メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像
Photo byyz_yasushi

第8ç«  | 元䞍登校児の倧孊受隓暪浜から関西ぞ進孊した理由

    ■ プロフィヌル党章ぞのリンクあり


    ■ 前章


    ■ ずある関西の倧孊

    受隓勉匷を本栌化させる䞭で、私の䞭の「第䞀志望」は䞀぀ではなくなっおいった。
    それは偶然目にした、偏差倀衚の䞀行から始たった。
    その䞀行が、自分の人生を暪浜から関西ぞ動かすこずになるずは思っおいなかった。

    高校2幎生の倏。
    受隓する倧孊を考えおいる䞭で、河合塟の偏差倀衚の䞭に、党く聞いたこずはないが偏差倀の高い倧孊が蚘茉しおあった。
    それはずある関西の倧孊だった。

    「党然聞いたこずがないのに、䜕でこんなに偏差倀が高いんだろう」
    そう䞍思議に思いむンタヌネットで詳现を調べ続けた。

    圓時、暪浜で育った私は関関同立ずいう抂念を知らず、関西の倧孊事情にも疎かったのだ。
    そしお、䞀郚の倧孊は地理での受隓ができなかったが、耇数の倧孊は受隓するこずができそうなこずがわかった。

    特に、その䞭で最も聞いたこずがなかった倧孊を調べるほど、歎史ある名門であり、心理孊分野でも評䟡が高いこずを知った。

    「早皲田じゃなければ、◯◯に行っお䞀人暮らししおみたい」

    挠然ずそのようなこずを考えるようになった。

    どちらの倧孊も、自分にずっおはずおも玠晎らしい倧孊であるこずに間違いはなかった。

    箄4幎間の䞍登校期間がある自分にずっお、倧孊は「肩曞き」以䞊に「再出発の堎所」でもあった。
    だからこそ、「自分はその環境に居るこずで、成長するこずができるのか」ずいう点が䜕より重芁だった。

    より高い偏差倀は確かに重芁かもしれないが、䞀人暮らしをしお、孊業以倖の偎面でも自分を成長させるこずができるのであれば、関西の倧孊に行くこずも、早皲田に進孊するこずず同じくらい自分にずっおは䟡倀があるのではないか。
    そう考えるようにもなっおいった。

    正盎、暪浜で育った私にずっお、東京ずいう街は冷めた人たちが集たる堎所のようにも感じおいた。
    様々な地方から、孊業や仕事で東京に倚くの人々が集たり、お互いの距離を保ちながら無機質な日々を過ごしおいる、そう思い蟌んでいた。

    䞀方、圓時倧奜きだったダりンタりンをはじめずしお、関西出身のお笑い芞人やTVタレントを芋おいおずおも魅力的に感じる人が倚かったこずも、関西ずいう文化圏に興味を持おた䞀因だった。

    気づけば、私にずっおの志望校は2校ずなっおいた。

    たた、これは䜙談だが、様々な倧孊をむンタヌネットで調べる䞭で、倚くの倧孊に「䜓育䌚銬術郚」が存圚するこずを知った。
    これはたた埌で觊れるこずになるが、私は䞍登校時代に競銬ゲヌムに熱䞭しおいた時期が長く、「銬ずいう動物ず觊れ合いたい」ずいう願望を匷く持っおいた。

    元々、もし倧孊に進孊したら、倏季䌑暇などを利甚しお北海道の銬を取り扱う牧堎で牧童ずしおアルバむトをしおみたいずいう気持ちを抱いおいた。
    それが「銬術郚に入っおみたい」ずいう、より具䜓的な気持ちに少しず぀倉化しおいったのもこの時期であった。

    もし早皲田なら、メむンキャンパスずは少し離れた堎所で銬術郚の掻動をするこずになる。䞀方、その関西の倧孊であれば、メむンキャンパス内に銬術郚の厩舎や銬堎がある。

    もし䞀人暮らしをしながら、心理孊の勉匷ず銬術郚での掻動を行うこずができたら、自分は倧きく成長するこずができるのではないか。
    そのようなこずを考えるず、楜しみな気持ちが溢れ、興奮を抑えるこずができなかった。

    ■ 最埌の1幎ず倧孊合栌

    高校3幎生の時、私は高校がお詊しで始めたばかりの特進クラスに所属しおいた。
    「このたたでは勉匷に集䞭するこずができない」ず、圓時奜きだった異性に思い切っお告癜をしお振られるなど、人䞊みの青春も送っおいた。

    孊業的には、前述の通り高校2幎生からそれなりに勉匷に集䞭し、英語は垞に校内1桁の順䜍を取っおいた。
    地理に至っおは、倧倉玠晎らしい先生の䞋で孊ぶこずができ、党囜の同倧孊付属校の䞭で2回連続党囜1䜍を取るなど、自分の匷みずしお匷化をしおいった。

    たたこの時、匷く実感しおいたこずずしおは、圓時は他倧孊を受隓するメンバヌが少なく、非垞に孀独な気持ちが匷かったこずだ。
    同じ目暙を共有できる仲間がいないこずは、想像以䞊に粟神的な負荷が倧きかった。

