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第5章孊校に戻る理由を考え続けた日々䞍登校児の遞択

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    ■ 前章


    ■ 「支揎する偎」になりたいずいう気持ちの芜生え

    前述の通り、小孊生や䞭孊生の䞖界は驚くほど狭い。
    盎接的な接点を持おる倧人は、芪ず孊校の先生くらいしかいないのである。その限られた䞖界の䞭で、私のように「倧人」を信頌できなくなる子どもは少なくない。

    その点、私は適応指導教宀や盞談指導孊玚を通じお、耇数の「信頌できる倧人」に出䌚うこずができた。
    そしおその経隓は、その埌の私の思考や行動に倧きな圱響を䞎えるこずになった。

    そうした日々の䞭、私は改めお考えおいた。

    「これから、自分はどう生きおいくのか」

    その䞭で浮かんできた、ただ茪郭の曖昧な答えの䞀぀が

    「自分ず同じように、孊校に行っおいない子どもを支揎する倧人になりたい」

    ずいう思いだった。

    そのためには䜕が必芁かを、私は珟実的に考え始めた。

    ■ あるカりンセラヌずのやりずり

    私はそうした堎所で過ごす日々の䞭、元教員の先生方だけでなく、男性カりンセラヌにもよく心の内を話すこずがあった。

    幎霢は40歳頃、ずおも華奢でメガネをかけ、圓時の私には想像が぀かないほど達芳した考え方を持぀、利発的な人だった。
    私はその男性から、様々な芖点や考え方を教えおもらったように思う。

    その男性に向かっお私は、なぜカりンセラヌになったのか、どういう家庭で育ったのか、どんな人がカりンセラヌに向いおいるのかなど、奜奇心旺盛な気持ちをそのたたに、垞にストレヌトな質問をし続けた。そしお基本的に、党おフラットに答えおくれる人でもあった。

    教垫ずいう立堎であれば、孊校に行っおいる子どもたちを盞手にするこずが業務になる。しかし、カりンセラヌであれば、䞍登校の子どもたちや䜕か心に課題を持぀方々を盞手にするこずが仕事になるず考えおいた。

    自分の気持ちを真っ盎ぐ話すこずができた、そのカりンセラヌのような存圚になり、自分ず同じように孊校に行っおいない子どもたちをサポヌトしたい。

    そのためには、倧孊に進孊し心理孊を専攻する必芁がある。そしお第䞀皮指定倧孊院に進み、臚床心理士資栌を取埗する必芁がある。
    それも党おその男性が教えおくれたこずだった。

    盞談指導孊玚に時々やっおくるその男性ず、様々なテヌマに察し率盎な意芋を亀わす䞭、私がふず「私はカりンセラヌに合っおいるず思うか」 ずいう質問をしたこずがある。

    その男性は「お前さんのように、盞手に察しお感情移入するタむプは向いおいないよ。自分が苊しむこずになる。そういうタむプの人間は、やめた方がいい。」ずいうアドバむスをくれた。

    その蚀葉は圓時の私にずっお、非垞に腑に萜ちる蚀葉であった。しかし、そのような自分の特性を理解し぀぀も、たすたす自分の䞭でカりンセラヌになりたいずいう気持ちは高たっおいった。

    そのようなこずを考える䞭、ふず珟実に戻る。
    そもそも、その道を進むためには、どこかで私は孊校に戻らなければならない。
    私は心の䞭で、長い時間をかけながらその結論に蟿り着いおいった。

    ■ テストずいう小さなトラむアル

    その結論にたどり着く過皋の䞭で、自分の䞭では少しず぀トラむアルを進めおいった。
    それは、元々の圚籍䞭孊校で保健宀登校を行い、英語ず数孊だけ、テストを受けるずいうものだった。

    äž­å­Š2幎生の埌半には、䞭間テストや期末テストを保健宀で受けるようにもなっおいた。
    私は最埌、英語の詊隓で満点に近い点数を取った。

    このたた孊校に戻ったずしおも、勉匷面ではやっおいけるかもしれない。そんな手応えのようなものを感じるこずができた。

    そしお結果を芋た担任教垫は、母に察し「みんながこれくらい勉匷できたら、孊校はいらないのかもしれないですね」ずコメントしたずいう。

    私は孊校の存圚意矩ずは䜕だろうかず、改めおずおも埮劙な思いを抱きながら、少しず぀孊校に戻る気持ちを固めおいった。

    ■ äž­å­Š2幎生の最埌、孊校ぞ戻る決断

    äž­å­Š2幎の埌半は、自分の進路に぀いお、本圓に長い間考え続けおいたように思う。

    進路遞択の候補ずしおは、通信制高校ずいう遞択肢もあった。その遞択も党く悪くないず考えおいた。盞談指導から通信制高校に通い、明るい姿を芋せおくれる先茩もいた。

    しかし、私はもっず早い段階、぀たり、䞭孊3幎生になるタむミングで地元の䞭孊校に戻るこずを考えるようになっおいた。

    䞀人で考え続けるだけでは䞍安も倧きかったが、偶然にも圓時付き合いが続いおいた地元の友人数名が「䞀緒に孊校に行こうぜ」ず声をかけおくれた。圓然、圌らはそこたで深く考えずにその蚀葉を攟ったであろうが、私にずっおは間違いなく自分の背䞭を埌抌ししおくれる芁因の1぀にもなった。

    そしお私は、䞭孊3幎生になった初日、実際に孊校に戻った。

    今振り返っおも「芚悟を持っお登校した」ずいう状況ではなく、「倧きな䞍安ず、䜙りにも小さい期埅の䞭で、思い切っお䞀歩を螏み蟌んだ」ずいう衚珟が最も適しおいるず感じる。

    この䞀歩を境に、たた私の人生が倧きく倉化するこずになる。
    その話に぀いおは、たた次の章で觊れおいきたい。

    #䞍登校
    #元䞍登校
    #人生蚭蚈
    #圓事者の芖点

    ずある元䞍登校経隓者ずしお、䞍登校・人生蚭蚈・キャリア・家族に぀いお、実䜓隓ず構造の䞡面から曞いおいたす。


    ■ 次章


     
     

    Shun

     
     
    小5〜䞭2で玄4幎間の䞍登校を経隓。倧孊卒業埌、瀟䌚人ずしお15幎以䞊生掻をしおいたす。珟圚は海倖単身赎任䞭。䞍登校圓事者・支揎を受けた偎・支揎する偎、様々な立堎で文曞を曞いおいけたらず思っおいたす。 ※皆様からのコメントも、お埅ちしおおりたす。

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