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Photo bykeisuke_tani

第1ç«  | 䞍登校だった時間は「空癜」ではなかった最初の2幎間で起きおいたこず

    ■ 前章



    ■ 様々な芁因が重なり䞍登校ぞ

    私は「䞍登校」圓事者だった。
    けれどそれは、私の人生を決定づける出来事にはならなかった。

    こう曞くず、「成功䜓隓の埌付け」や「よくある克服ストヌリヌ」に芋えるかもしれない。
    しかし、私自身はずっず“䞍登校を克服した”ずいう感芚を持っおいない。

    むしろ、䞍登校は私の人生の䞀郚ずしお静かに残り続け、時間をかけお“芳察できる察象”に倉わっおいった。

    ■ 「行けない」、ではなく「行かない」

    私が孊校に行かなくなったのは小孊生の頃だった。正確に蚀えば、「行けなくなった」ずいうよりも、「行かない」ずいう刀断を自分なりに䞋した、ずいう感芚に近い。

    䞍登校になる子どもたちの背景には、様々なストヌリヌがある。いじめ被害者ずなるような、必ずしも分かりやすいケヌスだけではない。
    芪からは芋るこずができない、理解するこずが難しい些现な出来事の積み重ねが含たれおるケヌスも倚い。

    友人や先生、郚掻などに関する孊校内でのトラブル。䞡芪の䞍和や離婚、あるいは片方の芪ず子どもの関係性が非垞に悪いなど、家庭内の問題。第二次性城に䌎う身䜓倉化ぞの戞惑いや、自身ず誰かを比范した際のコンプレックス。
    ここに曞いたのは䞀䟋であるが、様々な芁因の圱響を受け䞍登校に至る可胜性がある。

    倚くのケヌスで共通するのは、「心の゚ネルギヌ」がある䞀定の閟倀を䞋回っおしたった時に、朝起きれなくなったり、孊校に行こうずするず腹痛や吐き気を感じるようになったり、身䜓が䜕らかのメッセヌゞを出すずいうこずである。

    「心の゚ネルギヌ」は1぀の出来事で倧きく枛少しおしたうこずもあるかもしれないが、少しず぀の積み重ねで摩耗しおしたうようなこずも倚くあるように思う。

    私の堎合でも、原因を䞀぀に特定するこずはできない。孊校での出来事、家庭内倖の緊匵、圓時の自分の性質や受け止め方など、さたざたな芁因が重なった結果だったず、今は理解しおいる。

    これ以䞊自分を擊り枛らし続けるこずはできない、そう刀断し、ある日母芪に「しばらく孊校を䌑みたい」ず盎接䌝えた。
    振り返れば、それは逃避ずいうよりも、自分を守るための刀断だったように思う。

    ■ 兞型的な「䞍登校生掻」ず内省の時間

    孊校に行かない生掻が始たっおからの時間は、倖から芋れば「䜕もしおいない停滞した日々」に映ったかもしれない。

    実際、生掻リズムは倧きく厩れ、昌倜は完党に逆転し、食生掻も乱れた。テレビやゲヌムに長時間没頭し、倖に出るこずもほずんどなくなる。お菓子やゞュヌスを飲み食いし続け、䜓重はあっずいう間に10kg以䞊増えた。
    今の私は、瀟䌚人になっおから毎週10kmのランニングを10幎以䞊継続し、172cmの身長に察しお䜓重は62kg付近を維持しおいるが、䞍登校時代には最倧で98kgたで増加した経隓がある。

    珟代であれば、ネットゲヌムやYouTubeにすべおの時間を費やしおいたず思う。䞍登校児童の保護者支揎の堎でも、同じ様な話を非垞に高い頻床で聞いた。

    孊校に行かない䞭、自宅ずいう限られた環境の䞭ではそれ以倖に嚯楜がないのだ。そしおそのささやかな嚯楜は䞍登校児童が自分の心を少しでも前向きに保぀ための生呜線になっおいたりもする。

    昌倜逆転なども、䞍登校の子どもたちの倚くが通過する生掻の倉化だ。なぜなら日䞭は、普通に孊校に通っおいる子どもたちず自分を、無意識のうちに比范しおしたうからだ。
    私自身も、䟋倖ではなかった。

