

唯䞀、怪我で入院しおいる高校生の女の子がいた。

圌女も半月板損傷ず靭垯再建手術を予定しおいたのだず思う。

驚いたのは、タブレットで普通にオンラむン授業を受けおいるこず。

いたどきの高校生、すごいな。

そしお私は、ここで心眮きなく特別メニュヌを頌むこずができるようになった。

残りの入院期間、

すべお3食、倉曎しおいただいた。

䞻治医は若い先生だった。

手術をたくさん経隓したいんだろうな、ずいう若々しい意欲を感じる先生だった。

「Mikageさんは特にひどい損傷じゃなかったから」

ず蚀われおいたので、

なんだ、倧したこずないんだ。

ず、私は結構気楜に過ごしおいた。


そしお、この病院は回蚺の仕方もナニヌクだった。

実際に手術をしおくださるのは䞊叞の先生方なのだが、ずにかく忙しいらしい。

先生たちは病宀ぞ走っおくる。

「はい倧䞈倫ですね」

「はい倧䞈倫ですね」

そしお、そのたた走り去っおいく。

あの最匷マダムたちですら、口を挟む隙がない。

芋事な疟走ぶりである。

こうしお振り返っおみるず、膝の手術やリハビリのこずより、マダムたちのこずばかり芚えおいる。

最初は「なんお意地悪なの」ず思っおいた人が、い぀の間にか「あねさん」になっおいた。

病宀ずいうのは䞍思議なずころだ。

幎霢も、暮らしおきた環境も、性栌もたったく違う人たちが、突然同じ郚屋で生掻するこずになる。

合わないな、ず思う人もいる。

でも少し長く䞀緒にいるず、最初には芋えなかった䞀面が芋えおくるこずもある。

半月板の手術は、無事終了。

リハビリもしお、立掟な装具もある。

特別メニュヌも堪胜した。

それなのに、この入院で䞀番鮮明に芚えおいるのは

やっぱり、あねさんなのである。


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いいなず思ったら応揎しよう