    孊校の勉匷が、あたりにも受隓勉匷ず乖離しおいるため、1人で集䞭しお勉匷したい気持ちが匷かったが、日々の授業を欠垭するわけにもいかず、䞭途半端に時間を削がれるずいう無念な気持ちを抱き続けおいた。

    河合塟では早慶受隓クラスに所属しおいたが、その講矩には有名私立高校の孊生も倚く、圌らの䌚話から、授業埌や土日の補講で他の予備校講垫などが講矩に来おいるこずなどを知った。
    「これでは受隓に察しお倧きな栌差ができるのは圓然だ」ず感じおもいた。
    正盎、自分の高校で受けおいる日垞の授業は、他倧孊受隓ずいう目的に察しお非効率でしかなく、蚀葉を遞ばずに蚀えば「障害」のようにすら感じおいた。

    私が本圓の意味で受隓勉匷に党力で集䞭ができたのは、高校の授業がなくなった高校3幎生の冬䌑みであった。
    文字通り、寝食以倖の時間を党お受隓勉匷に充お、完党燃焌の気持ちで圓日を迎えた。「もう自分には、浪人できるほど゚ネルギヌは残っおない」
    そう思えるほどに、党力で集䞭するこずができた。

    そしお受隓の日。
    圓然、受隓した孊科は党お心理孊科である。
    先ずは関西の有名私立倧孊、そしお少し間を眮いお早皲田倧孊ずいう順番であった。

    結果的に、早皲田ず同じぐらい行きたいず思っおいた倧孊ず、京郜の倧孊の蚈2校、3枠分に合栌するこずができた。
    志望床の高かった1校に぀いおは、2方匏で受隓し、䞡方に合栌するこずができた。
    ここで倧きく安心するこずができたのは事実であった。

    そしお、盎前には赀本で五分五分の確率たで持っおいくこずができおいた早皲田には、あっけなく萜ちおしたった。

    自分が最倧の埗点源ずしおいた英語ず地理で、ものの芋事に圓日倱敗しおしたったのであった。
    今ずなっおは、䞍合栌をどのように知ったのかすら蚘憶にないほど、詊隓盎埌に倱敗を確信した。

    正匏に䞍合栌を知った時の自分は、想定しおいた以䞊に萜ち着いおいた。
    それよりも「これで自分の倧孊受隓が党お終わった」ずいう開攟感ず、心地よい満足感のようなものを感じおいた。

    もちろん、既に志望床の高かった関西の私立倧孊に合栌しおいたこずもその䞀芁因だったず思う。
    しかし、それず同じくらい、自分の環境なりに党力で努力し「これ以䞊ない」ず思えるほどに、力を䜿い果たしたず思えたこずが倧きかった。

    浪人する気力が出ないほど、最埌の数週間で集䞭するこずができた。
    自分の実力では、早皲田の詊隓問題にはたらなければ、呆気なく䞍合栌になる可胜性もあるこずは把握しおいた。逆の可胜性も感じおいたが、そうはならなかった。
    結果は、関西の倧孊での耇数合栌だった。

    「関西に行っお䞀人暮らしをしなさい」
    無意識の内に、努力した自分を肯定したかったのかもしれないが、私は誰かからそう蚀われおるような気持ちを抱いた。

    最終的に、私は京郜の倧孊ではなく、元々志望床の高かったもう䞀方の倧孊に進むこずを決めた。

    受隓勉匷の日々の䞭で、自分がこの倧孊に察し憧れにも近い気持ちを持぀ようになっおいたこず。
    そしお、䞍登校時代にお䞖話になっおた男性カりンセラヌに久々に連絡を取った際、「関西で心理ず蚀えば◯◯ず△△が筆頭なのだから、迷う必芁はない」ず、背䞭を抌しおくれたこずも倧きかった。

    最終的に、偏差倀や䞖間䜓だけではなく「自分が4幎間を過ごす颚景が想像できるかどうか」を基準に、私は進路を決めた。

    そしお倧孊入孊埌、期埅通りに玠晎らしいこずや苊しいこずを含め、私は曎に様々な経隓をするこずになる。

    続きは、たた次の章で曞いおいきたい。


    ■ 次章

    #䞍登校
    #元䞍登校
    #人生蚭蚈
    #圓事者の芖点

    ずある元䞍登校経隓者ずしお、䞍登校・人生蚭蚈・キャリア・家族に぀いお、実䜓隓ず構造の䞡面から曞いおいたす。

     
     

    Shun

     
     
    小5〜䞭2で玄4幎間の䞍登校を経隓。倧孊卒業埌、瀟䌚人ずしお15幎以䞊生掻をしおいたす。珟圚は海倖単身赎任䞭。䞍登校圓事者・支揎を受けた偎・支揎する偎、様々な立堎で文曞を曞いおいけたらず思っおいたす。 ※皆様からのコメントも、お埅ちしおおりたす。

    あなたぞのおすすめ