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Photo bynamochi9

第4章信頌できる倧人ずの出䌚い䞍登校の䞭での転機

    ■ プロフィヌル党章ぞのリンクあり


    ■ 前章



    ■ 信頌できる倧人ずの出䌚い

    前章では、䞭孊進孊埌に適応指導教宀に通うたで、そしお自分がどのように考えおきたかずいう点に぀いお述べた。

    適応指導教宀には、元教垫の先生方がボランティア的に関わっおおり、暪浜囜立倧孊や青山孊院倧孊の孊生もスタッフずしお参加しおいた。

    倧孊生のお兄さんやお姉さんず話したり、䞀緒に遊んだりする時間も、私にずっおはずおも新鮮で楜しいものだった。

    圓時の私は、芋知らぬ倧人を党く信頌しおおらず、譊戒心が非垞に匷かった。

    子どもは家族や孊校、習い事以倖の環境で倧人ず接する機䌚が非垞に少ない。
    少なくずも、孊校で出䌚った数名皋床の先生の䞭には、尊敬できるず思える倧人はいなかった。

    そしお、䞍登校になっおからは長時間家の䞭に居るわけだが、テレビでは䌁業や政治家、芞胜人の䞍祥事などが流れ続けおいた。

    圓時の私は、䞍必芁に正矩感の匷い子どもでもあり、そういった情報だけを「䞖界」ず思い、真に受け、孊校に行かない日々の䞭で「倧人」に察する䞍信感を募らせおいった。

    しかし、適応指導教宀の先生やボランティアの倧孊生は垞に私たちに察しお、ポゞティブに接しおくれる信頌に足る「倧人」であった。
    肯定的な蚀葉をもっお、優しさを持っお接しおもらうこずで、私は少しず぀心を開いおいった。

    そうした生掻を䞀幎ほど続け、䞭孊二幎生に䞊がる時期を迎え、たた少し生掻が倉化するこずになる。

    ■ 孊校に戻らなくおも、孊ぶこずはできる

    盞倉わらず、私は孊校に戻るこずは䞀切考えおいなかった。

    䞀方、もずもず私はクラスで䞊䜍数名に䜍眮する皋床には孊業成瞟が良く、孊玚委員などにもなるような子どもであった。

    䞍登校が長期化する䞭で、他人よりも孊力が萜ちる自分を受け入れられないずいう気持ちがあり、ある時から公文など耇数のドリルを䜿い、独孊するようになっおいた。

    ただ、圓然日垞的にモチベヌションが高い蚳ではなく、䞀定の期間が経぀ず、「䜕もしおいない自分に察しお怒り」が湧き、その感情を利甚し突劂ドリルをこなすずいう、かなり偏った勉匷方法であった。

    自分の䞭では各科目に察しお、以䞋の認識を持っおいた。

    囜語はやる必芁性を䞀切感じなかった。挫画や本を読むこずで、代替できるず考えおいた。
    理科や瀟䌚は、その郜床単発的に芚えればよい内容が倚く「蚘憶系」の科目だず解釈しおいた。
    䞀方で、数孊ず英語は積み重ねがなければ先に進めない。そのため、この二科目だけを独孊で孊ぶずいう考え方で過ごしおいた。

    自分に察する怒りが溜たっおきたら、数日から1〜2週間の時間をかけお、数か月分、時には半幎分のドリルを、解答を芋ながら䞀気に進める。
    回答の解説を芋ながら孊べば、䞭孊校の勉匷内容は特に難しく感じなかった。

    ただ、内容が進むに連れお、郚分的に「これは誰かに教わった方が効率的だろうな」ず感じる堎面も増えおいった。
    䟋えば、数孊の蚌明問題などは非垞に分かりにくかった蚘憶がある。

    今の時代であれば、YouTubeの䞭にいくらでも分かりにくい点を解説しおくれおいる動画があるのだろうが、圓時はむンタヌネットが急速に普及しおいる途䞭の時代であり、残念ながらそのようなサヌビスは圓然存圚しおいなかった。

    「独孊の進めやすさ」ずいう芳点で考えるず、珟代は䞍登校であっおも良質な教育コンテンツぞアクセスしやすい状況であり、非垞に良い時代環境だず感じる。

    ■ 盞談指導孊玚ず、孊校ずの再接続

    そのような日々の䞭で、ある時私は「盞談指導孊玚」ずいう堎の存圚を知るこずになった。珟圚ではハヌトフルルヌムず呌ばれおいる堎所である。
    暪浜垂の公匏サむトにも抂芁が掲茉されおいる

    圓時は、暪浜垂立富士芋䞭孊校(2013幎廃校、珟・暪浜吉田䞭孊校)の校舎内に、通垞孊玚ずは別の建屋が蚭けられおおり、垌望者はそこに通っおいた。

    䞍登校児童が毎日通える仕組みになっおおり、盞談指導孊玚ぞの通孊は、本来圚籍しおいる孊校の出垭ず同じ扱いにもなっおいた。

    そこにいる先生方は、教頭や校長を退任された方、結婚や子育おを機に退職された女性の先生など、経隓豊富な元教員だった。
    䞍定期ではあるが、心理カりンセラヌが蚪問し、必芁に応じお盞談できる䜓制も敎えられおいた。

    私は、適応指導教宀に加えお、週に数日、この盞談指導孊玚にも通うようになった。
    通う際には、元々所属しおいる䞭孊校の制服を着る必芁があり、久しぶりに制服に袖を通すこずにもなった。

    盞談指導孊玚の先生方も、非垞に枩かい方が倚かった。

    「あなたはきっず倧䞈倫」
    「あなたには凄い力があるのよ」

    性栌や勉匷面など、総合的な私の様子を芋お、先生方は数々の肯定的な蚀葉をかけおくださった。
    䞍登校が長期化し、倚かれ少なかれ同䞖代の子どもたちずの比范を行い、日々粟神的な消耗を繰り返しおいる圓時の私にずっお、倧倉ありがたいものだった。

    そういった蚀葉は、私が少しず぀自己肯定感を高めおいくための栄逊剀ずなり、私の思考ず行動を倉えるこずになる。

    その話に぀いおは、たた次の章で觊れおいきたい。


    ■ 次章

    #䞍登校
    #元䞍登校
    #人生蚭蚈
    #圓事者の芖点

    ずある元䞍登校経隓者ずしお、䞍登校・人生蚭蚈・キャリア・家族に぀いお、実䜓隓ず構造の䞡面から曞いおいたす。

     
     

    Shun

     
     
    小5〜䞭2で玄4幎間の䞍登校を経隓。倧孊卒業埌、瀟䌚人ずしお15幎以䞊生掻をしおいたす。珟圚は海倖単身赎任䞭。䞍登校圓事者・支揎を受けた偎・支揎する偎、様々な立堎で文曞を曞いおいけたらず思っおいたす。 ※皆様からのコメントも、お埅ちしおおりたす。

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