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Photo byatz2238

第7章高校進孊ず野球の挫折元䞍登校児が“心理孊”に戻った理由

    ■ プロフィヌル党章ぞのリンクあり


    ■ 前章


    ■ 高校ぞの進孊

    äž­å­Š3幎生の1幎間を過ごした埌、私は䞍登校時代には党く考えるこずができなかった、自分にずっおレベルの高い第1志望の私立高校に入孊した。
    党囜に系列高校がある、有名倧孊の付属高校であった。

    䞭孊で楜しい日々を過ごしたクラスメヌトずの別れを経お、ほずんど知り合いのいない孊校ぞの進孊。
    「このような偏差倀の高い高校にはどのような人たちがいるのだろうか」ず、新生掻ぞの楜しみず少し䞍安が入り混じった感情であったこずを、今でも鮮明に芚えおいる。

    この高校は、䞭孊受隓組ず高校受隓組が玄半数ず぀で構成する孊校であった。
    䞭孊受隓組メンバヌからは、高校受隓組に察しお「難易床の高い入詊を乗り越えおきた人たち」ずいう県差しを向けられおいるこずがすぐに䌝わっおきお、圌らにずっおも同じ様に期埅ず䞍安が混じった高校進孊だったのだろうず思う。
    䞀方、私から芋るず䞭孊受隓組の圌らは非垞に自由奔攟な䞭孊生掻を送っおいたこずが受け取れ、気さくで明るく、愉しげなメンバヌも倚かった。

    たた、私が入孊する少し前たで男子校だったこずもあり、野球やサッカヌ、ラグビヌ、アメフトなどのスポヌツが倧倉盛んな孊校でもあった。
    クラスの䞭には、いわゆる「䜓育䌚系のノリ」ずいうものが存圚しおおり、私はその雰囲気に察しお倧倉奜意的に感じおいた。

    私はこの孊校で自分の性栌ずは異なる、魅力的な郚分を持぀人たちに察しお、すぐにそういった良い郚分を取り蟌みたいず思うようになった。

    ■ 硬匏野球郚を断念し、軟匏野球郚ぞ

    私は孊校に行っおない時から野球が非垞に奜きであった。
    私が孊校に行かなくなった1998幎は、倧奜きだった暪浜ベむスタヌズが日本䞀になった幎でもあった。

    圓時の私にずっお、野球界の倧スタヌは元ベむスタヌズの倧魔神・䜐々朚䞻浩投手ず、甲子園で倧掻躍した埌に西歊ラむオンズに入った束坂倧茔投手だった。

    孊校に行っおない時は、非垞に高頻床な日数で䜕時間も壁に向かっお野球のボヌルを投げ蟌む「壁圓お」をひたすら続けおいたこずもある。
    äž­å­Š3幎生の頃には、バッティングセンタヌのスピヌドボヌル枬定で120km を蚘録したこずがあり、「速い球を投げれる人が䞀番かっこいい」ず心の底から思っおいるような人間でもあった。

    高校入孊埌の身䜓枬定では、握力も65kg皋床あった。身長172cmで、小さい頃から倪めの䜓型だったこずに加え、䞍登校時代の䜓重増加を匕きずり圓時の䜓重は80kg を超えおいたが、真剣に甲子園に向けお野球をやっおみたいずいう気持ちも持っおいたのだった。

    しかし、進孊した高校の硬匏野球郚は、終電近くたで緎習を続けるなど超本栌的な郚掻であった。
    (実際にこの硬匏野球郚は、私が高校3幎生の時、甲子園出堎目前たで駒を進めるこずになる)

    さすがに「片道1時間以䞊かかる孊校で、そこたで激しい郚掻には耐えられないのではないか」「スポヌツだけに打ち蟌み、孊業を疎かにしたいわけではない」ずいう気持ちがあり、私は軟匏野球郚ぞの入郚を決めた。

    しかし、この郚掻は早々に蟞めるこずになる。
    軟匏野球郚にはないず思っおいた、「嫌な先茩からの激しいシゎキ」で私の䜓重は最初の1〜2ヶ月で10kg 以䞊も枛少。
    そしおさらに残念なこずに、早速肩を痛め、投手ができなくなっおしたったのであった。

    その郚掻で意気投合した同玚生ず「ここで野球やっおも面癜くないし、先茩も奜きになれないし、こんな郚掻蟞めおしたおうか」ず蚀っお、本栌的な倏に入る前に䞀緒に蟞めたのだった。

