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第11ç«  | 元䞍登校児の決断心理孊専修ず銬術郚䞻将

    ■ プロフィヌル党章ぞのリンクあり


    ■ 前章


    ■ 臚床心理孊のれミず、心理孊専修

    心理孊科では、2回生たでほが共通のカリキュラムを受講する。
    そしお3回生に進むタむミングで、孊生は3぀の専修に分かれ、それぞれのれミに所属するこずになる。

    圓時の私は、銬術郚ずNPOの掻動で正盎かなり疲匊しおいた。
    そのため、倚くの孊生ず同じように「䞀番楜そうな専修に進もう」ず、無意識のうちに考えおいた。

    しかし、各教授の専門分野を調べおいくうちに、どうしおも気になるれミがあった。
    臚床心理孊、ずりわけ応甚行動分析を専門ずする先生のれミである。

    自分が本圓にカりンセラヌずしおの道に進む堎合、察人支揎に぀いおの様々なアプロヌチを孊ぶ必芁があるず感じおいた。
    そのためには臚床心理孊領域に進むこずが最適だず考えた。

    ただし、そのれミに入るためには、最も実隓やレポヌトが倚く、単䜍取埗が厳しいずされる心理孊専修に進む必芁があった。

    この時、私は改めお自分自身を芋぀め盎し、毎日少しず぀時間を芋぀けおは深く内省し続けた。

    同時に銬術郚では、最䞊回生が党日本孊生倧䌚が終わり匕退したあず、぀たり3回生の秋に幹郚亀代ずなる。
    この時、自分が䞻将になる可胜性があるこずを感じおもいた。

    銬術郚では、幹郚亀代前に3回生だけで数ヶ月の時間をかけ、代替わり埌の圹職に぀いお議論を重ね、最終的に出した人事案に察しお、監督から承認を埗るこずで、新たな組織䜓制が決定される仕組みになっおいた。

    歎史ある䜓育䌚銬術郚の䞻将は、圓時の私にずっお倧倉責任ある立堎であり、自分がもしその立堎になった堎合、私生掻を捚おるような芚悟を持ち郚掻に集䞭する必芁があった。
    今は違うかもしれないが、少なくずも圓時はそのような時代だった。

    䞀方、NPOでの䞍登校児童の家庭教垫バむトも継続しおおり、孊業ず銬術郚掻動の合間を瞫っお、匕き続き兄匟2人を担圓しおいた。

    そんな状況で、果たしお自分が最も厳しい専修に耐えられるのだろうか。

    心理孊の実隓やレポヌト䜜成に費やす時間は、今たでずは比范にならないほど増加する。
    ただでさえ時間的な拘束の長い銬術郚に加え、心理孊専修でもさらに倚くの時間が必芁になる。
    そのこずに察しお、本圓に耐えるこずができるのだろうか。

    ■ 倧孊に来た意味を自ら問い盎す

    そこで、改めお自分の昔の思いず向き合った。

    䜕のために、自分は倧孊に来たのか。

    䞍登校状態から孊校に戻る前、䞭孊2幎の時に考えおいたこず。
    「カりンセラヌずなり䞍登校児童を支揎したい」
    「そのためには倧孊で心理孊を孊ぶ必芁がある」

    心理孊科ぞの入孊を実珟した埌、本圓に自分がカりンセラヌになりたいず思っおいるのか、冷静に芋぀めながら過ごしおきた。

    倧孊入孊埌の日々で感じおいたこずは、誰かの支揎をするのであれば、自分を鍛え、他者から信頌されるような人間になる必芁があるずいうこずだった。

    そのためには、自分の匱さを自芚し垞に成長できる道を遞択し、様々な経隓を重ね自分を磚くこずが重芁だず考えおいた。

    そしお、自分の興味あるこずに党力で取り組むこずも、自分を成長させる倧切な機䌚であり、その䞭で将来自分がどう生きおいきたいのかを考えるこずは、今埌の人生においおも重芁なこずだず感じるようになっおいた。

    たずえ自分の遞択が誀っおいたずしおも、党力で向き合わなければ、自分の限界に立ち䌚うこずさえできない。

    䞭途半端に埌悔するくらいなら、やるだけやっお朰れた方が朔い。

    その方が、自分に察しお誠実だず思えた。

    最終的に私は、銬術郚を続け、NPOを続け、心理孊専修に進み、臚床心理孊のれミに入るこずを決めた。

    その時、銬術郚での生掻を知る心理孊科の友人たちからは「本圓に心理孊専修に進むの」ず倧倉驚かれた。

    私は駄目だったら留幎するこずになるかもしれないが、その時は「倧孊ではバむトなどしなくおもいいから、ずにかく自分の奜きなように進めおみなさい」ず蚀っおくれた芪に謝眪しようず思っおいた。

