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Photo byhs02uly

第0章|この記録を書く理由|不登校の4年と、その後の24年

    私は、小学校5年生のGW明けから中学2年生の終わりまで、約4年間の不登校を経験しました。

    その時間は、今でも私の人生から消えることはなく、ある種の原体験となっています。

    そしてある思いを抱き、中3の初日から地元中学校に復学しました。

    その後は私立高校に入学、一般受験を経て大学にも進学しました。

    大学では心理学を専攻し、臨床心理学のゼミでは応用行動分析を学びました。

    馬術部に所属し主将として全日本学生大会に出場する一方、NPOに所属し不登校の子どもたちへの家庭教師・学習支援にも携わった経験があります。

    当初は大学院に進み、カウンセラーになることを考えていましたが、思うところがあり、大学卒業後は東証一部(現・東証プライム)企業に就職しました。

    そして25歳の時、尊敬する父を末期の膵臓癌で亡くしました。
    仕事を引退する手前の59歳、Stage Ⅳでの発覚から約半年足らずの出来事でした。

    私がどんな状況に陥っても、常に愛情をもって接してくれた、偉大な父でした。
    父は最期まで、父なりの表現で家族の幸せを願い、旅立って行きました。

    この機を境に、「幸福とは何か」という問いについて考える時間が増えたように思います。

    そして、父の人生を思い、自分の人生を見つめ直していた、ちょうどそのような時でした。

    不登校児童を持つ保護者を支援する組織に出会い、今悩んでいる人たちの役に立てればという思いで、元当事者として参加するようになりました。

    社会人として働く傍ら活動を続け、ある時期からは「スタッフとして参加しませんか?」とのお声がけをいただき、結果的に合計約10年間その組織でお世話になりました。

    その中で、不登校児童を持つ多くの母親と父親、時には当事者や他の経験者達とも、直接的に様々な言葉を交わす機会を持つことができました。
    自分の事例だけでなく、当事者と家族の一次情報に触れ続けてきました。

    独身時代には、知人との繋がりが契機となり、経済的困難を抱える家庭の子ども達に教育クーポンを発行する公益社団法人や、障害を持つ方々に特化した乗馬支援NPOでも、其々の現場でボランティアとして活動した経験もあります。

    現在は妻子を東京に残し、海外での単身赴任生活を送っています。
    残念ながらこの環境では、今迄行ってきた現場での支援活動は休止せざるを得ず、「その代わりになれば」との思いで文章を綴っています。

    振り返れば、「何者でもない不登校児童」だった私は、家庭を持ち、海外で単身赴任生活を送り、社会人として経済的な不安がない生活を送っています。

    不登校経験者が辿る先の一事例として、そのような人生もあるということを、お伝えできればと思っております。

    私は、成功体験として不登校を語るつもりはありません。

    当事者として、また支援する側として、振り返る者として、長期に渡り「不登校」を多面的に見つめてきたつもりです。

    不登校を経験したからこそ得られた物も、数多くあると感じています。

    不登校は克服すべき「失敗」ではなく、人生を一義的に規定するものでもありません。
    これは断言したいです。

    綺麗事ではなく、あの時の経験があったから今の自分が居る。
    今でも心からそう思っています。

    自分の経験や視点が、少しでも当事者やその保護者の方々の参考となりましたら幸いです。


    ■ この記事は連載記事です(随時更新中)

    ※一区切りまでは、毎週更新を目標にしています

    #不登校
    #不登校経験者
    #教育
    #幸福とは



     
     

    Shun

     
     
    小5〜中2で約4年間の不登校を経験。大学卒業後、社会人として15年以上生活をしています。現在は海外単身赴任中。不登校当事者・支援を受けた側・支援する側、様々な立場で文書を書いていけたらと思っています。 ※皆様からのコメントも、お待ちしております。

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