椎骨動脈解離で入院して No.7|患者は、何気ない一言を覚えている

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大部屋へ移ることになった。

大部屋と言っても3人部屋。

一人は寝たきりの女性。

もう一人は、脳梗塞で突然入院することになったという上品な高齢の女性だった。

広くて明るい部屋だった。

カーテンを閉めれば、一人部屋とそれほど変わらない。

窓からは外の景色も見える。

そして何よりありがたかったのが、差額ベッド代。

この3人部屋へ移ったことで、1日4,000円弱になった。

ありがたい。

NO.4で先生に、

「差額ベッド代のかからない部屋へ移らせてください」

とお願いしていた私としては、それだけでもかなりホッとした。

脳外科の病棟にいると、当然だけれど、いろいろな症状の患者さんがいる。

同室の女性も突然の入院だったようで、検査や治療、リハビリと毎日忙しそうだった。

コロナ禍で家族との面会もできない。

不安そうな姿を見ながら、

「私も10日前は、あんなふうだったんだろうな」

と思った。

ついこの間まで、

「私は死ぬのだろうか」

なんて究極の不安を抱えていた。

それが、ずいぶん昔のことのように感じる。

40年以上生きてきて、これほど大きな病気をしたことはなかった。

20代の頃、卵巣のう腫で手術をしたことはある。

もちろん痛かった。

でも、そのときは『ダ・ヴィンチ・コード』を読み倒していたくらいで、今思えばずいぶん呑気な入院だった。

今回は、まるで違った。

年齢のせいもあったのかもしれない。

病気の種類のせいかもしれない。

とにかく、医療者の何気ない言葉にまで過剰に反応していた。

あるとき看護師さんから、

「麻痺はどこ? 一人でトイレ行ける?」

と聞かれた。

その瞬間、

「え? 私、麻痺が残るの?」

「これから出てくるの?」

と不安になった。

そこから、

仕事に復帰できるのだろうか。

普通の生活に戻れるのだろうか。

そんなことまで考え始める。

今ならわかる。

脳外科病棟では、患者さんがどこまで自分で動けるのかを確認する必要がある。

看護師さんにとっては、必要なことを確認しただけだったのだと思う。

でも患者だった私は、その一言から、

自分の未来まで想像していた。

自分の病気についても、いろいろ考えるようになった。

私の場合は左の椎骨動脈に解離があり、画像を見ると細くなっている部分があった。

当時、先生から説明を受けた私は、

「症状が落ち着いたら、カテーテル治療でもするのかな」

と勝手に想像していた。

でも先生からは、その時点では治療をせず経過を見る方針だと説明された。

医療事務として病院で働いていても、

自分が患者になると、わからないことばかりだった。

わからないから、

医師の表情を見る。

看護師さんの言葉を気にする。

同じ病棟の患者さんを見る。

そして相変わらず、

掃除のおじさんにも聞く。

おじさんの話では、これまで私と同じような症状で入院した人たちも、退院していったという。

医学的な説明ではない。

もちろん、それが私にもそのまま当てはまるわけでもない。

それでも当時の私には、

「ここから退院していった人がいる」

という話が、何より心強かった。

患者というのは、

自分のこれからを知りたくて、

病院の中にあるいろいろな言葉を拾い集めているのかもしれない。

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