    しかしその䞀方で、私の内偎では、非垞に激しい動きが起きおいた。

    人生でこれほど長く、これほど深く、自分自身ず向き合った時間は、その埌もなかったように思う。

    「これから自分はどう生きおいくのか」

    「そもそも、生きるずはどういうこずなのか」

    答えの出ない問いが、毎日、䜕床も頭の䞭を巡っおいた。考えるこずは苊しかったが、考えずに枈たせるこずもできなかった。

    ■ う぀状態ず、蚀葉にできなかった恐怖

    小孊校六幎生の頃、今振り返れば、私はう぀病ず呌ばれる状態に極めお近い症状を経隓しおいた。

    理由の分からない恐怖心が垞に頭の䞭にあり、「自分は死ななければならないのではないか」ずいう考えが、脅迫芳念のように襲い続けおきた。

    日䞭は涙が止たらず、倜はほずんど眠れない。集䞭力が途切れるように、数十分だけ意識を倱うように眠り、悪倢で盎ぐに目が芚める。その繰り返しだった。

    今床は数週間で䜓重が玄10kg萜ちたこずもある。生きるために食欲もないのに食べ物を詰め蟌んだ。
    この時には党おの欲、「䜕かをしたい」ずいうささやかな気持ちを䞀切感じなくなっおいた。

    ただ、䞍思議なこずに、実際に死ぬずいう行為そのものには匷い恐怖があり、その䞀線を越えるこずはできなかった。今思えば、その恐怖が、かろうじお私を珟実に぀なぎ止めおいたのだず思う。

    この状態に至った明確な原因は、圓時も今も分かっおいない。思春期特有の心身の倉化やホルモンバランスの揺らぎ、家庭内倖の緊匵、長期間にわたる心理的負荷など、耇数の芁因が重なった結果ずしお、衚に珟れた状態だったのではないか。

    あくたで、今の私なりの解釈に過ぎないが、そう考えおいる。

    ■ 劇的な終焉

    そしおある時、その状態は劇的に終わりを迎えた。

    恐怖の䜙り、脂汗をかきながら死ぬこずを考え続ける日々は、蚀葉にできないほどの苊痛だった。

    しかし、人は極限状態に到達するず、生きるために様々な圢で適応しようずするようだ。

    突然、以䞋の蚀葉がフラッシュを焚くように脳内を巡った。叀代であれば、こういった珟象を「神の啓瀺」だず、解釈する人も居たであろう。

    「今の自分は、頭の䞭で自ら根拠のない恐怖を生み出し、それに怯えおいるだけだ」

    「ある事象ぞの解釈は、党おの人に斌いお異なるはずだ。考え方を倉えればいい」

    そう気づいた瞬間、雲が晎れるように、う぀状態は䞀気に消えた。

    涙は止たり、眠れるようになり、頭の䞭を占めおいた恐怖も消えた。その倉化はあたりに急激で、私自身が䞀番戞惑ったほどだった。

    数か月にわたり匷烈な恐怖を経隓しおいたため、「これは䞀時的なものではないか」「たたあの恐怖が戻っおくるのではないか」ず、しばらくの間は回埩そのものを疑いながら過ごしおいた。

    䜓を動かせるようになったのは、その埌のこずだ。少しず぀倖に出るようになり、ひずりで過ごす時間の䞭で、埐々に生掻を取り戻しおいった。

    倧孊進孊埌、心理孊の授業でアメリカ粟神医孊䌚の蚺断基準DSM-IVを孊ぶ機䌚があった。詊しに圓時の自分の状態を圓おはめおみたずころ、重床のう぀病に該圓する結果が出た。
    その結果を芋たずき、私は驚くよりも、「やはりそうだったのか」ず劙に玍埗したこずをよく芚えおいる。

    ■ 䞍登校は自分の人生を定矩づけなかった

    先ずこの章では、私が䞍登校になっおからの玄2幎での蚘憶を綎った。

    䞍登校だったこず。
    家庭が䞍安定な時期でもあったこず。
    匷いう぀状態を経隓したこず。

    それらは確かに、私の人生の䞀郚だ。

    ただ、それだけで私の人生が決たったわけではなかった。

    最終的に、私はあるタむミングで孊校に戻るこずを決意し、高校、倧孊、瀟䌚人ぞず進み、家庭を持぀こずになる。

    次の章以降、「その埌の日々」たで順を远っお蚘述しおいきたいず思う。



    ■ 次章

    #䞍登校
    #元䞍登校
    #人生蚭蚈
    #圓事者の芖点

    ずある元䞍登校経隓者ずしお、䞍登校・人生蚭蚈・キャリア・家族に぀いお、実䜓隓ず構造の䞡面から曞いおいたす。

     
     

    Shun

     
     
    小5〜䞭2で玄4幎間の䞍登校を経隓。倧孊卒業埌、瀟䌚人ずしお15幎以䞊生掻をしおいたす。珟圚は海倖単身赎任䞭。䞍登校圓事者・支揎を受けた偎・支揎する偎、様々な立堎で文曞を曞いおいけたらず思っおいたす。 ※皆様からのコメントも、お埅ちしおおりたす。

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