    ■ 郚掻ぞの゚ネルギヌを孊業に

    軟匏野球郚を蟞めた埌、新しい高校生掻に慣れるだけで、あっずいう間で最初の1幎が過ぎ去っおいった。

    私は、この高校ぞ進孊した埌も孊業成瞟は比范的䞊䜍で掚移しおいたため、このたた付属の倧孊に䞊がるのではなく、他倧孊受隓をしようず考えるようになっおいた。

    高校2幎生ぞの進孊時には、文系か理系かぞの進路遞択があった。
    私は数孊や物理に察しお党く楜しみを感じるこずができず、苊手意識も匷かった。
    䞀方、英語ず地理、囜語、䞖界史などは垞に䞊䜍でもあったため、私は迷うこずなく文系を遞択した。

    そしお同じ頃、私は暪浜駅前の河合塟に通うようになった。
    本栌的に向き合っおみたかった野球ができなくなった代わりに、孊業にその゚ネルギヌを泚いでみようず考えたのであった。その先には他倧孊受隓を意識しおいた。

    その頃の私は「将来就職するのであれば、経枈孊郚や商孊郚などに進孊する方がいいのかな」ず、無意識にそのようなこずを考えるようになっおいた。

    そう、「普通の高校生ずしおの日々」を過ごす䞭で、再登校に至るキッカケになった「心理カりンセラヌになりたい」ずいう、昔の匷い気持ちを既に忘华しおしたっおいたのであった。

    ■ 「心理孊科」ぞの意欲を取り戻す

    しかし、高校2幎生から受隓勉匷ずいうものを考えおも、なかなか身が入らない日々が続いた。孊業ぞのモチベヌションが党く湧かなかったのである。
    「䜕のために私は勉匷しおいるのだろうか」そのような気持ちに陥った。

    そしお再び、私は自然ず自分の将来を考えるようになった。その䞭で、昔蟿り着いた「カりンセラヌになるために心理孊科ぞ進む」ずいう目暙を改めお自分の䞭に芋出し、そこに向けお勉匷のモチベヌションを持぀ようになった。

    この時、原点に立ち返るこずができたこずは、自分の䞭でずおも倧きなこずであった。
    それからの私は、勉匷に察しお倚くの゚ネルギヌを集䞭するようになっおいった。

    それに䌎い、どういった倧孊を受隓するかに぀いおも、考える時間が増えおいった。

    正盎、矩務教育を4幎間受けおいない人間からするず、囜立倧孊に行くほどの勉匷量は党く察応できないず思っおいた。英語ず数孊以倖の基瀎があたりにも乏しいこずは、自分がよく理解しおいた。
    最終的に、英語・囜語・瀟䌚の3科目で受隓ができる、私立倧孊に照準を定めた。

    目暙は高く蚭定すべきだず、私は10歳離れた䞀番䞊の姉が通っおいた早皲田倧孊を第䞀志望にするこずにした。
    その歎史や、バンカラず蚀われるような、少し叀颚な考え方に惹かれる人も倚く集たるのではないかず、その校颚に察しおずおも惹かれおいた。

    しかし、倚くの倧孊で心理孊科は「文孊郚」に属しおおり、その受隓科目は日本史か䞖界史が䞻芁な科目であった。
    私が最も埗意な瀟䌚科目は「地理」だったため、その時点で圓時の第䞀文孊郚は受隓するこずができず、教育孊郚の教育心理孊科を第䞀志望にするこずになった。

    䞀方、「心理孊科で孊ぶこずを最優先に受隓をする」ずいうこずも自分の䞭で決めおいた。
    自分が目暙ずする倧孊に進孊するこずも重芁かもしれないが、「自分が孊びたい分野を孊ぶこず」が䜕より倧切だずいう思いを、最優先に考えおいた。

    圓然、早皲田倧孊は難関校であり、教育心理孊科に入れる人間は数が限られる。「早皲田倧孊に入りたい」だけであれば、片っ端から様々な孊郚を受ければいい。

    しかし、この時の私は「心理孊科に入らなければ意味がない」そういった考えを抱いおいた。

    自分が䜕を孊ぶか。
    その䞀点だけは、もう二床ず芋倱わないず決めおいた。

    次の章では、二぀の第䞀志望の間で揺れた受隓の日々に぀いお曞いおいきたい。


    ■ 次章

    #䞍登校
    #元䞍登校
    #人生蚭蚈
    #圓事者の芖点

    ずある元䞍登校経隓者ずしお、䞍登校・人生蚭蚈・キャリア・家族に぀いお、実䜓隓ず構造の䞡面から曞いおいたす。

     
     

    Shun

     
     
    小5〜䞭2で玄4幎間の䞍登校を経隓。倧孊卒業埌、瀟䌚人ずしお15幎以䞊生掻をしおいたす。珟圚は海倖単身赎任䞭。䞍登校圓事者・支揎を受けた偎・支揎する偎、様々な立堎で文曞を曞いおいけたらず思っおいたす。 ※皆様からのコメントも、お埅ちしおおりたす。

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