    自分が玍埗行く遞択肢に進むこずが䜕より重芁だずいう意思は、誰にも動かせないほど非垞に匷固になっおいた。

    ■ 心理孊専修での日々

    晎れお3回生ずなり、垌望しおいた心理孊専修ず、臚床心理孊のれミに入った私は、想定通りのハヌドスケゞュヌルを心身に刻み蟌むこずになった。

    銬術郚掻動ずそのバむトや自分の家庭教垫以倖の時間をほが党お、心理孊専修の勉匷に割り圓おる日々。

    心理孊専修では、メンバヌずロヌテヌションでチヌムを組み、共同実隓を行う。
    専甚の癜衣を着お、蚭定された課題に取り組む。

    䟋えば、キャンパス内で党く面識のない孊生に声をかけ被隓者ずなっおもらい、専甚の機械で圌らの脳波を枬定したり、ネズミを甚いた行動の動機付けや人間の認知胜力を詊すような実隓など、様々なアプロヌチでヒトや動物の行動原理の基瀎を孊んだ。

    毎回のレポヌト提出日盎前には、同じ心理孊専修の先茩である倧孊院生のサポヌトなどを埗ながら、倧孊図曞通に連日閉通たでこもっお仕䞊げおいく。

    そんな日々を送り、文字通り、自宅には寝に垰るだけであった。

    単䜍を萜ずしがちで、時には留幎者も出す銬術郚に所属する䞭、私はそういった郚員ず同じ蜍を螏たないよう孊業ず向き合った。
    結果的に入孊から卒業するたで䞀床も単䜍を萜ずすこずなく過ごすこずができた。

    今振り返れば、日々ずにかく詊行錯誀しながら生掻しおいるギリギリの状態であったが、地道な努力や継続性がずおも重芁であるこずを、改めお孊ぶこずができたようにも感じる期間であった。

    そしお3回生の秋には、卒業に必芁な単䜍をほが党お取り終えるこずができおいた。
    これは銬術郚で自分が幹郚になった時に必芁な時間を捻出するためにも、必ず到達しおおきたい前提条件でもあった。

    ■ 家庭教垫を終了し、銬術郚䞻将に

    心理孊専修での日々にも慣れだした頃、銬術郚の新䜓制に぀いお、次期最䞊回生である自分たちの代で話し合いを重ね始めた。

    同じ代のメンバヌ玄10人で、これからどのように掻動しおいくのか議論を重ねた。
    意芋が分かれる内容に぀いおは、最終授業が終わった埌から厩舎のミヌティングルヌムに集合し、毎晩のように話し合うこずもあった。

    倏が終わろうずしおいる頃だったように思う。
    最終的に、私が䞻将になるこずで意芋がたずたった。
    䞀郚で意芋は分かれたが、最終的にその方向性で監督に報告し了承を埗た。

    NPOでの䞍登校児童向けの家庭教垫では、3回生に䞊がった頃から、経枈的な理由でご家族偎から終了したい旚の申し出が出おいた。

    䞍登校の圓事者である子どもやお兄ちゃん、そしおご家族ずの関係性は良いたたであったが、だからこそ家庭教垫である必芁がないず刀断されたのだず感じおいた。

    実際にこのご家庭は、私の銬術郚の倧䌚に応揎や、厩舎に遊びに来おくださるなど、正盎、家庭教垫だけの繋がりではなくなっおいた。

    その点は、私が銬術郚ず孊業に専念するこずにプラスに転じる芁因でもあった。

    そしお秋ずなり、銬事公苑での党日本孊生倧䌚が終了し、銬運車が倧孊の厩舎に垰っおきた埌、最䞊回生の匕退挚拶ずずもに、私が䞻将ずしおの新䜓制がスタヌトした。

    最埌の1幎、私はかけがえのない䜓隓をするこずになるが、この時はそのような未来が蚪れるこずを倢にも思っおいなかった。

    その続きに぀いおは、たた次の章で曞いおいきたい。

    #䞍登校
    #元䞍登校
    #人生蚭蚈
    #圓事者の芖点

    ずある元䞍登校経隓者ずしお、䞍登校・人生蚭蚈・キャリア・家族に぀いお、実䜓隓ず構造の䞡面から曞いおいたす。

     
     

    Shun

     
     
    小5〜䞭2で玄4幎間の䞍登校を経隓。倧孊卒業埌、瀟䌚人ずしお15幎以䞊生掻をしおいたす。珟圚は海倖単身赎任䞭。䞍登校圓事者・支揎を受けた偎・支揎する偎、様々な立堎で文曞を曞いおいけたらず思っおいたす。 ※皆様からのコメントも、お埅ちしおおりたす。

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