椎骨動脈解離で入院して No.3|みーんな退院してった
コロナ禍の影響で、入院患者の面会は制限されていた。
家族が着替えを持ってきても、病棟まで入ることはできない。
そんな寂しい入院生活だったけれど、看護師さんたちはみんな優しかった。
病院食も、思っていたより美味しい。
それまでの荒んだ生活が、少しずつリセットされていくようで、案外心地良かった。
毎日、たいして使っていない「掃除しがいのない部屋」へ、掃除に来てくれるおじさんがいた。
気さくな人で、なんと言っても病院のことに詳しい。
ある日、そんなおじさんと話をしていた。
「そっかぁ、30日安静にしてなきゃならない人なんだー」
「今まで、私みたいな人たくさんいました?」
「若い人じゃ、30代の子もいたよ」
私は恐る恐る聞いた。
「みんな死んじゃった?」
すると、おじさんは何でもないことのように言った。
「みーんな退院してった」
え……!
無事に帰れるの?
そんな当たり前みたいに?
私みたいな病気でも?
入院してから、私はずっと「死」のことばかり考えていた。
先生や看護師さんの表情まで勝手に深読みして、
「私はもうダメなのかもしれない」
と一人で思い込んでいた。
そんな私の妄想を、掃除のおじさんの一言があっさり打ち砕いた。
入院して初めて、
「私も家に帰れるかもしれない」
と思った。
私の入院生活は、そこから少し変わった。
とはいえ、身体を自由に動かせるわけではない。
主治医の先生からは、
「寝返りを打つくらいはいいよ」
と言われていた。
トイレへ行くときは、看護師さんに車椅子で連れて行ってもらう。
部屋にある洗面台まで自分では行けないので、顔も満足に洗えない。
歯磨きをするときも、準備してもらった容器に口をゆすいだ水を吐き出し、片づけてもらう。
血圧を管理するため、腕につけられた血圧計が30分、あるいは1時間おきに自動で動き出す。
夜も熟睡はできない。
心拍数もずっと確認され、点滴も続いていた。
MRIとMRAも定期的に受けた。
NO.1で「宇宙旅行」と書いた、あの検査だ。
何度やっても、私はあの感覚には慣れなかった。
それでも、時間が経つことには意味があった。
主治医から説明を受けながら、
「今はとにかく安静にして、経過を見ていこう」
と思えるようになった。
もちろん、不安がなくなったわけではない。
仕事に復帰できるのか。
医療費はどうなるのか。
後遺症は残らないのか。
考え始めれば、不安はいくらでも出てくる。
それでも、掃除のおじさんの
「みーんな退院してった」
という言葉を聞いてから、私には一つ、明確な目標ができた。
家に帰る。
死ぬかもしれないと思っていた私が、
ようやく「退院する自分」を想像できるようになった。
